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2015年10月

2015年10月31日 (土)

安倍政権の横暴、沖縄辺野古埋め立て着工

 政府は29日、ついに沖縄県名護市辺野古の沿岸部の埋め立て本体工事に着工した。沖縄県民の多数の反対を押し切って強行したのだ。

 

 翁長知事による埋め立て承認の取り消しに対し、沖縄防衛局は行政不服審査制度を使い、同じ政府内の国土交通相が取り消し処分の執行停止を認めるという姑息なやり方であった。

 

 翁長知事も言ったように、同じ政府内の機関同士の申し立てと承認取り消しは不当であることは誰が見ても分かることだ。

 

 朝日社説では、「この制度はそもそも、行政機関から不利益処分を受けた『私人』の救済が趣旨である。防衛局は『私人』なのか」と指摘している。その通りである。

 

 安倍政権は先の安保法制でも、20人にも満たない閣僚の合意で集団的自衛権を認めるという憲法を勝手に捻じ曲げることをやり、安保関連法を誤魔化しの採決で成立させた。

 

 安倍政権がやることは、民意を無視して赤子の手をもぎ取る様なやり方で自分たちのやりたいことを貫くというやり方である。

 

 さらに金を与えればよいと、名護市の久志、辺野古、豊原の「久辺3区」に、振興費を直接交付し黙らせようとしている。

 

 太平洋戦争では、沖縄は本土防衛の盾となり、日本で唯一の地上戦を経験し、4人に1人の犠牲者を出した。沖縄には今も痛ましい戦跡が多く残っている。

 

 戦後も「基地の中の沖縄」と称されるほど多くの基地や米軍施設がある。これらは強権的に奪われたもので、戦後70年いまだにそのままにされている。以前にも書いたが、米国が基地を縮小しようとしたのを断ったのは日本政府である。

 

 普天間基地の返還のために辺野古へ最新鋭の基地をつくれば、永久基地となる恐れがある。辺野古の豊かな珊瑚礁は貴重な自然資源でもある。それを破壊して戦争のための基地にすることが始まったのだ。

 

 普天間基地は仲井真知事時代の約束通り5年以内に返還をし、米軍はグアムなどへ移るべきである。しかし政府は米国にへつらって辺野古に基地を造るのだ。戦争に負けたからと言っていつまで米国に追従するのか、なぜ「NO」と言えないのか。

 

 戦後レジュームからの脱却は、基地返還と安保法制の見直しをすることこそ本道であって、憲法改悪や道徳の復活、基地の継続ではないはずだ。

 辺野古本体工事は即刻やめるべきである。

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2015年10月30日 (金)

キャリヤや店によって大違いのiphone 6sの値段

 私がiphone6s 64Gを買ったのは発売間もない10月1日であった。買う前にネットで調べて決めた。私の場合PCのプロバイダーがCommufaなのでずっとauの携帯にしている。買った時のいきさつについてはblogに書いた。

  今度知人がiphone6sを買いたいというので、付き合っていろいろ調べた。知人は82歳の女性だが、これまでソフトバンクのガラケイを使っていた。地下鉄などでみんながスマホを使っているので、使ってみたいと思うようになったのだそうだ。

  ガラホなどについてもネットで調べたが分からないことが多く、iphoneは使いやすいので、結局iphone 6sで値段などを調べることにしたのだ。

 MNPの場合機種代が実質0円ということと、PCにはNTTのフレッツ光を使っている関係でまず、ドコモの新瑞店に行った。

 店員の女性は大変親切で、2時間余りの長い対応を辛抱強く付き合ってくれた。彼女もiphoneは使いやすいと言っていた。

 問題は価格である。Kさんはガラケイでは使い放題の契約で月々6000円ぐらいだと言っていた。それにPCのネット回線との併用でどのくらい安くできるかであった。

 ドコモのiphone 6sは16Gで機種代は86400円であった。それは実質0円になるので、2700円の欠け放題とパケットとで月々の支払いは7182円(税込)である。補償サービス750円を付けると7932円となる。

 ドコモで親切に対応してもらったのでドコモにするつもりでいたが、ソフトバンクではどうなるか参考のために聞いてみようということになり、八事イオンにあるソフトバンクの店に行った。

 ソフトバンク八事店で応対したのは新人の女性であったが、大変親切で丁寧に2時間あまり説明してくれた。

  ここではこれまでたまったポイントが3万円分あるので、割引とで機種代金は0円になることが分かった。さらにPCのプロバイダーをYahoo BBに変えることで割引が適用されると言った。

  回線の工事はいらないし、モデムを換えて設定をするのは無料でやってくれるという。それでBBに変えることにした。月々に払う費用は6640円(補償費用なし)であった。4時を過ぎたので、その日は契約をせず、翌日の朝11時の予約をして帰った。

 次の日11時に店に行った。そしてもし64Gの機種を買うと月々の費用はどうなるか尋ねたら、ポイントがあるので機種代は要らないから16Gと同じになると言った。

 それなら64Gの方がよいので64Gを買うことにした。しかし64Gは店にないというので何とかならないかと言ったら、予約の客のを回し、その分は他店から取り寄せるというようにはからってくれた。しかも色が希望のピンクゴールドになり、ラッキーであった。

 初期設定もやってもらい、ガラケイの連絡先の移動も一緒にやってくれた。LINEを使えるようにするのもやり方をアドバイスしてくれ成功した。

 5000円近くする本革のケースと2500円ほどの保護フィルムはソフトバンクがくれた1万円の商品券で買うことができた。

 なんやかやで通常は1時間半ほどで終わるものが、4時間もかかった。それを辛抱強くやってくれたのは嬉しかった。Kさんはiphone6Sを思ったより安く手にして大喜びであった。

 同じiphone6s 64Gなのにキャリアがauの私はLTEプランで月々8440円、ソフトバンクのKさんはかけ放題で6940円(補償を入れると7720円)であった。かなりの違いがある。

 私が買ったのは向かい同士の店のau八事店であった。それで翌日店に出かけてどうしてこんな差ができるのか尋ねた。キャリアによって値段に差が出るのは仕方がないという話しであった。

 また、ソフトバンクに電話をして聞いたとき、「店によって値段がちがう」と話していた。同じキャリアの店でもキャンペーンによって違いが出るという話しであった。

 今回のことで一番安いのはソフトバンク、次がドコモ、高いのがauだと分かった。

 蛇足だが、ショートメールはどこへ送っても1回3円かかるそうだ。無料だと思いこんでいたがそうではなかったのだ。知らないのは誰も同じであろうと思われる。

「iphone6s 画像」の画像検索結果

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2015年10月29日 (木)

伏見稲荷へ行く

 京都への旅行の最終日は、現地解散であった。南紀から来たグループは1日に1便だけあるという、京都始発「くろしお」で帰った。東京や三重や名古屋から来た人たちはグループや単独で観光をする。

  私は伏見稲荷に行きたいので、一人で行動することにした。堀川通りにあるルビノの前にバス停があり、そこから京都駅行に乗った。バスは大変混んでいたが、運よく座ることができた。

  運転手に「マナカ」が使えるか尋ねたら、分からないから試しにタッチしてと言った。料金も用意しておいて、タッチしたら使えたのでよかった。京都駅前にはバスが次々に入っていた。また、バスを待つ行列の長さにも驚いた。名古屋市バスはお客があまりないがさすがは観光都市京都だと思った。

  京都駅からは奈良線で2駅めの「稲荷」で降りると聞いていた。ちょうど電車が出発するところで待つことなく乗れた。

  「稲荷」駅に着くと外国人がたくさん降りた。駅にいた中国人の案内係にパンフはないかと尋ねたら、あると言ってスタンドを指さした。英語と中国語のパンフがあった。中国語を手に取ってみると日本語も書いてあったのでそれを持った。

  駅から出ると他の客が手荷物を預けるところを探していたので、私も預けた方がよいと思いコインロッカーに戻った。最後の一つが運よく空いていたのでよかった。

  駅前から伏見稲荷が始まっていた。「伏見稲荷は連続2年外国人に一番人気の観光スポット」と書いた大きな幟がいくつか立っていた。

  私が伏見稲荷に来たいと思ったのは、イギリスにいるDさんとMさんが夏に伏見稲荷を観たと言ったことと、丁度その頃NHKで京都巡りの番組をやっていて、偶然に伏見稲荷の魅力を知ったからである。

  大きな山門をくぐり本殿に参拝をした。本殿の後ろの方の社から道が左右に分かれていた。どちらに行くか迷ったが立て看板の地図を見て右がよさそうだと判断した。最後まで歩いて分かったのだが、右回りに道を取って行けばよいということであった。

  最初の大きな鳥居が並ぶ道は工事中で通れなかった。外側に迂回して次の小さめの鳥居から歩き始めた。鳥居がぎっしりと並んでいてまるでトンネルのようであった。

  山の頂上に向けて造られているので石畳と石段の連続であった。鳥居の向こう側には林や森があってそちらを歩いたほうがいいぐらいであった。

  鳥居のトンネルをゆっくりと歩いて登ったが、若い人たちは元気に登っていた。途中にトイレがあったがあいにく清掃中で我慢することにした。人が登る時間帯に清掃をするのはおかしいと思った。

  かなり疲れて来て「三の辻」まで来ると急に視界が開けて京都市内を遠望できた。そこでちょっと休んでまた登った。途中にはところどころに茶屋があった。

  「四の辻」まで来るとまた道が分かれていた。地図では右が「1の峰」方向だと出ていたのでそちらに向かった。まだ35分あると書いてあった。とにかく来たからには最後まで登ろうと思いゆっくりと歩いて行った。

  登る人、下りてくる人はほとんど外国人であった。老若男女さまざまであった。聞こえてくる言葉も英語、中国語、ポルトガル語、スペイン語・・・・いろいろであった。日本人の中には杖をついている年寄りもいた。

 やっとのことで「1の峰」に着いた。1時間半近く掛かっていた。そこからは反対方向に行った。看板に「少し上って後は下り」と書いてあった。要所には行先や方向を示すものが立っているのだが分かり難いのだ。下りる途中で店がある分岐点に来たが、どちらに行けばよいのか分からないので店に人に尋ねた。よく見たら「EXIT」と書いた紙が貼ってあるところがあった。

  下りは楽だが1歩ごとに膝に応えるので右足が痛んだ。それで途中から左足から踏み出すことにした。

 「三の辻」まで来ると道が分かれていた。別の道を行こうと思い右の方に向かって歩いた。途中で鳥居のトンネルはなくなったが、こちらの道には至る所に小さな社があった。さらに下り行くと新興宗教まであった。とにかく神様の多いところだと思いながら歩いた。

