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2014年5月

2014年5月31日 (土)

勝手に入り込み、のさばるREGCLEAN PROというソフト

 知り合いのKさんがインターネットをしたいというので手伝いに行った。パソコンは6~7年前のNECノートでOSはVISTAだった。

 最初の日、パソコンを立ち上げたら、デスクトップに黒っぽい画面が開いて、なにやら動いていた。ソフトの名前を見たら、「Regclean pro」と書いてあった。画面の上部に5mm幅ぐらいの線があり、そのうえを左から右へ緑の色が動いて行くのだ。
 どうやらパソコンの中を調べているらしいと分かった。「システムに関連するエラー 157」「ComおよびActivexに関するエラー 123」などとエラーの数字が書いてあり、一番下に「レジストリーに関するエラー総数 592」というように出ていた。
 そして「エラーの修正」という緑色のラジオボタンが2か所もあった。エラーの修正をするにはソフトを購入させようという魂胆なのだ。
 Kさんは、「パソコンを立ち上げるとこれがでできてどうやっても消えないので困っている。私が突っつきまわしたからいかんのだろうか」と言った。
 私も右上の×をクリックしたが消えない。いろいろと探したが消すところが分からなかった。仕方がないので最少画面にしてタスクバーに入れた。
 パソコンを使っていると、突然「悪質なソフトが2つ見つかったのですぐに除去してください」というメッセージが現れた。除去するにはそのためのソフトを購入する必要があり、「今すぐ購入」というボタンが現れた。
 結局、あの手この手でソフトを購入させようということなのだ。桑原、桑原。
 Kさんはインターネットをやっていなかったので、パソコンに最初から入っているソフトだと思った。NECに問い合わせて確認をしようと思ったが時間がなかったのでそのまま帰った。
 帰宅してからネットで検索してみたら、何と詐欺まがいのとんでもない悪質ソフトだと分かった。どうやら発信元はインドらしかった。
 幸いアンインストールの方法を説明したサイト(下記)があったので、それを参考にして次の日行ったときに削除をしたらうまく削除できたのでホッとした。
 

RegClean Proの削除(アンインストール)手順(※詳細画像あり)

 Regclean Proは尋常一筋縄ではいかないしつこいソフトである。削除途中でも最後まで何度もこのソフトを購入せよというメッセージが現れ、うっかりするとそちらへ誘導されてしまうのだ。
 もう一つ大切なことはアンインストールをいきなりやっても駄目だということだ。詳しくは上記のサイトに説明してあるので見てほしい。
 なお、下記のサイトを読んでいて、画像をコピーしたら、途端にRegclean Proが入ってきた。恐るべきソフトである。ご用心!ご用心!
 

詐欺まがいで評判 RegClean Pro削除アンインストール方法 【エラー ...

データ便のアップデートをし始めたら、Regclean Proがインストールされた。油断も隙もないソフトである。すぐさま上記のサイトを参考にして削除した。
 ※下の写真に触れないようにしてください。

Regcleanpro_2

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2014年5月30日 (金)

解釈改憲は絶対にしてはならない

 安倍首相や自民党は、憲法の解釈を変えることで集団的自衛権行使ができるようにしようと必死で取り組んでいる。自民党の中にも解釈改憲に反対する考えの議員もいるはずだが抑え込まれてしまっている。


 5月20日からは、政権与党の公明党との間で限定的に武力を行使する事例の検討をしている。公明党は「平和」を党是としてきた。それは創価学会の初代会長の牧口常三郎氏らが治安維持法違反の疑いで43年に投獄され、牧口会長が獄死したという悲惨な経験をしていることに原点があるのだ。

 しかし、ここに来て公明党は何とか先延ばしをしようと抵抗をしているような様子を見せているが、自民党は、「いずれ公明党は落ちる。これまでの歴史を見ればわかる」と公明党の足元を見透かしている。

 この1年だけでも、特定秘密保護法、NSA設置などで安倍首相を助けている。特定秘密保護法は治安維持法にも匹敵する、或はそれ以上の悪法なのに戦前の忌むべき経験を忘れて賛成をした。

 自衛隊の海外派遣の道を開いてきた。92年のPKO協力法賛成、99年には朝鮮半島有事などでの米軍支援をする周辺事態法賛成、2003年には自衛隊のイラク派遣を認めたイラク特措法と自民党に同調してきたのだ。

 「踏まれてもくっついていく下駄の雪」というのは公明党を揶揄した言い草だがまさに言いえて妙がある。

 下駄の雪だから、集団的自衛権もいずれは認めるということになるというのは万人が予想していることである。

 憲法を時の政権の閣議で解釈を変えることで変えてしまうというのは、憲法をあってもなくてもよいものと考えてする行為である。

 ニューヨークタイムズは立憲主義をないがしろにしていると批判したというが良識のある者がみれば当然のことである。どうしても変えたのなら、現行憲法の条文に従って国会の2/3の多数で発議をして国民投票に委ねればよいのだ。

 安倍首相の考えることは、96条を変えて過半数で憲法を変えられるようにするとか姑息なことばかりである。その中で最惡の手段が憲法の解釈変更によるやり方である。
 

 

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2014年5月29日 (木)

シラサギは通称だとは知らなかった+専門家の撮った写真

 先だって、山崎川に珍しくシラサギとカワウがたくさん来たことを書いた。それを読んだ野鳥写真家の山口さんから下のような有難いメールを頂いた。また、添付してあった写真のblogへの使用を快諾して頂いたので掲載する。さすがに素人では撮れない瞬間を捉えている。

 コサギのことをシラサギと言いならしてきたが、姫路城のことを白鷺城とも言い、有名なので白いのはシラサギだと思い込んでいたのである。

 「僕も丁度カワウとコサギの様子を追って居ましたので、付加えておきます。

 シラサギと言う名前のサギは種名に無く、コサギ・チュウサギ・ダイサギ など白いサギの総称です。

 山崎川で見られるのは殆どコサギで、三種の中で最小です。たまにダイサギが1―2羽見られます・コサギの見分け方は写真を見て頂くと、

脚の指の部分のみ黄色が良く目立ちます・此れはコサギだけの特徴 なので、今度見られる時に見て下さい!

 添付の写真:(2)と(4)はカワウが潜水して魚を追うと逃げて浅瀬に来たのを、待ち構えたコサギ達が争って捕えるシ-ン・

 コサギは深い所には入る事が出来ない為カワウを利用して居るのです。 

 (3)0174は魚を巡り争うコサギ・他にグレーの大きなサギが二羽居ますが、サギの中で日本最大のアオサギです・たまに鶴と間違われる事がありますが

 鶴は木に止まる事は有りません。(1)はササゴイと言い、サギの仲間で魚取りの名手で狙いを付けた場所でジット動かずひたすら待ちます。

 魚が射的距離に近付くと素早い反応で頭を突き出し見事に捕えます・此のシーンを捉えるには此方もササゴイに付き合いひたすら待つ事です。

 山崎川には都市の市街地を流れる川としては他にも多くの鳥が生息して居ます。」

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               (1)魚を捕まえたササゴイ

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              (2)カワウが追い出した魚を争うコサギ

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               (3)青い羽はアオサギ

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               (4)カワウが追い出した魚を争うコサギ

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                                 中日新聞に入賞した珍しい写真(山口氏)

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2014年5月28日 (水)

京都へのバス旅行―④―銀閣寺

 下賀茂神社の次は最終見学地の銀閣寺へ行った。ここにも下賀茂神社からのガイドが引き続きついていた。ただ、銀閣寺へは石段を登らなければならないので、歩くのが苦手な人や銀閣寺は観なくてもよいという人は自由行動になった。

 私は、銀閣寺には25年以上も行ったことがないので、久しぶりに見る銀閣寺が楽しみであった。銀閣寺道は両側に土産物店が並んでいて清水坂と似た雰囲気があった。

 入口へのアプローチに、両側に高い綺麗に整えられた生垣があった。銀閣寺垣と言って、銀閣寺特有のものだと説明があった。入り口を入ると、そこが銀閣(観音殿)で、多くの人が写真を撮っていた。金閣とは対照的に、暗くて地味な建物だ。それが茶のわびとかさびとかと関係してよいのだと説明していた。

 プリンを逆立ちさせたような向月台は、江戸時代後期になってから造られたという。この上に座って月を眺めたのだとか。

 庭園の銀沙灘は綺麗に形が整えられて枯山水を表現していた。銀閣寺の庭園は池泉回遊式となっていて、苔寺を模したものだそうだ。ガイドの説明によると足利義政が苔寺に足を運んで造らせたものだという。

 中秋の名月のときには月が銀閣の真上を通るように造られているそうで凄いと思った。

 銀沙灘を見てから山の方に登って行った。途中「お茶の井」があった。少し登ると銀閣と東求堂が下の方に見えて、その向こうに京都市街が遠望できる場所があった。ガイドはここが一番の撮影ポイントだと言った。

 小道を歩いて行くと下りとなり、銀閣の裏側に出た。この山側のコースは一度も歩いたことがなかったので新鮮な体験であった。お勧めである。

 ガイドが「トイレに行きたい人はここのトイレがいいですよ。」と言った。みんなはそのトイレに行って用を済ませた。

 銀閣寺道を戻る途中で、喫茶店から出てくる二人の女性にあった。同じバスの人だが歩くのが苦手なので銀閣へは行かなかったそうだ。私のことをサッサッと歩いて羨ましいと言った。私の年まで知っているのでびっくりした。追い越したりして元気に歩いているのを見て「あの人だれ?」と聞いたそうだ。元気に見られて嬉しかったが、これも日頃ウオーキングをしている賜物であった。

