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2016年6月 1日 (水)

今どきの運動会に見るマナー劣化など

 何時の頃からか知らないが、秋のものと決まっていた運動会が初夏のころに行われるようになった。我が家の近所の小学校からは毎日運動会の練習の声が聞こえてくる。

  このところ問題になっているのは、運動会の組体操で行われる「ピラミット」の事故である。私が勤めていたころは、ピラミットの事故は聞いたことがなかった。その頃は4段か5段だったと思う。

  それがこれも何時の間にか高さを競うようになったらしい。それに伴って事故が増えて言ったようだ。それで今年はピラミットをやらない学校が増えたと新聞に出ていた。

  先日、Yahooニュースに、「運動会で暴れ出す『モンスター保護者』、校庭でバーベキュー、徒競走にビデオ判定」という見出しの記事があった。それによると運動会を見る親たちの態度が随分と変わってしまったようだ。

  一番驚いたのは、校庭いっぱいのテントの群れである。写真は長野県戸隠小学校の様子であった。この学校では5年前からテントを張る親が増えて来たそうだ。学校では熱中症対策になればいいと許可しているという。

  テントを張るのは戸隠小学校だけではなく、全国的にみられるみたいだ。東京都内のある学校では学校とPTAの方針で許可していないという。東京都心部は運動場自体が狭いからテントを張るのは無理であろう。我が近所の小学校でもそんなスペースはない。

  私が勤めていた頃は、クラスの後ろに保護者が立って見る場所があってそこで見ていた。もちろん移動は自由であった。今はそうしたものも守られていないようだ。勝手にブルーシートを広げて場所取りをしたり、そのため喧嘩になることもしょっちゅうあるのだという。

  私が辞める頃は、ビデオやカメラで我が子の様子を撮るために、競技の近くまで入り込む親がたまにいたが、最近は大ぴらにやっているようだ。中には徒競走の判定に自分が写したビデを持ち込んで抗議、に来る親もいるらしい。

  モンスターペアレントが言われ出したのは私が辞めて以後である。学校や教師のやり方に文句をつける親が増えて、こういう呼び方もできたのだ。しかし、文句を言うのに自分たちのマナーはだんだん悪くなってきているようだ。運動会の後校庭にゴミがいっぱい捨てられているという。ジュースだけでなく、ビールの空き缶もあるそうだ。

  なかには運動場で昼休みにバーべキュ―や酒盛りをするグループがあったそうだ。呆れて開いた口がふさがらない。車で来て道路に違法駐車をするのも多くみられるという。

 モンスターペアレントが増える一方で、保護者のマナーが劣化している。どうしてこんなことが普通の状態になってしまったのであろうか。

 日本会議や自民党は、現行憲法が基本的人権として、個人の自由を尊重しているのがいけないと言っている。行きすぎた個人主義だというのだ。だから公のタガをはめて自由が行きすぎないようにすると言う。

 これは全くの詭弁である。利己的な人間が増えているとは思うが、それが憲法に起因するというのはおかしい。こじつけもいいところだ。

 戦後長く続いた自民党政権の下で道徳教育の必要が叫ばれ、安倍政権になってさらに道徳が教科に格上げされた。それでも利己主義がはびこるというのは、自民党主導の道徳教育が功を奏していないからではないのか。

 舛添東京都知事のみならず、自民党でも甘利氏、小渕氏など数多の議員が、政治資金規正法がザル法であるのをよいことに、政治資金をやりたいように使ってきた。そっちの方こそ利己主義であるといえる。それから見ると保護者の行きすぎたマナーは軽度の道徳的問題である。しかし、公共の場でのマナーはきちんと守れる人であってほしい。これからの日本が心配である。

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コメント

昨年だったか「ゆとり教育」を元に戻しましたね。ご指摘のように、ごく一部のエリートとその他の労働力を作るのでした。実際今や4割以上が劣悪な非正社員となっています。

投稿: らら | 2016年6月 1日 (水) 16時24分

テントの写真には驚きました。どこかのレジャー施設かテント村かと思いました。道徳教育や古くは修身教育は国にとって都合の良い人間を作るのが目的なのか、96歳を過ぎた母が未だに教育勅語を暗唱するほど徹底的に覚えさせられたのでしょう。私が勤めていた15年ほど前はゆとり教育が始まったころでしたが、当時教育審議会会長の三浦朱門氏は、『平均学力なんて低い方がいい。日本が平均学力を高水準に保ったのはできもしない落ちこぼれの尻を叩いた結果だ。その結果全体の底上げは出来たが、落ちこぼれに手間ひまをかけたせいでエリートが
育たなかった。だから日本はこんな体たらくなんだ。したがってこれからは、限りなく出来ない非才無才は勉強などできんままで結構。勉強などせず実直な精神だけ養ってもらいたい。落ちこぼれに金と労働力をつぎ込まず、効率よくエリートさえ育てばいい』と答え、『ゆとり教育』というのはエリートを作り出すための『手段』であり、『目的』をネーミングするなら『エリート教育』ではないか?という質問に三浦は『だってそんなことを言ったら国民は怒るだろ?だから回りくどく言い換えただけなんだよ』と答えたそうです。新自由主義的な発想から「ゆとり教育」の本旨は“100人に2~3人でもいい、必ずいる筈”のエリートを見つけ伸ばすための「選民教育」である」ことを明言しました。確か各学校にPC教室を作って一クラス分購入して、ゆとりの時間に何かテーマを設定するわけでもなく、好きなことを調べて印刷するという暇つぶしをやっていたようです。ほとんどの生徒は芸能人や好きなキャラクターを印刷していました。今頃になってやっとその目的がわかりました。国がやることなんて所詮そんなものかと感じました。

投稿: danny | 2016年6月 1日 (水) 10時59分

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