 本殿まで戻ると所要時間は2時間20分余りであった。こんなしんどいところにはもう2度と来ないだろうと思った。金毘羅さんの石段には3回登ったことがあるが、若かったこともありそれほどえらいとも感じなかった。

 京都駅に戻ると1時半ぐらいであったが、もう京都を見物する元気が残っていなくて名古屋に帰ることにした。

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                   最初の鳥居は工事中
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                      鳥居のトンネル
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                     京都市内を望む
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                      1の峰付近の神社
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                     道を尋ねた茶屋

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                        本 殿

 

 

 

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2015年10月28日 (水)

新六会有志傘寿祝いの旅行―④―

 ホテルに戻りしばらく部屋で休憩をした。6時10分前に写真室に集まって記念写真を撮った。あとで知ったのだが、同窓会のイベントをこのホテル(ルビノ)でやると、記念写真が付いてくる仕組みになっていた。

  6時から宴会室に移動した。和室大広間なので座布団に座らなければならない。でも、高さ20cmぐらいの和風腰掛があったのでそれに座った。私は膝が硬いのか正座ができないし、足を投げ出すのも苦手なのだ。高齢者にはテーブル席の方がいいという声が聞こえた。今は和室でもテーブルを置くところが多いのだ。

  私の前にSさんとT君、左隣がTさん、右隣がR君であった。私は美女に囲まれて幸せだなあと言った。Sさんは頭髪が真っ白であったが若いころの美人の面影を残していた。Tさんは髪が真っ黒なので驚いたが、そのことを言うと、女性はみんなそれなりにケアをしているのよと言っていた。男性は髪が薄く白髪の多い状態であった。そめたりしないようだ。

  K君が挨拶をして乾杯の音頭を取った。その後は飲み放題であった。T君は飲めるらしく、ピッチが速かった。SさんとT君がどんどん注いでくるので酒量が多くなってしまった。

  東京から来たU君は今でもフルマラソンに出ているそうでびっくりした。こうした会に出てこられるのだから元気な訳だが、膝の故障とか、腰の故障とか、脳の故障とか、ガンだとかいろいろな病を持っているのは仕方がない。はるばる宮崎から飛行機で来た陶芸家のOさんは車椅子での参加だが、作品作りで樺太やアメリカなどに行くと言っていた。

  三重のS君が「米寿を祝えるように頑張ろう」とはっぱをかけていた。途中で用意してあった歌を歌った。合唱をやっているS君、Iさん、Tさんと私が前に出てリードした。新宮高校校歌は学校分割で消滅したのだがみなしっかり覚えていて元気よく歌った。

2次会は15人がタクシーでホテルが紹介してくれた「ジャンカラ」というカラオケに行った。余り大きくない部屋であった。1時間半の制限で、結局一人1曲歌えただけであった。ビールが300円と言っていたが、一人1800円もとられみんなはぶつぶつ言っていた。どう考えても高いカラオケであった。

 カラオケで一番うまいなあと感じたのは合唱をやっているというTさんであった。でも他の連中もそれなりに上手で感心した。

 カラオケに行かなかった連中は差し入れのワインやウイスキーを飲んで歓談をしたという。カラオケに行かなかった方が正解であった。

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2015年10月27日 (火)

新六会有志傘寿祝い旅行―③―

 旅行2日めの観光メインは「時代祭」を見ることであった。私は時代祭は一度も見たことがなかったので楽しみにしていた。

  幹事のS君がよい指定席を確保してくれていた。指定席は平安神宮の前で2050円であった。行列は御所を12時ごろ出発し、平安神宮に先頭が来るのは14時過ぎの予定であった。

  私たちは10時半にホテルを出てタクシーに分乗して銀閣寺の近くまで行った。銀閣寺を見るか哲学の道を歩くかという選択であった。私は銀閣へ行くと、さらに上らなければならないので後が大変だから「哲学の道」を歩いて平安神宮まで行くことを提案した。

  哲学の道を歩くのは何十年ぶりであろうかと思った。ゆっくりと歩いて行った。外国人もたくさん歩いていた。途中に創作タイシルクの露店があった。女性たちはそこで長い間品選びをして買い求めていた。

  かなり歩いて行くと一部の人が歩くのはしんどいからタクシーで行くと行ったが、タクシーを拾えるところまで行って昼食にして休もうということになった。

  錦林小学校のあるところへでた。その辺りで近くの人に尋ねたら、西の方に行くとレストランがあると言った。バスが走っている通りに出て歩いて行くとホテルがあった。しばらく歩いてコンビニから出て来た婦人に尋ねたら、ホテルのレストランでバイキングが値打ちだと教えてくれた。

  直ぐ前に岡崎神社があった。そちらに渡ってホテルに行った。Iさんが少し先まで行ってもう一つのレストランを確かめて来た。結局女性たちは洋食のキングより和食の方がいいと言ったので、そちらに行った。「洛々」という店であった。

  定食がいろいろあり、私は天ぷら定食にした。1350円でデザートとコーヒーが付いていた。前日と違って時間がたっぷりあったのでゆっくりと味わえるねと話ながら食べた。

  そこから平安神宮まではそれほど遠くはなかった。店の人はバスで行くよりも歩いて行った方が早いくらいだと言った。停まっていたタクシーに聞いたら1分ぐらいだと言った。それでもタクシーに乗りたい人はタクシーに乗った。

  平安神宮の前まで来ると南の方に大きな鳥居がありそちらの方に私たちの席があると言った。信号の交差点のところに2ブロックの受付があり、そこで受付をしてパンフをもらった。席は直ぐ前で3列の最前列であった。

  反対側にアナウンス席があり、若い女性がアナウンスをしていた。行列が近づく時刻になると交通が遮断された。そして大鳥居のはるか向こうに先導のパトカーが見えた。

  行列はゆっくりゆっくりとやってきた。先頭は「名誉奉行」で、知事や市長など公職者の乗った馬車が続いた。

  行列は明治維新時代から遡る形になっていた。維新勤皇隊、坂本竜馬などの維新志士列があった。女性の踊りも披露された。

  江戸時代、安土桃山時代、室町時代、吉野時代では大原女や桂女の列もあった。鎌倉時代には流鏑馬があった。藤原時代は公家列、平安婦人列で華やかな行列であった。延暦時代は武官・文官の列、神餞講社列という料理人の列、最後は神幸列で天皇の輿がいくつか続いた。花を掲げた白河女献花列や弓箭組列があった。

 馬や牛も加わった総勢2000名余、20列の時代絵巻だった。天気がよく陽が向こう側からさしていたので暑かった。行列は1時間半ほど続いた。椅子席の後ろで立って見ている人は無料で参観できる。

 観終わった後は地下鉄東西線東山駅まで歩き二条城前駅でおりてまた歩いてホテルに戻った。

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2015年10月26日 (月)

新六会有志傘寿祝いの旅行―②―

 湖西線で山科まで行った。そこで地下鉄の乗り換えた。どちらもマナカが使えたのでよかった。東山三条まで行きそこから歩いて先斗町のすぐ近くの木屋町にあるI君の馴染みの居酒屋に行った。

 店内はカウンター席だけでそこに飲めないグループと飲むグループが分かれて全員が座った。食べ物はカウンターも上の鉢にいろいろなものがあった。女将さんに適当に取ってもらった。

 この店のメイン料理は「明石焼き」であった。どんなものかと思っていた。すごくやわらかいたこ焼きのようであった。

 1君が拾って作った銀杏をマスターに焼いてもらって味わった。銀杏は拾うことより外殻をとって食べられるようにするのが大変である。

 私は生ビール中ジョッキを2杯飲んだ。酎ハイを飲む人が多いように見受けた。会計は飲む連中は2500円であった。

食事の後、新京極へ行った。新京極は中学の修学旅行で来たところである。担任と2人で行ったのだが、担任はストリップ劇場の入り口で「ここに入るが、君はどうする」と言った。私はストリッパーの写真を見て入るべきではないと判断したのを鮮明に覚えている。

 新京極には修学旅行の生徒たちも歩いていた。外れまで歩いてタクシーに分乗して宿の堀川通りにあるルビノへ行った。ルビノは公立学校共済組合の宿である。聞いたら会員料金にしてもらったということであった。

 部屋は和室で関東からのO君と大阪からのS君と同室であった。寝る前のしばらくは一室に集まってI君差し入れのワインや三重のS君が買ってくれたビールを飲んで語り合った。

 シャワーを浴びて寝たのが10時ごろであった。その夜は大変暑くて朝起きたら寝巻がぐっしょりであった。

 朝食はバイキングで私はご飯と味噌汁の和食にした。おかずをいろいろ取りデザートも食べコーヒーも飲んだので満腹であった。

 食事の後しばらく時間があるのでO君と二条城に行くことにした。堀川に沿って20分ぐらい歩くと二条城だった。8時45分開門ですでに修学旅行の高校生や外国人がたくさん並んでいた。

 豪華な門は修復されたのだということであった。建物の中に入れるのは9時だというので、しばらく庭園を散策した。とてもいい庭園であった。二条城に来たのは3回目であったが、古いことなので忘れてしまっていた。

 建物に入ると回廊式になっていていろいろな部屋を見て回った。狩野派の障壁画が売り物らしかったが、ほとんどは松を描いたものであった。

 外様大名の部屋とか将軍謁見の間とか大政奉還を相談した部屋とか大政奉還宣言の部屋などがあった。

 外に出ると5人ぐらいの同期生がいた。これから入るのだと言った。時間がないよというとN君とU君が歩いて銀閣へ行くから大丈夫だと言った。あとの3人は見るのをやめて一緒に戻った。

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                     居酒屋

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                     食べ物

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                     新京極入口

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                      新京極

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                     二条城門

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                     二条城庭園

 

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2015年10月25日 (日)

新六会有志傘寿祝い旅行―①―

 新宮高校6回生が傘寿に到達したのを祝って旅行を企画し実施した。以前には同期生の会が催されていたのだが70歳を過ぎた頃、一部の連中によって廃止されてしまった。

  もし続けていれば今年は紀州勝浦辺りで盛大な会が開けたであろうと思うのだが、非常に残念である。でも有志によって祝う会と旅行ができたのは有意義であった。

  旅行は2泊3日で、初日は滋賀県の長浜から竹生島に行った。私は竹生島には行ったことがなかったのでとても楽しみにしていた。

  名古屋駅のプラットホームに9時40分ごろに紀州、三重県、愛知の連中が集合し、10時発の大垣行の快速電車に乗った。大垣で乗り換えて米原に行き、そこで関西と関東からの連中と落ち合うことになっていた。ところが関東の連中は早く着いたので長浜まで行ったという。