 銀閣を見たら後は一路名古屋へ帰るだけであった。帰路はバスは東名高速経由で帰り、途中ご在所サービスエリアで休憩をした。出発地に戻ったのは18時45分ごろであった。

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             銀沙灘、向月台、銀閣

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               山を登る

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              お茶の井

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              撮影ポイントから

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             錦鏡池と銀閣


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2014年5月27日 (火)

京都へのバス旅行―③―下賀茂神社

 川床料理を楽しく食べた後、次の目的地の下賀茂神社へ行った。下賀茂神社も私は初めてであった。ここからは現地のボランティアガイドがついた。ガイドの案内を希望するグループとN先生が引率するグループに分かれた。

 下賀茂神社の駐車場にバスを乗り入れて降りると、背が高い樹が茂った森があった。若葉の季節でちょうど雨が上がり日が差し始めたので若緑に輝いていた。ガイドは「これが糺すの森です」と言い、昔はとても面積が広かったことやこの神社が世界遺産であることなどを説明してくれた。現在の面積は後楽園球場3個分だという。
 
森の中には細い小川が流れていた。昔はもう一本流れている小川のところまで川幅があり、川の両岸には店が並んでいたのだという。人々は船に乗って訪れ賑わっていたそうだ。それがいつの間にか川が無くなり小川を残すのみになったのだ。多分土砂が運ばれてきてそうなったのであろうという。

 境内は白い石を砕いた玉砂利で敷き詰められていてそれを踏みしめて歩いて行った。途中に白い石を積んだところがあり、白石運び神事をすると書いてあったので、神事にかこつけて白石を寄進してもらうのだろうと思った。
 赤い鳥居をくぐり、進んでいくと、しめ縄を掛けた「さざれ石」というのが置いてあった。君が代に出てくるさざれ石だという説明がしてあった。小さな石が集まって岩になっていた。

 さらに進むと朱色の楼門があった。ガイドは楼門には階段がないので上ることはできないと話した。そこをくぐると社が建っていた。きわだ葺きのこげ茶色の建物で本殿の前には、干支の小さな社が並んでいた。ガイドは自分の干支の所にお参りするといいと勧めた。本殿で柏手を打ってお参りをした。
 
 境内の御手洗川にかかる輪橋(そりはし)の傍に、梅の木がある。尾形光琳が描いた紅梅白梅図屏風にある梅だという。
 御手洗川は御手洗社から流れ出る清水で、御手洗社は井戸の上にあるので井上社とも言われるそうだ。井上という苗字はここから出たのかも知れないと思った。

 楼門の傍に「相生神社」があり、縁結びの神様だという。その傍に珍しい樹があった。「連理の賢木(さかき)」いうそうだ。縁結びの木だという。理由は、2本の樹が途中で枝でつながっているのだ。この樹が枯れると糺すの森の中でまた連理の賢木が見つかるので現在は4代目だそうだ。

●下賀茂神社 
 
 正式名称を「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」という下鴨神社は、京都を流れる鴨川と高野川に挟まれた三角地帯に位置します。
御祭神の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は古代の京都山城を開かれた神さまです。玉依媛命(たまよりひめのみこと)は賀茂建角身命のお子さまです。
下鴨神社の歴史は古く平安京が造営される遙か以前から神聖な場所だったのです
 

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                     鳥 居

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                    楼 門

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                    本殿の前

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                  連理の賢木

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                   さざれ石

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2014年5月26日 (月)

京都へのバス旅行―②―川床料理

貴船神社の前にある「ひろ文」という川床料理屋に入ったとき、12時30分ごろになっていた。

 渓流の上に鉄の枠で造った骨組みの上にすのこを敷いて床が作ってあった。川上側には高さ1.5mぐらいの小滝があり、川下は隣の料理屋の床がみられた。

 座卓が置いてあり、一つの座卓に10人ずつ座った。写真のような洒落た木の箱に入った料理が運ばれて来た。ご飯は五目飯のようなものであった。メインのおかずは若鮎の塩焼きで、その他に糸のようなソーメンが出た。

 若鮎の塩焼きを食べる時、「アユは骨をきれいに抜くことができますよ」と、隣の女性に話したら、Nさんが「尻尾を切って、体を箸で揉んで柔らかくし、頭を持って引っ張るときれいに抜けるよ」と説明した。

 アユは堅くなっていたが、向こう隣の女性は上手にやったので、「上手。いい勉強ができましたね」と言ってあげた。若鮎は脂が乗っていてとてもおいしかった。私は、「アユは全部食べられるのですよ」と言ったら、「ホントですか」と驚いていた。「私は頭も食べました」と言うと、真似をして全部食べていた。

 二人の女性はN先生の体操のクラブの生徒だと言った。とても気さくで話がはずんだ。

 私は上着を持って行かなかったのでシャツ2枚だけで、渓流からの空気が少し冷たく感じられた。夏ならきっとよいだろうと思った。

 店に主人に、「中国人に宣伝するといいですよ」と言ったら、「中国人はたくさん来ます」と言った。中国にはこのような渓流はないし、河川の水は汚れているから、きれいな水を見て驚くだろうと思った。

 1年中やっているようだが、秋の紅葉の季節もいいだろうと想像した。おいしい川床料理をまた楽しみたいと思った。

 

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2014年5月25日 (日)

京都へのバス旅行―①―貴船神社

近所のCafe Vitaが春秋2回やっているバす旅行で今回は京都へ行った。訪ねるのは貴船神社と下賀茂神社と銀閣寺で、昼食は川床料理ということになっていた。貴船神社も下賀茂神社も行ったことはなかったので楽しみにしていた。

8:20分に集合して、8:35分にバスは出発した。車内で旅程表が配られ、説明があった。参加者はバスがほぼ満席になるほどであったが、男性は関係者を除くと5名であった。私はNさんと隣同士になった。

 一宮から名神高速道路に入ったが、草津を過ぎた辺りで道路工事をで上下線とも渋滞をしていた。朝のテレビコマーシャルで名神が工事で渋滞するお詫びをやっていたことを思い出した。

 京都南から三条通りに入って、京大の横を通り、国際会議場の前を走り、北西へと向かった。貴船への道は狭くて対向車が来ると止まって譲らなければならなかった。11時20分に着く予定が、渋滞で30分位遅れてしまった。

 貴船に着くと駐車場のトイレに行き、それから歩いて登って行った。途中渓流があったが、ところどころに1m余りの段差があった。しばらく行くと料理屋があり、川には川床料理の施設が作ってあった。そういう川床料理屋が続いた。

 下を覗くとよしづに囲われた川床で食事をしている人たちが見られた。私たちもあのようなところで食事をするのだと楽しみになった。

 かなり登って行くと、赤い鳥居があり、そこが貴船神社の入り口で、そこからは石段になっていた。石段を上りまた鳥居があり、その向こうに神社が見えた。

 神社に近づくと、ちょうど婚礼の人たちがあるいて社殿に行くところであった。お賽銭箱が取り払われていてそこを通って社殿に入って行った。入り口の近くで婚礼の儀式をするのであった。

 社殿は見たところ新しい感じできらきらと輝いていて。どけられていた賽銭箱が戻されたので私たちはお参りをした。私は音がジャマにならないようにと葬式の時のような柏手を打った。

 境内の大きな神木の桂の樹を見た。この樹には「気」が満ちていると説明がしてあった。そこからからさらに上の方に行った。また、赤い鳥居があり、石段を上って行くと小さな社があった。「結宮」である。清閑としていた。気兼ねなく柏手を打ってお参りをした。

 降りて行くとN先生がいて奥の院はさらに上の方だがどうするか尋ねた。時間がなさそうなのでそのまま料理屋に行くことにした。

 貴船神社は知ってはいたが、尋ねたのは初めてであった。なかなか良い所だと思った。

●Wikipediaより
 創建の年代は不詳であるが、社伝では反正天皇の時代の創建としている。社伝によれば、神武天皇の母である玉依姫命が、黄色い船に乗って淀川鴨川・貴船川を遡って当地に上陸し、水神を祭ったのに始まると伝えている。社名の由来は「黄船」によるものとし、奥宮境内にある「御船型石」が、玉依姫命が乗ってきた船が小石に覆われたものと伝える。「気の産まれる根源」が転じて「気生根」になったともいう。

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2014年5月24日 (土)

Googleの翻訳ソフトを使ってみたら!?

 高齢の知人が、外国に住んでいる友人とmailを交換したいが英語ができないので残念がっているので、Googleにある翻訳アプリを紹介した。

 紹介したことは良いが使い勝手を知る必要があると思って試しに使ってみた。自分のブログの一部を翻訳させたら、以下のようになった。

●元の文
 「数日前にいつもの通り山崎川沿いにウオーキングをしていたら、運動場近くのあたりで前方に川を覗きこんでいる人がいた。何だろうと思って近寄り川を見下ろすと、たくさんのシラサギがいた。およそ15羽ぐらいいた。」

●英訳した文

 If I had a walking Yamazaki River along as usual a few days ago, there were people who are looking into the river in front around the playground nearby. Looking down the river to approach it would be what I thought, there were a lot of white heron. Had about about 15 birds.

●中国語(簡体字)訳の文

 如果我有一个走山崎河沿线像往常一样,前几天,有人谁正在寻找到周围附近的操场前的河。寻找顺流而下,以接近这将是我的想法,有很多白色的苍鹭。有大约15鸟。

 このアプリは、元の文を入れると瞬時に他国語に変換してくれる。しかも、非常に多数の言語が入っていて希望の言語をすぐに選ぶことができる。

 上記の作業に要した時間は、コピーする10数秒と、クリックする数秒だけである。大変便利にみえるが、翻訳の正確さは残念ながらまだまだ実用には程遠いようだ。

 もし使うとしたら、文はできるだけ短い文(センテンス)にして、やさしい言葉と言い回しにすることである。

●元の文
 こんにちは。お元気ですか。私は元気です。日本は5月の終わりになります。木々の緑がきれいです。風も気持ちがいいです。
 
●英訳した文
 Hi there How are you doing I'm fine. Japan is at the end of May. Green of the trees is beautiful. Feeling is also good wind.

