« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月30日 (火)

おかしな夢を見た

 昨夜は朝方3時ごろにトイレに行って、その後なかなか寝付かれなかった。1時間ぐらい布団の中で体位を替えたりして寝るのに苦労した。その内寝てしまったようだ。

 

 その間に長いおかしな夢を見た。おかしな夢というが、夢はいつもつじつまが合わない荒唐無稽なものではあるが。

 

 私は毎晩必ず夢を見るのだが、目が覚めると大抵は忘れてしまっている。しかし、今回の夢はかなり覚えていた。

 

 どこかの小学校に行ったのだが何故行ったのかははっきりしない。大変大きな小学校で木造の校舎だが、とても古くてあちこちで腰板などが外れかかっているという状態である。廊下は勿論板葺でつるつると光っているが、かなりすり減っていた。

 

 校舎の中を歩いていると小便がしたくなったので、便所を探すのだがどこにも見当たらない。大体学校には便所が各所にあるはずなのにいくら探してもないのだ。

 

 探していたらメガネを掛けた中年の先生にあったので、便所を尋ねたら一緒に探してくれたのだ。校舎の二階とか突き当りとかを一緒に探した。なぜか教室には児童の姿がなかった。休日ではないのにである。ただ、一度中学年の子どもたちの声が聞こえたのを覚えている。

 

 先生と歩き回っていたら、中庭の向こうに職員室が見え、3人ほどの先生の姿があった。「そうだ。職員便所が近くにあるに違いない」と思って、一緒にいた先生をほっておいて職員便所に行くと、若い女の先生がいた。何だ女性便所かとがっかりし、男性便所はどこか尋ねたら、向こうの方だと指さした。

 

 ふつう男女の便所は同じ場所にあるはずなのに変だと思いながら、探して行った。外に出たら斜面に校舎が立っていた。辺り一面に草が生えている斜面を上がって行き、校舎に入った。しかし、そこにも便所がなく、小便をしたくてもできない。そうだ草むらですればよいのだと思ったところで突然目が覚めたのだ。

 

 確かに小便はしたかったが、大きな学校の中を歩き回ったのは夢の中であったことが分かった。

 

 私は、小便や大便をしたくて便所を探す夢をこれまでにも何度か見たことがある。ある時は大量の小便を延々とする夢とか、あるときは大便を草原でした夢とか、状況は便所を探して回るのだ。ただ不思議なのは夢の中で小便をしても大便で服を汚しても目が覚めると別に何も起きていないことである。

 

 今回の夢はよく覚えたいるのでblogに記録したのだ。フロイト的にいうと夢は何かの心理状態を表しているらしいのだが、私には見当もつかない。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年9月29日 (月)

楽しかった「第12回ミュージックベル フェスチバル」

 先日、お弁当箱の集会所で「第12回ミュージックベル フェスチバル」のチラシを貰った。お弁当箱グループの中に「ミュージックベル」もあるのでチラシが回ってきたのだと思われる。

  以前松栄小学校の特活室でミュージックベルの素晴らしい演奏を聞いたことがあるので、きっとそういうレベルのグループが集まってコンサートをするのだと思った。

  フェスチバルは、名古屋市女性会館大ホールで、9月28日の午後1時から開催された。私はこのコンサートを聴くのは初めてであった。それまではどこからも案内が入らなかったので知らなかったのだ。12時40分開場のところを12時15分ぐらいに行ったら4人目であった。出演は5グループで、それぞれのグループが持ち味を発揮しての演奏をした。

  1番は、「ミュージックサークル アンダンテ」で6人のグループだった。知立市のグループで16年のキャリアがあるとのこと。

  ブラジル Fly Me To The Moon、 イパネマの娘、きゃりーぱみゅぱみゅメドレーを約20分間演奏した。それぞれの人が20以上のベルを担当して演奏した。息のあった素晴らしい演奏であった。

  2番は、「ベル フォー」で元は4人だったのだ3人になったそうだ。2001年結成だという。

  千本桜、SEET MEMORIES、ルージュの伝言、いとしのエリーの4曲を演奏した。まとまりのある素晴らしい演奏であった。

  3番は、「Twinkle」グループで、3人のグループだがピアノが加わってコラボをした。今人気のLet It Go,春の海、UFO,上を向いて歩こうを演奏したが、UFOではカップラーメンのUFOを取り出すなど楽しく見せる工夫があり、曲目のジャンルの幅が広く音量のある素晴らし演奏であった。春の海が特によかった。

 この後体験コーナーがあり、色分けしたベルが希望者に配られて、舞台の上に色の団扇をもって立った人の指示で鳴らすという趣向であった。曲目は「聖者の行進」の一部でOh when the saint go marcing in・・・」の部分であった。この部分はドからソまでで演奏できるのだということを初めて知った。

 私もこの歳になって初めてベルに触った。ミのベルであった。団扇の合図で楽しく演奏でき、よいアイディアだと感心した。

 4番目は、「Liberty Bell」グループで1999年にPTA活動から誕生したのだという。 曲目は、

 4つの小さな夢の歌より「春~5月の夢の歌」、G線上のアリア、主よ人の望みの喜びよ、春のうたメドレーで、オーソドックスな演奏スタイルだという。バッハを2つも取り上げたが、低音部にベルを加えて教会の響きを出したとか。

  5番目は「Marble」グループで、2008年に結成したというが、全て暗譜で演奏し、しかもリズミカルな演奏で素晴らしかった。

  ミッキーマウスマーチ、クシコスポスト、情熱大陸、L-O-V-E、これらの中でクシコスポストはテンポの速い曲なのでベルの交換が大変そうであった。

  350名収容の会場は空席も目立ったが、せっかくの楽しい演奏なので会場を埋めるぐらいの聴衆があるとよいのにと思った。

  残念だったのは、会場右上の席で小さい子が絶えず母親になにかを訴えて声を出していたことである。我慢できないような幼児を連れてくる親のマナーを疑う。その他物音が頻繁にしていたし、歩き回っていた幼児も見られた。若い親はコンサートのマナーをどう思っているのであろうが。こういう親はきっとモンスターペアレントになるに違いないと思う。

  出演の各グループは、それぞれボランティア活動をしており、Liberty Bellのように年間100回以上の演奏ボランティアをしているグループもあり感心した。

  ※写真は演奏順

Cimg8989

Cimg8990


Cimg8994


Cimg8995


Cimg8996


Cimg8997


 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月28日 (日)

花子とアンが終わって寂しき秋となりにけり

 毎朝楽しみに見て来たNHKの朝の連続小説「花子とアン」がついに終わった。退職後は連続テレビ小説を毎朝見るのを楽しみにしてきたが、これまで見て来た中で「ゲゲゲの女房」も面白かったが、「花子とアン」はそれよりもよかった。視聴率がいつも%前後あったのもうなずけるものであった。

  吉高百合子の花子は、容貌といい演技といい村岡花子にぴったりであった。夫役を務めた鈴木亮平もよい人柄と雰囲気を出していた。

  花子の両親や祖父を演じた人たち、花子の学校の先生たちなどもよかった。連子を演じて人気が出た仲間由紀恵やその主人を演じて人気が出た俳優も味があった。

  振り返ってみると、中園ミホの脚本が非常に巧みに構成されていた。テンポが速いし、大事なところをピックアップして視聴者が引き込まれるように作ってあった。戦争の時代もこれまでの連続小説とは異なった視点から描いており、戦争について考えさせるものになっていた。

   私が「赤毛のアン」を知ったのは映画が最初であったと思うのだが定かではない。私の教室にも学級文庫に児童向けの「赤毛のアン」を置いた。

  10年ぐらい前にカナダ人の知人を訪ねてノーヴァスコーシアへ行ったとき、その人の家がプリンスエドワード島を望む海岸にあった。プリンスエドワード島は扁平な島でまるで水平線のように見えていた。

  私はアンの緑の切妻屋根の家を見たいと思い知人に案内してもらった。広い芝生や木々や花がいっっぱいのとても素敵な所にああった。そこを訪ねたのはとてもよい思いでとなっている。毎朝タイトル画面に出てくる切妻屋根の家を見て思い出していた。

   ドラマは村岡花子の伝記ではなく、創作部分が多いのは分かっていたが、それでも実際の村岡花子もこんな人であったのだろうと思って見ていた。

  これからは吉高の花子が見られないと思うと淋しくてならない。

 

Cimg0334
Cimg0323


Cimg0338


Cimg0354


Cimg0341


Cimg0030

                  プリンスエドワード島を遠望する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月27日 (土)

国語世論調査を見て

 25日の朝刊に「国語世論調査」の記事が出ていた。文化庁が今年3月に、2013年度の国語世論調査というのを実施したのだという。対象は16歳以上の男女で回答は2028人だった。

 名詞や外来語に「る」や「する」をつけて動詞にする言い方を調べた結果であった。それによると、よく知られているのは「チンする」で、使うことがあると答えた人は90.4%であった。この使い方は、テレビの番組でもよく使われるし、完全に現代日本語になっている。

