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2016年6月

2016年6月30日 (木)

朝ドラが戦時中をどう描くか注目している

 NHKの連続テレビ小説は、戦前から戦後にかけての時代を扱うことがよくある。最近の「ゲゲゲの女房」、「花子とアン」や「マッサン」や「あさがきた」など多くの朝ドラがそうであった。

  そういう朝ドラの時、いつも私は戦時中をどう描くかに注目している。あの太平洋戦争は私自身も経験しており、絶対に忘れることのできない時代であった。戦前から戦後を扱うドラマでは、この時期だけをスキップしてしまうことは絶対にできないのだ。

  でも、正直言って最近のNHKや民放の傾向から、今放送中の「とと姉ちゃん」では戦時中はささっと通り過ぎて行くのだろうと、期待をしていなかった。

  確かに開戦すると直ぐに昭和19年になるとか急いでいるようには感じられる。NHKの籾井会長などは、戦時中などどうでもよいではないか、さっさとメインの戦後に行け!と思っているに違いないと想像する。そういう空気を忖度して作られているかも知れない。だからこそ私は特に注目して観ているのだ。

  森田屋が材料が手に入れられなくなり廃業に追い込まれること、祖母の材木屋「青柳商店」が軍に管理されるようになって、廃業するまでの祖母の気概など、これまでのドラマとは違った面から描かれていてよかった。また常子がやっと見つけた出版社が厳しいい検閲で戦争を煽る翼賛の記事しか載せられないことや、社員が次々と召集されてとうとう廃業することなどもよい。

  常子が帰り道に服装を注意されるとか、隣組の組長が「笑い声は不謹慎だ」と怒鳴り込むことなどもよかった。

  花山伊佐次(花森安治)が、内務省で戦争遂行のコピーを作っていたことも初めて知った。子どもの頃嫌という程聞かされ、眼にした「欲しがりません勝つまでは」「一億火の玉・・・」などのキャッチコピーだ。

  買い出しに行く場面も、母が大きなリュックサックを背負って、着物と食糧を換えていたことを思い出させた。

  燈火管制は私の記憶ではもっと厳しかった。2燭(2Wぐらい)の小さな豆電球で長い黒い布を掛けていた。それに防空壕の中に電燈があるのも違和感がある。私の知る限り電燈はなかった。

29日には、防火訓練で常子が組長に意見を述べたら、一方的に配給停止と言われた。その後、家族で話し合ったとき、鞠子が「誰を信じていいか分からなくなった」と言ったが、当時の標語に「壁に耳あり、障子に目あり」というのがあった。北朝鮮のような監視社会になっていたのだ。

  ドラマの中で戦争が厳しくなり、国民の生活が圧迫されていく様子が描かれることで、戦争を知らない73歳以下人たちが、ドラマのシーンを通して間接体験をして行くのはとても大事なことだと思う。

  安保法制の集団的自衛権行使により、戦争に行けと言われれば世界のどこにでも行かなければならないことになった今、戦争になればどうなるかを知ることは有意義である。安倍政権はマスメディアに圧力をかけている中で、彼らが苦々しく思うくらい戦時中を描いてほしいものである。

 このあと東京大空襲があるはずだ。どう描かれるか楽しみである。

 

 

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2016年6月29日 (水)

タラの木茶でガンを克服―河村さんの新しい本

 以前に「タラの木の不思議、末期ガンからの生還」という本の中身をこのblogで取り上げたことがあった。著者は河村光恵さんであった。その河村さんが今度50年の経験をまとめて新しい本を作られた。題名は「末期ガンからの生還」で750円(送料別途)である。ただこの本は書店には並ばず直販である。

 一部と二部に分かれ、一部には「タラの木の不思議、末期ガンからの生還」を収録し、二部には、タラの木のお茶を飲んで末期ガンから生還された人たちの実例を紹介している。

  巻頭には、「一般社団法人名古屋醫新の会」を主宰しておられる岡田恒良なごやかクリニック院長の寄稿を掲載している。

 タラの木茶を飲んで元気になった人は何十人もいる。直腸ガン、大腸がん、胃がん、肺がん、前立腺がん、膀胱がん・・・など様々なガンの人が助かっているのだ。

 一番は河村さんのご主人で、61歳のとき直腸ガンの手術をして人工肛門になったが、以来28年間、現在88歳10か月、元気にしておられる。

 トゲのあるタラの木を細かくしたものを煎じてお茶にして朝、昼、晩と飲むだけである。味はお茶と似ていて飲みやすい。煎じるのはビールのような色になるぐらいまでだ。私はやかんに1500mlぐらい入れてタラの木をコップ一杯入れて7~8分沸騰させ、その後8分ぐらいごく弱火で煎じている。タラの木は色が出ている間は何度でも煎じることが出来る。

抗がん剤は大変な副作用に苦しむが、タラの木はお茶と同じで自然のものなので副作用等の心配は全くない。どうしてガンに効くのかは医者も薬剤師もまだ誰も研究していないのでわからない。ただ河村さんの話しを聞いた人が試して経験的に証明されただけである。

 スリランカには、植物由来のものでガン治療する団体があっていろんな国の医者なども関わっているという。河村さんは、日本でもタラの木を研究してくれる科学者が現れることを切に願っておられる。

  大変読みやすく元気をもらえる本である。癌を患ておられる方には是非読んでもらいたいものである。

  タラの木は大変生命力のある木で直ぐに成長しどんどんと増える。休耕田などに植えることができればよいと河村さんは願っておられる。

 ◎連絡先

  河村光恵  E-mail;taranokitoge@gmail.com  TEL&FAX 052-903-0303

                                    携帯:090-6071-4373

     購入申し込みはFAXがいいそうです。                                                 

 

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2016年6月28日 (火)

原発報道への圧力というLITERAの記事―③―

 それでも、福島原発事故直後はまだ、原発事故や放射能汚染について報道を続けようとしたメディアは複数存在した。

  しかし、同書ではその流れが再び失われ、原子力ムラに巻き返されていく経緯が、こんなふうに記されている。

  「誰もがもはや『原子力ムラ』の影におびえず、のびやかに原発事故後の福島を取材していた。だが2012年が明けてから沈黙していた『原子力ムラ』の反撃が始まり、テレビは次第に失速していった。(略)
 

 高度の専門性と取材力を要する事故プロセスの検証は、NHK朝日新聞など大手メディアが担ってきた。だが2014年になってまず前半でNHKの会長人事に政権の影響力が働き、後半で朝日新聞が政権と親和性の高い保守メディアの『朝日バッシング』に屈した。

 それは原発の稼働を目指す現政権にとって好ましいメディア状況の展開であったかもしれない。そして秘密保護法が施行されたいま、原発関連情報がセキュリティに関わるという理由で非公開とされることが懸念され、それに『不正に』アクセスするジャーナリストは逮捕されるリスクを負うことになる」

  同書では、さらに問題なのはこの「不正」を認定するのが政府だということだと指摘するが、その通りだろう。

  現場から見た原発報道の数々の不条理と圧力。そして闇雲なまでに再稼働に邁進しようとする政府と電力会社を筆頭にした原子力ムラ。今回の高浜原発に対する関電の申立て却下も、さらにどんな巻き返しが行われ、不正が行われるのか。

  今後も高浜原発関連の裁判には大きな注目を続けたい。(伊勢崎馨)

※最近の週刊誌でも朝日新聞バッシングは続いている。良心的な判決をする裁判官が左遷されるというのは由々しきことである。独立している筈の司法まで政権の支配下に置かれてしまったのか。そういえば安倍首相は「私が頂点だ」と言ったなあ。

http://lite-ra.com/2016/06/post-2353_3.html

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2016年6月27日 (月)

原発報道への圧力というLITERAの記事―②―

 この経歴からも氏が反骨のディレクターであることがわかるが、そんな七沢氏は、福島原発事故当時、放送文化研究所所属でありながら制作現場から急遽招集された。それは「チェルノブイリの大惨事から25年、(NHKで)原発問題に取り組む制作者はいなくなり、現場は基本知識すら失っていた」からだ。

 七沢氏は11年3月16日から元放射線医学研究所の研究官・木村真三氏と福島に向かい、原発から4キロという至近地などで土壌や植物のサンプリングを開始した。できるだけ早くサンプリングして分析し、半減期の短い放射性核種を検出するためだ。東京の通常の1200倍という強い放射線のもと、放射能汚染の独自調査を行い、ETV特集『ネットワークでつくる放射能汚染地図』を制作・放送した。これには視聴者からの問い合わせが殺到し、17もの賞を受賞するなど大きな反響を呼ぶが、今度もNHK内部の評価はまったく別のものだった。

 「番組が『失速』するまでに起こった最初の出来事は、番組プロデューサーと私が2012年4月に『厳重注意』を受け、取材をともにしたチーフ・ディレクターが『注意』されたことである。理由は取材の舞台裏を綴った番組スタッフの共同著書『ホットスポット』(講談社、2012年)に私が書いた記述が『上司を批判して傷つけ、日本放送協会の名誉を毀損した』こと、そして1年前の取材で『上司に無断で立ち入り禁止地域に入った』ことであった」

 “立ち入り禁止地域に入った”とは、11年3月15日、NHK報道局長名で出された「原発周辺の避難指示地域には引き続き入らないし取材はしない」「20〜30kmの地域では、国の指示に従って屋内退避し新たな取材などには入らない」という通達に対し、著者と取材班は原発から2.5キロの地点で取材を続けていたことだ。

 当時の大手メディアにはこれと同様の内規が存在し、メディアを“現場”から、そして“事実”から遠ざけた、知る権利や報道の自由への大きな足かせだと指摘されたが、そうした状況で果敢にも“現場”に行った七沢氏が処分されてしまったのだ。また七沢氏とともにサンプリング調査を行った木村氏もまた、「情報伝達一元化」という名目で、国から統制され、研究者として自由な調査を禁じられたことで、厚生労働省直轄の研究所に辞表を出している。

 それだけではない。11年6月28日、NHK最高意思決定機関の経営委員会で、『ネットワークでつくる放射能汚染地図』が問題になった。

 「その日の経営委員会の席上、視聴者対応担当の理事がインターネットでこの番組の話題が広がり、子育て世代の女性を中心に多くの反響が寄せられていることを紹介、国際日本文化研究センター教授の経営委員長代行が、原発事故の放射能汚染は国民の関心事なので『政治を変えていく』くらいのインパクトをもつ番組を作っていただきたいと要望した。するとJR九州会長の経営委員が『日本の原発54機が全部止まってしまうと、エネルギーの大危機がくる。これについてはどういう番組を作っておられるのか』と発言、鉄鋼業界出身で後の東電会長となる経営委員も『国際放送で、稼働している原発の停止について、日本はどう考えているのかを国際的なスタンダードで世論をリードできるような政治家や科学者の座談会のような番組を作ってもらえれば』と述べた」 

 事故からわずか3カ月。NHK経営委員会のなかでは、原発の危険性を指摘する番組よりも再稼働を推進する番組をつくれ、といった唖然とするような議論がかわされていたのだ。ちなみに同書では匿名だが、“JR九州会長”とは当時代表取締役会長で現在は相談役の石原進氏、そして“鉄鋼業界出身で後の東電会長”は川崎製鉄出身で現在は東電会長の数土文夫氏だ。

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2016年6月26日 (日)

原発報道への圧力というLITERAの記事―①―

 安倍政権は福島第一原発事故後も原子力発電を推進し、外国にも売り込んでいる。21日の朝日新聞は、原子力規制委員会が運転開始から40年を超えた関西電力の高浜原発1・2号機の更なる20年延長を認めたと報じた。

