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2016年7月

2016年7月31日 (日)

山陰旅行ー②―松江城周辺を歩く

 松江城を見て大手門から外に出ると、観光スポットの案内板に従って石垣に沿った道を歩いて行った。右手は公園のようになっているが人は誰もいなかった。緑がとても美しい。

 城郭の端まで来ると濠があった。水をたたえ緑色の水であった。濠を巡る船が行き来していた。橋を渡って右に曲がると、濠に沿って古い道が延びていた。その道を歩きしばらく行くと、左手に小泉八雲記念館があった。新しく作りなおしたばかりだという話であった。

 入場料は外国人はどこも半額である。私は通しの切符を買ってあった。中に入ると、八雲が日本に来た時の旅行鞄と服装がガラスケースの中に展示してあった。小泉八雲は元はラフカディオ・ハーンでギリシャで生まれたが、アイルランドから来ていた。同行のMさんもアイルランド系であった。親近感をもったようであった。

 ラフカディオ・ハーンの写真は、どれも左側から写したものばかりであった。それは右目が事故で失明し、大きく開けられないからのようであった。

 八雲は身の回りの世話をしていた女性と意気投合して結婚し、奥さんの姓を名乗った。奥さんは出雲地方に伝わる幽霊や怪談の話を語って聞かせたそうだ。それをもとに「怪談」などの名作を創作したのだという。

 ラフカディオ・ハーンは、日本に来る前に米国などいくつかの国にも滞在していたという。そこでもその土地の伝説に興味を抱いたらしい。八雲は絵も上手だったようで展示してあった。蛙を描いた色紙があったので、写真をとって蛙の好きな婿にラインで送った。

 八雲記念館を見た後、歩いて行くと、八雲が住んでいた家があった。私は以前に見たことがあるのでそこには入らずに、そのまま歩いての武家屋敷に入った。松江藩家老の家だという。客間や居間や寝室や台所などを見て回った。

 外に出ると店があった。Dさんがアイスクリームを食べたがっていたので、その店でソフトクリームを食べることにした。店の女性がどこからきたのかと聞いたので英国からだと言ったら、私に「英語がペラペラなんですね」と言ったので、「ペラです」と答えた。

 濠の傍のテーブルを勧めてくれたので遊覧船を見ながら食べた。水がほしくなったので、店の人に聞いたら、「ソフトクリームには水はついていません。でも、お茶を差し上げます」と言った。そのお茶は水出しのお茶で、ガラスの盃に氷が1個入れてあった。とても美味しいので、お代わりを頼んだら快くくれた。

 それでそのお茶を買うことにした。その店の特注のお茶だと言った。「ためしてガッテンでやったように、何度でも出せると言っていた。おいしかったっから買うのですよ」と言ったら、喜んでいた。

 それから濠に沿って歩いた。静かな落ち着いた風景であった。道端に松江歴史館があった。無料と書いてあったので、そこに入った。客は私たち以外には一組であった。そこを出て大手門の所に戻り、来た道をホテルまで戻った。

 部屋は6階で10畳の和室だ。Mさんが窓を開けると、先ほど見た松江城が見えた。「これはいいね」と言って喜んでいた。松江の城の近辺は散策にはとてもいい雰囲気のところであった。昔来たときにまた来たいと思っていたがやっと実現した。

 

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                 ハーンの旅行鞄と服

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                 八雲が描いた蛙
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                    武家屋敷

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2016年7月30日 (土)

山陰旅行―①―松江城

 7月20日、6時40分ごろ家を出て、名古屋駅に行き、7時29分の「のぞみ」に乗り岡山に向かった。博多行き「のぞみ」自由席は空いていた。岡山までは本を読んだ。

 岡山駅には9時過ぎに着いた。駅には英国から来たDさんとMさんが待っている筈であった。伯備線の改札口で待ち合わせることにしていたのだが、改札が3カ所あるという。困ったと思いDさんの携帯に電話をしたが出なかった。それで改札の一つに歩いて行ったら、呼ぶ声がした。Dさんであった。ホッとした。9時前から来て待っていたという。

 伯備線の「やくも7号」は10時4分なのでベンチに座って時間を過ごすことにした。ベンチの床はイ草畳で作ってあった。ああ、岡山はイ草の産地だと思いだした。そしてこのベンチがどうしてイ草を使ってあるかを二人に説明した。

 特急「やくも7号」も自由席なので少し早めにプラットフォームに下りた。やくも7号は岡山始発なので少し早めに入ってきた。暑さがしのげるので助かった。倉敷までは山陽線を走り、伯備線に入る様であった。

 伯備線は川に沿って走っていた。途中の分水嶺までは流れが瀬戸内海に向かった下っていた。分水嶺はトンネルの中にあるとアナウンスが入った。トンネルを出ると細い川で流れが変わった。川幅は次第に広がって行った。平野に入ると大きな川になっていた。

 切符は出雲市駅まで買ってあったが、米子を通り、松江駅まで行って下りるのだ。12時41分に松江駅に着いた。3時間の長旅であった。

 松江駅で出雲そばを食べた。出雲そばはこの地方の名産であることを説明した。二八そばでおいしかった。Mさんは数少ない日本語で「おいしい」と言っていた。

 それからバスで先ずホテルに行った。バスの本数はたくさんあった。県民会館前で降りると、すぐ傍にホテルの「さらんぼ まつえ」があった。公立学校共済組合のホテルである。

 チェックインできたので、部屋に荷物を置き、第一の目的地松江城に行った。松江城はホテルのすぐ近くにあった。このホテルにしたのは正解であった。

 外国人の入場料は半額であった。私は最初松江城の入場券を買ったのだが、他の場所も通しで買うと安くなることが解り、換えてもらった。松江城、小泉八雲記念館、武家屋敷の3カ所で1000円であった。

 松江城は昨年国宝に指定されたそうだ。木造の元からの城である。急な階段を上がり、展示物を見た。天守閣に登ると松江市内が一望できた。あとで聞いた話では松江城は一度も戦をしていないということであった。

 Dさんは直ぐに誰かと話をする。ここではイギリスに勤務しているという会社員夫婦と出会った。英国ということで話がはずんだ。

 松江城には、40年ぐらい前にも来たことがある。とてもよい城である。MさんもDさんも岡山城も見てきたが、やはり本物はよいと言って喜んでいた。

                     ―つづく―

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2016年7月29日 (金)

増谷文雄「仏教入門」―㉞―

 この態度はまた、佛教の実践道に於いても、その基本的態度をなすものであった。元来、印度の人々ほど苦行に重い価値を与えるものはなかった。その中にあって、釈尊は、決して苦行主義を支持していなかった。

  その思想的立場が非有にして且つ非無であったように、その実践的立場は非苦にして且つ非楽であった。快楽の道に就くのも間違っているが、苦行の道に偏するのもまた正しいことではないとした。苦に偏した態度と、楽に偏した態度と、その二つの極端な態度をはなれたところに、仏道実践の大道を存した。それが中道であった。そのことを釈尊はよく、「この二辺を離れて、中道に処す」という言葉で教えた。

  これらの思想的並びに実践的態度は、またしばしば「不一向」といういう言葉で表現された。一向とは、専らなること、偏にすることであるが、釈尊はかかる態度をとらなかった。

  「我はこれを一向に説かず。これは義相応に非ず、法相応に非ず、梵行の本に非ず、智に赴かず、覚に赴かず、涅槃に赴かず」

  かくして中道とは要するに、思想的にも実践的にも、決して極端に走らない態度であると言うことが出来るであろう。すこしでも極端な態度をとることは、既にそれだけ非仏教的であると言うことも出来るであろう。

  しかし、正しく中道をあるくということは、決して容易なことではない。ともすれば右に走り、左にかたよろうとするのが、人情の”つね”である。極端を思想し、極端を実践し、極端を固執して喜びとするのが、人間のよわさである。それを”じっと”ふみこたえて、中に処して動じないということは、実に容易ならぬことである。だが仏教の根本的な立場はそこにこそあるのである。この立場を味わうことを怠っては、佛教の本当の味わいはわからないのである。

 「我はこれを一向に説かず。これは義相応に非ず、法相応に非ず、梵行の本に非ず、智に赴かず、覚に赴かず、涅槃に赴かず」この部分は中心をなす釈迦の言葉だと思うのだが、難解である。「義相応に非ず、法相応に非ず、梵行の本に非ず、智に赴かず、」はなんとなく分かるような気がするが、「覚に赴かず、涅槃に赴かず」はどういうことであろうか。釈迦の説いたのは覚に至り、涅槃に至る道ではなかったのかと思うのだが。

  それと、日本に一向宗というのが鎌倉時代に一向俊聖によって説かれた。また、浄土真宗の一向宗とか一向一揆などがある。一向とは「ひたすら」「一筋」という意味であり、「一つに専念すること」を意味知っている。「中道」から離れるとすれば、釈迦の教えとは矛盾する。

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2016年7月28日 (木)

増谷文雄「仏教入門」―㉝―

 

 禅宗の僧たちの得意な説法の題目に「担板漢」という題目がある。担板漢とは板を担いだ男という意味である。大きな板を肩にかついで町を歩くと、彼には町の片側だけした見えない。「なあんだ。ここは立派な町だと聞いていたが、片側だけの町か」

 これは笑うべき科白である。だが、世の中には真に「担板漢」ならざるものが何処にいるというのだ。そして禅僧たちは、得意の辛辣な論法をもって長広舌を展開せしめるのであるが、釈尊の説く中道とは、言わば、かかる板を担がないで歩く態度であるということも出来るであろう。

 現在の思想界にあっても、唯物論にあらずんば唯心論、唯心論でなければ唯物論と、そんな考え方をしているものがないであろうか。だが、釈尊の考え方によると、唯物論者もまた担板漢であり、唯心論者もまた担板漢でしかないのである。

 世の中に立って、板を担いでいるのでは、人生のあらゆる風景を見とめることは出来ない。偏った立場をまもっているのでは、人生のまことの相を観じて、悟境に到達することは期待しがたい。柳は緑であり、花は紅である。それを一向に、柳も花も紅であると見てもいけないし、また柳をも花をも緑であるとしても間違いである。間違った前提から出発したものは、結局正しい結論に到達することはできぬ。

 我々は先ず偏らぬ立場から出発しなければならぬ。釈尊当時の印度に於いては、我と世界とに就いてその有無等を論ずる問題が、好んで思想家たちによって取り上げられた。―世界は常在なりや無常なりや。―人間は死後も存するや死後も存せざるや―

 かかる種類の問題が、有無いずれかの立場から、熱情をもって論ぜられておった。だが釈尊は、それらの問題に就いて有無いずれの立場をもとらなかった。彼があるとき尊者迦旃延にむかって、その思想的立場を語った言葉はつぎのごとく伝えれれておる。

 「迦旃延よ、『一切は有なり』という。これ一の極端なり。『一切は無なり』という。これは第二の極端なり。迦旃延よ、如来はこれらの両端を離れて、中道によりて法を説くなり」

 そして彼は、つづいて縁起の理法を略説しておる。これは言わば、主義無き主義、立場なき立場であった。漢訳ではこれを「離於二辺、説於中道」と述べ、かれは毅然としてここに立っているのであった。

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2016年7月27日 (水)

小池百合子氏は軍備拡張、核武装も主張

 都知事選は投票日まであとわずかとなった。トップを走るのは、小池百合子氏である。日本のヒラリーとも言われるように、ソフトで演説がうまいので人気があるようだ。自民党・公明党公認の増田氏を抑えているのだから大したものである。

 小池氏といえば、06年の第一次安倍内閣で女性ながら防衛大臣を務めた。これまでに数々の軍備拡張政策を打ち出してきた。民主党政権のときでも、防衛予算の増額や武器輸出三原則の見直しを要求し、第二次安倍政権になって、これらは実現した。

 また、毎日新聞が03年に実施した衆議院議員候補へのアンケートでも、日本の核武装は情勢によっては検討すべきだと答えている。

 また憲法改正についてもゴリゴリのタカ派である。明治憲法に戻そうと主張するあの「日本会議」の国会議員連の副会長を務めている。安倍政権の目指す戦前の富国強兵の天皇中心の国家を共につくろうとしているのだ。閣僚就任中も靖国神社参拝は欠かしていない。

 その右翼ぶりは、「歴史教育問題を考える会」の役員として歴史認識を変えることに尽力してきたことでも分かる。さらにヘイト団体の「在特会」(在日特権を許さない市民の会)との関係が挙げられる。2010年に関連団体の「そよ風」主催の集会で講演を行っている。

 この「そよ風」という団体は、「慰安婦問題や関東大震災朝鮮人虐殺の否定などを主張しており、13年には大阪・鶴橋で「いつまでも調子にのっとったら、南京大虐殺ではなく『鶴橋大虐殺』を実行しますよ!」などとジェノサイドを先導したヘイト。」というのだ。

 自民党は、不思議なことに、票が割れることを承知で小池氏の立候補を黙認している。その点に関して、ネットには、小池氏が本命で増田氏は添え物だという説があった。女性で知名度があり、ソフトなので浮動票を集めやすい。事実そうなっている。

 私の推測では、小池氏が上に書いたような”戦争”への道を開く急先鋒であることを東京都民が知らない(小池氏が巧みに隠している)から、人気があるのではないかと思うのだ。

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2016年7月26日 (火)

14年 前の事で鳥越氏撃墜を狙う「週刊文春」

 7月25日の朝日新聞や毎日新聞、一部テレビ局などが報じた都知事選調査によると、都知事選のトップを走るのは小池氏、2番手が増田氏、3番手で苦戦が伝えられるのが鳥越氏となっている。

  当初は小池、鳥越、増田であったのが、ここにきて鳥越氏が落ち込んできた。これは7月28日号の「週刊文春」の「鳥越俊太郎 『女子大生淫行』疑惑 被害女性の夫が怒りの告白」という記事が相当に影響しているものと思われる。中年女性は鳥越氏に好感を持っていたと思われるが、支持率が増田氏に並んでしまった。女性をがっかりさせるに十分な記事であった。

  私自身、新聞広告でこの記事の見出しを見たときは驚愕した。あの鳥越俊太郎がこともあろうに「淫行!」とは・・・と。

  その後注意をしてみていると、いろいろとおかしなことに気づいた。まず、そもそもこの事件と言われるものがあったのは、2002年頃のことで、何と今から14年前のことである。仮にそうであったとしても、そんな昔のことをなぜ都知事選が始まった今、記事にしたのかという疑問である。