 日本語教室で今教えている学習者に「日本では電子レンジで温めることを『チンする』という」と教えたことがある。短くて分かりやすいよい表現だと思う。

 「サボる」は昔から使われている。学校でも「こら、掃除をサボるな」「宿題をサボるな」のようによく使われていた。

 「お茶する」は我々高齢の男性は使わないと思うが、若い女性はよく使うし、高齢の女性でも使うようだ。いつのころからか女性に使われ出したようだ。

 「事故る」はかなり前に聞いたとき、「えっつ、そんな言い方があるのか?」と驚いたものだ。「事故」に「る」をつけて動詞化するのは巧みではあるが。

 「パニクる」も最初は変な感じがしたが、今では慣れてしまった。「愚痴る」は自然に使える違和感がない表現だと思う。

「告る」(告白する)はどう発音するのか、コクルだろうか。初めて知った。「タクる」も初めて知ったがタクシー利用だとか。「ディスる」はけなすという意味だそうだが、英語のdisrespectectから生まれた表現だそうだ。いったい誰が言いだしたのかとおもうが若い人だけが使っているらしい。最後の3つは聞いただけでは意の見当がつかない。隠語みたいに聞こえる。

 日本語は「する」を名詞につけて動詞化するのは簡単だし、そのように使われている例は枚挙にいとまがない。便利といえば便利な点である。

その他に、慣用句の使い方についても調べたそうで、慣用句本来の意味からずれてしまっているのが面白い。

 「世間ずれ」は「世の中の考えからはずれている」という意味に取っている人が55.2%もいるというので驚いた。

「まんじりともせず」を「じっと動かないで」だと思っている人が51.5%もいるのも驚きだが、この言葉はあまり使われなくなったのかもしれない。

 「煮詰まる」が「(議論が行き詰まり)結論が出ない状態」と解釈している人が40%もいる。

 以前「情けは人のためならず」を文字通り「情けを掛けた相手の人のためにならない」と取る人が多いと評判になったが、こうした調査結果を見ると、時代とともに言葉が変わって行く様子が窺えて面白い。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月26日 (金)

集団的自衛権行使の法整備ができたら

 イスラム国が勢力を伸ばしているので8月8日からアメリカはイラクへ内のイスラム国への空爆を始めて、最近はシリア国内のイスラム国勢力のいる地域への空爆にも踏み切った。

 

 オバマ大統領は、「自衛権」の発動だと国連に伝えた。アメリカの空爆についてはシリア政府も暗黙の了解を与えているという。サウジアラビアなどのアラブ諸国の中にも共同歩調を取る国がある。

 

 日本は安倍首相が「事態の深刻化を食い止める措置として理解している」と語った。それ以前に安倍首相はイスラム国との米国などによる戦いには「支持」を表明していた。

 

 外務省は「政府は『支持』と『理解』の言葉を明確に使い分ける」と話しているという。しかし、新聞を見る限りどう違うのかが分からない。多分「支持」の方が「理解」より強いのであろうと推察する。

 

  安倍政権は7月1日に集団的自衛権行使容認の閣議決定をした。統一地方選挙後には関連法案を整備する。統一地方選挙に影響がでないようにという姑息な判断である。

 

 それはともかくとして、米国が集団的自衛権だと言っているのだから、自衛隊も参加を要請されたら断れないのではないかと思う。

 

  安倍首相は、「難民支援や周辺国への人道支援など、軍事的貢献でない形で出来る限りの支援を行っていく」と述べたそうだが、法整備がされていいない現時点ではそれで通るかもしれないが、法整備後はON THE BOOTと言われればこれまでのようにはいかないのではないかと危惧する。

 

 菅官房長官は、「こうしたケースで将来的に集団的自衛権を適用する可能性は『全くない』と強調したそうだが、現時点ではそう言っているが状況が変わるところっと変えるであろう。

 

 来春の関連法案の整備を何とかして阻止したいものである。閣議決定ということ自体が憲法違反なのだということを忘れてはならない。

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月25日 (木)

政府の完全な言論統制下のロシアに驚く

 朝日新聞9月23日の文化欄に掲載された「ロシア文化人 勇気の反論」という記事を読んで非常に驚いた。ロシア国内では、マスコミが政府の完全な統制下に置かれているということである。

 マスコミは強力な反ウクライナ宣伝をし、民衆の間には好戦的な気分とウクライナへの憎悪が広がっているという。宣伝のためにウクライナでの虐殺映像と偽ってチェチェンやシリアの写真が使われるなど、虚偽や歪曲の例は数えきれない。人心はそのようにして操作されているのだ。

 

  まるで戦前の大政翼賛下の日本みたいである。国民を煽り立てウクライナへの侵攻を正当化し、クリミヤ半島の併合を成し遂げたのだ。そしてなおウクライナ東部の併合を目論でいる。

 

  こうした状況下でも心ある少数派がウクライナへのロシアの強行政策に反対の声を上げているが、そういう人たちは「非国民」と呼ばれ攻撃されているというのだ。

 「非国民」・・・かつての日本がそうであった。「花子とアン」の蓮子の夫のように戦争に反対したものを「非国民」と呼び、大陸への侵略を東南アジアに戦争を広げて行ったのであった。ロシアは今そのような状況にあるようだ。

 

  ロシアで最も人気がある推理作家ボリス・アクーニンやロシアを代表する女性作家リュミドラ・ウリツカヤや国民的スターの歌手アンドレイ・マカレヴィッチなどが勇気を奮って社会の良心を代表し闘っているという。

 彼らに対して、ネットでは「国民の敵」とか「敵のスパイ」などといった罵倒が溢れていて、街角にも悪意ある戯画が大々的に掲げられているそうだ。

 

  言論や情報が完全に政府の統制下に置かれるとおそろしいことになることはロシアの例に見るまでもなく、戦前に日本人が経験したことである。

  戦前のような完全な言論統制になるとは考えにくいが、政府は読売、産経、NHKなどを通して世論の操作をするという指摘もある。情報に関心を持ち、理解する力をつけなければならない。

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月24日 (水)

インチョンアジア大会バトミントンで韓国のアンフェア

 韓国のインチョンで行われているアジア大会で、日本は数多くの金メダルを獲得しているが、金メダル候補の男子バトミントンは、韓国の汚いやり方で日本は負けてしまったと22日のNHKテレビが報じていた。

 21日の男子団体準々決勝戦で、第一試合田児賢一対孫完虎戦、日本は第1セットは韓国選手を圧倒したのだが、第2セット以降はエアコンの風に邪魔されてうまく戦えなかったというのだ。

 風は韓国の背後から吹き、韓国選手が打つと風に乗り強くなり、日本が打つと風に妨げられて思うような飛び方をしないのだそうだ。コートチェンジをしても風は韓国の背後から吹いたのだという。そのために日本は負けてしまったのだ。

  別のコートで戦っていた他の国の選手たちも、風が異常でやり難かったと言っているそうだ。これについて韓国選手は同じ条件で戦ったから問題ないと言っているそうだ。

  日本バトミントン協会は、この件について抗議するつもりはないと言っていた。目くじらをたてても仕方がないというのだ。

  しかし、エアコンの風向きや強さを自国に有利にして勝ちを収めるという手段は余りにも姑息であり、スポーツ精神に反する。韓国は対抗意識がとても強く、とにかく勝つことがすべてという傾向がある。

  アンフェアと言えば、ロシアでの冬のオリンピックでは、ロシアがアンフェアなジャッジをして韓国のキム・ヨナ選手が苦杯を喫した事件があった。

  正々堂々と戦うべきスポーツの世界で、未だにこのようなアンフェアが行われるのは残念でならない。2020年の東京オリンピックではこういうことが絶対に起きないように運営をしてもらいたいと思う。

  日本は「おもてなし」だけでなく、試合の運営も非常に公正であったと感謝されるようにしたいものである。

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月23日 (火)

古いパソコンの処分

 VistaというOSが出たばかりの時に買ったパソコンをリカバリーしたところ、今はVistaのサービスパック1がないことが分かった。サービスパック1がないのでサービスパック2にアップデートできない。そのためウイルスバスタークラウドが使えないことになった。

  以前にリカバリーをしたときには、サービスパック1にアップデートできたのでウイルスバスターも使うことができたのだ。XPのサポートが終了したことは知っていたが、Vistaもサービスパックが終了しているのは知らなかったので大変無駄な時間を費やした。

  仕方がないので処分することにした。たまたま大須の九十九電機に行ったら、買い取りセンターがあって可動品なら買い取ると書いてあった。店員が電話中で詳しい話を聞くことができず家に帰った。

  車にパソコンやデスプレイやプリンターなどを積んで大須に行った。買い取りセンターに持ち込んだら、15分ぐらい型式などを調べて、「ディスプレイ以外は買い取りできません」と言った。何でも年式が古いから可動品でも駄目だというのだ。無料での引き取りもできないと言った。

  ディスプレイは買い取れるが500円ぐらいだろうと言った。状態を詳しく調べるので30分ぐらいい必要だと言った。それで預けて一旦帰宅した。駐車料金が300円もかかった。

 帰宅してネットで調べたら、「無料で着払いで引き取る」というところが幾つかあることが分かった。パソコンとスキャナーを梱包してクロネコヤマトに来てもらい送った。引き取り会社によってクロネコヤマトとかゆうパックとか決められているのでクロネコにしたのだ。

  そのあと再び九十九電機に行ってディスプレイの査定を聞いたら、たった200円だと言った。駐車料金にもならないが仕方がないので売ることにした。値段が下がった理由は、ケーブルやマニュアルが不足していたことと汚れがあったことだった。

  パソコンなどを処分した話をパソコンに詳しい加藤さんに話したら、「古井の坂に無料で引き取るところがあるよ」と教えてくれた。プリンターはそこに持っていくつもりだ。

  引き取ったパソコンなどは希少金属があるのでそれを取り出して売って採算をとるようだ。なお、Vista装着のパソコンは買うときに処分代として数千円払っているそうだ。その分はいったい誰の儲けになるのだろう?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月22日 (月)

