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2016年7月22日 (金)

都知事選と鳥越俊太郎氏、伊藤千尋氏の講演から―②―

 

(その5)

 

 

 鳥越俊太郎さんが自分の身体に異変を感じたのは、今から11年前の2005年の夏です。下腹部に重い感じがあり、トイレで便器が真っ赤になるほど出血しました。病院で検査すると、内視鏡のモニターに写ったのは馬蹄形をした、明らかにがんとわかる肉腫です。どんなに気丈な人間でも普通は打ちひしがれる場面ですが、彼は違いました。「しめた」と思ったのです。
 

 「がんを知る絶好のチャンス。ごまかさないで洗いざらい伝えよう」と彼は考えました。知人のディレクターに連絡し、「俺がくたばるまで記録してくれ」と頼みました。以後、ディレクターが撮影したのは1時間テープで400本に上ります。
 

 手術が行われました。「これが世の見納めかもしれんなあ」と思って運ばれたストレッチャー。意識を取り戻したのは4時間後で、がんの転移はなく進行度は第期でした。1か月の入院で体重は8キロ減りました。
 しかし、2年後、肺への転移が見つかり再び手術を受けます。ここでがんの進行度が第
期と言われました。末期がんの宣告です。生存率は20%。さすがにショックでしたが、ここで「俺はついているから、何とかなる」と思っちゃう人なのですね。
 

 左肺の手術、さらに7か月後に右肺の手術、さらに2年後には転移した肝臓の手術。鳥越さんはその経緯を語りながら、僕の目の前で着ていたシャツのすそをまくりました。右の腹に38センチもの縫い目がくっきりついています。こんなに大変な大手術だったのだ、と言いたいのだと思ったのですが、違いました。「皮膚の内側から縫合する面倒なやり方を主治医の先生は実に丁寧にやってくれたんだよ」という説明のためでした。
 

 その体で鳥越さんは2011年4月、福島第一原発の取材に向かったのです。事故からまだ1か月で、報道陣は原発に近寄らなかった時期です。前へ、前へと突入し、気が付くと正門前にいました。ジャーナリスト魂はまったく変わっていません。
 

 4度の手術を乗り越え、あ、鳥越ですから飛び越えと言った方がいいかな。なお潜伏するがんの心配にさらされながら、楽天的な性格はそのままです。70歳になったときは「創立70周年記念事業」と銘打って、これまでやったことのないことをやることに決めました。
 

 まず、頭にパーマをかけた。しかし、似合いません。すぐにやめました。やったことのない筋力トレーニングを始めました。週3回、今も続いています。今後は社交ダンスを練習して女優とタンゴを踊りたいとか、映画監督をしたいとか、まあ好きなことを考えました。そこに降ってわいたのが、今回の都知事選です。
 

 最初に野党から打診されたときは断ったのですが、今回の参議院選挙の結果を見ていきり立った。しかも、長野で野党連合の候補として自民党の現職を破って当選した58歳の元TBSのキャスターと話すと、年上の自分として何もしないではいられなくなった。またしても自分を奮い立たせ、都知事選への立候補を決意したのです。
 

 鳥越俊太郎、このとき76歳。これまでの東京都知事で就任のときの最高齢は鈴木俊一氏の68歳です。それよりも8歳も年上です。アメリカ大統領に選出された最年長がレーガンの69歳でしたから、それよりも年上です。大丈夫かな、と思う人はナマの彼を見てください。もう元気いっぱいです。

(その6)
 

 都知事選への立候補を決意した鳥越俊太郎さんは、いったん断った野党側に出馬の意志を伝えました。野党は喜びました。「鳥越さんなら浮動票を呼べる。勝てる」と踏んだからです。参議院選挙で共闘した野党4党は、先に立候補を決めた宇都宮健児さんを慮りつつも、ほどなく鳥越さんを推薦しました。「宇都宮さんでは浮動票を取れない」と踏んだからです。
 

 宇都宮さんにとっては怒りしかないでしょう。事実、「またも懲りずに政策でなく人気で選ぶのか」という趣旨の発言をしています。その時点で抱いていた政策では、明らかに宇都宮さんの方が鳥越さんよりも優れていました。というか、鳥越さんは義憤に駆られて立候補を決意したけれど、公約の用意はありませんでした。
 

 宇都宮さんとしては、真面目に選挙に取り組んできた自分を何だと思っているのだという憤りを当然抱かれたでしょう。彼は、理不尽なことをされたら損得勘定を無視してでも反発し闘う性格です。抗議の意味から敢えて立候補することだってあり得ました。
 

 しかし、それは私憤であって公憤ではありません。野党が分裂したら、せっかくのチャンスをつぶして与党が勝つでしょう。そのさいは宇都宮さんが「戦犯」扱いされるかもしれません。大局的な見地から、告示日の前夜に立候補を取り下げました。とても勇気ある決断だったと思います。
 