  鳥越氏は「政治的な力が感じ取れる」と言っているが、私も同様のことを感じた。また、NETで調べると、政府筋がだいぶ前から用意していたと書いてあるのを見つけた。ありそうなことである。

  いずれにしろ、この時期にわざわざ昔のことを記事にしたのは、鳥越つぶし、野党、市民運動つぶしが狙いであることは間違いない。鳥越氏側は即座に抗議文を出し、刑事告訴をしたが、裁判になって結果が出るまでには相当長期間かかるから、文春側が負けたとしても、鳥越つぶしの効果は発揮できるのである。

  ネットによると、被害女性の夫の告発となっているが、ネタ元は上智大学教授だという。しkも週刊新潮が取り上げようとして諦めたそうだ。

  いかに夫の告発にしても、それを女性から聞いたのは、14年ほど前の事なのだ。なぜ、その当時すぐに告訴しなかったのか?これが謎である。「淫行」ならば訴えれば当然勝利し多額の賠償金が得られたのだ。

  週刊文春は「淫行」と大見出しをつけているが、これについては、IWJの岩上安身氏は「学生とはいえ、20歳の成人。条例違反の『淫行』に相当するのか。『淫行』とは、18歳未満の青少年が性行為の対象となったときに使われる言葉なのである。文春は「淫行」を鉤括弧でくくり、さらに慎重に『疑惑』という言葉をつけている。これで留保したつもりなのだろうが、やはり20歳の大学生相手に「淫行」というタイトルはミスリードではないか。」と指摘している。

  仮に事実だとして20歳の成人がキスしただけで、「淫行」とおどろおどろしいタイトルをつけたのは、何も知らない一般人を驚かせる手口である。

 アメリカのクリントン元大統領は現職中に若い女性とホワイトハウスで不倫をした。それでも大統領を続けた。東京都民は、14年前の、しかも伝聞の話を元にした記事に惑わされてはいけない。でも、私の見るところでは、週刊文春の卑劣な爆弾は鳥越氏を撃墜するであろうと思う。

 如何に表現の自由が認められているとはいえ、選挙妨害を平気でやるマスコミこそ問題にすべきである。それなのに的確に批判したものが少ないのが非常に残念でならない。

 

 

 

 

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2016年7月25日 (月)

改憲はやはり「緊急事態条項」―内田樹教授

 Tさんが送ってくれた神戸女学院内田教授のツイッターによると、安倍政権の改憲はやはり「緊急事態条項」からだという。一番国民を騙しやすいからだそうだ。転用可としてあるので、以下にコピペする。

 緊急事態条項を一般国民はせいぜい「大規模自然災害」のときの緊急避難的措置だと思っているはずです(与党もそう言い張るはずです)。 

でも、これは総理大臣が「特に必要があると認める」ならば、どんなことでも「緊急事態」に認定でき、それが宣言されると憲法が停止されるということです。
 
 政府が発令する政令が法律に代わる。基本的人権も立憲主義も三権分立も、すべて「緊急事態宣言」の発令中は停止されます。そして、草案をよく読めば分かるとおり、この宣言は100日ごとに国会で継続決議を繰り返せば無限に延長できます。緊急事態宣言を承認した国会議員たちは、解除の宣言を総理大臣がするまで「終身国会議員」の身分を保証されます。
 
 つまり、ひとたび緊急事態条項を通してしまえば、国会の過半数を制した政党は永遠の独裁体制を維持できる。これを変更するためには革命しかないという窮地に国民は追い込まれるのです。
 与党はまず九条、十三条、二十五条といった「論争的な条項」の改定を持ち出して国論を二分する大騒ぎを作り出す。しかるのちに「どうも話がまとまりそうもありませんから、どなたにも異論のなさそうな、この『緊急事態条項』だけを『加憲』するというとことで手を打ちませんか」と言い出す。
 条文についての些末な議論に倦んだ国民は、「それで政府が『ひっこむ』というのなら、それくらいは認めてやってもいいじゃないか」と妙な寛大さを発揮して、「大規模災害のときに指揮系統を一元化するだけのことでしょ?」くらいの理解で、国民投票に臨む・・・そして日本の立憲主義は終わる。官邸はそういう「絵」を描いています。僕がいま官邸にいて首相のスタッフだったら、必ずそのシナリオを書きますから。
 ですから、みなさんよく見ていてくださいね。これから「僕の言う通り」に官邸と与党は動きますから。 緊急事態条項というのは「憲法を停止できる場合についての規定」のことです。
 総理大臣は「特に必要があると認めるとき」はいつでも好きなときに緊急事態を宣言して、憲法を停止することができます。「認める」だけで立憲政治が未来永劫に停止できるのです。
 緊急事態とはどんな場合でしょう。「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」
 「内乱等による社会秩序の混乱」というのがくせものです。自民党政治家はこれまでも国会外でのデモや街宣を「テロ」だという発言をしてきましたが、安倍首相はその発言を一度も否定したことがありません。デモや街宣を
 「内乱等」の「等」に認定するかどうかは総理大臣の一存で決まるのです。ナチスの全権委任法は33年に制定された4年間の時限立法でした。ですから37年に失効するはずでした。でも、当然のように延長され続け、最終的に43年を最後に国会さえ召集されなくなりました。
 全権委任というのは、よほど厳密に有効期限と範囲を規定しなければ、必ずこの前例を繰り返します。非常時に憲法を停止する国家緊急権は世界の多くの国に規定があります。けれども、その「要件」については厳密な規定があります。基本原則は「憲法を停止することによって国民が得られる利益が、憲法を停止することによって国民が失う利益を超えることが確実であること」です。

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2016年7月24日 (日)

日本会議議長が「軍隊を作る」と宣言したという記事

 Tさんが送ってくれたLITERAの記事によると、参院選で2/3を確保した安倍政権は憲法を改正し、自衛隊を軍隊にしようとしているという。安倍首相は、改憲について「与党野党の区別なく国会の憲法審査会で合意をつくっていく」「落ち着いて取り組んでいきたい」などと“ひかえめ”なことを言っているが、それはあくまで表向きの話にすぎないと指摘している。

  「安倍首相の最終目的は、日本国憲法の根幹である平和主義を叩き潰し、日本を文字通り“戦争ができる国”にすること。」これはその通りで、昨年の安保法制でその道を開いた。

  安倍首相の本音を代弁したのが、安倍政権を熱烈にささえる日本最大の右派団体「日本会議の田久保忠衛会長だという。

  7月13日、日本外国特派員協会で記者会見し、「(改憲の)絶好のチャンスを迎えた。私が安倍さんなら、任期内に全力を挙げて実現したい」「日本会議としては、これからいろいろな運動を検討して乗り出していくんだと思います」と述べ、 さらに「我々は軍隊をつくる」と鼻息荒く明言したのだそうだ。

 自衛隊のシステムを普通の国のような軍隊にして憲法に盛り込む」(「ハフィントンポスト」7月14日付より)これは安倍政権が任期中にやりたいことである。

  マスコミは開票後の安倍首相のインタビューを鵜呑みにして“すぐに9条に着手することはない”と書いているが、今後の状況次第では決してそうとは言えないないと指摘。マスコミは安倍政権に丸め込まれているから、その危険性を報じることはない。LITERAは次のように分析している。

  「田久保氏は産経新聞5月30日付のオピニオン欄『正論』で、米国大統領選候補の共和党ドナルド・トランプ氏について〈日米安保条約は廃棄してもいいとの脅し〉と述べたうえで、こう結んでいる。

 戦後の日本で禁忌とされてきたのは国家における軍隊の位置づけだ。国の背骨である軍隊の存在すら憲法に明記するのを拒否してきた。自衛隊の催しに天皇陛下はお出ましにならない。

  そこで同盟の修正をほのめかされただけで日本は周章狼狽する。戦後のツケだ。ペリー来航、敗戦、それに続く第3の衝撃波も太平洋のかなたからやってくるのだろうか。〉

  ようするに、トランプが大統領になった暁には、日米同盟の見直しの流れに乗じて日本の軍隊創設、軍備増強の必要性を説き、そうして憲法9条「改正」に一気に持っていきましょう。そういう論理だ。」

  これまで安倍政権は日本会議の主張のことごとくを実現してきた。だから現実的なシナリオである。

  「田久保氏らのいう軍隊創設は“これまでの政府見解を踏襲した「専守防衛」を強化するにすぎない”という話では決してないといい、実際には、自衛隊員たちを『兵士』と再定義して“血を流せ!”と強要する、そういった意思があるのは明らかだろう。」と指摘しているが安保法制を作った時から狙いはそこにあったのだ。

  安倍首相自身、下野時の田久保氏との対談で自慢げにこう明言していたという。

  「その対談とは、ヘイト雑誌『ジャパニズム』(青林堂)2012年5月号所収の『尖閣に自衛隊を配備せよ!』なるタイトルの記事。

  田久保氏に『安倍先生には自衛隊を国軍にするような方向に持って行って欲しいのです』と切望された安倍氏は、嬉々として『自衛隊の諸君は任官するにあたって、我が身をかえりみず国民の負託にこたえるという主旨の宣誓をします。従って彼らに与えられるのは名誉であるべきです』と応答。“日本人は名誉のために血を流せ!”と、勇ましげに号令をかけるのだ。

 『わが国の領土と領海は私たち自身が血を流してでも護り抜くという決意を示さなければなりません。そのためには尖閣諸島に日本人の誰かが住まなければならない。誰が住むか。海上保安庁にしろ自衛隊にしろ誰かが住む。(中略)まず日本人が命をかけなければ、若い米軍の兵士の命もかけてくれません』

  明らかに日中戦争を念頭においた発言だが、ようは“国民は血を流して当たり前”、それが安倍首相の感覚なのである。」私は安倍首相のこの発言のことは初めて知ったのだが非常に驚いた。 

  安倍首相は領土領海防衛のケースだけではなく、「テロとの戦いに日本が具体的に参加」するケースでも国民が「血を流す」ことを狙っていると考えていいだろう。

  「悪質なのは、そうやって国民には命をかけろと言う一方、当の安倍首相にはそんな気はさらさらないことだ。(途中略)

  ようするに安倍首相は、国民に血を流させるために改憲まで着手しておきながら、自分は“お国のために死ぬのはゴメンだ”とのたまう、そういう人間なのである。

  繰り返すが、安倍政権を支援する日本会議の田久保会長は“改憲によって自衛隊を軍隊にする”と言い、もちろん安倍首相自身も昨年の安保法で9条を骨抜きにしただけでは飽き足らず、改憲で日本を本格的に軍事国家へ変貌させようと邁進している。」

 そして、次のように結んでいる。「『憲法審査会で合意をつくっていく』という言葉に騙されてはいけない。安倍首相が日本会議と手を取り合って突き進む改憲の先に、国民の尊い命が危険にさらされるということを、われわれはしっかりと認識するべきだ。」
宮島みつや)LITERA 2016.7.14を元に。

 詳しくは次のURLを

http://lite-ra.com/2016/07/post-2417.html

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2016年7月23日 (土)

参議院選は負けてないという伊藤氏の見方

 友人から送られてきた「参議院選は負けていない」という伊藤千尋氏の講演がよい見方をしているので取り上げた。

 

13日、東京都知事選に向けて講演をしました。テーマは「暮らしと平和を守り、憲法をいかす東京を!」で、場所は僕が6月の市長選で野党統一候補の共同代表を務めた狛江市です。こんなことを話しました。

1. 参議院選挙は「負けた」のか?
 危機感を抱いて選挙を戦った人々は「負けた」と思っていますが、そうでしょうか?
 

過去3回の参議院選挙の比例区の得票を与党系と野党系に分けて比べると、6年前は2965万:2425万、3年前は3714万:1354万、今回は3252万:1914万です。おおまかに言えば、順に「5:4」「5:2」「5:3」です。つまり有権者の野党系への支持は明らかに盛り返したのです。
 

選挙区を見ると、自民党が獲得した議席はこの3回の選挙で「39-47-37」と減っています。しかも今回、沖縄と福島の一人区で自民の現職大臣が落選しました。つまり自民党は圧勝どころか、勝ってもいないのです。
 

その一人区を見ると、前回は31の一人区のうち「自民29-野党系2」で自民の圧勝でした。しかし、今回は32のうち「自民21-野党系11」と2:1まで挽回しました。
 

野党系が勝ったのは秋田以外のすべての東北(青森、岩手、宮城、山形、福島)、北陸の新潟、中部は山梨、長野、三重、そして九州の大分県です。惜敗した福井、岡山、愛媛、長崎県を入れると、全国を縦断して野党共闘が具体的に結果を生んだことがわかります。
 

さらに言えば、共闘により予想以上の票が入りました。たとえば山形と愛媛の野党統一候補が得た票は、それぞれの地域の4野党が得た比例票の合計の1.7倍です。また、北海道は4月の第5区補欠選挙の経験がそのまま影響し、3人区で野党系が2議席を得ました。また、沖縄で勝ったし、鹿児島では反原発知事が誕生しました。
 

野党系が「勝った」とは言いませんが、けっして「負けてはいない」のです。

2. 勘違い-なぜ「負けた」と思うのか

 

「負けた」と思うのは、結果として憲法改悪の発議に必要な「3分の2を取られたから」です。しかし今回、憲法が争点となったのではありません。ほとんどの有権者は憲法を考えて判断したのではありません。安倍首相が選挙で言ったのも「アベノミクス」だけでした。「負けた」と思うみなさんは、憲法を争点にして負けたと勝手に勘違いしているのではないでしょうか?
 

