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2017年5月10日 (水)

ゴールデンウイーク後半東京へ―②―

 私たちは朝食を食べずに家をでて、これまでに食事をする暇がなかったので、末広亭で簡単な弁当を買った。助六などは売り切れで1種類しか残っていなかった。他の人たちも弁当を食べるのだと思った。

 

 最初の桂竹千代だったと思うが「お客さんは私の落語などそっちのけで食べるのに夢中な方がいらっしゃいます」と言って笑いをとっていた。客が多くて、開場から開演まで時間が短かったので、私たちも含めて弁当を食べながら聞いていたのだ。寄席で落語を聞きながら食べるのも楽しみの一つなのだろう。

 

 5月上席は落語芸術協会が中心で構成されていた。お中入までが12人、それ以後が6人で、終演は16時半であった。この日の大物は桂米丸であった。中入前のトリであった。クリーム色の着物を着て、頭は真っ白で、話し方は往年とは違ってゆっくりと声も小さかった。年はなんと92歳で、なお高座を務めているのだと知って驚いた。噺は見聞きしたことを題材に笑いを取っていたが、持ち時間より長かったそうで、中入り後の桂枝太郎が「米丸師匠が22分もしゃべったので私の持ち時間が短くなった」と言ってぼやいていた。実際噺の大半を端折って8分ほどで終わってしまった。

 

 それで分かったのだが、末広亭では1人15分の持ち時間で割り当てられているということであった。プログラムのところどころに予定時刻が書いてあり、その通りに進んでいた。

 

 この日珍しかったのは、太神楽の味千代という若い女性で、最初に茶碗を5個載せていき、それを顎に載せてバランスをとり、棒の間に毬を挟んで高くして行った。毬を2個はさんだり、身体を揺らしたりしても茶椀は落ちなかった。見事な伝統芸であった。

 

 他にも珍しかったのは、テレビの「お笑い演芸館」で見た、客の要望に応えて発泡スチロールを切って絵を切りぬく、伝統の紙切り芸のようなものをハッポウ君という芸人が演じた。見事であった。私も手を上げたが当たらなかった。

 

 「お笑い演芸館」によく出る東京太、ゆめ子の夫婦漫才もよかった。この漫才師は若い時に見たことがあり、テレビでもよく出ていた。久しぶりにライブで観たがニュースをネタに上手に笑いをとっていた。関西には夫婦漫才の雄の大助・花子がいるが、東京の京太・ゆめ子の方は品があってよい。

 末広亭は落語の定席だが、色物で他にもウクレレ漫談の「ぴろき」が出ていた。声が小さいので聞き取りづらいのが欠点だ。コントのチャイーリーカンパニーや奇術の北見伸が出ていた。

 講談の神田紅が出たのは意外であった。15分しかないので張り扇の使い方の説明とほんのサワリを語っただけであった。

 落語では好楽一門の好楽が出ていた。東京には落語家が550人もいるそうで昨年聞いた数よりはるかに多いので驚いた。今年も大学を出た落語家を目指す若者が加わったそうだ。落語芸術協会は新作が多いのだが、古典を語る若手も登場した。オオトリは桂竹丸が務めた。

 ゴールデンウイークなので客はどんどんと入り、周りにぎっしり立って見ていた。外に出ると17時からの夜の部の客も外に並んでいた。寄席は事実上入れ替えなしなので昼席のあと時間が許せば夜席も見ることが可能だ。一度通しで見て見たいと思った。料金は大人3000円だが敬老料金は2700円であった。末広亭は当日券のみなので並らばなければならないのだ。

 末広亭で16時半まで寄席を楽しんで妻も喜んでいた。

 

 

 

 

 

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