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2016年8月23日 (火)

増谷文雄「仏教入門」―㊳―

 生老病死の四つの苦のほかに、釈尊はもう四つの苦をあげておる。愛する者んい別れるのも苦、これを漢訳では愛別離苦という。愛せざる者に会うも苦、これを怨憎会苦という。願うところの達せざるも苦、これは求不得苦と言われる。そして最後には、人間のさまざまの執着はみな苦であるとする。これを五蘊集苦という。そして、この四つに前の四つを加えて八苦となし、前に四苦に、全部の八苦、それを四苦八苦というのである。

  無論、人間の苦しみは、この四苦や八苦に限ったものではない。時代が移り、世の中が複雑になって来ると、苦の様式にもいろいろと新しいものを生ずるであろう。それは兎も角、人生は苦しみの多いところである。その事実を見極めることが、釈尊の宗教における出発点となるのである。

  むろん、この世の中には悦ばしいこともあり楽しいこともある。それは釈尊もまたもとより知らないではなかった。だが、本当に人生の真相を洞見したものは、ただ悦ばしい楽しいでは済まされない。

  時間の世界に於いては、一切が無常である。ここに因縁理法の核心がある。これを人生の喜怒、哀楽、得失、利害と、あらゆる位相に当ててみると、そこに人生の真相の洞察が生まれてくる。

  愛する者に会うよろこびがあればこそ、愛するものと別れる悲しみもあるというものだ。歓楽きわまるところに、哀感はおのづから湧いてくるものである。楽しいと思うからこそ、楽しみに執着する心がやがて苦しみを齎すのである。この人生の機微が理解さるれば、やがて、人生は結局苦しみだということが、しみじみと解って来る。また、それとともに、人生の苦しみはどおからくるかということも、ほのかに見当がついて来るであろう。それが解って来れば、四つの真理における第二のものも、おのづから理解せらるる筈である。

 四苦八苦という語句は日常生活において何かをしようとしてうまくいかず苦労するとき出る言葉である。でも、この語句が釈迦が説いた根本原理に由来することを知っている人はどのくらいいるであろうか。四苦も八苦も生を受けて死ぬまでついて回るのである。

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