 そんな時、友人から「NHKディレクターが原発報道への圧力を明らかにした!経営委員会で原発推進の番組を作れという指示が」というタイトルの記事が送られてきた。転載可としてあるのでコピペすることにした。

 原発についての良心的な意欲的な番組を作ったディレクターが局内では抑えられ、左遷されていたということを知り驚いた。(LITERAから)

 今年3月、稼働中だった高浜原発3号機と4号機への運転停止命令という画期的命令を出した大津地裁だが、6月17日に再び関西電力による執行停止の申立てを却下した。その理由について山本善彦裁判長は「決定を取り消す明らかな事情がない」「(関西電力が)安全性に欠ける点のないことの立証を尽くさなければ、欠ける点のあることが推認される」と指摘。福島第一原発事故の原因究明が完遂したと認められず、新規制基準に従って許可を受けても安全性は確保されないとした。

 高浜原発の安全性は担保されず、再稼働すべきでないという画期的司法判断が下されたわけだが、しかしこれで安心してはいけない。

 本サイト(LITERA)でも既報の通り、こうした司法判断が出るたびに政府は司法に介入し不都合な裁判官を左遷させ、一方で自分たちの言い分を聞くエリート裁判官を着任させるという強引な手段を講じてきた。また、関西電力も3月の運転差し止めの際、テレビ局などのメディアに対し「反原発派の一方的な言い分を流さないでほしい」という圧力をかけていたことも明らかになっている。

 これまで莫大な広告料や様々な圧力・懐柔でメディアをコントロールしてきた電力会社だが、福島原発事故を受けてもその体質は何ら変わってはいないどころか、その攻勢をさらに強めてさえいえるのだ。

 メディアは、政府や電力会社にどのように“骨抜き”にされ“統制”されたのか。──5月に発売された『テレビと原発報道の60年』(七沢潔/彩流社)では、現場から見たテレビと原発報道についての多くの問題点が指摘されている。

 そもそも、著者の七沢氏は、1986年のチェルノブイリ事故以降、NHKディレクターとして数々の原発をテーマにした番組をつくってきた人物だ。番組は好評価を受け、賞も受賞したが、しかし、局内での評価はそれとは違ったものだった。

 当時、NHKには電力会社の幹部が経営委員にいたこともあり、上司からは「原発番組ばかり作らないほうがいい」と忠告され、その後、七沢氏は関連会社に飛ばされてしまう。だが、そこでも七沢氏は原発関連番組をつくり続け、2003年に放送されたNHKスペシャル『東海村臨界事故への道』を制作、事故の安全審査をした科学技術庁にも重大な責任があったとこと指摘した。ところが、その際も編集段階で報道局科学文化部の記者から「放送すべきではない」とあからさまな攻撃を受け、同年に放送文化研究所に“さらに追放”されてしまう。

                 -つづくー

http://lite-ra.com/2016/06/post-2353_3.html

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2016年6月25日 (土)

参院選について24日の各社報道に驚く

 参院選が公示されて、マスコミ各社はすぐに世論調査を実施し、結果を24日の朝報道した。私が最初に見たのは、Yahooニュースで、毎日新聞の調査結果であった。それによると、自民党の単独過半数もありそうで、改憲4党で2/3の議席も届きそうだとあった。

 同じく読売新聞の調査でも、似たような結果を報じていた。我が家が取っている朝日新聞は「改憲4党2/3うかがう」と1面で報じた。

 その後、産経新聞、共同通信などの調査も見たが、だいたい同じ線であった。自民単独で過半数、公明党は全員当選もあり、大阪維新は議席を伸ばす、など、各社ともほぼ同じ結果を報じていたので驚いた。

 安倍政権が、秘密保護法制定、集団的自衛権行使閣議決定、立憲主義を破壊、憲法9条の平和主義を戦争が出来る積極的平和主義にし、安保法を強引に成立させるなど、強権政治をしたこと。またアベノミクスが失敗したことを認めず、更にエンジンを吹かすとし、憲法改正は片隅に追いやって誤魔化そうとしていること。

 こうした安倍政権の強権的・身勝手な政治に対し世論は批判的に見ると期待していたが、各社世論調査の結果は大失望であった。

 この結果に欣喜雀躍したのは与党であろう。もし、このままの選挙結果が出るならば、すでに衆議院で2/3の議席を持っているので、参議院で2/3を取ることにより、チャンス到来とばかり、憲法改正に乗り出すに違いない。

 安倍政権がまずやろうとしているのは、「緊急事態条項」を憲法に入れることである。これを入れれば、かつてのナチスのヒトラーがやったように、緊急事態だとして、独裁権を一気に確立し、民主主義日本を変えてしまうであろう。以前麻生副総理がヒトラーに学べと言ったことが現実化するのだ。

 緊急事態条項を入れることは公明党の政策とも一致する。なぜなら公明党がいうところの「加憲」になるからだ。

 秘密保護法制定や集団的自衛権行使の閣議決定のときから、日本の歴史的転換が始まったと指摘してきた。ここで選挙民が従来のような安易な考え方で投票をすれば、その結果は自らの身に降りかかってくるということに思いを致すべきである。

 投票は唯一の政治行動である。たった一票ではあるが、その一票をよく考えて行使しないと、ブーメランのように自分に戻って来るのだ。そのときになってこんなはずではなかったと言っても遅いのだ。

 今NHKの朝ドラマ「とと姉ちゃん」では戦時中の生活の様子を描いているが、国策の為、戦争遂行のため、言論の自由が封鎖され、商売もやっていけなくなる・・・・あんな時代逆戻りは真っ平御免である。

 そんな時代は来るはずがないというなら、ベトナム戦争、イラク戦争を思い起こしてみるべきである。アメリカが正義の戦争としたベトナム戦争に抗した、モハメッド・アリは、後に彼の行動が正しかったことが認められた。イラク戦争もブッシュ元大統領が間違った情報に依ったことを認めた。

 こうしたことはよく状況を見て事態を判断すれば分かったことなのである。そうした過ちを繰り返さないように、立憲主義を守るか、戦争が出来る安保法に反対するか、アベノミクスでよいのか、真剣に考える時だと言いたい。

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2016年6月24日 (金)

嬉しい!敬老パスがマナカ式になる

 先日敬老パスについての通知が届いた。開けてみると、敬老パスが9月からICチップ式になるのでその手続きについてであった。

 説明の中には( )の中にマナカと書いてあったので、マナカのようになるのだと理解した。新しい敬老パスへの変更通知は、3月末生まれまでの人にまず送ったと書いてあった。4月生まれの妻には来なかった理由が分かった。

 新しい敬老パスになると、金をチャージしておけば、民間交通機関に乗ったり、買い物もできると書いてあった。私はマナカも持っていて、JRや名鉄を利用するとき大変重宝をしている。パス入れに入れたままタッチをすればよいし、東京の私鉄バスにも乗れて便利である。

 敬老パスがそのように使えるようになるというのは大変嬉しいことである。でも、説明では分からないことが2つあった。

①全国どこの鉄道でもマナカのように使えるのか。

②現在持っているマナカにチャージしてある金は移せるのか。

 この点については、説明は何も書いていないのだ。何と不親切なことであろう。敬老パスをもっている人は、マナカを持っていないとでも思っているのだろうか。

 それで仕方なく説明書に書いてある問い合わせの番号に電話をした。そして上記の2点について尋ねた。係りの人はそれについての知識はなく、「聞いてきますからしばらくお待ちください」と言って聞きに行った。

 分かったことは、①については現行のマナカと同じように使えるということ。②については、持っているマナカの金を使い切るか、解約をするかのどちらかであるそうだ。つまり移動はできないのだ。

 ただ、解約をすると、解約手数料として220円払わなければならないという。私は使い切ることもできるが、妻の場合、使い切るほど私鉄には乗らないので解約するしかないだろう。

 新しい敬老マナカに金を移動できないのが何とも不便である。移動をすることはそんなに難しいことなのであろうか。

 ともあれ、私は直ぐに郵便局に行って5000円を納めて来た。あとは敬老パスの到着を待つだけである。使えるようになるのは、9月1日からだ。その日が楽しみである。

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2016年6月23日 (木)

NHKスペシャル、「キラーストレス」第2回を見て

 現代はストレスフルな社会である。私のように退職して僅かな年金だけで好きなことだけをしている人間でも何かとストレスが多いと思われる。

  NHKスペシャルの「キラーストレス」の2回目の放送を見た。土曜日の1回目は見逃してしまったが、2回目はストレス対処法についてであったからメモしておいた。

  ●ストレスが起きる仕組み

  ストレスを感じると脳の扁桃体は副腎に指令を出す。すると副腎はいろいろなストレスホルモンを出すのだそうだ。そしてストレス反応がおきるのだ。

  その中でコレチゾールというホルモンは脳に行き消滅するが、多すぎると脳の一部を破壊するという。

  ストレスを与えたマウスで調べたら、海馬の神経細胞が減少することが分かったそうだ。それとうつ病の発症と関係があると考えられているという。また、海馬は記憶に関係しているので認知症とも深い関係があるというのだ。

  ストレスには、2つあり、

  ①「頑張るストレス」→アドレナリンが出て心臓の心拍数を上げるなど体に影

               響する。

  ②「我慢するストレス」→コルチゾールが出て心の反応を起こす。

 ●マインド・ワンダリング 

  マインド・ワンダリングといって過去のことをいろいろと考え、思い出して悩み、目の前のことを考えない。だいたい48%、つまり半分はマインド・ワンダリングに費やしていることが分かったそうだ。その時間はストレス反応が続くことになる。

  子どもの時に大きなストレスを感じた人は、大人になって扁桃体が大きくなっていることが分かった。扁桃体が大きいとストレスホルモンを出す指示が多くなる。

 ●ストレスを解消する2つの方法

 ①コーピング→自分が気分を転換できることを出来るだけたくさん書きだす。

         100ぐらい書くとよいという。例えば、音楽を聴く、散歩に行く、漫画

         を見る、映画に行く、友達と話す、酒を飲む、菓子を食べる、お茶

         を飲む、子どもの頃を思い出す、100万円当たったと思う、猫とた

         わむれる・・・・・。

  自分ができることを列挙して、その時のストレスに合いそうなものをやるのだ。ある人は、川の流れを見ると落ち着くことが分かったという。別の人は木にだきつくと心が落ち着いたという。

  書きだしたそれぞれの対処法をやって感じた効果を10点満点で記録するとよいという。

  コーピングは前頭葉を活性化し、扁桃体の抑制ができるのだ。前頭葉のコントロールを回復させる練習であるというのだ。

 ②マインドフルネス→「今の瞬間」の現実に常に気づきを向け、その現実をあるが

             ままに知覚し、それに対する思考や感情にとらわれないでい 

             る心の持ち方である。今や世界各地で行われているそうだ。

 ◎やり方

 最初は、10分~15分を目途に。

(1)背筋を伸ばして、りょうかたを結ぶ線がまっすぐになるように座り、眼を閉じる。脚は組んでも、正座でも、椅子でもよい。背筋が伸びて身体の力が抜けている楽な姿勢。

(2)呼吸をあるがままに感じる

 呼吸をコントロールしない。身体に任せる。呼吸に伴って腹や胸がふくらんだりちじんだりする感覚に注意を向ける。腹や胸に感じる感覚が変化する様子を、「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」などと頭の中で追って行くと感じやすくなる。

