«  日本では見られないフランス紙の記事―参考になる―② | トップページ | 創価学会員の中にも安保法制反対の動きが »

2015年7月31日 (金)

 日本では見られないフランス紙の記事―参考になるー③―

安倍晋三は1997年に国会議員になると同時に 「日本会議」に、次いで日本会議を支持する議員団体に加入する。 「当時彼らは、保守のジミントーでも周辺的だった」と、中野晃一は言う。 「20年近く経った今日、彼らはジミントーと内閣を席巻している。そして日本会議は、国会の40%に相当する、289人の議員を集めている」 

 彼らのスローガンとは? 戦後の日本、「アメリカに押し付けられた」制度と生活様式から決別することだ。 彼らは、「勝者の正義」、戦争犯罪人を裁いた東京裁判の正当性を認めない。 彼らは歴史を自らの味付け、敗者の歴史を書き直したがっている。 日本帝国はアジアの民衆を「解放した」と声高らかに断言したい。 1038年の日本軍による南京大虐殺は作り事であり、 民間人に変装した数百人の中国兵が死亡しただけだと 主張する。

 日本会議の歴史修正主義者らは、 「慰安婦」は勇敢な日本兵を慰めて月末に手取りを増やして喜ぶ、単なる自発的な売春婦だったと断言する。

CHANGER LES LIVRES D'HISTOIRE   (歴史書を変えること)

日本会議の目的は、歴史書を書き換えることだ。 中学校の教科書は、歴史学者の視点と同じく論争中の問題に関して「政府の公式の立場」を言及しなければならなくなる。 「別の言い方をすれば、歴史修正主義のぱっとしない教師が、南京で民間人の死者はなかったと断言すれば、それが我々の子どもたちの教科書に書き込まれることになる」、と政治学者の中野晃一は説明する。 教育に関して、日本会議は「愛国」教育への回帰を熱望する。 彼らの夢は、1890年代の帝国時代の法 天皇への全面的な服従 にできるだけ早く近づくことだ。 

 これで全てではない。「アメリカの圧力下で」採択された、1947年の平和憲法を、日本会議は根本的に変えようとしている。 その最初の標的は、第9条だ。 この中で日本は「戦争を、永久に放棄」している。

 国粋主義者は世界のどこでも(派兵でき)、そして「自衛力」だけではない軍隊を望んでいる。 「安倍と日本会議にとって、第9条の廃止は決定的に重大だ。なぜならこの条文が軍国日本との決別を意味している からだ」
 運動は既に進行中だ。 昨年7月、政府は初めて、「自衛隊」が日本の国土を離れて同盟国を助けることを憲法9条が認めていると断言して、同条の解釈を変更した。 それが最初の突破口だ。 日本会議は他の条文、最初に婚姻における男女の平等に関する第24条と決別するために、そこに殺到しようとしている。 彼らにとってもちろん、夫は全ての領域で配偶者を支配しなければならない。 彼らはまた、戦前の風習に戻ることを望んでいる。 学校では、まず男子、次いで女子の五十音順で点呼されること 

 戦後の裁判で裁かれた戦争犯罪人を含む、死亡した兵士が祀られる、靖国神社に国家が関わることを邪魔する、宗教と国家の分離に関する16条も廃止することを目指す。 最後に、明らかに、日本会議は天皇が、日本の政治の中心に戻ることを望んでいる。

 安倍とそのお友だちの反動主義者は、どこまで行くことができるだろうか? 日本の誰もが、第二次世界大戦終結70周年記念の8月15日に首相が発するに違いない声明を待っている。 前任者と、どの位まで距離を置くことになるだろうか?

 「ホワイトハウスは、地域の他の同盟国を失う恐れがあるため、余りにも反動主義の臭いがすることは受け入れられない。」 

 安倍の目的は、2016年7月の参院選を利用して、国会で憲法を変えるために必要な圧倒的多数を得ることだ。 それができるだろうか?  「日本会議はエリートの運動だ」、中野晃一は 「大多数の国民は、その思想の大部分に反対している。 しかし受身的な国民性のため、 アベノミクスが上手く行っていれば、国民は されるがままになりかねない。」 と言う。

 今のところ 思いがけない人物が これに対する抵抗勢力となっている。 それは81歳の天皇、明仁だ。 さる1月、新年の祝辞に際して、天皇は暗に、 歴史の反動的な解釈に反対であることを示した。 2月、長男である皇太子、55歳の徳仁殿下はさらに雄弁だった。 極めて稀な記者会見の席で、皇太子殿下は、戦争の歴史が「正しく伝えられる」ことを望んだ。
皇室は今や、日本の自由民主主義の最も優れた盾となっている。
 

|

«  日本では見られないフランス紙の記事―参考になる―② | トップページ | 創価学会員の中にも安保法制反対の動きが »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

フランスの新聞が日本会議と安倍政権について詳細に取り上げたということはさすがフランスと言いたいです。日本ではこれほど書いた新聞は知りません。

投稿: らら | 2015年7月31日 (金) 09時56分

このような歴史観はもともと自民党内では連綿と引き継がれた考え方であった。我々世代の記憶に新しい「青嵐会」はまさにその流れをくんでいた。ただし、その頃の自民党にはこの流れをよしとしないリベラルな人達が多くいて、実際の政権のかじ取りは
リベラル派が握っていたのだ。色々批判があるものの田中政権、大平政権はその典型であった。問題は犬の遠吠えであった自民党の極右集団が、時に乗じて表舞台に飛び出し、政権を握ったことである。このあたりはナチス政権の出現と重ね合わせる見方も
かなりの説得力はある。ときあたかも磯崎総理補佐官の暴言が問題になっているが、これは暴言ではなく、仲間内では極めて常識的な考え方であることを
知っておくべきである。

投稿: toshi | 2015年7月31日 (金) 08時27分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です:  日本では見られないフランス紙の記事―参考になるー③―:

«  日本では見られないフランス紙の記事―参考になる―② | トップページ | 創価学会員の中にも安保法制反対の動きが »