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2017年1月23日 (月)

福沢諭吉は軍国主義者だったとは!

 1月27日号の週刊朝日の記事がYahooニュースに出ていた。「福沢諭吉は民主主義者でなく軍国主義者だった」というタイトルである。

  それを読んで私は仰天した。なぜならあのお札にまでなった福沢諭吉をさ「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずと言えり」という「学問のすすめ」の冒頭の句で民主主義者だと思いこんでこの年まで来たのだから。

  この記事によると、「天は人の上に・・・・」という句は、「・・・言えり」と、伝聞形で書かれているので、アメリカの独立宣言意訳して引用したのであって、福沢自身の言葉ではないと指摘している。

  記事は「美味しんぼ」の作者雁屋哲氏が書いた「マンガまさかの福沢諭吉」へのインタビューである。

  雁屋氏が福沢に関心を持ったきっかけは「中学高校で教わった通り、福澤諭吉は民主主義の先駆者だと思い込んでいました。ところが30年ほど前にあるきっかけから福澤の『帝室論』『尊王論』を読むと、日本国民は『帝室の臣子(家来)なり』と書かれていて驚いた。世間の福澤諭吉像を覆すような文章がどんどん出てくる。それが興味を持った始まりです。」と述べている。

  日本国民は「帝室の臣子なり」とは、まさに教育勅語で「汝臣民」と天皇が言ったそれである。私などは戦時中嫌という程聞かされた言葉であった。

  雁屋氏は、「『学問のすすめ』だけを読んでも『分限(身の程)を知れ』『(自分の)身分に従え』など、およそ自由平等とは程遠い言葉が次々に出てくる。教育のない者を『無知文盲の愚民』と呼び、そうした人々を支配するには力ずくで脅すしかないと言いきっています。独裁者でもここまで露骨なことは言えません。」と述べている。

  福沢の智のない者は愚民だと蔑み露骨に差別する意識に驚くほかない。この考えは安倍政権の教育政策にも反映されている。一部のエリートとその他多数の凡才に分けて、エリート支配の社会にし、凡才は安手の労働力として使おうというやり方である。小泉政権後非正規社員が増加の一途をたどっているのもその現れである。

  つづいて次のように述べている。「 教育といっても、福澤は政府が政治をしやすいような人間になるために学問を推奨し、その結果、国民に報国心を抱かせようとしていた。そうなると『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』は単なるキャッチコピーに過ぎません。最初にこの言葉に興味を持った人を、民主主義とは反対の方向へ導こうとする。これでは思想的な詐欺と変わりありません。」

  思想的詐欺とは言い得て妙である。その通りだ。治めやすい臣民をつくろうとしたのだ。

  「福沢は明治15年につくった時事新報で、『自分が一番やりたいことは国権皇張だ』と言っています。これは日本の権力を他の国に及ぼすという意味。つまりアジア侵略です。侵略される側からしたらたまったものではありません。日本最大の新聞を発行し、慶応の塾長も務めた人間がこんなことを堂々と述べていたのです。もともと福澤の大本願は日本を『兵力が強く』『経済の盛んな国にする』こと。そのために天皇を国民の求心力の象徴として利用しました。」と述べている。

  「富国強兵」は明治政府の基本政策であり、安倍政権が憲法を変えて目指すのも明治への回帰である。

  さらに次のように指摘する、「日本が朝鮮支配を進めるために福澤が果たした役割は小さくなかった。詳しくはマンガを読んでほしいのですが、朝鮮宮廷内で起きたクーデターを計画したうえで実行にも加担し、明治政府が仕掛けた日清戦争では言論であおりまくった。戦争に勝つと国権皇張ができたと嬉し泣きしています。

  そのうえ軍は天皇直属であり、日清戦争は外交の序開きだと言うなど、侵略している意識すらなかったのです。戦争になったら国のために死ぬことが大義だと言い、教育勅語を歓迎した人物が民主主義者のわけがありません。

  福澤は天皇制絶対主義や皇国思想を日本人に浸透させ、朝鮮人、中国人への激しい侮蔑心をあおった。そのレールの上を走り、日本は第2次世界大戦に負けました。アジア蔑視は、現代の日本人にまで尾を引いています。」

  朝鮮・中国を侵略する日本を思想的にバックアップしたというのだ。福沢諭吉の本当の姿を知る意味についてこう語っている。

 「日本がなぜこうなってしまったのか。まずそれを考えるには、その大本の思想をつくりだし、日本人を洗脳した福澤を正しく理解することが必要です。そのうえで真の日本のあるべき姿を議論できると考えています。」

 これまで民主主義者として教えられてきた福沢諭吉が、敗戦に至るまでの富国強兵路線、天皇崇拝の理論的支柱であったとは驚き以外の何ものでもない。これまで福沢をそういう目で見た人がいなかったのも不思議である。

 雁屋氏は、日本会議や安倍総理がいうところの「美しい日本の伝統」について、「日本会議の言う日本の伝統とは討幕後の明治時代に意図的につくられたもの。大日本帝国時代のわずか80年の歴史だけをもって、日本の伝統ということ自体がおかしいのです。」と指摘している。これも大事な指摘である。

  

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ウィキペディアによると中国、韓国では「福澤諭吉が脱亜入欧を唱えて明治期の日本の世論を先導して日本の文明開化を推し進めた反面、中国・韓国に対する蔑視感や侵略主義、さらに第二次世界大戦へと導いた元凶にもなった」と認識されているとある。ただし福沢諭吉は一度も脱亜入欧を唱えたことは無いという説もあり、真偽のほどは明らかではない。昨今の日韓、日中のぎくしゃくした関係を考えると、福沢諭吉は流石先見の明があったとみる国民も多い。問題の根は気の遠くなるほど深いのである。
安倍政権が変わらない限り、打開の一筋もないように思えるが、、。

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