  姫路から来た電車に乗ると関西の連中が乗っていた。長浜港に行くと関東の連中が待っていた。

  団体割引で今津まで2500円の船の搭乗券を買って、近くのホテルの食堂で昼食を摂ることになった。ところが最初のカフェレストランは満席で中華のレストランを紹介された。

  中華の1620円の定食しかないのでそれを注文した。ところがなかなかできてこないのでイライラして待って。やっと出たのが出船まであと15分もないころであった。大急ぎでかきこんだ。折角の料理を味わっている暇などなかった。

  14時の出船間際に乗船した。快晴の琵琶湖はきれいに薙いでいてクルージングは快適であった。皆は1階の船室に行ったが私は2階に上り景色楽しんだ。

  竹生島に着くと山の上にある宝厳寺というお寺まで急な石段を登った。上には大弁才天の御堂があった。また三重の塔もあった。そこから琵琶湖を望むことができた。

  下りる途中に豊臣秀吉寄進の神社があった。廊下は重文だということだ。渡ったところで登らないと行っていた女性2人と会った。

  下りてくと登らなかった連中が荷物を預かって待っていた。竹生島は船着場から山の上の御堂まで登って降りてくるというだけのことで他には何もないみたいであった。

  琵琶湖周航歌の竹生島の1節を刻んだ歌碑が立っていた。私の合唱団では琵琶湖周航歌を2度もやったことがある。私はバスパートなので長年合唱をやっているS君に二人で歌って同期生のピアニストのIさんに伴奏してもらおうと冗談を言ったら笑っていた。

  記念写真を撮って、14時50分の今津行きの船に乗った。今度は1階の一番前の席に座った。天気はいいのだが透明度がなかった。

  今津に着くと琵琶湖周航歌関連の資料館があったので驚いた。また今津の入った部分の歌碑が立っていた。歩いてJR湖西線の駅まで行き快速に乗った。帰宅の高校生がたくさん乗っていたが座ることはできた。湖西線はその名の通り琵琶湖の西の沿岸を走り、ずっと琵琶湖が見えていた。

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                    遠く長浜    航跡

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                         宝厳寺へ

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                      新しい三十塔

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                         今津港

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2015年10月24日 (土)

「生涯健康脳」という本を読んで―⑥―

 東北大学の加齢医学研究所では、アンチエイジングではなく「スマートエイジング」を提唱している。私もその考え方に賛成である。

  英語のスマートは賢いという意味である。だから「賢く年を取ろうよ」ということになろう。アンチは抗するということで、アンチエイジングは「年を取ることに抗する」ということになる。

  世の中には、アンチエイジング食品、サプリメント、美容など商品が溢れている。エイジングは加齢だから、加齢したくないということで、歳をとりたくない、老人になりたくないという気持ちがあり、ひいては年齢を重ねてきた人生を否定するニュアンスも感じられるという。(P.31)

  加齢により、外見の美しさや運動能力、認知力などいろいろな能力が衰えていくことを認めたくない気持ちは分かるとしながら、若さに拘ると加齢は辛いこと、むなしいこと、不幸なことになっていまうという。

  加齢は、長年の知識や教養や人脈の積み重ねによってもたらされる豊かさが増していくことでもあるといい、アンチエイジングのネガティブな捉え方でなく、加齢を「知的に成熟する人生の発展」としてポジティブに捉えようと言っている。

  加齢を否定するのではなく、人生の豊かな実りの果実を楽しもうという提案にはうなずける。ただ脳の衰えによる認知症とか脳血管障害による言語や身体能力の障害とかを避けなければスマートエイジングも叶わない。

 だから著者が言うように生活習慣に気を付けて健康な脳を保つように心がけることが大事である。

 釈迦が四苦として指摘したように、「生・老・病・死」はどうしようもないものである。ただ病だけは心がけである程度は左右できる可能性がある。老・死は避けられないが心の対処次第で、つまりどう受け止めるかで変わってくる。だからスマートエイジングは良い提案であると思う。

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2015年10月23日 (金)

「生涯健康脳」という本を読んで―⑤―

 認知症を予防すること、認知症予備軍の対策をすることが大事でその実現の役割を担うのが「予防医学」だという。一次予防~三次予防まで三段階ある。

 ◎一次予防 病気にならないよう未然に防ぐ。

 ◎二次予防 早期発見早期治療で認知予防軍の人を改善する。

 ◎三次予防 認知症を発症している人の治療。

  これからの超高齢社会に対応するには、「一次予防」が大変重要だという。

  その「一時予防」はこれまで困難とされてきたが、実現できる可能性を秘めているのが瀧教授らの東北大学加齢医学研究所などの疫学研究だという。(P.29)

  東北大学のグループは、「受精卵から一生涯」という長い期間を研究対象としており、世界で例をみないと言っている。そこから見えてきたのは、「日々の生活習慣」の大切さだというのだ。

  生活習慣といえば、「生活習慣病」とか「メタボ検診」が有名だが、こちらは高血圧とか糖尿病とか高脂血症などの予防や改善のために成人検診などが実施されている。

  瀧教授たちは、脳を生涯健康に保つという視点から研究をし、次のように言っている。

  「認知力が落ちてから何かを始めるのではなく、子どものときは子どもなりに、成人は成人なりに、中年の方は中年で、高齢の方は高齢で、その時々にやれることがたくさんあるのです。『日々の生活習慣を大切にすること』が生涯健康脳の原点です」(P.30)

  ここでも日ごろの生活習慣が大事だと指摘されているのだ。私は、若いころは別として、中年になってからは健康を意識するようになり、ジョギングを始めたり、それをウオーキングに変えたりしてきたし、趣味を増やし、人と交わる機会を増やすようにしてきた。また食生活にも気を使ってきた。唯一やれないのが飲酒である。本当は酒量を減らせばよいのだが、これまでのところやれていない。

 生活習慣をただすことは生活習慣病だけでなく、脳の健康のためにも必須で重要だということは「ガッテン」である。

 

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2015年10月22日 (木)

「生涯健康脳」を読んで―④―

 年を取ると怖い認知症だが、その65歳以上の高齢者の推定人数は、

◎2015年  517万人(人口比16%)

◎2025年  730万人

◎2040年  953万人

◎2060年  1154万人

 急激に増えていくと予想されているという。(P.25)長寿者が増え、それにともない認知症も増えると厚生労働省は推計しているのだ。

 また2015年現在の認知症予備軍が約400万人いると言われているそうだ。予備軍(軍ではなく群を使いたいが著者は軍を使っている)とは、軽度認知障害(MIC- Mild Cognitive Impairment)健常者と認知症患者の中間の段階をいうそうだ。

 認知機能である「記憶する・決定をする・理由付けをする・実行する」などのうち、一つの機能に障害があるが日常生活には支障がない状態である。しかし、放置すると認知機能の低下がつづき、50%の人が認知症へと進行するという。

 現在4人にひとり、920万人が該当すると言われている。(P.26)さらに老夫婦だけの世帯と一人暮らしの高齢者をあわせて1000万所帯を超えていて、夫婦での「老老介護」や認知症同士の「認認介護」の社会が来ると予測されているそうだ。(P.27)

 まったく他人ごとではないといえる。日本では介護施設が大きく不足し、50万人が待機状態である。それには施設の不足だけでなく、介護をする人手が圧倒的に足りない。また施設で働く介護職員も安い賃金で過酷な労働を強いられている。

 安倍政権は在宅介護を推進しようとしているが、そのために必要な医者や看護婦などの医療関係の人材不足も甚だしい。

 もし自分が要介護になったら?妻が要介護になったら?と思うと、気が気ではない。安倍政権は防衛関係の予算を増やしているが、福祉関係の予算こそ増やしてほしい。しかし現実は福祉関係予算は減らされているのだ。

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2015年10月21日 (水)

「生涯健康脳」を読んで―③―

 瀧教授は、平均寿命と健康寿命の差をできる限り縮める。脳の立場からいえば、平均寿命と健康寿命をイコールにし、いつまでも脳を健康に保つことが「人間として幸せに暮らす」ことだと考えていると述べている。(P.24)

  ちなみに、日本人の平均寿命と健康寿命は、

 ◎平均寿命   男性 80.2歳      女性 86.5歳

 ◎健康寿命   男性 70.4歳      女性 73.6歳

  その差はいずれも10年余りある。

  健康寿命というのは、「人の手を借りないで、ひとりで自立した生活を送ることができる期間の寿命」である。(P.23)

  健康寿命を終えて平均寿命までの10年は何らかの病気を抱えたり、介護が必要になったり、寝たきりの状態になったりしているということになる。

  私は健康寿命を日々延ばしているので有難いと思っている。できれば平均寿命を超えてさらに健康寿命を延ばせたらいいと願っている。もちろん身体に何も問題がないわけではない。ときどき腰痛を起こすとか耳鳴りがいつもしているとか緑内症という持病があるなどのことはある。

 でも自立していて自由にどこへでも出かけられるので健康寿命だと思っているのだ。この本によると、脳血管障害や認知症が高齢者の障害の40%を占めているという。私の心配することもそこにある。脳梗塞や脳溢血と認知症が一番怖い。

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2015年10月20日 (火)

昭和生涯教育センター祭りでコンサート

 10月16日(土)は昭和生涯教育センター祭りの初日であった。我が昭和男爵コーラスは恒例となった女声コーラスのスイートポテトとジョイントコンサートを開いた。

 スイートポテトは創立35年ぐらいの歴史を持つが、昭和男爵コーラスもいつの間にか9年目となった。時が過ぎるのは速いものだ。

 創立当初からのメンバーは私を含めて5人となったが、途中入会者があるので現在は17名である。今年は一人も欠けることなく出演できたのがよかった。

 10時半から11時までスイートポテトが歌った。メンバーは10名に減っていたが、おそろいの黄色いユニホームで次の5曲を歌った。

   バイカル湖のほとり

    モルダウ

    時代

    糸

    里の秋

 きれいなハーモニーで歌った。指揮者は創立以来同じ指揮者だというのも凄い。

  11時からは我々の出番であった。今年は4曲歌った。

 戦前の昭和15年ごろに流行った「山の彼方に」

 橋幸夫と吉永小百合が歌ってヒットした「いつでも夢を」

 谷村新司の有名な「昴」

 灰田勝彦のジャズっぽい曲「煌めく星座」

 いずれも団員が曲の解説をしたが、この解説が毎年好評で、今年も曲の成り立ちや背景がよく分かりよかった。

 私としては「いつでも夢を」と「昴」が歌っていて気持ちがよかった。低音部もメロディーを歌う場面があるし編曲がいいからだろうと思った。いずれも4分の長い曲だ。

 次は、11月26日のイーブルなごや(旧女性会館)での出演である。昭和男爵コーラスは14時ごろの予定である。

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2015年10月19日 (月)

