凄い労作―参院選テレビ報道検証―⑤
3、争点の伝え方――アベノミクス、社会保障ほか
改憲問題と並んで、各局が争点とした「アベノミクス」についての報道はどうだったか。
「ニュースウオッチ9」は6月27日、争点の第1回として約12分「経済政策・アベノミクス」を取り上げた。
番組はまずアベノミクスのおかげで最近業績を上げているとする企業を取材、賃上げが連続していると紹介した。一方で商店街を取材、消費が伸びず、売り上げが減少し、経営が苦しいという商店主の声を伝えた。
解説した経済部の記者は、アベノミクスによる大胆な金融政策は円安を促し、多くの企業で業績が上向き、雇用も改善した、と指摘、「安倍政権は、企業の収益が増えると、賃上げにつながり、それが消費を拡大させる、という経済の好循環を目指している、しかし、現状はまだ道半ばといえる」と解説した。
記者は続いて、「アベノミクスの最大の誤算が、個人消費の低迷で、家庭の消費支出は8ヶ月連続のマイナス、これは実質賃金のマイナスが続いていること、将来への不安から、若い層を中心に消費が勢いづかないことなどが、消費低迷の背景にある」と解説した。
一応バランスが保たれた解説と言えるが、アベノミクスそのものを問う、というスタンスはなく、「道半ば」という政権の主張がそのまま取り入れられていることに違和感があった。
経済政策の検討では、深刻な問題となっている貧困格差の実態と政権の企業優先の経済政策との関係が問われなければならないが、そのような視点は希薄だった。
「報道ステーション」は7月5日に5番目の争点として「経済政策」を11分弱の時間で取り上げた。
番組はまず景気回復の実感がないという回答が78%を占めたアンケートを紹介、消費の現場を取材した。少しでも安いものを手に入れようとする市民のすがた、節約で買い控えをする傾向、「先行き不安で、お金は使うより貯金して貯めなくては」という声を伝えた。
後藤謙次コメンテーターは「需給のギャップの中、依然将来への見通しが不透明、イギリスのEU離脱という不測の事態が起き、外的影響の増えるなかで、日本の経済はどこまで、やっていけるのか、内需主導型の新たな経済政策の転換が課題、という大きな壁にぶち当たっている」とコメントした。
アベノミクスでうまく行っている側面と、否定的な面とをバランスをとって伝えるのではなく、重大な問題である消費の低迷に焦点をあてているのは、最初のアンケート内容からの展開として説得力があった。
「NEWS23」は、7月7日に争点として「経済政策」を8分程度で取り上げた。
まず有効求人倍率の改善のデータをあげ、「売り手市場」の状況の中で就職を決めた学生の社内研修を取材している。
一方でアベノミクスの恩恵を受けない非正規の労働者の、将来の見えない状況も紹介した。正規雇用を求めているが実現せず、収入が不安定で、結婚もできない、という切実な声を伝えている。
選挙報道においては、争点に関わる社会の現実をどれだけ調査し、報道できるかが問われる。その意味で、非正規の労働者の、将来に希望のない実情を紹介したことは同種の報道が少ない中で評価できる。
しかし、非正規の増加を参院選の「争点」とするなら、この状況とこれまでの政策との関係が論じられなければならない。就労者の4割が非正規という異様な状態は、自公政権が制度的に作り出してきたものだった。
この政策が正しかったのか、という視点が必要だが、まったく言及がなかった。冒頭に「争点」と紹介しておきながら、現状の報告のレベルにとどまっているのは惜しまれる。ただ、こうした傾向は、「NEWS23」にとどまらず、多くのテレビニュースに共通の弱点だと言えよう。
この他、「ニュース7」、「NEWS ZERO」「みんなのニュース」では、各党の主張の並列はあるものの、番組独自にアベノミクスを争点にしたコーナーは見当たらない。
アベノミクスの検討という重大なテーマで、上記3番組のそれぞれ1回程度というのは十分とは言えない。ここにも選挙報道の量の少なさが影を落としている。
もう一つの重要な争点である「社会保障」については、独自でこのテーマを設定したのは「ニュースウオッチ9」と「報道ステーション」の2番組にとどまっている。
「ニュースウオッチ9」は6月28日の放送で、待機児童が全国で4万5000人余りであり、52万人が特別養護老人ホームの入所を待っている、というコメントから始めて、二人の女性記者が、保育の現状と特別養護老人ホームの現状を報告した。その中で、保育園を探し続けている母親の苦境、全産業平均より11万円も低い保育士の給与、介護施設での深刻な人手不足と、40歳で22万円という給与の低さなど、厳しさを増す社会保障の現場をリポートした。
優れたリポートだったが、番組はこのあと問題を財源問題へ移行させてしまった。提起されている問題に関しては、財源があろうとなかろうと本来保障しなければならない、という視点が一方で必要であったが、キャスター、記者にそのような姿勢が感じられなかった。
ただ、同種の調査報道が極めて少ない中で、この日の「ニュースウオッチ9」の内容は光るものがあった。
「報道ステーション」は、6月23日、「社会保障と財源」というテーマでこの争点を取り上げたが、各党の財源対策の主張を並べたにとどまり、局独自の取材はなかった。
ただ、「報道ステーション」は、6月28日に、4番目の争点として「低年金・無年金」の問題を取り上げている。
この番組は、最初の消費税引き上げ延期の時、横浜に住む無年金の夫婦を取材していた。
保険料の納付期間が夫14年、妻19年だったが、この時も受給資格の短縮見送りで、年金を受け取れなかった。1年半後、再度取材が行われ、夫は昨年74歳で無年金のまま亡くなっていたことが明らかにされた。73歳の妻は老人福祉施設で働き続けるが、収入は手取りで14万円、家賃や介護保険料を払うとギリギリの生活であること、この女性のような無年金者は全国に17万人いることが報告された。このような調査報道は貴重なものと言える。
このほか、提示すべき争点として、原発災害の現状、再稼働の是非、沖縄辺野古新基地建設問題など重要なテーマがあったが、激戦区のリポートで触れられるにとどまり、時間をかけた争点提示はほとんどなかった。
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