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2017年2月19日 (日)

榊原温泉と津へ旅行―①―枕の草紙に出ている美人の湯

 14日と15日に高校時代の同期生たちと1泊旅行に出かけた。この旅行の計画は鈴鹿に住むS君がやってくれた。大阪から3名名古屋から2名。三重から3名が参加した。女性が3名、っ男性が5名であった。

  16時に榊原温泉口に集合ということで、私は14時1分の松坂行き急行に乗るつもりで出かけたら、ひとつ前の13時42分の急行に乗ることができた。別に早く行く必要もないのだがそういうものである。

  近鉄を利用するのは久しぶりであった。特急は900円出さなければならないし、時間はあるので急行にしたのであった。座席は2人掛けにみな1人が座っていた。気が引けたが仕方がなので若い男性の隣に座った。

  外の景色は見ることもないので、電車の中では原田マハの「本日もお日柄がよろしゅう」を読んだ。

  近鉄の不便なところは、伊勢中川で乗り換えなければならないことだ。車掌に尋ねたら同じプラットホームの4番線だと言った。

  中川駅に到着してホームで待っていたら見覚えのある顔が近づいてきた。幹事のS君であった。中川から榊原温泉口までは上本町行き急行で10分ぐらいであった。

  名古屋駅で乗る時も、榊原温泉口で降りるときもマナカ敬老パスをタッチするだけなので大変便利であった。

  榊原温泉駅には40分ぐらい早く着いた。駅には暖房された待合室があったのでそこで待った。他の連中は16時ごろに着く電車でやってきた。

  駅には今夜泊まる「清少納言」というホテルの送迎バスが迎えに来てくれた。駅から温泉までは5kmほどで車がやっと通れるぐらいの山道を走った。

  榊原温泉には30年ぐらい前に来たことがあるのだが、どんなところかは覚えていない。ただ、シラハエ釣りを始めたとき、教えてくれた知人が雲津川がよく釣れると言って、はるばる名古屋から車で来たものであった。そのとき榊原温泉の近くを通った。

  宿の「清少納言」は、清少納言が枕草子に日本三大名湯の一つとして「湯は七栗の湯、玉造の湯、有馬の湯」と記述してあることに由来するようであった。

  現在は榊原温泉で通っているが、江戸時代以後のようで、それ以前は「ななくりの湯」とよばれていたようだ。「ななくり」という地名は今も残っているという。

  「清少納言」という超有名な名前を取って旅館の名にしたわけだが、外観はコンクリートのホテルであった。昨年島根の玉造温泉で泊まった宿は和風旅館であったので、この名前とのギャップが大きかった。

  玄関の歓迎板に宿泊客は5組と書いてあった。ウイークデーだから少ないのだろうと思った。

 ホールには仲居さんが1人で迎えた。2階の部屋に案内されたが、10畳ほどの狭い部屋であった。5人寝られるかなと言ったら、Y君が「大丈夫だろう」と言ったが、布団が敷かれたとき4人の頭にもう一つ敷かれ部屋いっぱいであった。この日の宿泊客は少ないのでもっと大きい部屋はないのだろうかと思った。

  夕食前に風呂に入ることにした。大浴場は地下にあった。大きな浴場で湯が溢れていた。外の景色の眺めもよかった。湯は少しぬるぬるする滑らかなであった。後で聞いたら、アルカリ泉で「美人の湯」というのだそうだ。そういえば玉造温泉も美人の湯と言っていたのを思い出した。女性の清少納言が言いたかったのもそういうことかもしれない。

  湯からあがると、女性たちに「美人になったね」と言って冷やかした。

安達清治氏の「枕の草紙の湯の謎考察」

http://library.tourism.ac.jp/no.10SeijiAdachi.pdf

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