« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »

2016年10月

2016年10月31日 (月)

昭和区平和のつどい、伊藤真弁護士の講演から―⑦―

 憲法と法律

 Img_2033 

 憲法は方だが「法律」ではない

               憲法  ←国をしばる

 法(軌範)

               法律その他の方 ←国民をしばる
   ルール

  《これが立憲主義》  どんなにすぐれた政策もすべて憲法の枠内で実現しなけ

                ればならない

 そうすると自衛隊の存在も集団的自衛権行使も憲法違反なのは明白

 憲法とは

◎憲法とは、国家権力を制限して国民の権利・自由を守る法

  《あくまでも人権保障が目的(近代国家共通)》

 【さらに戦争放棄も目的とした点に日本の立憲主義の特徴がある】

 自民党・公明党によって69年間続いてきた憲法解釈を閣議決定で変えてしまったのはとんでもないことである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月30日 (日)

WinZip Drive Updaterをアンインストールした

 昨日、「データ便」で写真を送ろうとして開けたら、アップデートというのがあったので気にも留めずにクリックした。ダウンロードが始まったので見ていたら、「WinZip Drive Updater」としてあった。Windowsに必要なものかと思い見ていて、ひょっとして怪しいソフトではないか?と気づき直ぐにキャンセルボタンを押した。

 インストールはできていないと思っていたら、今朝パソコンをつけるとWinZip Driveの大きな画面が広がっていて、「今すぐスキャンをするか?」「今すぐ完全版にアップデートするか?」と選択を迫ってきた。

 インストールをキャンセルしたはずなのに、ちゃっかり入り込んでいたのだ。ソフトを調べたら20個ぐらいあった。そしてそれぞれの右側に「サポートなし」というボタンがあった。しかも、右下にはそのうちの一つを今すぐアップデートするようにと大きなメッセージボックスが出ていた。ちょうどウイルスバスターのアップデートのメッセージと重なっていたので、最初はトレンドマイクロのものと勘違いした。

 WinZip Driveのアンインストールをしようとネットで調べた。すると初めの方に出ていたのはどうもWinZipの回し者のような感じで、長々としてWinZipの説明の後に「コントロールパネルからやっても、すべてのプログラムからやっても削除は不能」と書いてあった。別のものを見てもしっかりしたアンインストールの説明はなかった。

 仕方がないので後でCommufaに聞こうと思い、先にウイルスバスターのアップグレードをやった。WinZip Driveはずうずうしく、消しても消しても現れていた。

 ウイルスバスターのインストールの途中、こんなに良いことがあるという説明が5つほどあり、その一つに怪しいソフトを事前に調べて知らせてくれると書いてあったが、それは今回はまったくダメであった。

 ウイルスバスターのインストール終了後、念のためにもう一度ネットで削除法を調べた。すると下の方に2015年4月投稿の削除についてのサイトを見つけた。それにはWinZip Drive Updaterの削除(アンインストール)は簡単と書いてあったのでホッとした。

 そのやり方は、①コントロールパネルからファイルのアンインストールへ行って削除する。②すべてのプログラムにWinZipがあれば、そこからアンインストールのやり方を探す。というものであった。

 それでコントロールパネルからアンインストールする通常の方法を選んだ。時間がかかるので、できないのかと心配したが、表示が消えたので安心した。しかし、コントロールパネルの下の画面にはWinZipのアイコンが残っていたので心配であった。でも、デスクトップにあったアイコンも消えていた。念のために再起動してみたら完全に消えていたのでよかった。

 以前このソフトと同じようなソフトに入られて削除に苦労したことがあり、それについてはこのblogで取り上げて書いたことがある。

 この手のソフトはいろいろあるらしく、以前のソフトはインドからだったが、今回のはカナダからのもののようだ。パソコンの中をスキャンして、何か悪いところがあると脅し、修復するように迫るのだ。そして完全にやるには有料のを買うようにと勧めるのである。桑原くわばらである。

 なおこの手の詐欺ソフトは、他のアプリに入り込んでいるのでアップデートをするときは気を付けることが肝心である。うっかりクリックしたらやっかいである。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月29日 (土)

英国Timesが暴露した安倍政権に屈したNHK

 英国の有力紙Timesが、NHKの内部文書を暴露したという資料を友人が送ってくれた。それによると安倍政権はNHKに対して南京大虐殺や慰安婦問題や領土問題について言及することを禁じていたという。

 安倍政権側はNHKに強く日本の保守的な民族主義と政府の立場を反映するように命令し、NHKもそれに従っていたというのである。

 Timesは「イギリスで話題になっている情報も取り上げない」と述べ、安倍政権がNHKと癒着している問題性を指摘している。

 この記事の見出しは次のようになっている。

 Japan’s ‘BBC’ bans any reference to wartime ‘sex slaves’

 Japan's ‘BBC’ というのはNHKのことである。

 また、本文の一部をコピーすると、

 A ban on reference to the Rape of Nanking is seen as a surrender of editorial
independence by Japan’s public broadcaster, NHK
Japan’s public broadcaster, NHK, has banned any reference to the notorious
Rape of Nanking, to the country’s use of wartime sex slaves, and to its
territorial dispute with China, in what critics see as a surrender of its
editorial independence.

 安倍政権は、NHKの経営委員に息がかかった人物を送り込み、NHK会長に意のままになる

人物を据えた。NHKを支配する仕組みが出来上がり、有効に働いていることをTimesの記事は証明していることが分かる。

 伊藤真弁護士の講演にあったように、多数が必ずしも正しいとは限らないのだ。権力に対しても堂々と批判ができることが公共放送に求められる第一の資格である。英国のBBCはまだNHKとは比べものにならないくらい良い。

 昨日も書いた様に、日本のマスメディアがすべて政権の欲するままに、言いなりになってしまったらこんな恐ろしいことはない。戦前の大政翼賛化が悲惨な戦争へと導いたことを忘れてはならない。

 

 以下はTimesのHPだが、有料で一部しか見られないのが残念である。

 http://www.thetimes.co.uk/tto/news/world/asia/article4239769.ece

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年10月28日 (金)

朝日新聞はTPPに賛成なのか?

 昨日「朝日新聞はTPPを報じないのはなぜか」と書いたら、27日の朝刊にTPPの記事が出ていた。タイトルは「TPP審議 埋まらぬ溝」であった。サブタイトルは「与野党、採決巡り攻防」とあり、高見の見物をしているようなタイトルである。

 記事を読んでみると、TPPの問題点はどこにも書いてなくて、宮崎県高千穂町での地方広聴会での不安を述べた意見陳述だけであった。

 「TPPで何が起こるか不安だ。政府は攻めの農業を強調するが、守ることの方が多い。担い手づくりは急務で、所得補償などを充実させてほしい」という和牛繁殖農家の声であった。農業分野では、安い外国産が流通することによる国内産の価格下落を心配する声が根強いと書く。

 もう一つは輸入牛の増加に伴って、日本で使用禁止されている成長促進剤を使った牛肉の流通が増える可能性を指摘した、食の安全性を危惧した意見が紹介されていた。

 TPPの問題点に触れたものはこれだけであり、あとはTPPを推進する政府側に立った記事であった。

 TPP協定に概要と題して、「関税撤廃・引き下げで輸入をしやすく」「各国共通のルールを整備」などの小見出しでTPPによってこんなことがよくなるという説明が表になっていた。

 そして本文では「TPPでしっかりとしたルールの中で貿易が行われる」という安倍首相の説明を取り上げている。

 大企業だけでなく、中小企業も外国で不当な差別を受けにくくなり、海外市場に打って出る機会が増える。

 農林水産物の8割に当たる約2000品目の関税撤廃を心配する声に対し、「農業の多面的機能を大切にしていく」という首相の答弁を書いている。

 朝日新聞は、TPPに関して政権側に立って記事を作っているようである。私は子どもの頃からの朝日新聞読者であるが、第二次安倍政権後はマスコミ懐柔政策によって、徐々に骨抜きされてしまったと感じている。

 TPPは国民の生活に関わる重要な転換をもたらすものなのだ。昨日紹介したように、ネットではその危険性も数多く指摘されている。社会の公器であるマスコミはそういう大事な問題について、政権の側だけでなく、反対の側の危惧もきちんと伝えて、批判すべきは批判記事にしてほしい。

 朝日新聞は週刊誌からしばしば叩かれ、次第に権力批判の視点をなくしていったようである。読売、産経のようにもともと自民党政権の広報と言われるものは別として、朝日のような大新聞が権力におもねるようになったらおしまいである。

 戦前朝日新聞が大政翼賛に転向し、戦争遂行の片棒を担いだことを忘れてしまったのであろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月27日 (木)

朝日新聞がTPPを取り上げないのはなぜ?

 NHKニュースによると、自民党・公明党はTPPの衆議院通過を10月末までにやろうとしているという。それに対し、民進党と共産党は反対をしている。

  TPPについては、農業関係者が反対しているし、アメリカでも大統領候補のトランプ氏が反対で、クリントン氏が反対の素振りを見せている。それなのに安倍政権はTPPを最優先課題として、採決を急いでいるのだ。

  他のマスコミのことは知らないが、朝日新聞は採決が迫っているというのにTPPについて全く取り上げていない。いったいこれはどうしたことか。完全に安倍政権に丸め込まれてしまったのか。朝日新聞は天下の公器としての自負を捨ててしまったのか?

