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2013年8月22日 (木)

国民学校の勤労奉仕―②葛の蔓を集める

 アメリカのB29爆撃機が日夜飛来したり、艦載機の機銃掃射があり、戦争はいよいよ激しく追い詰められていたが、私たちは新聞の発表を信じていた。

 私は新聞を読むのが大好きで、朝日新聞が報じる「○○で敵機撃墜・・・」とか「○○で敵艦撃沈・・・」などの記事をわくわくして読んだものであった。

 戦局が厳しくなって物資が不足して、金属類の供出が行われた。我が家からは何を供出したかは記憶にはないが。

 そんな頃、多分19年の夏だったと思う。学校から葛の蔓を取りに行く勤労奉仕があった。家にあった鎌(多分危ないので鋸鎌)を持って学校からみんなで山の方へ出かけた。勇ましい軍歌を歌いながら行ったことを覚えている。

 今、私が毎朝歩く山崎川沿いに、葛が茂っているところがある。毎年葛の蔓が伸び始めると、子どもの頃葛の蔓を取りに行ったことを思い出す。

 その頃はなぜか葛とは言わず「ラミー」と言っていた。インターネットで調べたが「ラミー」では出てこないが、記憶ではそう言っていた。

 葛の蔓を何に使うのかというと皮をはいで繊維を取り、それで布を作るのだと聞いた。実際に作られた布とか服は見たことがない。

 WIKIPEDIAで調べたら、次のように書いてあった。

 クズのつるは長いことから、切り取ったつるが乾燥して固くなる前に編むことで、かごなどの生活用品を作ることができる。

 また、つるを煮てから発酵させ、取りだした繊維で編んだ布は葛布(くずふ)と呼ばれる。平安時代ごろから作られていたとされる。江戸時代には『和漢三才図会』でも紹介された。かつては衣服・壁紙などに幅広く使われたが、現在では生活雑貨や土産物として、数少ない専門店によって小規模ながら生産が続けられている。遠州、現在の静岡県掛川市の特産品である

 葛の根から作る「くず粉」は葛菓子として有名であるが、漢方薬の「葛根湯」が葛の根から作るものとは知らなかった。かつては牛馬などの飼料としても用いられたことも初耳であった。

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戦争と平和」カテゴリの記事

コメント

 戦後も食糧難、物資難で大変でした。すいとんのことを私たちは団子汁と言っていました。小麦粉の色がふすまの赤茶色でした。それでも美味しかったです。
 DDTは今は発がん性があるので禁止ですが、思い出すとぞっとしますね。

葛の蔓を採りに山に小学校の時勇ましい軍歌を唄いながら・・・という所で私のその頃は何をしていたのか余り記憶がありませんが、戦争が終わりましたのが昭和20年8月15日ですから4年後に小学校に入学して頭にDDTを役所の人が来てシラミがわくといけないのでシュッシュッと白い粉をかけられたことをはっきり覚えています。食べるものはすいとんとかうどんばかりで、今のようなパン・ケーキ・洋食等は口には入りませんでした。燃料は冬は炭火で暖まり練炭が火鉢に入れてありました。ガスが出るようになったのは何時頃のことでしょうか?

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