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2016年4月 4日 (月)

「あさが来た」は夫婦の物語の一面があった

 NHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」が終わった。このブログでは最初の頃に一度取り上げ、期待が持てそうだと書いたが、それに違わず終わってみればなかなかよいドラマであった。視聴率もずっと24%辺りをキープしたようで、好評であったことが分かる。

  ドラマでよくつかわれた「びっくりポン」は、脚本家の大森美香さんの創作だと自分で明かしていた。今年の流行語大賞になるかどうかは分からないが。

  私は原作の「土佐堀川」を読んでないので広岡浅子のことは余り知らないのだが、最初に取り上げたとき、夫の新次郎があさを見守って助けて行くのではないかと予想した。

  最初の頃は遊び人のボンボンのように見えた信次郎であったが、要所要所であさを助け、良いアドバイスをしたり、陰で動いたりしていた。そして妾を持つこともなく、(実際の信五郎は持っていたようだが)あさと愛し合い、信頼しあって、生涯を終えた。

 3月31日と4月1日の放送では二人の心の様子が描かれ、新次郎はあさに身体を支えられながら、弟や娘や婿に最後の言葉を述べる。その後二人きりにしてもらいあさの懐であさと感謝の気持ちを述べ合って亡くなる。この辺の描き方は非常に巧みである。

 大森さんは、新次郎を自分の理想の男性として描こうと思ったと語っているが、それは見事に成功したといえよう。新次郎のような死に方ができたら本望だと思うが10000人に1人もできないであろう。

 「あさが来た」は白岡あさという女性の一代の成功物語であるが、その根底に1本筋として通っていたのが、あさと新次郎の素敵な夫婦関係であった。あさが成功したのも新次郎という夫がいたからである。実際の広岡信五郎はどんな人物だったのかは知らないが、きっと陰で広岡浅子のよき理解者・支援者として支えたのであろう。

 このドラマはモデルがいるとはいえ、フィクションである。脚本家の大森美香さんが「土佐堀川」を読んで、心にビビッときたものを作品として描いたのだ。あさの仲のよい姉の「はつ」は結婚後間もなく亡くなったそうだが、ドラマでは最後まで生きていて、もう一つのドラマとして描かれている。

 あの三井財閥の基を作った実家の今井家との関係は、父親が亡くなる前の大学建設敷地贈与の話ぐらいである。はつ以外の弟や実家との交流はわざと省かれたのだろうか。

 日の出女子大を作る成沢の大仰なしゃべり方はとても気になった。実際の成瀬と言う人はどんな話し方をしたのだろうかと思った。

 このドラマの中で友近が扮する「うめ」は出ずっぱりで、重要な役割をしていたが、友近の演技もよかった。

 演技と言えば、あさを演じた波瑠と新次郎を演じた玉木の息の合った演技がとてもよかった。江戸時代終わりの若いときから、亡くなるまでの変化も巧みに演じていた。玉木は新次郎にピッタリであった。他にも宮崎の「はつ」とか、風吹の母親などの演技が光った。

 

 

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コメント

広岡浅子のことは私もこのドラマで初めて知りました。明治、大正の時代にいくつかの事業を手掛けて発展させて人物なので余計興味を持ってドラマを観ました。もちろん脚本家のフィクションだと知りつつ、どう描いて行くのか楽しみでした。

投稿: らら | 2016年4月 4日 (月) 11時38分

幕末・御維新の動乱、日清戦争、日露戦争と日本は激しく揺れ動き、その中で主人公は「女だてらに」あれこれとお商売を立ち上げていくわけですから、実際の広岡浅子の生涯はまさに波乱万丈だったにちがいありません。
しかしドラマはそれほど波乱万丈感を与えることはなく、にもかかわらず「明日はどうなるのか」と視聴者の興味をたくみにひき続ける。
「あさが来た」が好評だった第一の要因は、脚本家が朝ドラのツボを十分に心得ていたことかと思います。
浅子にしても五大サマにしても、実際にかなりの大立者だったらしいのに現代の人に(少なくとも私には)まったくと言っていい程知られていないために脚本家が腕をふるえたのかもしれませんが。
大河ドラマで土方歳三を演じた山本耕史が、あの頃と同様の大まじめな表情で突如店に入ってくるような余裕の演出もありましたし。

投稿: たりらりら | 2016年4月 4日 (月) 09時56分

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