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2015年2月 1日 (日)

2015オーストラリア旅行―①―

 シドニーに住むエマの招きでオーストラリア旅行に出かけた。最初に声を掛けられたのは昨年の9月頃であった。今回はゴールドコーストまでレンタカーでドライブするということであった。私は東海岸には行ったことがなかったので非常に魅力を感じた。しばらく考えた末行くことに決めた。

  10月に格安航空券を探し、結局HISを通して大韓航空で行くことにした。キャセイ航空も魅力的であったが、最安の大韓航空にした。113220円(すべて込み、往復)であった。

  1月に入ってレンタルWI-FIルーターの格安キャンペーンを申し込んだ。予備電源共で1日約1000円であった。

  70歳以上は海外旅行の保険を受け入れてくれるのは、損保ジャパンだけである。それで直前に申し込んだが3800円程度であった。

  オーストラリアは夏なので夏のシャツや下着や靴下を8日分用意をした。結果的には、パンツと上着のシャツと半ズボンで過ごしたので、肌着は無用であった。

  オーストラリアに向けて中部空港を出発したのは、1月14日11時50分。まず韓国の仁川空港へ向かった。約2時間のフライトであった。

  仁川空港での乗り継ぎには5時間の待ちであった。5時間をどう過ごすか思案したが、とりあえずあの大きな空港の中を歩いてみることにした。

  歩いていると、中にトラムが走っているところがあったので驚いた。時間つぶしに乗ってみようかと思ったが、次々と中国人が降りてくるのでやめにした。どうやら中国行のGateへ行くらしかった。

  中国と言えば、仁川空港の中の表記は、韓国語と英語以外は中国語で、どこにも日本語はなかった。日本の空港では、韓国語表記をしているのとは大違いであった。それから見ても中国人で韓国に訪れる人が如何に多いかが想像できた。実際歩いている客も中国人が圧倒的に多かった。

  そのうちに無料のネットを利用できる場所があることが分かりそこへ行った。パソコンが5台ほど置いてあった。Wi-Fiは使えるのでiphoneで接続をした。

  近くに休憩所があり休んでいる人がいたので、私もしばらく転寝をすることにした。有料のラウンジがあったのでいくらか尋ねたら、39ドルと言ったのでやめた。そしてしばらく歩きまわったが、韓国ウオンを持ってないし日本円も細かいのは持ってなかったのでどうしようもなかった。

  また、ネットのできるところへ戻ってそこにある体をもむ機械を使うことにした。使い方の戸惑っていたら、隣のご婦人が声を掛けてくれた。日本人であった。

  それがきっかけで体を揉みながら時間を過ごすことにした。その女性はツアーでドバイに行ってきた帰りで、やはり待ち時間が5時間以上あるのだと話した。気さくな方であった。札幌へ戻るのだと言っていた。

 時間があるので、持っていた簡単な手品を見せたら驚いていた。手品のタネを2つ上げたら喜んでいた。

 その人は仲間のところへ戻って行ったが、まだ出発の7時までには2時間ほどあった。5時間待つというのは長いとつくづく感じた。空港の中の店はたくさんあっても興味がないので覗く気にはならなかった。仕方がないので、Gateの待合室に行って待つことにした。

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                   Sydney Suthernlandの入り江

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                  Sydney市中行きの鉄道が通っている

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コメント

 住みたい国のNO.1がマレーシアだそうです。毎年よいところに行かれていいですね。

無事にお帰り、何よりでした。私は1月13日に日本を発ち今、11回目のクアラルンプール滞在中です。熱気に満ち、喧騒なこの街の雰囲気が何故か気に入っています。世界の縮図を感じることができるからです。日本は世界の例外的?存在と思えてしまいます。それはともかく昼間は真夏ですが夕方になると決まってシャワーがあり、涼風がふきとても心地よい陽気です。
マレーシアは大きな飛行機事故が続き、国のイメージは大きく損ないマレーシア航空は事実上国営化を余儀なくされています。それでも街は夜遅くまで活気に満ちて人々は逞しく生きています。

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