●中国語訳の文
 您好 你好吗我没事。日本是在五月底。树木的绿色是美丽的。感觉还不错的风。

 これで見るとかなりいい線を言っているようである。特に中国語は英訳より良いと思う。
 
 このアプリは、音声入力ができ、音声での再生ができるので、外国語の原文をコピペして音声再生させればリスニングの学習には好適であることが分かった。

 このアプリは、Google Chromの右上にあるアプリを集めた中にある。

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2014年5月23日 (金)

不思議な縁―②―インターネット設定で苦労

 インターネットを使えるようにしてあげようと思ったのだが、お孫さんがどんなサーバーを使っているのかも分からなかった。話していると光を使えるようにしたと言ったので一つ判明した。


 でも、どんなルーターを使っているのかが不明であった。ちょうどK's電機にマウスとフラッシュメモリを買いに行ったので、ついでにルーターも見に行った。店員はCommufaなどはルーター付のモデムを使っていると言った。

 帰ると、まずメモリにこれまでに書いたもののデータを保存してあげることにした。これには面白い話があって、彼女はデーターがどこかに行ってしまったと言っていたのだ。パソコンを見るとデスクトップに文書のショートカットがあったので開いてみると135ぺーじもの文書があることが分かった。さらに調べて行くと、ドキュメントにデータが入っていた。

 これまで書き溜めてきた文書データを全てメモリに保存してあげたら喜んでいた。文書がパソコンに残っていることが分かったので、blogを作るのは簡単だと説明をした。コピペでやれるからだ。

 それからお孫さんが保管してあるサーバー関係の物を持ってきてもらったら、最新のNECのルーターであることが分かった。インターネットの接続設定をしようといろいろ試みたができなかった。分かったのは電波が非常に弱いことであった。

 その日は時間がなかったので、翌々の日曜日に再び訪問した。都合がよいことにお孫さんが家にいると言った。それならパスワードなどが分かると思った。

 CDロムを使ってらくらく設定を試みたがルーターが近くにないので駄目であった。そこでマニュアルでやることにして必要と思われる暗証番号数字を調べてもらった。

 普通はルーターにあるキー番号でやれるはずが受け付けてくれなかった。いろいろやってみてやっとサーバーからもらったパスワードであることが分かった。

 ルーターは2階に置いてあるのだが、なぜか電波が弱かった。それで設定の途中で入力したことが駄目になってしまい苦労した。何とかGoogle ChromのアカウントとFacebookの登録をやり遂げることができた。

次の日、電波の状態を調べたら、ルーターの置いてある部屋の下の階なら強いことが分かりほっとした。

 DさんのWeb siteにアクセスしてDさんがアップロードした写真などを見ることができてとても喜んでいた。英語の代筆をして河村さんがFacebookに登録したこと知らせた。

Dさんから返事が届いて、Facebookに登録をしたことを大変喜んでいた。

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2014年5月22日 (木)

不思議な縁 ―①―

「縁は異なもの味なもの」という表現があるが、最近そういう体験をした。

 このblogでも取り上げた「なごや弁で書いた面白い話」「末期がんからの生還」などを書いた河村光恵さんとの出会いがそれである。

 彼女を知ったきっかけは、1か月ほど前に知人のMさんが「この本面白いよ。読んでみて」と言って貸してくれた「タラの木の不思議」と「私の子育て論」という2冊の本であった。

 自費出版の簡易装丁のこれらの本を読んで、面白い生き方に感じるところがあってblogで取り上げたのであった。blogに載せるには承諾を得ておいた方が良いと思って電話をしてOKをもらった。

 河村さんはインターネットはできないというので、blogをコピーして印刷して送ってあげた。すると彼女から上記の本を6冊と、その他の書いたもののコピーを送ってきたのだ。

 その中に「光恵が書いた面白い話」というのがあり、本当に面白い、痛快な話がたくさんあった。その一つが「名古屋弁の話」であった。

 私は有益な話や面白い話がいっぱいあるのでそれをblogにしたらどうかと話した。彼女はインターネットを使えないといった。

 本の最後にホームページのURLが書いてあり、そこにアクセスできたので不思議に思って尋ねたら、彼女の友人が好意で作ってくれたものだといった。インターネットは使えないのでどんなホームページかも知らないという。

 聞くと、お孫さんがインターネットを使っているといったので、一度訪ねてみようと思った。

 お宅に伺うと、ノートパソコンがテーブルの上に置いてあった。話をしていると、壁に貼ってある写真を指差して、「スリランカのDさんなの。」と言ってDさんのことを話し始めた。名古屋大学に留学していたDさんにボランティアで折り紙を教えて親しくなったのだという。

 話を聞いているうちに、Dさんは私が知っているDさんと同じ人ではないかと思い始めた。それで持っていたiphoneでFacebookを呼び出して、Dさんの写真を見せたら、「間違いない、この人だ」と言った。

 私はびっくりした。彼女も驚いていた。偶然とはいえ不思議な縁であった。Dさんは私たちの英語会話クラブでインストラクターをやってもらった人なのだ。その後英国へ行き大学教授となった。

 河村さんがDさんと知り合った頃に私たちもDさんと知り合ったのであった。以来彼女らはとても親しく付き合いをしていると言った。

 そういう関係で、何とかインターネットでコンタクトできるようにしたいと言ったので何とかしてあげようと思ったのだ。

         ―つづく―
 

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2014年5月21日 (水)

国民を脅し、騙して戦争ができる国へ急ぐ安倍政権

安保法制懇の報告が出て安倍首相は即日に集団自衛権行使へ向けて動き出した。与党を構成する公明党との話し合いも20日から始まった。

 新聞によると公明党の支持母体である創価学会には戸惑いや揺れがあるようだが、新聞によると、集団自衛権行使は憲法改正で行うべきだと述べた。閣議決定という18人ぐらいの人間の判断だけで憲法が変えられるというのは憲法無視も甚だしい。やりたければ憲法を改正してやるべきであろう。
 安保法制懇報告が出た日の夜のNHKニュースは、報告の要点の説明が殆どでまるで宣伝のようであった。
 サンデーモーニングには、元自民党の河野洋平氏も出ていたが、閣議決定で憲法を変えるのはおかしいと批判していた。戦後の内閣は集団的自衛権は行使できないという立場でやってきたことの意義が大きいと言っていた。今の自民党にもそれが分かる人がいるはずだが・・・と首をかしげていた。
 元防衛庁の偉い人も、集団的自衛権行使で、将来は徴兵制になると指摘していた。戦争で自衛隊員が死ぬようになると志願兵だけではやれなくなるというのだ。
 自民党は、尖閣列島などへの中国の強硬な姿勢や、北朝鮮の核とミサイルの脅威を前面に出して、国民を恐怖に陥れて、集団的自衛権行使の必要性を説いていると言っていたが、その通りでそれが功を奏している。週刊誌の中には中国に沖縄を取られてしまうという記事を載せたものまであった。
 もう一つは、最近強調している集団的自衛権行使を限定するという論である。これについても、安倍首相と石破幹事長とでは食い違いがある。いずれにしても口先だけのことで、いつでも自由に変えられるのである。「状況が変わりました」と言えばよいのである。
 憲法を解釈変更で簡単に変え、それで日本の将来を決定するという暴挙。憲法は「鴻毛の軽さ」にされるのであるが、それはあの忌まわしい大日本帝国憲法当時の人の命が「鴻毛の軽さ」であった道に通じるものである。
※しをこうもうのかろきにひさしす【死を鴻毛の軽きに比す】(大辞林)
 

〔「鴻毛」は鴻(おおとり)の羽毛で,きわめて軽いもののたとえ〕
(国家や君主のために)身をささげていさぎよく死ぬことは少しも惜しくない。命は鴻毛よりも軽し。

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2014年5月20日 (火)

山崎川に珍しくたくさんのカワウとシラサギが飛来

 数日前にいつもの通り山崎川沿いにウオーキングをしていたら、運動場近くのあたりで前方に川を覗きこんでいる人がいた。何だろうと思って近寄り川を見下ろすと、たくさんのシラサギがいた。およそ15羽ぐらいいた。  


 シラサギがいるということはカワウもいると思ってよく見ると、2羽のカワウが潜って餌をとっていた。

 そのうちの1羽が首を上げたら口ばしにキラリと光るものが見えた。シラハエを捕まえたのだと思った。

 シラサギは賢い鳥で、カワウが魚を捕りに潜ると、魚が逃げるのでそれを目当てにしているのだと、野鳥写真家の山口さんに教えてもらったことがある。

 2羽のカワウは岸の隅をねらって魚を探していた。シラサギはみんながそれを追うのではなく、2,3羽が近くにいるだけであった。

 iphoneを持っていたのでそれで写真を撮った。なかなかシラサギとカワウを撮るのは難しかった。

 川を渡って戻っていくと、次の橋の下にシラサギがたくさん群れていた。よく見るとカワウがいて、数えたら5羽もいたので驚いた。

 カワウの漁にくっついてシラサギは移動をし、橋の下にきたのだ。そのうちカワウが川上に行ったとみえて、シラサギが一斉に飛んで行った。シラサギは言ってみればカワウの追っかけである。

 シラサギはうまく餌を取れたのかどうかは分からなかった。次の日には、シラサギは1羽になっていて、なぜかコガモが1羽いた。

  香流川を散歩する友人は、大量のシラサギとカワウを見ることができると話していたが、山崎川は普段は1羽のシラサギしかいず、今年になって1度だけ2羽のシラサギが2羽のカワウを追っかけているのを見ただけである。

 あの日はどうして、どこからたくさんのシラサギとカワウが飛来したのか不思議であった。

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2014年5月19日 (月)