「生涯健康脳」という本を読んで―②―

 著者の瀧教授は、第1章の「見た目と脳は一致している!」で次のように書いている。

 「私は人に会うと長い間の研究のせいで、その方の脳が見えてしまいます」と言っている。「例えば70歳の男性が撮影のために、MRI室に入ってこられたとしましょう。身なりがきちんと整い、お洒落のセンスもところどころに感じられます。機器まで案内した短い時間にも、その言葉遣いはとても丁寧で、しかも声が若々しい響きを持っています。

 実は、ここまでで、もう私の頭の中には、この男性の脳の画像がはっきりと映しだされています。脳の中枢である「前頭葉」はじめ周囲にもほとんど萎縮がなく、しっかりした脳のがそうです」(P.16)

 MRIの画像解析という仕事で16万人の脳の画像を見て来て気づいたことがあるという。それは「身なりと脳の画像は多くの場合一致する」ということだという。先の例と逆に身なりが老け込んでいる人は脳も老け込んでいるそうだ。(P.17)

 「『名は体を表す』という言葉がありますが、まさに『体は脳を表す』という言葉が実にぴったりと当てはまります。脳がしっかりしているから、きちんとした服装をしていることも考えられます。身なりや言葉遣いに頭や心を働かせているから、脳が健全であるということも考えられます。

 逆に脳が老け込んだ方は脳の委縮が進むことで認知力が落ち、外見を整えるところまで気がまわらなくなったということもあるでしょう。」(P.18)

 このように言われると少し頭が痛い気がしないでもない。年を取ってもお洒落な男性がいるが、私はお洒落にはあまり気を使わない、というかセンスがないと言った方がよいかも知れない。でも、だらしない恰好は家の中だけで、外に行くときは気を付けているつもりである。

 言葉遣いは丁寧にするように心掛けている。声は若々しいと言われることがあり嬉しく思っている。これはコーラスで発声の指導を受けてきたから効果が出ているのだと思う。

 しかし、最近のMRI画像では年相応の萎縮が見られるそうだから脳の衰えは進んでいるのであろう。でも、それを遅らせることは今からでも遅くないそうだから有難い。

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2015年10月18日 (日)

「生涯健康脳という本を読んで―①―

 新聞広告に「生涯健康脳」(瀧靖之著 ソレイユ出版)という本が出ていて題名に惹かれて直ぐに買った。著者は東北大学加齢研究所でMRI画像や、さまざまなデータベースをもとに脳の研究をしている研究者で、これまで見てきた脳のMRI画像は約16万人にものぼるというから凄い!

  研究テーマは、「生涯、脳を健康に保つにはどうしたらよいのか」だそうだ。誕生してから成長し死ぬまで、「脳が健康を保ち人間として幸せであり続ける」にはどうしたらよいかについて研究をしているのだという。(P.2)

  こういう研究はありがたいことであるし、その成果がどこまで来ているのか是非知りたいことである。

  私も含めて長寿国日本の65歳以上の高齢者は3000万人を超えた。そのため認知症患者の増加という大きな問題を抱えることになったと指摘する。私も認知症は一番の心配と言ってよい。毎日話したり行動をする度に自分でチェックをしている。

  この頃はちょっとしたミスをすることが多くなり、やる予定にしていたことをコロッと忘れるということもある。だからどうしてもやらなければならないことはホワイトボードにメモしておくことにしている。

  ところで東北大学加齢研究所では、5歳児から80歳以上の高齢者までのデータを集めて解析しているそうだ。数年以内に15万人超のデータを集めるという。

  具体的なデータとは、「認知力」「生活習慣」「遺伝子」「MRI画像」のデータベースである。その解析から多くのことが分かってきたそうだ。脳のMRI画像を疫学データとして活用しているところは世界でも数えるほどだという。世界最先端の研究をしていると言っている。(P.4)

  この本は、疫学データから見えてきた「生涯健康脳」を保つ方法を分かりやすく述べたものと書いているが、その通りで分かりやすい説明をしている。

  有難いことに、高齢者でも幾つになっても諦めることはない、「思い立ったら吉日」で「生涯健康脳」への一歩を踏み出せるという。(P.5)

  ここが一番勇気づけられるところだ。それは、

  「ほんの10年ほど前までは脳は一度形成されてしまうと形態は変化せず、後は衰えて行くだけだと思われていました。しかし、そうではないのです。

  脳はいくつになっても、脳のネットワークによってその機能を高め、記憶をつかさどる「海馬」という部分にいたっては、神経細胞そのものが新しく生まれることも分かってきました。

  脳には機能を回復させる「可塑性」という働きがあることが明らかになったのです」(P.5)

  日常生活の中で簡単にできることで「生涯健康脳」を保つほうほうはいっぱいあるといっている。嬉しい話ではないか。

 

 

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2015年10月17日 (土)

ためしてガッテン式「ミトコンドリア増殖ウオーキング」を実行

 以前にも書いたように、もう35年近くウオーキングを続けている。最初はジョギングだったが膝を痛めてからウオーキングに切り替えて今日に至っている。

 ウオーキングのスタイルは速歩で、若いころは5kmを50分ぐらいで歩いていたが、今は60分を切ることが目標である。

 数か月前にNHKのためしてガッテンで、細胞の中にあるミトコンドリアを増やす運動をやった。ミトコンドリアを増やすことによって、免疫力が高まるというのだ。ミトコンドリアは年を取ると減ってくるそうだが、運動の仕方によって増やすことができるという。ミトコンドリアを増やすことで元気・活力が生まれるそうだ。

 その一つとして、ウオーキングのときゆっくりと3分歩き、速度を速めて3分歩くのを繰り返すとよいというのだ。以前のガッテンではその歩き方を勧めていたが、今回は1分ごとに、ゆっくり歩きと速歩きを繰り返してもよいと言っていた。

 また通勤などでは1分交互歩きがやりやすいし、階段を上るとき力を入れて昇るのもよいそうだ。

 私は3分ごとに切り替える歩き方をやることにした。毎朝歩く道をiphoneのストッポッチで計った。家を出るときゆっくり歩き、3分のところで目印になるものを決めて速足に切り替えるというやり方で目印を決めて行った。

 その日の歩き方で変わってくるので、何日か計っておおよその目印を決めた。目印を覚えてしまえばその位置に来たら歩き方を切り替えるだけである。

 速や歩きだけだと結構大変だが、ゆっくり歩きのとき休めるので、これはいい歩き方だと思う。こういう歩き方はインターバル歩行というらしいが、私はミトコンドリア歩行と名付けた。

 5kmほどの道のりを歩くのだが、日によって56分台~60分台までいろいろである。先日は2日続けて60分1秒になったので面白かった。速く歩けたと思っていたのだが意外であった。

 緩急をつけるインターバル運動は運動選手たちがずっとやってきたことだと言っていた。

 ところでミトコンドリアを増やす運動は家の中でもやれるという。スクワットをやるとか階段を昇降するとか、強弱を繰り返す運動をすればよいそうだ。

 

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2015年10月16日 (金)

第15回 人生の達人のための音楽会を聴いて

 12日(月)に、しらかわホールで「人生の達人のための音楽会」があった。年に2回も公演をするアマチュアオーケストラだ。

  開場時刻より早めに行ったのだが、すでに多くの人が並んでいた。確かに人生の達人ばかりだと思いながら並んでいた。

  会場に入るといい場所が空いていると思って行ったら、賛助会員様お席の紙が貼ってあった。それで前に行き、ちょっと前過ぎる感じはあったがE列中央に席を取った。

  プログラムの1番はシューベルト作曲の交響曲第4番「悲劇的」ハ短調D417であった。この曲はシューベルトが19歳の時に完成させたものだという。「悲劇的」というタイトルはシューベルト自身が後に付けたものだそうだ。

 

 第一楽章に聴衆を驚かせるような大きな音が入るところがあった。まるでハイドンの「驚愕」みたいだと思った。19歳の若さでフルオーケストラの曲を作るとはすごいと感じながら聴いた。井上京(たかし)の指揮はメリハリがあって後ろから見ていて楽しかった。

  オーケストラは指揮に従ってよく鳴り、よくまとまっていて気持ちよかった。この曲を聴くのは初めてであったが約40分間心地よく聴いた。

  10分ほどの休憩の後、第2部はウイーンの音楽であった。シューベルトも生粋のウイーン子だそうだから、この日のプログラムはウイーンの夜ということだ。指揮者が解説をして進められたのでよかった。

  最初はヨハン・シュトラウスの「喜歌劇『こうもり』より序曲」で、誰の耳にもお馴染みの曲である。演奏も素晴らしかった。

  次が次男のヨーゼフ・シュトラウスのポルカマズルカ「とんぼ」で、トンボが飛ぶ様子をイメージしたものだという。今赤トンボが飛んでいる。ウイーンはどんなトンボであろうか。ポルカの心地よいリズムがよかった。

  3番目は四男のエドゥアルト・シュトラウスのポルカシュネル「テープは切られた」で、聴いたことがあるフレーズが何度か出て来た。

  ここでまた指揮者が解説をした。ウイーンに行ったつもりになって聴いてほしいと言った。ウイーンフィルよりちょっと下手な演奏をすると冗句を言った。そしてヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「オーストリアの村つばめ」が演奏された。オーストリアのつばめはどこからわたってくるのだろうか。ワルツのリズムが心地よい。

  4番目はヨハン・シュトラウスの「ペルシャ行進曲」とマーチが演奏された。この曲は多分初めて聴いたように思う。

  5番目はヨーゼフ・シュトラウスの「我が人生は愛と喜び」でこれもなじみのある曲で楽しく聴いた。

  指揮者がウインナ・ワルツについての解説をした。最後の曲の「美しき青きドナウ」のサワリの部分を普通の3拍子で演奏させ、その後ウイーンナ・ワルツの3拍子で演奏させた。聴いてみると確かに明らかな違いがあった。ウイーンナ・ワルツの3拍子はなぜ優雅に聴こえるのかその理由を初めて知った。