  NHKはたんたんとTPPの衆議院での審議が終わりに近づいていることを伝えているだけである。

  TPPは問題点がたくさんある。農業特に米と酪農が立ち行かなくなる恐れがあると言われているが、その他にも国民皆保険の医療制度がアメリカの保険会社の日本進出で破壊されるという指摘もある。

  薬の値段も高くなるし、混合診療により自由診療が入り高額な医療費を払わなければならなくなると言われる。

  恐ろしいのは、アメリカの企業によって日本で訴訟が起こされることだ。これについては以前にも取り上げたが、NAFTA(北米自由貿易協定)のISD条項で、カナダとメキシコが訴訟に全敗をして多額の賠償金を払った例がある。

 ネットをみるとTPPの危険性についての詳しい解説を扱っているサイトがいくつかある。しかし、マスコミがその危険性を報道しないどろか日経のように歓迎をしている(当然だろうが)ところもある。

 詳しくは以下のサイトを見てほしい。

 http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/1fa34a8a3a12be1fe4904f30bf1cc391

 http://diamond.jp/articles/-/47943?page=3

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月26日 (水)

昭和区平和のつどい、伊藤真弁護士の講演から―⑥―

 憲法の必要性

  多数意見が常に正しいわけではない

      ↓

  多数意見にも歯止めが必要

  多数意見でも(法律でも)奪えない価値があるはず

    ↓      ※価値→人権(特に少数者の)  平和

  これをあらかじめ決めておくのが憲法

 ◎十分な審議討論を経たうえの多数決という正しい手続きで決定されなければな

  らない。(正統性)―だから私たちは法律に従う。

 ◎しかも、数の力でやってはいけないことを守って法律は作られなければならな

  い(正当性)

◎ところが、政治家も人間なので数の力に任せて間違った法律を作ってしまうこと

 (権力を濫用する危険)がある。

◎だから、政治家が法律を作るときに守らなければいけないことを予め憲法で、国

  民が政治家に示して、憲法に従わせる。これが立憲主義。

 立憲主義と民主主義

 政治権力を憲法で縛るという考え方を、立憲主義という(憲法に基づく政治)。

 →国王の横暴に歯止めをかけるために生まれた(英国:マグナカルタ・1215年)

 →民主主義社会においては多数派による民意を反映した政治権力にも歯止め

   をかけるという意味をもつ。

   《民主主義vs立憲主義》 ←民主主義はアクセルであり、立憲主義はブレー 

                     キである。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月25日 (火)

昭和区平和のつどい、伊藤真弁護士の講演から―⑤―

 なぜ法律にしたがうのだろう?

  その地域や時代の多数の人の意見に従っているから(手続きが正しい)←正統性(legitimazy)

     では  多数意見の内容も常に正しいのか?←正当性(justness)

  NO→《情報操作、雰囲気、目先の利益に惑わされる》 人間は間違いを犯すことがある

  その例として⇒わが闘争(ヒトラー)

  「大衆の理解力は小さいが、忘却力は大きい。効果的な宣伝は重点をうんと制限して、これをスローガンのように利用し、・・・最後の1人まで思い浮かべることができるように継続的に行わなければならない。・・・問題に対する主観的一方的態度が重要。代表すべきものを専ら強調すること。・・・大衆は・・・純粋に理性的判断からでもなく、動揺して疑惑や不安に傾きがちな人類の子供から成り立っている。・・・民衆の圧倒的多数は冷静な熟慮よりもむしろ感情的な感じで考え方や行動を決める。この感情は単純であり、・・・肯定か否定か、愛か憎しみ化、正か不正か、真か偽りか。・・・大衆に確信させるために・・・何千回も繰り返すこと」

 何だか自民党が繰り返してきた「アメリカに与えられた憲法だから変えなければならない」とか「原発は安全」だと言い続けてきたこととか、・・・・正にこの手法に学んでいるとしか思えない。

  次のナチスのヘルマン・ゲーリング元帥の言葉も同様である。

  「もちろん、人々は戦争を望みません。運がよくてもせいぜい五体満足で帰ってくるぐらいしかないのに、貧しい農民が戦争に命を賭けたいわけがありません。一般人は戦争を望みません。ソ連でも、イギリスでも、アメリカでも、そしてその点ではドイツも同じことです。ですが、政策を決めるのはその国の指導者です。それに人々を従わせるのはどんな政治体制であろうと、常に簡単なことです。・・・国民にむかって、われわれは攻撃されかかっているのだと煽り、平和主義者に対しては、愛国心が欠けているし、国を危険に曝していると非難すればよいのです。・・・この方法はどんな国でもうまくいきますよ」 

 集団的自衛権を閣議決定し、安保法制を強行採決する前に、「尖閣列島や南沙諸島を中国が支配しようとしている」とか、「北朝鮮のミサイルと核兵器がいつ飛んでくるかわからない」など、メディアを通じて絶えず脅威を煽ってきたのもゲーリングの言ったことに学んでいるのだろう。

  伊藤氏は《安全(⇔危険)と安心(⇔不安)を区別する賢さを持つことが必要》と述べている。

 ヒトラーの言葉の巧みさについて

 ●独裁→決断できる政治   安倍首相もそういっていたなあ

 ●戦争の準備→「平和と安全の確保」   これも同じようなことを言っているね

 ●共産党員・社会民主党員を拘束した緊急命令→「民族と国家を防衛するため

   の緊急令」

 ●全権委任法(1933年3月23日)→「民族及び国家の危機を除去するための法 

   律」

 これらについて、伊藤氏は、「政治家はしばしば誰も反論できない言葉を持ち出して憲法を破壊する」と言っている。

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月24日 (月)

昭和区平和のつどい、伊藤真弁護士の講演から―④―

 憲法前文第1項を取り上げて話された。

  日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、わられとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、我が国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのなやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

  前文第1項は、長い一文である。この文の主語は「日本国民は」である。述語は「この憲法を確定する」である。「わが国全土~決意し」が目的である。そして「主権が国民に存すること」は「手段」である。

  「自由」とは「基本的人権の尊重である。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように」は「戦争の放棄」である。「主権」は「国民主権」である。

◎私のコメント

  日本国民がこの憲法を確定すると記述して、明治憲法の神権による賦与と決別している。また戦争の放棄が第9条だけでなく、ここでも「政府の行為によって再び・・・」と記述している。安倍政権はそれを勝手に解釈しなおして閣議決定をし、集団的自衛権行使容認に踏み切ったのだが、憲法違反であるのは明明白白である。そして明治憲法の天皇主権から国民主権へ変わったことを宣言しているのだ。

  次に、日本国憲法の理念と基本原理について話された。

 ●基本原理

  立憲主義に立脚し、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義を基本原理としている。

 ●個人の尊重を中核とする立憲主義の理念

  すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規としての漢方が、国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念と基盤としている。

 

 ◎コメント 

  自民党の憲法草案では、恒久平和主義を捨て基本的人権を公の下に制約しようとしている。国家権力をしばる立憲主義を捨てようというのだ。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月23日 (日)

昭和区平和のつどい、伊藤真弁護士の講演から―③―

 現憲法が公布されたのは、11月3日で明治節であった。本当は8月11日に公布をして2月11日の紀元節に施行したかったのだという。しかし間に合わなかったのだ。大日本帝国憲法の発布日と合わせたかったのだが、紀元節、明治節にこだわるあたり、頭がまだ切り替えできていなかったようだ。

 新憲法は、戦前への反省から、

○戦前の神権天皇、軍隊、宗教の三位一体の解体

 →象徴天皇制、9条、政教分離を規定。民族主義的色彩を除去。

○立憲主義の確立

 ・「個人の尊重」を基礎とした真の立憲主義。

 ・違憲審査制を採用した徹底した「法の支配」

明治憲法から日本国憲法への憲法価値の転換

 〈戦前の日本〉                 〈戦後の日本〉

 天皇主権           →        国民主権

 戦争をし続けた国      →        戦争できない国

 臣民の権利に過ぎない国 →        天賦人権思想の国

 教育を利用した国      →        教育内容に介入しない国

 宗教を利用した国      →        政教分離

 障がい者、女性、子どもを差別した国 → 差別のない国

 貴族・財閥・大地主のいる国  →      格差を是正する国

 自己責任を強いる国    →         福祉を充実させる国

 徹底した中央集権の国   →        地方自治を保障する国

 国家のための個人     →         個人のための国家

 (国家主義・全体主義)             (個人の尊重・個人主義)

 国家・天皇を大切にする  →        一人ひとりを大切にする

 上記のように列記してもらうと、どのように変わったかがよく理解できる。こうして見て来ると、安倍政権になって、

 ・「戦争の出来る国」に変わった

 ・教育内容への介入が始まった

 ・福祉を削減し、自己責任が求められるようになった 

 ・新しい格差が生まれた

 ・個人の人権が狭められ用としている(自民党憲法草案)

 ・天皇主権に戻そうとしている(自民党憲法草案) 

など、急激に変わってきていることがよく解る。また伊藤氏は、自民党などは個人主義と利己主義をすり替えて、利己主義だとして非難していることに気を付け中ればならないと話した。個人主義は利己主義とは全く異なり大切な理念なのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月22日 (土)

昭和区平和のつどい、伊藤真弁護士の講演から―②―

 近代日本の歩み―明治から第二次世界大戦敗戦(1868~1945)

 ・近代国家建設の過程では、不平等条約をいかに改訂させるか。そして法体系、政治制

  度、経済システムの構築に力が注がれた。

 ・立憲君主制  天皇主権、上からの改革であった。国家や天皇のための個人の自己犠牲

           には価値がある

 ・国民の自由よりも富国強兵を重視  軍備拡張と経済発展という国家優先による近代化。

 ・自由民権運動と大日本帝国憲法発布(1889年2月11日)

 明治政府による国家統治

○立憲主義的要素と神権的「国体」思想の対抗

○神権的「国体」思想

 ・皇室は万世一系の天照大神の子孫であり、神によって日本の永遠の統治権が与えられ

  ている天皇により統治されている。

 ・民族主義的色彩を強く有するもの

○立憲主義的要素←アジアで初めての立憲主義憲法

 ・天皇機関説(美濃部達吉)  国家の統治権の主体は法人としての国家であり、国家の組

  織の中で、天皇はひとつの国家機関として位置づけられる。

 ・天皇機関説事件(1935)で『神聖なるわが国体にもとる」として弾劾され駆逐される。

 神から与えられたとする天皇主権で国民は臣民として扱われた。そして西欧に追いつけと富国強兵の政策がとられ、戦争の時代へと入っていった。

 ・1874年 台湾出兵

 ・1889年 大日本定刻憲法発布

 ・1894年 日清戦争

 ・1904年 日露戦争

 ・1914年 第一次世界大戦

 ・1931年 満州事変

 ・1937年 日中戦争

 ・1941年 太平洋戦争(第二次世界大戦)

 ・1945年 ポッダム宣言受諾 敗戦

 ここまで71年にわたる戦争の時代であったのだ。それから今年までの71年は平和の時代であった。しかし、安保法制により再び戦争の時代に入る危険性が予見される。安倍政権は11月に南スーダンでの自衛隊に「駆けつけ警護」の任務を与えようとしている。

