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2016年9月

2016年9月30日 (金)

果実だけ食べて7年になるという人がいる―②―

 フルーツと僅かな塩だけで7年間過ごしてきたというのは大変興味深い実験である。牛や馬など草食動物はそれだけで肉体を維持し、運動もしているのだから、人間も可能なのかもしれない。

  糖尿病の予防に温州ミカンがよいことやフルーツを食べても血糖値は上がらないことは前回紹介した。その外によいことは、骨密度が一般の人より3割増しになっているので医者が驚いたそうだ。また腎臓の数値もよいので医者がびっくりしたという。さらに臭覚、味覚、触覚が非常に敏感になったそうだ。マスクをして出歩いているという。なんだか動物になったみたいだと笑っている。

  体力もしっかりしており、山登りでも大丈夫だし、運動能力テストでも普段運動はしていないのによい成績で医者が驚いたという。

  頭の働きもよくなったと自覚するという。脳の唯一のエネルギー源であるブドウ糖がフルーツから取り入れることが出来るからだろうと言っている。また、海外の研究ではポリフェノールが脳機能を高めるというのがいくつもあるという。リンゴやイチゴがアルツハイマーのリスクを下げたり、進行を遅らせるという研究もあるそうだ。

  疲れをとるために甘いものをチョコレートやお菓子で摂るとカロリーが高すぎるが、果物ならカロリーも低いからよいという。

  精力も旺盛で10代の頃と変わりなく、ギンギンだという。西瓜のシトルリンにより血中アルギニン量が10%増し精力効果があるという研究や、アメリカの研究ではオレンジやベリー類をしっかり食べるとEDに効き目があるそうだ。中野氏の知人(50代)にも毎日みかんを食べてEDが治った人がいるそうだ。男性こそフルーツですよと中野氏は笑う。

   フルーツだけとはいえコストはどのくらいになるか気になるところだ。中野氏は、安い時期で1日1000円~1500円ぐらいかかると言っている。一番安くつくのは西瓜だそうだ。種以外は皮も食べるのだそうだ。

  一番高くつくのは3月頃で果物の種類が少なくなるので1日2000円ぐらいになるという。でも、外食したり菓子をおやつに食べたりしないのでトータルではまあまあだという。

  中野氏にとってフルーツとは「愛」だという。フルーツは実ると色づいてやわらかく甘くして食べてくれと言っている。私たちがフルーツを食べれば生産者が実になる植物をたくさん植えるようになるから、地球の緑も増え温暖化対策にもなると言っている。

 

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2016年9月29日 (木)

安倍首相の演説で起立拍手―「兵隊さんよありがとう」を想起―

 9月27日の衆議院本会議での所信表明演説の途中、首相が領土や領海、領空の警備に当たっている海上保安庁、警察、自衛隊を称えて「現場では夜を徹し、この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている。今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけた。これに呼応して自民党議員らが起立し、拍手。安倍首相も拍手した。

  これについて小澤一郎議員は「北朝鮮か中国共産党大会みたいで、不安に感じた」と評したという。この問題に対して野党は議員運営委員会で抗議をしたが、自民党は「適切ではなかった」と認め自然発生的に起こったことだと説明した。

  しかし、実際は演説前の午前に、萩生田官房副長官から竹下国会対策委員長など幹部に「演説を盛り立ててほしい」と依頼したという。それを伝え聞いた若手議員らは拍手をしてほしいとか、起立をして欲しいと聞いたと言っているそうだ。

  首相の演説の該当のところで、一斉にスタンディングオーベーションが起きることは、指示がなくてはあり得ないことだ。自民党の説明はまやかしである。

  安倍首相は「自衛隊員への敬意の『拍手』だから野党議員も拍手をすればよかったのだ」と言ったという。

 天声人語では、多くの職業の中で、なぜこの人たちを称えるのかが理解できないと書いているが、私も同感である。たとえば安い給料で過酷な労働を強いられている介護職員だって、同じように敬意を払われるべきである。 

  この問題に今の安倍首相と自民党の考えや、目指す方向が如実に示されている。私は子どもの頃に歌った「兵隊さんよありがとう」という歌を思い出した。この歌は昭和14年1月にコロンビアから発売されたもので、日中戦争などやその後の太平洋戦争で戦う兵士に感謝するということで広く歌われたものである。

   肩を並べて兄さんと 今日も学校へ行けるのは 兵隊さんのおかげです

   お国のために お国のために戦った 兵隊さんのおかげです

   兵隊さんよありがとう 兵隊さんよありがとう

  安倍政権は安保法制を強行採決し、それに基づき、この11月にも、南スーダンへの駆けつけ警護と宿営地の共同防護を命じようとしている。だから殊更に自衛隊への「敬意」を強調したかったのだ。

 尖閣列島での中国の脅威に警戒の任務についている海上保安庁や、沖縄の長江ヘリポート建設で反対者たちを弾圧するために、全国から動員された警察機動隊なども念頭にあったのだろう。

 一番の狙いは「兵隊さんよありがとう」を再び、ということだと私はにらんでいる。少しずつ発砲する自衛隊への国民の危惧を弱めようと手を打っているのだ。

 「兵隊さんよありがとう」の画像検索結果

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2016年9月28日 (水)

果実だけ食べて7年になるという人がいる―①―

 iphoneでyahooニュースを見ていたら、「丸7年間『フルーツしか食べない男』が、死ぬ覚悟で自らを実験台にした理由」という記事があった。面白そうなので読んでみた。話題のフルーツ研究家中野瑞樹(40)氏をご存じだろうか…。という書き出しであった。そんなことを知る訳がない。この人は、元東大で教員をしていたという。

  ごはんもパンも肉も魚も食べないし酒も飲まないだけでなく、水さえ飲まないというのだ。それはフルーツが総合栄養食であるとの仮説を立て、たくさん食べ続けたら、人間の身体にどういう反応がおきるかを自らを実験台にして調べているのだそうだ。

  実際にフルーツだけで生活をするようになるまでに4か月以上の準備期間を置いて、酒や肉や魚やアイスクリームなどに執着がないようにして行ったという。その間に腸内環境がフルーツに順応するようにして行ったという。

  きっかけは、東大に勤めていた頃に、「FIT FOR LIFE」(1980年刊行)というアメリカの本に出会ったことで、その本には、健康のために野菜とフルーツをしっかり食べようと書いてあり、「フルーツは完全食」だと書いてあるという。その言葉に衝撃を受けたというのだ。

  地球の砂漠化を食い止めるには、果物の木を植えてみんなが健康によい果物を食べるようになれば解決策になると考えて、まず、果物がよいことを自ら証明しようとしたというのだ。

  しかし、そんな実験はこれまで誰もやったことがないので、死ぬこともあると覚悟を決めて実験を始めたという。

  朝起きると水分を補給するということに主眼を置いて、夏は西瓜、冬はミカンのような水分が多いフルーツを食べることにしているという。朝食、昼食、夕食というように決めて食べることはなく、随時食べているが、日によって食べる量は異なるそうだ。葉野菜や根野菜はフルーツではないので一切食べない。

  栗やアボガドやナッツなどは果実の仲間なので食べるし、トマト、ナス、キュウリは果菜類なので食べるそうだ。水分は果実に含まれるものだけで水は飲まない。ただ塩少し摂るという。

  果物だけの生活で、70kgあった体重が50kg~54kgになったそうだ。ウエストも60cm~67cmになったという。冬は体重が減るのでナッツなどを多く食べるという。熊が冬眠前に木の実をたくさん食べる気持ちがわかったそうだ。

  冬は痩せて大変だが、夏は水分の多いフルーツを食べるので、身体の調子が悪くなることはないという。

  中野氏によると、フルーツを食べると糖尿病の原因になるとか、糖尿病を悪化させるといわれているのは、全く間違いだと言っている。血糖値は正常だし、WHOも糖尿病予防のために毎日のフルーツ摂取を勧めているそうだ。日本糖尿病学会も、糖尿病患者であってもフルーツはビタミン、ミネラル補給に大切な食品なので1日80kkal程度を摂ることを推奨している。フルーツで糖尿病を治療していた医者(故外園医師)もいたという。

 果物の糖質は、いちご7%、もも9%、リンゴ13%、バナナ21%、みかん11%、メロン10%・・・。それに対して、ご飯37%、食パン44%、チョコ御レート52%、ドーナツ59%・・・。だという。

  食後の血糖値上昇の指標「GI」は、フランスパン95に対し、グレープフルーツ25、リンゴ38、バナナ52だそうだ。

  中でも糖尿病によいと分かっているのは温州ミカンだそうだ。国立農研機構は今年3月に、温州ミカンのM寸を3~4個以上食べている人は糖尿病になるリスクが57%下がるという研究結果を発表したという。

  実験を自らを実験台にしてやっている人がいるものだと思った。果物を食べると糖分があるので太ると思っていたが、意外にも太らないようだ。私は果物が好きで毎日朝晩欠かさず食べているがフルーツ党のとって嬉しい限りである。

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2016年9月27日 (火)

バロックオペラ「ポッペアの戴冠」を観る

 東海バロックプロジェクトオペラ制作委員会主催のバロックオペラ「ポッペアの戴冠」が、9月24日午後と夜、名古屋芸術創造劇場で開催された。愛知トリエンナーレの一部としての公演だそうだ。私の所属する昭和男爵コーラスの常任指揮者である加藤佳代子先生が主演でポッペア役を務めた。

 このオペラは解説によると、1942年にイタリアのヴェネツィアのサンティ・ジョバンニ・エ・パオロ劇場で上演され成功を収めた作品だと言う。1942年と言えば日本では徳川家光の時代である。オペラが最初に上演されたのは1600年イタリアのフィレンツェだというから、ポッペアの戴冠は草創期のオペラである。

 それまでオペラは王侯貴族のものであったが、1637年にヴェネティアに史上初の有料公開オペラ劇場が開設された。ヴェネティアは共和国で市民は平等であった。それで権力への批判精神に満ちたこのようなオペラが作られたという。

 作曲クラウディオ・モンテヴェルディ、台本はジャン・フランチェスコ・ブゼネッロで全三幕である。今回は原語で字幕スーパー付きで上演された。

 ストーリーは実話にもとずくものだそうで、暴君としてつとに有名なローマの王ネロ(このオペラではネローネ)が、絶世の美女ポッペアを見染める。ところがポッペアは騎士長オットーネの妻であった。それでもどうしても手に入れたいネローネは、そんなことは構わない。

 一方、ポッペアにも下心があり、ネローネに取り入って、いずれは王妃になりたいと思い、ネローネの思いを受け入れる。

 ポッペアは王の師である哲学者セネカが邪魔で取り除こうとする。王はそれを承知してセネカを殺せと命ずる。

 一方王妃オッターヴィアは、ポッペアを殺させようとポッペアの夫の騎士長オットーネにポッペアを刺殺せよと頼む。その頃オットーネは王妃の侍女ドゥルッシアとよき仲になっていた。それでドゥルッシアに女性になるための服を貸してくれと頼む。

 いざポッペアを殺そうと言うときに、愛の神アモーレが現れポッペアを救う。オットーネは侍女の服を着ていたので、侍女ドゥルッシアが殺そうとしたものと思われてしまう。しかし、侍女は自分がやったと言い張る。そこへオットーネが来て自分がやったのだという。

 王ネローネは、最初拷問にかけて殺そうと思っていたが、考えを変えて二人を国外追放にする。また王妃とも離婚をし、国外に追放する。

 そしてオッペアは念願通り国王ネローネと結婚し王妃となる。最後は二人の喜びの二重唱で幕がしまる。

 このオペラは第一幕が長く1時間20分ぐらい、全体の半分ぐらいを占めていた。幕開きには序曲の後、愛の神アモーレのアリアから始まった。愛の神が登場するのは、このオペラの中に王とオッペア、オットーネとドゥルッシア、小姓と侍女の3組の恋愛関係が織りなすからであろう。この時代は色恋ものが人気があったようである。

 しかし、国王ネローネとオッペアの大不倫が成功裏に終わるという結末が、当時大人気を博したというのは、推察すると、権力者とそれに取り入って出世をするという現実の世界を風刺したものと捉えられたからかもしれない。単なる不倫物語としてでも、権力への批判としてでも、どちらにとっても観るものの判断に任されている。