認知症になりたくないが

先日NHKスペシャルで「認知症によるゆくへ行方不明者1万人」が放映された。私は一部を見ただけであったが、「1万人」という数に驚かされた。日本中とはいえ、そんなにも多数の認知症が原因での行方不明がいるという現実にである。


 その後この放送がきっかけで一人身元が判明したが、折角名前を付けていたのに、データの共有の不備で家族を見つけられず7年間も不明者となっていたことにも驚いた。

 私の父は2度徘徊して保護されたことがあったが、幸い無事に戻って来られてよかった。今思えば軽い認知症であったのだが、当時は認知症という言葉は知られていなかった。ボケ老人と言われていたのだった。

 認知症は誰でもなる可能性があるので怖い。レーガン元米大統領やサッチャー元英国首相は認知症の超有名人である。

 認知症になれば本人は何も分からないから幸せだという人がいるが、家族など周りの人の苦労は大変である。できれば認知症にならないうちにおさらばしたいものである。

 友人がNHKで放送したという認知症予防の7項目を送ってくれた。それによると、次のようなことである。

①歩く   ②調理などの生活に役立つ仕事をする   ③家族以外の人たちと何らかのかかわりをもって話す    ④健康によい食事をする    ⑤快い睡眠
⑥何らかの創造的な生活をする    ⑦規則正しい生活をする

 自分に当てはめてみると、
①はOKである。もう30数年間ほぼ毎朝歩いてきた

②これは×である。なぜなら調理は妻に任せきりで、99.999%やったことがない。

③日本語を教えたり、いろいろなサークルに入り人と接触するように努めている。

④酒をの飲むこと以外は、食事には気を付けている。

⑤睡眠は布団に入ると割合早く寝付くが毎晩夢を見るのが気になる。

⑥創造的というのが何を指すのかによるが、blogを書くことや合唱をすることが当てはまるかもしれない。

⑦規則正しい生活かどうか分からないが早寝早起きを心がけている

 絵の才能があれば・・・せめて絵手紙でも描けたらと思うのだが残念ながらできない。飲酒を制限したら・・・とは思うのだが晩酌で日本酒相当2合飲む。ただ、タバコは飲めないので有難い。

 認知症は知らないうちに忍び寄るのだと思うが、予知ができるようになってほしい。

 

 

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2014年5月18日 (日)

なかがわ第九合唱団コンサートに行った

 5月17日に、名古屋市青少年文化センターアートピアホールで「なかがわ 歌はともだち 第九コンサート」があった。なかがわ第九合唱団は、中川区制70周年記念に区が事業の一つとして作ったものである。


 ちょうど私たちが昭和男爵コーラスを作ったばかりで、その指揮者が教えてくれたので、第九を覚えるよい機会だと思い参加したのであった。全くの初心者もいたので1から丁寧に教えてもらえたから、その後第九を続けるきっかけになった。

 なかがわ第九合唱団には、現在は参加していないが、知人がいるし、外から聴くのもいいと思って聴きに行ったのである。

 有料だがアートピアホールはほぼ満席になった。プログラムは4部に分かれていた。
 第一部は、中学生のレッツシングコーラスという大合唱団であった。なごやまつり、わが名古屋、前田利家音頭など中川区や名古屋にちなんだ歌を9曲歌った。指揮者は中川区出身の角田鋼亮さんで、よくハモっていた。

 第2部は、電子オルガン演奏で、中川区出身の安井正規さんが演奏した。曲目は信長が翔る、組曲惑星よりジュピター、ヒットメロディWith初音ミクなどであった。電子オルガンはさまざまな音色を出し、音量もよく出るので一人で合奏している感じでいい楽器だと思った。 

 第3部は、田川えりさんのソプラノ独唱で、椰子の実、フィレンツエの花売り娘、オペラミニョンより 私はティターニアの3曲であった。高い音域も見事に歌って、久しぶりに朗々たるソプラノを聴いてよかった。

 第4部がメインの第九コンサートであった。第九の第4楽章合唱の部分を電子オルガン2台と大太鼓とティンパニーのパーカッションで演奏したのだ。これは大変珍しい企画であった。電子オルガンの一つを弦楽器のパート、もう一台を管楽器のパートに割り振ったのだという。

 発表までもって行くのはなかなか大変だったようだが、素人が聴くと十分にオーケスラとなっていた。楽器の音はプログラミングして置くのだと思うのだが、面白い試みであった。

 第九合唱団は、男声の人数が少ないのが残念であったが、精いっぱい歌っていた。出だしの「フロイデ」は物足りなかったが、歌い進むに連れてだんだん調子があがって行った。指揮は角田鋼亮さんで、ソリストはソプラノ 岩川亮子さん、あると 松川亜矢さん、バス 堀内紀長さん、テノール 蜂須賀一晃さんであった。

 今回のコンサートは、バラエティに富んでいて、新しい試みもあり、楽しい2時間であった。アートピアホールは思った以上に音が前に飛んでよいホールだと感じた。 

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2014年5月17日 (土)

マイルドヤンキーというのを初めて知った

 5月12日のNHKお早う日本で「マイルドヤンキー」というのを取り上げていた。ヤンキーというのはよく知っていたが、マイルドヤンキーは初めて知った。


 私のような年齢になると、付き合うのはほとんど高齢者ばかりで、若者との付き合いは全くゼロといってよい。下限は40代半ばぐらいである。

 ひと頃草食系男子などというのが流行ったが、今はマイルドヤンキーなのかと思う。かつてのヤンキーとは違う性向を持っているらしい。

 インターネットで調べるといろいろでてくる。この言葉自体は博報堂の原田曜平という人が使ったようだ。しかし、そうした現象については何人かの人が本にしていることが分かった。

 NHKによると、マイルドヤンキーを見分けるには5つのキーワードがあるということであった。

①絆、仲間、家族という言葉が好き
②地元(家から半径5km)から出たがらない
③車(特にミニバン)が好き
④ショッピングモールが好き
⑤EXILEが好き

 別の指標としては、「車、酒、たばこが好き」、「仲間を大切にする」、「礼儀正しく、やさしい」
というのも、ネットで見つけた。

 ショッピングモルとか車が好きということから、それを商品の開発につなげようという試みがあるようだ。八王子市ではTシャツやラーメンを作って売り上げを伸ばしたと紹介していた。

 仲間や家族を大切にするというのはいい傾向である。友達は小学校時代からの友人と付き合うという。低学歴で、収入的には低収入が多いとも言われている。したがってパラサイトも多いそうだ。非常に保守的な生き方をし、上昇志向が弱いようだ。

 上のことから判断すると、おそらく政治には無関心で投票には行かないのではないかと思われる。

 私が若い頃は未来志向の若者が多かったように思うのだが、隔世の感を禁じ得ない。
 

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2014年5月16日 (金)

セブンイレブン誕生日に株価大下がり

5月15日は、日本で初めてのコンビニエンスストア豊洲店が誕生してから40周年であった。イトーヨーカ堂が北米に4000店あったセブンイレブンと契約し、1974年5月15日に豊洲店を開店したのだ。

 ところが本家の米国セブンイレブンは、1980年代に経営不振に陥った。それでえ1991年にイトーヨーカ堂が買収したのだ。

 今やコンビニは日本全国に5万軒あるといわれる。台湾や中国や韓国や東南アジアにもセブンイレブンなどのコンビニがある。たしかフランスでも見たように思う。

 コンビニの売上高は、百貨店を追い越し、スーパーに迫る勢いである。セブンイレブンなどはこれからもまだ店を増やす考えのようだ。

 私はコンビニはほとんど利用しない。たまにクロネコヤマト宅急便で送るときとかアマゾンで購入するときぐらいである。しかし、一般の人々はコンビニをよく利用するようだ。店の前の駐車場にはいつも車が止まっている。

 コンビニは中国語では便利店とそのまま訳して使っており分かりやすい。日本は略したコンビニで外国人は最初は戸惑うらしい。

 ところで、コンビニ元祖のセブンイレブンの40回目の誕生日である5月15日に、あろうことか、セブンイレブンの株価が暴落したのだ。前日の4054円から3933円まで121円も下がった。どうして暴落したのか理由をネットで探したが見つけられなかった。とんだ誕生日祝であった。セブンイレブンの業績は悪くないと聞いているので腑に落ちない。

ちなみに今日は11時現在前日比100円安の1850円である。

 2日ほど前のモーニングサテライトで、アメリカで調べたら外国人投資家で日本に投資をしたいと思っている人は7%だったと言っていた。理由はアベノミクスへの失望が大きいのだそうだ。そんなことで外国人は日本を売りに入っているようだからそれに巻き込まれたのかも知れない。

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2014年5月15日 (木)

「安保法制懇」の報告を集団的自衛権行使容認の根拠とする安倍首相

  安倍首相がしばしば口にし、持ち出している、「安保法制懇」は、正式名称を「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」といい、もっともらしい名称の懇談会である。有識者会議とも言われ、如何にもその道の専門家で知識豊かな人が集まっている会だという印象を与える。


 この安保法制懇の有識者は、安倍首相が選んだ人たちで、集団的自衛権行使について賛成の人たちばかりで構成されている。

 メンバーの一人、岡崎久彦氏は、テレビにもよく出ている、国民によく知られた政治外交評論家である。彼は5月13日の中日新聞に登場し、驚くべきことを話している。

 「安保法制懇のメンバーが集団的自衛権行使に賛成の人ばかりであるのは当然のことで、慎重派など入れる必要はない。なぜなら正しい考えの人ばかりで、正しいことをするのだからである。その根拠は砂川事件の最高裁判決にある。」

という趣旨のことを述べている。有識者は正しい意見の人ばかりだというこじつけを堂々と述べているのだ。この論理で行けば、どんなことでも可能になる。有識者懇談会という私的諮問機関を作り、自説に賛成の人間ばかりを集め、その報告をもとに「正しい考えの人たちの答申だから正しいのでそれを実行する」と言えばよいのだ。