  ウイーンナ・ワルツの3拍子には3拍子目に遊びがあるのだそうだ。それが優雅なリズムを作りだす秘密なのだという。

  もう一つ解説で知ったことは、オーストリアの人々は成人の20歳になるとワルツを踊るのだそうだ。それで誰でも踊ることができるのだという。何とも羨ましい話である。またウイーンには400ものいろいろなワルツ場があるのだという。その為オーストリアの人は3拍子のワルツのリズムがDNAとなって染みついているのだそうだ。

  さて最後はあの有名なヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」で優雅なウインナワルツを堪能することができた。

  私がこの曲に出会ったのは、高等学校の時であった。この曲は元々は男声合唱曲として書かれたと指揮者が言っていたが、私が聴いたのは女声合唱であった。その頃放送部の部屋にあったレコードの中に「美しき青きドナウ」があり、よく聴いた。

  ウイーンに行ったとき、泊まったホテルがドナウ川のほとりに立っていて、川の流れを目の前に見ながらこの曲を思い浮かべていた。観光バスの運転手がテープで聴かせてくれたのも嬉しかった。

  アンコールは「万歳」という名のものが演奏されいい曲であった。その後お父さんのヨハン・シュトラウス1世のあの有名な「ラデツキー行進曲」を手拍子を打ちながら楽しく聴いた。

  人生の達人たちの素晴らしい演奏でウイーンの夜を味わうことができたような気がする。

 

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2015年10月15日 (木)

大須大道町人祭りを観る―②―

 大須演芸場は改装されてきれいになっていた。中に入ると満員であった。補助椅子が空いていたのでそこに座った。

  けん玉師伊藤佑介さんのけん玉から観た。伊藤さんは世界チャンピオンで大学の頃に「もしかめ」でギネス記録を作ったそうだ。今けん玉は世界でブームになっているが、そのお蔭で新しい技ができているという。何でも3万もの技があるそうで驚いた。

  演技には大きいけん玉を使うのだがこれを扱うのが難しいのだそうだ。会場にいた小学生をステージに上げたが、その子は2段だそうで、難しい大きいけん玉を使って上手にやったので感心した。

  伊藤さんに一番難しい技は玉の上にけん棒を立てることだそうで、2回失敗して3回目に成功した。

  糸のないけん玉を使ってお手玉のように動かしたり、けん棒を回転させて玉を載せたりいろいろな技を見せてくれた。

  江戸操り人形の上条充さん。60cm大の人形を手で持った引き板で操るのだ。以前にも見たことがあるがステージだと映える。糸の操り方で人形は自在に動くのが見事であった。かっぽれと酔っ払いと獅子を演じた。

  3番目は活弁で坂本頼光さんとが演じた。最盛期には8000人もいたそうで現在は100分の1に減ってしまい、36歳の坂本さんが一番若いそうだ。

  スクリーンに投影機で映した動画を説明するのだ。アニメの「日の丸太郎」イギリスの「ジャックと豆の木」「国士無双」という片岡千恵蔵や山田五十鈴が出演する短編の3本を上映した。

  昔のアニメや時代劇は大変興味深く観た。プレゼンテイションに活弁を応用できそうだと思った。

  次が筑前琵琶の川村旭芳さんで正座で座って琵琶を弾き、「耳なし芳一」と「祇園精舎」を演じた。若くて端正な女性で以前にも聴いたがますます冴えていた。

  「祇園精舎」を聴きながら安倍政権のことが頭に浮かんだ。「驕る平家久しからず」で早く壇ノ浦の藻屑と消えてほしいと思いながら聴いた。

  次は江戸曲独楽の柳家三亀司さんが独楽を回した。以前に別の人の江戸曲独楽を観たことがある。その時はあまりしゃべらずに独楽の演技の数々を演じていたが、柳家三亀司さんはしゃべる独楽回しでしゃべりが売り物だそうだ。しかし、私が聴いたところでは、毒舌、客をバカにすること、ため口のしゃべりなど品がなかった。

  しゃべらないと20分の間が持たないと言っていたが、一つの独楽の技はほんの20秒位で「ハイ、カメラ」などと言っていたが短い演技であった。独楽の太刀渡りは刀を抜いたが結局やらなかった。下手なしゃべりの曲独楽師であった。

  最後は戦国セレブアイドル「あいち戦国姫隊」という若い女性のグループで、なんでも家康の側室、前田利家の妻、お市の方が愛知の文化や歴史を広めるためによみがえってきたという設定だそうだ。

  踊って紹介をしたあと、歌を歌って終わった。意味不明のグループであった。

そのあと、帰り道に浅間神社の会場に行ったら「ポールダンス」というのをやっていた。鷹島姫乃さんという若い女性で、神社の前に据え付けた高さ10mぐらいのパイプのポールに女性が上っていた。

 ポールに足や手を使ってつかまったり、ぐるぐると回ったり、逆さになったりしていた。着物を羽織ってやったり、ビキニ姿で演じたりした。足で巻き付いて身体を止めるのは大変だと思った。それなのににこやかに演じていた。

 最後は薄いヴェールのような羽織をはおって上り紙ふぶきを放った。

 今年もいろいろなパフォーマンスが見られて楽しかった。

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2015年10月14日 (水)

大須大道町人祭りを観るー①―

 大須で開催される大道町人祭りはほとんど欠かさず見ている。名古屋祭りと同じ日に開催だと思っていた。10日の土曜日にNHKテレビを見ていたら大道町人祭りの様子を映していた。次の日もあるかどうかは何も言わなかった。(NHKニュースはこういうことがある)

  ネットで調べたら、日曜日もやることは分かったが開始時刻が書いてなかった。これも大事なことが抜けていた。

  日曜日は夜中から雨が降っていたが10時ごろにはやんだので釣り用の椅子を持って出かけた。小さくても腰かけた方が楽だからだ。

  仁王門通りのふれあい広場に着くと、大勢の人が取り囲んでいたがまだ始まっていなかった。プログラムをもらって座席に行ったら丁度良い場所があったので腰を下ろした。

  11時開始でトップは「ロボットのぞみ」であった。大須へ来るのは2回目だと言っていた。四角い箱をかぶりロボットに扮してのパフォーマンスがメインであったがあまり面白くはなかった。

 2番目は「ダメじゃん小出」のジャグリングということであったが、最初は簡単なマジックを3つやった。その一つは子どもを参加させてティッシュの箱を持たせ、そこからティッシュを取り出して丸めどちらの手にあるか当てさせる。そのあと丸めたティッシュを子どもの後ろに放り投げどちらの手にあるか当てさせるのだ。放り投げたティッシュを拾わせて、チェンジバッグに入れてもらい、白いゴムの鳩を取り出す。鳩には万国旗が仕込んであって引き出して終わりであった。

 おしゃべりの中でよかったのは、安保法や安倍批判を笑いを取るのに使ったことであった。ジャグリングではボールのジャグリングと、観客を4人出てもらって箱を送ってもらい、その箱を使ってのパフォーマンスであった。

 3番手はSPINATIONの二人によるヨーヨーのパフォーマンスで、彼らはヨーヨーで世界一を取ったそうだ。その技の数々をおしゃべりを入れて見せてくれた。ヨーヨーの技はふえているようだ。まるで神業のようにヨーヨーを扱う素晴らしい演技であった。

 この後は以前に見たことがある出し物なので他の会場に移動した。会場は全部で14あったが、中に再出発したばかりの「大須演芸場」があったのでそこに行くことにした。

 大須はどの通りも人で埋まっていた。その中をくぐり抜けて演芸場に行った。

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                      ロボットのぞみ

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                     ダメじゃん小出
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                        ダメじゃん小出

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               WORLD YO-YO CHANPION SPINATION 

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2015年10月13日 (火)

これは美味しいガッテン流サンマ塩焼き

 10月7日のNHK「ためしてガッテン」でサンマの美味しい食べ方をやっった。塩焼きと刺身であったが、塩焼きの方法がとてもいいと思った。

 その方法とは、

①電気グリルを3分間空焼きする

②サンマに味醂をぬり、塩をふる

③7分間焼く

④お皿にのせて2分間放置する

というものであった。大変シンプルな焼き方である。

 空焼きするのはサンマを焼く前にグリルの温度を高めておくためである。サンマに味醂を塗ることによって、サンマの焼き上がりに焼きめがつききれいになるのだ。7分間焼くのはそれで十分だということで、さらに2分間放置することで中身の焼きが進むというのである。

 本当にそうなのかどうか試してみることにして、サンマの安売りのあった日に北海道産のサンマを1尾95円で3尾買ってきた。

 夕食のメインとして妻にレシピ通りに焼いてもらった。我が家のIHヒーターはタイマーが付いているので、空焼きも本焼きもタイマーをセットしてやるので簡単である。

 さて、出来上がりは写真のようであった。焼めがつき、皮は簡単にめくれた。皮には大事な栄養があるので食べた。箸を入れると油がにじみ出た。ガッテンで言っていたが、この焼き方は大事なサンマの油を逃さない焼き方なのだそうだ。

 身は柔らかく焼けてふわっとしておいしかった。油やうま味が保たれているのだ。

 私は南紀で育ったので、シーズンにはサンマは毎日と言っていいほど食べていた。1日に2度も食べたこともある。有名なサンマの詩を書いた佐藤春夫は先輩である。しかし、佐藤春夫も私もガッテン流のサンマの焼き方は知らなかった。昔のことだからコンロで炭で焼いたが油が滴れ落ちて炎をあげたものだ。

 その後もグリルを使うようになっても油を失う焼き方であった。この歳になってガッテンのお蔭でおいしい焼き方を知った。まだ1回試しただけではあるが。

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2015年10月12日 (月)

NHK合唱コンクール高等学校の部を観た

 岡崎高校の先生に勧められてNHK合唱コンクール高等学校の部をライブで観た。高等学校の部を観るのは初めてであった。

  今年のテーマは「ピース」で、その狙いを「2015年、日本は戦後70年を迎えます。好きな音楽を自由に楽しむことができる、いまの私たち。そんな当たり前の毎日は、平和であるからこそ。 合唱を通して、一人ひとりに平和について考えてほしい、という願いをこめたテーマです。 」とNこんホームページに書いてある。素晴らしいテーマだと思う。

  ただ、先の安保法制成立までのNHKの報道姿勢とは相いれず、「エッ、NHKがこんなこと言っていいの?」と思ったくらいだ。本当にそう考えるのなら政府広報機関でない安保法制の伝え方をして欲しかった。