朝日新聞の世論調査では、「安倍政権に求める」のは社会保障32%、景気と雇用29%で憲法は6%でした。つまり、国民が求めているのは「安定した生活」なのです。有権者の「3分の2」が憲法改定で与党を支持しているのではありません。
 

もちろん安倍首相は選挙結果を背に改憲に突っ走るでしょう。それは2013年の参院選で「デフレ脱却」のみを主張した後に秘密保護法を成立させ、集団的自衛権行使の閣議決定をし、 2014年の総選挙で「アベノミクス」のみを言った後に戦争法を成立させた過去を見ても明らかです。ここで必要なのは、まず我々自身が勘違いしないことです。

3. 参議院選挙の評価と教訓
 

今回の選挙で明らかになったことは、日本列島の南北から国民がじわじわと安倍政権を追い詰めていることです。そして正規なセオリーを踏めば勝つ、しかも競り勝つということです。
 

では、「勝てなかった」のはなぜでしょうか? 
 同じ世論調査で、今回の結果となった理由を聴いています。「安倍政権の政策が評価されたから」は、たった15%でした。そして71%もの人が指摘したのが「野党に魅力がなかった」です。

 

そうです。安倍政権が評価されたのではありません。問題は野党側にあるのです。野党が魅力的であれば、有権者は野党に票を入れたのです。逆に言えば、有権者は野党に期待しているのです。
 

そこで思い当たるのが南米チリの1988年の国民投票です。

 (その2)

4. 独裁をはねかえしたチリ国民

 南米チリは1973年9月11日のクーデターで軍事独裁政権となりましたが、10年後に民主化を求める抗議行動が起きました。抗議のデモに行けば警官に殴られ逮捕されます。多くの人はそこまで勇気がありません。しかし、何かをしないではいられなかった。彼らは、歌と言う形で独裁反対の意志を表明しました。テーマソングとなったのがベートーベンの「歓喜の歌」です。
 

 僕が泊まったホテルのボーイさんは客に朝食を運びながら「歓喜の歌」のメロディーを小さく口笛で吹きました。昼の取材で乗ったタクシーの運転手さんは運転しながら「歓喜の歌」をハミングしました。夕方に街を歩いたさいに見かけた街角の笛売りは「歓喜の歌」を演奏しながらオカリナを売りました。「苦悩を通じて歓喜に至る」というこの歌に、人々はチリの実情への不満と未来への希望を込めたのです。
 

 1988年には、軍事政権を今後も続けるか、民主主義に戻すかを問う国民投票が行われました。軍事政権は自信満々でした。だって、クーデター以来の15年間、マスコミでは検閲を敷いて軍政を称える報道しか流さなかった。表立って軍政を批判する声など聞かれなかったからです。
 

 それは野党側の政治家も同じでした。しかも、軍政側は一枚岩でしたが、野党は17党に分かれていました。野党の足並みが整わないことは今の日本どころではなかった。軍政に反対して運動する人ほど状況に絶望し、投票をしても勝つはずがないと思い込みました。
 

 余裕しゃくしゃくの政権側は、選挙前に1か月ほど検閲を部分解除しました。1日にたった15分、それも深夜、野党側が作った番組をテレビで放映できるようにしたのです。民主化を求める国際世論に配慮したのですが、一つの野党あたり1分もないのですから、どうせ影響力はないと高をくくったのです。
 

 ここで野党側は結束しました。民主主義の一点に置いて団結したのです。共同で番組を作ることになりました。最初、野党の年配の政治家が主張したのは「どうせ負けるのだから、このさい軍政の悪をあげつらおう」ということです。軍事政権下で市民が虐殺された暗い過去を告発する暗い映像が作られました。そこに異議をはさんだのが若者です。
 

 「勝つ気があるのか? 勝つためには暗い過去ではなく、明るい未来と夢を訴えなくちゃいけない」と主張しました。「みんな本音では民主主義にしたいと思っている。大切なのは有権者の本音を引き出すことだ。そのためには希望を語ることだ」と。こうして作られたのが「チレ! ラ・アレグリア・ジャ・ビエネ(チリよ、歓喜がもうやって来る)」というキャッチフレーズです。軽快なメロディーに乗せてテーマソングも作られました。
 

 そうです。あの困難な苦悩の時代に求めた歓喜が、今回のたった一回の投票で実現することを示したのです。口ずさみやすいこのメロディーは、瞬く間に全国に広がりました。軍人の子どもも街で歌いました。15年の沈鬱な空気は、たった1カ月で変わりました。
 

 国民投票の結果は、55%:44%で民主主義の勝利でした。こうしてチリの国民は平和な投票によって独裁政権を変えたのです。そのキーワードが「希望」です。
 

 日本の運動はえてして、政権が「ダメだ」とか、戦争法を「廃止しろ」とか、税金を私物化「するな」とか、否定的な言葉を唱えがちです。デモのさいにも、こういった言葉がよく叫ばれます。しかし、否定的な言葉は、聞いている市民に不快感を与えます。「じゃ、あんたたちはどうしたらいいと思っているのか? 不満しか言えないのか?」というごく自然な反発が生まれます。
大切なのは希望を語ることです。聞いている人々が納得できる、明るく、かつ具体的な未来像を示すことです。

 

 英国といえば、先のEU離脱を思い浮かべるでしょうが、東京都知事選に当たるのが首都ロンドンの市長選挙です。この5月に行われたロンドン市長選挙では野党、労働党のサディク・カーン氏(45)が当選しました。彼はイスラム教徒です。父はパキスタン移民のバス運転手で、自らは人権派弁護士です。
 

 彼が当選後の第一声で語ったのは「市民は恐怖より希望を選んだ」という言葉でした。イスラム教徒で移民の子という二重苦を背負う彼が支持を集めることができたのは、「希望」を語ったからです。それが有権者の心に響いたのです。

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2016年7月22日 (金)

都知事選と鳥越俊太郎氏、伊藤千尋氏の講演から―②―

 

(その5)

 

 

 鳥越俊太郎さんが自分の身体に異変を感じたのは、今から11年前の2005年の夏です。下腹部に重い感じがあり、トイレで便器が真っ赤になるほど出血しました。病院で検査すると、内視鏡のモニターに写ったのは馬蹄形をした、明らかにがんとわかる肉腫です。どんなに気丈な人間でも普通は打ちひしがれる場面ですが、彼は違いました。「しめた」と思ったのです。
 

 「がんを知る絶好のチャンス。ごまかさないで洗いざらい伝えよう」と彼は考えました。知人のディレクターに連絡し、「俺がくたばるまで記録してくれ」と頼みました。以後、ディレクターが撮影したのは1時間テープで400本に上ります。
 

 手術が行われました。「これが世の見納めかもしれんなあ」と思って運ばれたストレッチャー。意識を取り戻したのは4時間後で、がんの転移はなく進行度は第期でした。1か月の入院で体重は8キロ減りました。
 しかし、2年後、肺への転移が見つかり再び手術を受けます。ここでがんの進行度が第
期と言われました。末期がんの宣告です。生存率は20%。さすがにショックでしたが、ここで「俺はついているから、何とかなる」と思っちゃう人なのですね。
 

 左肺の手術、さらに7か月後に右肺の手術、さらに2年後には転移した肝臓の手術。鳥越さんはその経緯を語りながら、僕の目の前で着ていたシャツのすそをまくりました。右の腹に38センチもの縫い目がくっきりついています。こんなに大変な大手術だったのだ、と言いたいのだと思ったのですが、違いました。「皮膚の内側から縫合する面倒なやり方を主治医の先生は実に丁寧にやってくれたんだよ」という説明のためでした。
 

 その体で鳥越さんは2011年4月、福島第一原発の取材に向かったのです。事故からまだ1か月で、報道陣は原発に近寄らなかった時期です。前へ、前へと突入し、気が付くと正門前にいました。ジャーナリスト魂はまったく変わっていません。
 

 4度の手術を乗り越え、あ、鳥越ですから飛び越えと言った方がいいかな。なお潜伏するがんの心配にさらされながら、楽天的な性格はそのままです。70歳になったときは「創立70周年記念事業」と銘打って、これまでやったことのないことをやることに決めました。
 

 まず、頭にパーマをかけた。しかし、似合いません。すぐにやめました。やったことのない筋力トレーニングを始めました。週3回、今も続いています。今後は社交ダンスを練習して女優とタンゴを踊りたいとか、映画監督をしたいとか、まあ好きなことを考えました。そこに降ってわいたのが、今回の都知事選です。
 

 最初に野党から打診されたときは断ったのですが、今回の参議院選挙の結果を見ていきり立った。しかも、長野で野党連合の候補として自民党の現職を破って当選した58歳の元TBSのキャスターと話すと、年上の自分として何もしないではいられなくなった。またしても自分を奮い立たせ、都知事選への立候補を決意したのです。
 

 鳥越俊太郎、このとき76歳。これまでの東京都知事で就任のときの最高齢は鈴木俊一氏の68歳です。それよりも8歳も年上です。アメリカ大統領に選出された最年長がレーガンの69歳でしたから、それよりも年上です。大丈夫かな、と思う人はナマの彼を見てください。もう元気いっぱいです。

(その6)
 

 都知事選への立候補を決意した鳥越俊太郎さんは、いったん断った野党側に出馬の意志を伝えました。野党は喜びました。「鳥越さんなら浮動票を呼べる。勝てる」と踏んだからです。参議院選挙で共闘した野党4党は、先に立候補を決めた宇都宮健児さんを慮りつつも、ほどなく鳥越さんを推薦しました。「宇都宮さんでは浮動票を取れない」と踏んだからです。
 

 宇都宮さんにとっては怒りしかないでしょう。事実、「またも懲りずに政策でなく人気で選ぶのか」という趣旨の発言をしています。その時点で抱いていた政策では、明らかに宇都宮さんの方が鳥越さんよりも優れていました。というか、鳥越さんは義憤に駆られて立候補を決意したけれど、公約の用意はありませんでした。
 

 宇都宮さんとしては、真面目に選挙に取り組んできた自分を何だと思っているのだという憤りを当然抱かれたでしょう。彼は、理不尽なことをされたら損得勘定を無視してでも反発し闘う性格です。抗議の意味から敢えて立候補することだってあり得ました。
 

 しかし、それは私憤であって公憤ではありません。野党が分裂したら、せっかくのチャンスをつぶして与党が勝つでしょう。そのさいは宇都宮さんが「戦犯」扱いされるかもしれません。大局的な見地から、告示日の前夜に立候補を取り下げました。とても勇気ある決断だったと思います。
 

 それができたのも鳥越さんが宇都宮さんに会見を申し入れ、宇都宮さんが掲げた政策を全面的に引き継ぐことを伝えたからです。宇都宮さんにとっては面目が立ったし、鳥越さんにとっては用意してなかった政策を埋めることができました。なにせ13日の段階で鳥越さんが掲げた政策は「がん検診100%」しかありませんでしたからね。まあ、これで「顔は鳥越、頭は宇都宮、身体は野党共闘」という形ができたわけです。
 

 都知事選が告示された昨日の14日、鳥越さんが新宿駅前で挙げた第一声で掲げたのが「住んでよし、働いてよし、環境よし」です。うまいことを言いますね。でも、これは近江商人の持つ「売り手よし、買い手よし、世間よし」の商人哲学のパクリです。まあ、てらいもなくさらっとパクることができるのも一つの才能かもしれません。
 

 パクリといえば、改めて鳥越さんが掲げたのが「困ったを希望に変える東京へ」です。これ、宇都宮さんのキャッチフレーズの完全なパクリです。宇都宮さんの政策をそのまま引き取ったことの目に見える表現でもあります。
 

 まあ、よそさまの良いものをパクってもっといいものにするのは日本人の得意技です。ドイツのカメラ、スイスの時計、アメリカの自動車を真似て、もっといいものにして発展したのが日本です。日本人の心性の見本のような行動ですと思っちゃいましょう。
 

 さらに鳥越さんが言ったのが「がんから生還した男です」という言葉です。まあ、本人は意識していないのでしょうが、キャッチとして実にうまいなあ。そう思いませんか?
 

 何がうまいかと言うと、逆境を乗り越えたというだけで人々は喝采しますよね。よくやった、と拍手したくなります。そこに並みの人間を超えたスーパーマンあるいは蘇ったキリストを連想する人だっているかもしれません。さらに「生還」つまり「生きる」というポジティブな表現が共感を呼びます。希望を感じさせます。
 

 鳥越さんはもちろんスーパーマンではありません。彼を少し知っている人は彼を「気さくな人」と肯定的に評価します。彼をよく知る人は彼を「軽い」と表現します。たしかに熟慮して着実な対応をするタイプではなく、その場の思いつきでパッと決めてパッと実行するやり方です。これは現場から伝えるジャーナリストには最適の資質ですが、言論を担う報道人としてはいかがなものか、と思う人もいるでしょう。ましてや、それで都知事が務まるのかという疑問を浮かべる人が出るのは当然だと思います。
 

 ジャーナリストとして優れた人が政治家として優れているとは限りません。では、政治を専門にやってきた政治家に任せれば、政治はうまくいくのでしょうか。これまで日本の政治は政治家が運営してきましたが、うまくいってますか?
 政治家って、何でしょう?


