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2016年8月19日 (金)

反戦平和や反核や9条を守れを言えない空気

 前に自民党がホームページで教員の指導について調査をしたことを取上げた。平和教育などを偏向教育とみなし、そういう指導をしている教員を知らせるようにと密告の記入ホームを設置したのだ。

  自民党が平和、反戦、反核などの動きを警戒するのは分かる。彼らがやってきた特別機密保護法、集団的自衛権行使容認閣議決定、安保法制強行採決、武器輸出三原則改定、原発推進などに反対を唱えるということだからだ。

  第3次安倍政権になって、稲田防衛庁長官や高市総務相や丸川五輪相を始めとして、極右と評される人物を閣僚に配し、憲法改定や安保法の実行に万全の態勢をとった。

  そうした中で反戦、平和、反核などを掲げたり、言ったりするには勇気がいるような状況が作られてきているようだ。

  現在発売中の「女性自身」誌の「みんな、声をあげて! 命が押し潰される前に」の中で、、あの吉永小百合さんが政治思想学者・姜尚中氏の対談。冒頭、吉永さんは自身のこんな体験を語っている。
 「私は若いころ、母に『なぜ戦争は起こったの? 反対はできなかったの?』と質問したことがあるのです。
 そしたら母は、ひと言『言えなかったのよ……』って。言えないってどういうことなんだろうと、その時には理解できなかった。けれど最近、母の言っていた意味がわかります。今の世の中を見ていると息苦しい感じがして」永小百合さんは、週刊女性自身誌でそうした空気について語っている。

  戦争前、戦時中は、反戦を唱えれば「危険思想の持ち主」として、すぐに特高がきてしょっ引かれたのだ。家族の間でも話すことはできなかった。

  この8月、東京・東池袋の新文芸坐では「反戦・反核映画祭」と題して、21日までの期間中、戦争や原爆の実態を描いた日本映画約30本を上映している。劇場支配人はマスコミの取材に対し「反戦・反核という言葉を使うことにも勇気がいるような、嫌なムードになってきています」と語っている(中日新聞7月19日付)。

  吉永さんはそうした話を姜尚中さんに紹介して、「そんな時代になったのか、と改めてショックでした」と心境を吐露している。姜尚中氏も「政治や平和を口にする人は、特別な主義主張を持った人ではないかと思われてしまう。言論の自由があるのに、政府に反対の意志を示すようなことを言ってはいけないのではないかと」と応じている。

  8月9日の長崎平和祈念式典で、安倍首相が登壇したときに参列者席から「改憲反対」の声が上がった。その人はマスコミも見ている中で警察に連行されたのだ。首相の演説に野次を飛ばすのは広島でもあったが、警察に連行されることはなかったという。

  非常に残念なのは、一部始終を見ていたマスコミが、ただ1紙長崎新聞を除いて何も報道しなかったことだ。読売・産経は無視するだろうが、朝日も毎日も中日も知らん顔であったことだ。マスコミもこ最近ではここまで堕ちてしまったかと嘆かわしい。

  その他にも、最近では、奈良市で毎年開かれる「平和のための奈良市戦争展」に対し、市側が例年行ってきた「後援」を取り消すという事態も起きているそうだ。その理由は「米軍『NO』などと記した挿絵があり教育的中立性が順守されない」ということだ。言論の自由、表現の自由はどこに行ってしまったのか。

  戦前もそうであったように、こうして平和・反戦・反核・憲法9条を守れなどを叫ぶ人たちを「偏向」と決めつけ、あたかもいけないことをしているように扱う風潮が、次第にエスカレートして物を言えない状況をつくりだしていくのだ。

 そうなってからでは手遅れである。だから吉永さんは「私たちが『戦争は、嫌だ!!』としっかり言わないといけない。そう思っている方たちは声に出して!と願っています」と訴えている。

 市井の一個人である私がblogで平和・反戦。反核・9条を守れと訴えるのも吉永さんと同じ気持ちだからだ。そういう声が広がって行くことを願ってやまない。

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コメント

戦争はだめだけど、中国や北朝鮮は戦争やる気満々だからねぇ。
日本がフィリピンやベトナムの様にならないか不安です。

15日付の米紙ワシントン・ポストが、オバマ米大統領が核兵器を最初に使わない先制不使用宣言を検討していることについて、安倍総理がハリス米太平洋軍司令官に反対の意向を伝えたと報じたことが話題になっている。北朝鮮などへの抑止力が低下し、紛争リスクが高まる懸念があるを理由としている。唯一の被爆国として核なき世界を目指すと広島長崎の平和宣言で毎年高らかに謳いあげている日本の総理が核の先制不使用宣言は困るとアメリカにお願いするのは悪い冗談ではないかと耳を疑ってしまう。日本国民の生命と財産を守る最終責任は私にある。私は理想主義者でもなく、宗教家でもない。きれいごとでは平和は維持できない。理想は理想として、現下の国際情勢を踏まえた現実的な政策が必要だとの総理の声が聞えてきそうである。

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