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2016年2月14日 (日)

増谷文雄「仏教入門」―②―

 ※原文は旧漢字と旧仮名遣いで書かれているが現代文に直した。またこの著作は終戦直後(昭和21年)に書かれたものである。序文にある「平和」「独立」「自由」などの言葉は今もなお大きな課題である。

 序 文

 一.私は、今日なお仏教が、私どもの精神的原理として高い価値を持つものであることを確信する。私どもはいま、はげしい時代のうずまきの中にあって、新しい精神生活の態度を建立しようとしておる。永遠に平和を愛する国民となりたい。真理の前に謙虚でありたい。愛と寛容につつまれて生きたい。世界と人類とをわれらの最高の奉仕の対象であらしめたい。つねに内的生活の価値に眼をそそいで、独立にして自由な人格をたっとぶものでありたい。

  しからば、私どもに平和をもたらし、愛と寛容の徳を与え、世界と人類への奉仕を教えるものは何か、また私どもに真の内的生活への価値を知らしめ、独立の人格の尊さを知らしめるものは何か。それを思うとき、私は今日仏教が果さねばならぬ重大なる役割を確信せざるをえない。

 一.私は、ここに仏教を説くに当たって、何よりもまず釈尊の教法を説くことに中心をおいた。仏教は釈尊に出発した宗教である。だが釈尊によって仏教が創唱されてより、すでに2500年あまりの歳月がながれた。その間には、おどろくべき発展と変化とが仏教の上にもたらされた。それは発展であるとともに本質の喪失でもあった。そして今日では、末流の仏教の立場からでは、釈尊本来の仏教は、その真の面目を知ることはできない。

 かくて私は、いずれの宗派の立場にも依らず、もっぱら釈尊本来の仏教を説くことに重点をおいた。かかる態度は、今日専門家の間で、根本仏教主義と呼ばれるものである。

 ※先回書いたように、原始仏教または根本仏教主義と言われるものである。この後増谷教授はよりどころとして、漢訳経典より巴利語経典に多く依拠したこと、現代語を使って説明すると書いている。「仏教独特の術語に寄らなければ仏教は説かれ得ないとするのは、保守的仏教学者の偏見である」と述べている。その通りだと思う。お経は漢語で書かれたものをそのまま朗誦してよしとしているが仏教関係者の怠慢である。凡人には分からないから「アリガタイ」と思わしめるためであろう

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