映画には、世界を必ず平和に導く美しさと力がある―大林監督―①
2017年6月11日東京・明治神宮会館にて開催されたショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2017 アワードセレモニーでの大林監督のスピーチを友人が送ってくれた。オフィシャルコンペティションの審査員・大林宣彦監督が、平和を守る存在としての映画の価値について、会場に集まった若い制作者たちに語ったものである。
末期ガンで余命宣告を受けている大林監督は、映画祭としては異例とも言える30分に渡るスピーチを行い、故・黒澤明監督から受け継いだ「映画で平和をつくる」という理想を、次の世代に託した。
◆晩年の黒澤明の言葉
大林宣彦氏 ハリウッドならば、アカデミー賞ならば、ここでIt’s show timeというところで、私がタップダンスをひとつご披露できればいいんですけれども、齢80にならんとする、じじいでございます。
このじじいがなぜここに出てきましたかといいますと、私ごとながら、去年の8月に私の映画人生76年の集大成として、映画を作ろうとしたその前日に、肺がん第4ステージ余命3ヶ月という宣告を受けまして、本当はいまここにいないのですが、まだ生きております。
そんなわけで生きてるならみなさんに、映画ならではのエンターテインメントを1つお伝えしたいと思いまして、私がひそかに大事にしておりました、黒澤明、世界を代表する黒澤明監督、私のちょうど親子ほどの年齢ですが、晩年大変かわいがっていただきましてね、私を含め、未来の映画人に遺言を残されております。
その遺言を私はただ1人胸に温めていましたので、今日それをみなさんにお伝えしようとして、命がけでここに今立っております。
さて、黒澤明さんもね、実はアマチュアの大先輩なんですよ。黒澤さんも東宝という日本の映画界の会社の社員でございましたから、自由に映画を撮ることはできなかった。会社という制度の中で、その商品としての映画を作るために黒澤さんは自分の自由と、自由な表現と闘いながらすぐれた映画を残していらっしゃった。
しかしそれは非常に不自由な映画製作でした。晩年黒澤さんが東宝を離れて黒澤プロダクションという自由の身になられました。その時のことを黒澤さんは私にこう言いました。
「大林くんなあ、僕も東宝という会社制度から離れてようやくアマチュアになれたよ。アマチュアというのはいいねえ。どんな制度にも、俺たちは国家の戦争という制度にもしばられて、なんにも表現の自由がなかったけれども、今や僕はアマチュアとして自由に僕が表現したいことをやるんだ」と。
そして黒澤さんは核の問題、原爆の問題、戦争の問題、さらにはご自身が少年時代にあった戦争の暮らし、そういうものに正直に胸を開いてきちんと映画化されながら、亡くなっていかれました。
その大先輩の遺言を最後にお伝えするためにこれから少し時間を頂戴してお話させていただきます。
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