(その7)
 

 政治家というのは特殊な職業です。最初から職業が政治家という人はあまり聞きません。若いうちに議員秘書など政治にかかわる職業に就いたとしても、それは政治にかかわっているだけであって政治家ではありません。政党のメンバーなら団体職員です。逆にどんな職業をしていても、選挙で勝てば政治家になれます。民主主義の下では、政治家は「なる」ものであって、「ある」ものではありません。
 

 そして政治の中身は大きく二つに分かれます。ビジョンと行政です。ビジョンとはどんな社会にするのかの展望、そして行政とはうまく仕切るテクニックです。
 

 テクニックを取り仕切るのは官僚です。だれが知事になっても、実際に都政を運営するのは都の職員です。東京都の職員数は一般行政職だけでも1万8千人で、公営企業や警察、教職員を含めると16万5千人もの数に上ります。これだけの専門家の人々が日々の都政を支えているのです。都知事は16万5千分の1なのです。都知事がだれであっても、いや敢えて言えば、都知事がいなくても都は機能します。石原都知事なんて庁舎に来ないことが日常だったというではありませんか。
 

 だから都知事の本来の重きをなす仕事は、行政よりもビジョンを示すことです。優れたジャーナリストが必ずしも優れた政治家ではないように、有能な行政マンが有能な政治家でもないのです。例を示しましょう。
 

 1989年に東欧革命が起きました。ベルリンの壁が崩れ、その波が東欧諸国に広がりました。当時、僕はチェコとルーマニアの革命のさなかで取材しました。チェコで新たに政権に就いたのはバーツラフ・ハベルです。独裁に反対する反政府市民運動の代表だった人ですが、彼のもともとの職業は戯曲家ですよ。つまり劇作家、日本で言えば井上ひさしさんか小田実さんという立場です。
 

 作家がいきなり大統領になってしまった。それでうまく行くのかと思われるでしょう。とってもうまくいきました。その後も選挙で選ばれて、大統領を10年も続けました。このときの日本と言えば、プロの政治家と言われる人が首相を務めきれず、1~2年で交代していたときです。
 

 大統領や首相が一人で何もかもやるのではありません。経済や教育などそれぞれの部門を専門とする閣僚がおり、その下に官僚がいます。ハベル氏は経済学者を経済担当の閣僚にして任せました。大統領が決めたのは、どの方向に国を持っていくか、ということだけです。
 

 それは革命後のキューバでも同じでした。キューバ革命のあとに中央銀行の総裁になったのがチェ・ゲバラです。彼は医学の学校を卒業したばかりの医者の卵でした。もちろん経済など何も知りません。その彼が中央銀行総裁として、しかも革命後の混乱期になぜうまくやれたのでしょうか。ゲバラは経済の専門家を集めました。彼らに経済の方向性だけを示し、あとの具体的な方策は任せたのです。野放しに任せたのではありません。任せるかたわらゲバラは経済を学習しました。3か月で経済専門家が「あなたに教えることはもう何もない」と嘆息したほどでした。

(その8)

  つまり政治家と行政マンは違うのです。大航海時代の帆船を使った探検を例にとりましょう。どこに行くかを決めるのは探検隊長で、その方向に行くように船を操るのは船長をはじめとしたプロの乗組員です。なにも隊長が帆の張り方や羅針盤の見方などまで知らなくてもいいのです。ましてやコンピューター時代の今ならなおさらです。もちろんそういったこまごまとしたことまで知っているのに越したことはありませんが、必須ではない。それよりも大局的な見通しを示すことが求められるのです。
 

 したがって、優れた政治家、優れた都知事に必要なのは10年後、20年後の東京をどうするかを見据えてビジョンを示すことです。
 

 そこで問われるのが「誰のための政治か」という立脚点です。都民のすべてを視野にいれるのか、あるいは特定の人々だけの利益を図るのか、です。これまでは一部の人々だけの利益を追求してきた政治家がほとんどでした。これではだれもが称賛する優れた政治家とは言えないと僕は思います。
 

 先ほどチェコの作家で政治家になったハベルのことを言いましたが、作家と言えば都知事になった石原慎太郎という人もいます。彼とチェコのハベルと、何が違ったか。それこそ「だれのための政治を目指したか」という点です。一部の大企業や金持ちのためか、貧しい人々も含めたすべての人々か、の違いです。
 

 社会格差を広げるのか、格差をなくすのか。そこを問われるのが今回の都知事選です。鳥越さんはみんなの、そして弱者の立場に立っています。「一部の人ではなく、都民みんなに都政を取り戻す」と言っています。与党の候補にはこうした姿勢は見られません。

 

 
 1967年、東京には革新都政が誕生しました。知事になったのは学者だった美濃部亮吉氏です。彼が都知事選で掲げたキャッチフレーズが「東京に青空を」でした。当時の日本は公害問題が蔓延していました。四日市では「スモッグの下でのビフテキよりも、青空の下でのおにぎりを」というスローガンが登場しました。いわば、そのパクリです。犠牲者を出しても産業の発展を優先するのか、経済的な富よりも自然と共存し安心した暮らしを保障するのか、の違いです。そのどちらにするのか、を端的に示したキャッチでした。
 

 言葉倒れではありません。建築家をブレーンとして「広場と青空の東京構想」を示しました。首都高速や空港などの大型建設工事を中止し、公営ギャンブルも廃止しました。かたや国に先駆けて公害局を設置し、老人医療費の無料化制度をつくり、無認可保育所を助成し、児童手当を創設しました。やるべきことをちゃんとやり公約を守ったのです。鳥越さんには、こうした過去をぜひ参考にしてほしいものです。


 

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2016年7月21日 (木)

都知事選と鳥越俊太郎氏、伊藤千尋氏の講演から―①―

 友人から送られてきた伊藤千尋氏が講演で話した「都知事選と鳥越俊太郎氏」が面白いので紹介する。

 

5. 都知事選
 

 7月14日、都知事選が告示されました。おお、フランスで言えば「パリ祭」の日、つまり自由と人権を求めたフランス革命の記念日ですね。それにふさわしい選挙となってほしいものです。

 でも、31日に投票ですから、選挙期間は2週間余りと短いですね。僕が6月にかかわった狛江市長選挙はたった1週間でした。こんなに短くては政策論争をする時間がありません。日本の選挙が候補者の名前だけをがなり立てるのは、そのためです。海外の選挙の期間は1か月が普通ですよ。アメリカ大統領選挙は1年近くもあり、そこで政策や人柄などが厳しく問われます。日本でもせめて1か月はほしいものです。

 さて、早くから名が挙がっていた小池百合子さんはいち早く名乗りを上げましたが、自民党の都連を素通りしてさっさと発表してしまった。自信を持っている人はとかく根回しを怠りがちです。このあたりはチリの軍部と同じですね。そういえば小池さんは元防衛大臣でした。

 これに怒ったのが、無視された都連です。なにせ内容よりもメンツを重んじる人々ですからね、政治家という人種は。しかも女性から無視されたというので、保守のおじさまたちはいっそう怒ったのでしょう。その意を受けた自民党本部は、元総務大臣で元岩手県知事でもある増田寛也さんを担ぎ出しました。公明党もこれに乗りました。名前の小池か、実の増田か、といったところです。

 ともあれ、こうして与党側は分裂しました。野党側にとっては、まさに「千載一遇のチャンス!」です。野党側で早くから準備を進めていたのは、過去2回の都知事選に立候補した日弁連元会長の宇都宮けんじさんです。早くからチラシを刷って準備しました。僕の手元にそのチラシがありますが、プロのカメラマンが撮ったポーズ写真といい、キャッチフレーズの良さといい、なかなか堂にいったものです。

 そのキャッチフレーズは「困ったを希望に変える東京へ。」です。さすが選挙を何度も経験された宇都宮さんは分かってますね。「希望」の2文字が入っています。裏面には「都政のすべてを都民のために」「3・11をわすれない。原発のない社会を東京から」など「東京を希望のまちに変革する7つの政策」がきちんと書かれています。いかにも早くから準備していたことを思わせます。

 人柄も政策も申し分ない。しかし、(悪いけど)華やかさもない。選挙は人気投票ではないと言いますが、それは政策がきちんと浸透したうえでの話です。選挙期間が短い日本では、現実には人気投票にならざるをえないのも事実です。せっかくのチャンスなのに宇都宮さんで勝てるのか、という危惧をいだいた野党側に別の動きが生まれました。

 ここで彗星のように登場したのがジャーナリストの鳥越俊太郎さんです。毎日新聞の記者からテレビ・キャスターを長年やって、知名度は抜群。しかもダンディで、巷の人気もあります。選挙で勝つためには個人が持つ「オーラ」が必要です。言葉を替えれば、人を巻き込む情熱、あるいはセックス・アピールと言ってもいいでしょう。鳥越さんには、それがあります。僕はひそかに「男の蓮舫」と呼んでいます。

 実は、僕は鳥越さんをよく存じてあげています。彼がキャスターをしていたテレビの番組にコメンテーターで出演したこともあります。現役の新聞記者だった5年前には、彼について3回の長い連載記事を朝日新聞に書きました。

 鳥越さんは毎日新聞で24年、記者を続けました。「死んだら棺を毎日新聞の社旗で覆ってもらいたい」と家族に言い置くほどの根っからの新聞記者です。とはいえ、会社からは記者として有能とみなされなかった。まあ、自分でも「落第という烙印を押された」と言うほどです。社会部から週刊誌「サンデー毎日」の編集部に異動を命じられました。当時は落ちこぼれた者が飛ばされる先が週刊誌だと言われていたからです。

 ですが、ここでジャーナリストとしての本領を発揮しました。ロッキード事件で逮捕された田中角栄首相の地元の町に3か月住み込んだのです。

 (その4)

  田中角栄が総理として権力の絶頂にあったとき、マスコミは彼を「今太閤」と呼んで持ち上げました。でもロッキード事件が起きて逮捕されると一転して彼を非難したのもマスコミです。しかし、田中角栄の地元ではなお、彼を称える有権者が多かった。マスコミはそうした地元の有権者をも批判しました。
 

 そのとき、地元の人々の視点に立って見つめようとした数少ないジャーナリストの一人が鳥越俊太郎さんでした。田中角栄の地元の町に3か月住み込み、過去の日本の発展から取り残されてきた日本海側の住民の視点で記事を書きました。
 

 現場に踏み込んで事実を見極め、現場の人々の視点で考えようとする姿勢は駆け出しの記者時代からのものです。農業の取材のため重いテープレコーダーをかついで田んぼに入り農民の声を聴きました。このときのことを鳥越さんは「大所高所でなく、アリの目で這いずり回って書く現場主義に徹した」と語っています。
 

 鳥越さんは41歳のとき、毎日新聞を1年間休職し、米国の新聞社の研修生になりました。このまま定年までだらだら過ごしたくない、可能性があるうちに能力を身に着けたいと考えたからです。40代というのは、当時の新聞社で言えば記者からデスクという中間管理職に上がる年代です。多くの人々は出世の階段を上ろうとします。でも、鳥越さんは生涯一記者を目指していました。
 

 だからといって英語ができたわけじゃない。会話の試験は落第でした。合格したのは書類で提出した英文が見事だったからです。実は、英語が堪能な若い記者に書いてもらったのです。あ、ずるい、なんて思わないでください。要領がいいってことです。
 

 普通、その程度しか英語ができなければ、現地に行って苦労するのは自分ですから、そもそもアメリカ行きなんて考えません。彼は違いました。自分を追い込むタイプなんですね。現場で苦しんで自分を鍛えようとしたのです。同時に、行けばなんとかなるという日本人離れした楽天性をも持っていました。
 

 ここまで話を聞いたとき、鳥越さんはニヤッと笑って小さいころの自分を振り返ってこう言ったのです。「僕はね、『泣き虫の俊ちゃん』と呼ばれてたんだよ」。人前に立つと震えて話せなくなったそうです。まあ、今と大違いですね。彼は大学時代に合唱団のマネジャーとなり、自分から人前に立たざるをえない状況をつくって自分を鍛えたのです。人前に出ると上がって頭が真っ白になってしまう方は、鳥越さんを見習いましょう。
 

 アメリカから帰国すると週刊誌から新聞に戻りましたが、イランのテヘラン支局長を命じられました。そこで落ち込んだそうです。アメリカの特派員になれると思っていたからです。まあ、この辺が鳥越さんのずうずうしいところです。アメリカに1年住んだくらいでいきなりアメリカの特派員になれるわけがない。
 

 しかも、イラン特派員をアメリカ特派員の下だと考えるって、あんたらしくないじゃないかと思うのですが、「テヘラン行きは当時の毎日新聞外信部で最低のランクだったから」と彼は言うのです。まあ、鳥越さんなりにプライドというものがあったのでしょう。
 

 しかし、イランに行ったおかげで今日の国際政治の焦点となっているイスラムについて知ることができました。農業やイランという、彼に言わせれば「日の当たらない、だれもやりたがらない」部門でやったおかげで、「オセロゲームのように白黒が逆転して今の私に役だっている。人生って面白い」というポジティブな発想をする人なのです。
 

 その後は週刊誌「サンデー毎日」の副編集長になります。週刊誌といえばよく誤報を出します。「サンデー毎日」が誤報を出したとき、社としてはなんとかうやむやにしようとしました。しかし、鳥越さんは社の幹部を説得して8ページもの詳細な検証記事を掲載したのです。これはアメリカのジャーナリズムの報道姿勢です。アメリカでの経験は実際に役に立ちました。いえ、身を持って役に立たせた鳥越さんを称えるべきでしょう。
 

 「サンデー毎日」の編集長となったとき、テレビ朝日から思いがけない話が舞い込みました。新設する調査報道のニュース番組のキャスターをしないかというのです。実は社会部時代に知り合った作家の澤地久枝さんの推薦だったのですね。その話に鳥越さんは飛びつきました。かねて「50歳になったらフリーのライターになろう」と思っていたからです。このとき49歳。う~ん、こうしてみると、ジェットコースターのような人生ですが、要はツキまくっているのです。「塞翁が馬」を絵に描いたような人です。
 

 50歳でテレビ界へ入っても、やったことは新聞記者時代と同じでした。「現場へ、アリの目で」がモットーです。天安門事件の中国へ行き、ソ連崩壊の瞬間を赤の広場から報告し、オウム真理教の家宅捜索のさいも山梨の現場から伝えました。埼玉県の女子大生殺人事件では警察の手落ちを検証して「ストーカー規制法」の成立をもたらしました。調査報道の面目躍如です。2004年のイラク戦争時にも現場に行き、周りから「死ぬ気か?」と止められたにもかかわらず、フセインの隠れ穴があった危険地帯に踏み込みました。
 

 神に愛されているのではないか、と思えるほど幸運が続いたその彼に、突然の試練が訪れます。「がん」を宣告されました。

 

 

 

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2016年7月20日 (水)

日本会議生みの親、村上正邦氏の話が面白い―②―

 村上正邦氏は、大日本国憲法に戻せと主張している。安倍首相も似たようなところがあるが、更に右翼のようだ。次のように語っている。

  「明治憲法に戻すんですよ。いまの日本国憲法はアメリカが占領しやすいようにつくった憲法なんだから。もともと日本には明治につくった大日本帝国憲法がある。だから、その明治憲法に復元する。そこから復元と言って古臭いなら、明治憲法を現代に合わせて調整し、問う。日本のためにつくる。伝統を大切にする。美しい日本の国を守る。」

  そんな村上氏が正鵠を得たことを語っているので面白いのだ。

  インタビューアー──安倍首相が日本会議の同士たちに方向付けされているという見方もあるようです。

  「彼は、おじいさんの岸信介(元首相)はA級戦犯ではないという思いはあるし、岸信介を誰よりも尊敬しているのでしょう、東京裁判などの間違った歴史は修正したいと考えている。けれど、考えが一貫しているわけではない。たとえて言えば、“ぬえ”的な人。現実的かもしれないが、私からすると苛立たしい。アメリカにはいいように利用されている。ただ、岸さんだって、実際はアメリカとの関係を重視して、主義主張は捨てて柔軟に適合してきた。そういう意味では、孫も似ているかもしれない。」