(3)わいてくる雑念や感情にとらわれない

 いろいろな雑念が浮かんでくるが、「雑念、雑念」と心の中でつぶやき、「戻ります」と唱えて、呼吸に注意を戻す。

(4)身体全体で呼吸するようにする

 吸った息が手足の先まで流れ込んでいくように、吐く息が身体の隅々から流れ出て行くように感じながら、「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」と心の中で唱えるとよい。

(5)身体の外にまで注意のフォーカスを広げていく

 さらに、自分の周りの空間の隅々に気を配り、そこで気づくことの出来る現実の全てを見守るようにしていく。

 自分を取り巻く部屋の動き、温度、広さなどを感じ、さらに部屋の外の音など外の空間にも気を配っていく。「ふくらみ、ふくらみ、縮み、縮み」は続けるが、何か雑念が出て来ても、その辺りに漂わせておき、「戻ります」とはせずに、消えて行くのを見届ける。

(6)瞑想の終了

 まぶたの裏に注意を向け、そっと目を開けていく。伸びをしたり、身体をさすったりして、普段の自分に戻る。

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2016年6月22日 (水)

増谷文雄「仏教入門」―㉛―

 釈尊もかつては、自らを苦しめることによって悟境に到達せんことを企てたことがあった。尼連禅河のほとりの美しい森の中に坐をかためて、一麻一米の苦行をしたこともあった。一麻一米とは、一粒の胡麻、一粒の米のほかは、一切の食物を断つことであった。この苦行のため、釈尊の髪はよもぎのようになり、眼はくぼみ、骨はあらわに、腹の皮と背の皮とがくっつきそうにまでなった。それでも悟りは開けなかった。

  途方にくれておると、尼連禅河の堤の上を、民謡をうたって通る農夫の声が聞こえてくる。耳をすまして聞くと、

   弦がつよけりゃ強くて切れる。

   弱けりゃゆるくてまたいけぬ。

   程はほどほど調子をあわせ。

   手ぶり足ぶり上手におどれ。

 と、言っておる。これを聞いていた釈尊の心の中には、ふと霊感がひらめいた。これは天の声である。導きの声であると思われた。そこで、すっぱりと苦行をやめ、尼連禅河の水に入って身体を浄め、j十分に食事をとり、あらためて調達な心身をもって、かの菩提樹の下に座禅の座をかた

  釈尊が大覚を成就したのは、それから間もないことであった。そして、ペナレスの鹿野苑においての初転法輪―最初の説法―には、つぎのように説かれたのであった。

  「比丘等よ、世に二辺あり、出家者は親近すべからず。何をか二と為すや。一に諸欲に愛欲貪著を事とするは下劣卑賤にして凡夫の所業なり、賢聖に非ず、無義相応なり。二に自ら煩苦を事とするは苦にして賢聖に非ず、無義相応なり。比丘等よ、如来はこの二辺を捨てて中道を現等覚せり。これ眼を生じ、智を生じ、寂静、證智、等覚、涅槃に資するなり。

  比丘等よ、何をか如来の現等覚せる所の、眼を生じ、智を生じ、寂静、證智、等覚、涅槃に資する中道と為すや。これ即ち八正道なり。謂く正見、正思、正語、正業、正命、正精進、正念、正定なり。比丘等よ、これを如来の現等覚せる所の、眼を生じ、智を生じ、寂静、證智、等覚、涅槃に資する中道と為す。」

 ※ここには、釈迦が苦行の末悟りを得るに到ったエピソードが語られ、最初の説法について簡潔に述べられている。中道、八正道などは釈迦の思想の中核をなすものであるが、詳細については後に出て来る。

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2016年6月21日 (火)

サンデーモーニングの萎縮?政権寄りに?

 6月19日放送のサンデーモーニングを見て驚いた。コメンテーターに安倍政権べったりの岡本行夫氏、レギュラーの大宅映子氏など政権寄りの人を配していたこと。それからレギュラーの田中秀征氏の参議院選挙の争点についての解説であった。

  田中秀征氏の解説は、今度の参議院議員選挙の最大の争点はアベノミクスであるということであった。安倍首相がアベノミクスのエンジンを3倍にも4倍にもふかすと言っているのに対し、民進党の岡田代表はアベノミクスが失敗だと言っているので、これこそが争点だと解説したのだ。それに対して岸井氏も含めて他のコメンテーターからは異論は出なかった。

  私は、先日のblogでも書いたように、今度の参院選の最大の争点は、立憲主義の回復であり、戦争法の安保法制の廃止り、改憲の阻止である。

  アベノミクスの破綻は明らかであるし、何よりも安倍政権がアベノミクスを正面に据えたのは、憲法改正を隠すためのものである。

  田中秀征氏は、安倍政権の主張するアベノミクスこそが最大の争点だと述べ、政権の側に立ったのである。

  民進党、共産党、社民党、生活の党と山本太郎と仲間たちの4党が、参院選1人区で統一候補を擁立したのは、立憲主義の回復であり、戦争法廃止であり改憲阻止であった。

  重要なその点を取り上げずに、アベノミクスの是非にすり替えたのは、安倍政権に配慮してもものであったと言わざるを得ない。

  岸井氏までその点について異論を挟まなかったのは意外であった。サンデーモーニングそのものが安倍政権の圧力に屈したのだと思わざるを得ない。

  マスメディアの萎縮については、日本会議に賛成の、あのケントギルバード氏でさえ、よくないことだと指摘している。西欧のジャーナリストたちは日本のマスメディアの萎縮に警告をしている。

 権力に対して堂々と、いけないことはいけないと批判することがマスメディアの役割であるといい、それが出来なくなった日本のマスメディアに憂慮しているのだ。

 サンデーモーニングは、まだましなほうだと思っていたが、19日の放送を見て失望した。政権側に配慮した放送ばかりになり、大新聞もそうなると、戦前の状態になってしまう。非常に危険な事態が進んでいるように思う。

 

 

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2016年6月20日 (月)

突然ココログにログインできなくなった

 私のblogはNiftyのココログを使って書いている。6月17日の朝のことである。blogを書こうと思って、いつものょうに自動ログイン画面を呼び出してログインしようとしたら、次のようなメッセージが出た。「ご利用の環境からは現在ロックされている為、ログインできません。しばらくたってから再度お試しください」

  それで時間を置いてログインをしようとしたが、上記のメッセージが出てログインできない。何度か試みたがラチがあかないので、ココログのホームページに行きFAQなどを調べた。でも、該当するようなものが見つからなかった。

  仕方がないからサポートを頼もうと思って探したが、電話が見つからない。メールがあったのでメールのフォームに記入を始めた。ところが、質問事項を選択するところで4つ書いてあったが、私の聞きたいことに該当するものがなかった。それで間違えたのかも知れないと思ってまた探したが見当たらない。

  そこでネットのことだからプロバイダーのCommufaに聞けば分かるかも知れないと思い電話をした。私は長年Commufaを使っているからゴールド会員で、サポートにはすぐつながる。

  電話で尋ねたら、Niftyに電話をするように言われ、電話番号を教えてくれた。それでNiftyに電話をした。ところが私のblogがココログフリー(広告付きの無料)であることが分かり、電話でのサポートはできないと言われた。そしてホームページからメールで質問するように指示された。ただメールフォームがある場所までは案内してくれた。Niftyのホームページの右上の「問い合わせ」から入るのだ。

  途中分かり難いところもあったが、案内してくれたのでメールフォームまで行くことができた。そこに行って驚いたのは、さきほど私が苦労してココログサポートから入ったのと同じものであった。

  念のために質問の選択について聞いたら、「登録内容」でよいということであった。それでメールフォームに記入をしてサポートに送った。11時過ぎであった。

  そのあとまたログインを試みたり、パソコンをリセットしてみたりしたが、相変わらずログインできなかった。

 ネットで調べたら、たった一つ同じような問題を解説したblogがあった。それによるとパスワードを何度か入力ミスすると「ご利用の環境からは現在ロックされている為、ログインできません」というメッセージが現れるということであった。その場合24時間経たないと解決しないと書いてあった。しかし、私の場合パスワードは記憶させてありいつもの通りのログインであった。

 24時間待たなければだめかと思ったが、12時半ごろ試しにログインをしてみたら何とログインができた。それでこのblogを書いているのだ。どうしてログインできなかったのか、どうして回復したのかは全く分からない。

 それにしてもNiftyは不親切だ。フリーの場合は広告がいっぱいついて来て広告料でタダにしているのだ。だから電話サポートもやるべきである。

 ちなみにNiftyのホームページの「お問い合わせ」から入って行くと、有料会員のためのフリーの電話番号が書いてある。どうしても困ったときはダメ元でそこに電話してみるとよい。

 

 

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2016年6月19日 (日)

増谷文雄「仏教入門」―㉚―

 2.偏らぬ態度(中道)

  無上の安穏、内心の寂静を得るために煩悩の焔を消す。それが涅槃であり、それが仏教の究極である。しかし、煩悩を断滅するということは、決して容易な”わざ”ではない。あたかも、かの蔓草が、切ったあとから直ぐまた新しい芽をふいてくるように、煩悩の焔は、やっと消したと思うすぐあとから、また燃え上って来る。消せども消せども、また燃え上って来るのである。

  ある静かな夜半のことであった。釈尊がふと目を覚ましておると、近くの僧房からいと物悲しげな声が聞こえてくる。そっと行ってみると、一人の比丘が、師の教えを口ずさみながら、越し方を思い悔いて嘆いているのであった。たつとい師のおしえにも拘わらず、どうしても煩悩の焔を消すことが出来ない。やっと消えたかと思っていると、またあとから燃え上ってくる。これでは内心の平和はいつになったら得られることであろうか。彼はそういって嘆き悲しんでいるのであった。

 「おまえは昔、家にあったころには、どんな業が得意てあったか。」

  釈尊は比丘にむかって、そんなことを質ねた。

 「何という程のこともありませぬが、いささか琴を弾ずることを心得ておりました。」

 「それでは存じておるであろう。琴の弦がゆるいとどうであるか。」

 「ゆるすぎては弾けませぬ。」

 「弦がしまりすぎているとどうであるか。」

 「やはり弾けませぬ。」

 「では、どうすればよいか。」

 「弦にしたがって緩緊よろしき調律がなければ、琴を弾くわけには参りませぬ。」

 釈尊はただ「うむ」と言ったまま、しばらく黙って比丘の様子を見詰めておった。比丘は、師の慈眼の下に、じっと首垂れているばかりであtった。

 「琴を弾くにすら、緩急よろしきを得なければ、微妙な楽を生ずることはできないどあろう。修行の道もまた同じことである。」

  比丘はやっと面をあげて、師の慈顔を仰いだ。

 「放逸はいけない。だが、厳格にすぎるのもよくない。欲貪にふけるのはいけない。だが、自らを苦しめるのも、決してすぐれた態度ではない。つねに心を調適にして、偏らぬ態度を心がけるのでなければ、涅槃への道は実現しない。私は始終そのことをおまえ達に教えている筈だ。」

 釈尊は、いつもの物静かな態度で教訓を与えながら、じっと眼をとじて、なにか思い出を追うような様子であった。比丘の面持は、しだいに晴れて行くようであった。

 

 

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2016年6月18日 (土)

参議院選挙の争点は、立憲主義、安保法、そして経済だ!