朝日失墜で「読売」が(政府広報)化という指摘

 ネットのニュースを見ていたら次のような見出しを見つけた。「『新聞は読売だけで十分』(政府高高官)朝日失墜で安倍政権と読売の世論統制加速?」という記事だ。

  それは私が昨日のblogで心配してたことを裏付ける内容であった。記事を一部引用する。

 「もう朝日新聞や毎日新聞は読む必要はありませんよ。新聞は、読売の一紙だけ読んでいれば十分」内閣官房高官が真顔でこう話す。

 9月11日の朝日新聞社長の誤報問題の謝罪と吉田調書記事の撤回により、朝日新聞は読者、国民の信頼低下を招いた。しかし事の本質はそれだけにとどまらない。安倍政権が新聞メディアの中で読売を特別扱いしていることの証左だと指摘している。

  「特別扱い」とはあ、読売に優先的に情報を提供している、ということだという。その裏付けに、米国務省関係者の言葉を引用している。

 「ここ最近の読売は、いうなれば『日本版人民日報』と化していいる。政府の公式見解を知りたければ読売を読めばいい、というのが各国情報関係者の一致した見方になっている。」

  安倍政権の中枢は情報コントロールに動いているとして、先の内閣官房高官の言を紹介している。

  「情報のコントロールがこちらの思惑通りに進めば、メディアの統制も可能になってくる。そして、メディア統制に成功すれば、世論形成もリードできるようになる」

  安倍政権は、メディアの統制も視野に入れているのだ。朝日新聞の失墜により、今これを叩いておけばとばかりに週刊誌等が躍起になっているのも理解できる。

 「読売新聞は、第1次安倍政権では批判的であったのが、第2次安倍政権でガラッと変わり完全に体制擁護となってしまった」と経済官庁幹部が言っていると述べている。

 安倍政権を批判してきた朝日新聞が、一連の誤報問題でメディアによる公権力の監視、さらに公平かつ多面的な報道を担保する観点からの朝日の役割に期待が持てなくなったと指摘している。まさに私が危惧したことと同じである。

  この記事を書いたのはジャーナリストの須田慎一郎氏である。最後にこう結んでいる。「対メディア戦略という点でも、安倍政権は向かうところ敵なしという状況になりつつある」と。

  Yahooニュースで産経新聞の配信から次の記事を見つけた。百田尚樹氏が福岡の「正論」懇話会で、朝日新聞問題の追及で大忙しだと言った後で、読売新聞の幹部と会って話したとき、読売は朝日新聞をやっつけるためにチラシまで作って徹底的にやっていると言ったそうだ。

  朝日新聞には今後は姿勢を正して本来のメディアの役割を弱めないでほしいし、毎日、東京新聞には引き続き頑張ってもらいたいと切に思う。

  このまま世論が政府の思う方向に統制されていくと戦前のような悪夢が再到来ということになるやもしれぬ。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年9月21日 (日)

朝日新聞誤報問題への執拗な攻撃を憂う

 朝日新聞が、従軍慰安婦問題と原発問題での誤報で適切な処理を誤り、すぐに事実を認め謝罪をしなかったので、大衆週刊誌から連続して特集記事にされて.執拗に攻撃されている。

  私は、朝日新聞が非をすぐに認めて謝罪をし改めなかったことについては非常に残念に思っている。歴史ある天下の公器として、またジャーナリズムに範をたるべき新聞として、厳正な報道をできなかったこと、それをすぐに正せなかったことにつてはジャーナリズムとしての姿勢を弾劾されても致し方ないと思う。

  しかし、日本の有名な大衆週刊誌4誌や毎週特集を組み、同じ出版社の月刊誌などもこぞって朝日新聞を悪の権化のように批判し、慰安婦問題では世界に恥をまき散らしたとか原発問題への朝日新聞の考え方までが間違いであると叩いている。

  これら週刊誌は以前から朝日新聞を叩く記事を書いており、まるで天敵のように罵っていた。そこへ今回の問題が持ち上ったのでここぞとばかりに攻撃を仕掛け、朝日新聞を潰してしまおうとしているようだ。

  日本の大手新聞は、読売、産経、日経が憲法改正や集団的自衛権行使や靖国参拝や原発再稼働については政府側であり、朝日、毎日、東京は批判的立場である。

  大衆週刊誌はいずれも読売や産経などをよしとしている。そして目の敵にしているのが朝日新聞である。

  安倍政権になって、世界からも右傾化したと見られ、高石氏や稲田氏のようにネオ・ナチとの関係をドイツから危惧されている人が重用されている。

  今回の週刊誌などの朝日に関する記事の取り上げ方について、田原総一朗氏さへ右傾化の中での出来事として危惧を表している。

  特定秘密保護法制定や集団的自衛権行使閣議決定などの経緯をみても、安倍政権は大急ぎで日本を戦争ができる国にしようとしている。それに批判的な報道をしてきた朝日新聞だからこそ徹底的に叩いてやろうということで躍起となっているのだ。

  私は朝日新聞がここで屈して物を言わなくなり、日本がさらに右傾化することを恐れる。これからもリベラルの立場を堅持して、軍国化阻止、原発問題などで政治を批判する気概を失わないで欲しい。

  週刊誌によると朝日新聞の購読者は今回の問題で大きく減少したというが、ここで攻撃に屈して批判精神をなくせばその時こそ読者は離れるであろう。

 

 

 

 

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年9月20日 (土)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―⑨―

 3日目の朝、駅へ行くバスは7時半だったので、早めの食事を用意してもらった。野沢から戸狩野沢駅まで行くのに、そのバスの次は9時近くで大変不便であった。しかも、乗る予定の列車を駅で40分ぐらい待たなければならないのだ。

 

 ところが駅に着くと長野行きの快速列車がすぐに来ることが分かった。それで駅で無駄な時間を過ごすことはなくなった。

 

 長野には予定より早くついた。長野駅は大掛かりな改装工事をしていた。新幹線が開通した関係らしかった。善光寺に行くので駅のロッカーを探した。荷物を預けて身軽にした。

 

 まず、トイレに行かなくてはならないので探したら公衆トイレが見つかった。ホテルの前にあったので、私がホテルのトイレの方がよいからそちらに行こうと言った。ホテルのトイレはシャワートイレで清潔であった。

 

 ホテルの近くにバス停があり、そこからバスが出ると思ったら、バスは駅前のロータリーにあるバス停からだと分かった。善光寺に行くには周回しているバスとそうでないバスがあって、周回しているバスは回る方向により遠回りになるようであった。

 

 1番のバス停で善光寺経由のバスに乗った。善光寺の門前町に近いところで降りて、そこから歩いて行った。道の両側には宿坊が並んでいた。そのうちに門前商店街に出たので店を見ながら歩いた。

 

 煎餅屋で試食販売をしていたのでそれにつられて試食をし、生姜煎餅を買った。「われせん」というのは値段が安かったのでそれにした。

 

 善光寺の山門には大きな仁王像があったのでDさんにその説明をした。善光寺の寺の内陣に入るのは有料なので外からお参りをした。以前来たときは中に入り裏の方にある仏像などを見たが今回は見なかった。

 

 境内をゆっくりと見て回った。モミジが少し色づいているのが見られた。寺の周りを回って正面に戻った。昼食を食べるため蕎麦屋を見て歩き、大丸という店に入り、800円のざるそばを食べた。Dさんがざるそばというのはどういうものかと前に尋ねたからだ。

 

 その後試飲ができるという、造り酒屋よしのやへ行った。いろいろと説明を聞きながら試飲をして、結局買わなければ悪い気がして、純米原酒「雲山」という酒を買った。720ml瓶1700円であった。

 

 善光寺へ来て改めて思ったのは、この寺1つで長野という街を支えているということだ。ウイークデーなのに観光客はひっきりなしで賑わっているし、人が集まれば商店も潤う。交通機関も儲かる。その存在の大きさは半端なものではない。

 

 駅まで戻ると時間があったので、またホテルに行きロビーで休憩をした。13時39分発の篠ノ井・中央線で松本には15時35分に着いた。そこでまた中央線の中津川行に乗りかえるのだがホームは別のところにあった。。でも途中にきれいなトイレがあってよかった。

 

 中津川まではDさんにカード手品を見せて暇つぶしをした。途中特急退避で30分も待たされた。中津川で中央線に名古屋行に乗り換え大曽根には19時半ごろに着いた。私はDさんの一人用の切符と交換して鶴舞まで乗ったので早く帰れて助かった。

 

 初めての青春18切符の旅であったがDさんやKさんたちと大変楽しい旅ができた。二人とも青春18切符の大ベテランであった。

 

Cimg8850

 

                          仁 王

Cimg8851
Cimg8854

                        善光寺境内

Cimg8869
                      試飲をする

Cimg8874

                       特急退避




                    

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月19日 (金)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―⑧―

 次は麻釜(おがま)を見に行こうと坂を下って行った。街の人にどこにあるか尋ねたらすぐそこだと指さした。行ってみると「麻釜の湯」としてあった。「麻釜」は併設されていると思って探したが見当たらなかった。通りかかった人に尋ねたら、坂を上がったところにあると言った。

  Kさんは、ここでも待っていると言ったので、Dさんと二人で見に行った。坂を登って行くと、途中に「ふるさとの湯」というのがあったが、そこは個人経営らしく、有料であった。

  坂を登り切ったところに「麻釜」があった。「麻釜」というのは源泉で、温度が違う湯(釜)が幾つか作ってあって、そこで村の人たちが茹でることができるのだ。村人以外は入ることができないと書いてあった。人は誰もいなかった。

