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2017年8月15日 (火)

72年目の終戦の日

 8月15日は72回目の終戦の日である。私が小学校4年生の時に終戦になった。以前にも書いたとこがあるが、この日は太陽が照りつける大変暑い日であった。

 商業学校の教師をしていた父は学校に出かけて行った。父が帰宅すると遠くの山の中腹を開墾して作っていたちょっとした畑に行くことになっていた。私は長男なのでいつも家の手伝いをさせれれていた。

 暑いので畑に行くのは嫌だと思っていた。午後に父が帰宅したが、何も言わずに「今日は畑にはいかない」とだけ言った。家には4球式スーパーラジオ(その頃は英語は使えなかった。何と言っていたが忘れた。多分4球式放送受信機?)があったが、天皇の終戦の詔勅の放送があることは知らなかった。だから終戦を知ったのはその日の夜だったと思う。とにかく遠い山の畑に行くことは免れたのが嬉しかった。

 終戦になって何と言っても嬉しかったのは、もうアメリカのB29が飛来して、夜となく昼となく爆音を響かせて上空を飛んでいくのがなくなったことだ。それまでは田舎の街でもいつ空襲されるかとか機銃掃射をされるかと毎日心配であったからだ。

 平和という言葉があることを知ったのはずっと後のことで、戦争が終わった、もう殺されることはないという安心が一番であった。

 私たち子どもは、その日から外で安心して遊ぶことができたし、誰でもがやらなくてはなかった家の手伝いも安心してやれることになったのだ。

 夜の燈火管制もなくなった。夜になると小さな2燭豆電球の周りに黒い布で覆って光が漏れないようにしていた。それが布をはずして、今でいうと30Wぐらいの電球をつけることができたのだ。

 空襲警報が鳴るたびに防空壕に飛び込むこともなくなった。家の前の空き地に共同の防空壕があった。住んでいた新宮市の熊の地が焼夷弾で爆撃されたとき、その防空壕から顔を出して、そちらの空を見上げて、焼夷弾がキラキラと光りながら雨の様に落ちていくのを眺めながら、きれいだなあと不謹慎な感想を持ったことが忘れられない。その下で多くの家が焼かれ人々が殺されたり傷ついていたのに。

 終戦によって8月15日を境に戦争から平和へと劇的に切り替わったのであった。生活は非常に苦しく、父も母も必死であったし、私も畑仕事や松葉広いなどいろいろ手伝っていた。しかしそうしたことは、いつ殺されるか分からない恐怖の毎日に比べればどうということはないとも言えた。とにかく普通の日常生活が戻ったのだから。

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戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

今朝、目が覚めてしまったためにラジオをつけましたら元プロ野球選手の張本勲さんの対談がNHKの「ラジオ深夜便」で流されていました。
それを聞くまで私は知らないでいましたが、張本さんは原爆が落とされた広島にいて凄惨な体験をしたようです。
そしてある出来事がきっかけとなり、10年ほど前から、原爆の悲惨さを語り、核兵器の廃絶を訴え続けているようです。
戦争や原爆を体験している人がどんどん減っている中で、語り続ける責任があると思っているようです。
「サンデーモーニング」のご意見番に対しては何かと批判が多いようです。私も唯我独尊すぎると思います。
そこで、ご意見番はもう卒業されて、張本勲という知名度を最大限に活用して、核廃絶運動にエネルギーを集中していただきたいと思います。

毎年この時期になるとテレビ、新聞で戦争と平和についての記事、番組が組まれる。太平洋戦争の秘話は尽きないものである。日本がアメリカと戦争したことを信じられない若者が増え続ける昨今、こうした特集記事、番組が続くことは貴重である。今朝の中日新聞には戦中、戦後、中国からの悲惨な引き揚げ体験を持つ作家、作詞家なかにし礼氏が自らの戦争体験を語っている。そのなかで日本人は過去を忘れるのが早すぎるのでは、と苦言を呈している。戦争を経験した人がだんだん減り、戦争を知らない人が戦争を云々しているのは危険なことだと結んでいる。凡百の議論をはるかに超えた説得力をもつ一文である。

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