 演奏はリコーダー2人、ヴァイオリン2人、テオルボ、チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ/リローネ、チェンバロ/オルガン、チェンバロの9名の演奏によるバロック小オーケストラであった。

 舞台の上に楽器が並び、その上と下の舞台を使って歌と軽い演技が行われた。私は7列目の真ん中の席で観たが、舞台の照明が暗く、顔がはっきりとは見えなかったし、また字幕が左上にあるのはよかったが、少し見づらかったから、後ろの席では見えなかったではないかと思った。

 字幕を見ながら舞台を観るのは、ストーリーの展開を追うにはよいが、演技に集中できない欠点があった。でも、イタリア語で歌うのだから仕方がない。出演者は原語の歌詞を覚えるのだから大変であったと思う。よく覚えられたものだと感心する。

 絶世の美女で悪女のポッペアを演じた加藤先生は、真っ赤なドレスを着て熱唱した。ふだんとは全く違った先生を観ることができた。珍しい、オペラ草創期のバロックオペラを鑑賞できて本当によかったと思う。

ポッペアの戴冠 チラシ<表>

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2016年9月26日 (月)

増谷文雄「仏教入門」―43―

 

 

 私どもが日常つかう言葉の中に「勿体」ないという言葉がある。お金を無駄につかってはいけない。勿体ない。紙を無駄にしてはいけない。勿体ない。たとえ自分の持ち物でも、みんなの役に立つように使わねばならぬ。勿体ないから。かように私どもはこの言葉を日常つかておるが、これはもと仏教の言葉であって、深い意味をもっておる。

 

 この金は私のものだ。この紙は私のものだ。この身体は自分の身体だ。私たちはいつもそう思っている。だが、佛教の考え方によるとそうではない。一銭の金といえども、一枚の紙といえども、本当に自分のものだというものはない。一枚の紙も、いろいろと衆力を集めて出来たものである。一銭の金も、人々が相寄り相扶けて経済社会を保っているから通用するのである。本当に自分のものだといえる物はどこにもない。みんな天下のもの、衆のものである。それを自分が預かっているにすぎない。自分の勝手にはならぬ。大事にしなければならぬ。それが勿体ないの心である。

 

 だが、勿体ないのは、金や物ばかりではない。考えてみると、自分のこの身体さえも勿体ないのである。私たちはみな、何等の因縁なくしてここに存在しているのではない。父母ということも考えねばならぬ。社会ということも考えねばならぬ。自然のめぐみということも考えねばならぬ。私のからだはこれを父母に受けたものである。私のからだは米を食い、野菜を食い、肉を食いしてここまで成長して来た。私のからだは社会からいろいろと保護と影響を受けた。その外になお種々の力が加わって、ここにいま私の存在がある。だから、この私は決して私自身のものではない。また父母のものでおなく、社会のものでもなく、自然のものでもない。そう考えて来ると、本来私自身というものは何処にもない。ただ衆力和合の結果がここにある許りである。これも勿体ないである。

 

 かかる従来仏教の常識的な考え方が、縁起の理法の理解に、幾分でも役立たないであろうか。釈尊もある時、弟子たちにむかって、おなじく「この身は汝等のものに非ず。また余人のものに非ず」と説いたことがあった。そして縁起を思念すべきことを教えてつぎの如く言った。

 

「比丘等よ、されば聖弟子は縁起を聞きてよく思念するものなり。斯くこれあるが故にこれあり。これ生ずるが故にこれ生ず。これなきが故にこれなし。これ滅するが故にこれ滅す。即ち無明に縁りて行あり、行に縁りて識あり、識に縁りて名色あり、名色に縁りて六処あり、六処に縁りて觸あり、觸に縁りて受あり、受に縁りて愛あり、愛に縁りて取あり、取に縁りて有あり、有によりて生あり、生に縁りて老死・愁・悲・苦・憂・悩あり。斯の如きは、これを全苦蘊の集なり。無明の無余・離貪・滅によりて行の滅あり、行の滅によりて識の滅あり、識の滅によりて名色の滅あり、名色の滅によりて六処の滅あり、六処の滅によりて觸の滅あり、觸の滅によりて受の滅あり、受の滅によりて愛の滅あり、愛の滅によりて取の滅あり、取の滅によりて有の滅あり、有の滅によりて生の滅あり、生の滅によりて老死・愁・悲・苦・憂・悩の滅あり。是の如きは、これを全苦蘊の滅なり」

 

既に述べたように、釈尊によって考えられた存在の方式は、相関性相依性のものであった。それは縁によりて生じてあるが故に、縁生といい、また縁起といい、通常十二の項目の並列によって説かれておるが故に十二縁起とよばれ、またこの縁たるものを因と縁とに分けて考えるばあいには因縁と称せられる。そして、我等の身体のみならず、その他一切の存在は、この方式によって存在しているのだと教えられる。

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2016年9月25日 (日)

期待に応えられるか?民進党

 民進党の代表に女性の蓮舫氏が就任した。注目の幹事長には蓮舫代表の後見役と言われる野田佳彦氏がなった。

 野田氏と言えば、消費税増税をめぐって民主党を分裂させ、自民党と空約束をして衆議院を解散し、総選挙に持ち込んだが結果は大惨敗に終わった。そして大勝利した自民党は安倍首相になった。

 その安倍政権は、特別秘密保護法制定、武器輸出三原則の改定、憲法を無視した集団的自衛権行使閣議決定、安保法制強行採決、年金減額、介護保険料総額、辺野古基地着工・・・などを進め、日本は右傾化し、非正規社員の増加、生活保護世帯の増加など国民生活を不安に陥れている。

 こうなった原因はと言えば、民主党が衆議院選挙で大敗したからであり、以後民主党は民進党と看板をかえても有権者の支持は8%前後と低迷している。野田幹事長は一部の人から「戦犯」とまで言われたが、そう言われても仕方がない。

 その民進党を立て直すために、期待されて代表になったのが蓮舫氏であるが、野田氏を幹事長に据え、野田氏の息のかかった人を役員にするなど、野田内閣などと揶揄されている。

 自民党は民主党の大惨敗からしっかりと学んで、その轍を踏まないようにと党内を固めて来た。それは過去2回民主党に手痛い目にあって政権を手放した反省に立っているからだ。

 安倍政権成立直後から入念なマスコミ対策を講じて、マスコミから政権批判が出ないように手を打ってきた。それが功を奏し、安倍政権が問題のある政策を実行しても蚊か蜜蜂がさす程度の批判しかしなくなった。一方民進党など野党には何かあるとマスコミはここぞとばかり攻撃してくる。

 そんな中で民進党が有権者の信頼を取り戻すのは容易なことではない。ここは民進党内が小異を捨て大同について、まとまりを見せることが肝要である。民主党が折角政権を取りながら崩れたのは、党内がバラバラになったからであった。

 今大事なことは、自民党・公明党という巨大与党が、明治憲法に郷愁を感じ進めている、富国強兵の道を阻止することである。立憲主義を破壊しながら、憲法を改悪しようと牙をといでいる。

 今自民党・公明党にはリベラリズムはいなくなった。それに代わるものとして期待されるべきは民進党のはずである。参議院選挙で一定の成果をあげた、市民・野党の共闘の先頭に立って巨大与党に立ち向って欲しい。これは心ある国民の切なる願いである。

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2016年9月24日 (土)

高速増殖炉もんじゅは廃炉すべき

 9月21日の朝日新聞朝刊は一面で、政府が、高速増殖炉「もんじゅ」について廃炉向けた最終調整に入ったと報じた。

  もともともんじゅは、問題を抱えていた。1999年の初臨界の翌年、燃料を冷やすナトリウムが漏れる事故を起こした。12年には1万点もの点検漏れが発覚した。

  これまでに1兆円を超える金が投じられてきたにも拘わらず、運転の実績がほとんどない。再運転をするにはさらに8千億円もの金がかかると言われる。

 使い物にならないもんじゅの維持費に年間200億円もかかるのだ。しかも高速増殖炉については世界でどこも成功していないのだ。日本が先頭を切って成功する目途もたっていない。

 原子力発電で出るプルトニュウムの再利用をしなければ、溜まる一方だと言うが、もんじゅでの再利用もプルトニュウムは減るどころか増えるという。

 そもそも原子力発電所を造ったのが間違いであったのだ。福島第一原発事故で原発の安全神話が崩れたが、前からトイレのないマンションに譬えられて来たように、核廃棄物の処理が非常に大変なのだ。福島第一原発の廃炉処理だけでも未だにどうしていいかわからない状態が続いている。

 「原子力発電はクリーンで地球環境に優しく低コストだ」というのが売りであったが、福島原発事故でそれがとんでもない嘘であったことが知れ渡った。福島原発の放射能の影響をなくすだけでも、人類の歴史の何百倍もの年数がかかるのだ。その維持管理等の煩わしさや費用だけも巨額になる。地球に優しいどころか全生物の存亡を揺るがしかねない危険性をもっているのだ。

 経済産業省はもんじゅ廃炉の方向であるが、文部科学省は真っ向から反対している。文部科学省の考えは「高速増殖炉がなければ、経産省が主張するプルサーマルでもプルトニウムはたまり続ける。いずれ核燃料リサイクル政策、ひいては原子力政策全体が立ち行かなくなる」というのだ。

 経産省も文科省も原子力政策を続けることでは一致している。ただ高速増殖炉について経産省はもんじゅは廃炉にするが、代わりにフランスの高速炉アストリッド計画に乗っかろうということで、原子力発電は続けると言う点では同じなのだ。

 ここはとりあえずもんじゅを廃炉にという経産省の方向には賛成である。一つづつ廃炉をふやしていって世論の高まりにより、ドイツのように原子力発電は廃止ということに持って行きたいものである。原子力発電はコスト、放射能の危険、処理の困難さ・・・どれをとってもこれほど厄介なものはない。即刻廃止すべきである。

廃炉には賛成だが、これまで20年間、1兆円を超す巨額の費用を投じてきて、成果がえられなかった責任はどうなるのであろう。1兆円を保育所に使えば待機児童問題はなかったはずだ。社会福祉関係の予算が減らされているがこの金があればそうすることもなかったのではないか。悔やんでも悔やみきれない無駄遣いであった。

 

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2016年9月23日 (金)

語学番組でみた道を尋ねる外国の例

 9月20日放送のNHK「大人の基礎英語」という番組で、道を尋ねる場面を取り上げていた。オーストラリアのシドニーを旅行中の若い女性桜が、土産物を買うにはどこがよいかを尋ねるものであった。

 たまたま交差点で出会った若者に「Excuse me」と声を掛けて、「I'd llike to buy souvenirs.」と言って、母親のために服を買いたいがどこがよいかを尋ねた。若者はしばらく考えていたがわからず、通りがかった別の若者に尋ねた。その人も分からず、3人目の人に尋ねた。するとその若者は「New town」へ行けばいいだろうと教えた。桜は若者たちに「あなたたちは知り合いなの?」と聞くと、違うよと言って手を振って去って行った。

 学習者の福田綾乃はその様子に驚いて「オーストラリアでは普通なの?」とアシスタントのサラ・オレインに尋ねたら、サラは「オーストラリアでは普通のことよ」と言った。そしてmateshipという単語を使って説明した。オーストラリアではお互いに親切に接することを大切にしているのだというのだ。

 福田が「お・も・て・な・し」みたいだとコメントしたら、松本先生が「hospitality」というと説明していた。

 この番組を観た後で、録画してあった中国語の語学番組を観たら、偶然にも「道を尋ねる」ということをやっていた。北京の街頭でスーパーに行くにはどういけばよいか尋ねるところをやっていた。犬を連れている女性に尋ねていた。また、老人に郵便局に行くにはどう行くかと尋ねていた。ちょっと驚いたのは、両方ともただ道を教えてもらっただけでなく、会話がスーパーのことに広がったり、老人が郵便局によく行くと言うことを話したりしていたことである。

 私は初めてオーストラリアに行ったとき、一人でシドニーの街を歩き、頼まれていたポロのシャツをどこで売っているかを尋ねたことがある。相手の人は親切に店を教えてくれポロを買うことができた。

