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2014年8月19日 (火)

いい詩があった

 8月16日の朝日新聞「ザ・コラム」のつづきに良い詩が紹介されていた。


    ふたりのこどもを くににあげ
    のこりしかぞくは なきぐらし
    よそのわかしゅう みるにつけ
    うづのわかしゅう いまごろは
    さいのかわらで こいしつみ

 この詩は、山形県上山市在住の農民詩人木村廸夫さんの詩集「わが八月十五日」に収録されている歌だという。

 木村さんの祖母が、戦後突然歌いだした歌を、「祖母の歌」として記録したものだ。祖母は皇国の母」だった。二男が太平洋の孤島で戦死したことが伝えられたとき、「名誉の戦死」といsて赤飯を炊いて祝った。

 1946年5月、木村さんの父で、農家の跡取り息子だった長男が、出征先の中国ですでに病死していたことがわかると、一転した。蚕室に三日三晩こもって泣き明かし、その後ご詠歌の節回しで即興的に歌い始めた。蚕の世話をしながら、祖母は10年、呪うように歌い続けた。

 祖母は字が書けなかった。「祖母の思いを受け継ぐのはオレだ」。そうおもった木村さんは、死期が迫る祖母の枕もとで、恨み歌を次々書き取った。

 こういう歌もある。

     にほんのひのまる
     なだてあがい
     かえらぬおらむすこの ちであがい

 率直で飾らぬ歌だが読む人の心底を打つ詩である。二人の息子を戦争で奪われたお母さんの何とも言い難い悲しみと恨みが心に響く。

 日の丸の旗の赤い部分は310万人以上の戦争犠牲者と日本が侵略をした外国の無数の人々の血が染められているのであろう。この鋭い指摘を心して受け止めねばならない。

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戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

私は見ませんでしたので何とも言えません。

8月17日に放映されたテレビ東京の報道特別番組「池上彰の戦争を考える」は実に感動的な番組であった。東京新聞スクープで明らかになった学徒兵・木村久夫の2通の遺書などを通じて、普通の人々に悲劇をもたらす戦争の実相に迫った内容であった。木村久夫は、戦争中拷問で住民を死なせたとして、1946年シンガポールで死刑となった。享年28歳。
木村の遺書には重要な陸軍批判があったのだ。(後略)詳しくは下記サイトを参照してください。
http://www.tv-tokyo.co.jp/ikegamiakira/
しかしながら、この番組は自虐史観を国民に誘導するという批判がサイトにあることに私は驚くのだが、、。

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