  ところで課題曲だが、穂村弘作詞、松本望作曲の「メイプルシロップ」であった。この詩は非常に難解でどう解釈するのか、何を感じればよいのか、私のような者にはサッパリ分からない。

  合唱曲としては歌うのは難しそうだが、メロディは高低、強弱等の変化があり大変良くできていると思った。

  出場校はシード校も含めて11校であった。愛知県からは東海中部ブロック代表の岡崎高校が出ていた。26回の常連校だということだ。

  出場校は女声合唱部も多かったが混声もあった。女声は3部で、混声は4部であった。どの学校もレベルが高く揃っていてさすがは伝統あるNHK合唱コンクールだと思った。

  高校生だから声も大人の声になっており、素晴らしかった。私は歌う表情に気を付けて観た。というのは声を出すのに表情が大事だといつも指揮者から指導されているからだ。

  口を縦に開ける、頬骨のあたりを上げる、眼を大きく開ける、額にしわがよるぐらい上げる、笑顔で歌うなどである。その観点で見るとみな表情豊かに歌っていた。なかには微笑んでいる合唱部もいくつかあった。

  どの合唱部もよく訓練されていたが、高等学校3年間でやらなけられならないので指導者は大変だろうと思った。合唱部によっては先輩を補助に頼んだり、上級生が指導したり、相互に指摘しあったりといろいろなやり方をしていた。

  私がいい曲だと思ったのは、各学校の代表者による即製の合唱で歌われた「いのちのリレー」であった。メロディーのきれいなとてもいい曲であった。また即席でありながら雨森さんの指揮で素晴らしく歌ったのはさすがであった。

  甲乙つけがたいコンクールの金賞は、福島県立郡山高校であった。

 ※課題曲は下記のURLをクリック

 http://www.nhk.or.jp/ncon/music_program/kadaikyoku_h.html

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2015年10月11日 (日)

児童虐待が増え続けることに驚く

 厚生労働省の調査によると、全国の児童相談所が14年度に対応した児童虐待件数速報値は88931件で、24年連続で過去最多を更新した。

 24年前(1990年)には1101件、1万件を超えたのは1999年である。グラフで見るとそれ以後右肩上がりに増加している。この調子では今年は9万件を超えるのではないか。

 私が勤めていた頃はまだ1100件程度であったことを知ったが、思い起こすとその頃学級崩壊が始まりかけ、私が辞めたあとに一気に学級崩壊が全国でおき、NHKでも取り上げられた。

 また、何時の頃からか、我が子のちょっとしたことで、学校教育に文句をつける親が増えだし、モンスターペアレントという言葉ができた。児童虐待の増加はそうした親の増加とも無関係ではないように感じる。

 新聞によると、虐待の要因とみられる家庭の状況として、第一位が「虐待者の心身の状態」で32%となっている。次が「経済的困難」の25%、「ひとり親家庭」と続く。「夫婦間の不和」「DV」も20%前後ある。

 入学式で、落ち着かないで勝手なことをする子供の存在が言われ出したのは20年ぐらい前だったように思う。それが今では保育園・幼稚園の幼児が身勝手で落ち着きがないと聞く。

 虐待をする親がどのような育ち方をし、それがどのように子への虐待につながっているのか、という観点で調べることも大事なのではないかと思う。

 児童虐待が年々増加しているという状況はゆゆしきことである。24年前は1100件だったのだから、その当時の状態に戻すよう、行政やNPOや教育者たちが研究をし、対策を講じるべきだあろう。一体何がそうさせたのか。どんな社会的変化があったのか。虐待要因は重なり合っているのだと思われるが。

 

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2015年10月10日 (土)

第3次安倍内閣が発足したが?

 7日、第3次安倍内閣が発足した。「サプライズなし」と見出しにあったが、仮にサプライズがあったとしても政権の本質には変わりがない。自民党・公明党は安保法を混乱の内に成立したと言い、彼らは安保法に全面的に賛成をしたのだ。

 安倍首相としては、一番やりたかったことをやったので、後の3年間は適当にと思っているのかもしれない。口を開くたびに「経済最優先」と言い、新しい3本の矢を掲げてそれをやるのだと言っている。

 新しい3本の矢は、次の3つである。

①オリンピックの年にはGDP600兆円達成。

②20年代半ばには希望出生率1.8。

③20年代初めには介護退職0をめざす。

 そして一億総活躍担当相を創設し、側近の加藤勝信前官房副長官を充てた。

 第2次政権でアベノミクスを謳い3本の矢を打ち出したが、あれから2年9か月。成果があったのかというと、異次元の金融緩和によって円安に導き、そのおかげでトヨタなどの大企業が儲かり、また一時株価が上がったことで富裕層が恩恵を受けた。

 さらに大企業は法人税減税というおまけをもらい、ウハウハであった。ところがトリクルダウンで下々に来るはずのものは何も来ず、食品を中心に物価があがり、年金は減額され、生活保護受給者が過去最高となり、一般国民の生活は悪くなるばかりである。

 浜同志社大教授に「アホノミクス」と揶揄されたアベノミクスは失敗したのだが、安倍首相はその総括を全くやらないのだ。そして厚かましくも新しい3本の矢を立てたのである。

 しかし、その実現性は素人がみても随分と怪しいものである。GDP600兆円に至っては経済界からさえ危ぶむ声がでているという。第一GDP信仰はやめにすべきである。経済界が金もうけをするにはGDPをあげることが大事なのであろうが、GDPを上げなくても生活ができる施策をすべきだと思う。

 GDPを上げるために武器輸出や原発輸出も含まれ、自衛隊海外派遣での弾薬の使用の含まれるのだ。とんでもないはなしである。

 希望出生率1.8は、私などには、戦前の「生めよ増やせよ」という政府が躍起になった戦死者補充のためのスローガンを想起させる。日本の人口を何のために増やすのか?世界の人口は増え続け、地球はそのために食糧や水などの生存にかかわる資源が大問題になるというのに。明治の初めには3500万程度であったのだ。仮に1億を割ってもいいではないか。

 介護問題は喫緊の課題である。10年ほど前には特別養護ホーム待機者が34万人ほどと言われていたと思うのだが、現在は50万人を超すという。介護退職者が10万人いると言われる。介護職員の不足は将来100万人になると予測されている。私も高齢者として介護問題は第一に早く進めてほしい。

 さて、「一億総活躍」だが、安倍首相はどんなイメージを描いているのか全く不明である。選挙のためのキャッチフレーズだとしか思えない。戦時中は「1億火の玉」というのがあったように思う。「1億総白痴」は大屋壮一の造語だったと思う。「一億総中流」という夢のような時代もあった。

 赤ん坊は別としても、幼児から高齢者まで「一億総活躍」というのはどんな社会がイメージされるのであろう。有識者会議が好きな安倍首相は、早速「1億総活躍国民会議」なるものを立ち上げよと指示した。いい加減な有識者を指名してやるのは目に見えている。

 

 

 

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2015年10月 9日 (金)

梶田隆章教授ノーベル物理学賞、同年に二人目の受賞者

 英語会話クラスで勉強していた。話題は大村氏のノーベル医学生理学賞受賞であった。そのときふとiphoneを見たら、「梶田隆章氏がノーベル物理学賞受賞」というニュースが飛び込んできた。早速皆に伝えたら驚いていた。

 帰宅後9時のNHKニュースナインを観たが、「ニュートリノに質量があることをスーパーカミオカンデの実験で証明した」という解説がさっぱり分からなかった。次の日朝日新聞の記事で解説を読んだがやはり理解の外であった。

 ましてや「ニュートリノ振動を手掛かりにすれば、なぜ宇宙に物質が存在するのかという謎に迫れる可能性が出てきました」という梶田氏のコメントもちんぷんかんぷんである。でもほとんど分かっていない宇宙誕生の謎に迫る手掛かりになったのはすばらしいと思う。

 小柴特別栄誉教授のノーベル賞受賞に続いて同じ分野でさらに研究を進めて今度の受賞に至ったのは日本の誇りである。

 朝日新聞によると、梶田教授は小柴教授の弟子であり、その他に戸塚洋二東京大学特別名誉教授という師がいて、戸塚氏がスーパーカミオカンデを建設し、そのリーダーとして研究グループを引っ張って来たという。

 戸塚氏はノーベル賞が確実視されていたが、2008年に66歳でガンで亡くなられたと知った。もし生きておられたら73歳である。きっとノーベル賞受賞をされたであろう。

 変な話だが、こういう賞をもらうというような栄誉を伴うことには必ず運が避けられない。高齢になって賞を受けられた方は長生きしたからできたのであった。

 運不運は人生につきものである。どれだけ努力をしても栄誉が得られなくてもそれでの人の価値が決まるものではないのだ。

 余談だが、新聞の扱いも大村氏のときはTPPに押しやられていたが、梶田氏は一面大見出しであった。TPPがなければ大見出しであったのに・・・である。

 朝日新聞の対談で毛利衛氏が「ずいぶん、ノーベル賞で社会が沸き立っているが、ノーベル賞をもらうということがすべての価値を決めるという考えに陥っていませんか。・・・ノーベル賞自身も社会と共に変わってきている。一人の力ではなくて、チームでしないと大きな発見ができないという時代にさしかかってきているのですね」と指摘している。

 梶田氏自身がスーパーカミオカンデを受け入れた地元への感謝を述べ、また観測は100人を超えるチームが協力するプロジェクトだから、「私の名前を出していただいたが、スーパーカミオカンデの研究グループ、種になるような研究を進めていたカミオケンデの研究グループも認められたものだと考えたい」と謙虚に語っている。

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2015年10月 8日 (木)

大村智氏のノーベル医学生理学賞受賞

 ネットニュースで日本人のノーベル賞受賞があるかどうかが話題になっていた。そこへ夕方テレビを見ていたらテロップが流れて大村氏の医学生理学賞受賞が知らされた。

 新聞等では予想されていなかったので大村氏のことは全く知らなかったが、ノーベル賞受賞者の山中教授も1年前まで知らなかったと話していたので、門外漢の私が知らなかったのは不思議ではない。

 翌日の朝日新聞を読んで、大村氏の経歴が変わっていることを知り感銘を受けた。5人兄弟の農家の長男として生まれ、子どもの頃は家畜の世話などの手伝いが忙しかったという。

 1935年の生まれだから日中戦争、太平洋戦争、そして戦後と続く時代を幼少の頃過ごしたわけだが、あの時代手伝いや兄弟の世話などで忙しかったのは同世代として想像がつく。

