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2015年7月15日 (水)

岩手県矢巾町の中二自殺に思うー自殺に追いやったのは誰か

 岩手県矢巾町の中二の生徒が、鉄道自殺をしたとみられる事件は、事前にいじめを受けていることや死ぬかもしれないということを、生活記録に書いてあったにも拘らず、止めることができなかった大変痛ましい事件であった。

 担任との間で交換される「生活記録」は、生徒の考えや気持ちを知る大変よい手段だと評価できる。ところが今回は、それがまったく機能しなかったことに問題の核心がある。

 Yahooニュースには、生徒の生活記録の抜粋が載っている。

 死ぬ9日前の6月29日。「ぼくはいつ消えるかわかりません。ですが、先生からたくさん希望をもらいました。感謝しています。もう少しがんばってみます。ただ、もう市ぬ場所は決まっているんですけどね。まあいいか」

 「いつ消えるかわかりません。」「市ぬ場所はきまっている」とはっきり書いているのだ。死ぬことを冗談でほのめかしているのでは決してない。

 「まあいいか」には相談してもどうにもならない諦めが含まれている。単なる冗談ポイ表現ではないのだ。冗談めかして諦めを述べていることに気付くべきである。

 「先生にたくさんの希望をもらいました。感謝しています。」と書いてあるが、これまでにどんな希望を与えたのだろうか。担任は嬉しく感じたのであろうか。

 これにたいする担任のコメントは、「明日からの研修たのしみましょうね」だけである。7月1日からの秋田県仙北市での1泊2日の宿泊研修の前日であったのだ。

 担任は村松君の文面に二重丸をつけている。「死ぬ」と言っているのに何とも能天気な対応である。丸をつけて評価するような、のんびりした事態ではないのだ。

 いじめや暴力について、5月13日の生活記録には、「ぼくだってがんばってるのにぜんぜん気にしないし、づっと暴力、づっとずっとずっと悪口。やめてといってもやめないし、もう学校やすみたい。そろそろ休みたい氏(死)にたい」と書いている。

 中学2年になってまだ1か月余である。いじめや暴力をいつから受けていたのか。「づっと、ずっとずっと・・」と書いているから非常に長期間であることをうかがわせる。そしてこの時すでに「氏(死)にたい」と書いているのだ。この生徒はいじめに対し「やめてほしいと懇願し続けたのだ。それでも隠れたところで執拗に繰り返されるのがいじめなのだ。

 これに対する担任のコメントは、「いろいろと言われたのですね。全体にも言おうと思います。失敗した人を責めないように」である。

 何とも軽い受け止め方である。「いろいろといわれたのですね」で済ます問題ではないことが分からないのだろうっか。「全体に言おうと思います」というのは、おそらくクラスのみんなの対して一般的に「暴力やいじめはいけませんよ」ということであったろうと推察される。分からないのは「失敗した人を責めないようにね」である。何を言いたいのであろう。

 この時点で学年や学校の教員全体の問題として取り上げているべきてある。由々しきことは、この学校では、教育委員会へ「いじめはない」と報告していることである。この学校では、それまでアンケートでいじめを調べていたが今年度は実施していなかった。いじめゼロだから必要なしとしていたのであろう。

 しかしアンケートがあろうとなかろうと、現実に生徒が暴力やいじめを受け続けていると書いているのだ。担任も学校も真剣に受け止めるべきであった。

 担任が生活記録を学年の先生に見せ、「こんなことを書いていますがどう思われます?」ぐらいの相談はするのが普通である。そして教務主任や生活指導主任にも相談し、学校の問題にできたはずなのである。

 私は5月13日の対応ミスがなければ、この生徒を救えていたと思う。その後も何度か救うチャンスを逃している。母親や非常に残念だとの長いコメントを出している。肉親は悔やんでも悔やみきれないであろう。

 いじめや暴力が全国であり、それを苦にしての自殺も続いている。学校はどんな些細な情報もしっかりと受け止めて真剣に処理をして欲しい。

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