 大日本帝国憲法の下、臣民である国民は赤紙一枚で徴兵され、天皇のために身命を投げ打って戦うことを余儀なくされたのであった。

 自民党の憲法草案は、その明治憲法に戻そうとし、天皇の地位を変え、国民の自由を制限し、富国強兵の道をめざそうとしている。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月21日 (金)

昭和区平和のつどい、 伊藤真弁護士の講演から―①―

 第10回昭和区平和祭の記念講演は伊藤真弁護士による「今こそ『憲法』を学ぼう!」というテーマで、副題が~安保法制や改憲問題を考えるために~であった。

  レジメがきちんと用意され、それをプロジェクターでスクリーンに投影しての講演で、大変解りやすい素晴らしいものであった。

  伊藤弁護士は、伊藤塾塾長として法律家・公務員の養成を35年間やっている。その他に憲法の伝道師として全国で講演会や執筆活動をしている。講演会は2万人規模のものから15名ぐらいの小さなものまでやったという。著書は大人向けのものから幼児向けのものまで多数。弁護士として、一人一票実現運動と裁判、安保法制違憲訴訟などにたずわわっている。現在日弁連憲法問題対策本部副本部長である。

 憲法を学ぶ意義を

 1.憲法を使いこなして自分らしく生きる力を身につけるため(自分が幸せになるために)

 2.社会のメンバーとしての役割をはたすため(社会をよりよくするために)

 3.憲法改正国民投票や選挙のときに、自分の考えでしっかりと判断できる力をつけるため(未来を灰色にしないために)

  《私たちは誰もが政治や憲法に無関心でいられても、無関係ではいられない》

  私のコメント→選挙の投票率は下がる一方で政治なんか関係ない、安保法制など関係ない、選挙に行っても行かなくてもなるようにしかならないと考える人が多いのであろう。無関心であっても、その人の生活全てに政治も憲法も法律も関わっているのだ。空気のように見えないかもしれないが、それなしには暮らしていけない枠組みなのだ。

 

 

  安倍政権は憲法改正の発議ができる2/3以上の議席を国会に占めたので、改正に向けての動きを始めた。改正に就いて伊藤氏は憲法96条を元に説明した。

 憲法改正(96条)

1.この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民にていあんしてその承認を得なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

2.憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体をなすものとして、直ちにこれを公布する。

 第1項の中で大事なことは、「過半数の賛成」とあるが、これは「有効投票」の過半数ということだという。仮に投票率が50%であってその51%の賛成でもそれでOKなのだ。有権者の数からみれば25%超に過ぎないのだが。

 さらに改正を提案する方は、必ず投票に行くようにあらゆる手段を使うだろうし、テレビやマスコミなどの宣伝広告活動も自由だから、金をふんだんに使って宣伝をするだろうという。

 もう一つ大事なことは、憲法改正は丸ごとではなくて、条文一つについて賛否の投票が行われるということだ。だから安倍政権はやりやすそうなものから改正を提案して国民を慣らす作戦をとっている。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月20日 (木)

第10回昭和区平和のつどい

 第10回昭和区平和のつどいが、10月16日(日)に恵方町の柳城短期大学体育館で開催された。主催は14団体による昭和区平和のつどい実行委員会であった。

  会は2部に分かれていて、第一部は文化交流と題して歌や踊りなどがあり、第2部は東京から来た伊藤真弁護士の記念講演で「今こそ『憲法』を学ぼう!」(安保法制と改憲問題を考えるために)であった。伊藤弁護士の講演は非常に素晴らしかった。レジメが詳しく用意され、プロジェクターでスクリーンにも投影しながら話されたのでとてもよく解った。この歳までの人生で聞いたレクチャーの中でもトップを行くものであった。

  レジメを元にblogで取り上げてよいと伊藤先生の許可をもらったので、順次紹介していこうと思っている。

  第一部のエンターテイメントであるが、開幕太鼓は鼓瑞(こだま)グループによる和太鼓の演奏で力、強い太鼓の響きが素晴らしかった。

  開会あいさつの後、「御三家」というピアニストとボーカリスト2人の女性にギターとパーカッションの2人の男性が加わったもので、宇治市にある作業所のなかまたちが作った「へいわのうた」など平和に関係したうたが4曲歌われた。

   平和だからこそ みんなと一緒においしいご飯を食べることができる

   平和だからこそ 安心して眠ることができる

   平和だからこそ 一緒に遊ぶことができる

   平和だからこそ 歌やスポーツや芸術を楽しむことができる

   平和だからこそ 人を愛することができる

  戦争はこれらのことをすべて奪う

   戦争は命や人権を奪う

   戦争は人間を人間でなくしてしまう

   戦争は平和を奪う (以下省略)

  AKB48とは違って同じような若い人のグループでも、きれいなメロディーでも、残念ながらメディアにのることはない。メディアはこういう歌も取り上げてほしいと思った。

  2番目は、年配の人たちのフラダンスであったが、軽快なハワイアンメロディーと「花は咲く」のメロディーにのって踊った。

  3番目は、「AKIと奥村俊彦」の演奏で、AKIの三線と沖縄の歌と奥村のジャズピアノのコラボでリズミカルで楽しかった。AKIさんは沖縄出身なのか素晴らしい三線であった。

  4番目は、「平和のつどい合唱団」約40名による合唱で、TRAIN-TRAIN、命どぅ宝、島人ぬ宝が歌われた。島人ぬ宝には三線や太鼓やトランペットも加わって演奏されたが大変上手に合唱した。 

Img_1950


Img_2016


Img_2017


Img_2020

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月19日 (水)

原発再稼働慎重派米山氏の勝利

 16日投票・開票の新潟知事選挙で、原発再稼働慎重派の米山隆一氏が当選した。選挙の真近かになって立候補した米山氏は、当初絶対的に有利と見られていた、自民・公明推薦の森民夫前長岡市長を破っての当選であった。しかも、米山氏は民進党を離党しての立候補であったが、推薦をしたのは、弱小の共産党・社民党・自由党であった。

 その米山氏は、民進党の応援がなかったにもかかわらず、どんどんと追い上げて大接戦だと言われるようになった。それでだろう、民進党の蓮舫代表は終盤にやっと応援演説にかけつけた。

 民進党の党員であった候補者なのに、共産党・社民党・自由党とは一緒に応援をやれないということで自主投票であった。何とも情けない民進党である。

 今行われている東京10区と福岡の衆議院補選でも、野党共闘には民進党は腰が引けている。先の参議院選や新潟知事選でも分かるように、野党でも争点をはっきりさせ、共闘すれば自民・公明に勝てるということを示したのだ。

 衆議院補選では民進党はつまらないこだわりを捨てて、野党共闘に力を入れて勝ち取ってもらいたい。何しろ候補者は民進党なのだ。

 ところで今回の新潟県知事選挙は、争点が明確であった。東京電力柏崎刈羽原発の再起動の可否であった。

 米山氏は、泉田前知事の原発再稼働慎重路線を引き継ぐと公約した。東京電力福島第一原発事故の検証がきちんとされていないことや、重大事故発生時の避難計画が不十分だとして現状での再稼働は認められないとしたのだ。

 当選が分かった時、「命と暮らしが守れない現状での再稼働は認められないと主張していく」と述べた。

 柏崎刈羽原発再稼働については、64%の県民が反対であった。その県民の声が米山応援に結集したのだ。

 先の鹿児島県知事選挙でも、原発の一時停止を主張した知事が当選をした。原発の危険性については福島第一原発事故で十分証明された。しかもその検証すらされず、原発を廃炉にするにも手探り状態である。将来燃料を海底深く埋めて、10万年という気が遠くなるような期間を、政府が管理するという案が出ているくらいだ。

 柏崎刈羽原発では、7基もの原発が集中する世界最大級の原発で、02年には重大なトラブル隠しが発覚し、07年の中越沖地震では火災や微量の放射性物質漏れが発生した。今度再び大地震や津波などで被害を蒙ると、福島以上の大災害になるであろう。

 原発は地球を滅ぼす可能性をもつ人類最悪の発明である。原発の経済性も、廃炉費用を考えると、他のエネルギーよりはるかに大であることがはっきりした。安全性、経済性はないのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月18日 (火)

大須大道町人祭

 15日、16日は名古屋祭りであった。名古屋祭りに合わせて、大須では大道町人祭りが開催される。私は大道芸を見るのが好きで、毎年出かけている。

 今年は土曜日のボランティアの後大須へ行った。東仁王門通りのふれあい広場に着くと、案内所でプログラムをもらった。何処へ行こうか迷った末例年のようにふれあい広場で見ることにした。

 迷った訳はふれあい広場ではジャグリングが主になっていたことと、これまでに見たことがあるパフォーマーが多かったからだ。

 13時過ぎに着くとto R mansionというグループの演技が始まっていた。男女2人ずつのグループで首のない学生服の姿を動かしていた。最後に中から女性が出てきた、イリュージョンのようなものだが、出現に時間がかかりすぎでいた。その後のパフォーマンスも面白くなかった。

 次は名古屋出身のジャグラー天平のパフォーマンスであった。つい先日小牧の市民会館で観たばかりであった。彼は世界チャンピオンになっただけに、いつ見ても素晴らしいジャグリングであった。ボール、クラブ(こん棒)、独楽、リングなどを、おしゃべりをせずパフォーマンスだけで魅せるのが素晴らしい。

 3番目は山本光平のパントマイムであった。プログラムには「ばかばかしくてばからしいたまらないパフォーマンス」と書いてあったが、その通りでまことにばかばかしいもので私には全然受付なかった。

 4番目はダメじゃん小出のジャグリングとなっていたが、実際はジャグリングらしいものはボールのお手玉とあと一つちょっとしたものがあっただけで、あとはピン芸であったがこれも名前の通りのダメパフォーマンスであった。

 5番目は大須初出場という桔梗ブラザースのジャグリングであった。兄弟で演じるジャグリングで、世界ジャグリング太会で5回賞を取ったというだけあって、スピードあるこん棒(クラブ)、11本使ったこん棒、4個使った独楽など観客を堪能させた。ただいつも拍手を促すのはいただけなかった。

