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2016年6月27日 (月)

原発報道への圧力というLITERAの記事―②―

 この経歴からも氏が反骨のディレクターであることがわかるが、そんな七沢氏は、福島原発事故当時、放送文化研究所所属でありながら制作現場から急遽招集された。それは「チェルノブイリの大惨事から25年、(NHKで)原発問題に取り組む制作者はいなくなり、現場は基本知識すら失っていた」からだ。

 七沢氏は11年3月16日から元放射線医学研究所の研究官・木村真三氏と福島に向かい、原発から4キロという至近地などで土壌や植物のサンプリングを開始した。できるだけ早くサンプリングして分析し、半減期の短い放射性核種を検出するためだ。東京の通常の1200倍という強い放射線のもと、放射能汚染の独自調査を行い、ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』を制作・放送した。これには視聴者からの問い合わせが殺到し、17もの賞を受賞するなど大きな反響を呼ぶが、今度もNHK内部の評価はまったく別のものだった。

 「番組が『失速』するまでに起こった最初の出来事は、番組プロデューサーと私が2012年4月に『厳重注意』を受け、取材をともにしたチーフ・ディレクターが『注意』されたことである。理由は取材の舞台裏を綴った番組スタッフの共同著書『ホットスポット』(講談社、2012年)に私が書いた記述が『上司を批判して傷つけ、日本放送協会の名誉を毀損した』こと、そして1年前の取材で『上司に無断で立ち入り禁止地域に入った』ことであった」

 “立ち入り禁止地域に入った”とは、11年3月15日、NHK報道局長名で出された「原発周辺の避難指示地域には引き続き入らないし取材はしない」「20〜30kmの地域では、国の指示に従って屋内退避し新たな取材などには入らない」という通達に対し、著者と取材班は原発から2.5キロの地点で取材を続けていたことだ。

 当時の大手メディアにはこれと同様の内規が存在し、メディアを“現場”から、そして“事実”から遠ざけた、知る権利や報道の自由への大きな足かせだと指摘されたが、そうした状況で果敢にも“現場”に行った七沢氏が処分されてしまったのだ。また七沢氏とともにサンプリング調査を行った木村氏もまた、「情報伝達一元化」という名目で、国から統制され、研究者として自由な調査を禁じられたことで、厚生労働省直轄の研究所に辞表を出している。

 それだけではない。11年6月28日、NHK最高意思決定機関の経営委員会で、『ネットワークでつくる放射能汚染地図』が問題になった。

 「その日の経営委員会の席上、視聴者対応担当の理事がインターネットでこの番組の話題が広がり、子育て世代の女性を中心に多くの反響が寄せられていることを紹介、国際日本文化研究センター教授の経営委員長代行が、原発事故の放射能汚染は国民の関心事なので『政治を変えていく』くらいのインパクトをもつ番組を作っていただきたいと要望した。するとJR九州会長の経営委員が『日本の原発54機が全部止まってしまうと、エネルギーの大危機がくる。これについてはどういう番組を作っておられるのか』と発言、鉄鋼業界出身で後の東電会長となる経営委員も『国際放送で、稼働している原発の停止について、日本はどう考えているのかを国際的なスタンダードで世論をリードできるような政治家や科学者の座談会のような番組を作ってもらえれば』と述べた」 

 事故からわずか3カ月。NHK経営委員会のなかでは、原発の危険性を指摘する番組よりも再稼働を推進する番組をつくれ、といった唖然とするような議論がかわされていたのだ。ちなみに同書では匿名だが、“JR九州会長”とは当時代表取締役会長で現在は相談役の石原進氏、そして“鉄鋼業界出身で後の東電会長”は川崎製鉄出身で現在は東電会長の数土文夫氏だ。

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