 昨年2月に安保法制懇が設置されてから、6回以上の会議が持たれたが、一度も集団的自衛権行使反対の意見が出されていないというのも、岡崎発言から考えれば当然のことである。

 また北岡伸一座長代理は、「政府から報告を出してくれと言われればいつでも出す」と言ったそうだ。初めから結論が決まっていて、ただ権威づけ?をするための安保法制懇だからこそ言えることである。

 このようにして、体裁だけを繕った「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」というもっともらしい私的諮問機関で、集団的自衛権行使の正当性にお墨付きを貰い、閣議決定をして憲法の解釈を変えようというのだ。

 何とも人をバカにした、しかし、危険極まりないやり方ではないか。安倍首相は政府方針として声明を出し、公明党の逃げ道をたち、閣議決定に持ち込む算段である。

 公明党は政権離脱はしたくないから、最終的には賛成に回ると安倍首相たちは見ているそうだ。その見方は私も同じである。

 

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2014年5月14日 (水)

第7回アマチュア マジック フェスチバルを見に行った

5月11日(日曜日)に尾張旭市文化会館あさひのホールで、第7回アマチュア マジック フェスチバルが開かれた。

 私は尾張旭市へ行くのは初めてなので、最初は、栄駅から瀬戸電で行けばよいと思っていた。ところが調べていると大曽根駅から乗ってもよいことが分かった。それで地下鉄で大曽根駅まで行くことにした。それで片道100円安くなった。

 名鉄大曽根駅はJR大曽根駅と隣り合って高架になっていてすぐに分かった。運よく急行が来たのでそれに乗り、9時46分には尾張旭駅に着いた。

 文化会館へは道路標示があったので、それにしたがって歩いて行った。駅から6分としてあった通り9時前に文化会館に着いた。家を出る時、早くから並んでいることを想像して早めに出たのであったが、誰も並んでいなかった。9時半開場なのに、受付に行くとすぐに会場に入れてくれた。

 何と会場には数人しかいなかったので、席は舞台前も空いていたが、前列から3列目の左側に座った。理由は、その辺りからは演者の裏側の動きも見ることができるからだ。思った通り、その位置からは身体の後ろやテーブルの後ろから物を取る様子がよく分かった。

 10時開演まで1時間もあったので、外に出てパンでも買おうと思ったが、コンビニもなかった。たまたま通りかかった地元の人に尋ねてコンビニを教えてもらった。歩いて行くとコメダコーヒーがあったので入り時間を過ごした。

 会場に戻ると、開演10分前なのに50人ぐらいしか来ていなかったので拍子抜けがした。開演時にやっと80人ぐらいになった。

 このマジックフェスチバルには、14のマジッククラブが登録されているがこの日の参加は次のグループであった。
 
 中日文化センターの一宮教室と四日市教室、東海マジック同好会、ハットマジック瀬戸、レインボーマジック、ハッピースマイル、緑マジックサークル、トンマジッククラブ、グランパスマジックソサエティ

 これだけのマジッククラブが関係しているのなら、観客がもっと集められると思うのだが意外であった。

 10時から11時37分までは団体の出演ということであった。トップは、緑マジッククラブの10名が「平成浦島太郎物語」という構成の劇仕立てでマジックを演じ、面白いアイディアだと思った。

 次は、トンマジッククラブの7人がシルクやロープや鳩だし、ワインボトル、増える水などいろいろと演じた。

 3番目は、レインボーマジッククラブで14名が演じた。人体交換と人体浮揚のイリュージョンがあり、パラソルやお椀と玉などもあった。

 午後は12時25分から個人出演の部で、3部に分かれていた。第1部は、マジック歴2か月、6か月という人も一生懸命に演じていた。中華セイロ、四つ玉、タンバリン、小さくなるカードなどの他に南京玉すだれもあって面白かった。

 13時40分からの第2部は、人体交換のイリュージョンや浪曲手品、手袋、ケーンプロダクション、テーブル浮揚などもあった。自称ゼンジ―バイキンさんの演技はゼンジ―北京のパクリの感がないでもなかったが面白いトークで楽しいものであった。

 14時45分からの第3部は上手な人が揃っていた。ハト出しが2人、ゾンビ、リング、シルク、カード、CD,ミリオンフラワーなどがあった。大トリを演じた女性は見事なファウンテンシルクで魅了した。

 いろいろなクラブが出演しているので、演目にダブりが出るのはどうしようもない。新聞マジックが非常に多く、取り出し箱は5人もいた。シルクの結び、消失などは4人も同じであったが中でも若い女性のは見事であった。

 他にもロープと輪やロープ奇術にもダブりがあったが、同じマジックでも演じ方の比較ができるから良いかもしれない。

 固くなって必死に演じる人や仏頂面で演じる人や如何にも嫌だという感じで演じる人などもいて様々で勉強になった。でも、音楽に乗って、しかも素敵なスマイルで演じる女性も何人かいてさすがだと思った。

 ネタを落としたり、失敗したり、取り出しのネタの様子が見える人なども何人もいたがご愛嬌であった。

 朝10時から3時45分まで5時間も、たっぷりとさまざまなマジックを楽しませてもらった。スケジュールが分刻みで組まれていてずれることなく進行したのには驚いた。

 これだけのマジックショーだから無料で出入り自由なので一般の人が見に来るとよいと思った。ほとんどがマジック関係者で、しかも空席が目立ったのでもったいないと思った。

Asahi


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2014年5月13日 (火)

なごや弁で書かれた面白い話―②―

 「ひっくるめてご先祖さんを拝んでもらったけど、先祖さんの中で、まあーんだこうゆう人が成仏しとらっせんよ―ということはわからんもんかねえ?と聞いたんだわあー。」

「ほん、ほん、ほんならおっ様、なあーんと言わしたの?}

「それがよおー、まあー、きいてちょー。おっ様の言わしたことにびっくりこいちゃった!おっ様ねー『そんなもん!神様、仏様といっても、ほんとにあるかどうかわからんのに、誰が成仏しとらっせんかなんて、分かるはずがにゃーあよ、ハハハハ』と笑わしたんだよお!そしたらおっ様が帰らしてから叔父さんが怒らしたの・・・」

 「そおりゃー、怒らっせるわ。そんなもん怒ったりゃええぎゃー」

「(叔父さんが)『もうちょっと、ぼうずもよー、うみゃあこと言やええのに、とろくさいこと言っちゃーいかんわなー。お布施をだゃーとる身にもなってみよ!俺がお経をあげたった方が、ご先祖さんもよっぽど成仏さっせたわ』と言わしたもんで、親戚中大笑いしたの・・・」

「ハハハ・・・そんなもんだね、ハハハ・・・」

「そおしたら、その時、私のおっかさんがね、昔のおもしれー話をさっせたの!昔ね、跡取りだったおっかさんのとこに、姉さんがきてね、『わたしよおー、神さんに見てもらったらよー、おとっつあんがよお、地獄へ落ちて御座ると神さんが言わしたでよ、供養せないかんげなでえー、ちゃんと供養しときゃーよ』と、伯母さんが言わしたんだと。それを聞いたおっかさんは、伯母さんに言ったんだとおー」

「『神さんが何を言わしたか知らんけど、毎月の月経をあげっとって、ちゃんと年季も務めとって、50年以上も供養して、そんで地獄に仏が落ちました・・・んならそんなもん落ちる方が悪なゃーきゃー』と姉さんに言ったんだと、そしたらちょこっとたってから、姉さんがまた神様のとこへ行って、聞きに行ったんだとね。

『とめさがよおー、そんなもん、供養してまっとって地獄へ落ちさしたなら、落ちる方が悪なゃーきゃーと言っとるが、どんなもんだゃーも?』と言っとるがどんなもんだろうと神さんに聞いたんだと。そうしたら、神さんが間違っとったと言わしたんだとおー。
 地獄へ落ちて御座った仏さんは、わしんとこのおとっつあんの父親だったんだとさ、ハハハ。」と姉さんが言ってござったけど、そんなもん神様もええ加減なこと言ってはいかんわなあー、と、おっかさんが言っとったの・・・」
と、私がOさんと話をしていたら、バスの運転手さんも大笑いをしていました。ホホホ・・・。
神さんも、仏さんも面白いね
 
 名古屋弁で見事に表現をしていて感心した。それでblogで紹介したいと思い取り上げた。

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2014年5月12日 (月)

なごや弁で書かれた面白い話―①―

 河村名古屋市長は名古屋弁でしゃべるのを売り物にしている。最近は名古屋弁丸出しで話す人は少なくなったので一つのセールスポイントになっている。


 私が子供の頃は、大抵の人は名古屋弁で話していた。名古屋弁と言っても地域によって少しずつ違っていた。きれいなのは語尾に「えも」がくる上町の名古屋弁であった。近所にそのきれいな名古屋弁を話す松田さんという女性がいて、何時も上品だなあと思って聞いていた。その他の人は、下町というか、百姓や商人の名古屋弁を話していた。

 そんな下町の名古屋弁での会話を書いたものがあった。書いた人は河村光恵さんで、「光恵の書いた面白い話」の中に見つけた。

 河村さんが初めて敬老パスを貰って嬉しくて市バスに乗ったときの話である。題名は「バスの中で名古屋弁を話す人に出会って」(読みやすいように、原文の句読点などを修正してある)

 バスに乗ったら、知ってるOさんが笑ってみえたので、名古屋弁でいろんな話をして笑いました。Oさんは、大家さんのことを話されました。

 「今はよー、じだゃーが変わったもんだね!お寺さんも普通の大家さんと一緒で、きっついこと言やーすで、びっくりこいたあ!そんなもんかねえ」と、言われたのです。
 
 私は、「そおーんなもんだよお!・・・私もいっぺんびっくりこいたことがあったもんね!」と言ったら、Oさんが、「なーにがあったの?はなゃーてえ」と言われたので、私は弟に取りついたお化けの話しをしました。