6番めはサンキュー手塚のパントマイムだった。テレビドラマなどをヒントにしたものであった。よかったのは豊洲問題を寅さんを登場させて皮肉ったものぐらいであった。

 7番目はボンバングーのジャグリングであった。大須には初登場だそうだ。ボールを6個使ったものや箱をたくさん使ったものなどがよかった。技術は高いがおしゃべりが多く天平とは対照的であった。

 ふれあい広場に居座って観たが、結局よかったのはジャグリングであった。これは技術を見せる訳でそれに圧倒された。

 全部で48組、250人ほどがパフォーマンスを披露したという。今年は会場が大須演芸場も含めて15会場も作られたいた。その外にロービングという出没するものもあった。

 おなじみのおいらん道中のほかに「らくだ」の行列があった。1826年にお大須にアラビアからラクダが来て見世物となり大評判となったことを再現したものという。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月17日 (月)

予想外、一気に寒くなった

 数日前から気温が下がり冷たく感じるようになった。10月に入っても暑い日が続くだろうと予想していた。10日ごろまでは半袖のポロシャツ1枚で下着も着ず、半ズボンで過ごしていたのが、一気に寒くなった。

  毎朝のウオーキングも、半パンツと半袖シャツでも汗をかいていたのに、12日から長袖シャツにしたが汗はかかない。15日からは長ズボンにした。

  14日には妻が羽根布団を出してくれた。とても快適でよく眠れた。それまで数日は夏蒲団で夜中に寒さで目が覚めたのが嘘みたいであった。

  地下鉄に乗っている人を見ても半袖の人はほとんど見かけない。長袖の人や、セーターを着た女性、上着のジャケットを着た男性などばかりである。

  先日の台風18号のとき、台風一過の秋の空となったが、それ以後気温も下がったようだ。気温が急激に下がる年は紅葉がきれいだと聞いたことがあるから、今年の紅葉は期待がもてそうである。

  私は夏が苦手で、特に年を取ってからは、暑い夏は早く終わってほしいといつも思ってきた。苦手な訳は汗をかくからである。家の中にいるときはエアコンをつけるから何ともないのだが、外に出かけると汗をかいて不快になる。だから歩く時もできるだけエネルギーを使わないようにゆっくりと歩く。これからは元気よく歩いても汗をかかないから嬉しい。昨日も大股で歩いてきた。

  寒い時は重ね着によって調節できるから都合がよい。秋にはちょっとした上着を着てお洒落もしやすい。だから好シーズン到来である。

  先日朝早くウオーキングに行くとき、空を見上げたら、久しぶりに星が輝いていた。たしかオリオン座も見えたように思う。澄んだ秋空は昼だけでなく夜も気持ちがよい。

  暑いところはビールもどき(第3のビール)を飲んでいたが、気温が下がったので日本酒を買ってきた。貧乏人だから1000円以下の安酒である。それでも純米酒があるのが嬉しい。

  若山牧水の「白玉の歯にしみとおる秋の夜の 酒は静かに飲むべかりけり」ではないが、酒がおいしい季節になった。酒をたしなめる幸せをじっくり味わいたい。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月16日 (日)

アサイチで見た瓶の蓋などを開けるコツ

 10月11日のNHKアサイチをたまたま見た。丁度広口瓶をどうやって簡単に開けられるかというところであった。

 ジャムとかピクルスとかナメコなどの広口瓶の蓋は固くてなかなか開けるのが難しい。我が家の場合はそういう蓋を開ける器具があるのでいつもそれを使って開けている。

 でも、手で簡単に開けられるのならその方がいいので観ていた。手を伸ばしてあけるとよいか、手を肘のところで曲げて開けるとよいのかというクイズ形式であった。

 答えは、手を伸ばして開けるというのであった。私もそう予想したが、視聴者の予想もそちらがやや多かった。

 ●広口瓶の蓋を開ける

  大事なことは、左手で蓋を持つことだそうだ。蓋はアンチクロックワイズで開くようになっているそうだ。瓶を右手で胸のあたりに持ち、左手首は固定して、腕を下向きに伸ばすようにして蓋と瓶を回すと簡単に開くという。

 右効きなので左手蓋を持っては力が入らないと思ったがそうではなく理に適っているようだ。腕を下向きに伸ばすことで力が1.3倍大きくなると言っていた。

 次は、炭酸ガスの入ったソーダなどの飲み物の瓶の蓋を開けるとき、泡が溢れないように開ける方法であった。意外なやり方であった。

 ●炭酸ガスの泡が出ないように蓋を開ける

 ・瓶を縦にして持って5秒間上下に振る。

 ・そして20秒~30秒間瓶を横にして寝かして置く。

 瓶を振ってそのまま開けると泡が出るが、その後瓶を寝かせることで次に瓶を立てて蓋を開けても泡はでないというのである。ソーダ水などは20秒でよいが、コーラは30秒位だそうだ。

 このやり方は缶ビールでもいいそうだ。我が家では缶ビールは冷蔵庫の中に寝かしてあるので蓋をとっても泡がることがないのかもしれない。炭酸飲料は冷蔵庫に入れる場合立てておくより、寝かして置いた方がよいのだろうか?それについては何も言っていなかった。

 ●布を噛んだファスナーを元に戻す

 私の春・秋に着るブルゾンで、ファスナーを閉めるとき布を噛むのがあり、いつも苦労している。

 噛んだ布をはずすには、噛んだ布を横に引っ張りながらスライダーを元に戻すとはずれるという。今度噛んだときにはためしてみるつもりである。

「瓶詰 画像」の画像検索結果

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月15日 (土)

南スーダンは永田町よりは危険!?首相答弁

 朝日新聞によると、安倍首相は12日の衆議院予算委員会で、南スーダンで国連平和維持活動(PKO)に従事している自衛隊員のリスクについて問われ、「南スーダンは例えば、我々が今いるこの永田町に比べればはるかに危険な場所」と述べた。共産党の高橋千鶴子氏への答弁。

 首相がこともあろうに、日本で一番安全な場所であろう、国会がある永田町を引き合いに出して、「それよりははるかに危険」とは、よくも言えたものだと開いた口が塞がらない。何と能天気な答弁であろう。

 「(永田町よりは)危険な場所だからこそ自衛隊が任務を負って武器も携行し、現地でPKO活動を行っている」と語ったそうだ。永田町より危険な場所とはどのくらいの危険だというのか。

 南スーダンまで視察に行った稲田防衛大臣は、「治安情勢は、落ち着いている」と強調した。しかし、その落ち着いている南スーダンでは、7月に大規模な戦闘が起き、数百人が死んでいるのだ。

 南スーダンで避難民への支援活動を行っている、日本国際ボランティアセンター(「JVC)スーダン事務所代表の今井高木樹さんは、現地の状況を非常に危険だと語っている。(Yahooニュース)

 「昨年8月に和平合意に達し、統一政府ができた。(政府が南スーダンに自衛隊を派遣する根拠)しかし、今年7月に首都ジュバを中心に再度内戦状態に突入。現在では戦場は南部に移りつつあるが、250万人もの避難民が出ている。首都ジュバは平穏を取り戻しつつあるが、首都を一歩出れば、日常的に戦闘行為が行われている。」

 「現在南スーダンでの戦闘は、単なる政府軍VS反政府軍というものではない。政府軍以外の兵士は軍服を着ていない。そして政府側・反政府側のどちらにも、武装勢力の民兵が戦闘に参加している。」

 だから一般の人々は誰と誰が戦っていて、自分たちが何のために攻撃を受けているのかもわからない状況だというのだ。そんなところでどうやって自衛隊は「軍」と軍以外」を区別できるのかと危惧している。

 「自衛隊の活動現場になるであろうジュバのPKO司令部周辺では、銃撃、兵士による住民・避難民への暴行、国連関係車両への妨害行為が頻発している。いつ戦闘が発生し、それに巻き込まれてもおかしくない。」と指摘している。

 また、国連南スーダン派遣団(UNMISS)は12日の声明で、「この数週間、南スーダン各地に於ける暴力や武力衝突の報告が増加していることを非常に懸念している」と表明した。

 稲田朋美防衛相は南スーダンまで出かけて、いったい何を見て、何を聞いてきたのであろうか。自衛隊の制服を着て、超安全な(永田町ほどではないが)場所へ案内されたのか、それとも公費による観光旅行であったのだろうか?

 実情とは正反対の、超危険な状況の南スーダンに自衛隊は派遣され、11月にも「駆けつけ警護」などの新しい任務が与えられようとしているのだ。その責任者である首相や防衛大臣が、上記のようなノホホンとした認識であるのは許せない。まず、自らが武器を携行して現地でPKOをするべきであろう。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月14日 (金)

眼からウロコの大腰筋歩行

 毎朝山崎川沿いに瑞穂グランドまでの往復のウオーキングをしている。最初はジョギングをしていたが、10年ぐらいでひざを痛めたので、ウオーキングに切り替えた。ウオーキングは26年ぐらいになるから、ジョギングと合わせると36年以上になるはずだ。前にも書いたことがあるが、山崎川では私より古い人はいないと思っている。

 それはともかく、ウオーキングにしてから、歩き方の本を買ったり、テレビ番組で勉強したりして、自分なりに歩行を改良して来た。最近では2か月ぐらい前から、NHKのガッテンや健康番組でやっていた「インターバル歩行」を取りいれている。

  昨日「ねこ背は治る」という本のことを書いたが、この本を読んで私が一番取りいれたかったことは、「大腰筋を使った歩き方」である。この本によると、大腿の付け根や股関節は足の付け根ではないという。筋肉からみると足の付け根は鳩尾(みぞおち)の少し下辺りだというのだ。大腰筋は腸腰筋の一部で、上は鳩尾(みぞおち)の辺りの背骨にくっついていて、下は大腿骨につながっているのだ。

 歩くときに大腰筋を使って歩くとよいというのだ。大腰筋が鳩尾の辺りから出ていることをイメージして足を動かすのだ。

 ①鳩尾の少し下のあたりから足が生え、大腿につながっているイメージをする。

 ②一歩を大きく、前に踏み出す。

 ③リズムに乗って、元気に前に進む。

 鳩尾の下あたりから足が生えているイメージは、大腰筋を使う意識だという。歩くときに大腰筋を使おうと思えば、自然と、背筋も伸びるのだ。

 もう一つ大事なことは、両手の振り方である。手は肩甲骨につながっているので、肩甲骨を腕の付け根にして、動かすことだという。

 私は2週間前から、大腰筋をイメージし、肩甲骨を動かして歩くことに変えた。この歩き方をすると目は遠くを見るようになり、背筋が伸びて、背中から押されるような感じを受ける。自分では自分が歩いている姿を見ることができないが、影を見て以前より姿勢がよくなったかなと思っている。

 今ではこの歩き方とインターバル歩行を組み合わせて歩いている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月13日 (木)

ケツの穴が小さい民進党―衆院補選で野党共闘ができないのか?