アメリカにいいように利用されているという見方はその通りである。

  インタビューアー──この参院選でも、3年半経ったのに「アベノミクスは道半ば」と言い続けていました。

  「問題は『道半ば』ではなく、道を突き進んだ先がどうなるのかを言わないことだ。彼は困ったときには経済を持ち込めばいいと思っている。それで3回の選挙を戦ってきた。彼はいつも『道半ば』という言葉を使って逃げ道にする。」

  安倍首相は選挙中、「この道を行く」と連呼したが、村上氏の指摘の通り、その先は言っていない。「1億総活躍」とか「GDP600兆円」など実現の手立ても示さずにホラを吹いている。経済に逃げると言うのも当たっている。 

インタビューアー──識者の中には、失敗を追及されてもそれに答えていないと不信を抱いている人もいます。

 「言葉のマジシャンなんだ。予算委員会を聞いているとわかる。饒舌に語ったにもかかわらず、何を言いたいのかわからない。何も伝えてないというのはすごい。

 結局、選挙で勝ち負けを決めていけばいいと思っているだけですよ。野党が言っているように、選挙前は経済の話をして数を得たら、特定秘密保護法や安全保障関連法案をごり押しする。引いたり押したりして、1日でも長く安倍政権を持続させる。そのため使えるものは何でも使う。

 安倍さんのミキサーにかける。ミキサーというのは、たくさんの諮問会議。役人、学者、経済人を集めて議論させる。そこで得た結論を彼の結論とするということですよ。」

 言葉のマジシャンというのはうまく誤魔化すという意味であろう。言い得て妙がある。国会で質問されても論点をはずして答弁している。その場しのぎである。安倍さんのミキサーにかけるというのも鋭い指摘である。彼は有識者会議をいくつも作りそれを盾として正しいと主張している。

 ※このインタビューを詳しく見るには、

 http://news.yahoo.co.jp/feature/256

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2016年7月19日 (火)

日本会議生みの親、村上正邦氏のコメントが面白い―①―

 いつものようにYahooニュースを見ていて、面白い記事を見つけた。元自民党参議院幹事長で「日本会議」生みの親の村上正邦氏への自民党の圧勝を受けてのインタビューである。

  「かつて自民党で『参院のドン』と呼ばれた村上正邦氏だ。村上氏は、目下安倍政権に大きな影響を与えているといわれる右派政治団体「日本会議」の生みの親でもある。さぞ喜んでいるだろうと事務所を訪れると、村上氏は『安倍政権はダメだ!』と憤っていたというのだ。

  「勝利は勝利だけど、この政権は長続きしないだろう、と谷垣さんは思っていたようだった。参議院選挙なのに、閣僚の岩城光英法務相(福島)、島尻安伊子沖縄北方担当相(沖縄)は落選した。この痛手は小さくない。ここが勝負どころと思ったが、負けている。首相はそこが選挙の反省点と思っているのでしょう。

  谷垣さんは自民党総裁も経験しているから、党運営の難しさを理解している。大勝の裏で安倍政権の崩壊は近い、と気が付いているんだ。それは党内の動きが見えているからだろう。

  織田信長も配下の中に俺を裏切る奴はいないだろうと思っていた。しかし、明智光秀に殺された。この繰り返しなんだよ、人間の性っちゅうのは。必ず明智光秀が出て来る! 思い上がりは必ず後悔するものだ。」 

 谷垣幹事長の表情から、彼が長続きしないと見ていると推察、安倍首相が有頂天になっていると、明智光秀が出て来るというのが面白い見方である。

 「憲法改正ばかり注力するようなことになったら、日々の政治判断がおろそかになって足元をすくわれかねないよ。」と言い、続けて次のように語っている。

 「まさに憲法改正だからですよ! この参院選で、安倍さんは堂々と主張してよかったんです。しかし、彼は憲法改正論議を避けて、禁句にしてしまった。憲法の『け』の字も出さなかった。参院選の選挙運動期間中、アベノミクス、カネの話ばかりしていた。それなのに、選挙が終わった途端、憲法改正を言い出している。姑息なんですよ! 姑息すぎる。

  谷垣さんは選挙前から『まだ憲法改正の時期じゃないです』と言っていた。そこは私は谷垣さんの思いと重なるし、尊重したいが、谷垣さんは憲法問題に消極的で、改正したい内容にも違いがあるので、党内をまとめられないのではないだろうか。党内をまとめる力量が不足しているということだ。」 

 安倍首相の振舞を姑息だと断じ、また自民党内も安倍首相と同じ意見で固まっているのではないことを指摘している。

  はっきりと争点にすべきであったとし、「昨年の安全保障関連法制もそうでしょう。集団的自衛権の話をするのにホルムズ海峡の話だとか持ちだして、あんなひどい議論はない。こういう議論は、誰もがわかるように時間をかけ、お互いが納得してやっていかないといけないんですよ。与野党で時間をかけて熟議する。結論が出るまで夜中まで付き合う。それがいまは公明党との数の論理だけです。最近の自民党にはまったく熟議がない。夜中までかけて、喧嘩なんてしない。熟議した法案なんてないでしょう。それじゃあ、いい法案なんてできるわけがない。」 数の論理でごり押しをした自民・公明のやり方を批判し、時間をかけてじっくりと議論すべきであったと言うのだ。 

  「インタビューアー──第2次政権発足後の2013年春には96条(憲法の改正手続きに関する規定)から改正したいという話が出ましたが、相当な不評を浴びて案が消えていきました。そして2014年暮れからは礒崎陽輔首相補佐官などが憲法改正で『緊急事態条項』の新設をたびたび口にするようになりました。メディアを通して改憲に対しての反応を見ているという説もあります。

 でも、それらも本格的に国会で議論してないでしょ。本当に隠すのなら隠し通せばいいけれど、そこまで徹底もしない。だから、ちょろちょろ(様子見のように)話が出てくる。言ってみれば、安倍さんの希望は『憲法改正に手を付けました』と名前を残したいだけなんだよ。(歴代首相を多く生み出してきた)長州人として。この先、閣議決定で『憲法改正やります』と銘打つとは思いますよ。でも、関心があるのは自分のこと。おじいちゃんができなかったことを俺はやったぞと。そう歴史に刻みたいんだ。やりきらなくてもいいんだよ。」

 長州人として先輩の列に並びたいがために憲法改正をやりたいだけだと、その魂胆の低劣さを皮肉っているのが面白い。

 

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2016年7月18日 (月)

JR名古屋駅のひどいずさんさ―観光立国が聞いて呆れる

 15日に英国から来た友人と一緒にJR名古屋駅新幹線改札口の隣にある切符販売所に行った。友人は英国でJAPAN PASSを買って来ていたので、それで新幹線指定席を求めにいったのであった。

 駅裏の「がぶりチキン」で鳥の空揚げなどでビールを飲んでから行ったので、夕方6時過ぎであった。驚いたことに駅構内は大変な人の流れであった。切符販売所の外にはいくつもの長い列ができていた。

 そこに腕章をつけた女性の案内係りがいたので、JAPAN PASSの話をしたら、どの列でもよいから並ぶように言われた。そこで列の後尾についた。私が3時前に切符を買いに来た時も人は多かったが、夕刻に切符を求める人の数はもの凄かった。

 しばらく並んでやっと順番が来た。カウンターのスタッフの所に行くと、ここではなく、前の総合案内所へ行くようにと言った。私は女性の案内係が並べと言ったと話したら、スタッフは事務所に聞きに行って、やはり総合案内所だと言った。そちらで手続きをしてまた並ぶように言った。

 友人は入口の案内版(写真)を指さして、①窓口だと言った。そこには

「JAPAN PASS   Exchange Office Here   ←Excange Counter NO. 1」と書いてあった。私は納得がいかなかったが、友人は①カウンターに行くと言った。行って聞いてみると、やはり総合案内所で手続きをするのだと言われて戻ってきた。

 ちょうどそこに助役の帽子をかぶった人がいた。胸にはSuperevizerと書いてあった。私はその駅員に案内板を指さして、これはどういうことかと尋ねた。これまで並んだことやスタッフが総合案内所に行けといったことなどを話して、案内板とは全く違っているのはどういうことかと抗議をした。

 助役のような駅員は「19時までは総合案内所で手続きをすることになっています」と言った。その時は6時40分ぐらいであった。「しかし、この案内板のどこにもそんなことは書いてないでしょ。観光立国を目指すと、外国人を呼んでいるのにこんなことでは困るではないですか」と言うと、「その通りです」と言うのみであった。わたしは直ぐに改めるように念を押して、総合案内所に行った。

 案内所では、友人が手続きをしていた。それが終わってから①カウンターに行って指定席の購入をした。終わると7時15分ごろであった。何と1時間15分も右往左往させられたのだ。

 安倍首相が外国人を2020年までに4000万人誘致するという目標を立てて推進しているし、愛知県や中部地方各県も「昇竜作戦」とかいって岐阜、富山、石川、長野等へ観光客を呼ぼうと策を練っている。それなのに、肝心のJRが上に書いたような情けないことではどうにもならないではないか。

 JR名古屋駅だけでなく、JR全体をもう一度点検して即刻改めるべきである。

 Img_1618

 

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2016年7月17日 (日)

憲法改悪は「緊急事態条項」から・・・は間違いない

 自民・公明とおおさか維新などの改憲勢力が参議院で2/3を占めたことで憲法改悪が現実のものとなってきた。

  憲法を変えるには、変更または加える条項を決めて、国会で審議をし、両院の2/3の多数で国民投票を発議して、国民投票で過半数を得れば改正ということになる。

 憲法改正には、まず衆院で100人以上、参院で50人以上の賛同を得たうえで原案を国会に提出し、衆参両院の憲法審査会で審査する。審査会で出席議員の過半数の賛成で可決されると、本会議に付され、衆参両院それぞれの本会議で総議員の3分の2以上の賛成で改正が発議される。発議から60?180日の間に国民投票が行われ、有効投票の過半数の賛成で成立する。投票年齢は現在20歳以上だが、2018年6月21日以降は18歳以上となる。」(大石眞・京都大大学院教授)

  公明党は参院選後に「9条は変えない」と明言していた。だから9条をいきなり変える訳にはいかないだろう。

  公明党、おおさか維新の党などの改憲勢力が賛成できるものはと言えば「緊急事態条項」を憲法に入れることである。これは「加憲」となり、公明党の主張と一致するし、以前公明党は「緊急事態条項」は必要だと述べていた。

  自民党が真っ先にやりたいのも「緊急事態条項」を憲法に入れることである。自民党は大地震などの大災害の時に必要だと言っていた。しかし、本音はこれを入れることで憲法を停止できることである。
 
 本来は緊急事態から国民と国家を守る規定であるにもかかわらず、緊急避難的措置として独裁を許容しかねない危険がある。

 1919年のドイツで制定されたワイマール憲法(第48条)では、公共の安全・秩序に重大な障害が生じた場合、または『その恐れがあるとき』、大統領は武力兵力を用いて緊急措置を取ることができ、この目的のためには、人身の自由、住居の不可侵、親書・郵便・電信電話の秘密、意見表明の自由等の7か条の基本権の全部または一部を一時的に停止しうるとしていた。この規定が乱用され、後のナチス支配への道を開くことになったことは、歴史が教えてくれている。世界各地で見られるクーデター後の軍事独裁政権が主張するのも、この国家緊急権だ。」(Litera)

 2013年に麻生副総理がいみじくも次のように発言した。

、ドイツはヒトラーは、民主主義によって、きちんとした議会で多数を握って、ヒトラー出てきたんですよ。ヒトラーはいかにも軍事力で(政権を)とったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから。ドイツ国民はヒトラーを選んだんですよ。間違わないでください。憲法は、ある日気づいたら、ワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていたんですよ。だれも気づかないで変わった。あの手口学んだらどうかね。」

 昨年の10・11両日行われた衆参での予算委員会で、安倍晋三首相は、来夏の参院選後の改憲について答弁し、「緊急事態条項」の新設を重視すると明言。参院予算委では自民党・山谷えり子議員からの質問に答えるかたちでこう述べた。

「大規模な災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るため、国家そして国民自らが、どのような役割を果たしていくべきかを、憲法にどのように位置付けるかについては、極めて重く大切な課題であると考えています」

 自民党の憲法草案の該当部分にはつぎのようになっている。

 (緊急事態の宣言)
 第九十八条 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。》
 

 一目瞭然、自然災害が出てくるのは3番目だ。主たる目的は、外部からの武力攻撃への対応であり、重要なのは「内乱等による社会秩序の混乱」に対する措置。要は、明治憲法下での戒厳令を復活させようとしているのだ。

 結局、大規模災害を強調することで、他の野党や国民の抵抗感を弱める狙いがあるのだ。

そして一旦憲法に入れてしまえば、牙を剥いて、ナチスのヒトラーのように一気に憲法を変えてしまおうというのである。

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2016年7月16日 (土)

南シナ海 中国の権利否定は当然の判決

 オランダのハーグのある常設仲裁裁判所は12日、中国や周辺諸国が領有権を争う南シナ海問題で、中国が独自の権利を主張する境界線「9段線」に国際法上の根拠はない、との判決を下した。提訴をしたフィリピンの主張をほぼ全面的に認める判決であった。

 中国は南シナ海にある岩礁に実効支配を強めるために人工島を建設してきた。

   スビ礁→通信施設と3000m級滑走路

   ガベン礁→6階建てビル、ヘリポート

   ケナン/ヒューズ礁→レーダー、9階建てビル

   ジョンソン南礁→6階建てビル、機関砲

   ミスチーフ礁→通信施設、3000m級滑走路

   ファイアリクロス礁→3000m級滑走路

   クアテロン礁→6階建てビル

 判決はこれらの人工島は「島」ではないと判断したのだ。したがって12カイリの領海以外に、周辺の天然資源探査などの権利はないした。外国の船が南シナ海を公海として自由に航行できるのである。

 また、中国の岩礁埋め立てで、珊瑚礁が破壊されたとして、国連海洋法条約の環境保護義務違反に当たると認定。フィリピンがEEZ(排他的経済水域)で行使できる経済的な権利を侵害し、中国船が石油掘削や漁業活動を妨害したことも認めたのである。