 弟の泰三さんの話として、大村氏が勉強している姿は見たことがないといい、高校生のころも、机はほこりをかぶっていたという。

 韮崎高校ではスキー部と卓球部の主将として運動に明け暮れたというが、運動能力があったということで運動神経が人並み以下の私は羨ましい。その後猛勉強をして山梨大学に入ったそうだが集中力があったのであろう。

 私がすごいなあと思ったのは、就職したのが東京の墨田定時制高校で、そのとき生徒たちが日中労働をしたあと勉強に来る姿を見て刺激を受け、自分ももっと勉強をしようと東京理科大学の大学院で化学を学び直したことだ。

 生徒の姿に胸を打たれて改めて勉学の道に進み、それが今日につながることになったというのだ。

 お祖母さんからいつも「人のためになることをしろ」と教えられ、それをいつも胸に刻んで人のためになるかどうかを判断の基準としてきたいうのもいい話である。

 特許で稼いだ金200億円は北里大学のものとしたそうだが、自分にも余分の金が入ったのか、美術品の収集をし、故郷の韮崎に温泉付きの美術館を建てて寄贈したというのもいい話である。

 何と言っても素晴らしいのは、年間、2000株、4000株と朝早くから土壌の中の菌を分離していくという地道で辛抱強い研究の中から、「エバーメクチン」と名付ける物質持つ菌を見つけた。

 上村大輔神奈川大教授がコメントで、「砂山の中から砂金を見つけるようなもの」と言っていたが、大村氏が「失敗してもいいからやってみようという気持ちを絶えずおこさなきゃならない。成功した人は、人より倍も、3倍も失敗している。だから1,2回失敗しても、道ってことないよと言いたい」と言っておられたのが印象的であった。

 この菌をのちに改良して「イベルメクチン」という家畜用抗寄生虫薬として売り出され、多くの動物の線虫が原因となる病気をなくした。

 それを人用のイベルメクチンとして開発し、アフリカや中南米で広がる「河川盲目症」というフィラリア線虫による病気の特効薬にしたのだ。このクスリのお蔭で何千万人の人が助かっているというのだから、まさに「人のためになっている」素晴らしい業績だ。

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2015年10月 7日 (水)

Google Chromを速くする

 インターネットブラウザとしては、インターネットエクスプローラをメインにして、Google Chromをサブで使っている。ところがこのところ両方のブラウザの起動が遅くなり困っていた。

 

 今朝も、自分のblogを開こうとしてもなかなか開かないのだ。Gmailを見るときも同じように時間がかかる。

 

 デスクトップにアイコンを並べていたり、写真をいっぱいためていたりするので、それが影響しているのかもしれないと思っていた。

 

 そこへ今日biglobeのメルマガが届いて、「Googel Chromが重い時試しておきたい対処法」というのがあるのを見つけた。

 

 読んでみるとダメ元で試してみるとよさそうであったので早速試してみた。すると動きが改善されように感じた。

 

 その方法は、二つ書いてあり、第一は、「閲覧履歴データを消去してみる」というもので、WINDOWS 7を例にして書いてあるので丁度良かった。下記のURLをクリックすると出ているが、いつか削除されるとみられないのでここに書いておくことにした。

①アドレスバーの右にある「三本線」のマークをクリック。

②「設定」のページが表示されるので、左の一番下に青字で小さく出ている「詳細設定を表示

  」をクリック。

③「プライバシー」の覧にある「閲覧履歴データの消去」をクリック。

④「閲覧履歴」「ダウンロード履歴」「Cookieなどのサイトデータやプラグインデータ」「キャッシュされた画像とファイル」「ホストされているアプリデータ」にチェックを入れ、右下にある「閲覧履歴データを消去する」をクリック。

 

 http://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/chrome_heavy_extention/

 もう一つは、「不要な拡張機能を削除してみる」というものである。

 上記と同じく、右上の「三本線」マークをクリックし、「設定」をクリックすると「設定」のページが表示されるので、左上に小さく青字で書いてある「拡張機能」をクリック。

 要らないと思う拡張機能の右に書かれている「有効にする」のチェックを外す。

 というものである。

 http://enjoy.sso.biglobe.ne.jp/archives/chrome_heavy_extention/

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2015年10月 6日 (火)

APPLEのサポートは親切

 バージョンアップしたAPPLEのiphone6sを買って、バックアップの引き継ぎなどで苦労があったことは昨日書いた。

  他にもサポートに聞きたいことが4点あったので日曜日に電話をした。

 ①バッテリーの消耗が速い

 ②Icloudの容量が少なくなったという警告

 ③メールのダウンロードが3700件ほどあり、削除しても削除してもダウンロードされる件

 ④メールアドレスが漏えいしているというあるサイトからの警告

 ①ネットのニュースでは、iphone6sのバッテリーは、それまでのより1時間ぐらい長持ちすると書いてあったが、実際のバッテリーの消耗は大変早く、以前のiphone5cの時ほど使わないのに減って行くのが目に見えるぐらいなのである。

 昨日などは32%まで減っていて、5cでは経験のない数値であった。今日も余り使わないのに、昼過ぎには52%まで減っていたので今充電をしている。

 APPLEのサポートの話では、買ったばかりなので、1週間か2週間ぐらいはバックで電気を使っていて、バッテリーの電気消耗が速くなくなるそうなのだ。そのうち落ち着いて来ると言ったのでしばらくの辛抱のようだ。

 ②のIcloudの容量は5Gまでは無料である。それが残りが178mbまでになったとので、毎月120円払って50GBまで増やすか、要らないものを削除して容量を増やすかするようにという警告であった。

 サポートと相談をして、取りあえず要らないものを削除することにした。「設定」→「cloud」と入って行くと、「iphone1.5GB」というのと「iphoneいまの1.5GB」というのがあり、前者は5cの時のものだそうだ。それでそれを削除した。また「日経・・・」というのもあったので要らないから削除したら、容量が1.6GB増えた。

 ③メールダウンロードの問題は、何度も何度もこまめに削除を繰り返してなくすことができたが面倒であった。iphone5cのときはその都度削除していたが6sにしたらサーバーに残っていたのが一気にダウンロードされたみたいである。

 それにしても、「編集」→「すべてゴミ箱」→「ゴミ箱から削除」とやったのに、何度も何度もやらなければならないのが不思議であった。「すべてゴミ箱」というのは1回に50件ぐらいのようだ。

 ④はgrvdhmvikbwtxcyhh@softbannk.jpという長ったらしいアドレスで「インターネット折笠対策室」というところからのものであった。「あなたのアドレスは公開された状態にあるので対策を取りたければ下記のURLへ」とあって、URLが書いてあり、その後に放置しておくとどうなるかという脅しのような長い説明があった。

 これについては自分のメールアドレスに相談するようにと言ったので、auに電話をして尋ねたら、迷惑メールのようだから削除するようにと言われた。私も迷惑メールだと感じていたのでURLをクリックはしなかった。

 ところで脅しの迷惑メールはsoftbankのアドレスが多いようだ。なぜだろう?

 今回のAPPLEのサポートは49分もかかったが、根気よく対応してくれたので嬉しかった。私はこれまでの所APPLEのサポートは親切だと感じている。iphoneの使いやすさとサポートのよさがihoneを買う決め手である。

 

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2015年10月 5日 (月)

NHK全国退職者有志 の訴え

 2015年9月30日 NHK役員および幹部職員の皆様へ NHK全国退職者有志

  日ごろ、国民のための放送を目指し、ご清栄のことと存じます。 私たちは、籾井現会長の就任後の言動に危機感を深め「NHK全国退職者有志」として、NHK経営委員会に「会長の罷免」を要望してまいりました。その賛同者は、現在2000名を超えております。

 その後の経過を見ておりましても、籾井氏には、言論人としての矜持もなく、NHKのトップに立つ資質を疑わせる事態の頻発に終始されておりますことは、真に残念というほかありません。 わたしたち「NHK全国退職者有志」は、日本社会にとって、公共放送としてのNHKが必要だと思っています。

  日本の社会は、今、戦後70年のレジームを書き換えようとする政治勢力に翻弄され、大きな転機に立たされているとの認識はおありでしょうか。その認識に立てば、国会での安保法制の審議状況を国民にわかりやすく、与野党対立の論点を明確に示して、国民が判断できる情報を提供することが最大の課題ではなかったのでしょうか。

 憲法を軽視してやまない現政権に追随するNHKの姿勢を「アベチャンネル」「国営放送」と糾弾する声にどう応えますか。

 あなたは、8月25日(火)の夕方、全国から集まった1000人を超える市民たちが、NHK放送センターを取り巻き、NHKの放送姿勢を糾弾する声を上げ続けた事実をどのようにご覧になりましたか。

  いま、NHKを取り巻く状況は大きく変わりつつあります。NHKニュースと報道番組への国民的不信の拡がりです。優れた数々の番組を放送されていることは、承知の上で申し上げますが、籾井会長就任以降、とくに、政治番組、ニュース報道に関して、政権寄りで批判精神が欠落してきていることは、多くの識者が指摘するところです。

 特にこの度の安保法制の報道に関して、国会でどのような議論が行われてきたのか、国民が判断できる情報を伝えることが出来たとは思えません。また、1週間にもわたって、国会を取りまき、安保法制反対を訴え続けた市民たちの動き、特にSEALDsを中心とした若者たちの立ち上がりの事実をどのように伝えましたか。

 規模においては、60年安保改定時の大衆行動に匹敵し、しかし質的には、組織的動員ではない全く異質の自律した市民集団であるという認識をお持ちでしょうか。

 さらに、NHK社会部が行った「公法学会への『安保法案』についてのアンケート」結果の扱いに関して、このアンケートに協力された学者からクレームがついていますが、どのような対応をなさるのですか。

 私たちは何としても、公共放送NHKは、民主主義社会を支える言論機関として、政治権力に追随するのではなく、国民の声の高まりに耳を傾け、「国民の知る権利」に応える姿勢を明確にされることを期待します。

  市民運動の矛先は、「会長否認」から「放送批判」「受信料支払いの留保」「NHK役職員批判」へと変わってきているという認識をあなた方はお持ちでしょうか。

  会長の言動が、職場を委縮させ、職場の創造性を圧殺していることはありませんか。特にこの度の、「安保法制国会」の放送に関して、放送の現場が「会長命を忖度して」ジャーナリストとしての誇りをかなぐり捨ててしまったのではないか、ということを恐れます。それは、言論機関としての倫理的頽廃ではありませんか。