 11日に告示された東京10区と福岡6区の補欠選挙は、来年1月にもあると噂されている衆議院の解散との関連もあって、また民進党の蓮舫代表の初選挙ということで注目されている。

  福岡6区は自民党が二つに割れて2人が立候補している。応援するのは管官房長官と麻生財務相と言われているが、2人を立ててあらそわせるというのは、余裕である。民進党は舐められたものである。

  鳩山前議員の死去により、息子の鳩山二郎氏が立ったが、またまた議席を相続しようとしている。

  東京10区は小池都知事当選に全力で応援した若狭氏だ。都知事選の勢いを持ち込んでおそらく当選するのであろおう。民進党は女性を立てた。どこまで食い込めるかである。

  民進党の候補を当選させるために、共産党は候補者を立てないことにし、社民党や生活の党などと4党で応援することになった。

  しかし、野党共闘については、民進党は、蓮舫代表も野田幹事長も歯切れが悪い。自分の党の候補者を応援してもらって自民党を追い落とそうというのに、応援はやりたければ勝手にやって頂戴という姿勢である。

  4月の衆議院北海道5区補選で、無所属候補を野党4党で応援し、善戦した。市民連合なども立ち上がって、それが参院選1人区での共闘につながった。

  あの頃までは、自民党の憲法無視や安保法制などへの強い反発で、何とかして野党の力を伸ばしたいという思いが感じられた。

  今回は補選ではあるが、自民党を当選させるか、民進党が1人でも当選するかで、その後の政治には大きい影響がある。参議院選挙で2/3を制した自民党・公明党と補完勢力は、さらに図に乗ってやりたい放題をするであろう。

  今回の補選では、民進党は端から勝つ気はないように見受けられる。共産党は嫌いだとか、つまらないことに拘るのではなく、大同について自民党の横暴を防ぎ、国民のための政治を目指して闘って欲しい。

  そもそもこれまでに何度も指摘したように、今日の政治情勢を招いたのは旧民主党であり、野田首相や蓮舫氏らであったのだ。あの大敗がなければ、今の安倍政権のおごりはなかったのだ。

  TPPや南スーダンへでの駆けつけ警護など、安保法制の発動が予定されている。戦争をする日本への大転換が目の前なのだ。その外にもNHK世論調査でも多くの国民が反対する原発再稼働を増やそうとしている。

  立憲主義を守るためにも、国民生活をより良いものにするためにも、民進党には他の野党と協力して補選を勝ち取ってもらいたいのだ。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月12日 (水)

「猫背は治る」という本

 私は若い時から姿勢が悪く、人から猫背だと言われることがよくあった。3週間ほど前に新聞広告で「ねこ背は治る」(小池義孝著 自由国民社 1700円という本を見かけたので、買ってみることにした。この本は4年ぐらい前に初版が出たようだが、最近何度か新聞広告が出ている。「この本を読むだけで猫背が治ります。19万部売れてます!」と書いてある。

  この本は大きく分けて、三つの部分からできている。第1章呼吸法で、第2章が猫背の治し方で、背筋の伸ばしかたで、第3章が肩甲骨についてで、第4章が歩き方である。

  呼吸法に就いては私は合唱をやっているので、いつも腹式呼吸を心がけている。また、入浴時に意識してリップローリングをしているし、毎朝血圧を測る前に、4・7・8メソッドを取りいれている。これは「4秒間で息を吸い、7秒間息を止め、8秒かけて息を吐く」というもので、アメリカの大学の先生が考えたものである。心が落ち着き、睡眠に入りやすいというのだ。

  腹式呼吸の時、この本では胸郭を広げて肺の先端まで息を入れることが大事だと言っている。

  次に、猫背を治すことだが、「人間が猫背になってしまうのは、立っている時、座っているときです。寝ている時には、ねこ背にはなりません。」(P. 72)と書いていて、もう一つ、膝立ちの時はねこ背にならないと書いている。

  膝立ちとは、膝で直角に足を曲げて脛と足を床に就けて、真っすぐな姿勢をすることである。やってみると、確かにまっすぐな姿勢になる。その理由を膝のすぐ上に大腿骨があり、膝立ちは無条件に、大腿骨で身体を支える姿勢を作るからだという。大腿骨に上手に乗れば、よい姿勢に楽に到達できるというのだ。(P.75)

  よい姿勢とは、骨が自然に立っている状態であり、背筋を伸ばして作るものではないという。膝立ちではまっすぐな姿勢ができても、立つと曲がってしまうのは、足裏と大腿骨が離れているからだという。

  足のくるぶしの辺りの足の裏に、脛の太い骨が来ているので、その場所に体重を乗せる。肩幅ぐらいに足を広げて、脛の太い骨に乗る意識を強く持って乗って、大腿骨に乗ることで、膝立ちと同じ状態になるという。そして全身の力を抜くのだそうだ。自分の背筋がスッと楽に、伸びていれば成功だという。(P.77)

  ねこ背になる原因は、正しく骨に乗れていないからだという。足の裏は広いので、つま先から踵まで、好きなところに体重をかけられる。体重をかける場所を、脛の太い骨から外すと、姿勢が崩れてしまうのだ。

 では、座るときはどうか。骨盤にきれいに乗るのが正解だという。骨盤には坐骨がある椅子に座った時、下に当たる部分だ。

 ①坐骨の位置をしっかりイメージして、きれいに乗る。お尻の骨を感じながら、微

   調整する。

 ②一番安定する位置を見つけたら、全身の力を抜く。背筋がスッと、楽に伸びて

  いればよい。

  正座でも胡坐でもおなじことだそうだ。

「ねこ背は治る 画像」の画像検索結果「ねこ背は治る 画像」の画像検索結果

「ねこ背は治る 画像」の画像検索結果「ねこ背は治る 画像」の画像検索結果

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月11日 (火)

センター祭りで恒例の合唱コンサート

 例年は10月中旬にある昭和生涯教育センターの祭りが今年は8日、9日にあった。私の所属する昭和男爵コーラスは女性コーラスのスイートポテトとジョイントコンサートをした。

  私たちは、4月に次年度の練習曲を決め、10月のセンター祭りまでに仕上げることを目標にして練習をしてきた。

  昭和男爵コーラスは、結成10年目に入った。時間が過ぎるのは速いものである。ついこの間つくったように思うのだが。

  メンバーの数がなかなか増えないがそれでも現在は17名在籍する。高齢者が多いので亡くなったメンバーや病気で退会する人もいてなかなか20名までにならない。80歳以上の人も4名になった。それでも創立当初の指揮者加藤佳代子先生の指導のもと、少しずつ進歩してきたように思う。

  コンサートは、10時半からスイートポテトが、11時から男爵コーラスが歌った。スイートポテトは、昨年は10名だったのが、今年は6名増えて16名になっていた。それだけ力強いコーラスができると言っていた。

  ◎スイートポテトは、

  1.ふるさと        作詞  高野辰之  作曲  岡野貞一

  2.アニーローリー    訳詩  堀内敬三広  編曲  岩崎佳子

  3.広い川の岸辺    訳詩  八木倫明  編曲  田中和音

 4.翼            作詞・作曲 武満徹 

 5.翼をください      作詞  山上路夫  作曲  村井邦彦

  きれいな歌声で聴かせてくれた。

 昭和男爵コーラスは、

  1.風         作詞  北山修    作曲  橋田宣彦

  2、夏の思い出  作詞   江間章子  作曲  中田喜直

  3.ゴンドラの唄   作詞  吉井勇    作曲  中山修平

  4.いい日旅立ち  作詞・作曲   谷村新司

  今回から蝶ネクタイとハンカチの色を空色に換えて演奏した。全部2部合唱の曲であったが、暗譜で歌った。年を取ると暗譜はなかなか大変であったが、何とかみな頑張った。

  ピアノ伴奏は富田美世先生で加藤先生の指揮と共に歌いやすかった。歌い終わったとき、もっと歌いたい気分であった。

  会場の視聴覚室は満席で最後まで熱心に聴いて頂けたので張り合いがあった。

 12月16日には昭和文化小劇場のこけら落とし行事の区民ふれあい芸術祭に参加することになっている。昭和男爵コーラスは、午後3時0分ごろから、スイートポテトは午後3時10分~の予定である。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年10月10日 (月)

白紙領収書でも有効とは知らなかった!