 「私の弟の寝とるとこにねえー、女の人と分かるお化けが出たんだと―。不信心な弟は、それがなんだかわからなんだもんでねえー、悩んで、だゃーぶんたってから、お化けだと気がついたんだって。

 そんでどっかしらんで、拝む人に見てもらったんだとおー。そしたら成仏しとらっせん霊が拝んでほしい!と言っとらっせるで、お寺さんで拝んでもらやーと言わしたんだと。そんだもんで、弟はおっ様を頼んで拝んでもらったんだってえ・・・それからはパタっと出んくなったんだってえー。・・・・そのお化けねえ、来るときは金縛りにしてねえー。帰る時は、コツコツ、コツコツと足音をたてて帰って行くんだってえー」

「ほん、ほん・・・そんでえー」

「そういうことがあって、弟は考えたんだわ・・・自分のご先祖にもねえー、成仏しとらっせん仏さんがござったら、いかんでしょー。しょうがにゃーでえー、何でもええで、ご先祖さんをひっくるめて、おっ様を頼んで、親戚じゅうを呼ばって、拝んでもらうことにしたんだわあー。 
 
 私も供養に呼ばれたもんで行ったの。そんで、おっ様の供養のお経が済んだもんでねえー、ごっつおーを食べてござるおっさまに聞いたんだわあー」

「なあーにを、聞きゃーたあー?」

             ―つづく―

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2014年5月11日 (日)

原発事故を予見した本―「巨大地震」―③―

「巨大地震―首都は炎上しているか!?」という本が提起するもう一つの地震の怖さは、”火災旋風”である。


 火災旋風というのは、広域に発生した火災による竜巻で、高温の旋風である。火災が発生すると、そこに上昇気流が生じ、熱せられた空気が上方へと移動し旋風となる。それに炎が伴うと火災旋風となるのだ。(P.138)

 関東大震災のときには、すざまじい火災旋風が起き、本所被服廠跡広場には荷物を持った4万人もの人々が避難したが、そこへ3方向から火炎が迫り、竜巻となって襲い掛かり、阿鼻叫喚の事態となった。そして38000人もの人が亡くなったのである。

 火災旋風は東京だけでなく、高層ビルが立ち並ぶ現在の都会ではビル風を引き起こすので、ビル周辺の火災が火災旋風になりやすいという。

 さらに東京のある関東地方南部には「南関東ガス田」があり、国内の天然ガス埋蔵量の9割も占める日本最大のガス田だそうだ。

 2004年には千葉県九十九里浜のイワシ館で天然ガスによる爆発事故が発生。2005年には東京都北区の温泉掘削現場で天然ガスが墳出して火災を起こした。2007年にも同様の事故が起きている。

 東京直下型地震の発生を考える時に、日本最大のガス田の存在を無視することができないと指摘している。(P.145)

 東京都の被害想定に火災旋風やガス田は入っていないそうでとんでもないことだと言っている。さらにガソリンを積んだ自動車対策もされていないという。

 以上、この本が指摘している東京直下型地震の対策の不備については2007年までのものであり、現在はどうなっているかは分からない。東日本大地震を教訓として進んだ対策が出ていればよいのだが。

 

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2014年5月10日 (土)

原発事故を予見した本―「巨大地震」―②

 「大地震の発生を考えた場合、最も危険なのが原子力発電の施設です。日本ではすでに55基が稼働しています。(2006年12月現在)計画中のものまで含めると、その数は69基になります。全発電量の35%を原発でまかなっており、日本はアメリカに次ぐ原発大国になっています。現在、日本は政治主導で原発開発を推進しており、プルサーマル計画、高速増殖炉計画に対しても積極的なアプローチをしています。」(P.166)と書いている。この本が出版されたのは、2007年だから、東日本大震災の4年前である。

 続いて原発が何故危険なのかを次のように書いている。
「何よりもおそろしいのは、原発が建設されている場所です。日本の原発はその多くが構造線の上に立地しています。」として、どの構造線の上にどの原発があるか書いている。残念ながら福島原発は書かれていない。

 「このように、危険性が高いと考える場所に、これほど多くの原発を建設してきた国は日本以外にはありません。それでも政府はM8クラスの地震が起きても安全性に問題がないと言い続けています。」(P.167)

 それまでにも事故は度々起きているが、原発は絶対安全だと言ってきたので事故を隠ぺいしていると指摘している。

 原発にはBWR型(沸騰水型軽水炉)とPWR型(加圧水型軽水炉)の2種類の原子炉があるが、東北地方にはにはBWR型軽水炉が設置されているという。そしてBWR型軽水炉の方が危険性が高いというのだ。理由はいざというときに原子炉を停止させるのに下から上に制御棒を入れるので難しいのだそうだ。

 PWR型は地震国には向いてなく、巨大地震を想定した設計にはなっていないという。福島第一原発の原子炉はそのアメリカ製である。
 安倍政権は原発を30年以上使用すると言っているがとんでもないことである。この本では、原発について、「原発は複雑系の超大規模施設であり、原子炉炉心、原子炉圧力容器、原子炉格納容器、制御棒駆動機構、配管系、タービン、原子力発電設置基盤等を含めた複雑系の施設です」と述べ、その安全対策は慎重かつ十全でなければならないと言っている。

 こうした設備は高熱や放射能で疲労が生じ脆性破壊を起こす。だからアメリカでは耐用年数がきめられているが、日本では決められていないのも問題があると指摘している。

 福島第一原発の4基の原発が地震と津波で破壊されたことはこの本が危惧していたことが不幸にも現実となったのだ。その予見に今更ながらに感服する。

 

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2014年5月 9日 (金)

原発事故を予見した本―「巨大地震」から―①

 前にblogで取り上げた河村光恵さんから送って頂いた「巨大地震―首都は炎上しているか!?」という本を読んで驚いた。原発は決して安全でないことを地震との関連で詳しく指摘してあるからだ。


 この本が出版されたのは、2007年10月だから、福島原発事故の3年半前のことである。この本でもし日本で地震が原因で原発事故が起きたら大変なことになると書いてあることが現実となったのだ。

 著者は、濱嶌良吉氏と浅井隆氏である。濱嶌良吉氏は河村さんの弟だという。出版は第二海援隊。なお、以下に書くことは2007年時点のことであることを頭に置いてほしい。

 この本では、地震のメカニズムについて図入りで詳しく書いてあるが、私には難しくて理解できない部分が多い。しかしながら言わんとすることは十分理解できた。

 大事なことは、日本では阪神・淡路大震災を境に、地震の予知については東海大地震以外はしないことになったが、地震の予知は絶対に必要であり、しかも、2日前の予知を目指すべきだというのだ。

 日本では現在数十秒前の予告が行われているが、それでは事実上何の対処もできない。しかし、もし2日前に予知できればさまざまな対策が立てられ、みんなが心の準備もできる。特に原発については停止作業などの安全対策を取ることが可能だ。

 日本政府が地震予知をしないのは、正確な予知は不可能だという理由からだが、この本ではフランスでは人工衛星を打ち上げて、10時間前までに地震発生を予知できるところまで来ている(2007年以前に)という。さらに中国、ロシア、台湾も地震予知のための人工衛星の打ち上げ計画を持っているというのだ。(現在はどうなっているのか知りたいものだ)

 日本では串田嘉男という人が電磁波の変化に注目し、地表面にはプラスの電荷が集積し、電離層にはマイナスの電荷が集積するのを利用して、地震時に発生した高密度の電荷で、FM波が反射されるのを受信して予知をすることを研究していることを紹介している。

 人工衛星を打ち上げることやこうした研究を進めることで、2日前の地震予知は可能になるから、そうしたことに金を使うべきだと言っている。

 本当に2日前までに予知ができるようになればどれだけ助かるか、金の面からみても計り知れないと思う。

 もう一つの大事な指摘は、地震研究についてである。政府が進めている地震研究は、一つひとつの断層を詳しく調べて、そこでの地震発生の確率を出すことだが、それでは不十分だという。これまでに阪神淡路大震災、中越地震、福岡県西方地震、能登半島地震などみな想定外の地震とされてきたが、それは個々の断層だけを見ているからだというのだ。

 地震の発生を想定する場合、断層系をまとめて構造線としてとらえ、それらの構造線がブロックになって動いているという見方が大切だと述べている。日本の代表的な構造線には、中央構造線、柏崎・千葉構造線、糸魚川・静岡構造線があるという。

 巨大地震―首都は炎上しているか!?