 7月に投票が行われる参議院議員選挙で、自民党はアベノミクスをさらに進めると選挙の争点の第一にあげた。安倍首相は街頭演説などでそれを強調している。

  安倍首相が一番やりたいことは、2/3の議席を獲得して「憲法改正」を発議することだ。ところがそのことはおくびにも出さず、殊勝にも「過半数を目指す」と言っている。「憲法改正」については公約の最後に目立たないように入れてあるだけだ。

  これは民進党の枝野幹事長が演説で指摘しているように、安倍自民党の姑息なやり方である。前の参議院選挙では特別秘密保護法を、前回の衆議院議員選挙では安保法制について、公約の片隅に小さく書いただけであった。そしてアベノミクスを前面に出して選挙を闘い、大量の議席を獲得した。

  その後何をやったかというと、特別機密保護法の制定であり、集団的自衛権行使容認閣議決定であり、安保法制の強行成立であった。公約について問われると、ちゃんと公約に書いてあったと開き直った。

  国民の政治への要望で「経済」が強いのを逆手にとって、重要な安保法や特別機密保護法などは隠して「経済」をかざして選挙をし、勝った途端に牙を剥いて立憲主義を破壊し、戦争法を作ってしまったのだ。

  自民党はまたも同じ手を使っている。選挙前はあれほど言っていた憲法改正についてピタッと言わなくなった。そして公約の中にそっと忍び込ませているのだ。

  民進党の枝野幹事長が言うように、3度も同じ手で騙されてはいけない。今度こそ与党と補完勢力を追い落とさなくてはならない。

  参議院議員選挙の最大の争点は、「立憲主義の回復」であり、「安保法の廃止」であり、「憲法改悪阻止」である。経済については、アベノミクスは完全に破たんしたことを分からせることである。「中国や発展途上国の経済不安が世界経済に影響している」という安倍首相の論理はサミットで受け入れられなかった。海外のメディアの論評は全て批判的であった。

  アベノミクスが失敗したから消費税の増税を延期せざるを得なくなったのだ。それを正直に認めず、いまだにアベノミクスを強力に進めると言っている。

  自民党の参議院選ポスターは「この道を。力強く、 前へ。」テレビで誰かが「この道ってどんな道?」と言っていたが、自民党が進む道は、憲法を改悪し戦前回帰する道である。彼らが目指すのは、戦前の大日本国憲法のような憲法を持つ、富国強兵の「美しい日本」である。

 もし、改憲勢力に2/3の議席を与えたら、「この道」にまっしぐらである。

 「自民党の参議院選挙ポスター」の画像検索結果「民進党ポスター」の画像検索結果

「共産党 ポスター 」の画像検索結果「生活の党ポスター 」の画像検索結果

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2016年6月17日 (金)

大新聞が悪いというNYタイムス東京支局長の指摘

 友人が「日刊ゲンダイ3月16日」の記事を送ってくれた。「NY支局長指摘 大新聞は国民を見下している」という見出しの記事だ。ニューヨーク・タイムズ東京支局長マーティン・ファクラー氏へのインタビューである。

 

  それを読むと支局長の指摘はいちいちもっともである。以下に記事のあらまし。

 ▼3月中にも自衛隊が世界中に出ていって、戦争協力する法案が提出されることになりそうだ。国の形が完全に変わってしまうのに、日本人は関心も示さない。どう思うか?

 ●2つの大きな要因がある。

  ①自民党一強、野党不在の政治状況。

  ②メディアが安倍政権を怖がって批判を控えていること。

このインタヴューは3月のものだが、その後も世論調査では安倍内閣の支持率は高く、NHKのでは48%もある。それに4野党統一候補ができ、市民も動いているのに国民の選挙への関心はそれほど上がっているようには見えない。

 

  やはり、マスメディアが安倍政権の脅しに委縮して、正しい世論をつくろうとしないからであろう。先日の「炎上」を扱ったNHKスペシャルで一人の西洋人が「マスコミの萎縮」を指摘していた。

 ▼(メディアが)怖がっているように見えるか?

 ●見える。日本はいま、これまでとは全く異なる国家をつくろうとしている。憲法に基づいた平和主義を守るのではなく、米国や英国の仲間になろうとしている。果たして、それでいいのか。

  大きな岐路、重要な局面に立っているのに、そうした議論が何もないじゃないか。本当に不思議なことだ。

  恐らく多くの国民は、戦後以来の大きな変化が起こっていることすら知らないんじゃないか。私は何も新聞に反安倍のキャンペーンをやれと言っているわけではない。

  安倍政権はこういうことをやろうとしているけれども、そこにはこういう問題点や危険性がある。こういう別の意見もある。せめてさまざまな立場の見方を紹介して、幅広い議論を喚起することが必要なんじゃないか。

  私もblogで日本は歴史的な岐路に入ったと何度も書いてきたが、その重大さに気づいてない国民が多いのだ。その原因はマスメディが幅広い議論を喚起する努力をしていないからなのだ。指摘に大賛成である。

▼それ(幅広い議論)すら大新聞はめったにやらない。何か安全保障の問題はタブー視されているような印象すらあるが。

 ●なぜ、タブー視されるのだろうか。9・11の直後、米国では国を守るためには団結しなければダメだという危機感がメディアの批判精神を鈍らせた。これは大きな失敗であった。あの時こそ、メディアは冷静になって、きちんとブッシュ政権に問うべきだったのだ。

  本当にイラクに大量破壊兵器はあるのか。本当に、この戦争をしなければいけないのか。しかし、それをやらなかった。それと同じ失敗を日本のメディアは犯そうとしている。

  いま、日本の国家はどういう危機に直面しているのだろうか? 台頭する中国への不安や懸念? イスラム国の脅威? そんな小さなことでジャーナリズムが批判精神を失うのだろうか。

  《インタヴューの一部省略》

  (アメリカと)違うのはメディアが政府の言い分をうのみにするかどうかである。私は列強の仲間入りをしたいという安倍首相が悪いとは言わない。彼は素直に自分のやりたいことをやっている。それは就任前の言動から容易に推測できたことだ。問題はそれに疑問も挟まず、従って何の質問もせず、説明も求めないメディアの方だ。だから、安倍首相が積極的平和主義を唱えれば、多くの国民が何の疑問も持たずに“そんなもんか”と思ってしまう。ここが危険なところだ。

 イラク戦争の時の米国のメディアの萎縮と同じ失敗を日本のメディアが今直面しているという指摘に、日本のメディアはどう受け止めるのだろうか。NHKや一部大新聞のように、政府の広報機関的役割を果たしていることや、他の大新聞も国民に問題を提起しようとしないのは非常に怖いことである。このままではゆるい大政翼賛となり、間違った方向に誘導されることを恐れる。

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2016年6月16日 (木)

やっと辞めたか、舛添氏。都知事2期続いての醜態。

 舛添東京都知事が辞表を提出というニュースがスマホに入って来たのは、15日の昼前であった。この日の午後には都議会で全会一致で不信任案が可決される手はずになっていた。自民党が最終的に不信任を決断したので全会一致で・・・・ということになったのだ。

 そんなことになれば、都議会史上初めてのことで、歴史に残ることになる。それでさすがの厚顔無恥の舛添氏も自らの辞職を決めたのであろう。辞職となれば2200万円という高額の退職金は手にはいることになる。普通の会社員が一生働いてやっともらえる退職金を僅か2年4か月手にできるのだ。ケチな彼のことだからそれも計算した上でのことであったのかもしれない。

 それにしてものらりくらりと同じ答弁と謝罪を繰り返して、よくもここまで引き延ばしてきたものだ。おかげで都政は停滞し、15日に終わった都議会もふりまわされてしまった。

 彼は210万票も獲得して都知事に選ばれた。あの猪瀬直樹元知事の「政治と金」問題がらみの辞職に続いて、2代の都知事が任期途中で辞職に追い込まれたことになる。私は石原元知事も問題の多い都知事だと思っていたが、東京都民は何故問題の多い知事を選ぶのであろうか。自民・公明が推薦するから立派な人物だと判断したのであろうか。

 舛添氏の辞職で一番ホッとしたのは自民党であろう。参議院選挙に悪い影響が出ることを懸念して不信任に踏み切ったのだ。

 今回の辞職で50日以内に選挙が行われるが、今度の都知事選は、参議院選との同日選は出来そうもないと言われている。都知事選挙には50億円もの費用がかかるという。またまた税金の支出が余儀なくされる。舛添氏の金銭疑惑がらみの金の何十倍もの無駄な金である。

 今度の都知事選には、誰が立候補するのかは現時点では不明である。橋下前大阪市長、東国原元宮崎県知事、小池百合子氏、石原伸晃氏、連舫氏などが取りざたされている。

 だが、誰が立候補するにしろ、今度こそ金銭に清潔で、政治的に卓見のある人物に出てもらいたい。舛添氏の辞任に伴い、次の都知事選が東京オリンピックと重なると危惧されているが、大事なのは都民のために誠心誠意の都政を行う人物である。

 猪瀬、舛添に続いて3度目があってはならない。東京都民もよくよく考えてまず投票に行き、よくよく考えてしっかりした人物を見分けて投票してほしい。選ぶ方にも責任の一端があることを自覚すべきである。特に新しく選挙権を得た18歳、19歳、そして若者の投票に期待したい。

 

 

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2016年6月15日 (水)

生長の家の与党不支持宣言

 先日の新聞に生長の家が今度の参議院選挙で与党を支持しないと宣言したという記事が出ていた。生長の家と言えば、安倍政権を支持して後ろで大きな影響力を発揮している「日本会議」の主力メンバーだと思っていた。それでこの記事を読んだときには驚いたのだが、今回生長の家の宣言の全文を読むことができ、初めて本当であったことが分かった。

 サブタイトルは「今夏の参議院選挙に対する生長の家の方針」でタイトルは「与党とその候補者を支持しない」である。この本部方針を決定したのは6月8日だそうが。

  「方針」によると、「日本会議」を創ったのは生長の家の元の信者たちであって、現在の生長の家とは全く関係がないと述べている。

  そして安倍政権を支持しない理由をいくつか挙げている。大きなものは、立憲主義と原発問題であると冒頭で次のように述べている。

  「その理由は、安倍政権は民主政治の根幹をなす立憲主義を軽視し、福島第一原発事故の惨禍を省みずに原発再稼働を強行し、海外に向かっては緊張を高め、原発の技術輸出に注力するなど、私たちの信仰や信念と相容れない政策や政治運営を行ってきたからです。」

  「安倍政権は、旧態依然たる経済発展至上主義を掲げるだけでなく、一内閣による憲法解釈の変更で『集団的自衛権』を行使できるとする”解釈改憲〟を強行し、国会での優勢を利用して11本の安全保障関連法案を一気に可決しました。これは、同政権の古い歴史認識に鑑みて、中国や韓国などの周辺諸国との軋轢を増し、平和共存の道から遠ざかる可能性を生んでいます。

  また、同政権は、民主政治が機能不全に陥った時代の日本社会を美化するような主張を行い、真実の報道によって政治をチェックすべき報道機関に対しては、政権に有利な方向に圧力を加える一方で、教科書の選定に深く介入するなど、国民の世論形成や青少年の思想形成にじわじわと影響力を及ぼしつつあります。」

  ここで簡潔に指摘されていることは、まさに安倍政治の根幹である。日本の国、日本国民の明日に直結する悪政である。その他に、「日本会議」について、次のように述べている。

  「日本会議の主張する政治路線は、生長の家の現在の信念と方法とはまったく異質のものであり、はっきり言えば時代錯誤的です。彼らの主張は、『宗教運動は時代の制約下にある』という事実を頑強に認めず、古い政治論を金科玉条とした狭隘なイデオロギーに陥っています。宗教的な観点から言えば“原理主義”と呼ぶべきものです。」