  最高温度の釜は100度近く、90度とか80度とか低いところでも57度もあると説明がしてあった。上の方に温度が高いところがあり、湯気がもうもうと出ていた。近くの店の人が、ここで茹でるとおいしいと言っていた。

  近くの商店を覗いたら、あのワサビふりかけを何と220円で売っていた。「松本城では650円で売っていた」と話したら、「ものすごく儲けるね。500円でいいよ」と言ったが、すでに買ってあったので買わなかった。

  分かったことだが、「大湯」から坂を下らずに横道に入ればよかったのだ。「麻釜」の後、別の道を取って歩いたら見晴らしのよいところに出た。どうやら野沢で一番眺望のよいところのようであった。足湯につかりながら景色を眺めるようになっていたので、Dさんは足湯につかった。それから行きとは違う坂を下ってKさんが待っている「麻釜の湯」まで戻った。

  まだ見ていない外湯があったが、6時から食事をして、7時からの湯沢祭りのリハーサルを見に行くのでホテルに戻ることにした。ホテルまでは地図で見ると真っ直ぐであった。野沢で一番広い道路でバスの路線になっていた。

  ホテルに着くと1時間ほど休憩をしてDさんとKさんは、宅急便で送るものをパッキングした。着払いでホテルで受け付けてくれるのだ。この宅急便は次の朝出してその次の午前中に届いたのでびっくりしていた。

  6時からの夕食のとき、Kさんはミョウガをいっぱい持って、来て食べたいから細かくしてほしいと頼んだ。それを鍋やみそ汁などに入れてたっぷり食べた。ホテルの人にミョウガを手に入れた話をしたら、「野沢ではミョウガが山ほど獲れるので土地の人たちは大きな瓶に入れて、醤油を入れ青唐辛子を1/3ぐらい加えてしばらく置き食べる」と言った。とてもおいしく食べられるそうだ。

  食事が済むとすぐにリハーサルを見に出かけた。バス通りを歩いて行くと太鼓と笛の音が聞こえてきた。丁度広場に行列がついたところであった。リハーサルは子どもたちの踊りだけであった。ビデオで見た笠をかぶった大人の踊りは見られなかったので残念であった。

 ホテルに戻ると、「中尾の湯」へ入りに行った。この外湯は2番目に大きく、しかも志の必要がない無料であった。

  私は野沢は初めてであったが、1日ゆっくりと歩いて周りのんびりと楽しむことができた。熱い外湯ときれいでおいしい豊富な水、そして込み入った狭い道と宿とホスピタリティの街であった。 

Sam_4133
                       麻釜入口

Sam_4135
                       麻 釜

Sam_4137

Sam_4145

                      子どもの踊り





| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月18日 (木)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―⑦―

 秋葉神社を見た後、湯沢神社まで行くことにした。湯沢神社は絵地図で見ると北東の端にある。遠そうに見えるが歩いてみるとそうでもなかった。

  途中、松葉の湯を覗いて、坂を下って行ったら繁華街みたいなところに出た。両側に店が並んでいた。地図には銀座みたいなところだと書いてある。その終点近くに「大湯」があった。野沢の外湯のシンボル的な存在だという。

  「大湯」は後で見ることにして、急な坂を登って湯沢神社に行った。急な石段を登った。Kさんは登るのは嫌だから下で待っていると言った。湯沢神社は「郷社」としてあったが、なかなか風情がある神社だ。ここで9日に祭りが行われるのだ。

  その隣に大きな建物があったのでお寺だと思った。神社の人に聞いたらやはりお寺であった。Dさんはしきりに写真を撮っていた。お寺の門から下におりた。下に「野沢菜発祥の地」という石碑が立っていた。そこで待っていたKさんとおちあい急な坂を下って「大湯」のところに戻った。

  「大湯」は名前の通り大きいが、造りは他の外湯とよく似ていて、衣服棚、靴棚が湯槽の傍にあった。湯船は特別熱い湯と熱い湯であった。洗い場は狭く、驚いたことに足を載せると熱くて我慢が出来なかった。特別熱い方から溢れた湯はとんでもない熱さなのだ。後でホテルの人に聞いたら52度ぐらいあると言っていた。

  熱くないという方でも47度ぐらいあるそうで、ちょっと足を入れたがとても入れるものではなかった。地元の高齢者が1人入っていた。その人が蛇口から水を出して、そこへ入るように言ったので入ったが、それでも熱くて10秒ぐらいで出てしまった。

  地元ではない若い人たちが5人入ってきたが、一人は熱いと言って湯には入らなかった。他の連中もすぐに飛び出していた。

  隣の女性風呂からはDさんやKさんと地元の女性らしい人との話し声が聞こえていた。賑やかに交流をしているらしかった。早々に風呂を出て、入口の箱に志を入れた。

  向かいに土産物屋があって、温泉饅頭をふかしていた。Kさんが温泉饅頭は甘くないからいやだと話していてのを思い出し、温泉饅頭を買うことにした。そして「大湯」の入口の脇の石に腰を掛けて待つことにした。しばらくしたら風呂にいた高齢の人が出てきて隣に腰かけた。その人と言葉を交わした。

  DさんとKさんは20分以上待っても出てこなかった。出てきた人に尋ねたら中で盛んに話をしていると言った。35分ぐらい経って一人の女性が出てきた。手に名刺を持って隣に腰かけていた男性に説明していた。男性は夫だと分かった。

  KさんとDさんは、その女性と話をしていたのだ。女性は乳がんの切除をしたということで、ガンの話で盛り上がったようだ。Kさんはタラの木のことを話し、その女性は試してみると言ったという。

  そこで温泉饅頭を食べたが、Kさんはおいしいと言った。二人を向かいの店へ連れて行った。それはその店で、Dさんが松本城で650円で買ったワサビの振り掛けを540円で売っていたからだ。二人は驚いていたが、そこでまた振り掛けを買っていた。

  その他にも土産物を買っていた。私は店の若い2人の女性店員に手品をいくつか見せたら目を丸くして不思議がっていた。手品を1つあげた。

  私が「大湯」で待っている間に客は1人しか店に来なかった。DさんとKさんを連れて行ったので多少は商売になっただろう。

 「大湯」の女性風呂は、埋める水をホースで出すようになっていたが、地元の入浴客がそれを使わせないようにしていたそうだ。そのため熱くて大変だったと話していた。二人は「特別熱い湯船はなくして、入りやすい温度のものに変えるべきだと言っていたが、私もそう思った。どこの外湯を覗いても、特別熱い方の湯船につかっている人は見なかった。観光客のために入りやすいものに改めるべきだ。

Cimg8803_2
                  湯沢神社上り口

Cimg8789
                                         湯沢神社境内

Cimg8800
                                      野沢菜の碑                 Cimg8786
                      大 湯

Cimg8804
                  土産物屋の店員と

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月17日 (水)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―⑥―

 道祖神神社の小さな祠の向こう、坂を登り切ったところに大きな教会のような建物lが立っていた。おそらく野沢で一番よいロケーションであろうと思った。その建物が「おぼろ月夜の館」と言って、野沢で晩年を過ごした高野辰之氏の記念館であった。

   高野氏は、小学校唱歌としてみんなに親しまれている、「故郷」「おぼろ月夜」「春の小川」「春が来た」の作詞をした人である。私は、「おぼろ月夜の館」に来るまでそのことを知らなかった。

   「故郷」は国民的歌謡として、NHKの日本人が好きな歌の第一位に選ばれているほどであり、私もコーラスで歌ったことがある。

   歌詞は日本のどこにでも当てはまるもので、この歳になるまでどこの故郷を歌ったものだろうかといつも考えていた。「おぼろ月夜の館」へ来て初めて謎が解けた。

   私はてっきり野沢温泉辺りの風景だと思っていたが、先ほどblogを書くにあたってネットで調べてみたら、野沢ではなく、高野氏の出生の地で子ども時代を過ごした、現在の長野県中野市永江の辺りのことだと知った。

   「おぼろ月夜」については、高野氏が小学校訓導をしていた頃住んだ野沢の近くの飯山市の風景だといわれているが、東京に移って住んだ渋谷区代々木辺りの菜の花畑だという説もあるようだ。

  「故郷」も「おぼろ月夜」もいずれも日本人には懐かしい、どこでも当てはまりそうな歌詞なので、曲のよさと相まっていまでも愛唱されているのだと思う。

 なお、「春の小川」「春が来た」も高野氏の作詞とは知らなかったが、なぜか「おぼろ月夜の館」には、「故郷」と「おぼろ月夜」だけがクロスアップしてあった。

  ※下記のURLのサイトに詳しい。http://www.ne.jp/asahi/sayuri/home/doyobook/doyo00okano.htm

  「おぼろ月夜の館」では展示は見なかったが、1階にある喫茶室で休憩をした。壁には「故郷」や「おぼろ月夜」関係の展示があり、落ち着いた雰囲気のサロンで大きなガラス越しに見える西洋風の庭も素敵であった。客は私たちだけであった。

  ここでクリームソーダを飲んだが、雰囲気のせいか歩いてきたせいか、とてもおいしく感じられた。テレビモニターでは9日からの「湯沢神社祭り」のビデオを流していたので、それを見ながらくつろいだ。

  ウエイターがもう1日遅く来るとよかったのにと言った。本当にそうであった。でも、その夜リハーサルが見られると教えてくれた。 クリームソーダについていたストローでマジックをやって見せたらみんなが驚いていた。

 その後少し上って秋葉神社を見に行ったが小さな神社であった。後ろの方にスキージャンプ場が見えた。

Cimg8775
                 おぼろ月夜の館喫茶室

Cimg8774
                    きれいな庭

Cimg8778

                 スキージャンプ場
Cimg8780
                   秋葉神社

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月16日 (火)