 経済発展を遂げた中国は、その経済力を背景に拡張政策をとりつづけ、南シナ海ではフィリピン、ブルネイ、マレーシア、などの国々の権益を侵害し続けてきた。強引に岩礁にビルや滑走路を築き軍事的拠点を構築して、周辺を航行する船舶等に圧力をかけている。

 また、日本に対しては、尖閣列島の領有を主張し続けている。

 この中国の身勝手な行為は帝国主義そのものである。いずれはアメリカをしのいで世界の覇者になろうという魂胆であろう。中国の軍事力をちらつかせて支配しようとすることが、世界平和にとっての脅威であることは間違いない。

 中国は今回の判決を紙屑だといい、軍事力で対抗すると主張した。この独りよがりの行動を、アジアや世界の国々の良識に訴えて、封じ込めることができないものであろうか。

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2016年7月15日 (金)

恐ろしい自民党の偏向教育実態調査

 自民党のホームページで学校教育における政治的中立性についての実態調査」というタイトルのページを設けている。

  (党文部科学部会では学校教育における政治的中立性の徹底的な確保等を求める提言を取りまとめ、不偏不党の教育を求めているところですが、教育現場の中には「教育の政治的中立はありえない」、あるいは「子供たちを戦場に送るな」と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいることも事実です

  学校現場における主権者教育が重要な意味を持つ中、偏向した教育が行われることで、生徒の多面的多角的な視点を失わせてしまう恐れがあり、高校等で行われる模擬投票等で意図的に政治色の強い偏向教育を行うことで、特定のイデオロギーに染まった結論が導き出されることをわが党は危惧しております。)

  戦後70年、教員は戦時中の大政翼賛の小国民教育で教え子を洗脳し、戦地に送り出したことを深く反省し、「二度と戦争はしない」「教え子を戦場に送らない」を合言葉に、憲法と教育基本法にもとづく平和教育を行ってきた。

 それが自民党・公明党が安保法制を集団的自衛権行使可能にし、いつでも自衛隊を戦場に送れる法にしたことを受け、「子どもたちを戦場に送るな」は偏向教育だと言い出したのだ。「憲法9条を守ろう」とか「戦争反対」「世界から核兵器をなくせ」などはみな偏向教育とされるのであろう。

 そして実態調査をするとして、投稿フォームまで用意をした。〔そこで、この度、学校教育における政治的中立性についての実態調査を実施することといたしました。皆さまのご協力をお願いします。》とつづけ、投稿フォームを設置。氏名や性別、連絡先などとともに、《政治的中立を逸脱するような不適切な事例を具体的(いつ、どこで、だれが、何を、どのように)に記入してください。)

 政治的中立性の名の下に、「教え子を戦場に送らない」はイデオロギー教育だとして、実態調査というやり方で”密告”を要求しているのだ。逆に「みなさん、政府に協力して喜んで戦場に出かけましょう」とやれば、それは中立を保った立派な教育であるというのであろうか。

  政権がいつも正しいことをやるとは限らない。それは戦前の軍国主義教育でいやという程知ったことである。イラク戦争だって過ちであったと米国も英国もオランダも認めたではないか。そういう戦争に子どもたちを送らないということの何処が間違っているのか。

 政権の意向に反する者はすべて「偏向」であると決めつけようという戦慄すべきことを自民党は始めたのだ。参院選挙前にこのホームページは作られたようだが、2/3を獲得した今、ますます牙を剥いて来るに違いない。あの北朝鮮のような密告による統制を事もあろうにこの日本でやり始めたのである。

※密告フォーム

 https://ssl.jimin.jp/m/school_education_survey2016

 

 

 

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2016年7月14日 (木)

鳥越俊太郎氏都知事選立候補を喜ぶ

 舛添前東京都知事のぶざまな辞職によって、また50億円も費やす都知事選が行われることになった。立候補したい人が手を挙げたが、それぞれ思惑があるのかなかなか確定しなかった。

 特に自民党・公明党に対抗する側からは、誰に決まるのか注目して見ていたが、12日になって急に鳥越俊太郎氏が立候補すると表明し、結局野党4党が統一候補として応援することになった。

 参院選と同時に行われた鹿児島知事選挙でも、野党4党が推す三田園氏が現職を破ったこともあり、また、参院選で野党統一候補が11選挙区で勝ったことも、都知事選での4野党推薦につながったのだろう。

 鳥越氏は、最初は民進党から打診を受け、固辞したと言われるが、参院選で改憲勢力が2/3を超えたのを見て出馬を決意したのだという。

 私が所属しているあるクラブでも、鳥越氏の立候補が話題となったが、みな彼に期待をしていた。私たちは都民ではないので選挙権はないのだが、あれだけスキャンダルがつづいた東京都知事選ともなれば関心が高いのだ。

 前回は宇都宮氏に期待していた。90万票以上の得票をしたけれど舛添氏の圧倒的な強さに敗北した。だから、3度目の正直を狙う宇都宮氏の気持ちも理解できる。

 しかし、4野党の統一候補になった鳥越氏を推す市民グループなどと、既に立候補を表明している弁護士の宇都宮徳馬氏は支持する層が重なる部分がある。だから宇都宮氏が立候補を取り下げるといいと思っていたら、13日の夕方取りやめるというニュースが出たのでよかった。ふたりで政策を擦り合わせて、当選に全力を挙げてほしい。

  自民党の小池百合子氏は真っ先に立候補を表明したが、自民党は公式に増田元岩手県知事を推した。

 13日の週刊誌の広告を見ておもしろかった。鳥越氏の立候補があまりにも唐突であったので、気が抜けた記事をのせている。

 サンデー毎日は、「都知事選大混乱、小池・増田自民分裂に一刺し?民進”右往

            左往”」

 週刊朝日は、「大混乱の都知事選、石田純一出馬断念の腰砕け」

 週刊新潮は、「「風雲急を告げる都知事選、石田純一不出馬で小池百合子、増

          田寛也それぞれの傷跡」

 外野で見ているとそれなりに面白いものであったが、鳥越氏の立候補は「究極の後だしジャンケン」と評されている。都知事選は石原慎太郎のときから後出しジャンケンが勝つと言われてきた。今回もそのジンクスが生きているかどうか。ともあれ縁起担ぎに頼ることなく、良識ある東京都民の力で鳥越俊太郎氏を都知事にしてほしい。

 今度の選挙でまた猪瀬、舛添のような人物を選んだら都民の恥である。

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2016年7月13日 (水)

英国のイラク参戦検証は立派―日本も見習うべき

 英国の独立調査委員会が6日に、2003年に英国がイラク参戦した経緯などを検証ち、報告書を発表した。260万語にものぼるといわれる報告書は、イラクへの軍事行動は法的な根拠が乏しかったと総括した。

  ブッシュも認めたように、イラク政策が不完全な情報や分析に基づいていたと断定したのだ。

  この委員会を設置したのはブラウン首相で09年のことであった。それから7年かけて調査が行われ、開戦当時のブレア首相を始め約150人の政府や軍、情報機関関係者を聴取したほか、数々の機密文書の閲覧も認められたという。

  私はイラク戦争に反対をした。それが正しかったことを誇りに思っている。当時からブッシュが言った「大量破壊兵器があるという確かな証拠」には疑問がもたれていた。だから世界中で多くの人が反対の抗議行動をした。

  日本では、小泉純一郎首相が、ブッシュの言い分を信じてイラク戦争を支持し、自衛隊を復興支援に限ってイラクへ派遣した。幸い自衛隊が銃の引き金を引くことはなかったが、安保法制が成立した現在は、米国の要請があれば戦場に赴くことを拒否できない状態となった。

  ところで、この英国のイラク参戦検証について、日本経済新聞が「英国のイラク検証に見習え」という記事を書いているのをネットで見つけた。大企業、安倍政権よりの日経が?と思ったが、読んでみると納得できることであった。

  イラク戦争について政府はまともな検証をしてこなかったといい、次のように書いている。

  「12年、民主党政権の指示を受けた外務省が戦争を支持した経緯などを調べて「検証結果」をまとめたことはある。

  戦争支持は「おおむね適切」と結論づけたが、公表されたのはわずか4ページの要約で、聴取の対象者も伏せられた。約7年かけて検証し、膨大な報告書を公表した英国とは比較にもならない。

  武力行使した米英と、復興支援などにとどまった日本とは同列に論じられない――。政府はこう主張するが、理由にならない。オランダは攻撃に参加しなかったが、戦争を支持した経緯を調べ500ページを超える結果を発表した。

  検証力の乏しさは日本の大きな欠点だ。政治家や官僚はこの体質を放置せず、改善してほしい。」

 冒頭の結論で「 失敗を検証し、教訓を学ぶ。この能力があるかどうかで、国家の行方も左右されかねない。この点で日本の現状はかなりお粗末だ。政策決定の検証に努める他国の姿勢を、真剣に見習うべきだ。」と書いている。

 欧米に比べて、日本は「仕方がなかった。いまさらとやかく言っても始まらない」という風潮が支配する。しかし、これからでも遅くない。いや安保法制が集団的自衛権行使を認めたからこそ、すぐにでも検証をすべきだと思う。

 ただ、日本の場合、特別機密保護法ができたので、政府は不利な証拠は全て開示しないであろうが、英国に見習って、機密も開示し、2度とあのような過ちを犯さないようにすべきである。

 

 

 

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2016年7月12日 (火)

選挙結果にがっかりしても始まらない

 昨日の朝までは開票結果にがっかりしていたが、いつものように早朝ウオーキングに出かけて、歩きながら考えた。参院選で野党4党は所期の成績を収められなかったが、それでも民進党は32議席、共産党は6議席、0だと言われた社民党と生活の党もそれぞれ1議席を獲得できたから、それなりに良しとしなければと思った。

 改憲勢力が2/3を確保したことは今更どうしようもないことである。そんなことでいつまでも悩んでいては脳によくない。さっと切り替えて、ポジティヴに考えないとだめだと気付いた。

 「禍福はあざなえる縄の如し」というではないか。安倍政権は国政選挙で4連勝、しかも、衆参両院で安定過半数を持つに到った。でも、第一次安倍政権のときは惨敗をして退陣したのであった。

 野党4党にしてみれば、今回は「禍」であったが、次はどうなるか知れたものではない。民主党が頂点から奈落の底へ落ちたように、自民党だっていつその轍を踏まないとも限らないのだ。むしろ与党は今が頂点であって、「卦」でいえば「昇り詰めた龍」である。あとは下るしかないのだ。それに対して野党4党は昇竜である。今回の結束を教訓として、次の選挙も統一候補を立てるなどして闘うことだ。

 民進党の中には共産党と一緒にやるのは嫌だという連中がいるようだが、民進党は統一候補として獲得できた議席もあることに思いを致すべきである。

 安倍首相は、選挙中いつも「民共の野合」と批判したが、党としての政策の違いがあるのは当然で、小異を捨てて大同についたのであった。立憲主義を守り、改憲を阻止し、集団的自衛権行使の閣議決定を取り消すという大義で一致したのだ。安倍首相の批判は当たらない。

 次の衆議院選挙まで2年あるが、その間野党で国会内での個別の共闘をするなど闘い方は工夫次第である。学生や市民連合などとの連携も貴重な経験であった。

 安倍首相は今度は隠していた憲法改正を持ち出してくることは間違いない。彼らは憲法を改正しようと言っているが、狙いは9条であっても、「緊急事態条項」というからめ手からくるであろう。そうした時にその危険性を広く知らせて、デモや集会等で盛り上げていくことが大事である。

 2/3の発議権を握ったとはいえ、だから即改憲可能ではないのだ。とにかく憲法改正の危険な意図を周知徹底させて闘うことである。SEALDsは解散すると言っているが、また若者の新しい動きが出て来るであろう。彼らのように楽しく集会やデモを行うことがいい。

 昨日は与党の大勝の祝砲か、日経平均株価は大きく上げたが、花火のようなもので、また下げるであろう。アベノミクスはこれからエンジンを吹かすと言ったが、壊れたエンジンを吹かしても暴走するだけである。

 「驕る平家久しからず」、きっと自ら墓穴を掘るに違いない。だから楽天的に行こうではないか。ワハハと笑って楽しくやることである。

 

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2016年7月11日 (月)

改憲勢力2/3とは驚き!改憲隠しの自民・公明は強かった

 歴史的な参院選挙が終わった。8時になるとテレビ各局は、出口調査にもとづく各党の獲得議席予想を報じた。どの局も自民党の単独過半数、改憲勢力4党の2/3を予想していた。

 その通りになりそうなのでいつもの通りに9時には寝たが、開票結果がきになり、朝の三時に起きてテレビを見た。でも、改憲勢力が2/3を獲得とはどこの局も言っていなかった。

 ところがblogを書いてスマホでYahooニュースを見たら、何と「改憲勢力2/3」と出ていた。慌ててパソコンを付けて、blogの修正をした。

 参院選公示直後のマスコミの予想とあまり違わない結果で、自民・公明で過半数を獲得した。ただ、こころや改革の改憲勢力が議席0であったのはよかったが、維新も加えると改憲に必要な2/3に達したのだ。

 あの安保法制の時の市民運動や参院選へ向けての野党4党の1人区での統一候補は北海道、東北、中部の一部では効果を発揮しいたが、それ以外ではそれほどの効果がなかったのが残念である。

 ただ沖縄選挙区だけは、現職の自民党の島尻沖縄・北方領土担当相が落選し、統一候補の伊波氏が当選し、さすがは沖縄だと思った。

 参議院選挙で与党や補完勢力が圧倒的多数を得たことにより、自民党がアピールしていた「この道」つまり、戦争への道、憲法改悪への道をまっしぐらに進むことになるであろう。

 今回の選挙からは、18歳、19歳の若い人たちも選挙権を得たわけだが、その人たちはどこに投票したのであろうか。私のような高齢者は残された人生は短いが、若い人たちは長い人生である。

 自民党が提示している憲法草案のような富国強兵と個人の人権を公で制限する方向でいいのであろうか。大企業優先の減税をして一般国民は税金に苦しめられ、労働条件がますます悪くなる政治に託した訳だがそれでよかったと思うのだろうか。

