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2016年4月 1日 (金)

老後の金の不安

 ネットニュースを見ていたら、老後の不安は「健康」「金」「交流」だと書いてあった。確かにこの3点は老後の生活にとって大事なものである。

  「健康」は生活習慣病のように自分の努力で対処できる面もある。事故とかガンなどの病気については運に左右される部分もある。

  「交流」についてはほぼ自分の生き方で解決することになろう。日ごろから趣味とかボランティアとかで人と交わる機会を作ることが大事である。

  「金」の不安が一番大きいのではないだろうか。この頃、「下流老人」とか「貧困老人」などいろいろと言われ、年収が5百万円あってもいつ貧困に陥るか知れないと嚇す人もいる。

  ネットニュースでは、「老後の金」の不安は3つあると言っている、それは「支出」「収入」「用意」であるというのだ。

 「支出」は老後の生活をするためにどのぐらい生活費に必要かということであり、「収入」はそのくらいの金が入ってくるかということである。「用意」とはまさかの事態も含めて老後のためにどのくらいの金を用意すればよいかということである。

 「収入」について言えば、私のような年金生活者は働くとか資産があるとかでなければ、それ以外には収入の道がないのだから、年収が決まってくる。ある保険会社の調べでは、サラリーを得ていた人の平均は月額22万円年金だそうだ。私自身も含めてだいたい妥当な数字だと思われる。

 困ることは年金が年々減額されることと利息がつかないことである。銀行に預けた金は利息0である。また、僅かな投資信託もマイナスになってしまった。

 「支出」については、収入が決まればおのずとその範囲内で生活するより仕方がないのだ。私など勤めていた頃は、今の月収の倍以上の給料をもらったこともあったが、退職して生活をしてみると、自然に支出を減らさざるを得なくなり、時間が経つうちにコントロールされていった。現在では衣服は買わないし、食べるものも量が減って来たし、酒も安いもので済ましているし、映画もあまり見ないし、コンサートは無料とか安いもので・・・と、身の丈に合わせて支出をしている。

 今は家計簿をつけていないが、大雑把に言って、年金から足は多分出ていないだろうと思っている。支出は状況に合わせてコントロールするしかないのだ。金や資産がある人を羨んでも仕方がない。金運がないことを諦めるのだ。安倍政権は3世代同居家庭に税の優遇を打ち出したが、その恩恵にも浴せない。

 ここまで何とか生きて来られたのは、ゼロ金利でもデフレだったからである。デフレのお蔭で生活に必要な食糧などを調達できたのだ。幸か不幸か想定外の長生きをしたので、これからも金の不安や健康の不安がついてくる。これまでは過ぎてみればクリアして来たが、これから先どのくらい生きるのかは、皆目見当がつかないから、「用意」の金の不安は確かにある。

 政治が弱者に親切であれば不安は少ないのだが、自民・公明政権の富裕層優遇、大企業優遇では、不安は取り除けないどころか、ますます増えるばかりである。

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コメント

4月から私たち後期高齢者の介護保険料が1200円ぐらいアップになりました。健康保険の給付も下がるはずですし、大変困ったことです。

投稿: らら | 2016年4月 1日 (金) 12時46分

中日新聞に新貧乏物語が連載されていた。丁度100年前に京都大学経済学部の河上肇教授がかの有名な「貧乏物語」を朝日新聞に連載し大きな反響をよんだ。その結論として「貧乏をなくすには金持ちが奢侈(しゃし)をやめることで、富裕層と貧乏人の格差をなくすこと」が貧乏退治の第一策であると述べた。100年経った今また貧乏が社会問題になっている。老後破産という本を図書館に頼んでいたが半年経ってようやく読むことができた。幸い私は厚生年金を受け取り、贅沢しなければ生活に困らないが、これとて大病したり、つれあいが先に死んだらたちまち老後破産に陥る可能性もあるという。今の政権は貧乏は自己責任という考えが背景にあると思う。それにしても年金をきちんと払っていない若者が多いという。彼らは自分たちの老後をどう考えているのであろうか。自分で老後の備え手当していればいいが、それは皆無だと思うが。

投稿: Toshi | 2016年4月 1日 (金) 07時40分

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