  「当教団は、生政連の活動停止以来、選挙を組織的に行うなどの政治活動を一切行ってきませんでした。しかし、政治に触れる問題に関して何も主張してこなかったのではなく、谷口雅宣現総裁は、ブログや月刊誌を通して“脱原発”や“自然エネルギー立国”を訴え、また日米の外交政策を分析して、それに異を唱えたり、注文をつけたりしてきました。また、昨年は憲法を軽視する安保法案に反対する立場を明確に表明されました。」

  生長の家が、脱原発、自然エネルギー立国を訴え、安保法案に反対をしてきたということは全く知らなかった。創価学会は公明党として自民党と与党を組み、原発推進、特別機密保護法、集団的自衛権行使容認、立憲主義の破壊などを推進してきた。日本会議には神社本庁など多くの宗教団体が名を連ねている。そうした中で、今回の与党不支持宣言は見上げたものである。

「方針」全文: 詳しくは下の声明を

http://www.jp.seicho-no-ie.org/news/sni_news_20160609.html

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2016年6月14日 (火)

6月5日の全国総がかり行動のレポから―②―

★肌寒い曇り空は、途中から晴れ間が見え、国会議事堂は時節柄、修学旅行の生徒か、国会見学で列を成し、いつもにない風景が展開していた。定刻14時を前に、次々と人、人、人が集まってくる。手に赤色の統一プラカードを持って、「政治を変える・市民が変える」と、白字書きである。

 ♦“無妙法蓮華経”を唱え、団扇太鼓を叩く一団がステージの最前列に並び、その他、手作りのプラカード多数・・・・・「衣替え、政権こそ取り替えよ」(乱鬼龍、いつもの筵旗)「アベノミクス破綻・応能負担、富裕層」 「改憲許せば人権失う」 「誰の子も殺さない、殺させない、戦争法なんていらない、今すぐ廃止を」(小旗は神奈川女性9条の会) 「子どもたちを戦場に送らない」(目黒保育の会) 「市民と野党が共同して選挙で変えよう」(日野市民連合) 「命が大事、暮らしが大切」(菜の花生協ピース9の会) 「戦争暴走法廃止!9条が国際指標!暗影与党は没落!選挙偽集計摘発!」 まだあったが、書きとめられなかった。

 市民、学生、いろいろな団体の幟旗も多数・・・GO VOTE ! (横須賀女性グループ)、「ストップ、忖度報道」 「戦争ノー、声をあげよう、湯河原の会」 全学労、全国自治労、戦争をさせない1000人委員会、東京弁護士会、第二弁護士会、日本私大教連、法政大学、明治大学、専修大学、慶應OB会、早稲田大学、立教人の会、オール越ケ谷の会、戦争はいらない合唱団、日本映画監督協会有志、イエズス会司教センター、日本カトリック・正義と平和協議会など、ただ東京大学や創価大学の旗は見かけなかった。

 国会周辺の警備陣は、第一機動隊から第五機動隊まで、さらに特殊車両部隊も加わり、立錐の余地もないほど、大変な数の警官が配置されていた。国会正門前に大きなサインボード車両を配置し、「歩道の確保に御協力をお願いします」 「車道には出ないでください」と電光掲示板が点滅し、参加者に注意喚起をしている。遠くから、♪君が代♪が聞こえてくる。集会のあとで筆者が経産省テント前ひろばを通ると、経産省前からイイノビル前の交差点まで、黒塗り、国防色、迷彩模様・装甲車もどきの街宣車がずらりと並んでいた。日本国政党本部、○○会、▽▽会・・・・右翼団体が結集して、街宣を終えたところであった。一般通行者と接触しないように、警官隊が彼らを取り囲み、警視庁の腕章を付けた私服の男性が、右翼グループを写真撮影していた。

国会周辺の警備陣は、第一機動隊から第五機動隊まで、さらに特殊車両部隊も加わり、立錐の余地もないほど、大変な数の警官が配置されていた。国会正門前に大きなサインボード車両を配置し、「歩道の確保に御協力をお願いします」 「車道には出ないでください」と電光掲示板が点滅し、参加者に注意喚起をしている。遠くから、♪君が代♪が聞こえてくる。集会のあとで筆者が経産省テント前ひろばを通ると、経産省前からイイノビル前の交差点まで、黒塗り、国防色、迷彩模様・装甲車もどきの街宣車がずらりと並んでいた。日本国政党本部、○○会、▽▽会・・・・右翼団体が結集して、街宣を終えたところであった。一般通行者と接触しないように、警官隊が彼らを取り囲み、警視庁の腕章を付けた私服の男性が、右翼グループを写真撮影していた。

ルポライターの鎌田慧さんは、東京新聞・本音のコラム欄にこう書いている。“悪夢への逆送”(6月7日)。

 集会がはじまる時間を狙って、黒塗りの車列が現れた。私たちが演壇にしている宣伝カーのすぐ後ろに停車して一斉にがなりたてた。なにやら絶叫しているのだが、意味は不明。発言者の声を押しつぶそうとするだけの暴力。それに軍歌の大音響。日曜日。国会周辺三か所での「改憲反対、戦争させない」集会の妨害にきた右翼の車列を前にして、私はマスコミに手を伸ばした安倍政権が、いよいよ集会の自由にも、暴力装置を使い出したのか、と考えていた。

 56年前の1960年6月、国会裏の道路で「安保反対、岸を倒せ!」を叫んでいた私たちの隊列のすぐ後ろで、右翼が新劇人のグループに棍棒を振って殴りこんだ。その五日前、羽田空港周辺で米大統領新聞係秘書ハガチーの車を阻止した隊列に右翼が突入し、女子学生が昏倒するのを目撃している。

 かつて、政権が危機的になると、右翼が暴れ出した。安保闘争の中で、社会党の河上丈太郎が刺殺を受け、浅沼稲次郎委員長が刺殺された。岸信介も刺された。手段を選ばず、平和憲法を抹殺し、戦争のできる「新しい国へ」(安倍首相の著書)へ引きずり込もうとするのは、東條英機と祖父・岸信介が「満州建国」で果たそうとした悪夢の時代への逆送だ。時代錯誤の夢想家の犠牲にはなりたくない。

 

 

 

 

 

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2016年6月13日 (月)

6月5日の全国総がかり行動のレポのから―①―

 新聞でも報じられたが、6月5日に行われた「全国総がかり行動」の東京での様子をまとめたものを友人が送ってくれた。私はこの行動のことを新聞で読んで初めて知った。

  ★「集会での、①総まとめの挨拶、②国会前の模様、③政党からのスピーチ、④市民からのスピーチをここに書きとめた。参加できなかった人たちへの拡散を期待して・・・」と書いてあるが非常に長いので一部をコピペした。(筆者は竹山氏)

 ★6月5日()14時から、〇国会前ステージ、〇農水省・霞が関郵便局ステージ、○日比谷公園・かもめ広場ステージの三か所で、全国総がかり大行動の集会が行われた。

  集会のテーマは、≪戦争を可能にする法律を廃止し、格差・貧困をひろげ、命を蔑にする政治を変えよう。市民が立ち上がり、戦争法廃止、安倍政権退陣で、私たち未来を切り開こう≫。主催は、「6.5 全国総がかかり大行動実行委員会」、呼びかけ団体は、「安保法廃止と立憲主義を求める市民連合」、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」である。

  ★★結論を先に書くと、高田健さん(総がかり行動実行委)が、市民からのスピーチの最後に、次のように総まとめの挨拶をした。

参院選直前の重要な時期、日曜日に、今日の行動に集まった人は4万人を超えた。昨年、8月30日の12万人には及ばなかった、しかし、ここには来ないが地元で運動をやっている人が、全国60か所で一斉に声をあげ、総数は100か所以上になることは間違いない。大袈裟ではない、グーグル検索で、「総がかり行動」をピン・マークして貰えばわかる。全国一斉に、市民が2時半に声をあげた、これは凄いことだ。

♦「戦争法を発動させない」、大きな夢であり、果たして市民・野党の結束が、参院選までたたかってくれないのではないか?と正直不安であった。政党間の難しさ、選挙の難しさはあっても、無茶を承知で取り組んできた。諸悪の根源は安倍政権、(退陣は)大きな夢、希望、強い願いである。

先日、埼玉の1万人集会で申し上げたことだが、侵略を受け、解放への道について、魯迅は言った。「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」と。2015年末は、重い空気であった、しかし、とうとうやった。(野党共闘は)戦後、政治史上になかったことだ。しかし、選挙に勝たなくてはならない。「戦争に反対した、戦争になっちゃった、ごめんね」、子どもや孫たちにそうはいかない。

 安倍政権の三分の二、野望を砕く。全国各地で地べたを這いずり回って、一人、二人、三人・・・・力が大きくなる。自民党は選挙公約に、こっそり改憲と最後に書きいれ、争点隠しをしている。市民連合、学者の会、みんなでしゃにむに頑張ろう。

 また、6月19日()には沖縄県民大会が開かれる、怒りと悲しみの沖縄県民大会に呼応する 「いのちと平和のための6.19大行動」を、同日14時から国会正門前で行うので是非ご参加ください。アピールは、「米軍基地は大幅整理・縮小、辺野古新基地断念、地位協定は抜本改定、戦争法は今すぐ廃止、海兵隊は全面撤退、安倍内閣は退陣、参院選で野党は勝利」。

 

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2016年6月12日 (日)

知らなかった!「士農工商」はなかったとは

 Yahooニュースを見ていたら、「最近の教科書には『士農工商』が載っていない?近年の研究で不適切だったと判明→教科書から削除」という記事を見つけた。

  「えっ、どういうこと?」と思った。私たちが学校で習ったのは「江戸時代には士農工商という身分制度が確立された」ということで、中学校から大学までそれは厳としていたし、教員になって、定年退職するまで、社会科ではそのように教えて来た。それが180度ひっくりかえったのだから驚くのも当たり前である。

  教科書から「士農工商」の記述が消えたのは、東京書籍の教科書では平成12年度からであったという。何と16年も前からのことなのだ。しかし、この16年の間に私は1度もこれに関係した新聞や雑誌の記事あるいはTVニュースなどを見たことがない。だから今日の今日まで全く知らずに間違った?ままであったのだ。

  以下記事の引用をする。

  「修正の理由は2点。1つは近年の研究成果から、『士農工商』自体が、身分制度を表す語句として適当でないと判明したことです。江戸時代の身分には、基本的に『武士、百姓・町人等、えた・ひにん等』があり、ほかにも天皇や公家、神主や僧侶などが存在。単純に『士農工商』という表現やとらえ方はされていなかったということです。
 
 もう1つは、「士-農-工-商-えた・ひにん」という、上下関係の認識も適切ではなかったことです。武士こそ支配層として上位にはなりますが、ほかの身分に支配・被支配の関係はなく、対等なものでした。また、えた・ひにんも『武士-百姓・町人等』の社会から排除された『外』の民として存在させられ、ほかの身分の下位にあったわけでなく、武士の支配下にありました。」

 確かに「士農工商えた・ひにん」の他に天皇・公家・神主・僧侶などはあった。彼らは士農工商の枠外である。町人や農民などは時代劇でもよく見られるように武士からは切り捨て御免であり、町人、農民は過酷な税や労役に苦しめられた。しかし、インドには今も現存するカスト制度のようなはっきりした身分制度ではなかったのだ。

  太閤秀吉が刀狩をして、農民と武士を区別したことに見られるように、社会的分類であったのかもしれない。

  これらの見解から、東京書籍では「士農工商」の記述を廃止。あわせて、明治維新にて「士農工商」の身分制度を改めた政策と認識されがちだった「四民平等」も、平成17年度の教科書から使用されなくなっているそうだ。