 一億総活躍というキャッチフレーズは耳に心地よいが、それがどのような社会であり、どのように実現していくのかという具体策は示されていない。今度の選挙でも、「この道を進む」とか「アベノミクスのエンジンをさらに吹かす」など抽象的な強調が繰り返されただけであった。公明党も経済を正面にしていたが、組織力の強さを見せつけた。

 民進党は立憲主義、改憲阻止、安保法制批判を正面に据えて闘ったが、選挙民を大きく動かすまでには至らなかった。結局こうなったのは、元はといえば、民主党が政権を取ったときの不甲斐なさで国民が大失望をして、衆議院選挙で大敗をしたことが始まりであった。それ以後民進党と改名をしても、国民を引きつけるインパクトがなかったからである。

 自民・公明で参議院の安定過半数を占めたが、これにより、安倍政権はこれまで以上に自分のやりたいことを数をたのんでごり押ししてくるであろう。一番心配なのは、立憲主義が壊された状態が続くことである。そして大企業、富裕層中心のアベノミクスによって、下流の生活や高齢者の生活が脅かされて行くことである。

 若者にとっては、戦争の影がちらつくし、雇用は増えたと宣伝しているが、非正規社員の増加や実質賃金の低下に目を向けなければならない。若者の未来は決して明るいとは言えないのだ。

 改憲議席を獲得した安倍首相がいつ牙を剥くのか、衣の下に隠してあった鎧をいつ見せるのか、注視するしかない。

 

 

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2016年7月10日 (日)

増谷文雄「仏教入門」―㉜―

 ここに説かれておるものは、釈尊の思想の根本的な立場であり、またそのながい生涯の全体を貫く態度である。当時の印度には、さまざまな思想家があった。ある経典はそれらの思想をおよそ八項六十二種に分類しておる。これを六十二見という。

 またある経典は当時の特に有力な思想家を六人あげて説いておる。これを6師外道と呼ぶ。それらの中には、唯物論的、感覚論的な思想家たちが、殊の外に有力な存在であった。釈尊が諸欲に貪著を事とするものとして、2辺の一にあげておるのがそれ等であった。

 それらに対して有力な唯心論者もあり、また、さまzまの苦行を修して、民衆の畏敬を得ておる思想家も少なくなかった。釈尊が、自ら煩苦を事とする者として、2辺の一に数えたのはそれであった。而して、釈尊の思想的立場は、そのいずれにも属さざるもの、中道に立てるものであった。

 なお、釈尊自身の過去を振りかえってみると、そこにもまた、快楽主義があり、苦行主義があった。王族の家に生まれた若いころの釈尊は、心ゆくまで悦楽の生活にしたることが出来た。だが、如何に快楽の生活をたのしんでみても、そこには少しも真の満足はなく、心の安穏は得られなかった。

 そこで釈尊は断乎として家を捨てて、苦行主義に生活に入ったのであった。釈尊にとっては、言わば、快楽主義の生活はすでに試験済みのものであった。彼の苦行主義の生活だ緯度は、ほぼ七年間つづけられた。

 だが、苦行の生活もまた、結局は内心の平和をもたらす道でないことが解って来た。釈尊にとっては、苦行主義の生活もまた試験済みのものであった。そしてこの体験の上から割り出されたものが即ち中道であって、釈尊は自らこの中道によって大覚を成就し、また人々にこの道を説いて、佛教の大道となしたのである。では中道とは、そもそもいかなる道であろうか。

 釈迦は王族として快楽を経験し、それを捨てて7年間の苦行を重ねてそれも心の平和ともたらさないことが解って、「中道」が大事だと知ったというのだ。次は「中道」についてである。

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2016年7月 9日 (土)

年金運用損5兆円!

 7月1日の朝日新聞トップニュースは、「年金運用損 5兆円」というものであった。2015年度の公的年金積立金の運用成績は、5兆円を超える損失となることが確定したというのだ。

 年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が6月30日に厚生労働省に報告したが、公表するのは参院選後の7月29日だという。

 公表を参院選後の20日も後にするというのは、明らかに参院選で問題に取り上げられるのを逃げるためである。

 年金運用が5兆円超の損失というのは、以前からネットでは言われていたことである。これは2015年度の損失であり、今年度については分からないが、英国のEU離脱ショックで日経平均が1300円近く大暴落した。その後僅かに持ち直したが、この含み損は10兆円ではきかないであろう。

 今年末の株価見通しについて、1日のモーニングサテライトでは、藤戸氏が17500円と、株高を予想し、井出氏は14000円台と株安を予想していた。専門家でも見方が大きく分かれている。

 リーマンショックのときは9兆円超の損失であったそうだが、その後取り戻したという。

 GPIFは将来の年金支給に必要な利益を確保するとして、安倍首相の下14年10月に、運用基準を見直した。国内債券の比率を60%から35%に下げ、代わりに株式比率を50%に倍増した。これは安倍政権の成長戦略の一環であった。確かに一時期株価は上昇したが、その後は低下し、低迷している。年金資金は株価の動きに左右されるようになったのだ。

 株式運用の比率を大きくしたことについては、いろいろ批判もあった。いくら専門家が運用するとはいえ、株価の見通しは、先に見たように専門家でも分かれるのだ。私たちの大事な年金を危険な株式運用中心では大変不安である。

 これまでの所トータルでは9兆円ほどの黒字だというが、このところの株価の不安定は甚だしく、この先どうなるか分かったものではない。

 参院選で損失を発表しないのも、安倍政権の「隠し」戦略の一つである。憲法改正、アベノミクス失敗、年金運用・・・不利なことは全て隠してしまっている。こうしたやり方に騙されてはいけない。

明日は投票日である。日本の歴史的分かれ目の選挙である。Abegretしないようによく考えて、投票に行こう!!

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2016年7月 8日 (金)

安倍首相と旧統一教会との深い関係、Literaの記事

 Literaに「安倍支持を訴える学生団体の正体は「旧統一教会」だった」という記事を見つけた。現在は名称を世界平和統一家庭連合と改めている。

  「SEALDsなどリベラルな学生主体の運動に対抗するように、いま、各地で『憲法改正支持』」『安保法制賛成』などというプラカードを掲げ、『国のために闘う安倍政権を支えよう!』などとコールしながらデモを行う、学生による運動が起こっている。

  今年に入ってから結成され、東京をはじめとして福岡や熊本など、全国規模で安倍政権支持の活動を行っている『UNITE』なる学生団体だ。

 しかしこの団体、実は、単にSEALDsに対する一種のバックラッシュとして一般の若者たちが参画した団体ではない。
 

 同団体のホームページをみると、その正式名称は『国際勝共連合 大学生遊説隊 UNITE』。そう。正体は、1960年代に世界基督教統一神霊協会(現在は世界平和統一家庭連合と改称。以下、旧統一教会)の教祖・文鮮明氏が設立した反共右翼組織『国際勝共連合』だ。
 
 

 UNITEを取材した『やや日刊カルト新聞』主筆で、ジャーナリストの鈴木エイト氏は、『週刊朝日』(朝日新聞出版)7月8日号でこのように記している。

  〈UNITEの街頭演説では国際勝共連合のスタッフやトップガンと呼ばれるエリート研修を受けた旧統一教会の地区教会幹部らが同行していた。〉

UNITEに参加している学生について調べてみると、合同結婚式などでマッチングされた旧統一教会信者の両親から生まれた2世信者が多いこともわかった。遊説を行っていたUNITEメンバーに『UNITEは全員統一教会の2世?』と聞いたところ、女性メンバーは『全員じゃないけど、ほとんどがそうです』と回答している。
 

 さらにUNITE結成メンバー2人を含む男性5人にも確認すると、全員が同教団の2世と認めた。〉
 

  ようするに、一見、なんでもない大学生たちの自由な“安倍応援デモ”にも見えるUNITEは、実のところ、旧統一教会という宗教が主体となった右派運動だったのだ。」

 UNITEという学生団体があることは知らなかった。しかも、それが旧統一教会=国際勝共連合という韓国起源の宗教の2世信者で構成されていることも。

 統一教会は教祖文鮮明氏が指名したカップルで合同結婚式を挙げるとか、何とかの壺を売り歩いて問題になっていた。その団体がSEALDsなどに対抗して安倍政権を支持する運動をしているというのだ。運動をやることは自由だが、統一教会を隠しているので一般の人には正体が見えないという指摘である。

 つづきに統一教会と安倍首相らの密接な関係があると書いている。

そもそも、旧統一教会といえば、安倍政権と切っても切れない存在だ。岸信介が勝共連合と連携していたことは有名だが、その孫である安倍晋三も旧統一教会系の団体と深い関係にある。

 たとえば、2006年には旧統一教会系の合同結婚を兼ねた集会に当時官房長官だった安倍氏が祝電を送っている。また、衛藤晟一首相補佐官や萩生田光一副官房長官、稲田朋美政調会長など安倍首相の側近議員の多くが旧統一教会系のイベントなどで講演を行った。

 また、旧統一教会は自民党に数万票とも言われる組織票を投じ、支援を受けた議員を複数当選させているといわれている。

 ちなみに安倍首相は、第二次政権発足以降、勝共連合の機関誌「世界思想」の表紙に実に3回も登場している。

 「http://lite-ra.com/2016/07/post-2385_3.html

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2016年7月 7日 (木)

高齢者は何歳まで対価のある仕事をしたいかという記事

 いつものようにYahooニュースを見ていたら、タイトルのような記事を見つけた。筆者は不破雷蔵という人だ。

 

 一部を下記にコピペした。

  「年金受給歳の引上げや健康状態の改善、労働市場の変化に伴い、定年年齢の延長や退職後の再雇用など、高齢者の対価就業が盛ん。高齢者自身は何歳まで収入を伴う仕事をしたいと考えているか。内閣府が2015年3月に発表した「平成26年度 高齢者の日常生活に関する意識調査」(2014年12月4日から26日にかけて、層化二段無作為抽出法によって選ばれた国内に住む60歳以上の男女に対して実施)の結果を元に、確認していく。

  次のグラフは、その調査対象母集団に「何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいか」と尋ねた結果。「働ける限り」が最多回答となり、男女とも3割近い結果が出た。なお「収入を伴う」とは一般的な就労を意味し、ボランティア活動や地域活動などの無報酬労働、交通費程度の必要経費のみの支払いが成される就業は該当しない。あくまでも対価を得るのを目的とした仕事に限定されている。

↑ 何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいか(2014年)

↑ 何歳頃まで収入を伴う仕事をしたいか(2014年)

 私が退職した頃は年金支給開始が60歳であった。それで退職後の再就職は非常に門が狭かった。私は退職後1年半非常勤講師として働いたが、それがぎりぎりであった。当時私は対価を得て働きたいと思っていたが残念ながら雇ってくれるところはなかった。

  ただし、校長、教頭等の幹部教員の退職者にはいろいろな再就職の口が用意されていた。校長経験者には、銀行、旅行会社などや、共済組合、私立学校、専門学校、市の第3セクターなどがあった。平教員には1年程度の非常勤講師以外は何もなかったのである。

  私は海外に日本語教師の職を見つけようとしたがなかなか厳しかった。それで日本語のボランティアを目指した。日本語ボランティアが決まったとき、中国の日本語学校に行くチャンスがあったが、日本語ボランティアを選んだ。以来日本語ボランティアをやっている。ボランティアだから全く無給である。

  定年後を生きて来て、私の場合働く意欲はずっとあった。だから健康であれば、働ける限り働きたいというのは理解できる。それに私の退職後は、年々年金が減額され、当初の額より何十万円も減らされてしまった。健康保険料や介護保険料は増えるばかりだし、物価もデフレ脱却で上がっている。年金生活者にはデフレの方が有難いのだ。

  最近の新聞などの報道を見ていると、定年後の再就職で給料が減らされるのはけしからんという声が出ているが、私は給料が減っても働く口をよういすることが大事だと思っている。

  若年人口が減少する中で、高齢者も女性も働けるようにすれば、労働人口の減少は心配ずることはないと思うのだ。

  ※この記事の詳細は

  http://bylines.news.yahoo.co.jp/fuwaraizo/20160703-00059444/

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2016年7月 6日 (水)

Abexit(アベグジット)で行こう

 愛知テレビのモーニングサテライトを見ていたら、英国の国民投票後にブレグジットという言葉がでて来た。何のことだろうと思っていた。ブレグジット・ショックなどと使われている。

 NHKの「ニュースで英会話」では、ブレシット(Brexit)というのが出て来た。英国のEU離脱を表す新しい造語であった。

 ネットで調べてみたら、ブレグジットも綴りはBrexitであった。おなじ単語なのに、なぜか発音が違っているのだ。どちらも英国のEU離脱の造語である。

 もう一つ、Bregret(ブレグレット)という造語がある。英国の国民投票で残留派が僅差で負けたが、離脱に投票した人たちの中から、旗振り役のジョンソン氏らに騙されたと後悔をする人たちが大量に出現したのだ。つまり、British regretをくっつけて、Bregretとなったのである。

 今回の英国の国民投票は世界中に大きな波紋を及ぼした。株価の暴落、急激な円高、ポンド安・・・・などであった。この騒ぎは当分収まりそうもない。

 ところで今日本は歴史の分かれ目ともいえる、英国のEU離脱にも劣らない参院選挙の投票が明日に迫った。この単語を眺めていて、私は二つの造語を思いついた。

 それは、「Abexit」であり、もう一つは「Abegret」である。「Abexit]とは「アベノミクスやアベ政治からに離脱」であり、「Abegret]とは「安倍に2/3の議席を与えて後悔すること」である。

 安倍首相は、憲法改正は封じ込めて、アベノミクスの成功を強調し、さらなるエンジンを吹かし、2020年にはGDPを600兆円にすると言っている。それには平均3.4%の成長をしなければならない。平均年3%の成長率は日本経済がこの20年間一度も実現したことがない成長率なのだ。

 アベノミクスのミクスの破綻は、民進党や共産党のチラシにも書いてあるように明らかである。都合のよい数字だけを取り上げて強調しているのだ。

 今度の選挙はAbexit(アベジット)をするか、それともAbegret(アベグレット)をするかの分れ道であることをよく肝に銘じて投票すべきである。

 これまでも取り上げてきたように、立憲主義を取り戻し、憲法九条を守り、安保法制廃止への足掛かりを作る大事な選挙である。Abexitで頑張ろう!! 

