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2016年1月22日 (金)

「平和」や「9条」を言えない国になってきたのか?

 17日の朝日新聞朝刊「日曜に想う」に次のようなことが書いてあった。一部をそのまま紹介する。

  「音楽番組のキャスターとしておなじみのピーター・バラカンさん(64)から先日意外な話を聞いた。

  昨秋、東京都心の広尾から六本木へ歩いていたところ、2人の警官に呼び止められたという。

  『どこかへ抗議に行かれる予定ですか』。えっ?『あなたの服に9条と書いてありますので』

  No9 NO WAR LOVE & PEACE

  シャツの胸にそうプリントされていた。これで僕に質問ですか?『抗議活動があれば事前に把握したいので』

  安保法が強引に可決されて一月もたたない金曜日の昼下がりのことだ。。『それにしても』とバラカンさんは余憤を隠さない。『日本に40年住んでいますが、こんなことは一度もなかった。広尾や六本木は仕事や子どもの学校で親しんだ街。驚きました』

  FM局へ収録に向かう途中だった。シャツに憲法という文字はなかった。

  『9の字が見えたら誰でも警官が呼び止めるのでしょうか。仮に僕がデモに行く途中だったとしても、それはそれでとんでもない話。日本はなんだか危ない方向へ行ってませんか』

  9だって、NO WARだって、LOVE  PEACEだって表現の自由である。警官が職質すべきものではない。ましてやバラカンさんは外国人である。西洋人には横文字のTシャツを着ている人がいる。

  「平和」「9条」「戦争反対」には政治が過敏になっていることが感じられる。

  danyさんが送って下さったサイトには、驚くべきことが書いてあった。

  卒業作文に「平和な国をつくりた」と書いたら、「政治的批判を含むので書き直せ」と言われたというのである。卒業文集に「平和な国をつくりたい」と書くことが政治批判になるという学校の受け止め方は完全におかしい。大人になって考えが変わり戦争賛成になるかもしれないのだ。仮にそうなったとしても、卒業時の自分の想いでとして懐かしむであろう。

 そのいきさつを会話風に書いてあるので以下に転載する。

 マコ: 子供たちは私たちが思うよりものすごく色々考えていて、これは今年の話なんですけど、
小学校3年生の時に福島から東京に避難した男の子がいて、毎日泣いて「ママ、学校に行きたくない」って言ってて、
少4の時に「将来の夢」っていう作文に
「僕には夢もなければ将来もありません」って書いて、お母さんがすごく心配してたんですよ。

 で、去年の12月、小学校6年生になって、「将来の夢」っていう作文を息子が初めて書いたって、「嬉しい」って言って、息子に黙って見せてくれたんですよ。
黙ってだから、悪いんだけどね、でもそれが素晴らしい作文で、

「自分は将来大きくなったら、夢ができた」と。
「一生懸命勉強して国会議員になりたい」と。
集団的自衛権のことや武器三原則の輸出ができるようになったことなども書かれていて、「自分は大きくなったら平和な国を作りたい」

 今自分が色々勉強をしていても、安倍さんたちが自分の周りだけで話し合っていろんなことを決めていってるように思う。
自分は大きくなったら勉強して国会議員になって、世界に自慢できる平和な国を作りたいっていう、素晴らしい作文を書いたんですよ。

 で、彼は、お母さんに聞いたら、なぜ自分が福島から東京に避難しないといけなかったか、なぜ原発事故が起こったか、なぜクラスのみんなは避難していないか、というところから始まって、すごくいろいろ考えて、図書館に通って、インターネットで調べて、

 でも、「いつの間にか息子は原発事故じゃなくて、平和のことを考えていた」と、お母さんはすごく驚いていたんですよね。

これは素晴らしい作文だと思ったので、私はお母さんに相談して、DAYS JAPANという雑誌にこれを載せさせてくれと交渉して、載せたんですよ。全部。

ケン:ちゃんと了解を取ってね。

マコ: 息子にも「黙って送ったけどごめんね」ってお母さんもちゃんと謝って、ちゃんと了解を得て載せたんですけど、そしたらそれがDAYS JAPANに載ったあと、お母さんから連絡が来て、「
実はあの作文が卒業文集に載らなかった」と。

ーー:えーっ!

マコ: なぜかというと、
政治的批判を含んでいるので、載せられない、書き直せ
って言われたんですね。本当にそれはお母さんもがっかりして、息子ちゃんもすごいがっかりして、で、いろいろ彼らも悩んだんですけど、最終的に担任の先生はすごくいい人で何も言わずにそのまま行こうってなってたんですけど、それが原稿として卒業文集の中に織り込まれて、「これでこのクラスはいく」ってなった段階で上の先生からクレームがついたっていうことで、息子さんは担任の先生を苦しめたくないって言って、「いいです書き直します」って言って、結局彼の卒業文集は「小学校の思い出」っていう、移動教室とか林間学校の話になったんですよ。

 で、DAYS JAPANだけがね、その平和な国を作りたいっていう彼の文章を載せられたんですけど、これは東京の普通の公立の小学校です。

「平和な国を作りたい」っていう作文が、「政治的批判を含んでいるからダメだ」っていうふうになる国になったんだな、って思って。

 でもその話をすごく聞くんだよね。
今年1月に岐阜に行ってきたんですけど、岐阜の方々に聞いた話は、まぁね、被爆に関する映画みたいなもの「A2BC」みたいな映画の上映は公民館で断られるという話は時々聞くんですよ。

 今年の1月に聞いた話は「平和展」を公民館でしようと思ったら、「断られた」って言うんですよ。

ーー:えーーっ!

マコ: なぜかというと「平和」っていう言葉は「左翼用語だから」

ーー:え〜〜〜っ!

マコ: 「左翼的用語だから」で、断られた。ということで驚いてらしたんだよね。その話を聞いて私達も驚きました。

ケン:びっくりしました。

マコ:それを今年の1月に同時期に聞いたので本当にね、

ケン:知らない間にどんどん環境が変わっていっているんだろうね。

マコ: そう。私は原発事故だけですごくひどいことだと思っていたんですけど、
なんか、本当にどんどん、「平和」っていう言葉が、左翼的用語で、政治的批判を含むということになって、いるというのは、すごい恐ろしいことだなと思いました、本当にね。

 だからこそね、本当に子供を守るっていうことは、よっぽど、結構覚悟してやらないとダメなんだな、っていうのを思いましたね。

 

 

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戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

 戦争やテロによって問題を解決しようというのは最も愚かな考えだと思うのですが21世紀になってもなくなりませんね。

投稿: らら | 2016年1月22日 (金) 09時59分

将来ある子供たちが素朴に平和を願うのは大切であり、その言葉が政治的批判を含んでいるするのは論外である。ただ平和は願うだけでは成就できないのもこれまた残念な事実である。イギリスの名宰相チャーチルはその回顧録の中で「第二次世界大戦は防ぎ得た戦争である」と回顧している。当時、人々は平和を願うあまり、ヒトラーの領土的野心を次々と看過したことが、大戦争につながったのだと。要するに平和を維持するためには願うより行動することが大切なのだ。しかし残念ながら人類は国際紛争の最終解決手段としていまだ戦争を超える英知を持ち合わせていないのが諸悪の根源である。

投稿: toshi | 2016年1月22日 (金) 08時58分

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