 NHK「臨死体験・・・死ぬとき心はどうなるのか」を見て

 敬老の日、前夜にNHKで放映された「臨死体験・・・死ぬとき心はどうなるのか」を見た。ナビゲーターは立花隆氏で、数か月にわたって全世界を取材し、この人類永遠の謎について追い求めた番組であった。

   立花氏は現在74歳で膀胱ガンを患い、取材中にも2度目の手術を受け、その時臨死体験に似たものを体験したと言っていた。

  彼は臨死体験について以前から興味を持っていたという。それで現在の脳科学などの最先端でどのくらいまでこの謎に迫れているのかを取材したのだ。

  このところ世界中で、いわゆる「臨死体験」をしたという人が増えているそうだ。それは医学の進歩により生き返る人が増えたからだという。

   番組の中で取り上げた臨死体験の中で、興味深かったのは、生後1か月でインフルエンザにかかり、4か月後に奇跡的に生還したジャクソン・パワーズ君という子どもの例であった。この子はその時の経験を2歳になった時に話し始めたが、母親によると内容は全て事実とあっているという。

   赤ちゃんから高齢者まで、臨死体験をした人が増えているが、その人たちに共通していることがある。それは、

    ①生体離脱

    ②神秘体験

 である。生体離脱とは、自分の心が肉体から離れて天井の辺りに行き、そこから自分や周りの様子を眺めるというものである。神秘体験とは、生体離脱した自分がトンネルのようなものを通って、幻想的な美しい風景のところに行き、幸せな気分になり、母親や友達と会うとか、神のようなものに導かれるとかの経験をするというものである。

   この体験は、エベン・アレキサンダーという脳神経科学者によってもされており、その人は講演をして回り有名人になっているという。彼はその体験によって死後の世界を信じるようになったという。

   死後の世界とかあの世とかと結びつけると科学ではなく、オカルトや心霊宗教の連中を喜ばせるだけであるが、この番組はそうではなかったのでよかった。

  別の科学者によるネズミを使った実験では、心肺停止をした状態でも微弱な脳波が検知されたそうだ。私の推測だが、その時に夢を見るような臨死体験をするのではないだろうか。

 感覚、感情、行動、記憶などを統合するものとして「意識」があると考えられていて、それが「自我」を形成するのだと言っていた。

  ウィスコンシン大学のジュリオ・トリーニ教授は、「統合情報理論」を唱え、「意識」は蜘蛛の巣のような100兆個もある脳神経の複雑なつながりだという。眼が覚めているときは、複雑につながりあっているが、眠っているときは僅かなつながりしかないそうだ。

 私たちが日常生活のなかで行う、読書、歌唱、食事、おいしい、まずい、嬉しい、つらい、悲しい・・・・・・などさまざまな行動や感情などが神経でつながり合い、からみあった蜘蛛の巣のようなネットを作り上げているのだという。この理論については私も納得ができた。

 次に、神秘体験であるが、どんなときに神秘を感じるのかについて、ケビン・ネルソンケンタッキー大教授は夢と神秘体験は似たところがあり、浅い眠りの状態のときに神秘体験をするというのだ。

 臨死体験をするときは、幸福感をもたらす幸せ物質がいっぱい放出されるのだという。夢をよく見る人はそういう体験をしやすいのだそうだ。

 私は毎晩何度も夢を見るから死ぬときは素敵な世界に連れて行ってもらえると期待する。ネルソン教授がいうように死ぬときには幸せに包まれるとすれば死ぬことは怖いものではなく、楽しいものとなる。

  自然死を勧める医者たちは、自然に死ぬときにはエンドルフィンという幸せ感をもたらすホルモンが出て苦しむことはないと言っている。

  神秘体験をするのは、脳の中の縁辺系で、この部分は動物にもある古い脳だという。ということは人間は昔から穏やかに亡くなり、人によっては神秘体験をしながら死んだのであろう。

  最後に、立花氏は、ギリシャの哲学者エピクロスが言ったという「人生の目的はアタラクシアつまり『心の平安』を求めることだ」というのを引きながら、「心を乱す最大のものは、死についての想念、いろいろと想いめぐらすことだ」と話していた。

  釈迦は、「生・老・病・死」を四苦としてあげて、これらが人間を悩ませる元だから、それから心を解き放すことが大事だとして「諦め」を説いた。そして解脱(悟りを開く)できた人を覚者(仏)とした。仏教の場合、解脱の方法論としてさまざまな宗派の考え方ができたのだと言える。

 

しかし、この番組を見て人間にはもともと楽に死ねる仕組みが脳に備わっているのだから、悩むことなく自然に任せればよいのだということが分かった。

 死後の世界があるかないかは別問題で、その人の「信念」に依存すると言っていたが、私もそう思う。死後世界や霊があると信じる人は信じればよいし、信じない人はそれでよいのである。

 

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月15日 (月)

経団連の政治献金再開―自民党と経済界の癒着

 先日経団連の榊原会長は記者会見をして政治献金の再開を述べた。政権党は自民党だから献金の行先が自民党であることは間違いない。公明党にも行くのかどうか公明党の対応しだいである。

  現在政治献金は個人献金に限られており、そのために国民の税金から多額の「政党交付金」が交付されている。この制度は団体による政治献金の弊害を取り除くためにできたものである。

  共産党は一貫して政党交付金の受け取りを拒否しているが、他の政党は喜んで受け取っている。本来は政党交付金すらおかしな金である。廃止して当然だと思うのだ。

  今回政党交付金を受け取りながら、さらに財界は政治献金をしようというのだ。誰かが誰かに金をやる場合、何の見返りもなしにやることは義捐金以外には考えられない。

  ましてや経済界が政党に巨額の献金をするのだ。当然何らかの見返りを期待してのものである。

  安倍政権となって、経済界の要望に応えて、大幅な法人税の減税を約束した。また、デフレ脱却という名目で異次元の金融緩和を実施して円安に導いた。

  そのお蔭で大企業はリーマンショック前の水準以上に利益を拡大させた。また消費税の値上げにより増えた政府財政の金により、東日本大震災復興のための増税分を企業に課すのを廃止した。

  何のことはない消費税増税は社会福祉のために使われるのではなく、大企業支援のために使われたのだ。

  一方一般国民は実質賃金の低下の中で、ますます格差と貧困層の増大に苦しんでいるのだ。財界は儲けた金の一部(それでも巨額)を自民党に献金してさらなる便宜を図ってもらおうという魂胆なのだ。

  サンデーモーニングで岸井コメンテーターが、「献金と贈賄は紙一重」と指摘していたが、過去のリクルート事件などの例を見てもその通りである。献金という美名を使っているだけである。

  一般庶民は政党に献金する金もなく、コネもなく何もできない。選挙で1票を行使するだけである。

  財界も政権党も自分たちの利益だけを考えずに、国全体のことを考えて政治を行ってもらいたい。それこそが国民に負託された責務であるのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月14日 (日)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―⑤―

 DさんとKさんは持ってきた浴衣を着て行くと言った。私にも浴衣を勧めたが財布など持ち物があるのでシャツにした。途中で「外湯」に入るためにタオルは用意した。

   9時半ごろにホテルを出て、まずホテルのすぐ近くにある「中尾の湯」を覗きに行った。浴槽は一番大きいという。初めてみる外湯であった。戸を開けるとすぐに着物を入れる棚があり、靴や下駄はその下に置くところがあった。

   浴槽からよく見えるので一応盗難の監視はできるようになっていたが、貴重品を入れる箱もあった。100円を入れるのだが後で戻ってくる仕組みである。

   そこは見るだけにして、ホテルでもらった地図を頼りに歩いて行った。割合近くの山手に八幡社があった。赤い鳥居の小さな神社だが周りに木が繁っていて氣が感じられるたたずまいであった。手や口をゆすぐ水が出ているところで飲んだら冷たくておいしい水であった。

   そこから坂道を登って行った。Dさんは花が好きなので可愛い野の花を見つけるとカメラに収めていた。坂の上の方に新しいスパリーナという建物があった。温泉とジムが一緒になったもののようであった。近くにスキージャンプ場があったが人は誰もいなかった。

   スパリーナから少し下って行くとミニトマトが一杯なって実が下に落ちている畑があった。そこで二人はトマトを食べておいしいと言っていた。

   「新田の湯」を覗いて出たら、隣の洗い場で地元の人たちが何かを洗っていた。Kさんが覗いて、洗っているのがミョウガだと分かった。Kさんはミョウガが大好きだからと言って200円分分けて下さいと言ったら、その女性はポリ袋一杯入れて「あげます」と言った。Kさんはそれはいけないと言って100円だけ取ってもらった。

   私も妻がミョウガを好きなので分けてもらうことにした。やはり「ただで上げる」と言ったが悪いので無理に200円を取ってもらった。

  野沢の街は絵地図を片手にしても大変わかり難かった。何度も通る人などに道を聞いて歩いて行った。道の脇には側溝があって急な流れの水が音を立てて流れていた。野沢は水の豊かなところだ。そして温泉も豊かである。

  郵便局の前を通り、「十王の湯」を覗いた。入口にはどの「外湯」にも賽銭箱が掛けてあった。志を入れてという意味だ。

   「十王の湯から上がって行くと、とてもきれいな刈込の庭があるところがあった。Dさんはそこで写真を撮ると言って撮った。見事な刈込であった。その近くの建物に菅笠をたくさん運びこんでいた。Dさんはそれを被りたいと言った。頼んでみると快くOKをしてくれた。