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2016年7月 5日 (火)

選挙権を得た人に学んでもらいたい

 先日知人のKさんと話をしたとき、kさんは次のようなことを話した。

 

 「私が選挙権をもらったとき、嬉しくて、この権利を大切に使わなければと思いました。そのとき私は20歳でした。私は赤ん坊の息子を背中におぶって、立候補していた各政党の事務所を回りました。誰に投票していいか分からないので立候補者の事務所に直接聞くのがよいと思ったのです。

 

 政党事務所を回って、私が聞きたかったことを質問しました。それに対してどの政党も適当な答えしか返ってきませんでした。ただ、共産党だけは丁寧に疑問に答えてくれました。それで共産党に入れることにしました。

 

 私は特定の政党を支持しているわけではありません。いいと思った政党や候補者に投票しているのです。私はK(自分の名前)党です。若い人たちには、選挙に出ている候補者や政党の言っていることをよく聞いて、棄権しないように投票に行ってもらいたいです」

 

 あらまし以上のような意見を言われた。私はそれを聞いてすごいなあと感心した。Kさんは現在82歳後半である。初めての選挙は62年前のことである。

 

 その頃は民主党と自由党があり、社会党が右派と左派に分かれていた終わりの頃で、1955年(昭和30年)になると、民主党と自由党が合同して自由民主党ができ、左右社会党が統一して社会党となった。いわゆる55年体制になったのである。

 また経済的には1954年からは高度成長が始まっている。電気洗濯機、冷蔵庫、テレビが3種の神器と言われるようになった。労働組合の活動は活発であった。

 Kさんが選挙権を得たのはそんな頃である。自分が得た政治参加の1票をきちんと行使するために、ただ新聞やチラシに頼るだけでなく、それぞれの政党に直接聞きに行ったのだ。Kさんは、そうすることで肌で感じることができたというのである。

 私はその話を聞いて、選挙権を得た若い人たちに、ぜひその心を学んでほしいと思うのだ。立候補者の言っていることをよく確かめて、自分の頭で判断して1票を行使してほしい。棄権が多いと言われる若い人たちも、今度の参院選は歴史的転換点の一つであることを考えて棄権をしないようにしてほしい

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2016年7月 4日 (月)

参院選情勢報道に重大な疑義 同一調査データ使い回しの可能性という記事

 友人から得た情報に次のようなものがあった。それによると、参院選公示直後に新聞各社が報じた参院選情勢調査に同じデータを使ったのではないかという疑義があるというのだ。

 私がblogで書いたように、あの情勢調査は各社とも非常に似たもので、多少の数字の差はあるものの、自民党が過半数、与党で2/3の議席など、与党と補完勢力の圧勝という見通しであった。

 あの見通しがどこまで当たっているのかは、選挙が終わってみないと分からないが、少なくとも有権者に大きな予断を与えたことは確かである。以下に一部をコピペするが、詳細はアドレスをクリックして見てほしい。

http://hunter-investigate.jp/news/2016/06/-24-300.html

 DSC04077.jpg新聞各紙の選挙情勢調査に重大な疑義が浮上した。
 大手新聞各社の24日朝刊トップは参院選情勢調査の結果。いずれも自民党が勝利し、公明やおおさか維新を加えると、改憲に必要な3分の2に届く勢いであることを予想する内容だ。そろい過ぎた数字に違和感を覚え、各紙の調査方法を精査したところ、特定の調査会社の数字が使い回されている可能性が濃くなった。
 参院選の公示からわずかに2日。調査対象を固定電話とする少ないデータを使い回して選挙戦の流れを作った形となっており、意図的な世論操作が疑われる事態といえそうだ。

読売、日経のサンプル数が一致
 24日の読売新聞朝刊。記事の詳細は省くとして、調査結果は与党優位を示す内容だ。ほぼ同じ記事を掲載したのが日本経済新聞。リードの部分に若干の違いはあるものの、その後の記事は構成も中身もほぼ同じ。冒頭で投票先未定の割合を示したあと、自民、公明、民進、共産、その他の野党の順で情勢を分析。“見出しが結論”という格好で、自公勝利を予測している。問題は、調査方法だ。

 下は、読売、日経の記事の最後。調査対象は「世帯」と「人」で違う表現だが、サンプル数はともに「2万7640人」。まったく同じ数字になっている。

 日経は記事の中で調査を行ったのが同紙のグループ会社で世論調査、マーケティングなどを専門にしている「日経リサーチ」であることを明記している。一方、読売はリードの冒頭で「読売新聞社は7月10日投開票の第24回参院選に関し、22,23の両日、全国世論調査を実施し……」。まるで独自の調査を行ったかのような書きぶりだ。しかし、全国調査でサンプル数がここまで一致するということはあり得ない。おかしいと思って世論調査の詳細を記した11面を開いたところ、左隅に次の説明が掲載されていた。

 

同一データ使い回しの可能性
 

 『本社世論調査』とある記事の基礎データは、日経リサーチ社のもの。読売は、日経と同じデータを使って、同じような記事を垂れ流していた。姑息なのは、1面の記事でまったくそのことに触れていないこと。調査方法まで読み込む読者が数多くいるとは思えず、たいていは読売が独自に行った調査に基づく報道と思い込むだろう。実態は、与党に都合のいい数字を使った政権の犬たちによる誘導記事。公平・公正が聞いて呆れる。

 不可解なのは、同じく与党勝利を予測した毎日や共同通信のサンプル数まで日経リサーチのそれと同じであること。毎日は回答者数「2万7500人」、共同は「約2万7000人」。新聞各社の全国調査で、サンプル数がこうまで揃うことは奇跡に近く、報道各社が同じ調査会社の数字を使い回している可能性が否定できない。

 国政選挙の度に繰り返される選挙情勢報道。近年は、公示から1~2日で一斉に選挙結果の予想が報じられ、そのまま終盤までの流れが固まる状況だ。前回総選挙では、自民優勢を伝える報道が相次いだことで、「投票に行くのがバカバカしくなった」として棄権する人が続出。低投票率を望む自公を喜ばせる結果となった。日経は政府寄りで知られる会社。その子会社のデータを使い回して選挙予測が行われているとすれば、明らかに読者への背信行為である。」

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2016年7月 3日 (日)

ネットで見つけた13種のガンを予防するたった一つの方法

 ネットで週刊誌の記事を見ていたら、「13種のガンを予防するたった一つの方法」というのがあった。興味を引いたので読んでみた。

 13種類のがんというのは、乳がん・肺がん・結腸がん・肝臓がん・胃がん・すい臓がん・腎臓がん・子宮内膜がん・血液がん・骨髄がん・頭部と喉のがん・直腸がん・膀胱がんだそうだ。

 直腸がんがあって大腸がんがない、喉頭がんがあって舌癌がないのは解せないが、予防をするのに効果が認められた的な方法があるというのだ。

 それはエクササイズ(運動)だという。この研究を行ったのは、ハーバード大学である。もともとウオーキングなどのエクササイズは様々な健康効果がることはしれれていた。私もかれこれ35年ジョギングやウオーキングをしてきた。私が始めた頃は、エアロビクス(有酸素運動)がまだ知られていないころで、エアロビクスが日本に紹介されたばかりであった。

 ハーバード大学の研究では、最低週3時間のウォーキングをすることにより、心臓疾患によって死亡する確率が33%減少。また他の研究によると1日30分のウォーキングで“2型糖尿病”を患うリスクが30%減少し、糖尿病の死亡率はなんと39%も減少するというのである。その上癌の予防にもよいことが分かったのだ。何と素らしいことであろう。

 

 そのほかに、ドイツのザールラント大学が行った研究によると、毎日25分間、習慣的にウォーキングや、ゆっくりジョギングすることにより、なんと7歳寿命が延びる計算になるそうだ。運動不足から来る弊害で早期死亡率は確実に高くなるようだ。

 この記事によると、早期死亡しやすい人の生活習慣タイプは、

(1)運動不足で睡眠時間が長すぎる人

(2)運動不足で座っている時間が長すぎる人

(3)タバコとアルコールの摂取量が多い人

だそうなのです。運動不足は肥満などにつながり、なんと9歳も寿命が短くなる場合もあるそうです。

 私が今読んでいる高血圧に関する本には、タバコは全てにいけないと書いてある。また、睡眠時間は6時間~7時間でよいという説も読んだことがある。

 では、エクササイズ(有酸素運動)の目安はというと、

米国政府が発行したガイドラインでは、健康で長生きするために「週150分程度のエクササイズが望ましい」とされているそうである。

 1週間5日、1日30分エクササイズをすればそのガイドラインに達することになる。以前「ためしてガッテン」では、運動は足し算でよいと言っていた。継続して30分でなくても、1日の合計でよいというのだ。それなら楽なのだが。

 ちなみに私は5km、1時間のウオーキングをほぼ毎日やっている。

 

 

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2016年7月 2日 (土)

党首討論を行わないのはなぜ?

 参議院選も折り返した。選挙運動が始まった後のYahooニュースで、どこのテレビも党首討論会を行う予定がないと書いてあった。それ以後今日まで党首討論会が開かれた様子はない。

 ただ、報道ステーションだったか、党首討論会が開かれたが、安倍首相が時間を守れとか言って激怒したという記事は読んだことがある。だから1回は開かれたのかも知れないが、それ以後はないようだ。

 6月30日の新聞には、民進党の岡田代表が自民党の安倍総裁に党首討論呼びかけたが、選挙運動で忙しいからと断られたと報じていた。

 今度の参院選からは18歳以上の少年にも選挙権が与えられた。それで何とかして彼らを投票に行かせようと、いろいろな試みがなされているようである。期日前投票についても盛んに報じられている。

 30%程度の投票率の若者だけでなく、有権者を一人でも多く投票にむかわせることは大事なことである。彼らが投票に行かない理由の一つは、選挙に駆り立てるようなインパクトがないからではあるまいか。

 例えば、テレビで党首討論会を行わないというのもその一つであると思う。党首が集まって、そこで各党の主張を述べ合って討論すれば、それを見る人も出るであろうし、選挙への盛り上げにもなるだろうと思うのだ。

 今度の参院選では、安倍首相はアベノミクスのエンジンを吹かすという一点を強調し、他方では一人区での野党統一候補を、民進党と共産党の野合であると批判している。それは共産党に対するアカ攻撃を彷彿させるものである。戦前、戦後を通じてアカというレッテルは強烈なヘイトスピーチとして働いた。

 安倍首相や与党は、憲法改正については、今回も完全に隠してしまった。参院選で勝てばそのとき牙を剥くつもりだが、今はひたすら牙を見せないようにしているのだ。

 党首討論をやれば、野党4党は当然「立憲主義」や「安保法問題」「集団的自衛権」を討論の中心に据えるだろうし、「アベノミクスの破綻」を追及するであろう。与党はそれが怖いのだ。

 NHKの候補者の演説で「若者の雇用は確実に伸びました!」と叫んでいた。確かに就業者数は増えた。しかしその中身はというと、正規社員は3340万人から3304万人に減り、非正規社員が1813万人から1980万人と168万人も増えているのだ。

 有効求人倍率が1.34倍の高水準だと胸を張るが、正社員は0.85倍なのだ。

 大企業は法人税の減税の恩恵もあって、300兆円を超す内部留保を貯めこんだ。法人税5兆円の減税は消費税を8%に増税したときの大半をそちらに回した勘定である。

 中国の鄧小平の「先富論」のように、儲けることができる者から先に儲けよであったが、大企業がウハウハ言っただけで、トリクルダウンは起きなかった。そのため、安倍首相は中小企業の倒産は減ったというが、休・廃業は7万9335件から8万2641件に増えているのだ。

 英国のEU離脱で、世界経済は混乱に陥った。サミットで安倍首相が「リーマンショックの時に似た状態」と言って、相手にされなかったが、イギリスの離脱がサミット前だったらよかったのに・・・と同情する。(笑)

 こうした問題について党首討論会を開いて大いに議論を闘わせてもらいたいものである。

 

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2016年7月 1日 (金)

英国離脱派がウソをついて誘導していたとは

 英国のEU残留か離脱かを決める国民投票は僅差で離脱(LEAVE)に決まった。その煽りを受けて世界の株価は大暴落し、日経平均も1300円近く下落した。

 世界中に大きな影響を与える英国のEU離脱であるが、国民投票に向けての運動中に、離脱派の指導者たちがウソをついていたことが判明したというのだから驚いた。

 新聞によると、 「国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国で、離脱派が語っていた『バラ色の未来』が急速に色あせている。旗振り役に主な政治家が、投票に向けた運動で語ったことの誤りを認めたからだ。「公約」を反故にするような動きに、残留派からは不満が噴出している」

 投票が終わって、勝利した途端に、「そんなこと言った覚えはありません。」「間違っていました」では、それを信じて投票した国民を愚弄するにもほどがある。

 「離脱派は運動中、EUを離脱した場合、英国がEUに拠出している負担金が浮くため、財政難にあえぐ国営の国民保健サービス(NHS)に「週当たり3億5千万ポンド(約480億円)を出資できる」としていた。離脱運動の公式団体の宣伝バスに大きく印刷され、スローガンとなった。」

 離脱するとこんなにもいいことがあると大宣伝をしておいて「指導者の一人、英国独立党(UKIP)のファラージ党首は24日に英メディアで、負担金の予算が浮くと主張したが、その使途は確約できないと語った。このスローガンは「離脱派の過ちだった」とも発言した。」

保守党のダンカンスミス元党首も26日、出演した英BBCの番組で「自分は言ったことはない」と発言。NHSのほか、教育予算や研究助成金に上乗せできるとした主張は「あくまでも可能性の話」と述べた。」

 確約できないとか、あくまでも可能性の話だとか、よくもぬけぬけと言えたものだと思う。残留派は直ちに行動を起こし、ネットで国民投票やり直しの署名を集めた。あっという間に400万人近い署名が集まったという。

 ひるがえって、今日本では参院選挙が行われているが、安倍首相は「アベノミクスのエンジンを吹かす」ということばかり強調し、本当はやりたい憲法改正について封印している。こちらはダンマリ戦術である。

 政治家は平気でウソをついたり、ダンマリを決め込んだり、あの手この手で国民をミスリードするから十分に気をつけなくてはならない。それにしても英国民は見事に騙されたものだと感心する。

 

 

 

 

  

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