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2014年5月 8日 (木)

中国人から見た日本の良いところを失わないことが大切

 

インターネットのお蔭でネットを通じて自分の意見や感想を発表する中国人が多くいるようだ。政府は都合の悪いことは削除するようだが、それでも次々とネットに発表する人がいるのはネットの良い点だ。


 中国人で日本を嫌うのは抗日の学校教育やテレビドラマをこれでもかというほど見せられるからだという意見もある。そういう人でも日本に旅行してそれまでは日本嫌いだったが見方が変わったという発言も多く見られる。

 日本はとても礼儀正しく、プライバシイを大切にする国で、創造性が高く、多くのよいアニメや漫画が中国に入ってきている。

 東南アジアの諸国は日本によいイメージを持っている。日本を悪く言うのは中国と韓国と北朝鮮の3か国だけ。その影響で自分もおかしくなったみたいだ。

 日本人は清潔だし、公共の場所にもゴミが落ちていない。

 時間の観念が発達している。列車の時刻は正確だし、飛行機の出発時間も93%以上の正確さだ。

 デパートやレストランや商店の店員の応対がにこやかで親切である。

 食べ物がおいしく安全である。

 自動車は整然と走り、クラクションを鳴らさない。

 路上で喧嘩をしたり大声を上げて争っている人はほとんど見ない。

 中国人は日本に来てよい所はよいと認めてくれているのが嬉しいことである。面白いと思ったのは「性が開放的」だというのだ。おそらくAV雑誌やビデオが簡単に手に入るからだと思うのだが、中国では蒼井そらなどAV女優が大人気らしい。フォロワーが1000万人もいるAV女優もいるとか。

 AVはともかく、日本の良い所はこれからも残るようにしていきたいものである。日本では非正規雇用が増加し、これからも貧困層が増え、モラルの低下を懸念する人もいる。もっともモラルは富裕層でも悪い人はいくらでもいるが。

 中国を見ると富裕層のモラルのひどさがよく分かる。中国の古の人で「恒産なくして恒心なし」と言った人がいたが、今や「恒心ありて恒産なし」とでも言い換えた方が良いくらいだ。

 そういえばこんな記事もあった。中国では高速道路の料金所を突破する車が後を絶たず、各地料金ゲートで常態化しているというのだ。

 外国の人から気づかせてもらう日本の良い所をこれからも守り育てていきたいものである。
 

 
 

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2014年5月 7日 (水)

こっそりと便乗値上げのやり方

 名古屋の食品ディスカウントスーパーとして有名な○○○というスーパーがある。特に中国人など外国人にもよく知られており、遠くから買いに来る人もいるくらいだ。店内は中国語がよく聞かれる。

 ○○○は確かに他のスーパーよりは安く、しかも品物が悪くはないので人気があるのだろうと思う。私もずっと昔からこの店に買い物に行っている。

 その○○○だが、消費税値上げにともない値段の表示を変えたかえた。税別表示になったのだ。4月の消費税値上げを待たずに、2月中旬から表示を変えた。

 税別表記自体はどうということはないのだが、問題なのは値上げになったことである。私の知人でこの店をよく利用する人も同じ感想をもっている。「○○○ってこの頃値段が高くなったね」というのだ。

 いろいろと考えて分かったことは、以前税込で表記していた値段をそのまま税別表記にしたのだ。

 一例をあげよう。昔から税込598円の激辛ソーセージだが、これが4月から税別で598円になったのだ。消費税8%を載せると646円となる。しかし、以前は5%の税金を含めて598円だったのだから、5%の税金を引くと568円ぐらいが税別価格であったのだ。

 すると568円に8%の消費税を載せると613円50銭ほどになる。現在の税込み価格646円から613円を引くと33円ほど値上げしたことになるのだ。

 以前の税込価格をそのまま税別表記にすると、あたかも値上げされていないように感じる。それが人間の脳の不思議さである。「ああ、変わってないんだ。消費税を上乗せするだけだ」と思ってしまうのである。

 そこで計算機を出して(携帯にある)計算すればよいのだが、そんなことをする人はまずいないだろう。そうやってまんまと便乗値上げに乗せられてしまい、結果として高い値段で買わされているのだ。

 イオンのように2000品目値下げをしましたとか、TOPバリューは値上げしませんというのは明快で良い。○○○のようなやり方は姑息である。値上げするなら堂々とやってほしいものである。それが店の信用にもつながるはずである。

 

 消費税値上げ以前のように、良い品を少しでも安く提供してほしいものだ。外国人もそう願っていると思うよ。

 聞くところによると、他の店やネットでも同じようなやり口の便乗値上げが見られるという。消費者は賢くならなくては。

 

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2014年5月 6日 (火)

憲法記念日のトークセッションに参加―②―若者が参加できない理由

 もう一人のパネラー、大内裕和中京大学教授は、違う観点から問題提起をした。「若者はなぜ憲法集会に参加できないのか」というタイトルであった。


 「参加しない」ではなく「参加できない」としたのは、「しない」は自分の意思であるが、「できない」なら外部的理由があることを示唆するからであることがわかる。

 大内教授はレジメを配られたが、それには3つの理由が書いてあるので、以下に転記する。

1.大学生の貧困の深刻化
 東京地区私立大学教職員組合連合にによる学生生活調査。首都圏の15私立大学・短大の新入生の保護者を対象に2013年に実施したもの。それによると、自宅外通学者は約4割。仕送り額は月平均8万9000円で、1986年度の調査以来過去最低だった前年度より、さらに900円下がった。

 仕送り額から家賃を引いた生活費は1日平均937円。2年連続で1000円を割って、過去最高だった90年度の2460円の半分以下である。

 集会に参加したくても、学生でも前売りで900円の参加チケットをこれで買えると思うかという話であった。

 後の質疑では、中京地区でもアルバイトをしながら学費を稼ぎ、自宅通学している高校生が増えていると言い、アルバイトのシフトで休めなくて学期試験に欠席する大学生も出てきていると話していた。
 先日のNHKスペシャル貧困化する若い女性でも同じようなことを取り上げていた。

2.有利子奨学金受給者の急増 
 政府は、1984年に有利子奨学金を導入、1990年代後半以降、一般財源の無利子枠は拡大せずに、有利子枠のみ、その後の10年間で10倍に拡大させた。

 奨学金を借りている大学生の割合は1998年の23.9%から2012年には52.5%に増加。
 1998年度 無利子奨学金39万人、  有利子奨学金11万人 計50万人
 2012年度 無利子奨学金38万人、有利子奨学金96万人、計134万人
 4年間で一人380万円にもなり、就職できない場合はアルバイトなどで返すことになり大変だという。

3.ブラックバイト・全身就活・ブラック企業
 ●ブラックバイト(NHKナビゲーション2014年4月27日放送「アルバイトが学生生活を脅かす」)でも取り上げられた通りである。

 学生であることを尊重しない働かせ方。低賃金であるにもかかわらず、正規雇用労働者並みの義務やノルマ、重労働を課されるアルバイトのこと。非正規雇用労働の基幹化が進む中で登場した。残業代の未払いや学生生活に支障をきたすほどの長時間労働などが行われることが多い。

 ●全身就活
 大学3年に入ると、すぐに就職活動開始。就職に自分のあらゆるリソースを注ぎ込む。大学4年間の後半が就職活動に費やされることもある。

 ●ブラック企業
 若年労働者を使い潰す企業の登場。

 以上のことから、今の若者は憲法集会とか原発集会などにとても参加する金銭的、時間的余裕がない者が多い。

 安保の頃は経済が上り坂であったが、この20年間は下り坂であることも影響しているようだ。

 ◎憲法26条「教育を受ける権利」
 ◎憲法25条「生存権・社会権」
 これらがまともに実現することが大事だという指摘は私もまったく同感である。

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2014年5月 5日 (月)

憲法記念日のトークセッションに参加―①―

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 5月3日は憲法記念日。1947年に日本国憲法が施行されて67周年になる。この日、私は名古屋市公会堂で開催された第50回市民のつどいに参加した。今年のテーマは「憲法をいかすには」であった。

  高齢者と学生は前売り券が900円なのでそれを買っておいて楽しみにしていた。少し早めに行くとすでに100人ぐらいの列ができていた。でも、早めに開場してくれたので助かった。

  1階の前の方に席を取りたかったが、駄目なので2階のバルコニー席に行った。ステージを見下ろせるので良いと思ったのだが、トークセッションが始まると、話が聞きづらいことが分かった。

公会堂は3階席まで満席となり、立っている人もいた。集団的自衛権行使で憲法への関心が高まっているのだと感じた。

  13時きっかりにこの日のアトラクションのJazzの演奏が始まり、緞帳が上がった。小畑孝廣Sextetでヴォーカリストは西嶋恵さんであった。よく知られたナンバーが多くて演奏も上手で45分間を楽しむことができた。

  後で知ったのだが、戦時中は敵性言語ということで英語は全て禁止されたが、そのとき、トロンボーンは”金属製抜き差しラッパ”といったそうだ。ラッパは語源は不詳だが英語ではなく外国語が日本語になったものらしい。演奏にはテナーサキソフォンとアルトサキソフォンが使われたが”金属製曲がり尺八”と言ったそうだ。このような時代には決して戻してはならない。

  メインイベントのトークセッションは、「憲法と日本社会」というテーマで、壇上にはメインゲストの小熊英二慶応大学教授、サブゲストの大内裕和中京大学教授と藤原はづき(コミュニティデザイナー)さんが上った。

  初めにも書いたように、マイクの話し声がとても聴きづらくて十分には内容を掴めない部分があったのは残念であった。

  小熊教授は、社会がバラバラになっていて、地方議員から国会議員まで、政治家たちはかつてのような支持基盤を失っていると言っていた。

  自民党の支持基盤は、建設業界、郵政、医療、地域の保守層などだが、最盛期の1991年には541万人いた党員が、2012年には71万人に減ってしまった。建設、郵政などが半減してしまったという。

  組合の組織率も活動も縮んでしまい、連合の有力労組は電力だけとなり、日教組などの力がなくなってしまった。

  かつては市民はそれぞれ相談に行くところがあったが、今はそれが無くなってしまった。

  自民党でも民主党でも1年生議員が多くて政党交付金たよりになっていて支持者との接点が弱くなっている。

  以前は地方選挙の方が国政選挙より投票率が高かったがそれが逆転してきている。また、自民党の国政選挙の得票率は減少してきている。

  議員たちは一般市民の生活を知らない。肌で感じていない。安倍政権は狭い層の声しか聞いていない。

  次に歴史的に見て話を進めた。50年代は「護憲」、60年代は「安保」が叫ばれて70年代までは、「安保」と「護憲」が争点であった。その頃は日教組が頑張っていた。それで教育研究集会は嫌われた。