 「四民平等」も歴史の教科書では、明治政府になってそれまでの士農工商の身分が廃止され、みな平等になったと書いてあった。教科書から記述がなくなるのは、士農工商から遅れること5年である。

 他にも、かつては賄賂政治の権化のように扱われていた田沼意次が、先進的な経済戦略を備えた政治家として再評価されるなど、近年の研究成果や新説による、歴史的解釈の変更にもとづき教科書に記述が変わる例はあるそうだ。

 研究が進みそれによって従来の真実とされていたものがひっくり返ることは大事なことだ。でも、日本の侵略はなかったとか、大日本帝国憲法は正しかったとか、A級戦犯の名誉回復などの変更は絶対にあってはならない。

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2016年6月11日 (土)

身から出た錆、都議会の審議時間がもったいない

 東京都議会では舛添都知事の問題でいたずらな時間を浪費している。都議会の各派が都知事に質問をしても、この間の記者会見の時と同じことしか答えないようだ。

 都議会で審議しなければならないことはたくさんあるはずだが、会期が始まってから外添問題に振り回されている。

 都議会開催中の経費は税金で賄われる訳だから、時間だけでなく税金も無駄に使われることになるのだ。舛添知事はさっさと辞めるべきだと思うが、都知事選挙をしなくてはならないので、それにも莫大な税金と余計な時間が使われることになる。

 自治体の首長とか議員とかの公職者は、誰よりも金銭問題や倫理問題に厳しくなければならない。税金で給与や歳費を支払われているのだ。

 ネットでは舛添知事に関して、いろいろなことが取りざたされているので驚いた。中には明らかなウソや中傷もあるようだ。一番驚いたのは、在日朝鮮人だというサイトだ。母親が韓国人である本人が明らかにしたという。でも、こうしたものはヘイトスピーチと同類のものだと思う。朝鮮人に対する憎悪のヘイトスピーチに乗じて陥れようとしているのだ。

 舛添知事は今の奥さんが3人目で、愛人も3人いるというのもあった。舛添知事は大変もてるのだとか。あんなにせこくてケチなのにどうして持てるのか不思議だが、もてるから女性変遷ができるのだろう。今の奥さんは創価学会の幹部だというのもあったが、真偽のほどは分からない。

 本人の記者会見の動画に九州にいる姉が生活保護を受けているというのがあった。舛添知事に姉を助けてやったらと言われたのに対し、関係がない他の事例を持ち出して訳が分からないことを長々と話していた。どうやらこれは本当のことらしい。お姉さんとは長年仲たがいをしているので面倒はみないということのようだ。

 舛添知事が母親の介護のために九州に通っていたことはテレビ等で取り上げられ、有名な美談で、本人も本を書いているが、週刊誌によると美談になるような世話はひとつもしていないという。

 舛添知事が今回のような政治資金不適切使用問題を起こさなければ、ネットやマスコミにあることないことを書かれることはなかったのだ。身から出た錆である。

 話題を元に戻して、都議会は時間の無駄を省き、事の真相をきっちり明らかにするために百条委員会を設置するのがよい。猪瀬前知事はそれで辞めたではないか。

 

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2016年6月10日 (金)

32の1人選挙区で4野党の統一候補に期待

 6月8日の朝日新聞によると、民進党、共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの4野党と、「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の間で、参議院選挙に向けた政策協定が結ばれた。

  「市民連合」は、昨年12月に発足した。「安保廃止」を掲げて全国で街頭デモや講演活動を続けてきた、学生団体のSEALDsと安保関連法に反対するママの会と「学者の会」など5団体で構成する。

  昨年秋に自民党・公明党で強引に成立させた安保法を廃止し、立憲主義を取り戻すには、参議院選挙で野党勢力を伸ばすしかないということで、1人区での統一候補の擁立が要だと、市民連合は各党に呼びかけて来た。共産党が1人区での立候補を取り下げるという英断をしたこともあって、全一人区での統一候補が実現した。大変喜ばしいことである。

  市民連合が提示した「政策要望書」は、

   ・安保関連法の廃止

   ・立憲主義の回復

   ・参議院選挙で改憲勢力が2/3の議席を獲得することの阻止

   ・貧困の解消

   ・TPP合意に反対

   ・沖縄の民意を無視した辺野古新基地建設の中止

 などである。これに4野党党首が署名して合意が成立したのだ。

  4野党がそれぞれの政策の違いを乗り越えて、一致点で共闘することになったのは歴史的な出来事だといえよう。

 野党の中には、大阪維新の会、日本を元気にする会、日本の心を大切にする党、新党改革などもあるが、自民党・公明党の補完勢力であるから与党別働隊ともいえる。 自民党・公明党は、これらの勢力も含めて、2/3の議席を獲得したいと闘志を燃やしている。憲法改正に持ち込めるからである。

 憲法改悪の企みを阻止し、立憲主義を取り戻し、戦争法の安保法廃止にするには、4野党の躍進がどうしても必要である。

 今回の選挙からは18歳、19歳の10代の若者も選挙権を得た。こうした人たちを含めて、若い人たちには、今度の参議院選挙の重大さをよく考えて、上記の合意事項をよく調べて、投票行動を起こしてもらいたい。

 我々高齢者は、孫の代が戦争に向かうのを止めさせ、現憲法の精神を活かして欲しいと願うのだが、若者は自分が戦争の当事者になるかもしれないことをよく考えて欲しいと思う。貧困の解消も若い人ほど深刻になってきているのだ。

 

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2016年6月 9日 (木)

サルトルの超難解な言葉

 6月6日の朝日新聞「折折のことば」(鷲田清一)にジャン・ポール・サルトルの次のような言葉が紹介されていた。

  「われわれの幸福の能力とは、幼少期がわれわれに拒んだものとそれがわれわれに譲りあたえたものとの間の或る種の平衡に左右される」

  これを読んで私は何を意味するのか全く理解できなかった。単語としては難しいものはひとつもない。しかし、それが組み合わされてできるフレーズが分からないのだ。

  まず分からないのが、「幸福の能力」である。

  「能力」は広辞苑で調べると、

 ①物事をなし得る力。はたらき。

 ②〔心〕ア。認識・感情・欲求・行動など、精神現象の諸形態を担う実体。

     イ。どれだけの精神機能が働きうるかという可能性。

 ③〔法〕ある事について必要とされ、また適当とされている資格。「権利ー」「―者」

  3つの定義のうちできるどれが当てはまるのであろうか。多分①だと思われるが、「幸福が主体として何かを為すことが力」、もしくは「幸福のはたらき」ということになろう。

  A 次に分からないのが、「幼少期がわれわれに拒んだもの」である。一体幼少期がわれわれに何を拒んだというのであろうか。

  B.また、それに続く「それがわれわれに譲りあたえたもの」も意味不明である。それという指示語は幼少期を指す。幼少期がわれわれに譲りあたえたものは何なのだ。そもそも幼少期が持っていて譲りあたえることができるものとは何か。

  C.さらに次の句も分からない。「・・・との間の或る種の平衡に左右される」である。AとBとの間に或る種の平衡とは何のことだろう。「或る種」も何を意味するのか不明である。「平衡」は釣り合いであるが或る種の釣り合いと言い換えても分からない。どんな平衡があるのか。

  サルトルと言えば著名な哲学者である。そのような人が言った言葉が私のような凡庸な人間には分からないのが当然ではある。しかし、私に言わせれば、言葉は誰にでも(少なくとも中学校以上の)分かる使い方が望ましい。まるで禅問答のようなものはその道の専門家の間でのみ使われるべきであろう。

  このサルトルのことばについての鷲田氏の解説は次のようである。

  「何から何まで奪い取られても、すべての望みをかなえられても、われわれは破滅する」と続く。個人は誕生してすぐ歴史にどっぷり浸され、その外に立つことも上空に浮き上がることもできない。たまたま生まれ落ちた歴史の渦中で生を始めるほかにはない。

 戦後フランスを代表する思想家の評論「メルローポンチ(平井啓之訳)から

 「たまたま生まれ落ちた歴史の渦中で生を始める」というのは理解できる。我々が生を受けたのは偶然であり、そういう定めであったのだ。それはどうしようもない。王に生まれるのも乞食に生まれるのもそれは運命なのだ。そして生まれた瞬間からその人の歴史が始まる。

 しかし、ザルトルがいう何から何まで奪い取られても、すべての望みをかなえられても、われわれは破滅する」というのは理解できない。ALL OR NOTHINGのどちらでも我々は破滅するというのだ。確かに生の終わり、つまり死は避けられない。死を破滅といえばその通りである。世界一の大富豪となってもいずれ生の終わりが来る。

 科学が発達してクローン人間とか再生が可能になるかもしれない。それでも永遠の生はあり得ないのだ。

 先の句でサルトルが言いたかったことはいったい何なのであろうか?

 

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2016年6月 8日 (水)

何故誰も言わない?政治資金規正法の抜本的改正を!

 舛添東京都知事の政治資金不正支出疑惑について、第三者の弁護士2人に依頼していた自身の政治資金支出に関する疑惑等の調査結果を発表した。

 それによると、書籍の購入については、一部で娯楽色が強く、支出は適切ではないとの判断をしつつも、「政治資金の使途には法律上の制限はないから、違法とは言えない」と解説。大量の絵画購入については「政治活動と関わりがないとは言えないが、点数があまりに多すぎ、合計金額も多すぎる」と断じた。それでも、書籍と同様の理由で「違法ではない」とした。

 その他の日用品購入や書、額縁等の購入でも、一部で適切ではない点を認めつつも、違法性に関しては完全に否定した。

 さらに、森本弁護士が、宿泊費や飲食費の疑惑について説明。宿泊費においては、木更津市のホテル宿泊など6件で、飲食費においては、湯河原町の別荘近くでの回転寿司店など14件で「是正の必要がある」との判断を公表。だが、この点でも「政治資金の使途には法律上の制限はないため、違法とは言えない」との判断を繰り返した。(デイリースポーツ)

 弁護士の判断は、「支出は適切ではないとしつつも、『「政治資金の使途には法律上の制限はないから、違法とは言えない』」であった。

 問題の核心はここにあるのだ。「法律上政治資金は何に使ってもよい」ことになっているから、舛添都知事や国会議員の政治資金問題が後を絶たないのだ。

 政治資金の使途について、法律に明確に規定しておけばこうした問題は起こらないし、もしおかしな使い方が起きても、法律に照らして違反であるということができるのだ。

 庶民の感覚からいうと、今回の舛添都知事の金の支出は、どうみても政治活動に対する支出だとは認められない。家族で旅行したり、美術品を買いこんだり、回転寿司などのレストランに家族で行ったり、コミック雑誌を買ったり・・・・。こうしたことがなぜ「適切ではないが違法ではない」とされるのか。

 それを受けて舛添都知事は「粉骨砕身都政に努める」と述べたが、これまでは税金で大名旅行をしたり、公用車で別荘や展覧会に行ったり、遊興三昧であったということだ。

 記者会見では、二人の弁護士の紹介に長時間を割き、権威づけにしたと日本大学の佐藤綾子教授は指摘している。(朝日新聞)自選の第三者なので権威づけが必要であったのだろう。

 いずれにしても、政治資金の使い方を放置する限り、これからもこのような資金の使い方は次々出て来ると断言できる。この際法律を厳格に改正して後を絶つしかない。

 政党交付金を廃止するのが最善の道である。税金から大金をもらっているからもらったものは俺のものという感覚になるのだ。

 ただ、政党交付金は、反対しているのは交付金は受け取っていない共産党だけで、他の政党はザル法のもとでやりたい放題である。こうした国会の状況では政党交付金廃止と厳しい制限をした改正は夢のまた夢か?