 また中国に行ったとき、道を尋ねられたことがある。中国人だと思って聞いてきたのだろう。たまたま知っているところだったので教えてあげた。

 私はhospitalityという習慣を持つオーストラりアを素敵だと思う。中国でも何度も道を尋ねたことがあるが親切に教えてもらえた。

 東京オリンピックということで、外国人に親切にしてあげようと、滝川クリステルがオリンピック招致で使った「オ・モ・テ・ナ・シ」があちこちで使われている。外国人にだけでなく、同胞に対してもそうありたいものである。それが古来日本人の美しいところであったのだ。

 

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2016年9月22日 (木)

安保法制強行採決から1年、

 昨年の9月19日に憲法違反の安保法制が強行採決されて1年経った。東京の国会議事堂周辺では、2万数千人の人々が雨の中にもかかわらず集まって集会を開いた。

 このニュースは、NHKニュースでも小さく放送された。朝日新聞も社会面で小さく取り上げた。どちらも安倍政権に気を使ってのことであろう。本当は1年経って大々的にこの問題を取り上げてほしかった。

 安保法制が違憲であるとは大多数の憲法学者が述べていることである。心ある弁護士や学者は今もなお立憲主義を破壊して決定した安保法制を止めさせることを訴えている。

 そんな中、安倍政権は11月からの国連平和維持活動(PKO)に第11次自衛隊を南スーダンに派遣する。その中心の部隊は陸上自衛隊第九師団普通科連隊である。そして新しい任務を与えよういうのだ。それは安保法制で出来ることにした「駆けつけ警護」と「宿営地の共同防護」の命令である。

 これは戦う自衛隊のスタートである。これまではイラクへの自衛隊の派遣でも、PKO活動が中心で、命が危険になるやむを得ざる場合のみ発砲を認められた、いわば個別自衛であった。

 ところが今度は、他国の部隊やNGO(非政府組織)職員が攻撃されたときに、自衛隊が駆けつけて戦闘をするのである。いわば集団的自衛権行使である。それにより相手を殺すことになり、更には自分たちも殺される危険があるということだ。戦争である以上それは当然起こりうることである。そのために自衛隊はモンゴルまで出かけて多国間共同訓練をするなどして訓練を続けている。

 南スーダンは政権を担うスーダン人民解放運動が分裂し、キール大統領派とマーシャル副大統領派が武力対立する内戦状態だと言われる。停戦合意は何度も結ばれても破られてしまっている。

 「PKO参加5原則」によると、そんな危険な状態のところには自衛隊を派遣しないことになっていたのだが、安倍政権は第11次隊を派遣し、武器使用をさせようというのだ。

 安保法制が成立後それがいつになるかいろいろ言われていたが、ここに来て11月の派遣からということがはっきりしたのだ。

 紛争地で活動するNPOやボランティアからは、もし自衛隊が発砲するようになれば、かえって危険になり、活動する民間人は活動ができなくなると指摘されてきた。イラクに自衛隊を派遣したときでさえ、何人もの日本人が殺されたり、誘拐されたりしたのだ。これからは日本人は敵とみなされるのだ。

 安保法制成立から1年。マスコミはもっともっと大きくこの問題を取り上げるべきである。これで発砲して相手と戦闘した時や戦死者が出たときにはどのように報道するつもりなのだろうか。まさか「敵一個小隊殲滅」とか「名誉の戦死第1号」などと書かないだろうね。

 

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2016年9月21日 (水)

人生の達人のための音楽会「第九特別演奏会」

 9月19日敬老の日、愛知芸術劇場コンサートホールへ出かけた。丁度栄行きのバスがあったのでそれに乗った。栄には1時12分ごろに着いた。多分地下鉄で行っても同じころに着いたであろう。

 芸術劇場の建物に入ると、12時25分ごろだったが、すでに多くの人が並んでいた。私は2階のできるだけ正面の席が欲しかったので、この分では無理かも知れないと思いながら並んだ。

 持って行った本を読んでいると、開場時刻より5分ほど早く開場したらしく、列が進み始めた。中に入ると、運よく2階招待席のすぐ後の正面、指揮者の位置、つまりど真ん中に席が取れた。指定券の場合は多分プラチナ席だと思った。

 アナウンスで「本日は満席ですので席をお詰め下さい」と繰り返していた。13時10分ごろにはホールはほぼ満席になった。プログラムを見ると「本日は休憩がありません」と書いてあったので慌ててトイレに行った。1時半になると本当にステージの後ろの席もいっぱいになった。

 定刻通りステージに団員たちが入ってきた。この日は特別演奏ということで、オーケストラにはNPOとうかいマスターズオーケストラの他に応援の人たちがいて、フルオーケストラになっていた。

 指揮は古谷誠一氏で、最初の曲はオットーニコライの歌劇「ウインザー公の陽気な女房たち」序曲であった。軽快なリズムにのって演奏された。

 その後が本日のメイン曲目のベートーベンの交響曲第九番「合唱」Op.125であった。この日のために結成されたというマスターズ第九合唱団がステージに上った。130名ぐらいだということであった。第一楽章からなので壇上で腰かけていた。大変だろうが目の前で演奏を聴けるのでいいと思った。

 私は70歳から毎年第九を歌っている。だからマスターズの演奏を楽しみにしていた。できることなら一緒に歌いたいくらいであった。

 マスターズオーケストラの演奏はアマチュアだがレベルが高い。2008年の定期演奏会でベートーベンの交響曲第Ⅰを演奏して以来、毎年ベートーベンを取り上げてきたそうだ。この春に第7を演奏したのだが、その時は残念ながら用があって聴くことができなかった。

 有名な第九はベートーベンが耳を悪くしてからのもので、晩年の最後の交響曲である。第一楽章、第2楽章と進み、第3楽章の初めにソリストたちが入場した。ソプラノ基村昌代さん、アルト三輪陽子さん、テナー中井亮さん、バス伊藤孝之さんであった。

 第4楽章でダダダダダダダーンと響くとバスの低音の歌が始まった。よい声をしていた。フロイデで合唱が始まると、私も心の中でバスパートを歌っていた。6か月間練習してきたというだけあって、とても上手に歌っていた。ソプラノのあの高い部分もフーガも最後の方のアップテンポの部分もうまく歌っていた。女性のソリストも体格がよく声もよかった。

 終わると割れんばかりの拍手が起きた。オーケストラも合唱もソリストも本当に楽しく聴かせてくれたと思う。満員の聴衆はみな人生の達人ばかりで満足したことであろう。

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2016年9月20日 (火)

福田綾乃の「ものまねざんまい」を観て

 福田綾乃を知ったのは、彼女がNHKの語学番組「大人の基礎英語」に出ているからだ。私はこの番組を見ている。昨年は学習者として高橋真麻が出ていて、結構面白かった。また高橋が英樹の長女であることもその時に知った。

  今年の学習者は福田綾乃である。彼女は高橋よりまだ英語のレベルが低くて、ちょうど番組にあったレベルの様に感じる。

  福田が物まね芸人だということも初めて知ったのだが、さすがに芸人だけあってキャラクター丸出しのやり取りが面白い。オーストラリアの歌手サラ・オレインの発音を的確に真似ているのも物まね芸人だからであろう。

  先日たまたまスマホのニュースを見ていて、福田が名古屋でライブをやることが分かった。ホームページで調べてみた。それでどんな物まねをやるのか観てみたいと思った。栄のチケットピアに行くと、日曜日午後のチケットが取れたので4500円を出して買った。手数料を108円払ったので4608円であった。

  会場は東建ホールで、地下鉄の鶴舞線丸の内駅で降り①出口の階段を上るとその前にあった。ここにホールがあることは知らなかった。中に入ると文化小劇場のようなホールであった。

  どんな物まねライブをやるのか全く想像がつかなかった。観客は若い人から高齢者までいたが若い人が多いようであった。舞台にスクリーンがあり、左右に丸い台のステージがあった。

  定刻の13時にスクリーンの映像から始まった。そして福田がダンサーと共に登場し、歌手の歌をカバーして歌った。この会場は両側に壁スピーカーがたくさんあり、私の席は右後方でスピーカーの音がガンガン響いた。

  私は若い歌手の歌や名前は知らないので、福田が歌っているのが歌手に似ているのかどうかは分からなかった。歌の一番だけを歌い、次々に違う歌手を歌って行った。スクリーンには歌詞の字幕が出ていたので歌を追うことができた。

  衣装替えなどに時間を取るので、その間をスクリーンに映る、福田が扮したタレントの話でつないでいた。なかなか面白いやりかたであった。

  大きく分けると6分ぐらいに分かれていた。「女ののど自慢」の部では、初めに客席に下りて司会をやってくれる人を探した。東海テレビの長嶋アナウンサーを見つけ、司会をしてもらった。

  「女ののど自慢」には松田聖子や高畑淳子まで登場した。アンジェラ・アキに扮して弾き語りをする部では「世界に一つの花」のパロディーでスマップの解散やその他のことを取り上げていた。こういう風刺性、社会性があるのはよいと思った。わざとかどうか知らないが、4人めのイントロで躓いていたのは愛嬌である。

  この日のライブでは100ネタをやるということで、多分最後の方の鶏、牛、馬、猫なども含めてだと思うが、それにしても85人ぐらいの、若い歌手から昔の歌手までの歌真似を、全部暗譜で歌ったのは驚きであった。1回だけ歌詞を間違えていたのは愛嬌である。

  福田綾乃は低音域から高音域まで出て、しかも歌がうまい。独立して歌手になれると思うぐらいである。私がよいと思ったのは、中嶋みゆき、石川さゆり、平原綾香、アンジェラ・アキ、、もののけひめの米良、千と千尋の神隠し、・・・であった。

 14時50分まで1時間50分を歌いぬいたのは大したエネルギーであり、私にとっては歌の見本市のような感じであった。従来の物まねとは全く異なる新しいジャンルを確立していた。なおこの日(9月19日)が29歳の誕生日であったそうだ。

 

 

「福田彩乃 画像」の画像検索結果

 

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2016年9月19日 (月)

シン・ゴジラを観たが

 朝日新聞に9月12に日、「『シン・ゴジラ』快進撃のわけ 幅広い観客を魅了」という記事が載った。それによると、「映画「シン・ゴジラ」の進撃が止まらない。東宝によると、封切り45日の興行収入は65・6億円。延べ450万人の観客を集め、平成ゴジラシリーズ以降の記録を更新した。なぜ幅広い観客を夢中にさせるのか。「エヴァンゲリオン」シリーズで知られる庵野秀明総監督らが作ったコンセプトに秘密がありそうだ。」とあった。

  当初は男性の観客が多かったが次第に女性や子供にまで広がって行ったという。

 そんなに人気があるのなら観に行く行くに如かずと思い、16日に観に行った。そんなに人気があるのなら早く行かないと席がないだろうと、1時間以上前に映画館に行ったが、まだ空席ばかりで拍子抜けがした。4列目の真ん中の席を取った。

  映画は字幕が多用され、登場人物の役職などが書いてあったが、直ぐに消えるので全部を読み取ることはできなかった。主役の長谷川博巳が演じる矢口蘭堂が内閣官房副長官であることは最後まで分からなかった。

  ストーリーは単純で、ゴジラが突然東京湾に出現し、東京を目指し始めたので、内閣が巨大不明生物緊急対策本部を設置して、ゴジラをどう排除し都民を守るかということである。

  私の感想は荒唐無稽のストーリーだということである。巨大なゴジラが突然現れるというのがそもそも不自然である。しかもそのゴジラの生長が非常に速く、2回目に出現した時には巨大化しているのだ。

  荒唐無稽なのはまだある。その不死身振りである。内閣はゴジラを退治するのに自衛隊を総動員し、陸、海、空の精鋭部隊を動員して、最新兵器で攻撃するのだが、ゴジラはびくともしないのだ。生物なのにそんなことがあるだろうか。しかもゴジラは核廃棄物を食べたことで核反応をエネルギーにしているというのだ。

 やむなく内閣は安保条約に基づいてアメリカの協力を仰ぐことになる。アメリカは核兵器で攻撃をするという。

 矢口官房副長官は、アメリカなどが核攻撃をする前に、何とかゴジラを薬物で退治しようとする。そしてきわどいところでそれが成功する。

 結局この映画は時の政権の危機管理について描き、それを巡る人の考え方の違いや動きを描いているのだ。しかし、自衛隊が前面に出、日米安保が発動される。そして自衛隊の決死の活躍でゴジラをやっつけるという、自衛隊賛美のスペクタクルと言ってよい。

