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2016年8月10日 (水)

増谷文雄「仏教入門」―㉟―

 3.四つの真理(四諦)

 涅槃という理想目標がさだまり、また中道といふ根本態度がたつと、今度はその基本の上に展開せられる思想と実践の体系が説かれねばならぬ。

 仏教には八万四千の法門があるといふ。八万四千といふは無論実践ではなく、一種の理想的数字であって、佛教には種々様々な説き方が存したといふほどの意味に解して差し支へない。世の中には賢いものもあるし、愚かなものもある。善良なるものもあり、邪悪なものもある。人間はひとりとして同一のものはない。釈尊は一々それを分別して、その人にあひ、その時にあふやうに説法した。これを時機相応といふ。時とは時の塾せるや否やをいひ、機とは人の機縁をいふ。釈尊の明智はあよくこの時と機とを洞察して、説法の効果を挙げることを得た。

 ある時、釈尊は、眼を泣きはらして死児を抱いた女の訪問を受けたことがあった。

「私には、この児がこのまま死んでしまうなんて、堪へられません。この児が生きかへらねば、私も一緒に死んでしまひます。何かこの児の蘇る法を、どうぞ教えてくださいますように」

 女は気狂ひのやうになっていた。ここで生死の諦観などを説いても、この女の耳には入りさうもなかった。そこで釈尊は、それでは芥子粒を貰っておいで、それも昔から死んだ者のない家でもらって来なさい。さうすればそれで、この児の蘇へるくすりをつくって上げようと教へた。

 女は喜んで釈尊のもとを辞し、死児を抱いたまま、家から家へと、教へられた芥子粒を求めて歩いた。だが、何処にいってみても、昔から不幸のなかった家などといふものはなかった。釈尊の教えた芥子粒はどこに行ってもえられなかった。太陽はやうやく西に没せんとしていた。足は疲れて棒のやうになった。失望と疲労に堪えかねて、じっと佇んでいるとき、彼女の心の中に霊感がもたらされた。彼女は、人生の真相をしり得たやうに思った。そこで釈尊の教団に入って比丘尼となり、仏道の修行につとめることになったといふ。

 釈尊の説法は、かくの如く、時に臨み機に応じてなされた。

 このエピソードは分かりやすくて腑に落ちる。この後にもう一例続くがそれは次回にする。

 

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