 それができたのも鳥越さんが宇都宮さんに会見を申し入れ、宇都宮さんが掲げた政策を全面的に引き継ぐことを伝えたからです。宇都宮さんにとっては面目が立ったし、鳥越さんにとっては用意してなかった政策を埋めることができました。なにせ13日の段階で鳥越さんが掲げた政策は「がん検診100%」しかありませんでしたからね。まあ、これで「顔は鳥越、頭は宇都宮、身体は野党共闘」という形ができたわけです。
 

 都知事選が告示された昨日の14日、鳥越さんが新宿駅前で挙げた第一声で掲げたのが「住んでよし、働いてよし、環境よし」です。うまいことを言いますね。でも、これは近江商人の持つ「売り手よし、買い手よし、世間よし」の商人哲学のパクリです。まあ、てらいもなくさらっとパクることができるのも一つの才能かもしれません。
 

 パクリといえば、改めて鳥越さんが掲げたのが「困ったを希望に変える東京へ」です。これ、宇都宮さんのキャッチフレーズの完全なパクリです。宇都宮さんの政策をそのまま引き取ったことの目に見える表現でもあります。
 

 まあ、よそさまの良いものをパクってもっといいものにするのは日本人の得意技です。ドイツのカメラ、スイスの時計、アメリカの自動車を真似て、もっといいものにして発展したのが日本です。日本人の心性の見本のような行動ですと思っちゃいましょう。
 

 さらに鳥越さんが言ったのが「がんから生還した男です」という言葉です。まあ、本人は意識していないのでしょうが、キャッチとして実にうまいなあ。そう思いませんか?
 

 何がうまいかと言うと、逆境を乗り越えたというだけで人々は喝采しますよね。よくやった、と拍手したくなります。そこに並みの人間を超えたスーパーマンあるいは蘇ったキリストを連想する人だっているかもしれません。さらに「生還」つまり「生きる」というポジティブな表現が共感を呼びます。希望を感じさせます。
 

 鳥越さんはもちろんスーパーマンではありません。彼を少し知っている人は彼を「気さくな人」と肯定的に評価します。彼をよく知る人は彼を「軽い」と表現します。たしかに熟慮して着実な対応をするタイプではなく、その場の思いつきでパッと決めてパッと実行するやり方です。これは現場から伝えるジャーナリストには最適の資質ですが、言論を担う報道人としてはいかがなものか、と思う人もいるでしょう。ましてや、それで都知事が務まるのかという疑問を浮かべる人が出るのは当然だと思います。
 

 ジャーナリストとして優れた人が政治家として優れているとは限りません。では、政治を専門にやってきた政治家に任せれば、政治はうまくいくのでしょうか。これまで日本の政治は政治家が運営してきましたが、うまくいってますか?
 政治家って、何でしょう?


(その7)
 

 政治家というのは特殊な職業です。最初から職業が政治家という人はあまり聞きません。若いうちに議員秘書など政治にかかわる職業に就いたとしても、それは政治にかかわっているだけであって政治家ではありません。政党のメンバーなら団体職員です。逆にどんな職業をしていても、選挙で勝てば政治家になれます。民主主義の下では、政治家は「なる」ものであって、「ある」ものではありません。
 

 そして政治の中身は大きく二つに分かれます。ビジョンと行政です。ビジョンとはどんな社会にするのかの展望、そして行政とはうまく仕切るテクニックです。
 

 テクニックを取り仕切るのは官僚です。だれが知事になっても、実際に都政を運営するのは都の職員です。東京都の職員数は一般行政職だけでも1万8千人で、公営企業や警察、教職員を含めると16万5千人もの数に上ります。これだけの専門家の人々が日々の都政を支えているのです。都知事は16万5千分の1なのです。都知事がだれであっても、いや敢えて言えば、都知事がいなくても都は機能します。石原都知事なんて庁舎に来ないことが日常だったというではありませんか。
 

 だから都知事の本来の重きをなす仕事は、行政よりもビジョンを示すことです。優れたジャーナリストが必ずしも優れた政治家ではないように、有能な行政マンが有能な政治家でもないのです。例を示しましょう。
 

 1989年に東欧革命が起きました。ベルリンの壁が崩れ、その波が東欧諸国に広がりました。当時、僕はチェコとルーマニアの革命のさなかで取材しました。チェコで新たに政権に就いたのはバーツラフ・ハベルです。独裁に反対する反政府市民運動の代表だった人ですが、彼のもともとの職業は戯曲家ですよ。つまり劇作家、日本で言えば井上ひさしさんか小田実さんという立場です。
 

 作家がいきなり大統領になってしまった。それでうまく行くのかと思われるでしょう。とってもうまくいきました。その後も選挙で選ばれて、大統領を10年も続けました。このときの日本と言えば、プロの政治家と言われる人が首相を務めきれず、1~2年で交代していたときです。
 

 大統領や首相が一人で何もかもやるのではありません。経済や教育などそれぞれの部門を専門とする閣僚がおり、その下に官僚がいます。ハベル氏は経済学者を経済担当の閣僚にして任せました。大統領が決めたのは、どの方向に国を持っていくか、ということだけです。
 