   DさんとKさんは喜んで刈込の前で写真を撮った。その菅笠は8日からの湯沢神社のお祭りで被るのだと言っていた。お礼を言って少し上ると小さな道祖神神社があった。野沢にはあちらこちらに大きなこけしのような道祖神を置いてあるところがあった。

Cimg8757
                 八幡社の水を飲む

Cimg8763
                  ミョウガを抱えて

Cimg8764
                     新田の湯

Cimg8768
                    菅笠をかぶって喜ぶ

   


            

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月13日 (土)

初めての「青春18切符」で野沢温泉へ―④―

 野沢温泉というのは全国でただ一つ「温泉」がつく村だとパンフレットに書いてあった。また、野沢菜発祥の地でもある。

   私は初めてであったが、DさんとKさんは以前にも来たことがあると言っていた。ただ、Kさんは忘れてしまったそうだ。宿泊するホテルは「ホテル清水」という4階建てのホテルだがロビーがなく、トイレや洗面所は共同であった。でも、2泊で4食付いて1万円だから文句は言えない。

   ホテルに着いたのが7時半ぐらいであったので、すぐに食事にしてほしいと言われた。食事時間は6時から8時なのだそうだ。私たちはすぐ食堂に行った。そしてゆっくりと食べたいと言ったらOKをしてくれた。

   メーンは豆乳鍋で他に豚の角煮もあった。Dさんは鳥肉以外の肉は食べないそうだ。他のものにできないか聞いたがもう閉めたのでできないが次の日は肉でないものを用意すると言ってくれた。

   料理には刺身や天ぷらもついていてなかなかよかった。ホテルのオーナーや給仕の人と話をしながらゆっくりと食事をした。

   風呂は温泉で浴槽や洗い桶などは全部木で作ってあったのがよかった。夜中でも入ることができると言っていた。ちょっと熱かったがいい風呂であった。

   次の日は、野沢温泉の街の中をゆっくりと散策するのだ。野沢には「外湯」が13軒あって地区の人たちで管理をしているそうだ。無料だが志を入れて欲しいという話であった。

  翌日の朝食も鍋がついていた。納豆や海苔や小魚などもついていてなかなかよい朝食であった。ホテルのオーナーはいろいろと街の情報を教えてくれ、昼食によい店の地図も書いてくれた。

Cimg8742
                     ホテル入口     

Cimg8743
                     夕 食

Cimg8744
                    乾 杯

Cimg8746

                       朝 食


          

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月12日 (金)

初めての「青春18切符」で野沢温泉へ―③―

 松本から長野までは篠の井線で行った。16時34分に出発して17時50分に長野駅に着いた。そこで18時00分の飯山線の各駅停車に乗り換えた。乗り換え時間がたった10分しかなく、しかも松本出発が5分ほど遅れたので心配していた。

 篠ノ井線の普通列車はワンマンカーであったが、座席は4人掛シートであった。それで私たちは話ができる位置に席を取ることができた。私とKさん、通路を挟んでDさんが座った。

 Dさんの前に座っていた女性がDさんに英語で話しかけた。後で分かったことだが、その女性は以前に英語会話を習ったことがあり、翻訳もしたことがあるということであった。しばらく話した後その女性は私たちにも話しかけて来た。

 私はKさんが凄い人ですよと紹介した。Kさんは名刺を渡したらそこに書いてある発明や新案特許の数々、そして「末期ガンからの生還」などの本に関心をもったようであった。

 私はインターネットのサイトでその本を読めるようにしたことを話した。アメーバ―ブログの「タラの木おばさんのブログ」を検索すれば読めると話したら。彼女は是非読んでみたいと言った。

 私も名刺を渡しblogをやっていることを話した。3人でその女性と話がはずんだ。よく笑う女性で楽しく話せた。聖高原で下りて行った。各駅停車の旅の楽しみの一つはこうした土地の人たちとの出会いにある。昔はそれが普通のことであったのだが今は特急で移動するのであまりそういう機会はない。

 篠ノ井線には「姥捨」という変わった名前の駅がある。そこに着いたときしばらく止まっていたがとてもよい眺めであった。善光寺平が一望であった。Kさんに「ここで下りてもらって置いて行こうか」と冗談を言った。KさんはDさんに新藤兼人監督のの姥捨て山という映画のことを話した。

 姥捨の駅を出発するとき、列車が来た方向に走り出したのでびっくりしたが、誰かがすぐ戻りますと教えてくれた。スイッチバックだったのだ。助走で勢いをつけて一気に登って行くのだ。

 篠ノ井線には他にも変わった名前の駅がいくつかあった。長野駅の3つぐらい手前で乗り換えのことが心配になった。それで車掌に聞こうと思ったのだがワンマン列車なので車掌が乗っていないと思っていた。

 停車したときに運転手に聞こうと思って前の車両に行ったら車掌が乗っていた。乗り換えは大丈夫かと尋ねたら、「この列車が着くまで待っているし、階段を上がって降りるだけだから大丈夫」と答えた。

 長野駅について乗り換えをするとき、近くにトイレがあって嬉しかった。普通列車にはトイレはついていないのだ。ところが篠ノ井線にはついていることが分かったのだがそれは長野に着く手前であったのだ。

 長野駅には定刻に着いた。5分ほどの遅れを取り戻したのだ。18時に飯山線に乗ると夕方のラッシュアワーだったとみえて学生などで大変な混雑で、やっとのことで連結部の運転席の横の壁に背をもたれて立った。

 しばらく走っていたら、Kさんが中に入った方が席が取れやすいと言って中の方に移動した。まもなく駅で何人か降りて運よく席が取れた。学生たちは高齢者がいるので席を立ったままであったのだ。

 外は暗くなっていた。長野から58分かけて戸狩野沢温泉駅に到着したのは18時58分であった。その列車の終点であった。外に出ると野沢温泉行きのバスガ待っていた。野沢温泉まで300円だと言った。思わず「高いね」と言ってしまった。

 15分ほど走ってバス停に着くとその夜の宿泊のホテル清水が見えていた。

 

Sam_4000


Sam_4001


Sam_4002_2

Cimg8872
                       姥捨駅


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月11日 (木)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―②―

 中津川を過ぎてしばらく走ると列車は木曽谷を走る。両側は山ばかりである。「木曽路は全て山の中である」という言葉をGさんに話した。Kさんは木が好きだということで木曽の山並みが好いと言っていた。

 松本には予定通り12時24分に着いた。まず我慢してきたトイレに行った。改札口を出ると学生に松本城へ行く道を尋ねた。歩いて行こうと思ったがバスで行くことにした。

 バスは巡回バスと浅間温泉行のバスがあり、巡回バスは遠回りをする場合があるというので浅間温泉行に乗った。

 市役所の前で降りて少し戻った。まず、昼食に蕎麦を食べることにした。信号を渡った角にある「やまが育蔵」という創業が古そうな蕎麦屋に入った。古いせいか応対が無愛想であった。

 Kさんは天ぷらそばがよいと言ったが、私が山菜そばにすると言ったら、Gさんもそれがいいと言ったので、みんな山菜そばにした。蕎麦がくると山菜の説明をした。そばは二八そばで、味はよかった。

 店を出ると雨が降っていた。「晴れ女」を自認するKさんだったが傘をさして城の入口まで歩いて行った。松本城が堀の向こうに美しい姿を見せた。

 Kさんが「名古屋城の石垣と比べてちゃちいね」と言った。確かに随分違いが大きい。小さな石を積んで作ってある。尾張61万石との差であろうか。

 610円で参観券を買って黒門から中に入るとお城の全体が見えた。荷物を預けようと思ってコインロッカーに入れようとしたが入らなかった。尋ねたら売店で預かってくれるというので預けた。

 雨はかなりひどくなってきた。急いで城の入口まで行き傘と靴を入れるプラ袋を貰って入れて城に入った。名古屋城と違って本物の城だから木造である。矢狭間や鉄砲狭間がしつらえてあった。

 六層の城なので、天守閣に登るまでに何度も急な梯子を使わなければならなかった。侍たちは大変であっただろうと思った。殿様も梯子を上ったのであろうかと思いながら登った。Gさんは背が高いので頭を打ちそうであった。

 天守閣に登ると雨は一層激しく窓からは外が煙っていた。困ったと思いiphoneを見たら豪雨警報が出たばかりであった。しばらく天守閣にとどまることにしてアプリで雨雲の動きをチェックした。20分ぐらいすると少し雨脚が弱くなったので降りることにした。

 梯子を下るのはさらに大変であった。これは手足が不自由な老人などには無理だと思った。やっとのことで出口まで降りると雨はかなり弱まっていたのでほっとした。

 売店で荷物を受け取り、Gさんたちはワサビや野沢菜のふりかけを買った。1瓶650円であった。私は「まだこれからいくらでも売っているから止めるように言ったが買っていた。

 売店の外に出ると雨はほとんど止み、武将の格好の人が出てきた。その人と写真を撮った。私が「名古屋の武将隊の真似をしたね」と言ったら、係りの人が「名古屋が真似をしたんです。いろいろ論争があります」と言った。

 幸いに雨が上がったので、Kさんに「Kさんのご利益があったね」と言った。Kさんは「雨が降っても外に出るといつも上がる」と言っているのだ。

 時間があるので駅まで歩いて行くことにした。途中カエルの横丁があったのでそこを覗いた。Gさんは大きなかき餅のような煎餅を買った。Gさんが甘いのがいいと言ったので砂糖をまぶしたのを買った。

 街を見ながらゆっくりと歩いて行ったが松本駅まではそれほど遠くはなかった。

Cimg8725


Cimg8735


Cimg8736

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月10日 (水)