 菅官房長官と稲田防衛相が、白紙の領収書をもらって自分で記入したことを、国会で共産党の小池議員から指摘され、それを認めた。小池議員は2人の資金管理団体あての複数の領収書のコピーを示し、それぞれ「筆跡が同じだ」と指摘したのだ。

 これに対して、稲田氏は日付、あて名、金額を事務所関係者が記入したことを認め、「主催者のいわば『委託』をうけて正確に書き込んだ。なんら問題はない」と答弁した。

 稲田氏の資金管理団体「ともみ組」あての同一筆跡の領収書は約260枚で約520万円分あると小池氏はいう。

 また、資金管理団体「横浜政経懇話会」あての領収書について同様の指摘を受けた菅氏は、「事務所で日付、あて名、金額を記入したものが存在している。(政治資金)規正法上、問題ない」と述べた。菅氏の団体宛ての筆跡が同じ領収書は約270枚あり、約1850万円分だと小池氏はいう。

 この問題に関して、政治資金規正法を所管する高市総務相は「発行側の作成方法には規定がない。国会議員は双方の事務所で入出入金額が記録されており、事実と異なる記入というのはまず発生しないと考えられる」と述べた。

 こうした白紙の領収書を受け取り、受け取った方が記入するというのは自民党国会議員の間で慣例化しているようだという。

 朝日新聞によると、浦野広明立正大学客員教授は「領収書は、お金をもらった側が、いつ、いくら、もらったかを、払った側に証明するものであって、払った側が書くものは領収書とは言えない」と指摘している。

 支払った側が金額や日付などを自由に記入すれば、誤魔化しは自由にできる。そんなことは常識である。我々は日常領収書のやり取りをするが、金を払った相手に記入をしてもらっている。払った方が書くのなら、後から払い過ぎだから金を返せと言われても応じざるを得ない。

 領収書は必ず払った相手に書いてもらい、大事なものは3年間は保存している。自民党議員の間で、これまで白紙領収書が慣例になっていたとは信じられないくらいの驚きである。政治資金で裏金を自由自在に作りあっているのだと思われても仕方がない。

 菅官房長官も稲田防衛相もたまたまバレたのだろうが、「問題ない」で済ませようというのはとんでもない話である。領収書の書き方も政治資金規正法に厳密に規定して、こういうことが絶対起こらないようにすべきである。

 菅官房長官と稲田防衛相はも即刻辞任すべきである。

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月 9日 (日)

シン・ゴジラは自衛隊が全面協力していたのだ

 人気映画「シン・ゴジラ」を観たことは前に書いた。シン・ゴジラでは陸・海・空の自衛隊が登場し、シン・ゴジラをやっつけるために大活躍をする。それでもシン・ゴジラはびくともしない。

  映画で陸・海・空の自衛隊が総動員で攻撃をする映像を見て、CGなのか自衛隊が協力しているのか、どっちなのかと思っていた。もちろん最後のタイトル画面には防衛省協力とあったから、協力があったことは分かったが、どこまでなのかは分からなかった。

  10月6日の朝日新聞「映画の自衛隊、変化するキャラ 背景に防衛省の協力」という記事を見て、防衛省の全面協力であると分かった。

  協力は自衛隊を国民に理解してもらうのが目的だという。1989年に協力第1作が作られ、これまでに47作品に協力してきたという。しかも協力は無償だという。映画製作側にとっては大変おいしい話である。

   同省は施設や装備の撮影許可のほか、対ゴジラ作戦で考えられる部隊編成や装備の配置などについて協力した。多摩川の河川敷を走り、ゴジラに砲撃を加える最新鋭の10式戦車、市街地上空を飛び、精密誘導弾で爆撃するF2戦闘機……。シン・ゴジラでは、自衛隊が実際に使っている装備を駆使し、ゴジラを攻撃する。非常にリアルに描かれている。

  映画を見たある自衛隊幹部は、無線のやりとりなど細部の描写がリアルなあまり、ドキュメンタリーを見ているような錯覚に陥ったという。

  2001年の同時多発テロ、自衛隊のインド洋やイラク派遣、03~04年には有事法制の整備・・・・この前後から、「自衛隊協力」は映画の宣伝材料になり始めたそうだ。そして、日本の防衛政策へのいらだちを表すセリフも登場するようになった。「亡国のイージス」には、反乱を起こした自衛隊の幹部が「撃たれる前に撃つ。それが戦いの鉄則です。それができない自衛隊に国を守る資格はなく、それを認められない日本に国家を名乗る資格はない」と言い放ち、専守防衛を批判する場面があるという。着々と集団的自衛権行使の道ならしをしてきたのだ。

 自衛隊と映画の関係を研究してきた筑紫女学園大学の須藤遙子(のりこ)准教授(メディア論)は、「防衛省が協力した映画では、自衛隊は善玉として描かれるのが前提。強くて優しく、法律を守るという模範的なイメージに少しずつ近づいてきた。シン・ゴジラはその路線の集大成」と話している。

 さらに度重なる北朝鮮の核実験やミサイル発射、中国の海洋進出などを背景に、英雄的に描かれる自衛隊を許容する風潮は強まるとみているという。「メディアリテラシー(メディアの特性を理解して情報を見極める力)を持って楽しむ必要がある」と語っているそうだ。

 自衛隊によい印象を持っている国民は、2015年の調査では92.2%になったという。阪神淡路大震災、東日本大震災と大津波、熊本大地震など度重なる大災害で自衛隊が救援に出動するのを見て自衛隊への見方が変わってきたのであろう。

 戦後警察予備隊から始まって、自衛隊を呼称や姿を変えたが、憲法違反の疑いが強い中、専守防衛を掲げて存在し続けてきた。いわば”実効支配”を続けているわけだ。安保法制によって世界の何処へでも出かけることができるようになり、11月にもその命令が出されようとしている。自衛隊は軍隊としての姿を見せるようになるのだ。

 ゴジラと戦う自衛隊はいいとして、実際に人間を相手に殺し合う戦闘に向かう自衛隊はこれまでとは全く違う次元に立つ訳である。その辺りのこともよく考える必要がある。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月 8日 (土)

自民議員全員起立―私と同じ受け止めをした人がいた

 衆議院での安倍首相所信表明演説のとき、自民党議員が全員起立して拍手した問題で、私と同じように、戦前の「兵隊さんありがとう」の歌を思い出した人がいた。友人が送ってくれた「弁護士 沢藤統一郎の憲法日記」のコピーにその歌が載っていた。

 私の年代の人かどうかは知らないが、この歌を知っているということは、おそらく同年代なのであろう。他にも同じ感じ方をした人がいることを知って嬉しかった。

 文章はパロディになっていて、安倍首相の気持ちを本人が語る形式になっている。面白いので以下に引用させてもらう。

 

「起立・斉唱」と「起立・拍手」

 久々に澄みきった青空が心地よい秋の日曜日に、爽やかならぬワタクシ・アベの登場でお目汚しをお許しください。ワタクシの今国会冒頭の所信表明演説が「北朝鮮現象」と評判が悪いのですが、釈明させていただきたいのです。

 問題の個所は、ワタクシが意識して声を張り上げた次のくだりです。

 「我が国の領土、領海、領空は、断固として守り抜く。強い決意を持って守り抜くことを、お誓い申し上げます。現場では、夜を徹して、そして、今この瞬間も、海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が、任務に当たっています。極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りを持って、任務を全うする。その彼らに対し、今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか。」

 わたしは、「今この場所から、自衛隊員らに、心からの敬意を表そうではありませんか。」と演説したに過ぎず、けっしてワタクシから我が党の議員にスタンディングオベーションを求めたものではありません。もっとも、事前に最前列の我が党の若手議員諸君には内々「起立・拍手」の指示をしていたのは報道されたとおりですが、けっして全議員に指示もお願いもしていたわけではありません。前列が立てば、順次附和雷同が連鎖するだろうと、計算づくのことだったからです。

 君が代の「起立・斉唱」だって同じことでしょう。誰かが起立することは、周りの人に同じ行動を促す圧力になる。着席したままでは国家に意識的な反発をもっていると見なされかねない。順次起立の附和雷同現象が生じるものなのです。みんなが起立して一人不起立は、これはもう非国民。処分の対象としても大きな世論の非難はおきないのです。それとおんなじ雪崩現象を計算し期待したということです。

 できれば、公明や維新あたりには同調圧力が及ぶことを期待したのですが、そこまでは実現しなかった。その点ややものたりず残念ではありますが、さすが我が党の議員。ほぼすべての諸君の領土・領海・領空を守る兵隊さんたちへの鳴り止まぬ「起立・拍手」。これこそが戦後レジームを脱却した戦前回帰への大きな第一歩。そして、ようやくにして我が党の議員だけでも国防国家という価値観を共有する北朝鮮の域に近づいてくれたかと、感慨一入というところでございます。

 このとき、ワタクシの念頭にあったのは、あの「兵隊さんよありがたう」の歌詞とメロデイでした。念のため、歌詞を掲載しておきましょう。

   肩を並べて兄さんと  

 今日も学校へ行けるのは

   兵隊さんのおかげです 

 お国のために     

 お国のために戦った  

 兵隊さんのおかげです 

 

  夕べ楽しい御飯どき  

 家内そろって語るのも 

 兵隊さんのおかげです 

 お国のために     

 お国のために傷ついた 

 兵隊さんのおかげです 

 

  淋しいけれど母様と  

 今日もまどかに眠るのも

  兵隊さんのおかげです 

 お国のために     

 お国のために戦死した 

 兵隊さんのおかげです 

   明日から支那の友達と

   仲良く暮してゆけるのも

   兵隊さんのおかげです

   お国のために

    お国のために尽くされた

    兵隊さんのおかげです

    兵隊さんよありがとう

    兵隊さんよありがとう

 ワタクシがいう「海上保安庁、警察、自衛隊の諸君」とは、この歌の「兵隊さん」にほかならないのです。

 この歌は、日中戦争開始翌年の1938(昭和13)年10月、大阪朝日、東京朝日による「皇軍将士に感謝の歌」の懸賞募集の佳作一席に選ばれたのがこの歌だそうです。ちなみに、一等に選ばれたのは「父よあなたは強かった」だとか(ウィキペディア)。当時は、朝日新聞も国家や政府・軍部に全面協力の立派なことをしていたわけです。

 国民生活に奉仕する人びとはたくさんいることでしょう。障がい者や老人の介護に専念している多くの人にではなく、危険な消火活動に当たっている消防士にでもなく、「兵隊さん」には特別に感謝しなくてはいけないのです。平和を守るためには、国際間の格差や不平等や貧困をなくし医療や教育の普及をする活動が不可欠と言えば言えることでしょう。でも、そういう取り組みに地道に努力している人たちに感謝することはないのです。飽くまでも感謝の先は「兵隊さん」でなくてはならないのです。

 国の平和と安全を守るためには、武力を手段とする道と、武力によらない道とがあります。日本国憲法を素直に読めば、「武力による平和」「武力による安全保障」という道を明示的に放棄し、武力によらない平和、武力によらない安全保障という道を選択しています。ワタクシ・アベはこの憲法を天敵としています。この憲法を壊して、戦前同様に富国強兵をスローガンとする国防国家を作りたい。そのためには、何よりも、国民の中に根強くある「戦争は悪だ」という惰弱な厭戦意識や戦争アレルギーを払拭して、まずは「兵隊さんよありがとう」精神を涵養しなければならないのです。