  現場からは、「国会周辺の抗議デモや、SEALDsなど若者たちの動きを取材して、現場管理職がOKを出しても、放送総局長など上層部からのクレームで放送中止や、延期があちこちで起こっている」という声が聞こえてきます。

  職場に創造的な活力を取り戻し、自由な言論活動が保証されることを切望いたします。最終的に、NHKを改革して、国民の信頼を取り戻すことができるのは、あなた方現職の皆さんのほかにありません。

 私たちは、NHKの中に、若い有為な人材が居られることを信じています。 公共放送としてのNHKが、日本の民主主義発展のために、「政治権力」とではなく、「市民」と手を携えて、展望を開き、躍進することを願ってやみません。

  連絡先:359-1145 埼玉県所沢市山口1028-19 門目方 メール:cado@circus.ocn.ne.jp 「NHK全国退職者有志」                        

 呼びかけ世話人   伊東 周平  今井  潤  門目 省吾  小滝 一志 

              田村 安正

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2015年10月 4日 (日)

Iphone6sを買って使えるようにするのが大変だった

 昨日はIPHONE6sが高いことを書いたが、それを使えるようにするのも大変であった。

 予約をした日に、使っているIPHONE5cのデータの移動はやった貰えるのか尋ねたら、自分でやらなければならないと言われた。それでショップから帰ってから、栄にあるアップルストアに電話をして、その店で買えばデータの移動もやってくれるかと尋ねたら、やはり自分でやるのだと言った。

 私は、IPHONE6sが発売されたら、電話サポートも込み合うだろうと予測をして、今のうちにデータの保存をしておこうと考えた。データの保存は以前にもやったことがあったが、とても難しくて覚えていなかった。それでアップルサポートに電話をしてその指示にしたがってやることにした。9月13日のことであった。

 サポートは懇切丁寧にやり方を教えてくれた。思った通り自分ではとてもやれないと思った。間違えないように以前に保存したのは削除しておいた。

 さて、auショップでは、10時に席についていろいろ説明を聞いて買ったのだが、機器を手にするまでに何と2時間もかかった。当初の予想では1時間ちょっとだろうと思っていたので驚いた。

 家に帰って12時45分ごろからまずデータの復元を始めた。最初に復元のマニュアルを読んで頭に入れた。IPHONE6sをパソコンにつないで、ityuneを起動した。「ファイル」→「デバイス」→「データの復元」→と進んだ。

 「新しい設定をしますか」というのと「復元をしますか」という選択がでたので、「復元」を選んだら何やら作業が始まった。はじめ20分ぐらいと出ていたのが何回か変わって10分ぐらいで終わった。

 IPHONEの方で調べたら保存してあったアプリケーションは何も入っていなかった。それでサポートに電話をした。意外にも電話はすぐにつながった。

 遠隔操作でやってもいいかと聞いたのでお願いした。ityuneを起動して、データの状態などを調べた後復元を開始した。36個のデータがみんな残っていた。

 ityuneの上のバーにあるリンゴマークが消えて緑色のバーが現れ進行を示していた。サポートの女性は最後まで行ってリンゴマークが現れたら終わりですと言って遠隔操作を終えた。

 それから30分ぐらいでリンゴマークが現れて終わった。その後はIPHONE6sの方で作業が始まり、10分余りで終わった。調べたらアプリなどデータはすべて復元されていた。

 今度はLINEを使えるようにしなければならない。ノートにパスワードなどをきちんと書いてなかったので正しいパスワードを見つけるのに手こずった。

 LINEの後は微信という中国のLINEのようなものを使えるようにしたがこれも少し手間取った。

 次にパソコンで受けたメールを見ることができる設定であったが、GoogleとCommufaは復元されていたのでよかった。

 携帯電話のメールを受けられるようにするのが大変であった。設定の「アカウント」から入ってやり始めたが、パスワードでつまずいてしまった。仕方がないのでauサポートに電話をして教えてもらったが、別のやり方であった。WiFiをオフにして4Gで操作をして結局プロファイルからauのアドレスを入れた。

 その他にもいくつかいじってIPHONE6sが何とか使えるようになったのは17時半ごろであった。5時間近くもかかったことになる。

 

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2015年10月 3日 (土)

Iphone6sを買ったけど、高いね

 IPHONE6sが9月25日に発売になった。予約はその前の19日の16時1分からであった。私はIPHONE5sを買って2年になるので新機種に買い替えることにした。

 9月19日はマジッククラブの例会があったが、早退をして八事イオンのauショップへ行った。この店はソフトバンクと向かい合いになっている。

 人がたくさんいたので待つことを覚悟していたら、なんと呼ばれたのは1番であった。待っていたのはソフトバンクの方だったようだ。

 電話機はIPHONE6sの64gを買うことに決めたが、実際の手に入れるのは10月1日にした。なぜなら9月に買うと分割払いの1月分を払わなければならないからだ。ちなみに6sからは7か月前から分割金を払うことなく次の機種を買えるようになった。

 以前にauから10000円分のクーポンが来ていた。それをもらうにはauウオレットに加入する必要があるということで、ウオレットに加入手続きをした。

 25日の前日に6sが確保できたと知らせが入ったが、10月1日までまたなければならなかった。その間にcommufaからクーポンをもらえるという通知が入った。電話をして聞いてみたら、5cから6sへの買い替えの場合は5000円分だと言った。こちらもウオレットが必要であった。

 いつもは早く時間が過ぎるのに10月1日まではずいぶん遅く感じた。やっと1日が来た。10時に予約をしてあったのでちょっと早めに行ったが時間通りの受付であった。

 これまでの5cは16200円で下取りをしてくれるということであった。ネットで調べたとき下取りに出すより買い取り店やネットオークションに出した方が高く売れると書いてあったが、面倒なので下取りにした。

 クーポンはどちらか有利な方を1枚しか使えないということでがっかりしたが仕方なかった。auの10000円の方を使った。

 その他に防護フィルムとケースを買うことにしたが、ケースが2360円、フィルムが2240円でもした。それでも安いのを選んでの話である。どうしてこんなに高いのだろうと思った。

 機種代が税別107800円なので付属品とで112524円出合った。下取り、クーポンなどが27000円で、代金は85524円となり、毎月3563円の機種代となった。それにパケット代やLTE代や保険などが加わるので月々8414円+通話料となる。

 commufaのスマートヴァリューが3年目からは500円ほど少なくなり1000円ほどになるので毎月の支払いがその分現行より多くなるのだ。5cの時は6900円前後であったが、これからは8700円ぐらいになるだろうと予想している。

 IPHONE6sは随分高いということを実感させられた。買ったのはゴールド。

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2015年10月 2日 (金)

昭和男爵コーラスとスイートポテトのコンサート

 10月17日(土)、18日(日)に昭和生涯学習センターまつりが開催される。生涯教育センターで学習活動をしているクラブが参加して発表会や展示会などを行うのだ。

  我が昭和男爵コーラスは創立以来毎年参加している。今年は17日(土)の午前11時から昭和生涯学習センター3階の視聴覚室でコンサートを開くが、例年のように女声コーラスの老舗のスイートポテトと一緒に行う。

  スイートポテトは10時半から11時までで昭和男爵コーラスは11時から11時半までの予定である。

  昭和男爵コーラスも創立8年となり、指導の先生方のお力で少しずつ進歩をしてきた。何しろ最初は全くの素人の集まりだったのだ。

  この8年の間メンバーの出入りは何度もあった。もともと50歳以上を対象とした男声コーラスの勉強会から出発したので、平均年齢も上がって行くのは仕方がない。

  亡くなった人、病気で離れた人、介護で離れた人など様々であるが、新しい参加者もあって続けている。

  今年は次の4曲を演奏することになっている。

  ①山の彼方に

  ②いつでも夢を

  ③昴

  ④煌めく星座

  どれもいい歌ばかりだが、私が好きなのは「昴」と「いつでも夢を」である。今一生懸命練習をしている。きっと楽しんでいただけると思っている。

  指揮は加藤佳代子先生、伴奏は冨田美代先生である。

 なお、11月26日(木)14時半ごろから、東別院のイーヴネットなごや(旧女性会館)で出演することになっている。この日の指揮は大久保先生、ピアノ大森先生と二人とも男性である。

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2015年10月 1日 (木)

安保法成立で感じる不安

 参議院特別委員会の大混乱の中の採決は私は認めない立場だが、安保関連法案は成立したことになっている。

  安保法が施行されるのは来年早々だと言われるが、それに向けて自衛隊を含めて着々準備がされているようだ。

  新聞によると、すでに行っているスーダンへのPKOで、駆けつけ警護も行われるという。そうなると当然どこかで発砲という事態が生じるであろう。

  私が不安に感じるのは、いったい誰が銃の最初の引き金を引くかということと誰が最初の戦死者になるかということである。

  銃を撃てばきっと相手の誰かが死ぬであろうし、相手に撃たれれば誰かが戦死となる。その第1号は誰になるのだろう?

  もしそういう事態になれば、戦後初めての発砲は大ニュースになるであろう。また戦後初の戦死者が出ればこれも英雄扱いになるかもしれない。

  第一号の戦死者には安倍首相自身が葬儀に行くのだろうか。もし発砲をして相手を殺したらどんな声明を発表するのだろうか。

  もう一つの不安は、サンデーモーニングのコメンテーターによると、IS(イスラム国)が「日本の一般市民に加えて在外公館を攻撃する」と警告したそうだ。

  安保法成立によって早くも危惧されていたことが現実となったのだ。東京の山手線かどこかの鉄道で自爆テロなどが行うことはテロリストには容易であろうと思われる。日本でテロが行われたら世界中を駆け巡る大ニュースとなるに違いない。これまで平和で安全だと考えられてきた日本だからだ。

 安倍首相は「国民の命と安全をより一層強固に守るために」安保法を作るのだと何度も繰り返したが、それが覆される日が近いように思うのだそれが第2の不安である。

 サンデーモーニングの岸井コメンテーターは、「参議院選挙で安保反対派が多数を取れば安保法を執行停止にできる」と指摘していた。もしそれが可能なら「安保法反対」の1点で野党が共闘して、来年の参議院議員選挙で自民・公明・次世代など安保賛成派を引きずりおろしてほしい。SEALDsなどはそのために活動を続けると言っている。共産党も1点共闘を呼び掛けている。

不幸な犠牲者をださないために、戦後70年続いた平和ブランドを取り戻すためにみんなが行動することが大事なときである。

 

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