初めての「青春18切符」旅行で野沢温泉へ―①―

 イギリスの大学で教鞭をとっているGさんが、日本へ来てKさん宅に泊り、2週間滞在するというので、Kさんが「青春18切符」で旅行しようと提案した。

   私は「青春18切符」のあることは知っていたが、どういうものかは全く知らなかった。KさんはDさんとはいつも「青春18切符」で旅行をし、北は北海道から南は九州まで旅行をしたのだそうだ。

   この切符で乗れるのはJRの普通列車だけである。だから乗り換えを何度もしなければならず大変なのだが、よくもまあ北海道までも行ったものだと感心した。

   Dさんは青春18切符の旅行が好きだというので、今回もその旅行を計画したのだ。私も誘われたのでどんなものか体験しようと参加することにした。

   KさんがJTBの新聞折り込みで格安の宿を見つけたのでそこに決めた。野沢温泉で2泊4食がついて1人1万円であった。 「青春18切符」は5回分で1万1850円だから往復で4740円ということになる。合計で15000円ほどで野沢まで行けるということだ。

   JRの列車の運行時刻については私がインターネットで調べた。「青春18切符」での乗り継ぎを調べてくれるサイトもあることが分かった。それを利用して旅行のプランをたてた。

   名古屋駅中央線7:40発→中津川着9:01。中津川駅前散策。10:10中津川発→松本着12:24。松本城などを見学。松本発篠ノ井線16:34→長野着17:50。長野発飯山線18:00→戸狩り野沢温泉着18時58分。

   出発は9月5日で、乗車駅をJR大曽根に変更した。丁度通勤通学の時間帯であったのか列車は大変な混雑であった。中央線で名古屋から離れるのにこんなに混雑するとは思ってもみなかった。

 高蔵寺で運よく席が空いたので座ることができた。通勤列車なのにまるで昔の一等車のような良いシートであった。

 中津川に着くと1時間ほどの待ち時間があったので外に出たが、想像していたのと違いどこにも行くところがなかった。それで花が好きなDさんは花屋を覗いた。その後駅前の観光センターに入って売っている物産を見た。

 中津川は栗きんとんが有名だが、製造している菓子屋が8軒ぐらいあるのは知らなかった。一番有名な川上屋の栗きんとんを買ってGさんとKさんにあげ、休憩所で食べた。丁度できたばかりのものでおいしかった。

Cimg8709


Cimg8714


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 9日 (火)

花子とアンに見る戦争

 人気ドラマ、「花子とアン」が太平洋戦争時代に入った。この前にも書いたようにどのように戦争が描かれるのかに注目してい見ているが、これまでのドラマとは違った視点で描かれていることが目を引く。それは情報統制が入っていることだ。

 先週の土曜日の放送では、とうとう日本がアメリカに宣戦布告をしたことが描かれた。12月8日の朝の臨時ニュースで日米宣戦布告について放送されたのだが、NHKのものものしい動きが描かれて興味深かった。

 臨時ニュースの放送に当たって、宮様が監視に来て、兵隊が列を組んで放送局の中に入って来た。その光景を見て一旦緩急あればあのようになるのだということをまざまざと知った。

 花子が担当していた子どもニュースの番組は臨時に外され、政府の情報局長自らがやってきて国民を煽り立てる檄を飛ばすのだ。戦争になると情報は完全に政府の管理統制下におかれその意を体した情報しか提供できなくなったのだ。

 花子はその様子を見て、これからは戦争の情報しか扱われなくなると悟り、その日限りで子どもニュース担当を降りる決心をするのだ。花子の態度は大変立派であったと感服した。

 NHKのニュース放送は、勝った勝ったの一色に塗りつぶされるのだ。私はその放送を耳をそばだてて聴いたものである。当時は少国民として日本軍の輝かしい勝利に胸を躍らせていたのであった。とくに印象に残っているのはシンガポール陥落であった。

 後にシンガポールに行ったとき、彼の地の戦争博物館を見て、日本軍の侵攻がどれだけ相手を苦しめたかを知り心を痛めた。

 日本では国民を鼓舞するために勇ましい戦果しか放送されなかったのだ。少国民と言われた子どもたちは素直に信じたのであった。

 

 ドラマではもう1つ水商売の女性が出征軍人を励ますことに強い抵抗があり大もめになる場面があった。これも私は子どもであったので知らなかった。挙国一致でといいながら差別の根が深かったことが分かった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年9月 8日 (月)

松本医師と藤田教授の説の共通点

 松本医師の「高血圧は放っておくのが1番」と藤田教授の「腸をダメにする習慣、鍛える習慣」に書いてあることで共通する部分がある。それは、「ストレスがよくない」ということであり、「ポジチブ思考」が大切だということであり、もう1つは「笑いが大事」ということである。

  松本医師の本には第4章「マイナス思考は万病のもと」に述べられており、藤田教授の本には、「30 医者いらずの妙薬はポジチブ思考と大笑い」というところに書いてある。

  藤田教授「ストレスは免疫細胞や腸内細菌の大敵ですが、ポジチブ思考は免疫力を高めます。とくに笑ったり、楽しいことをしたり、ポジチブに毎日を過ごしていると医者いらずの体になることは、多くの研究により明らかにされています。医者いらずの体になるには、1日1回は大いに笑うことです」(P.137)

  松本医師の方には、「1991年に大阪の吉本演芸場で行われた実験が紹介されている。ガン患者19人に吉本喜劇を3時間見て大笑いしてもらい、その前後でガン細胞を直接攻撃する、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性度を調べた。その結果NK細胞の活性化が認められた。その後の研究でたった5分笑うこと活性化されることが分かった」というのだ。

  藤田教授は「ルイ・パスツール医学研究センター客員研究員である伊丹博士が、ガン患者など8人と正常な人11人に吉本興業の公演を見ておらい、NK細胞の活性を調べています。その結果、活性値は3~4倍も上昇していました。

  ただし、免疫力を向上させるには笑いの質も大事です。副交感神経が優位になる『楽しい笑い』そして『大声で笑う』と効果的です。」と言っている。

  この両方の本に紹介されている実験は、多分同じ実験だろうと推定される。この他にも外国での研究例とか糖尿患者を対象とした実験例などが紹介されている。

  松本医師は笑いが免疫力を高める他に、

 ①脳の海馬の容量が増え、記憶力がアップする。アルファ波が増え、脳がリラックスする。

 ②血行を促進し、新陳代謝が活発になる。30秒笑うと3分間散歩したのと同じ運動効果がある。

 ③自律神経のバランスが整う。

 ④幸福感と沈痛作用がある。それは脳内ホルモンの1種のエンドルフィンが分泌されるからだ。

  藤田教授は、「『大声で笑う』と横隔膜の上下運動と腹圧の増減によって内臓が刺激されます。とくに小腸や大腸の蠕動運動が活発になります。血流が促進され、脳の前頭野という部分に興奮が起こります。それが間脳に伝わり、間脳が活発化し、神経伝達物資であるプロオピオメラノコルチンというたんぱく質をつくり、それが無数の神経ペプチドに分解されます。

  この神経ペプチドは、まるで感情を持っているかのように情報の善し悪しを判断し、その判断によって、自分の性質を変える力を持っています。『楽しく笑う』と、その情報はトーパミンやβエンドルフィンなどの「善玉ペプチド」を生み、血液やリンパ液を通じて全身に流れます。それがNK細胞の表面に付着し、NK細胞の働きを活性化するのです。これを『ペプチドシャワー』と言います」(P. 172)

  免疫力を高める笑いの大切さを説明するのだが、説明がまるきり異なる観点からなされているのが面白い。

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 7日 (日)

飲酒の基準

 私は酒類が好きで、1週間に1日の休肝日以外は、毎晩の夕食時にアルコールの仲間を飲んでいる。以前にも書いたことがあるが、1年を2シーズンに分けて、初夏から初秋はビールのカテゴリー、秋から春は日本酒類をたしなむ。しかも、いわゆる「家飲み」である。

 ビールと書かないのは、年金生活では節約して、主に第3のビールを飲むからである。第3のビールの味がよくなり、各社が競争して新製品を出すのが嬉しい。

 図書館で「腸をダメにする習慣、鍛える習慣」という本を見つけ借りてきた。著者は藤田紘一郎、カニブックス新書である。著者は腸内細菌の重要さを研究し啓蒙している著名な学者であるが、同時にストレスも研究の対象にしているという。

 藤田先生によると、ストレスを解消するために、お酒が飲める人は飲めばよいと書いている。飲酒を我慢することはストレスを引き起こすので良くないと言っている。大事なことは好きな人と楽しく、ほどほどに飲むことだという。

 では、ほどほどとはどのくらいかというと、ビールなら大瓶で2本、日本酒なら2合が目安だそうだ。

 成人健康診査などのアンケートやアドバイス、またいろいろな人の書いた本などによると、みな日本酒なら1合、缶ビールなら1個という目安を勧めている。だからいつもちょっと多いかなと思いつつも「まあいいや」と缶ビールなら2個、酒なら2合飲んでいる。

 この本のP.33には、「お酒が飲める人の遺伝子が、飲酒によってどう障害されるかを示した実験結果によると、ビール大瓶半本飲むと、遺伝子の障碍の度合いが、飲んでいないときの半分まで下がります。2本までならば、飲んでいないときと同じです。つまり、お酒が好きな人にとっては、ビール半本、日本酒半合まではかえって体によく、ビール大瓶2本、日本酒2合までなら体に影響を与えないことが分かったのです」と書いてある。 

