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2016年8月 9日 (火)

NHKスペシャル「決断無き原爆投下」が伝える真実

 6日のヒロシマの日に放送された、NHKスペシャル「決断なき原爆投下~米大統領 71年目の真実~」を見た。
 原爆投下はトルーマンが明確な意思のもとに決断したという説が、歴史家たちによって見直されようとしているという。

 トルーマン大統領は、ルーズベルト大統領が1945年4月に急死したのを受けて、副大統領から大統領になった。しかし、トルーマンはそれまでマンハッタン原爆計画について知らされていなかった。マンハッタン計画はルーズベルト大統領の下で、レスリー・グローブス准将が中心となって進められていたのだ。

 グローブス准将は、原爆計画を進めるため詳細は報告書を持ってトルーマン大統領に会った。が、トルーマンは「私は報告書を読むのは嫌いだ」と答えたという。それでグローブスは大統領が暗黙の了解を与えたのだと解釈した。その後ネバダでの核実験が成功した。

 グローブス准将らは日本の都市への原爆の投下を進言した。日本の都市が10ほど候補になり、その中から広島と京都に絞られた。まだ通常爆弾の被害がなく、原爆の効果がしっかりと出る都市ということであった。

 グローブスらは京都に拘ったが、ヘンリー・スチーブンスン陸軍長官は京都は文化都市だとして反対をした。トルーマン大統領は一般市民や子どもが犠牲になることを心配し、またナチスドイツのユダヤ人虐殺のような受け止めをされることを恐れた。それで結局軍関係や軍需施設が多くあるという牽強付会の論証によって広島に決まった。

 グローブス准将らは巨額な費用を使いマンハッタン計画を進めてきて、その効果を確かめずに戦争が終わることを恐れていた。それで広島と長崎への投下を実行したのだ。3発目も用意されていたが、それはこれ以上の犠牲を出さないようにということで止めたのだという。

 トルーマン大統領は、投下後、「日本の市民やアメリカの兵士のこれ以上の犠牲を止めるために投下した」とラジオで放送した。それが原爆投下を正当化するアメリカ人の共通の理解となって今日に至っているのだ。

 グローブス准将の証言は2時間ものテープに残されている。准将はその証言の4か月後に亡くなったというから、非常にきわどいところで残された貴重な証言だと言える。

 「大統領には何も出来なかった」。NHKが独自に入手した、米軍の原爆計画責任者のインタビューテープは、赤裸々に原爆投下をめぐる事実を語っている。それらをもとに番組では日本人が知らない事実を、次々と明らかにしている。

 世界でただ2か所、広島と長崎に原爆が投下された。その後はどこにも原爆は使われることなく71年が過ぎた。原爆はこれからも未来永劫に地球上に使われてはならない。日本はこのことを世界に向けて訴え続けなければならない。それこそが真の「積極的平和主義」と言えるのだ。

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コメント

トルーマンはその後、朝鮮戦争で膠着した戦局を打開するために原爆の使用を進言したといわれるマッカーサーを突然、解任した。「老兵は死なずただ消え去るのみ」とのマッカーサーのスピーチだけが有名になったが、トルーマンは2度と同じ過ちを犯したくないと思ったのであろう。軍は戦争に勝つことが使命でありそのために、極論すれば手段は選ばない。だからこそ確固としたシビリアンコントロールが必要なのである。この番組で広島、長崎への原爆投下は戦時下のアメリカで、健全なシビリアンコントロールが働かなかったことが原因であったと初めて断じている。これでは広島、長崎の犠牲者は浮かばれない。

投稿: toshi | 2016年8月 9日 (火) 08時52分

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