 ワタクシが言及した「任務の現場」の中には、もちろんのこと辺野古や髙江もはいります。ここでは、国家的大局観を見失って、地方的な利益に固執する一部の人びとの激しい抵抗を排除するために、「海上保安庁、警察、自衛隊の諸君」が体を張ってがんばっています。

 まさしく、我が国の領土・領海・領空を守るための、辺野古大新基地であり、髙江ヘリパッドの建設ではありませんか。それを「沖縄地上戦の悲惨な体験から絶対に基地は作らせない」と妨害するのは、非国民ともいうべき不逞の輩以外の何者でもありません。そんなオジイやオバアの抵抗を排除するために、今日、今も、「兵隊さんたち」が極度の緊張感に耐えながら、強い責任感と誇りを持って、ごぼう抜きの任務を全うしているのです。

 その沖縄の彼ら「兵隊さん」に対し、今この国会のこの場所から、自民党議員諸君だけでも一丸となって、心からの敬意を表そうではありませんか、と申しあげたのです。

 えっ? 弁明になっていない? なぜそう言われるのか理由が理解できない。反日の非国民諸君には、ワタクシ・アベの言葉が通じないということなのでしょう。

2016102日)

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月 7日 (金)

「夏目漱石の妻」を見て驚いた

NHKで毎週土曜日夜、4回に分けて放送されている「夏目漱石の妻」を見ているが、2回目の放送を見て非常に驚いた。それは、夏目漱石が、子供や妻に対して大暴れをするシーンが描かれているからだ。
 

妻の鏡子は、漱石に出て行けと言われて実家に戻るが、医師に、漱石は病気なのだと告げられて、漱石のもとに戻り、介護をしようと決意する。その辺は、鏡子は大変立派であると感心した。
 

  戻ったあとも、漱石はどうして戻ってきたと言って時々妻に怒鳴ったりする。漱石の病気は、ロンドンに留学した間に発病したと考えられている。そして病名は、神経衰弱と言うことになっている。
 

私は、漱石が体が弱いことや胃に問題を抱えていたことは知っていたが、ドラマで見るような時々激しい怒りの姿を見せる病気なのは知らなかった。
  調べてみたら、いろいろな人たちが漱石のこの病気について研究している事はわかった。病名についていろいろ言われているが、鬱とか躁うつ病などと言う人もいる。私の見たところでは、今で言う統合失調症(当時なら精神分裂病)だったのではないかと思う。
 

  私は高校生の頃夏目漱石が大好きで、学校の図書館に行っては、漱石が書いた小説を借りてきて読んだものである。どの小説を読んでも、漱石があのような精神病患っていたとは全く思えなかった。どの小説も、素晴らしい感銘を受けるものばかりであった。
 

夏目漱石は明治、大正を代表する大文豪として1,000円札の顔になったりしている。それだけにドラマによって、妻から見た漱石が描かれ、漱石の狂気な姿が浮かび上がらせられたのは衝撃であった。
 

しかし、漱石があのような病気であったとしても、それがために漱石の価値は寸毫も下がるものではない。ただ、非常に驚いたと言うだけのことである。
  世の中には、精神の病を持ちながら素晴らしい活動して、素晴らしい作品を作っている人たちがたくさんいる。そうした人たちへの励みとなり、偏見をなくすのに役立つかもしれない。そうなることを願っている。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年10月 6日 (木)

思秋期という言葉を知った

 新聞を読んでいたら、「思秋期」という言葉を見つけた。思春期というのは昔から知っていたが、「思秋期」は知らなかった。でも、直観的にいい言葉だと感じた。

  ネットで調べたら、ちゃんと説明が出ていた。

  思秋期(ししゅうき)とは、思春期に対峙する概念として提唱されている心理学の用語。 身体や精神に衰えが見られる時期のことで、いわゆる「中年期」にあたる。 心身の衰えにより以前のような思考・行動ができなくなったり、「昔、あれをしておけばよかった」という悔恨の気持ちが生まれたりするため、思春期同様に精神的に不安定である。2014/06/04

  誰が作ったのかと思ったら、国際医療福祉大学教授・精神科医の和田秀樹氏が次のように言っている。

  20年以上にわたる精神医学と老年医学の臨床の実践経験と、この数年、フランスのアンチエイジングの大家クロード・ショーシャ先生に学び続けている抗加齢医学の知見から、私が考え出した概念である。

 要するに、子供から大人への移行期が「思春期」とすれば、大人(成人)から老人(高齢者)への移行期を「思秋期」と私は呼びたいということだ。そして、思秋期とは40歳から60歳位だと考えていると言っている。

  私は、60歳位からだと思っていたが、40歳からというのはかなり若い。しかし、40代になると体力の衰えを感じるし、女性では更年期に入るから妥当なのかもしれない。ぼつぼつ人生の秋を感じるときなのだろう。私は40歳になったとき、随分と落ち込んだものであった。しかし、今の40歳はそんなことはないだろうと思う。思秋期」は50歳以後でよいのではないか。

 ところで高齢者だが65歳以後ということになっている。そして75歳以後は「後期高齢者」だが、もっとよい呼び方がないものであろうか。「再春期」「爛熟期」などはどうであろうか?

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 5日 (水)

外食産業の値下げ続くという報道

 NHKお早うニッポンで、外食産業の値下げが続いていると報じていた。スカイラークやマクドナルドなど値下げをする外食チェーンが増えてきたそうだ。

 

 カフェVitaでモーニングを食べたとき、隣の席の老婦人が、値段を安くしている店が多いと話していた。栄の食べ放題の店でもお客があまり入ってないという。

 

 私は外食はほとんどしないが、先日は久しぶりにマイアミに行った。私の歳の高齢者は2000円で飲み放題、食べ放題で、しかも高級ビールが飲めるからだ。

 

 また、スマホにスシローからメールが入り、3日間は一皿90円だというので行ってきた。きっと大変な人だろうと思って出かけたが、それほどでもなかった。

 

 外食産業が値下げをしているのは、客が安値指向だからだそうだ。一時高級路線に向かった店も、客足が鈍ったので、安値路線に切り替えたと言っていた。

 

 安倍首相は、衆議院の所信表明演説で、アベノミクスがうまくいっていると胸を張り、更にアベノミクスを推進すると述べた。しかし、アベノミクスの失敗は明らかで、正社員雇用は減少し、派遣社員などの非正規雇用が増加の一途である。これは企業側が賃金を安く抑え、利益を追求する姿勢を強めているからである。

 若い人や働き盛りの人たちの雇用が不安定で、収入が少なく、生活をするのもギリギリの人たちが多く、女性の貧困、子どもの貧困、老人の貧困などがやかましく取り上げられている。

  ニュースでは、さらに頼みの高齢者が支出に使える金が減ってきていると報じていた。ひとつには、年金が減らされる一方で、介護保険料などが増額されているからである。

 私なども年金が退職時より50万円以上少なくなり、逆に介護保険料、国民保険料は増えているので、支出に気を配らざるを得ない。外食はほとんどできない。

 衣料品などの生活用品は20年、30年来のものも使っているので、新しく買うことは余りない。食糧が主だからどうにかやっていけるのである。

 安倍首相は、一億総活躍社会の実現を目指すなどと言っているが、大企業や富裕層優先の政治であるから、中流層が減少し、下流社会になっているのだ。だから外食産業も値下げをぜざるを得ないのは当然である。

 デフレ脱却と言って、異次元の金融緩和までしたアベノミクスであったが、一時的に効果があっただけで、その後はどうしようもなくなっている。アメリカの有力紙(名前は忘れた)が、アベノミクスは失敗であったと断定したそうだ。

 安倍首相はイギリスのEU離脱などの外部要因を挙げているが、とんでもない話である。自己原因なのだ。それを認めない限りどうしようもないであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 4日 (火)

ブータン首相のTEDでのプレゼンテーションに感動

 ブータンと言えば、中国とインドという巨大な人口を抱える国のはざまにある、人口たった70万人ほどの国で、面積は九州ほどだという。

 ブータンが有名なのは、以前にこのblogで取り上げたことがあるが、GNH(Gross National Happiness国民総幸福)である。これは19701年代に当時の国王が唱えたものだそうだ。幸福だと感じる国民が世界で一番多いことでも知られる。

 そのブータンのツエリン・トブゲイ首相が、TEDでプレゼンテーションをしたのをNHKスーパープレゼンテーションで観た。

 民族衣装で演台に立った首相は、流ちょうな英語で話した。主題はカーボン・ニュートラルということで、ブータンは二酸化炭素の排出を抑え、豊富な森林に吸収させているということであった。カーボン・ニュートラル(二酸化炭素の排出した分は吸収をして0にすること)を国是としているが、実際はカーボン・ネガチヴ(吸収量が排出量よりも多くなること)だと話した。

 国土の60%は森林を保つということを憲法で決めていて、現在72%が森林だという。そして動物たちが行き来しやすいように、森と森を緑の道でつないでいるそうだ。森には世界でも珍し動植物がたくさんあり、その保護に力を入れているという。

 その森林が吸収する二酸化炭素は、排出量の3倍も吸収しているというのだ。だからカーボン・ネガチヴなのだ。

 さらに川を利用して水力発電をし、クリーンエネルギーの電力を他国に輸出しているそうだ。農家が薪などを燃やして二酸化炭素を増やさないように、電力を無償で供給していると言った。

 発電量を増やして、ニューヨークの消費電力が賄えるぐらいの発電をして、地球環境に貢献したいと語った。

 ブータンは二酸化炭素を減らすために貢献しているのに、ヒマラヤの氷河が温暖化で溶けて湖となり、その一つが壊れて氾濫し、大被害を蒙ったという。そうした氷河が溶けてできた湖が2700もあるというから驚きである。

 ブータンはコペンハーゲンでのCOP15で、カーボン・ニュートラルをやっていると言ったがどの国も無視したという。でも、2015年のパリでのCOP21では、同じ発言をしてやっと認められたという。

 ブータンは、教育費無料、医療費無料だそうで、国民の生活を守り、幸福感を大事にしている。また伝統や文化や行事を大切にしているという。そして地球環境に優しいカーボン吸収率世界一の国を造っているのだ。何と素晴らしいことかと思った。

