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2013年8月19日 (月)

「24の瞳」脚本によってまるで別映画

 若い頃、木下恵介監督、高峰秀子主演の「二十四の瞳」を見て大変感動したことを覚えているが、ドラマの中で歌われた「浜辺の歌」以外は忘れてしまった。あの映画を見て「浜辺の歌」がとても印象に残ったのだ。

 8月4日に松下奈緒子主演の「二十四の瞳」がテレビ朝日で放映されたので見た。それで高峰秀子主演の「二十四の瞳」を見てみたいとテレビ番組欄を注意して見ていたら、BS日テレで黒木瞳主演の「二十四の瞳」をやることが分かった。

 録画をしておいて見始めたら非常に驚いた。それは松下主演のものとは描き方が全く違っていたからだ。

 冒頭は波止場で大石先生が出征する教え子たちを見送るときに、昔子どもたちと浜で写した写真の縮小版を贈るところであった。

 松下版では、写真を送ったのは、教え子たちが戦地に行く話をしている場面でのことであったように思う。  

 全編を通じて同じであるのは、大石先生が岬の分教場の先生として赴任したこと、1年生の担任で最初の点呼の時にあだ名をきろくすること、浜で足を折ること、最後に分教場の先生として戻ったとき、昔の教え子たちが歓迎会を開くことなどであった。ただその描き方はかなり違っていた。

 黒木版ではどちらかというと、反戦色が濃く描かれている。大石先生の同僚の先生が「アカ」として警察に引っ張られたとき、大石先生も何か持っていないかと校長から聞かれ、「草の実」という綴り方の冊子を取り上げられ燃やされる場面とか、教え子たちに戦地に行って死ぬのはいけないと言ったことが校長の耳に入ってしまうとか、教え子の1人の戦場での様子とかなど・・・・。

 大石先生が本校で再び12人の教え子たちを受け持った頃の昭和7年5月15日には5.15事件が起きて犬養毅首相が暗殺された新聞の見出しで当時の軍国主義が強まる様子を描いている。

 そんな暗い戦時中でも大石先生は、戦争に行っても生きて帰るようにと教え子や夫などに言うのだ。

 松下版では、母親もかなり描かれる。でも結婚式とか娘の死については描かれない。大石先生歓迎会に失明をした教え子を連れてくるのは、松下版では教師になった女性だが、黒木版では生き残った男子の同級生となっている。

 とにかく同じ壺井栄の名作「二十四の瞳」をもとにしても脚本家によって全く違うドラマとして描かれることを知って驚いた。どの部分を取り上げ強調しどの部分を省くかによって違ったドラマになってしまうのだ。

 松下版と黒木版を比べると、私は黒木版の方に点を入れたいと思う。しかし、ますます高峰秀子主演の「二十四の瞳」をもう一度見て見たくなった。

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