  ネットで見たら安倍総理や菅官房長官もいい映画だと言ったそうだ。さもありなんという映画である。

  危機管理であるが、内閣と行政の動きだけが描かれて、市民の動きがほとんど描かれていない。巨大なゴジラが東京の住宅や高層ビルなどをなぎ倒して行くのだが、切実感が全く感じられない。もし本当なら東北大地震の津波や熊本大地震などの比ではない。日本中が大パニックになるはずである。その辺のことが一切無視されているのだ。

  だいたい矢口たちが立川に避難するのに車で移動するというのもおかしな話である。道が完全に塞がれているのに車はありえない。そうかと思うと総理大臣や官房長官など内閣の中枢がヘリコプターで避難しどこかに消えてしまうのも不自然である。

 東京都民360万人を短時間で避難させるというのも成功したことになっているが、実際ならできないであろう。

 巨大災害についての危機管理を描くのであれば、例えば日本の原発がまた大災害で破壊されるというような想定で描いてほしかったと思う。こちらはゴジラのように荒唐無稽ではなく、いつ起こってもおかしくない現実性があるのだ。もしもう一度原発第事故があれば今度はどうしようもない打撃を受けることは間違いないのだ。

 

ポスター画像

 

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2016年9月18日 (日)

増谷文雄「仏教入門」―㊷―

 4、相依る存在(縁起)

 釈尊は、弟子や信者から物を質ねられると、たいてい親切な説明をもって教えた。外道の人々の質問に対しても、懇切な説明をもって答えることが多かった。だが、ある種の質問に対してのみは、黙然として答えないことがあった。答えても、「そんなことは知らない」とか、「それはどうでもいことだ」とか、杵で鼻をかんだような態度をとったものである。

 この世界は常在であるか無常であるか。人間は死後も存するものか存せざるものか。身体と霊魂は一つのものであるか、それとも別の存在で会うか。かような問題をひっさげて釈尊のところに出かけていくと、釈尊はしばしばそっけない態度をとった。いつもの理路整然たる説明も、諄々として懇切な態度も忘れたもののごとく、黙然として空うそぶいておった。

 あるときのこと、婆蹉という沙門が、また例のような質問をもって、釈尊の答えを求めるためにやってきた。

 「大徳に一つご教示願いたいと思って参ったのであります。そもそも我というものは存在するのでありましょうか。それとも存在せぬものでありましょうか」

 だが釈尊は、例によって黙りこくって、一言も口を開かない。経典の言葉はこれを「爾時世尊黙念不答」と記しておる。そこで沙門は重ねて質問を繰り返した。だが、釈尊は依然として黙っている許りである。「是の如くすること再三なれども、その時世尊また再三答えず」と経文に言っている。何度尋ねても、釈尊はこれに一向答えなかった。すると、師のうしろで扇をもって煽いでいた阿難陀が、つい堪りかねて言った。

 「あの沙門はもう三度もお質ねしておりますのに、師はどうしてお答えになりませんか。ひょっとすると、師は答えが出来なくて黙っていたなどと、言いふらさぬとも限りません」

 すると釈尊は、阿難陀をかえり見てて、いつものように、諄々たる態度で言い聞かせた。

 「私がかりに我は存在すると答えたらどうであるか。彼はきっと従来の邪見をますます加えるに相違ない。また仮に我は存在せずと答えたらどうであるか。彼はやはり疑惑を増すばかりであおう。ありと言うは常見である。なしと言うは断見である。私はいつも言うように、この二つの極端を離れて、中道にあって法を説くものである。

 そして、つづいてつぎのごとく説明した。

 「所謂この事ある故にこの事あり。この事起こる故にこの事生ず。謂はく、無明に縁りて行、乃至生老病死憂悲悩苦滅なり。仏はこの経を説くのみ」

 この説明は、極めて簡略にされておるが、これが即ち縁起の理法である。縁起はまた、古くは因縁といわれ、近年の学者は新たに相依るちう言葉をもって名付けている。

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2016年9月17日 (土)

値につられつい買ってしまう

 果物が少なくなり、明日は店が休みなので果物だけを買うつもりで出かけた。休日前の夕方は値引きされているものがある。それも楽しみの一つである。

 先回行ったときには、梨の「豊水」は一つも出ていなかった。それで出始めの西洋梨を買った。ところが今日は日本の梨がたくさんでていた。見ると「豊水」の他に新手の「南水」であった。南水梨はこれからだからおそらく最後の豊水梨を買うことにした。4個入りのパックと10個入りのものがあった。10個入りは新潟の豊水梨で1380円(税別)であった。

 リンゴを見たら、さん津軽の他に「黄王」が出ていた。4個で500円と580円の津軽より安いので新物の黄王にした。妻から頼まれていたバナナは1房150円だった。

 見ると今日はタマネギも安かった。今朝のNHKテレビでタマネギは値段が高くなっていると言っていたので、大きな玉が4個入った1袋198円のものを2袋買った。

 鮮魚売り場では、ワタリガニを並べて特価だと書いてあった。足が折れているので安くしたという。1匹298円であった。しばらく迷った挙句買うことにし、店員にどれがよいか尋ねたら、「重いものが身が入っているからいい」と言った。確かにキャベツでも白菜でも重いものがよい。重そうなやつを選んで1匹買った。

 他にカップラーメンを100円で売っていたので家に電話して妻に聞いたら、2個買って来てと言ったので2個籠に入れた。

 トマトもこの時期値段が上がっていなかったので1パック298円のを買った。電話で新鮮なナスを頼まれたので5本入り298円で買った。レジの傍に豆菓子を特価100円と書いてあったので2袋籠に入れた。

 最初はバナナとトマトと梨ぐらいを見に行ったのだが、なんやかんやでたくさん買ってしまった。普段より値段が安くなっているとつい買いたくなってしまうのだ。まんまと店の策略に乗ってしまったという訳である。

 大きな空き箱に一杯になった買い物であった。家に帰ってからふと今は十五夜前で月夜であることを思い出した。昔から月夜の蟹は身がないから買ってはいけないといわれている。それで安かったのかも知れないと思った。そういえば「よい出汁がとれます」と書いてあった。味噌汁は蟹出汁ということになった。

 

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2016年9月16日 (金)

行政の勝手が許されていいものか、築地市場移転問題

 小池東京都知事は築地市場の移転で11月7日に予定されていた豊洲への移転を延期した。これは知事のよい初仕事であった。まずはクリーーンヒットであった。

  移転先の豊洲の建物の地下が空洞になっていて盛り土は全くなく、しかも地下の建物には10cmほどの水たまりがあることが判明した。

  東京都の説明では移転先の全体に盛り土をしたことになっていた。ところがそれは真っ赤な嘘であったのだ。石原氏の後の猪瀬氏や先ごろ辞職に追い込まれた舛添前知事などはどうしてこの重大なことを知らなかったのであろうか。産経新聞によると、石原氏や猪瀬氏や舛添氏は都連幹部が地下に空洞を造る計画の報告を受けていなかったと書いていた。

「敷地全域に盛り土をすべきだとする専門家会議の提言を覆す重大な決定をしながら、組織のトップの判断を仰いでおらず、都幹部らの独断ぶりが改めて浮き彫りになった。」と指摘している。

 さらに続けて石原氏は13日のBSフジ番組で『だまされた。現場の人間しか分からないことだ』と述べ、『手を抜いて、していない仕事をしたことにし、予算措置をした。都の役人は腐敗している』と苦言を呈した。当時の知事周辺者も『これだけ重要な決定が行われたことを知っていれば、知事が記者会見して公表していたはずだ』と述べた。」と書いている。

  知事も専門委員会もコケにされたのだ。そして最大の被害者は税金を納める都民である。移転にかかる費用についても、2011年の段階では3926億円と見積もられていた。それが2015年3月の時点で5984億円にまで膨れ上がって縞ttという。週刊誌では都議会のドンと言われた内田氏がらみの利権が指摘されている。

 どうしてこのようなことが都の関係者によって行えたのであろうか。そのような都民を欺く行政は徹底的に究明されなければならない。

 小池百合子知事には築地市場移転問題や費用が1兆円以上にも膨れると言われる東京オリンピックの経費の問題にも徹底的にメスを入れて欲しい。税金を湯水のように使うことは絶対に許してはならない。待機児童問題などその金で解決できる。

 ここまで書いて来て、15日夕方のNHKニュースでは、石原元都知事が地下にコンクリートの箱を作ってはと記者会見で言っていたという映像を流した。それについて石原氏は否定をした。しかし、映像に残っているのだ。石原氏は平気でウソを言う人間だ以前から信用できない。

 とにかく小池知事には真相を徹底究明してもらいたい。小池知事は専門家会議を再招集すると言ったが、この問題を解決することによって大ホームランになることは間違いない。頑張れ、小池知事と言いたい。

 

 

 

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2016年9月15日 (木)

パラリンピックの選手の活躍ぶりに感動

 ブラジルのリオでオリンピックの後開催されているパラリンピックのテレビ中継を見た。オリンピックの時はほぼ一日中放送されていたが、パラリンピックは新聞の放送欄を見ても余り放送されていないようであった。

 ところがNHKの総合放送を見ていて、時間が来るとリモコンの「選局」ボタンを操作すると見ることが出来ることを知った。

 最初に観たのは女子の走り幅跳びだが、カーボン製の義足(最初メタルだと思っていたがカーボンだと知った)をつけて普通に走り跳んでいたので驚いた。日本選手は2人出ていた。

 前のパラリンピックで南アフリカの選手が義足で走って話題になっていたが、今回義足をつけて走ったり、跳んだりする選手がたくさんいるのを見てびっくりした。踏切はどちらの足でやるのだろうと見ていたが、義足でやる選手が多いが普通の足でやる選手もいた。

 二本の足に義足をつけている選手もいたので凄いなあと感心した。走れるぐらいだから歩く時も普通に歩いていた。普段義足をつけている人を見ることはないので、こういう人がいることをパラリンピックで初めて知った。競技用に作られた特殊な義足で日常生活の義足とは違っているのだ。義足をはめ換えて走ったり、跳んだりし、しかも私たちよりはるかによい記録を作っているのだ。100m、200mのレースも見たが、義足で走って素晴らしい記録を出していた。そうした姿に感動をした。

 全盲男子の100m競走は補助の人と2人で走っていたが金メダルの選手は10秒90台であった。伴走する人はそれ以上の速い人でないといけないといっていたが、呼吸を完全に合わせて二人で走る姿は感動的であった。

 両足の大腿に義足をはめた男子200mも義足を振り回すような特別な走り方で凄いスピードで走っていたので驚いた。

 水泳で最初に驚いたのは、男子100m自由形で金メダルの中国選手が腕が上腕で切断された姿で泳いでいたのを見たことだ。どうやってクロールができるのか不思議であった。

 平泳ぎでも日本の選手だったと思うが両腕なしで足のキックだけで頑張っていた。また、下半身麻痺の平泳ぎでは腕を使って水をかくだけでスピードを出していた。私など五体満足なのにとてもとてもあんなに速くは泳げなかった。

 選手の中には交通事故で腕や足を失った人が多かった。また生まれつき両腕がない人や両足がない選手もいた。そういう障碍のある人たちが健常者に負けない頑張りで競技をしている姿に感動をしたのであった。

 他にも車椅子バスケットやテニスを見たが素早い動きで競技をしているのは素晴らしいと感じた。

 放送を見ていて、障碍の程度によって、クラス分けがされていることへの解説が少なくて分かり難かった。「S4」などと言われても何のことやら分からない。サブタイトルで画面の下の方にでも説明が入れてあるとよかった。

 日ごろ身体障がい者と接することがなく、街中でも余り見かけないので、パラリンピックを通して様々な障害を持つ人たちが生き生きと活躍する姿を見るのは本当によかった。

 

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2016年9月14日 (水)

三菱東京UFj銀行DIRECTで振り込むのに3時間もかかった!!

