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2014年4月 6日 (日)

憲法9条でノーベル平和賞を取ろうという発想

 2日の朝日新聞夕刊に、「9条 ノーベル賞に輝け」という見出しの記事があった。何だろうと思って読んだら、戦争放棄を決めた憲法9条にノーベル平和賞を―ということであった。

 でも、ノーベル平和賞は、人物か団体でないと受賞できないのだそうだ。それで受賞者を「日本国民」にして受賞しようというのだ。

 これを思いついたのは、神奈川県座間市の主婦の鷹巣直美さん(37歳)だそうで、「今こそ平和憲法の大切さを世界に広めたい」という思いからだそうだ。

 「9条を保持し、70年近く戦争をしなかった日本国民の受賞に意味がある。みんなが候補として平和を考えるきっかけになれば」という。

 日本では1974年に元首相の佐藤栄作氏がノーベル平和賞を受賞している。受賞理由は「非核三原則」らしい。当時「えっ ノーベル平和賞?どうして?」と言われたものであった。その後非核三原則は危ういものになっていることは周知の通りである。

 そこへ行くと憲法九条を堅持して戦争を放棄し、70年間の平和を続けてきたのは自慢してよいことだと思う。今安倍首相先導で9条が解釈改憲でなくされようとしている。積極的平和主義という訳がわからない言い方で戦争ができる国にしようというのだ。

 憲法九条は消極的平和主義だからいけないというのだが、戦争をしないで平和な世界にしようというのは崇高なことではないか。

 昨年の8月に「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会が発足し、推薦人には大学教授や平和研究所所長など43人が集められたそうだ。推薦状には24887人の署名を添てノーベル賞委員会に送ったそうである。

http://nobel-peace-prize-for-article-9.blogspot.jp/2014/03/blog-post_4927.html

http://chn.ge/1bNX7Hb

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コメント

「諸国民の公正と信義を信頼して云々は」日本国憲法の前文にあるよく知られた文言である。日本は諸国民との信頼関係を基調に外交関係を構築していくという意味だと思う。これ自体、建前としては異論をはさむ余地は全くない。しかし、ウクライナ問題をみても大国ロシアは圧倒的な武力を背景に国際法を無視し、クリミアを併合したのは周知のことである。尖閣問題も、もし仮に日本が一定の抑止力を持たず、アメリカの第7艦隊が傍観すれば、一気に尖閣は中国に席巻されるに違いない。現実の世界は残念ながら跳梁跋扈、百鬼夜行、弱みを見せればつけ込んでくる弱肉強食の原理が未だ支配する世界なのだ。こういうとまったく身も蓋ももなく、精神衛生上もよくないが、過去の歴史が物語っているのでしかたがない。だからこそ、憲法9条はノーベル平和賞に値するほど貴重でありそれだけの価値があるとも言えるのである。

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