2024年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 先の戦争の相手を知らない若者たち―大人のドリルから | トップページ | いい詩があった »

2014年8月18日 (月)

被爆者代表城臺美禰子さんの「平和への誓い」が心を打った訳

 8月11日のblogで長崎市原爆犠牲者慰霊平和祈念式典での被爆者代表城臺美禰子さんの「平和への誓い」が強く心に響いたことを書いた。

 彼女の力強い話し方、率直で的を得た話の内容が心を打ったのだが、その理由が8月16日の朝日新聞「ザ・コラム」ではっきりと分かった。
 「ザ・コラム」の筆者は、大久保真紀編集委員である。氏は城臺さんの「平和への誓い」が前もって配られたものと違うことに気付いたことを次のように書いている。
 「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、日本国憲法を踏みにじった暴挙です」
 暴挙!?何と強烈な表現なのだろう。式次第にあった文面は「今、進められている集団的自衛権の行使容認は、武力で国民の平和を作ると言っていませんですか」だった。
 異変は続く。「日本が戦争ができる国になり、日本の平和を武力で守ろうというのですか。武器製造、武器輸出は戦争への道です。いったん戦争が始まると戦争は戦争を呼びます。歴史が証明しているではありませんか」文面にない怒りの言葉が、被爆者代表の女性の口から発せられた。
 大久保氏は城臺さんの自宅を訪ねそのいきさつを聞いたそうだ。咄嗟のアドリブだったというのだ。次のように紹介している。
 当日は、式典開始の1時間半以上前に会場に到着。自席で待機しながら、昨年10月に被爆者代表になる打診を受けてからの日々を振り返っていた。
 特定秘密保護法の制定。原発の再稼働や輸出に突っ走る政府。強調される中国脅威論。集団的自衛権の憲法解釈の変更・・・・。この一年、日本で起きたあまりにも多くの異変。その一つ一つを思い浮かべていると、真正面の来賓席に入ってくる政治家たちの姿が見えた。
 「ムラムラと怒りがわき上がってきたんです」ここは被爆者代表として面と向かって抗議をしなくては。そう腹をくくったのだという。
 ラジオで聞いた城臺美禰子さんの言葉の一つひとつが強く心に響いたのは彼女が心底から自分の思いを自分の言葉で語ったからなのだった。
 安倍首相のコピペの挨拶は全く薄っぺらなものであったし、田上長崎市長のそれも淡々としたもので訴える力はなかった。
 私は「言葉の力」というものの違いをこれほどまざまざと見せつけられて言葉は文だけではないと強く感じた。言葉に魂を込めなければ人の心に響かないのだ。
 素晴らしい「平和の誓い」を語ってくれた城臺美禰子さんに改めて大拍手を送りたい。
 式典後、城臺さんの自宅や携帯電話には感動の言葉が鳴りやまなかったという。
 平和の誓い全文  http://blog.livedoor.jp/ninji/archives/39552677.html
nagasaki4

« 先の戦争の相手を知らない若者たち―大人のドリルから | トップページ | いい詩があった »

戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

 平和主義者はブッダでなければならいというのでしょうか。戦争への道を開くことへの怒りがあるのは当然でしょう。

>「ムラムラと怒りがわき上がってきたんです」ここは被爆者代表として面と向かって抗議をしなくては。そう腹をくくったのだという。

リデル=ハート氏の「平和主義者の好戦性」という言葉を思い出します
「私の平和主義者の友人の多くと付き合っていると、彼らの見解にはもちろん共感するんだが、戦争の廃絶について私をほとんど絶望させることがあまりにも多い。というのも、彼らの熱烈な平和主義の中にある好戦的な要素が目の前にちらつくからだ」

平和憲法による武力によらない平和な世界を実現しようとする人が、「怒りが湧き上がり、それを誰かにぶつける」というのは矛盾していると思います
怒りも戦争の大きな原因の一つです
自分の意見・思想と異なる人達、集団的自衛権行使容認を認める人達がまるで戦争を望んでいるかのようなレッテルを貼り、怒りをもって非難する姿勢は、言われた人達も「怒り」を感じてしまうでしょう
私も集団的自衛権を認めても良いという意見ですが、まるで自分が戦争を望むかのようなレッテルを貼られたようで、はっきり言って不快でした

城臺さんの言葉は、確かに「集団的自衛権行使を認めない」という人達の心は打ったでしょう
しかし、集団的自衛権行使を認める人達の心は「打った」どころか反発を生んだと思います

そもそも、原爆で無くなった人達への鎮魂の場を、政治利用することに反発を覚えます
原爆で無くなった人達が、集団的自衛権に賛成なのか反対なのかなんて、もはや誰にも分からないのですから

最近TVなどで、戦前の日本には山本五十六など、アメリカとの戦争に反対した人が少なからずいたことが報道されるようになった。
 戦争によってあまりにも多くのものをなくし、武力によらず外交などの力によって問題を解決していくことの大切さを日本人は学んだはずである。
 ところが安倍首相は、侵略の定義は定まっていないと発言したり、A級戦犯が合祀されている靖国神社に参拝したりして中国や韓国の国民感情を逆なでしている。未だに隣国の首脳との会談が行われていないのは異常なことである。このように外交努力をせず、戦争の準備を重視している安倍首相にとって城臺さんの勇気ある言葉は大きな一撃となったに違いない。
 NHKスペシャルは私もみました。加藤東大教授が武力による抑止論は戦前のままでおかしいと語っていたが、三人の集団的自衛権賛成論者は、まさしく戦前のままの武力による抑止論を語っていて、鳥越氏の方がいい所をついていると思った。鳥越氏の発言の仕方よりも安倍首相がむきになっている時の発言の方がろれつが回らず余程ひどい。

 私も見ました。3対3というより、4対2という感じの人選でしたね。そこにもNHKの経営圧力があるのでしょうか?

8月15日の夜、NHKスペシャルで「どう守る日本の平和」という生番組が放映された。鳥越俊太郎氏と岡本行夫氏という大物が集団的自衛権の行使容認反対と限定的賛成に分かれて議論が戦わされた。私はこの両者の見識には常々注目しているので全てを見ることにした。鳥越氏は尊敬に値するジャーナリストであるが残念ながら、興奮のあまり唇が震え、話しが飛躍したりして、視聴者の多くは岡本氏の冷静な対応に軍配を上げたのではないだろうか。案の定
放送後、ネットで鳥越氏へのバッシングが多数あったとのこと。次のサイトにその顛末がうまくまとめられている。http://blog.goo.ne.jp/yoo550204/e/f25d64456f13c35a247ab7c5abcd6240

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 被爆者代表城臺美禰子さんの「平和への誓い」が心を打った訳:

« 先の戦争の相手を知らない若者たち―大人のドリルから | トップページ | いい詩があった »