 三菱東京UFJ銀行の(DIRECT)インターネットバンキングで振り込みしようと思った。前回に振り込みを利用してから半年か1年ぐらい経っていて久しぶりの利用であった。

 まず始めに振り込み手数料について確認をした。コンビニや三菱東京銀行のATMで振り込む場合、利用料が無料になるだけで振込手数料は無料にはならないことが分かった。そしてインターネットでやる場合は3条件に当てはまっていれば3回まで手数料が無料になることが分かった。そうした説明を丁寧に20分ぐらいしてくれた。

 そこで振込をしようとログインをしたが、以前はDIRECTのカードの裏に書いてある「2ケタの確認番号」を入れると振込が出来たのだが、しばらく使わないうちにやり方が変わってしまっていた。「ワンタイムパスワード」を入れてやるようになっていたのだ。

 そのやり方が分からないので、サポートに電話をした。するとワンタイムパスワードを利用するにはスマートフォンでアプリをダウンロードするか、カードを送ってもらうかの2つの方法があるという。

 私はiphoneを持っているので、アプリをダウンロードすることにした。ところがアプリのダウンロードの途中で分からないことが出てきた。それでまたサポートに電話をした。そして何とかダウンロードが出来た。

 iphoneからも送金できそうなのでやろうとしたら、登録してあるEメールアドレスが使えないので再登録を要求された。2年ほど前にアドレスを変更したのだが、訂正をしていなかったのだ。

 Iphoneから登録アドレスの変更をしようとしたがやり方が分からないので、またサポートに電話をした。そして新しいアドレスを記入して、確認のためのアドレスを記入したが、間違っているというメッセージが出た。2度やっても受け付けてもらえなかった。

 そこでまた電話をしてサポートを受け、今度はパソコンからアドレスの登録をやり直した。なぜかわからないが今度はうまくいった。それにしても登録の変更も大変分かり難かった。

 やっとiphoneから振込ができるようになった。まず、「ワンタイムパスワード」の取得を試みたがそれが解りにくいのでまた電話をした。その指示に従ってアプリのログインの画面に行った。そこでパスワードを入れてログインをせずに、その下にある「ワンタイムパスワードの表示」をタップするのだと言われた。タップするとワンタイムパスワードの数字が出たのでそれを紙にメモをした。

 振り込みはパソコンでやった方がよいと思い、パソコンでログインして振込の手続きをした。最後にワンタイムパスワードに記入画面でパスワードを記入し送信したが、間違っていると出た。2度記入し直したがやはり間違っていると出て、やり直しのメッセージが出た。

 またお手上げとなってサポートに電話をした。すると今度のサポートの人は、パソコンの画面もiphoneの画面もリセットするように言った。そして、先ず、パソコン画面からログインをして、振込手続きのやり直しをした。ワンタイムパスワード記入画面まで来ると、そこで初めてiphoneのアプリを起動して、ワンタイムパスワードの表示をさせた。そして数字の下にある制限時間のバーが動いて無くなるまでに記入をするのだった。制限時間は40秒ほどであった。

 今度はうまくいって振り込むことができた。振込が終了するまでに、何と3時間ほどもかかっていた。その間電話によるサポートの回数は7回にも達していた。ワンタイムパスワードに替わったのはよいが、こんなにも難しいので腹が立った。

 念のために尋ねたら、スマートフォンから振り込みをすると自動でパスワードの取得ができるということであった。

 

 

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2016年9月13日 (火)

増谷文雄「仏教入門」―㊶―

 五

 四諦の第四、道諦はつぎのごとく説かれておる。

「比丘等よ。苦滅道聖諦とは此の如し。八聖道なり。謂く、正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定なり」

 苦滅道聖諦すなわち道諦とは、苦の滅のために行われるべき実践に就いての真理である。それは八つの聖道から成っておる。

 八つの聖道は、普通には八正道とよばれ、また八直道あるいは八支とも言われる。この八正道は、四諦の体系の中にあっては、道諦の内容をなすものであるが、他面より見れば、これは仏教の実践的体系そのものであって、考え方によると、四諦の全体系はこの八正道に集中され、八正道の実践は四諦の眼目となるのである。それは古来より特に八正道を四諦から取り出して、四諦八正道と呼び習わしているのである。

 さて、八つの正道を順次に説明してみると、まず正見というは、広く言えば人生の正しい見方であり、具体的に言えば四諦の理を見極めることである。どうせ人生は果敢ないものであるから、できるだけ享楽しようというがごときは正見ではない。むしろ人生は短いからこそ、多苦なればこそ、正法に順って正しく意義ふかく生きたいと、正しい人生観をうち立てるのが正見である。

 正思というのは、四諦の理法を見て、思いを練り、真智を増長せしめることである。愛欲の思いに駆りたてられたり、瞋恚の念に人生の方向を見失ったりすることなく、一切の思惟をぴたりと正しい方向に集中することが正思である。

 つぎに正語というは、よく口業を修め、すべて非理の語をなさざることである。正語の対に邪語がある。仏教ではその種類と数えあげて、妄語、両舌、塵言、綺語とならべる。うそやでたらめを言ってはならぬ。心にもない世辞をいうことも善くないことである。それらを去って正しい語業につくのが正語である。

 第四には正業である。一切の邪業を除き、清浄の身業に住することである。生けるものを殺し、与えられざる物をとり、淫行に耽るなどのことは避けねばならぬ。それらの邪業をさけて清浄に就くのが正業である。

 次に正命というは、正法によりて活命すること、正しい生き方をすることである。正しい経済生活を営むことである。人を欺いたり、不正を行ったりして、財を得、命をつなぐことは邪命である。邪命をしりぞけて、正しい生活に就かねば、その精神生活もまた正しかることを得ないであろう。

 かくの如くにして、邪をしりぞけて、正に就かんことを務め、また未発の悪はこれを未発のうちに封殺し、未生の善はこれを助長して実現せしめるなど、自他の向上のために努力してやまざる態度は、正精進と名づけられる。精進とは、なまぐさいものは食わないことだけでなく、もっと広く、一切の正しい努力、それを精進というのである。

 また、正しい努力を進めるに就いては、思慮を正しくし、欲念を去り、不善の念を離れなければならぬ。この心がまえ、正道を憶念し邪念なきを正念と名づける。

 さらに最後には、正念に住し正精進に力め、仏道修業の究竟の目的を実現するためには、欲念を去り、瞋恚を去り尽くして、再び動揺することなき禅心を必要とするであろう。これが正定である。そして、正精進と正念と正定と、この三つの道における努力が、前後互いに相扶け相補ってすすむところ、仏法の大道は必ずや実現せられるであろうと教えられるのである。

 ※釈迦の教えの中核となる「四諦八正道」というのは、四諦の第四、道諦(苦滅聖道諦)の中の八正道を重要なものとして取り出して言っているのである。だから正しくは、三諦八正道と言うべきであろう。人の生き方としての道徳的な面を取り上げて教えているのである。

 大事なことは「諦」とは「見極める」ということである。物をなくして出てこないと「諦めろ」とか、失恋すると「諦めが肝心よ」などと使うが、それはもともとの「諦め」から変化して使われているのである。本来はしっかりと見極めた結果どうにもならないと知って諦めることになるのだ。

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2016年9月12日 (月)

増谷文雄「仏教入門」―㊵―

 四

 四諦の第三は、滅諦と名づけられ、釈尊によって次の如く説明せられておる。

「比丘等よ、苦滅聖諦とは此の如し。この渇愛を余りなく離滅し棄捨し定棄し解脱して執着なきなり」

 苦滅とは苦を滅する処方である。人生は苦である。苦は執着あるに依って有り、執着は渇愛あるによりて存し、渇愛は無明損するに依りて存する。されば苦を滅するためには執着を滅することが前提となり、執着を滅するためには渇愛を断つことが必要であり、渇愛を処理すべき方法は無明をなくすことより外にはない。

 無明をなくするとは、具体的に言えば、四諦を知ることである。人生多苦の真相に目覚め、この多苦の原因を洞見することが出来れば、ここに、この苦の処理のためには残りなく渇愛を捨離し、執着なきに到るより外に方途なきことが判然としてくるのである。この処理の方途を確立するのが、この第三諦である。苦を処理するには、その原因を処理せよという。至極平凡にして当然の考え方とも思われるが、人間愚凡の浅ましさは、この当然の考え方に徹することが容易なことではないのである。

 昔、ある男が、好物の蜜湯をわかしておると、そこに日ごろから世話になっておる人がやって来た。男は、「ようこそお出でになりました」と、いそいそと迎えて、早速つくり立ての蜜湯を差し上げようと思ったが、湯はたぎり立っていて、そのままでは熱すぎる。そこで彼は、団扇をもって来てばたばたと蜜湯を煽いだのだが、よほど周章ているものと見えて、釜をこんろから下すのを忘れていたのであった。

「どうしたというのだ。湯は一向にさめない」

煽ぎつかれて、彼はふと呟いた。それを聞いて客は、ぷっと吹き出してしまった。

「君はさいぜんから何をしておるのかと思ったら、さては蜜湯をさまそうというのであったか」

「さようであります」

「あほらしい。どんなに君が煽いだからとて、その蜜湯がさめる道理があるものか。釜の下には火がかんかんに燃えているでははいか」

「これは、これは」

 彼はやっと気が付いて、火のように顔を赤くしながら、そっと釜をこんろから下したのであった。

 これは古い経典のなかにある譬喩の物語であるが、この世の中には、こんろから釜を下すことを忘れている人が、何と多いことであろうか。

 人生は苦しい、内心の平和が得たいと希みながらあも、人生多苦の根源に鍬を入れようとするものは尠い。内心の安穏が得られないのは、欲望に駆りたてられているからだと知っても、つい欲望を甘やかしているのが人間のつねである。「法句経」の聖句にもいう。

「樹根害われずして固ければ、樹は伐からるるとも再び生ずるが如く、愛欲の執着断たざれば、この苦は再々生起す」

「愛欲の流れは至る処に流れ、愛欲の蔓は芽を発して茂る。この蔓の生ずるを見ば、智慧を以てその根を断て」

 苦の滅のためにはただ一路があるのみである。智慧を発し、渇愛を残りなく滅し、執着するところ無きに到って、苦は完全に解脱せられる。この方途を確認するのが四諦の第三諦である。そして第四諦にはこれが実践の方法、すなわち道諦が説かれておる。

 ※ここまでは釈迦の教えの中核をなす四八聖道のうち、四諦についての解説であった。次は八聖道についての説明がされる。

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2016年9月11日 (日)

コピー大国中国のスーパーコピーに驚く

 9月6日の「クローズアップ現代+」を録画しておいて見た。国谷裕子さんがキャスターを務めていた頃は、19時半からだったので楽しみにして見ていたが、夜遅い時間帯に替わってからはほとんど見ない。番組そのものが圧力によって”偏向”させられたと危惧するのも見ない理由の一つである。

  6日のクロ現は「潜入!闇のマーケット中国”超偽物”の衝撃」というタイトルに惹かれて録画をした。

  中国は昔からコピー大国で有名で、ありとあらゆるものがコピーされ海賊版として出回っている。この番組でも相変わらずあらゆる商品がコピーされて売られていると、ある商店の様子を映していた。

  今回は日本のキャラクターのフィギュアの偽物を中心に取材をしていた。冒頭で聖闘士星矢のフィギュアを並べて、どちらが本物かと尋ねていた。私はアニメやキャラクターには全く興味がないのでもちろん本物も知らない。しかし、素人が見ても区別がつかないほど精巧にできていることは分かった。スーパーコピーというのだそうだ。

 中国の製造技術が向上して、かつてのような一目で偽物と分かるものではなく、本物そっくりのコピーが出来るようになったのだという。

 それを可能にしたのは、3Dプリンターだというのだ。中国人の偽物造りは何でもできるとうそぶいていた。それに塗料などもよくなったそうだ。

 一見判別がつかない偽物を半額~1/5ぐらいの値段で売られてはたまったものではない。日本の製造業者は困惑している。それに日本が進出していない国に中国の偽物が出回り、本物扱いされているというのだからたまったものではない。

 中国の製造技術が向上したので、中国のブランドを作る動きもでて来たが、困ったことに中国製品を中国の偽物造りがコーピーしているのだそうだ。

 そこで中国政府は偽物追放に乗り出したが、なかなかうまくはいっていないようだ。おそらく中国人のDNAにこびりついた、儲かりさえすれば偽物造りでも何でもやるという精神があるからだろう。

 中国人コメンテーターは、7億人に上る低所得層がある限り、偽物への需要がなくならないと言っていた。偽物でも本物と変わらなくなってきたのは凄いことで、それなら何も高い本物をを買わなくてもいいということになるのだ。

 それにしても、iphoneのようなものから、電化製品、靴、衣料、玩具、文房具・・・・あらゆるもののコピー商品が作られ売られているのは見事!というしかない。

 30年ぐらい前に中国に行った時、偽物には気を付けるようにとよく聞かされた。絵画や骨とう品などは当時からそっくりに作られていた。あの兵馬俑のコピーも売られていて、1体12万円で買わないかと言われたこともあった。

 蘇州の有名なお寺で、大金で買ってきたものが、全て偽物であったという話を本人から聞いたこともあった。

 G20de議長を務めた世界第2位の大国の中国だが、スーパーコピー技術で相変わらずコピー大国であるのはいただけない。

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2016年9月10日 (土)

MEGA CRISIS 異常気象との闘い」を見て

 9月1日に放送されたNHKスペシャル「MEGA CRISIS 異常気象との闘い」を録画しておいて見た。

  いつの頃からか台風や落雷や竜巻などに因る被害が多くなり、今年も台風が初めて東北地方に上陸し、北海道をも2回も襲い、河川氾濫などで予期せぬ被害を蒙った。

  番組では、台風が発生する地点が北上してきていると言っていた。確かに今回の11号や9号、奇妙な動きをした10号など日本の近くでエネルギーを蓄えている。

  折も折り、中国の杭州ではG20が開催され、地球温暖化に関するパリ協定に、中国と米国が批准したことが発表された。京都議定書では米国は横を向いていたことから見ると大きな進歩ではあるが、遅きに失した感も否めない。

  かなり前から元米国副大統領のゴア氏は、地球温暖化について警鐘を鳴らしていた。米国にも先見のある人物もいたのである。

  地球温暖化が、化石燃料を燃やすことによる二酸化炭素の増大が原因であるという指摘は、20年以上も前からなされていたが、それを受け入れようとする空気は世界に少なかった。しかし、近年世界各地で気象異常による大災害が頻繁に発生するに及んで、ようやく認めざるを得なくなったようだ。

  番組でも取り上げていたが、米国西部での山火事、北極の氷河の溶解と崩落、凍土地帯の溶解によるメタンガスの発生などの他に、我々が知るだけでも、オーストラリアのブッシュファイアーやインド洋沿岸諸国の大氾濫、ヨーロッパでは大雨による大氾濫、アメリカや中国などの砂漠の増大・・・・いろいろ挙げられる。

  番組では凍土地帯の凍結が溶けることで、地中に閉じ込められていたあメタンガスが地上に放出され、それが地球温暖化にとって二酸化炭素の25倍も危険であると言っていた。地中に穴を開け点火するとボーッと火柱が上がる映像があったのには驚いた。

  凍土地帯は日ごとに溶けていっており、北極の氷も崩落を続けている。別の番組では、北極の氷山が溶けることによる海水面の上昇の危機を伝えていたのを思い出す。いずれは東京も水没するところが出て来ると言っていた。

  突然積乱雲が現れ、急速に発達し、猛烈な雨をもたらすことが各地で見られる。それについての研究が紹介されていたが、予測の実用化には10年ほどかかるという。

  一昨年ぐらいから見られる「これまで経験したことがないほどの大豪雨」という現象。災害大国の日本でさえも対処しきれないでいる。

  他には落雷について取り上げていた。私も落雷は大変恐怖を覚える。昔から「地震、雷、火事、親父」というように恐ろしいものである。その落雷が昨年名古屋では2000件以上あったというのだ。くわばらくわばらである。番組では落雷が信号機だけでなく、病院の医療機器やサーバーなどさまざまなところに致命的な被害を与えることを指摘していた。コンピューター化した現代ではその影響は私のような個人も含めて計り知れないのだ。

  この番組を見て改めて異常気象の怖さを知り、それに対する地球規模の対策が後手になっていることを残念に思った。しかし、こうなったのは自民党政権的表現をすれば、「自己責任」である。つまり地球から見れば、自業自得なのである。すべて人間が、もっと言えば先進国の人間が引き起こしたことなのである。

 地球温暖化をこれ以上ひどくさせない手立てを、先進国も途上国も真剣に取り組まなければ、ごく近い将来地球は大変なことになることを番組は警告している。

 

 

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2016年9月 9日 (金)

一流の人はいいことを言う

 朝日デジタルに世界最高齢のファッションモデルのダフネ・セルフさん(88歳)が来日して語った「真の美しさとは」という記事があった。それを読んでさすがに一流の人はいいことを言うと思った。

 「88歳の今もなお、一流ブランドのモデルやファッション誌の表紙などで活躍しているセルフさんは、英国在住の現役モデル。夫の死後にモデル復帰をはたし、70歳を境に世界から注目されるようになった。

 彼女の最大の特長は“年齢にあらがわない”スタイルで、シワやシミも『年齢を重ねた記録』『顔だけ隠しても体にたるみがあると一致しない』と語る。」

 最も美しい年齢の重ね方は自然体であることだという。だからセルフさんは年齢のまま皺もたるみも隠さずに見せている。

 アンチエイジングが叫ばれ、様々なサプルメントが売られ、人が若く見せたいという欲望に取り入ろうとする。ファッション誌などでは若く見せるために様々なデジタル加工がなされている。

「年を重ねて知識も増える。なぜ増えた知識を隠そうとするのかと私は思う」とセルフさん。人生で得た経験や知恵はその人自身の魅力であり、“若く見える”ことよりも大切な財産のはず。その魅力には目を向けず、「5歳若く見えること」に苦心するのは本当に美を求める行為と言えるのか…? セルフさんは、多くの女性たちに問いかける。

 「セルフさんはそんな時代に”NO”を唱え、過剰な写真加工はもちろんのこと、カラダそのものにメスを入れたりヒアルロン酸などの注入を繰り返す整形についても警鐘を鳴らす。」

 セルフさんは「自分らしくみせる必要があるのでやり過ぎはよくない。整形もし過ぎると表情が出なくなってしまう。きちんと笑えなくなってしまいます」と話す。

 そして「人生は冒険。自分を見つめてほしい。楽しいことは必ずしもあるわけではないけれど、私の大好きなフレーズ“キープスマイリング”で最大限に楽しむことが大切」と語ったそうだ。「笑顔にはフェイスリフト効果もあるしね!」と。

 私たちの合唱団では指揮者の先生からいつも「笑顔で!」と言われる。その指揮者は笑顔が素敵である。笑顔になるとフェイスアップしてよい声が出るそうなのだ。

 一流のファッションモデルでありながら自然体で老いることの大事さを説くセルフさんだからこそ説得力がある。私も何も特別なアンチエイジングはしていない。自然に老いて行くのが自然の摂理に適ったことだと思っている。

 彼女はまた次のようにも語っている。「年を重ねて知識も増える。なぜ増えた知識を隠そうとするのかと私は思う」と。人生で得た経験や知恵はその人自身の魅力であり、“若く見える”ことよりも大切な財産のはず。その魅力には目を向けず、「5歳若く見えること」に苦心するのは本当に美を求める行為と言えるのか…? セルフさんは、多くの女性たちに問いかけているそうだ。

 なお、セシルさんは幻冬舎から「人はいくつになっても美しい」という自伝を出版したそうだ。20年ぶりの来日はそのためだそうだ。

 「ファッションモデルダフネ・セシル 画像」の画像検索結果

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2016年9月 8日 (木)

全ての痔を経験

 5月頃からときどき便に血がつくことがあった。その内治るだろうと思っていたが、東京へ行った前後から毎日血がつくようになり、東京では一度便器の水に血が散らばった。多分自動車に毎日4時間乗って座っていたからだと思う。名古屋に戻ってからも便に血がつくようになった。

  私の便はそんなに固くはなく、自分では丁度良い柔らかさだと思っている。それに毎日2~3回排便をする。しかし、過去には痔で入院したことが3回ある。

  1回目は、40歳ごろでいぼ痔の手術をした。2回目はこともあろうに40代半ばで痔ろうであった。3回目は55歳ごろでいぼ痔であった。

  それ以後は痔にならないようにと気を付けていた。酒を飲み過ぎるとお尻が変な感じがすることがあった。でも、この歳になるまで痔にはならずに済んできた。

  ところが最近の出血で心配になった。それは大腸ガンである。もし大腸ガンだと検査が大変だし・・・・と、医者に行くのをためらっていた。そして薬局で座薬を買って来て1日1回座薬を入れていた。

  昨年の1月頃とか、4月頃とか、たまに便に出血しても、座薬を1~2回入れると止まっていた。でも、今回は5日ほど続けたが出血が止まらないので、とうとう医者に行く決心をした。

  我が家の近くには全国的に有名な肛門科の野垣病院がある。これまで入院したのはすべてこの病院であった。診察券を探すと25年前の紙の診察券が出て来た。それを持って病院に行ったら、さすがにこれは使えませんと言われた。もちろんカルテも残ってはいなかった。

  一番驚いたのは、病院の廊下や受付などが人で溢れていたことであった。こんなにもお尻の問題を抱えた人がいるのか、しかも昔より増えている!と思った。

  新来の受付を済ませると、意外にも早く呼ばれた。まず問診があり、看護師から詳しい症状や病歴を尋ねられた。そのあとそれほど待たずに初診室に呼ばれた。

  ベッドの上でお尻を出して横になると、直ぐに医者が肛門に指を突っ込んでグルグルと回して触診した。そして「切れ痔です」と言った。それを聞いて私は今度は切れ痔か、これですべての痔を経験することになったと思った。でも、大腸ガンではなかったのでよかった。

  医者は、切れ痔は治りにくいと言った。そしてシャワートイレの使い方を気を付けるようにと言った。私は最初の入院の時、病院で経験したシャワートイレが気に入って、退院後すぐに伊奈のシャワートイレを設置した。その頃はまだ一般家庭では使われていなかった。

 医者は肛門からシャワートイレの水が入っているから、水勢が強く、また使用時間が長いようだといって、使い方を書いた紙をくれた。それによると、一番弱い水勢で、10秒~20秒と書いてあった。そういえば以前「ためしてガッテン」でシャワートイレの使い方に気を付けるように取り上げていたことを思い出した。

 医者はまた、便を柔らかくする薬を出すと言った。私の場合、便は柔らかいと言ったが、医者はもっと柔らかくしないと治りにくいと言った。

 その他に浣腸のような柔らかい座薬を処方された。朝、晩2回使用するのだそうだ。

 帰宅後、「切れ痔」について調べたが、思い当たることはほとんどなかった。ただ、パソコンの前に坐ることが多いので、肛門を圧迫することぐらいであった。

 とにかく、いぼ痔から始まって、痔ろう、切れ痔とすべてを経験することになった。かねがね私は「じぬし」だと冗談を言ってきたが、「地主」ならぬ「痔主」ではどうしようもない。

 

 

 

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2016年9月 7日 (水)

凄い労作―参院選テレビ報道検証―⑧

6、選挙報道に望まれること――抜本的に考え直すべき番組編成

 

 選挙のあと713日の毎日新聞は「参院選TV報道3割減」という見出しで、調査会社エム・データの調査結果を伝えた。NHKを含む在京地上波6局の選挙関連放送時間が、前回2013年の参院選の35時間57分から26時間1分に減少した、としている。

 この調査は我々のモニター活動の実感と符合している。しかし、私たちは、何割かの増減というレベルではなく、もっと根本的にテレビにおける選挙報道のあり方を転換すべきであると考えている。当会はこれまで数多くの選挙報道モニター報告で繰り返しこのことを提起してきた。

  2014年の総選挙報道モニター報告書では、次のように主張した。今回の参院選報道でも全くあてはまる提起と考えるので、少し長いがそのまま引用したい。

 「……全体としては選挙報道の量と質は圧倒的に不足していたと言わざるを得ない。

 各政党の主張をもっと時間をかけて伝えること、さらに政治家の「ことば」を伝えるだけでなく、選挙の争点とのかかわりで国内外の現実を取材し、視聴者の判断に資する材料を豊かに提供すること、さまざまな主張を持つ識者や、市民の声を広く丁寧に伝えること、などが求められる。

 この課題を実現するためには、ニュース番組の中の選挙報道時間を拡大するとともに、関連の特集番組を多く編成する必要がある。しかし、選挙期間に入っても、テレビは膨大な量のバラエティ番組、紀行、グルメ番組などで埋め尽くされていた。

