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2017年4月26日 (水)

共謀罪について学ぶ講演から―③―

 

★私が思うに、国には秘密がある、それが実態である。・・・・私は仕事で刑務所を訪ね、受刑者と接する機会が多いが、こちら側からは一方的に相手が見える、が、向こうからは一切見えない装置が仕掛けてある。デジタル空間、いまや、本当にパソコン、カメラなどもその類だ。

 スノーデンの映画を、ぜひ見てください。監視する役の自分が、監視されているとわかり、嫌になって飛び出し、実相をリークした。・・・・アメリカの世界的な盗聴システム、プリズム・フェアビュー等を内部告発したエドワード・スノーデン。スノーデンの告発した世界的デジタル盗聴システムである。

 身近な例では2016年7月、社民党の岡田忠智議員もビデオ監視されていた。(註、民進党の福島瑞穂議員は、海渡弁護士の連れ合い。)・・・・このあとの話、筆者はコックリ、聞き取れず。

 ★治安維持法はこれまで二回改定され、「国体変革」がその後、拡大された。過去、治安維持法の適用、悪用事例を挙げると・・・・1928年3月15日、3・15事件、共産党の陰謀事件であると報道する新聞。第一回普通選挙に共産党が市民の前に姿を現した。3・15事件は、これに対する報復であり、共産党の組織がターゲットとされた。共産党員が拷問を受け、山本宣治の暗殺に繋がった。弾圧は共産党から、その周辺組織にまで広がった・・・・1925年、3・15事件、特高警察の組織が拡大し、思想検事制度が発足、学生思想対策が強化され、憲兵と陸海軍の思想統制が始まった。

 1929年、4・16事件。

 1932年、赤化判事事件。特高の拷問を追及した山本宣治議員が右翼により暗殺された。

1933年、長野・教員赤化事件。この年、弾圧は77名、検挙者は最高になった。小林多喜二が拷問により虐殺された。

 1933年、佐野・鍋山、転向事件・・・11年に亘る佐野、鍋山の極左運動、1932年に、二人に無期懲役の判決。チラシ配りを咎められ、そのあと、転向の嵐が吹き荒れた。1935年、共産党の組織活動は壊滅状態、1935年で共産党は終焉した。1935年約3000人が大量検挙された。

 1935年、大本教事件・・・不敬罪、治安維持法違反の疑いで、大本教の施設を約500名の警官が襲い凄まじい破壊を行った、どっちがテロリストか。3000人の信徒に出頭命令、387人が検挙され、61人が起訴、16人が死亡した。1942年無罪になった。無罪判決のことを国民は知らないが、報道されぬ、報道しない。根本的な名誉回復はされていない。

 その時の特高のトップであった唐沢は、公職追放となり、そのあと自民党議員になり、岸内閣の法務大臣までなった。岸の孫が今の安倍首相なのだ。

 1938年天理教・本道事件・・・教理は国体を変更し地上に「神の国」を建設することが究極の目的、これは秩序と混乱を引き起こすと、天理教開祖、中山みきに、教義を取り除けと弾圧。

 1939年、燈台社・事件・・・キリスト教の教義にまで踏み込んだ。

 1937年、人民戦線事件・・・コミンテルンの反ファシズム・統一戦線の呼び掛けに、労農派・マルクス経済学者、教授ら社会党系の人たち、山川均らを拘束逮捕した。第二次検挙では、大内兵衛ら、他に、佐々木更三、江田三郎ら、38人が検挙され、1944年無罪判決。

 1942年、横浜事件・・・あまりに有名となった事件、雑誌 『改造』に書いた記事は日本共産党再結成の謀議だとコジ付け、マスメディア、ジャーナリストにも及んだ。

 企画院事件・・・企画院の多数が物資動員をかけたと治安維持法で検挙された。資本家の財産を奪われる等と政府内紛、最後は権力闘争の道具になった。その時の商工省次官が岸信介、いったんは引責辞任したが治安維持法ギリギリ、東郷内閣で岸信介は華々しく登場した。・・・・安倍首相は、この辺のことをわかっているのか。

 創価学会への弾圧・・・牧口常三郎・初代会長は、明治4年、柏崎県刈羽荒浜村(現・新潟県柏崎市 荒浜)に生まれ、73年のその生涯を通して、地理学者として、教育者として、さらには 創価学会の初代会長として不滅の足跡を遺した。各宗派は統合しろ、これに対し軍政に屈するな。天皇制を奉じろ、それは出来ぬと論争。「天皇梵天論」、まともな国体とは何か。創価学会はいろいろ経験した筈だ。

共謀罪の強行採決をとめた小泉首相と河野議長・・・・2006年6月2日、予備罪について平岡さんが反対演説をすると、国会内で衛視(註、衆参議院内を警衛する職員)が人垣を作り、いまなら人間カマクラ、次の瞬間にいきなり決めようとした。国会は大混乱の末、廃案になった。

元国会議員の保阪展人氏(現世田谷区長)の言では、小泉首相と河野議長はやめておこうと決めた。私は昨日、自然エネルギー同盟の会議で小泉元首相と同席した、その席で米軍の、“トモダチ”作戦や甲状腺がんの話題になったが、与野党は一致協力してやらないとダメだと言っていた。特措法でイラクに自衛隊を送り、また3・11を機に、原発は間違いだった等、いろいろ毀誉褒貶のある人だが、一言で言えば良い人になった。

  共謀罪成立を阻止するため、市民にはどんな活動が可能か・・・いかに安倍総理は異常か。歴史から学ぼうという姿勢は微塵もない。ロボットであり、何も考えない。

私たちは、どうしたらいいのだろう。社会に異議を申し立てる、これが普通である社会を潰してはならない。沖縄の山城さんの拘留も、アムネスティ・インターナショナルの宣言を前に、釈放となった。意思表示が何よりも大事だ。

≪特定秘密保護法×共謀罪×盗聴法≫は、もはや「民主主義の死」である。ワンセットで、監視社会を強化する、何が何でも共謀罪を成立させてはならない。頑張っていれば、何かが起こる、きっととまる。2006年、自民は300議席であった。理性ある人も自民党には居る、捨てたものでもない。

 

 

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