 それは革命後のキューバでも同じでした。キューバ革命のあとに中央銀行の総裁になったのがチェ・ゲバラです。彼は医学の学校を卒業したばかりの医者の卵でした。もちろん経済など何も知りません。その彼が中央銀行総裁として、しかも革命後の混乱期になぜうまくやれたのでしょうか。ゲバラは経済の専門家を集めました。彼らに経済の方向性だけを示し、あとの具体的な方策は任せたのです。野放しに任せたのではありません。任せるかたわらゲバラは経済を学習しました。3か月で経済専門家が「あなたに教えることはもう何もない」と嘆息したほどでした。

(その8)

  つまり政治家と行政マンは違うのです。大航海時代の帆船を使った探検を例にとりましょう。どこに行くかを決めるのは探検隊長で、その方向に行くように船を操るのは船長をはじめとしたプロの乗組員です。なにも隊長が帆の張り方や羅針盤の見方などまで知らなくてもいいのです。ましてやコンピューター時代の今ならなおさらです。もちろんそういったこまごまとしたことまで知っているのに越したことはありませんが、必須ではない。それよりも大局的な見通しを示すことが求められるのです。
 

 したがって、優れた政治家、優れた都知事に必要なのは10年後、20年後の東京をどうするかを見据えてビジョンを示すことです。
 

 そこで問われるのが「誰のための政治か」という立脚点です。都民のすべてを視野にいれるのか、あるいは特定の人々だけの利益を図るのか、です。これまでは一部の人々だけの利益を追求してきた政治家がほとんどでした。これではだれもが称賛する優れた政治家とは言えないと僕は思います。
 

 先ほどチェコの作家で政治家になったハベルのことを言いましたが、作家と言えば都知事になった石原慎太郎という人もいます。彼とチェコのハベルと、何が違ったか。それこそ「だれのための政治を目指したか」という点です。一部の大企業や金持ちのためか、貧しい人々も含めたすべての人々か、の違いです。
 

 社会格差を広げるのか、格差をなくすのか。そこを問われるのが今回の都知事選です。鳥越さんはみんなの、そして弱者の立場に立っています。「一部の人ではなく、都民みんなに都政を取り戻す」と言っています。与党の候補にはこうした姿勢は見られません。

 

 
 1967年、東京には革新都政が誕生しました。知事になったのは学者だった美濃部亮吉氏です。彼が都知事選で掲げたキャッチフレーズが「東京に青空を」でした。当時の日本は公害問題が蔓延していました。四日市では「スモッグの下でのビフテキよりも、青空の下でのおにぎりを」というスローガンが登場しました。いわば、そのパクリです。犠牲者を出しても産業の発展を優先するのか、経済的な富よりも自然と共存し安心した暮らしを保障するのか、の違いです。そのどちらにするのか、を端的に示したキャッチでした。
 

 言葉倒れではありません。建築家をブレーンとして「広場と青空の東京構想」を示しました。首都高速や空港などの大型建設工事を中止し、公営ギャンブルも廃止しました。かたや国に先駆けて公害局を設置し、老人医療費の無料化制度をつくり、無認可保育所を助成し、児童手当を創設しました。やるべきことをちゃんとやり公約を守ったのです。鳥越さんには、こうした過去をぜひ参考にしてほしいものです。


 

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コメント

事態基本的人権を制限する事態条項→→基本的人権を制限する緊急事態条項 の誤りです

今回の都知事選は自民分裂選挙という猿芝居で、小池氏に勝たせるために増田氏がピエロになって、鳥越氏を落とすために内閣調査室が内定調査で淫行記事を書かせて貶めるという筋書き通りに進んでいると感じます。小池氏は2000年11月30日憲法調査会で安倍総理に緊急国民の基本的人権を制限する事態条項で現憲法の停止の手順を提言した人で、現憲法の廃止と国防軍の創設を強く求める人です。小池氏が当選すれば安倍総理の思惑通りで、ピエロの応援演説までするという手の込んだ芝居をするようですね。

昨日のTVの都知事選挙運動の現状は小池氏が一歩リードし、その後を鳥越氏、増田氏が追っているいる展開だとのこと。ただ40%近い有権者がまだ誰に投票するかを決めていないので未だ予断は許さない。私が不思議に思うのは小池氏は自民党を離党してないし、自民党も小池氏を除名処分にしてないことである。私のあくまでも推測あるが、もし小池氏が当選すれば、暫くして小池氏も自民都議連と和睦(?)し、お互い持ちつ持たれつの関係になっていくように思われる。自民党都議連と対峙する姿勢を歓迎して投票した有権者はあっさり裏切られる?結果になるかも。勿論、増田氏が落選してもそれなりの処遇が約束されているはずである。融通無碍の自民党がいつもやる手である。このシナリオを打ち破るためにも鳥越氏に頑張って欲しいが、、。

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