 余談だが、ブータンでは憲法で国王の定年を60歳と決めてあり、国民が国王の罷免権を持つと定めてあるそうだ。こうした民主的な規定は国王が持ち込んだという。

「ブータン  画像」の画像検索結果

「ブータン  画像」の画像検索結果

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 3日 (月)

豊洲市場盛土問題―東京都民はもっと怒るべきではないか

 東京都の豊洲市場盛土なし問題で、小池知事は「責任者を特定することは難しい」とする調査結果を発表した。

 盛土なしの決定については、2008年の技術部門での内部検討から、13年2月の実施設計完了にかけて、5つの段階で決まった過程を示した。この点に関してはNHKニュースが整理して図示していた。しかし、責任者は特定できなかったのだ。

 小池知事は、「今回の事態を招いたのは、ガバナンス(内部統制)と責任感の欠如」と厳しく批判したが、庶民の言葉でいえば、一体東京都の行政はどうなっているのか、数千億円の経費を使う大事業を「わかりません。責任者不在です」で済ましているのが不思議でならない。

 石原元東京都知事は、自宅の前で「奇奇怪怪」とだけ述べて家に引っ込んでいたが、俺には関係ないという姿勢である。猪瀬元知事も舛添前知事も同じであろう。無責任極まる。

 朝日新聞社説では、「16万人もの職員からなる官僚組織に切り込むには、いかに壁が厚いかを物語っているのだろう」と書いているが、東京都に16万人の職員がいて全員が一枚の壁になっているということはありえない。東京都の職員全員が無責任だから壁が厚いというのなら話はわかるが。

 こういう大事業でも、それに関わるのは職員の一部のはずだ。土壌汚染対策の土木担当と建物の建築担当の縦割りによる連携不足や、ずさんな引継ぎなど、組織運営に不備があったとし、小池知事は、「いつ、誰が、という点は、ピンポイントで指し示すのは難しい。流れの中で、空気の中で進んでいった」と言っている。「流れの中、空気の中」とはどういうことか。敷地全体に盛土をしたという説明を続けたことは「誰も気づかず、チェック冴えなかったという恥ずかし状況」としたというが、恥ずかしいですむことではない。

 小池知事は、ここでうやむやにしてはならない。徹底的に究明し、検証し、今後2度とこういうことが起こらないような体制を築くべき責任がある。東京オリンピックという大プロジェクトも3兆円を超すと試算されているが、ここにも当初の850億円からどうしてここまでふくらんだのか、豊洲市場問題と同じ奇奇怪怪さがある。

 これらの問題について、東京都民はなぜもっと声をあげて怒らないのか不思議に思う。東京都には日本の人口の1割が住み、しかも数多くの大学があり、マスコミがあり、知識人があり、文化人があり、芸能人があり・・・・ありとあらゆる分野の有能な人が集中しているのだ。豊洲問題を切り口にして、都政刷新の声を大きくあげるべきではないか。都民も我関せずであってはならない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 2日 (日)

NHKガッテンの「瞑想」はよかった

 9月28日に放送されたNHKガッテンの「瞑想」は大変よかった。「瞑想」についてはこれまでもいろいろなところでその効能が言われていた。特に日本では「座禅」があり、お寺に行って参禅する人も多く、最近では外国人も多いと聞く。

  でも、私は人生で一度も座禅をやったことがない。それは警策を持った坊さんが巡回して、肩を叩くので、何かとても難しいものだと感じていたからだ。

  先日、知り合いのMさんと会った時、Mさんが「瞑想」を習いに行っていると聞いて意外であったが、どのようにやるのかまでは聞かなかった。そしたらガッテンが「瞑想」を取り上げるというので録画をしておいた。

  「瞑想」はもともと2500年前に釈迦が効果を認めて勧めたもので、「意識して息を吸い、意識して吐く。こうすると大きな効果が得られる」と言ったそうだ。

  インドの標高3000mの高地ラダックに、釈迦の教えを今も守る寺院と敬虔な信仰をもつ人々がいる。その寺院のバルダン尊師に瞑想のやり方を尋ねたら、簡単だと言った。

  ●頭を少し前に傾け、姿勢を良くしてあぐらで座り、眼を閉じる。

  ●舌は上の歯の付け根の辺りに付ける。手と親指を膝の上で合わせる(仏像の 

  ように)

  ●呼吸が大事で息を吸うことと吐くことだけに気をつかう。

  バルダン尊師によると、宗教とか思想は関係がない、「心の科学」だという。

  ハーバード大学の研究によると「瞑想」を20分間やり、8週間続けると記憶に関係する海馬の体積が5%増えた。また、小脳や脳幹などでも増加をしたという。

  番組で瞑想の達人成瀬雅春氏に瞑想をしてもらい、脳波を調べたら、θ(シータ)波が頭の前の部分から出ることが分かった。これは浅い睡眠の時に出るものと同じだという。成瀬氏によると、瞑想中は頭がクリアになるという。

  またスタッフの寝ている時の脳波を調べたら、θ波は夢を見ているときに出ていることがわかった。

  α波はリラックスしているとき、β波は活動している時に出る。θ波は前頭葉が休み海馬が忙しくない状態の時に出るようだ。海馬は通常は前頭葉など脳の頼みで記憶を担っている。夜睡眠中は記憶の整理をしていると考えられている。

 私たちの脳は1日に18万7000項目のことを考えているが、そのほとんどは過去の後悔や将来の不安だという。海馬がストレスを受けると痩せてしまうが、瞑想によって元に戻るのだ。

 この瞑想を実際に指導している精神科の長谷川久宣医師が登場し、瞑想のやり方をスタジオで指導した。

  ●背筋を伸ばして椅子に座る。足を床につける。眼はつむるか半眼でもよい。

  ●舌は上の歯の付け根の辺りに付ける。手はどのように置いてもよい。

  ●吸う息、吐く息だけに注意を向ける。

  これを3分間やればよいというのだ。雑念が入ることあるがかまわないし、途中寝てしまってもかまわないそうだ。

インドのバルダン師のやり方とほぼ同じである。

 この「瞑想」を認知症やストレス解消やうつなどに取り入れているところもあり、効果をおさめているという。

  釈迦が気づいていたという瞑想の効果。やはり釈迦は凄いと思う。それが禅に取り入れられ、悟りを開く方法の一つとして行われて来た。今ではアメリカや外国でも瞑想が研究され、その効果も科学的に証明されている。また独自の瞑想法も考案されている。

  私は、瞑想というと「無の境地」を目指すことだと思って来たが、ガッテンを観て、そうではなく気楽にやって、前頭葉を休ませ海馬楽にさせればよいのだということが分かり嬉しく思った。しかも3分間でもよいというのだ。毎日やることにより、認知症の予防になったり、記憶力低下を防いだりできるのだ。無の境地に到るのは副産物と思えばよいのだ。

 

 「瞑想 画像」の画像検索結果

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月 1日 (土)

お笑い番組、何が面白いのか分からない

 私は落語や漫才などが好きで、10年ぐらい前に「エンタの神様」などのお笑い番組があるといつも見ていた。しかし、お笑い番組にも流行の波があり、その内にテレビではあまりやらなくなった。

  最近またお笑い番組が増えてきたようで、民放でよくやるようになったので見始めた。番組のタイトルは全く覚えていないが、BS朝日で木曜日にやるナイツが司会する番組とか単発のコントと漫才競争とか、最強のお笑い芸人出場と銘打ったものとか・・・・いろいろある。

  またお笑いではないが、マジックの番組もよく放送される。マジックの場合は不思議さが売り物なので、凄いなあとかどうやってやるのだろうタネを知りたいなど、それなりに観ての満足感はある。

  ところがお笑い番組は、いくら「大爆笑」とか「必ず笑わせます」などと新聞の番組欄に書いてあっても、観終わって面白かったと満足できるかどうかは全く分からない。最近のお笑い番組を観て満足できなものは一つもないのだ。

  観ながらどうして面白くないのか、笑えないのか・・・・いろいろと考えながら観ることもあるのだが、面白くない原因が分からない。

  大須演芸場が再開したときに大助・花子がオオトリのものを観に行ったことがある。さすがは大御所でこの二人だけで立ち見が出た。でも、その漫才はいつもテレビで見るネタでありながら面白く笑って観ることができた。

  ずっと昔には横山エンタツ・花菱アチャコがいた。ラジオで聴いたのだが面白かった。大阪にはしゃべくり漫才があって、その後も漫才は言葉のやり取りの行き違いや聴く方の勘違いや意外なるオチなどで笑わせていた。夢路いとし・喜味こいしなどは大好きであった。横山靖・西川きよしなどは大人気であった。オール阪神・巨人は現役であるが相変わらずである。

 東京でも獅子てんや・わんや、春日三球・照代、あした順子・ひろしなど話のやり取りで笑いを取るのが上手な漫才師がたくさんいた。

 エンタの神様の頃もそうであったが、コントとかピン芸人などが増え笑いを取る新しい芸を競うようになった。

 この頃のお笑い番組を観ると、裸を売り物にしたり、大声を売り物にしたり、身体の動きを売り物にしたり、一人で二役やったり・・・・等々変わり種も多い。

 コントにしても、ピン芸にしても、漫才にしても、会場にいる人たちや司会者などが大笑いをする映像が流される。そういうのを見て、私は今の何処がそんなに面白いのかといつも思うのだ。テレビを観ていて面白いと笑ってしまう場面はほとんどないのだ。これはテレビは間接映像だからライブで観るのとは違うのかと思いながら観ている。

 視覚に訴える芸が多くなったので、ライブとテレビ画面との落差が大きいのかも知れない。昔は言葉が主流で、笑いのツボがあってそれを心得た造りをしてあった。だからやり取りの会話で笑うことができた。

 最近の芸人を観ていると笑いのツボを練り上げた芸が弱いか全くないかである。だから若い女性は大笑いをしていても、私のような高齢者には笑えないのであろう。タケシは最近の芸人は凄いと褒めたらしいが、私には全くわからない。

 落語は古典がたくさん残っているし、新作でも現代社会をよく観察して作られたものがあるので笑うことができる。落語は言葉で笑わせる伝統芸だからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2016年9月 | トップページ | 2016年11月 »