 

 

 

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2016年6月 7日 (火)

増谷文雄「仏教入門」―㉙―

 涅槃という言葉は、梵語ニルバーナnirubanaの音訳であり、これを意訳すれば滅、滅度、寂滅等となる。この言葉が印度の文献に始めて現れたのは、たしかに仏教の術語としてであったと思われる。

 それは当時すでにあった言葉を釈尊が採用したのであるか、それとも釈尊自身の創作になる言葉であるか、そこのところは詳らかではない。

 これはnir-va(吹き消す)という動詞を語根とする言葉であって、燈火の消え去るがごとく、煩悩の滅し去った境地を示す言葉であるが、さらに一歩をすすめて言うならば、燃えさかる焔も、薪木や枯草がなくなる時、自然に消えてまた焔なきがごとく、夜を照らす油燈のともしびも、燈心をとり去ってしまうと、もはや燃ゆべきすべもなきがごとく、人間煩悩の焔もまた、欲貪を去り渇愛を抜くとき、自然に消え果てて、いつまでも擾乱なき平和の境地がもたらされる。涅槃とは、かかる平和の境地を指していえる言葉であった。

 これを滅といい、不生といい、無為といえば、消極的な印象が強いが、古来の仏者は、またこれを無上の安穏といい、至楽となづけ、また妙境とも称した。そこにあるものは平和であり、寂静であり、清涼である。

 それに対して、世間はただ擾乱に充ち、瞋恚にみち、懊悩にみちておる。それを釈尊は、煩悩の焔が一切の世間を焼いていると教えた。眼も耳も鼻も舌もからだも、あらゆるものが煩悩の焔に燃えていると教えた。煩悩の焔のおそるべきことは、むしろ大木を焼く焔にもまさると教えた。

 そして、その煩悩の焔を滅し去る方法として八支の聖道等を説き、また煩悩の焔を滅し去れる境地における無上の安穏を説いたのであった。では煩悩はいかにして滅盡されるべく、また涅槃の平和はいかにして招来されるべきであるか。

 「世間はただ擾乱に充ち、瞋恚にみち、懊悩にみちておる」というのはまさにその通りである。人間個人はもちろん、会社やグループ等の集団としての人間も、民族や国家としての人間も、すべて欲望、憎悪、妬み、争いなどさまざまな煩悩の焔に燃えさかっているのである。戦争やテロはその最たるものである。もし、釈尊のおしえに従って煩悩を滅却していたら、人類は地球は平和そのものであったはずだ。それができないままいたずらに歴史積みかさねて来たのだ。

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2016年6月 6日 (月)

増谷文雄「仏教入門」―㉘―

 三

  仏教がねらい究極の境地は、佛教の術語でこれを「涅槃」といっておる。すべての仏道修行は結局これを目標とし、これに集中される。いつぞや釈尊は、舎衞城にあって説いたことがあった。印度には恒河以下あまたの大河があるが、それらは総て「海に趣向し、海に傾向し、海に臨入する」それと同じく、あまたの比丘たちは、八支聖道を修習して、結局みな「涅槃に趣向し、涅槃に傾向し、涅槃に臨入する」と言うのであった。

  また漢訳経典の中には、しばしば、「離辺処中、行八正道、到涅槃城」という表現が見られる。これは言うまでもなく、佛教徒たるべき者のふむべき大道を示したものである。極端(辺)をはなれ、中道(中)に処し、よく八正道を行修して、涅槃の城に到達する。涅槃こそは仏教徒の究竟の目標である。ではそもそも涅槃とはいかなる境地をいうのであるか。

  古来の言い方でいえば、もろもろの煩悩の断滅せられたる境地がすなわち涅槃である。釈尊はこの境地を説明して、よく「渇愛の滅」であるとか「貪瞋癡の滅」であるとか教えられた。ある時は、尊者優陀耶に対して、「渇愛の遮断によりて、涅槃ありと言わる」との偈を説いたこともあった。ある時は、郁瞿婁(ウツガ)という居士に向かって、「取執なき比丘は涅槃に入る」と教えたこともあった。また、釈尊の高足舎利弗は、恒河のほとりで、サーマンダカ普行沙門と次のような談話を交わしたことがあった。

 「友舎利弗よ、『涅槃、涅槃』と称せられる。友よ、何ものか涅槃なる」

 「友よ、凡そ貪欲の壊滅、瞋恚(シンイ)の壊滅、愚癡の壊滅、これを称して涅槃という」

「さらば友よ、この涅槃を実現するの道ありや、行道ありや」

「友よ、この涅槃を実現するの道あり、行道あり」

「友よ、何をかこの涅槃を実現するの道となし、何をた行道となすや」

「友よ、この聖なる八支の道こそは、この涅槃を実現するの道なれ。それは即ち正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定なり。友よ、これは涅槃実現の道なり。こは行道なり」

 これらによって知られるごとく、涅槃とは要するに、もろもろの煩悩を滅しつくした境地である。滅するとは、煩悩の焔がまったく消えてなくなることである。欲愛をもたらす渇愛もつき、もはや貪欲の焔も、瞋恚の焔も燃ゆべき由もなくなった状態に達することである。そしてかかる意味は、涅槃をいう言葉そのものの中にあきらかに示されておるのである。

 ※仏教の究極の目標である境地は涅槃であり、涅槃とはもろもろの煩悩を滅し尽くしたときに到達する境地であるというのだ。

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2016年6月 5日 (日)

アベノミクスの失敗を認めよ

 安倍首相は消費税10%への増税を延期することは絶対にない、「断言します」と言っていたのを6月1日には2019年10月まで延期すると決めた。「新興国や途上国の経済が落ち込んでおり、世界経済が大きなリスクに直面している。世界経済が成長のエンジンを失いかねず、世界的な需要の低迷、成長の減速が懸念される」として、新しい判断だと述べた。公明党の山口代表は理解できることだと述べた。

 

 サミットでは、複数の経済指標を示して、「リーマン・ショック前に似た状況」があるかのような説明をしていた。それが外国メディアや経済の専門家からの批判によって、「現在直面しているリスクはリーマン・ショックのような金融不安とは全く違う」と前言を翻した。

 

 ダイヤモンド・オンラインの記事から一部下にを引用する。

 

 「安倍総理は、前回の3%の消費増税が個人消費を押し下げたと指摘していた。しかし、事実を確認する意味で付言しておくが、経済データをつぶさに見る限り、前回の消費増税が景気を低迷させたわけではない。当然ながら、消費税を増税した2014年4-6の消費は落ち込んだが、9-12月期以降は消費はプラスに転じている。7-9月期のマイナスは在庫投資である(4-6月期に積み上がった過剰在庫を減らしたから)。

 

 また、2015年4-6月期や10-12月期の消費のマイナスは、軽自動車税の引き上げ、冷夏、暖冬など、消費増税とは別の要因で生じたものである。2014年4月の消費増税の実施によるマイナスの影響はせいぜい半年間であり、その後景気は回復し、増税前の需要の先食いによる成長も考えれば、消費増税の影響は限定的だった。」と書いている。

 

 安倍首相自身もデフレから脱却しつつあり、大企業は好調で、雇用も改善していると胸を張っていた。それにもかかわらず消費が伸び悩んでいるのはトリクルダウンがなかったからだ。

 

 その点についてダイヤモンド・オンラインは「GDPがそこそこ伸びているにもかかわらず家計消費が伸び悩んでいるのは、労働所得が伸びないからであり、それは消費増税前から起こっていた。安倍総理は、最近の経済の低迷を消費増税のせいにしたいのだろうが、真実を直視し、アベノミクスが日本経済の構造的な問題から目をそらして的外れだったことを、素直に認めるべきだろう。」と指摘している。

 

 アベノミクスが日本の経済の状況をきちんと把握してそれに対する政策ではなかったから失敗したのだというのはその通りだと思う。

 

 ダイヤモンド・オンラインは、安倍首相は過ちを認めて謝るのが筋だと次のように書いている。

 「現在の日本経済の情勢を見る限り、リーマンショック級の危機が到来しているとは考えられず、そう考えたのは安倍総理以外にはいないが、判断と言ってしまえばそうであろう。問題は、これだけ重要なことを政府内でデータに基づききちんと議論しなかったことである。もしそうすれば、リーマンショック級を示す証拠がないと批判されるので、サミットを利用し独断で決めたのだ。延期するための唯一の説明は、総理が「以前の発言は嘘だった」と国民に対して正直に謝ることである。

 国のリーダーたる総理のなすべきことは、根拠がない屁理屈を並べることではなく、まして他国の経済状況に責任を転嫁することでもない。たとえば、『再び消費増税を実施すれば、国民生活に甚大な影響を与えるので、それは回避したい』と言って、前言を撤回することだ。

 これまでアベノミクスで経済が好調で、税収も増えていたと自画自賛していたのに、なぜ突然手の平を返したようにリーマンショック級の危機に日本が直面していると言えるのだろうか。経済財政諮問会議では、増収を育児対策などに使えと議論していたのではないか。二枚舌を使うのではなく、嘘をついて申し訳なかったと説明し、その是非は来る参議院選挙で国民に問えばよいのだ。それができないとすると、今回の延期は単なる参議院選挙対策なのだ。」

 安倍首相は、ウソを平気でつく。6月1日の天声人語にも2,3例をあげていた。「消費税値上げを再延期することはない断言する」オリンピック招致では「福島第一原発事故はアンダーコントロールされている」経済の状況を「もはやデフレではない」など。

 その他にも「トリクルダウンがある」「リーマンショック前の世界経済状況」安保法制では「必ず国民が納得のいく説明をする」などなどまだいっぱいあるはずだ。

 安倍首相は聞く耳をもたず、質問にはまともに答えずはぐらかすというので有名である。そしてウソもつくのだ。謝るべきだと言われても絶対謝らないであろう。内閣不信任案は数で否決されたが、選挙では何としてもNOを突き付けたいものだ。

 

 

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2016年6月 4日 (土)

面白かった「暗幕のゲルニカ」

 以前に原田マハの「楽園のカンバス」を読んで特徴のあるストーリー展開に引き入れられた。先日朝日新聞の書評欄で、同じ著者が「暗幕のゲルニカ」という書名の小説を書いたことを知った。それで是非読んで観たいと思い、書店に出かけて購入した。

 357ページあるこの本は、二本立てで物語が進行している。一つは20世紀パートで、パブロ・ピカソの代表作である「ゲルニカ」の誕生とその後の数奇な運命を辿ったものである。もう一つは21世紀パートで、アメリカニューヨークの有名なMOMA(近代美術館)のキュレーターの八神瑶子が企画した「ピカソの戦争美術展開催までの物語である。

 最後のページの説明によると、この小説は史実にもとづいたフィクションであるいう。小説を書くに当たって参考にした多くの文献のリストも付されている。

 20世紀の部分は、スペインの大富豪パルド・イグナシオとMoMA理事長のルース・ロックフェラー以外は全部実在の人物であるそうだ。このパートで主役はピカソの恋人の写真家ドラ・マールである。21世紀の部分は全て架空の人物であるという。

 私はニューヨークのMoMAには行ったことがあり、また多分国連本部でタペストリーを見たのだと思うのだが、「ゲルニカ」も見た記憶がある。そういうこともあって大変興味深く読み進めることができた。

 この二本立てで同時進行する構成は初めて読んだが、大変面白いやり方だと思う。共通の材料は「ゲルニカ」である。スペイン内乱のときにナチスドイツの爆撃で壊滅されたバスク地方の都市ゲルニカ。それに怒りを燃やしてピカソは超大作「ゲルニカ」を完成させた。

