第31回橘座公演―柳亭市馬独演会
21日に第31回橘座公演があった。「柳亭市馬独演会」である。東京に行ったとき末広亭でもらったパンフレットには柳亭市馬は落語協会会長だと書いてあった。
午後一時開演の開口一番は弟子の柳亭市坊が務めた。まだ若い落語家だ。落語では演題はめくりに書かないし、口でも言わないが、有名な「たらちね」であった。もともとは上方落語で「延陽伯」と言っていたものを、江戸に持ち込んで「たらちね」として演じられたのだ。
ある長屋に住む独り者の八五郎。大家さんに呼ばれ、「店賃の催促かい?」と勘ぐりながら戦々恐々伺ってみれば、何と縁談話。相手の娘の『年は二十』で『器量良し』、おまけに『夏冬のもの(季節の衣類・生活道具)いっさい持参』という大盤振る舞い。
独り者には願ってもない縁談、しかし話がうますぎる。不審に思った八五郎、大家さんに問いただしてみると、やはりこのお嬢さん『瑕』(きず)があった。
厳格な漢学者の父親に育てられたせいで『言葉が改まりすぎて、つまり馬鹿丁寧になってしまい、言うことが何が何だかわからなくなった』。かく言う大家も、先だって彼女に道で出会った途端『今朝は土風激しゅうして、小砂眼入(しょうしゃがんにゅう)し歩行為り難し』とあいさつされ、仰天したらしい。
初対面の八五郎が名前を尋ねると「自らことの姓名は、父は元京の産にして、姓は安藤、名は慶三、字を五光。母は千代女(ちよじょ)と申せしが、わが母三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴を夢見て妾(わらわ)を孕めるが故、垂乳根の胎内を出でしときは鶴女(つるじょ)。鶴女と申せしが、それは幼名、成長の後これを改め、清女(きよじょ)と申し侍るなり」
単に名前を聞いただけなのに、両親の出自から自らの誕生秘話、幼名と改名に至るまで、全部漢文調でよどみなく並べ立ててのけたから大変である。八五郎はますますわけがわからなくなってくる。
つまり江戸っ子の八五郎と嫁になった娘とのやりとりの滑稽さを笑いとした落語である。本当は長いのだが端折って話した。
次は市馬の「お楽しみ」で、前半は師匠の柳家小さんにまつわるエピソードをいろいろ語って笑いをとった。長いのでそれで終わるかと思ったら、「粗忽の釘」という有名な落語に入った。
この落語は末広亭に行ったとき聞いたが、そのときは米丸に時間をとられて、桂枝太郎の持ち時間が短くなって、かなり端折って話された。今回は前振りが長かったもの末広亭で聞いたのよりは長く演じた。
もともとは 『宿替え』(やどがえ)という、上方落語の演目の一つ。江戸落語では『粗忽の釘』(そこつのくぎ)の名で演じられている。 長屋の慌てものが引越しをする際のドタバタを描いた作品で、全て演じ通せば長時間のネタとなるが、途中を省略、もしくは打ち切って時間調整をすることが可能な演目である。
引っ越した長屋で女房に箒を掛ける釘を1本打ってくれと言われ、大工の亭主はいやいや8寸の瓦釘を打つ。ところが壁を突き抜けて隣家に出てしまう。それで謝りに行くが、最初はお迎えに行ってしまう。そこで女房との馴れ初めを話す。家を間違えたと知り、隣家へ行く。そのやり取りを面白く語って笑わせる。
お仲入りの後は、市馬の「二番煎じ」であった。
原話は、1690年(元禄3年)に江戸で出版された小咄本『鹿の子ばなし』の「花見の薬」。これが同時期に上方で改作され、『軽口はなし』の「煎じやう常の如く」になり、冬の夜回りの話となった。
はじめは上方落語の演目として成立した。東京へは大正時代に5代目三遊亭圓生が移したといわれる。
江戸のある町内の番小屋で夜回りの人たちが酒やししの肉などを持ち込んで禁じられている酒盛りをする。そこへ役人がやってきて見つかってしまう。酒を土瓶でかんして飲んでいたのでそれは風邪薬だという。役人は風邪を引いているから飲ませろという。そして一人で飲んでしまう。たまらない町内の人たちは「もうありません」と言うと、役人は一回りしてくるから、「二番煎じを用意しておけ」というオチである。
この噺は酒を飲むしぐさや肉やネギを食べる仕草がふんだんに演じられそれが見どころの一つとなっている。さすがに市馬は上手に演じていた。柳亭市馬は噺を語る時いつも笑顔をたやさないのもよい。
落語は言葉で笑いをとるようにストーリーが巧みに作られていて面白い。また、演者によって違うから同じネタを何度聞いても面白く聞ける。橘座のお蔭で一流の落語家の噺を聞くことが出来るので嬉しい。
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