 解散から投票日まではそれほど長い日数ではない。この時期を番組編成の特別な期間と考え、選挙報道を抜本的に拡充すべきである。……」

 2014年総選挙・テレビ各局ニュース番組を検証する」201529日) 

  選挙報道の拡充については、たとえば次のような量的拡大が図られるべきである。

 NHKは長時間の市民参加のスタジオ番組の実績がある。民放では「24時間テレビ」など、「テレソン」のノウハウがある。スタジオを開放した政党と有権者の長時間の対話、争点ごとの政党討論の開催、各政党の公約に関する政党別の対話集会、ローカル番組での選挙区の候補者の長時間の記者会見、等々、さまざまなアイディアが検討されるべきである。

  こうした討論に応じない政党があれば、そのことによって企画を中断するのではなく、出席が拒否された事情を有権者に公開すればよいのである。

 選挙関連番組は視聴率がとれない、というテレビ局の意識や、「公平中立・公正な報道を」という自民党のテレビ局への圧力(201411月)などの影響で、選挙報道がじりじり後退していく現状は憂慮すべきものであり、視聴者として容認することができない。

 放送は、国民の共有財産である電波を占有することから公共的なメディアという性格をもっている。これはNHKだけでなく、民放にも当てはまる。

 放送法は、法の目的を、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資すること」(第1条3号)と規定した。そもそも放送には、「民主主義に資する」任務があることを明言しているのである。

 選挙報道は、放送が民主主義の発展に貢献するもっとも重要な機会である。この精神からすれば、選挙報道を現状のままにとどめるべきではない。これが今回のモニター担当者の一致した見解である。

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2016年9月 6日 (火)

悪をのさばらせる結末が気に入らない映画「後妻業の女」

 たまたま見た9月2日の「NHKアサイチ」に豊川悦司が出ていた。後で分かったのだが映画「後妻業の女」に結婚相談所長として出たのであった。大竹しのぶが後妻業の女を演じる喜劇だというので観に行くことにした。

  結婚相談所長柏木(豊川悦司)と早くに夫を亡くした小夜子(大竹しのぶ)という美貌で奸智にたける女が手を組んで、結婚相談所にやってくる金や資産がありそうな男を陥れ、結婚または内縁の形で一緒になり、資産を狙うのだ。

  ドラマは9番目の夫となる、津川雅彦演じる元大学教授中瀬耕三とその次女朋美(尾野真千子)、長女尚子(長谷川京子)を巡る部分が中心となる。

  小夜子は耕三が脳溢血で入院し危篤となったとき、しめしめと思う。そして必死になって金庫の鍵を探すが見つからない。柏木に鍵師が紹介してくれという。柏木は立ち会うことと取り分の半分を貰うことを条件に鍵師を紹介し、金庫から通帳などを取り出すのに成功する。

  ところが耕三は奇跡的に持ち直す。そこで柏木は濡れタオルでもかぶせて殺せという。小夜子は点滴の管に空気を入れる。それで耕三は亡くなる。葬式では小夜子は喪主を務める。

  柏木とその知人のクラブ経営者を証人に作成してあった公正証書によって小夜子は遺産を全額相続すると宣言する。それについて疑問に思った次女の朋美はクラスメイトの弁護士に相談をする。弁護士は元警察官だという興信所探偵の本多(永瀬正敏)を紹介する。

  本多はいろいろと調べ小夜子が関係した9回の結婚について調査をまとめる。その過程で小夜子のこれまでの後妻業としての悪事の実態が解って来る。柏木と小夜子は少なくとも3人は殺しているのだ。だが本多はそれを弁護士に報告せず、それを元に柏木に5千万円で資料を売ることにした。柏木は本多を殺すことにし、小夜子の息子にそれをやらせる。

  息子は本多を殺すことに失敗する。そして母親の小夜子の所から逃走の金を取ろうとしたのを見つかり母親ともみ合いになる。そして小夜子は死んでしまう。柏木は小夜子をスーツケースに入れて捨てようとし、二人で車に積む。そこへパトカーが通りかかり不審に思われる。万事休すというときにスーツケースが動き出す。開けると何故か生き返った小夜子が現れる。

  娘の朋美は偶然に父親の引き出しから遺言書を見つける。そして遺留分としての遺産が貰えるので喜ぶ。

  最後は小夜子と柏木が元のように結婚紹介をするところで終わっている。

  この映画は、小夜子が10回の結婚詐欺を柏木と手を組んでやっていく過程の様子を喜劇タッチで描いている。また、登場人物が本多や鍵師や獣医などみな一癖ある人物ばかりで、女好きの柏木に絡む女も自分の利益を第一に考えている連中である。10番目鶴瓶が演じる不動産屋も一筋縄ではいかない男で、小夜子はやられてしまう。

  そうしたあわよくば騙してやろうと言うあくどい人間関係を面白く描いているのだが、結末が殺人の悪事を働いた柏木と小夜子やそれにつけ入った本多が法的に処罰されるのではなく、逃れてまた悪事を働く道にいることが納得できない。してやったりという終わり方なのである。

 婚活という言葉を聞くようになって久しい。今では若い人だけでなく、熟年、高齢者のための婚活も増えている。結婚相談所は全国に4000社、利用者は60万人と言われている。

 「熟年離婚」が増える一方で、未婚の中高年男性も急増してる。50歳の時点で一度も結婚経験がない男性は、2010年時点で5人に1人、1995年から2倍以上も増加したという。

 また、65歳以上の一人暮らしは約600万人、男性の5人に1人、女性の2人に1人が独身だそうだ。それで、50代以上の世代による「熟年婚活」が急増しているのだ。離婚後のセカンドライフを楽しみ新たなパートナーを望む人々や、未婚の中高年男性をメイン顧客とした熟年層向けの結婚相談所や婚活サービスが増えている。

 そうした風潮をうまく利用して、結婚相談所で効率よく相手を見つけ、資産を狙って結婚詐欺を働く犯罪が現れた。それを“後妻業”といい、それをテーマにして作られたのが「後妻業の女」である。京都で起きた事件は誰の耳にも記憶されていよう。

 大竹しのぶ、豊川悦司らも好演である。熟年、高年婚活へのある意味で警鐘を鳴らした映画だともとれなくはないが、悪が懲罰されず生き残る描き方には賛成できない。

 ここまでで終わるつもりでいたが、たまたま書店で「後妻業の女」という文庫本を見つけた。映画の原作になったもので著者は直木賞作家の黒川博行の受賞第1作である。

 結末がどうなっているか気になったので最後の方を読んでみたら、何と小説では、柏木がパトカーに見つかったときに逃げようとしたが捕まったのだ。そしてスーツケースを開けると、中から小夜子の死体がでて来たのだ。

 小説はそこで終わっているが、それが普通というものであろう。映画ではどうして小夜子を生き返らせ、柏木たちものさばらせたのであろうか?鶴橋康行監督が結末を変えたのであろう。原作者はどうして不自然な結末を許したのであろうか。

「後妻業の女 画像」の画像検索結果

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2016年9月 5日 (月)

凄い労作―参院選テレビ報道の検証―⑦

5、政治的公平性への疑い――大政党に有利な扱い

 これまで、当会の選挙報道モニター報告で繰り返し主張してきたが、各政党の扱いに関して大政党偏重の時間配分が常態化しており、政治的公平性の上で問題がある。

 特にこの傾向はNHKニュース番組に顕著であった。あたかも議席数を反映したかのような時間配分の偏りが続いている。

政権与党、大政党の主張や動向の紹介が他政党より長くなることは、その政党の政策が有権者の生活に大きな影響を与えることや、関心の高さから言って,あり得ることであり、大政党も少数政党も、機械的に全く同じ時間配分にすべきだ、と主張しているわけではない。

 しかし、現状のようにこれほど大きく差をつけるのは、政治的公平性という点で問題と言わざるを得ない。

 例えば「ニュース7」の各党の公約紹介時間は、民進党は5分だった。5分あればかなりの内容が伝えられる。実際にもナレーションで主たる政策項目を紹介するとともに、記者による解説も付き分かり易いものになっていた。しかし新党改革は16秒だった。これではほとんど政策項目の羅列で終わるしかなかった。

 これから政党選択の判断をしようという有権者にとって、選挙公約の重要性は大政党と少数政党で違いがあるものではない。この差は問題だった。

 また6月22日、公示日の「ニュース7」では、 各党首の街頭第一声が自民党13秒に対し、新党改革は19秒。また、同じ日の「各党首に聞く」の時間配分でも政党間で大きな差があった。党首へのインタビューの時間配分は以下のとおりである。

 自民党安倍総裁 22分 民進党岡田代表 123秒 公明党山口代表 8分、共産党志位委員長 7分 大阪維新の会松井代表 555秒 社民党吉田党首 417秒 生活の党小沢代表 345秒、日本のこころ中山代表 421秒 新党改革荒井代表 148秒。

 これでみるように、安倍総裁インタビューが22分で、新党改革荒井代表は148秒というのはあまりに差がある。

 「ニュースウオッチ9」は、7月4日から恒例の「党首を追って」を放送した。各党の時間配分は、以下の通りである。

 自民党安倍総裁 532秒 民進党岡田代表 43秒 公明党山口代表 3分1秒、共産党志位委員長 230秒 大阪維新の会松井代表 216秒 社民党吉田党首 133秒 生活の党小沢代表 132秒、日本のこころ中山代表 1分18秒 新党改革荒井代表 13秒。小政党は自民党の3分の1以下となっている。

 この傾向は民放ニュース番組にも見られるが、現状のような選挙報道では大政党はますます有利に、少数政党はますます不利にならざるを得ない。選挙では各政党が平等にスタートラインに立つことを考えると、選挙期間中はとくに政党の扱いに公平を期すべきである。少なくとも公約の紹介や党首の演説は時間差を設けるべきではない。

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2016年9月 4日 (日)

凄い労作―参院選テレビ報道の検証―⑥

4、選挙「情勢報道」の偏重 「18歳選挙権」関連報道の問題

 

テレビニュースをモニターする中で選挙報道には2つの分野があることが明らかになった。

 一つは、選挙に関連する社会の動きや話題、政党、政治家の動向を伝える「選挙情勢報道」であり、もうひとつは、選挙の争点に関して有権者の判断の材料を提供する「選挙争点報道」というべきものである。

  本報告書の立場では、選挙報道としては後者の「争点報道」が重要であり、選挙報道の中核でなければならないと考える。しかし、実際の報道は、選挙関連の話題、トピック紹介に多くの時間が充てられており、「争点報道」が後退しているという実態がある。

  このことを象徴的に示すのが、「18歳選挙権」に関する報道の多さである。

  各番組を見てみよう。

 「ニュース7」 617日「578校で政治活動の事前届け出制」 619日「高校に期日前投票所」。

 「ニュースウオッチ9」615日「海洋実習生の投票」 617日「懸念強める学校現場」

 622日「政策を知る特別授業、模擬投票」623日「18歳の期日前投票」74日「俳優広瀬すずの期日前投票。中央大学のイベント。マンガ誌の特集」

 「NEWS ZERO」627日「18歳、19歳の不在者投票のしくみ」 74日「うきは市長選挙の18歳の投票」 75日「18歳“選挙への不安”」

 「報道ステーション」622日「選挙に望む1819歳の声」 71日「大学生のNPOが高校で授業。候補者が生徒と対話。街の青年たちの声」 78日「高校で模擬投票」

 EWS23」7月6日「18歳歌手が迎える選挙、学校現場で“困惑”も」 78日「ティーン票の行方。各党の若者対策」

 「みんなのニュース」619日「政治に関心を、様々な取り組み。お笑い芸人の授業。高校で模擬投票」630日 「イギリス国民投票 若者たちの投票率の低さ」

 78日「若者向けネットサービス」

  これらの報道が意味がない、と主張するものではない。18歳、19歳の若者に、政治に関心を持ってもらうための教育現場の真摯な取り組みが紹介されている。投票を呼びかけるタレントやNPOによる活動の報告も胸を打つものがあった。また選挙に関する青年たちの迷いや戸惑いなどの率直な声も伝えられている。

  18歳選挙権が認められて初めての国政選挙であるため、このテーマでの放送が多くなるのはあり得ることだが、一方で「選挙争点報道」が貧弱という傾向も否定できない。18歳選挙権の問題だけでなく、選挙情勢や話題、トピックに焦点を当てた報道が他にもかなり多くなっている。