 この地球から戦争やテロなどをなくしたいという強い思いをピカソは絵筆と絵具とキャンバスによって表現をしたのである。

 「暗幕のゲルニカ」のテーマは、戦争やテロをなくし、誰もが平和に暮らせる世の中をといういわば悲願である。「悲願」と私が表現したのは、人類は今も核兵器を捨てることができず、地球のどこかで戦争があり、70年間戦争のなかった日本でも世界で頻発するテロリズムに怯えている。

 先だってのGサミットでは幸いテロは起こらなかったが、これから先いつテロに襲われるかもしれないのだ。

 いかなる名分と目的であろうと、人が武器を使用して殺し合うことは1日も早くやめなければならない。しかし、止めることは非常に難しいのが現状である。まさに人類の悲願である。

 この小説では、何度も何度もその悲願が訴えられている。時代背景としては1937年から2003年6月までである。その間にスペイン内乱や第二次世界大戦があり、あの9.11のテロやアメリカのイラク侵攻などがある。特に9.11のワールド・トレードセンタービルへのテロとイラク侵攻が大きく扱われている。

 架空のスペイン大富豪パルド・イグナシオ、ルース・ロックフェラーそしてピカソ研究の世界的権威日本人の八神瑶子を設定し、実在のMoMAやレイナソフィア美術館や国連などを舞台にフィクションの物語を実際にあったことのように錯覚させて読ませる。原田マハ独特のユニークなやり方に引き込まれた。

 ストーリーなどを書かないは、これから読んでみようという人に興をそがせるからである。

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2016年6月 3日 (金)

我が家の小庭のグミを収穫

 以前にも書いたことがあると思うのだが、我が家の狭い庭には大王グミの木が一つある。木が大きくならないようにヘビがとぐろを巻いたような形にしてある。毎年4月になると新しい枝がいっぱい伸びるのだが、それを切ってしまう。

  そのせいかどうか知らないが、昨年はグミの実があまりならなかった。今年も期待をしていなかったが、それでも昨年よりはたくさんの実をつけた。

  葉っぱの陰に、赤い実がぶら下がっている。場所によっては3つとか5つぐらい固まってぶら下がっていることもある。紅く艶々している実は食べると渋いので、やや暗い色になるのを待つ。

  今年はこれまでに2回収穫したが、1日ほど置いておくと渋みがとれて食べる事が出来た。ちょうど甘夏がなくなったころだったので、果物として食べることができた。

  5日ほどほっておいて6月1日の朝、残っていた実を全部収穫した。どれも食べごろで口に入れると渋みはなく、ほんのりと甘い。これまではグミの実でグミ酒を作っていたが、今年も予想以上に獲れたので少しだけグミ酒を作ろうかと思っている。

 子どもの頃山に遊びに行くとグミを見つけることがあった。小さな赤い実で採って食べたこともあったが、その頃は何故か腹をこわすから食べてはいけないと言われていた。

 山桃もそうである。食べることはなかった。ただ、山の方から通っている子たちは道草して食べていた。

 ヘビイチゴは、いつも道端に生えていて小さな赤い実をつけていたが、これは誰も食べなかった。毒があると言われていたからだ。先日テレビで自然教室をやっていて、講師が子どもたちにヘビイチゴを食べさせているのを見てびっくりした。食べられるのをはじめて知った。

 我が家のグミは大王グミで実が大きい。おそらく栽培用に改良されたのだろう。我が家では殺虫剤、肥料は一切使わないので、自然のままである。植物というのはえらいものだと感心する。無農薬・無肥料の状態で大きく育つのだから。育って困っているのは、モミジ、金木犀、クスノキである。庭師に切ってもらわないといけないので金がかかる。

 我が家には、花柚子があるがこの2年全く実を付けなくなった。また金柑も調子が悪い。グミも昨年は僅かしか採れなかったが、今年はまあまあなのがよかった。実がなるのは嬉しいものである。

 LINEのタイムラインに写真を載せておいたら、Tさんからこんな立派なグミは見たことがないと褒めて頂いた。

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2016年6月 2日 (木)

The King's Singersコンサートを聴いて

 男声コーラス仲間のKさんからThe King's Singersのコンサートの券を頂いた。世界一のアカペラグループだとKさんが言っていた。Wikipediaによると、1968年にケンブリッジの学生5人とオックスフォードの学生1人の6人で結成された。でもメンバーはよく入れ替わり、現在のメンバーは、

  ジョナサン・ハワード(バス)、クリストファー・ガビタス(バリトン)、クリストファー・ブリュートン(バリトン)、ジュリアン・グレゴリー(テナー)、ティモシー・ウェイン=ライト(カウンターテナー)、デービット・ハーリー(カウンターテナー)の6名である。

  カウンターテナーが二人もいるのに驚いたが、結成当初からそうなっていることが分かった。

  会場の豊田コンサートホールに行くのは初めてであった。でも、地下鉄鶴舞線で終点の豊田市駅まで行けるので便利ではある。ただ、名鉄の乗車賃が高い。だからこれまで行ったことがなかったのだ。

  豊田市駅を出るとどこかで見たような感じを受けた。東京の三鷹駅にちょっと似ていた。ホールは駅前の三号館というビルの10階にあった。エレベーターが3基あるのに下から来る人で乗れなかったりして時間がかかった。

  ホールに入って素敵なホールだと感じた。正面にパイプオルガンがあって、両側にバルコニーがあった。木の色の茶色が濃いめでシックな味わいであった。ウイーンに行ったとき、ウイーンシンフォニーのホールに行ったことがあるが、1600年ごろに建てられたというあのホールになんとなく似ていた。

  頂いた席は10列目で舞台が近くいい席であった。会場は満席のようであった。15時の開演で、下の写真のよううな紺の背広に赤いネクタイのイギリス紳士が登場した。舞台には6つの台がおいてあった。

  オープニングは「地平線」という曲で、台の前に立って暗譜で歌った。歌いだしはピアニッシモで始まった。想定外のものであった。ときどき指を鳴らして歌った。

  プログラムは、休憩までが、北米からの絵葉書、ヨーロッパからの絵葉書、日本からの絵葉書、2つのイギリス民謡、南米からの絵葉書となっていて、2曲と「川の嘆き」という曲が入っていた。前半は台の上に歌集を置いてときどきみながら歌った。

  後半は、ビートルズ名曲集4曲、5つのアメリカンクラッシクであった。全部暗譜で歌った。 ときどき拍手や身振りを入れて歌った。特に印象に残ったのは、曲の紹介を全て日本語で行ったことであった。胸の内ポケットから紙を取り出して読んだが意外に上手であった。3~4人で分担していた。

 日本の歌は民謡が「ドンパン節」「佐渡おけさ」の2曲で他に「竹田の子守歌」を歌った。びっくりしたのは、「佐渡おけさ」の1番の続きに「鉄道唱歌」を入れ、その後に2番を歌ったことだ。旅をするというイメージであろうか。

 日本の民謡を独特のリズムとハーモニーで歌ったのは興味深かった。いい試みであった。The King's  Singersの歌い方はユニークで、例えばダークダックスなどのコーラスのように各パートが同じ歌詞を歌ってハーモニーを作るのではなく、リズムを主体としたハーモニーで響きを作りだしていることであった。アカペラだからそういうのが効果的なのだろう。

 もう一つはカウンターテナーが二人もいることで、女声のような高い声で歌ったのが印象的であった。全体にはピアニッシモやメゾフォルテの辺りの歌い方で大きく高く歌うことは少なかった。

 アンコールにはビートルズから1曲と「ダニーボーイ」を歌ったが、ダニーボーイの前半は従来のコーラスの歌い方であった。今回、従来の歌い方はそれだけであった。

 日曜の午後のひと時を豊田ホールという未知の場所で、The King's Singersというアカペラの最高峰のコーラスを楽しめたのはよかった。Kさんに感謝である。

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2016年6月 1日 (水)

今どきの運動会に見るマナー劣化など

 何時の頃からか知らないが、秋のものと決まっていた運動会が初夏のころに行われるようになった。我が家の近所の小学校からは毎日運動会の練習の声が聞こえてくる。

  このところ問題になっているのは、運動会の組体操で行われる「ピラミット」の事故である。私が勤めていたころは、ピラミットの事故は聞いたことがなかった。その頃は4段か5段だったと思う。

  それがこれも何時の間にか高さを競うようになったらしい。それに伴って事故が増えて言ったようだ。それで今年はピラミットをやらない学校が増えたと新聞に出ていた。

  先日、Yahooニュースに、「運動会で暴れ出す『モンスター保護者』、校庭でバーベキュー、徒競走にビデオ判定」という見出しの記事があった。それによると運動会を見る親たちの態度が随分と変わってしまったようだ。

  一番驚いたのは、校庭いっぱいのテントの群れである。写真は長野県戸隠小学校の様子であった。この学校では5年前からテントを張る親が増えて来たそうだ。学校では熱中症対策になればいいと許可しているという。

  テントを張るのは戸隠小学校だけではなく、全国的にみられるみたいだ。東京都内のある学校では学校とPTAの方針で許可していないという。東京都心部は運動場自体が狭いからテントを張るのは無理であろう。我が近所の小学校でもそんなスペースはない。

  私が勤めていた頃は、クラスの後ろに保護者が立って見る場所があってそこで見ていた。もちろん移動は自由であった。今はそうしたものも守られていないようだ。勝手にブルーシートを広げて場所取りをしたり、そのため喧嘩になることもしょっちゅうあるのだという。

  私が辞める頃は、ビデオやカメラで我が子の様子を撮るために、競技の近くまで入り込む親がたまにいたが、最近は大ぴらにやっているようだ。中には徒競走の判定に自分が写したビデを持ち込んで抗議、に来る親もいるらしい。

  モンスターペアレントが言われ出したのは私が辞めて以後である。学校や教師のやり方に文句をつける親が増えて、こういう呼び方もできたのだ。しかし、文句を言うのに自分たちのマナーはだんだん悪くなってきているようだ。運動会の後校庭にゴミがいっぱい捨てられているという。ジュースだけでなく、ビールの空き缶もあるそうだ。

  なかには運動場で昼休みにバーべキュ―や酒盛りをするグループがあったそうだ。呆れて開いた口がふさがらない。車で来て道路に違法駐車をするのも多くみられるという。

 モンスターペアレントが増える一方で、保護者のマナーが劣化している。どうしてこんなことが普通の状態になってしまったのであろうか。

 日本会議や自民党は、現行憲法が基本的人権として、個人の自由を尊重しているのがいけないと言っている。行きすぎた個人主義だというのだ。だから公のタガをはめて自由が行きすぎないようにすると言う。

 これは全くの詭弁である。利己的な人間が増えているとは思うが、それが憲法に起因するというのはおかしい。こじつけもいいところだ。

 戦後長く続いた自民党政権の下で道徳教育の必要が叫ばれ、安倍政権になってさらに道徳が教科に格上げされた。それでも利己主義がはびこるというのは、自民党主導の道徳教育が功を奏していないからではないのか。

 舛添東京都知事のみならず、自民党でも甘利氏、小渕氏など数多の議員が、政治資金規正法がザル法であるのをよいことに、政治資金をやりたいように使ってきた。そっちの方こそ利己主義であるといえる。それから見ると保護者の行きすぎたマナーは軽度の道徳的問題である。しかし、公共の場でのマナーはきちんと守れる人であってほしい。これからの日本が心配である。

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