  その頃は集会には高齢者は少なく、若者が中心であった。それが今は逆転している。当時は日本の経済が上向きであった。集会やデモは高齢者が中心になってしまった。

  現在は大企業で働く人や公務員が安泰である。これから先は、収入の少ない人がどんどん増えてモラルの崩壊が起こるだろう。若年層は雇用が最大の問題である。

  聞き間違えたところがあると思うが、印象に残ったところをメモ風に書き留めた。

 トークセッションが終わってから、4階の集会室で質疑の会が開かれたのでそちらにも参加したが、とても面白かった。白熱して終了時間が40分ほど伸びたぐらいであった。


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2014年5月 4日 (日)

憲法論議をまきおこそう

 昨日は憲法記念日であった。朝日新聞朝刊は憲法関係の記事をたくさん載せた。

 見出しだけを拾っても、一面に「改憲執念の首相」(憲法を考える上)、2面は「安倍首相 突き進む理由」、3面に「解釈改憲『法の支配』危機」、5面「一から分かる立憲主義」、社説は「平和主義の要を壊すな」、声欄は憲法特集、15面に「今この国はどこにあるのか」、34面「報道 圧力に屈せず」「憲法私は・・・・」、35面「憲法学ぶはじめの一歩」などであった。

 

 今年は安倍首相の集団的自衛権行使を解釈改憲でやろうという動きがあるのでこれだけの記事を組んだのであろう。

 

 朝日新聞には2ページにわたる大きな意見広告「集団的自衛権派戦争への道」「未来への責任9条実現」も載っていた。

 

 安倍首相は今の国会の会期末の6月までに何とかして集団的自衛権行使をできるようにしたいと必死である。石破幹事長を米国に派遣して副大統領や国防長官から支持を取り付けた。

 

 後は公明党さえ取り込め閣議決定をできるのだ。私の予想では公明党は閣議決定に同意をするのではないかと思う。

 

 一内閣の解釈で憲法が変えられるというのはとんでもない話である。そんな軽々しいことを一国の首相がよく言えたものだと思う。憲法を守るのは公務員の義務ではないか。ましてや首相である。率先して憲法を守らなければならない立場なのだ。

 

 石破幹事長は米国で議員たちを前に講演をして、集団的自衛権の行使範囲を広げることができると言った。限定的行使というかたわらからぬけぬけとそういうことを言っているのである。全く話にならない。

 

 これからもどんどんと憲法の議論をしていくことが大事である。

 

 朝日新聞に”やくみつる”の風刺漫画があったが、出色のできである。写真に撮って下に載せた。

 

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2014年5月 3日 (土)

予想どおり面白い「花子とアン」

 NHK朝の連続テレビドラマ「花子とアン」が「あまちゃん」やその後の「ごちそうさん」の視聴率を抜いて堅調である。

 このドラマが始まってすぐに期待がもてそうと書いたが、1か月たって予想通りの面白さである。

 吉高百合子の花子もよい。役柄にはまっていると思う。他に役にはまっていると思うのは、ブラックバーン校長、浅田美代子の茂木先生、安東一家などである。

 物語は修和女学校を舞台に花子たちの活動が展開し、サイドストーリーとして父親が社会主義運動に加わったことや安東家などの小作農家の苦しい生活、地主様の威張った生活などが描かれ、明治時代を少し垣間見ることができる。これから大正、そして昭和の戦争時代へとどう展開していくのか楽しみである。

 あるコメントを読んだら、小さいエピソードを次々につないで行くドラマ構成がよいと書いてあった。どのエピソードもハラハラさせながら終結し、次のエピソードに移って行く。視聴者としてはドキドキ、ハラハラ感がよいのかもしれない。

 それとこのドラマはフィクションと断ってはいるが、村岡花子さんという実際に存在した人物を扱っていることで余計に興味がそそられるのだと思う。今BSで再放送している「カーネーション」と同じである。

 希望としては、花子の成長と共に殖産興業からヨーロッパに追いつき、日露戦争などを経て帝国主義国家になっていくことや当時の小作、労働者の生活にも目を向けて行って欲しいものである。

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若年女性に貧困層が増えているという

 街を歩いていると、おしゃれな格好をした若い女性が颯爽と歩いている。若い女性で貧しい身なりをした人を見たことがない。

 昔は貧富の差によって、見た目にもはっきりとこの人は金持ちか貧乏かが現れていた。今NHKでやっている「花子とアン」を見ると、明治時代は実にはっきりとしていたことが分かる。

 昔は、分相応の身なりや立居振舞をすることが大事とされていた。だから言葉遣いまでも身分により異なっていた。

 戦後は身分制度がなくなり、憲法の下に男女平等となった。それで外見や振る舞いなどでその人の貧富を測ることは難しくなった。

 ホームレスは明らかにそれと分かる身なりをしているが、そうでない人たちは外見でどんな職業かなどの判断が付けにくくなっている。

 NHKスペシャルの「調査~女性たちの貧困~新たな連鎖」を見て驚いた。若い女性の中に貧困層が広がっているというのだ。街を歩く外見からはどの人が貧困なのか見分けがつかない。きっと多くの貧困女性が混じっているのであろうと想像した。

 年収200万円以下の層が81.5%もあり、非正規雇用者の6割にを占めるというのだ。日本の貧困率は世界の中でも最下位の33位で50.8%だという。

 シングルマザーは124万人いて、その80%は年収が114万円以下だというのだから本当に驚いた。小さい子どもを抱えていてなかなか仕事に行きづらいからそうなるのだが、月収が10円にも満たなくてどうやって生活をしていくのかと思う。

 TVでは食べ物も1日1食でそれも僅かなものを分け合っている姿が紹介されていた。

 親の生活破綻で子どももどうしようもなくなり、貧困が連鎖しているというのだ。以前は子どもが家計の補助のために働いていたが、今は家計そのものの稼ぎ手となっているという。

 若い女性がネットカフェに寝泊まりしている様子も映されていたが、畳1畳もないところでどうやって睡眠をとるのだろうと不思議であった。今、ネットカフェを常住の場所にしている女性が増加しているのだという。ホームレスの1歩手前である。

 1987年には20%であった非正規雇用が今や47%にもなり、安い賃金でパートなどを掛け持って朝早くから夜遅くまで働き、それでも僅かな収入にしかならないと嘆いている姿を見て胸が痛んだ。

 NHKスペシャルでは、専門家のコメンテーターがコメントしていたが、残念ながら具体的な対策は語られなかった。

 バブルが崩壊し、以後長い低迷が続き、小泉政権の時の新自由主義経済政策で更に貧困層が増えたのは周知の通りである。

 その後民主党政権に期待が掛けられたがあっという間に裏切られてしまった。そして誕生した安倍政権であるが、貧困層対策は何もなく、反対に残業代ゼロとか首切自由とか企業だけを大事にする政策をとっている。

 安倍首相は女性の登用を声高に言っているが、それは一部のエリート向けのことであって、ほとんどの女性には無関係のことである。

 若い女性が虐げられる国では国力が落ちるばかりである。結婚などとんでもないと言っている若い女性たち。政府がいくら子どもを増やそうと言っても現実はどうにもならないのだ。

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2014年5月 1日 (木)

スタイリッシュ茶道なるもの

 4月28日の夕方のNHKほっとイーブニングで「スタイリッシュ茶道」というものを紹介していた。

 テーブルで気楽に抹茶を楽しもうということらしかった。道具は茶筅は必須で従来のものを使うが、茶碗は必ずしも抹茶茶碗でなくてもよいようだ。普通の有りあわせの洋式カップを使ってもよいと言っていた。ただ、茶碗など道具の下にはランチョンマットを敷いていた。お湯は保温式のジャーから注いでいた。

 お菓子もおまんじゅうでなくても洋式ケーキやクッキーのようなものでもよいそうだ。抹茶によく合いますよと言っていた。

 抹茶茶わんは正面があるので、正面がよく分かるものを使っていた。正面を避けて飲むというのは踏襲しているらしかった。

 テーブルで抹茶を飲むのを「スタイリッシュ茶道」と名付けているのだ。茶道と言っているのが気になったが、大した意味はなく”抹茶の飲み方”というほどのことだろうと思った。

 伝統的な茶道には、厳しいきまりがあり、茶の哲学や芸術性が秘められている。また茶道道具に至っては黒田官兵衛を見ても分かるように、安土桃山の頃は名物茶器は家来を従わせる道具としても使われたくらいだ。

 スタイリッシュ茶道には難しい理屈は何もないように見受けた。しかしながら、驚いたのはカルチャー教室で教えていることであった。おしえるほどのことは何もないはずだ。要は茶筅と抹茶とお湯があればよいのである。難しい作法など要らない。

 私が子どもの頃は、東海市の祖父母の家や親せきなどでは、いつでもどこでも抹茶を飲んでいた。お客があると抹茶を出すのは勿論だが、日ごろの楽しみとしても抹茶を気楽に飲んでいた。

 夏休み、私は親戚の家に毎日のように遊びに行っていたが、叔母さんが縁側で抹茶を立てて出してくれた。菓子はちょっとした和菓子であった。

 名古屋周辺では、昔は抹茶はどこの家でも普通に楽しんでいたのだ。名古屋にはよい和菓子屋が多いのはそういう風習とも関係がある。

 日常の抹茶は、かしこまった儀式は一つもなく、茶筅と抹茶と抹茶茶碗と抹茶入れと茶さじと茶巾があればよかったのだ。あとはお菓子だ。

 近所の人と話をしながら抹茶を飲むということでコミュニケーションが成り立っていた。仰々しくスタイリッシュ茶道などと言わなくても、好きなように抹茶を立てて飲めばよいのだ。

 私の妹の亭主は抹茶が好きで毎日飲んでいるが、私は茶道具はあるが床の間に飾ったままだ。抹茶が高いし、お饅頭も高いので気楽には飲めないということだが、今回改めて抹茶を見直すきっかけになった。 

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