 モニター担当者からの報告でも、選挙の「周縁」の動きの報道が多い現状に疑問の声が上がっている。このような選挙報道でよいかどうか、選挙争点報道とのバランスで検証が必要であり、視聴者の批判も必要である。

 

 

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2016年9月 3日 (土)

便利になった敬老パス

 名古屋市の敬老パスが9月1日からICカードになった。つまりこれまであったマナカと同じものになったのだ。事務の都合上からか、生まれ月でICカードに切り替わるのが異なっていて、私の場合は9月1日からだが、妻はまだ先のようである。

 私はICカードに切り替わるのが待ち遠しくてならなかった。これまでのはパスケースから取り出して改札機に通さなければならなかったからだ。

 私はマナカができたときにマナカを買ったので、名古屋市外で名鉄、JR、近鉄などに乗る時や、東京に行って、電車やバスに乗るときにいつも使っていた。先日など新宿駅でコインロッカーに荷物を預けたのだが、ICカードが使えると書いてあったので、試しに使って見たら、実に簡単であった。カードを当てるだけでロックされ、カードを当てるだけで解除され、料金が引き落とされるのだ。

 パス入れに入れたまま、タッチするだけなのだ。パス入れにはキャッシュカードやテレホンカードを入れてあり、鍵もくっつけてあるが問題なく使える。

 待望の9月1日になったので、地下鉄の駅に行って、駅長室でマナカの解約をすることにした。調べてもらったらSF(現金)はまだ6300円余り残っていた。解約手数料が620円ほどかかるから、コンビニなどで使い切ったら・・・と勧められたが、2枚は要らないので解約をした。

 解約には身分証明をするものが必要だが、運転免許証を呈示すればよかった。マナカを作ったときに預り金500円を渡してあったのでそれも戻ってきた。結局手数料212円で6350円戻った。

 すぐに器械で6000円チャージをした。そして改札でタッチをして中に入った。SFは6000円と表示されていた。

 現金のチャージはバスの中でもできるそうだ。現金を入れておけばマナカの使える店で使えるし、JR,名鉄、東京、大阪などでも使えるのでとても便利である。

 敬老パスを使うようになって15年にもなるが、やっとICカード化されたのだ。今回は初めて敬老パスを貰った時と同じぐらい心がときめいた。

 使いやすくなった敬老パスで高齢者も外出が前より楽しくなったから、大いに出かけて元気に寿命を延ばすであろう。他都市の敬老パスのことは知らないが名古屋の敬老パスは大変便利だと思う。

敬老パスの見本画像

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2016年9月 2日 (金)

凄い労作―参院選テレビ報道検証―⑤

 

3、争点の伝え方――アベノミクス、社会保障ほか

 

 改憲問題と並んで、各局が争点とした「アベノミクス」についての報道はどうだったか。

 「ニュースウオッチ9」627日、争点の第1回として約12分「経済政策・アベノミクス」を取り上げた。

 番組はまずアベノミクスのおかげで最近業績を上げているとする企業を取材、賃上げが連続していると紹介した。一方で商店街を取材、消費が伸びず、売り上げが減少し、経営が苦しいという商店主の声を伝えた。

 解説した経済部の記者は、アベノミクスによる大胆な金融政策は円安を促し、多くの企業で業績が上向き、雇用も改善した、と指摘、「安倍政権は、企業の収益が増えると、賃上げにつながり、それが消費を拡大させる、という経済の好循環を目指している、しかし、現状はまだ道半ばといえる」と解説した。

 記者は続いて、「アベノミクスの最大の誤算が、個人消費の低迷で、家庭の消費支出は8ヶ月連続のマイナス、これは実質賃金のマイナスが続いていること、将来への不安から、若い層を中心に消費が勢いづかないことなどが、消費低迷の背景にある」と解説した。

 一応バランスが保たれた解説と言えるが、アベノミクスそのものを問う、というスタンスはなく、「道半ば」という政権の主張がそのまま取り入れられていることに違和感があった。

 経済政策の検討では、深刻な問題となっている貧困格差の実態と政権の企業優先の経済政策との関係が問われなければならないが、そのような視点は希薄だった。

 「報道ステーション」75日に5番目の争点として「経済政策」を11分弱の時間で取り上げた。

 番組はまず景気回復の実感がないという回答が78%を占めたアンケートを紹介、消費の現場を取材した。少しでも安いものを手に入れようとする市民のすがた、節約で買い控えをする傾向、「先行き不安で、お金は使うより貯金して貯めなくては」という声を伝えた。

  後藤謙次コメンテーターは「需給のギャップの中、依然将来への見通しが不透明、イギリスのEU離脱という不測の事態が起き、外的影響の増えるなかで、日本の経済はどこまで、やっていけるのか、内需主導型の新たな経済政策の転換が課題、という大きな壁にぶち当たっている」とコメントした。

 アベノミクスでうまく行っている側面と、否定的な面とをバランスをとって伝えるのではなく、重大な問題である消費の低迷に焦点をあてているのは、最初のアンケート内容からの展開として説得力があった。

 「NEWS23」は、77日に争点として「経済政策」を8分程度で取り上げた。

 まず有効求人倍率の改善のデータをあげ、「売り手市場」の状況の中で就職を決めた学生の社内研修を取材している。

 一方でアベノミクスの恩恵を受けない非正規の労働者の、将来の見えない状況も紹介した。正規雇用を求めているが実現せず、収入が不安定で、結婚もできない、という切実な声を伝えている。

 選挙報道においては、争点に関わる社会の現実をどれだけ調査し、報道できるかが問われる。その意味で、非正規の労働者の、将来に希望のない実情を紹介したことは同種の報道が少ない中で評価できる。

  しかし、非正規の増加を参院選の「争点」とするなら、この状況とこれまでの政策との関係が論じられなければならない。就労者の4割が非正規という異様な状態は、自公政権が制度的に作り出してきたものだった。

 この政策が正しかったのか、という視点が必要だが、まったく言及がなかった。冒頭に「争点」と紹介しておきながら、現状の報告のレベルにとどまっているのは惜しまれる。ただ、こうした傾向は、「NEWS23」にとどまらず、多くのテレビニュースに共通の弱点だと言えよう。

  

この他、「ニュース7」、「NEWS ZERO」「みんなのニュース」では、各党の主張の並列はあるものの、番組独自にアベノミクスを争点にしたコーナーは見当たらない。

 

アベノミクスの検討という重大なテーマで、上記3番組のそれぞれ1回程度というのは十分とは言えない。ここにも選挙報道の量の少なさが影を落としている。

 

 

 

 もう一つの重要な争点である「社会保障」については、独自でこのテーマを設定したのは「ニュースウオッチ9」と「報道ステーション」の2番組にとどまっている。

 

「ニュースウオッチ9」628日の放送で、待機児童が全国で45000人余りであり、52万人が特別養護老人ホームの入所を待っている、というコメントから始めて、二人の女性記者が、保育の現状と特別養護老人ホームの現状を報告した。その中で、保育園を探し続けている母親の苦境、全産業平均より11万円も低い保育士の給与、介護施設での深刻な人手不足と、40歳で22万円という給与の低さなど、厳しさを増す社会保障の現場をリポートした。

 

 

 優れたリポートだったが、番組はこのあと問題を財源問題へ移行させてしまった。提起されている問題に関しては、財源があろうとなかろうと本来保障しなければならない、という視点が一方で必要であったが、キャスター、記者にそのような姿勢が感じられなかった。

 

ただ、同種の調査報道が極めて少ない中で、この日の「ニュースウオッチ9」の内容は光るものがあった。

 

 

 

「報道ステーション」は、623日、「社会保障と財源」というテーマでこの争点を取り上げたが、各党の財源対策の主張を並べたにとどまり、局独自の取材はなかった。

 

ただ、「報道ステーション」は、628日に、4番目の争点として「低年金・無年金」の問題を取り上げている。

 

この番組は、最初の消費税引き上げ延期の時、横浜に住む無年金の夫婦を取材していた。

 

保険料の納付期間が夫14年、妻19年だったが、この時も受給資格の短縮見送りで、年金を受け取れなかった。1年半後、再度取材が行われ、夫は昨年74歳で無年金のまま亡くなっていたことが明らかにされた。73歳の妻は老人福祉施設で働き続けるが、収入は手取りで14万円、家賃や介護保険料を払うとギリギリの生活であること、この女性のような無年金者は全国に17万人いることが報告された。このような調査報道は貴重なものと言える。

 

 

 

 このほか、提示すべき争点として、原発災害の現状、再稼働の是非、沖縄辺野古新基地建設問題など重要なテーマがあったが、激戦区のリポートで触れられるにとどまり、時間をかけた争点提示はほとんどなかった。

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2016年9月 1日 (木)

凄い労作ー参院選テレビ報道の検証―④

「NEWS23」は6月29日、8分程度で憲法問題を取り上げた。憲法を学ぶ集会での「緊急事態条項」に関する講師の「これを入れられたら終わり、というくらい恐ろしいもの。憲法改正は隠されたメインテーマ」という言葉を紹介した。

 メインキャスター星浩氏は、「星浩の考えるキッカケ」のコーナーで、国民の憲法尊重義務を定めた自民党改憲草案と現憲法を比較し、立憲主義について「与野党でよく検討してほしい」と提起した。

 これらの指摘は意味があるが、肝心の緊急事態条項の内容は示されず、9条の改変、国防軍の創設、表現の自由の制限、といった自民党改憲草案の重要な内容は伝えられていない。安保法案に批判的姿勢を貫いた「NEWS23」としては、憲法問題の放送がこの程度で1回しかない、というのは前年度までの「NEWS23」からの後退というべきである。

 「NEWS ZERO」は、投票日直前78日、ようやく憲法問題を取り上げた。

 番組では、各党の「憲法改正」のスタンスを比較したあと、村尾信尚キャスターが「仮に“改憲勢力”が3分の2をとって、国会で本格的に議論が始まっても、この参院選で有権者の考えを具体的に聞いていない以上、この議論には限界がある」と指摘した。

 このコメントはキャスターの一定の良識を示したものといえる。しかし、6分間の放送はあまりに短く、各政党の主張を並べるだけにとどまり、改憲内容の検討までには至っていない。

 「憲法改正」に関する選挙報道で最大の弱点は、この問題が一般的な「憲法改正」という用語で伝えられ、その具体的内容が追及されなかったことである。

 強力な改憲勢力である自民党は、すでに憲法改正草案を発表しており、その内容は明確である。改憲派の中で、自民党の主張は、改憲を推進する現実的な力を持ったものとして他党とは比較にならない重さがある。争点として取り上げるのであれば、自民党が憲法の何を改定するのかの情報が報道の核心でなければならなかった。

 「憲法改正」という一般的な争点があるのではない。最大与党の自民党が何を変えようとしているかが争点だったはずである。

 しかし、自民党改憲の具体的な内容をあげて争点として提示する番組は「報道ステーション」以外にはほとんどなかった。情報量の不足と相まって、この点が「改憲問題」の報道の基本的な問題点であった。

 もう一つの弱点は、これほどの大きな争点でありながら、「報道ステーション」以外の番組は、改憲問題にかける時間量が68分程度で、内容的に不十分だったことである。

 NHKは、「ニュース7」では扱わず、「ニュースウオッチ9」では実質7分程度だった。このNHKニュース2番組の姿勢には大きな疑問が残る。

 なお「改憲」という争点に関連して、32の選挙区で成立した野党共闘の評価については鋭い対立がみられた。自公は「野党共闘は政策が違う政党の野合」と非難し、野党4党側は「安保法廃止、立憲主義回復」という大義で合意した共闘だと反論した。

 報道は、野党共闘に注目して、1人区の取材も行い、党首討論や街頭演説で対立する主張を伝えた。しかし、全体を通じてみると、有権者がこの対立について判断するための情報が十分に伝えられたとは言えない。

 この共闘には、政党だけではなく、安保法に反対した全国的な市民運動の関わりが大きかったが、こうした市民の動きや、野党4党と市民連合が具体的な政策で合意していたことなど、重要な事実がほとんど伝えられなかった。争点の背景に何があるかを伝えるという点で問題を残した経過と言える。

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