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2013年8月13日 (火)

零戦―搭乗員たちが見つめた太平洋戦争

 NHKスペシャル「零戦―搭乗員たちが見つめた太平洋戦争」前後編を見た。戦後68年、戦争体験者が少なくなっていく中で、映像として次の世代に伝えていくことは非常に大事なことである。

 零戦は造られた最初は世界で最高のスピード、航続性、操作性を持った戦闘機として、日中戦争や太平洋戦争の初めの段階では画期的な戦果を挙げた。私は子どもの頃零戦とか隼戦闘機のすごさを友人と自慢するように語り合ったものだった。

 しかし、アメリカが作ったグラマンが頑丈にできていたことや捕獲した零戦を徹底研究して空中戦で零戦勝つ方法を見つけたことなどは初めて知った。

昭和17年を境にして米軍の圧倒的な物量作戦に戦況が悪化して南方の島々を失っていったが、大本営発表はいつも「我が軍は赫々たる戦果を挙げたり」とか「敵機撃墜、敵艦轟沈」であったことを覚えている。

 番組によると、志願による少年航空兵は学業、身体能力の優れた17歳前後の若者が集められ、厳しい訓練を受けて零戦に搭乗した。生き残っている元搭乗員は初めて飛行したときは感激であったと語っている。

 私も子ども心に将来は7つボタンの海軍士官になることを夢見ていた。短剣を腰に付けた姿がかっこよかったので憧れたのだ。結婚するときは是非その姿でというほどであった。現実は運動能力がなく、高所が怖いのでとても無理であったのだが。

 戦況悪化にともない、志願兵の訓練期間が短縮されて戦場へ送り出されるようになった。そして昭和19年10月にはついに神風特別攻撃隊が編成され、5名の選抜された若者が出撃した。

 出撃前夜は興奮してなかなか眠れず、胡坐をかいて目をぎらぎらさせて眠気が来るのを待ったという。しかし、当日の朝は陽気に戻って出撃したそうだ。僅か20歳ぐらいで死地に赴くというのはどんな心境であったかとても想像ができない。

 100名もの特攻隊員を送った指揮官は生きて、55歳で仏門に入り62歳で亡くなるまで供養に努めたという。世間からは指弾されて針のむしろにいる気持ちであっただろう。

 もう一人、出撃する編隊を警護しながら、その成果の具合を見る人がいた。その人も100人以上の航空兵の最後を逐一見たそうだ。戦後生き延びて94歳で亡くなるまで亡くなった戦友の供養を続けその家族を見舞っていた。

 米軍機や米艦と戦い体当たりをしたり、撃墜される様子をどんな気持ちで見ていたのかと思う。

 生きて帰れたのは、運だったとかたった人がいたが、その通りだと思う。でも、死ぬも地獄、生きるも地獄だったと思うのだ。

 私の親友の前田君の兄は7つボタンの海軍士官で、その葬儀に代表として先生と参加したことを忘れられない。学校の運動場が芋畑にかわり、収穫された芋を2つ弁当としてもらって汽車に乗って行ったことを覚えている。だから戦況がひどくなった19年だったかもしれない。特攻で突入した1人だ。

 私は戦争が終わるまでは、将来海軍士官になるという夢は変わらなかった。番組で見ると若者は士官ではなく、上等水兵とか兵曹長で死んでいる。16歳から20歳ぐらいだから士官まで行かずに亡くなったのだ。

 この番組のモデルとしての大黒上等飛行兵は2階級特進して、兵曹長になり、神鷲院中烈永鑑大居士という戒名、そして軍神と崇められたのである。

 しかしそれも終戦と共に逆転して、人びとの態度は逆転してしまい、家族は悔し涙を隠せなかった。

http://hashigozakura.wordpress.com/tag/%E5%A4%A7%E9%BB%92%E7%B9%81%E7%94%B7%EF%BD%9C%E7%89%B9%E6%94%BB%E9%9A%8A%E5%93%A1%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6%E6%88%A6%E6%AD%BB%E3%81%97%E3%81%9F%E3%82%BC%E3%83%AD%E6%88%A6%E6%90%AD%E4%B9%97%E5%93%A1/

 前途有望の若い命は4500名も絶たれたという。失われた零戦は1200機だそうだ。この人たちが生きていたら、どれだけ日本のために活躍しただろうと思うと戦争は2度とやってはならないと強く感じた。

 現在の若い人たちがどれだけこの番組を見たかは分からないが、こういう番組を是非見て戦争について考えてもらいたいと思った。

 

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コメント

 戦争を語り継ぐ番組はおそらく先細りでしょうね。戦争体験者が年々減っていますから、むしろ増やしてもらわなければと思います。

私はこの番組の前篇は見ましたが、後編は悲劇的な結末が予想できたので、見るには忍びないと思い止めました。日本では毎年この時期、先の戦争に纏わる特番が放映され、多くの国民が反戦の決意を新たにします。しかし戦争を実体験し、証言してくれるた世代がいなくなり、また憲法が改定されたりすると、この種の番組もなくなるか、違った角度で戦争を見つめ直す番組(権力者の戦争観)に変質するような気がします。私は田上長崎市長の感動的なスピーチにあるよう、唯一の被爆国である日本は戦争体験を風化させず、平和国家日本の存在を世界にアピールし続けなければならないと思います。

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