 むかしから「酒は百薬の長」というが、酒が好きで飲める人はリラックスできるからストレス発散にもなり、飲み過ぎなければよい薬になるということである。大変有難いご託宣である。

 ただ、お酒を飲めない人が無理に飲むと食道ガンになる確率が10倍以上になるという。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 6日 (土)

NHKクローズアップ現代で知った「JKビジネス」

 3日のNHKクローズアップ現代で「JKビジネス」というものを取り上げていた。「JK」についての説明はなかったが、「女子高校生」の略ではないかと推察した。

 JKビジネスとは、現役の女子高校生が街頭に立って客を勧誘して稼ぐことだという。勧誘の内容は、売春なら当然違法でありやることはできないが、「お散歩」とか「添い寝をする」などというものだそうだ。

 料金は「お散歩」が1時間8000円で、「添い寝」は5分間で3000円、ハグ1分間1000円など価格が決まっている。この料金は業者と折半だそうだ。どうみたって高いと思うのだがそれでも需要があるらしく、日に4万円も稼ぐことがあるというから恐ろしい。

  女子高生というだけで価値があるのだそうで、学校の制服で放課後とか休みに日に街頭に立つのだ。

  アメリカ政府がこの問題を重視して買春につながると指摘しているそうだ。私は知らなかったがアメリカ政府が知るところとなっているのは驚いた。

  お散歩とか添い寝とか言いながら客はそれ以上の要求をしてくることが多く、売春をすることも多いという。

  未成年者の買春は厳重な罰則があるはずだだ、業者は巧妙に法の網をくぐって新たな手を考えているのだ。これからもなくなることはなくますます増えるだろうと言っていた。

  JKビジネスという言葉のように「ビジネス」というのは違和感があるが、こうした「ビジネス」が行われるのは、一方で需要があることと、供給側の問題もあるという。

  家庭が面白くないとか、貧困であるとかいうことでこうしたビジネスに走る子が多いそうだ。真昼間、秋葉原の街頭ではチラシを持って配って客を探す女子高生がずらっとおり、名古屋を始め全国的に広がっていると言っていた。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 5日 (金)

安倍改造内閣が発足して

 安倍改造内閣が発足した。マスコミや経済団体のコメントでは「重厚な安定した内閣になった」と言っていた。経済界が歓迎するのは当然のことである。安倍内閣では大企業優先の施策を次々に打ち出してきたからである。

 

 NHKの夕方のニュースで安倍首相の記者会見を聞いた。首相はこれまでの内閣では「経済を最優先にやってきたがこれからも継続する」と強調した。それを聞いたとき私は「?」と思った。

  確かにアベノミクスを鳴り物入りでやってきた。しかし、その陰で大急ぎでやったことは「特定秘密保護法」であり、安全保障の部局の設置であり、最大の案件は「集団的自衛権行使の閣議決定」であった。最優先でやったのはまさにこれであったのだ。

  この問題は過ぎたこととして忘れられがちであるが、日本の将来に関わる大問題であり、憲法を閣議決定で変えてしまうというとんでもないことなのだ。まだ終わった訳ではないから反対を続けなければならない。

  アベノミクスは第3の矢まで放たれたようだが、その効果は現れていない。円安によって確かに一部の企業は利益を増大させ、そこに働く人にも多少の賃金の上昇もあったようだ。しかし、貿易は黒字にならず、労働者全体の実質賃金はマイナスである。

  物価は消費税を8%にしたことや円安で上がったが、そのために一般庶民の家計は逆に苦しくなってしまった。安倍首相がいう「トリクルダウン」はどこにも見られないのである。

  株価を上げることが安倍内閣の人気には必須と言われるが、東京株式市場は冷やかである。3日の日経平均は上がったが、4日は下がってしまった。期待外れだというコメントもあった。実は株価はNYはこのところ最高値を更新するほど好調であったが、日本は上がらないのだ。

  次に、女性重視で女性が企業なのでもっと活躍できるようにすると言って女性活躍大臣を設け、内閣にも5人起用したと胸を張った。女性重視は大事なことだがどこまで本気でやるのか見ものである。

  自民党は民主党の失敗から多くのことを学んだようである。その最たるものが内紛を外に見せないということだ。そのために競争相手である石破氏を大臣の取りこんだり、総裁までやった谷垣氏を幹事長に据えたりして挙党一致を演出している。自民党には首相に異を唱えるかつてのような人材はいなくなってしまった。その結果国民に悪かろうと首相のやりたい放題になってしまっている。恐ろしいことだと思う。

  これから最優先でやられるのは、安全保障関係の法整備をして、集団的自衛権行使をできるようにし、自衛隊を増強することである。それから原発を推進し外国にも原発を売り込むことである。

  一番近い国の中国や韓国との関係改善はどうするのであろうか。戦争ができる国にすることより近隣友好の方が大事だと思うのだが。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 4日 (木)

中国のネットで拾った面白い「日本と中国の比較」

 

 中国人が送って来た「日本と中国の比較」のサイトである。中国語が読めなくても図を見ていれば簡単に分かるし、視点が面白い。分かり難いと思われるものは、下記のを参照のこと。

 

 http://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzA3MjQ1NjQxMA==&mid=200605825&idx=2&sn=0ba78acf1ba51a465dcbf6d35ab9636a&scene=2&from=timeline&isappinstalled=0#rd

SNS,パスポート、民族、手紙の意味、乾杯、愛人の意味、規則の守り方、×の付け方、カラオケ、果物の売り方、アパートの部屋の並び、ホテルの支払い、ゴミ箱の設置、水道水が飲めるか、小指、親指、祝儀の金、夫婦のベッド、ポルノの色、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 3日 (水)

腸内細菌をダメにする食べ物

 「腸をダメにする習慣、鍛える習慣」には、腸内菌をダメにする食べ物が取り上げられている。

  私たちの身近にあるスナック菓子、ファストフード、レトルト食品、コンビニ弁当などは腸内細菌を減らす食べ物だという。だからこういうものはあまり食べないように気を付けることが大事だというのだ。

  私はあまり菓子類を食べない方だと思うのだが、安いスナック菓子を見つけると買ってしまう。若い頃はインスタントラーメンなどファストフードを食べたが、歳を取ってからはほとんど食べない。レトルト食品も好きではないが妻が買ってくるので仕方なしに食べる。

  食べておいしく感じさせるように研究され、工場で作られた食品には、食品添加物がたくさん使われているからよくないのだと指摘している。

  保存料によって腸でどんなことが起きるかをソルビン酸を例にして説明している。青山学院大学の福岡伸一教授の実験によると、腐敗菌を寒天に入れておくとコロニーができるが、そこにソルビン酸を0.3%のみ添加した培養液を加えておくと、コロニーは全くできないそうだ。

  保存料の入った食品を毎日食べていると、腸内細菌の働きが阻害され、細菌の数も増えなくなるのだという。

 ソルビン酸が添加された食品には、ハム、ソーセージ類、蒲鉾などの練り物、パン、ケーキ、チーズ、ケッチャップ、味噌などにも使われている。加工食品で保存料が使われていないものはほとんどないのではないか。

  昨日買ってきた杏酒には「食品添加物、保存料などは使ってない」と書いてあった。たまにそういう表示をしたものを見ることがある。食品はほっておけば腐るのは自然なのだから、人工的に腐らなくした食品は不自然なのだ。

  私は、果物でも輸入したものは余り買わないようにしている。強力な保存料が使われているからである。

  戦前は人糞や植物の灰や堆肥などを使って栽培されていたから良き時代であった。現在は保存料でなくても農薬など有害なものが使われているから、野菜でも自分で栽培しない限り100%安全なものは手に入り難いのが残念である。

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年9月 2日 (火)

腸内細菌が大事

 藤田紘一郎著の「腸をダメにする習慣、鍛える習慣」の前書きには、研究テーマの一つが「病気を避け、元気に長生きする方法」だと書いている。しかも、金がかからない方法を紹介すると言っている。毎日の生活の中で、どのような選択をするのか、どのような行動をするのか、その積み重ねだという。

  まず、「健康のために、私たちが最も気を使うべき相手は、『腸内細菌』であることが、近年の研究によって明らかになってきています。腸を鍛え、そこに棲む細菌たちを元気にしてあげれば、宿主である人間も元気になれるのです」と言っている。(P.4)

  その理由は、 腸内細菌は、

  ①病原菌を排除する

  ②食物を消化する

  ③ビタミンを合成する

  ④ドーパミンやセロトニンといった「幸せ物資」の前駆物質を合成して脳に送る

  ⑤免疫の働きのおよそ70%を腸内細菌が築いている

  大事なことは、腸内細菌のバランスがくずれて、腸が不調になれば、免疫がうまく働かず万病が引き寄せられるという。腸が原因と考えられる病気は、脳から心臓、関節、心まで、アあらゆる部位に及ぶという。

  ところで腸内細菌だが、同じ藤田紘一郎先生の「脳はバカ、腸はかしこい」によると、人間の腸には、500種類以上、数にして100兆個以上、大腸内に棲む細菌の重さだけで2kgもあるのだそうだ。大便1g中に1兆個もの細菌がいると考えられているという。

  日本人の腸管は、広げればテニスコート1面分の面積になるという。多種多様な腸内細菌が棲んでいる眺めが、花畑のように美しいので「腸内フローラ」というのだそうだ。

 腸内細菌は、働き方から「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」と区別しているそうである。腸内フローラがしっかり働いていれば、人は病気にならずにすむのだという。そのために重要なのが「善玉菌いっぱい、日和見菌はほどほど、悪玉菌少々」というバランスが大切だというのだ。(P.37)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »