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2013年6月

2013年6月30日 (日)

ちょっといい和食レストランを見つけた

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 宗次ホールのランチタイムコンサートが終わって外に出た。どこかで昼食を食べようと歩き出したら、道端で女性が小さな紙切れを配っていた。何だろうと思ってもらって見ると、ある和食レストランの広告であった。写真を見ると1枚のお皿を9つに仕切って9種類の品が載っていた。

 私はこういうのが好きで、例えば比翼の旬彩膳(以前に紹介した15品のランチ)とか東京新丸ビル5階で見つけた9品のランチ(女性対象)とかCAFE VITAの8品モーニングなどが気に入っている。

 それでN君にどうすると尋ねたら、行ってもいいと言ったので、チラシを配っていた女性に場所を聞いて出かけた。

 そのレストランは昔の女子大小路の辺りにあった。ビルの2階にあり、入口に「和食 極味 なか田」と書いた暖簾がかかっていた。戸を開けて入ると、カウンター席があり、奥に黒塗りのテーブル席が5つあった。

 壁も黒塗りだからシックな感じであった。先客があったがテーブル席が空いていたのでそこに座った。

 ワンプレート9品のランチメニューは無くなれば終わりのようであった。店員の女性のも感じがよかった。

 白いプレートに9品載っていて、それに赤だしと炊き込みご飯が付いていた。ご飯はその日は北海道のホタテを使ったものであった。お代わりは自由ですと言っていた。このランチは日替わりのようだ。

 一品はほんの僅かだが、野菜や肉や魚などいろいろあってヘルシーである。味は京風なのか薄味であった。美味しいご飯のお代わりをした。

 この店のこだわりは、

 ○地元の旬な食材

 ○魚介類は伊勢湾、三河湾、日本近海の天然物

 ○野菜も国産で安心な物

 ○水→電気分解、 塩→天然塩、 出し→まぐろ節

 ○米→自家米、  卵→純国産もみじ鶏卵

 ○うま味  人口調味料は使用せず食材本来の味を引き出すようにしている。

        ※人口は人工の誤りであろう。ご愛嬌だ。

 11時から2時がランチタイムということであったが、2時ぎりぎりまでそこにいた。チラシを持って行ったので通常1000円が1割引きであった。支払をするとき、おかみさんと調理場にいた主人にチラシで初めて知ったと話した。

 女子大小路へは行ったことがなかった。飲み屋やスナックやバーやレストランが多いが私には縁がないところであった。

 でも、この和食レストランはよさそうであった。また行ってみたいと思っている。

 http://nakata.hp4u.jp/

 

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2013年6月29日 (土)

素敵なジョイントコンサート「クラリネットとピアノで贈る名曲集」

 現役時代に一緒に国語の研究をしたN君からコンサートに誘われて出かけた。これにはちょっとした笑い話のようないきさつがあった。

 N君からmailがあったのは、5月中旬であった。mailを貰ったとき、相手はマジッククラブのNさんだと思っていた。なぜなら最近付き合いがあるのはこちらのNさんだからだ。

 N君は岐阜に住んでいて、2年ほど前にあるコンサートで偶然会ったことがある程度であった。でも、彼は私のblogは読んでくれていた。 

 てっきりN君だと思い込んでいる私は、10日ほど前にNさんに確認のmailを送ったが返事がなかった。変だなあとは思ったが当日になった。

 コンサートの宗次ホールへは早めに出かけた。そして待っている旨のmailをNさんの携帯へ入れた。が、返事はなかった。

 開場間際にふと見ると、N君がいた。「あ、岐阜のN君も?」と思った。彼は私のところに来た。やっと勘違いをしていたことが分かった。N君とNさんは一字違いであったのだ。

 彼はランチタイムコンサートの券が2枚当たったので1枚を私にくれたのであった。

 コンサートは、アメリカから来た女性クラリネット奏者ロビン・コレヴァーさんと日本人のピアニスト霜浦陽子さんのコラボであった。

 宗次ホールはこじんまりしていて音響もよい。会場は満員で女性がほとんどであった。

 プログラムはどれもよく耳にするポピュラーな名曲ばかりであった。

 フォーレ  シシリエンタ、

 ドビッシー 亜麻色の髪の乙女、小さな黒人、月の光(ピアノソロ)、

 モーツアルト クラリネット協奏曲よりアダージョ、

 リストのリゴレット・パラフレーズはピアノソロであった。

 シューマン ロマンス第3番 

 ブラームス クラリネットソナタ第1番へ短調より、 第3楽章アレグレット・グラツィオ ーン

 ピアソラ オブリヴィオン

 クラリネットの柔らかい音は心地よく1時間のランチタイムコンサートはあっという間に過ぎた。曲の合間に解説があり親しみやすかった。アンコール曲も2曲演奏された。

 私は素敵なコンサートに誘ってくれたN君に有難うと言った。

 

 

  

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2013年6月28日 (金)

トリクルダウンは騙しのマジックではないのか?

 6月27日の朝日新聞「安倍政治を問う」という記事の中に、アベノミクスは「トリクルダウン(滴がしたたり落ちる)」という手法だと書いてあった。

 トリクルダウン?初めて聞く英語である。この1日前に岐阜県可児市の「日本語を大切にする会」の高橋さんが、NHKを相手取って、外来語を使いすぎるから精神的にダメージを受けたとして、訴訟を起こしたという記事があった。NHKだけでなく、マスコミはみな外来語を多用しすぎる。それについては故井上ひさし氏がつとに指摘していた。

 外来語の多用は困るが、このトリクルダウンも分かり難い言葉である。ただ記事には、「アベノ滴(しずく)はどこまで落ちる?」という分かりやすい絵が載っている。(下図参照)

 この図を見て、確かマジックにこういうのがあったことを思い出した。マジックの場合は一番上のグラスに注いだワインが、一番下のグラスまで届いて、すべてのグラスを満たすのである。実にきれいなマジックである。

 ところがアベノ滴トリクルダウンは、注いだ「円安・減税」というカンフルワインと「株高」というワインが、どのグラスまで行くのかがはなはだ疑問だというのだ。

 クロダノミクスによる金融緩和と異次元金融緩和薬によって、トヨタ、日産、マツダなど自動車産業を始めとして輸出系大企業と株を保有していた、鳩山兄弟のような資産家にはグラスから溢れるほどの恩恵があった。

 次のグラスの一部中小企業、大企業の社員、デパートなどは多少のおこぼれが届いた。中小企業の取引が増えるとか、社員のボーナスが増えたとか、デパートでは高級品が売れるなどの恩恵である。

 ところが、下にあるグラスで表される地方・農家、漁民、多くの中小企業、多くの家庭、年金生活者のところまでは、回って来るのかどうかさえ怪しく、むしろ農家、漁民は円高で肥料や飼料、石油などの高騰で困っているし、中小企業も円安で喘いでいるところが増え、倒産する数も増えた。

 給料は上がらないし、雇用が増えるわけでもなく、生活保護受給者は216万人になった。我々年金生活者も9月からの年金減額が待っている。

 悪いことに物価が次々に上がり始めた。それについては先日のblogで書いた通りである。

 アベノミクスは、アホノミクス、ダメノミクスと揶揄され、外国からはアベマゲドンとまで言われている。

 結局一時的に輸出の大企業が潤い、株を大量に持っていた資産家が儲かっただけである。

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2013年6月27日 (木)

スタンフォードの自分を変える教室―⑧―マシュマロテスト

 将来の報酬を割り引いて考えてしまうのは人間の性だが、割引率は人によって違う。しかし、それによって長期的な健康と成功が決まるというのだ。

 1960年代後半というから50年以上も前のことになるが、スタンフォード大の心理学者ウオルター・ミシェルは「マシュマロテスト」という心理学実験を行った。

 4歳児にマシュマロをすぐに1個貰うか、15分待って2個もらうかを選ばせた。待てなくて一個を食べた幼児はマシュマロをじっと見つめて、どんな味がするのか想像していた。15分待てた子たちは、いろいろな方法でマシュマロを見ないようにしていた。

 この実験は子どもの将来を予見する方法としても優れていることがわかった。その子どもの将来の学業成績や社会的な成功を物語っていた。長く待てた子どもたちは、10年後人気が高くて成績もよく、ストレスにもうまく対処していた。学力検査(SAT)や前頭前皮質の機能を測定するテストでもよい成績を収めたのだ。

 不愉快なことをいっとき我慢して、長期的な目標を達成することができるかどうかで人生にも大きな違いが現れるというのだ。

 将来の報酬に対する割引率が高い(目先の誘惑に負けやすい)人たちほど、自己コントロールに関してさまざまな問題を抱えやすくなる。

 タバコの吸い過ぎ、酒の飲み過ぎ、薬物使用、ギャンブルなどの依存症になるリスクが高まる。老後のための貯金もほとんどぜず、飲酒運転や無防備な性交渉をする確率も高くなる。やるべきことを先延ばしにする傾向も強くなるという。

 個人の割引率は、選択についての自分の考え方を変えるだけで、下げることができると言っている。しかし、それは意志力の弱い人には非常に難しい選択になるだろうと思われる。

 もし、幼児の段階で予見できるとすれば、子どもを観察することによって、その子が目先の誘惑に負けやすいか、辛抱できるかを見分けて、もし、弱い場合は意志力を強くするように指導し援助してやることができると思う。

 

 

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2013年6月26日 (水)

スタンフォードの自分を変える教室―⑦―「遅延による価値割引」

 ライプチッヒのヴルフガング・ケーラー霊長類研究センターの19匹のチンパンジーとハーバード大学とドイツのマックス・ブランク研究所の学生40名が参加した面白い実験がある。(P.233~P.237)

 最初に参加者全員に、好きな食べ物を2つ貰うのと6つ貰うのとどちらがいいかを選択してもらう。これは人間もチンパンジーも6つの方を選んだ。

 次に2つの食べ物をすぐに貰うのと、2分待ってから6つ貰うのとではどちらがよいかを選ばせた。

 2007年に発表されたこの研究はチンパンジーと人間の自制心を比較した最初の研究でそうだ。

 結果は、何とチンパンジーは72%がたくさん貰おうとして辛抱したが、人間は19%しか待てなかったというのだ。チンパンジーよりはるかに大きい前頭前皮質を持った人間は、好ましくない選択や逃げ口上を正当化していしまい、目先の欲求を満たそうとして誘惑に負けてしまたのだ。

 人間はすぐに手に入る一瞬の満足のために、自分たちが本当に望んでいるものをみずから放棄してしまったのである。

 経済学者はこれを「遅延による価値割引」と呼ぶ。報酬を得るために長く待たなければならないほど、その報酬の価値は下がってしまうという考えだという。この考えによると、私たちが将来の幸福を犠牲にしてまで目先の満足を手に入れようとする理由が分かる。

 将来のエネルギー危機などを顧みることなく化石燃料を使ってしまったり、高い利率を考えもせずにクレジットカードを使いまくったりするのはそのせいだというのだ。

 福島第一原発の事故で原発がどんなに危険なものであるががはっきりしたはずなのに、目先の電力や経済活動を優先して原発依存を続けることなどは、最悪の事例といえよう。子子孫孫がどうなろうと今が良ければよいということだ。

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2013年6月25日 (火)

都議選自民完勝は43.5%の低投票率のおかげ

 22日に行われた東京都都議選は、ふたを開けてみれば自民党と公明党の全員当選という国政与党の完勝であった。

 民主党は15議席と大きく議席を減らした。維新の会も2議席と振るわなかったがこれにはホッと安堵した。

 都議選で自民党が完勝できたのは、43.5%とという低い投票率に助けられたのだ。56.5%もの人が投票に行かなかったのである。何とも情けない政治意識の低さである。それはとりもなおさず自民党に対抗する民主党が没落してどこに投票したらよいのか分からなくなった人たちがたくさんいたということであろう。

 自分が投票に行かなくてもどうせ自民党が勝つから・・・・ということで、投票に行く煩わしさを優先したのだと思う。棄権は勝ち馬に乗るのと同じであるということの意味を考えて欲しかった。

 都議選は参議院選と異なり、国政には直接的な関係はないから憲法改悪やTPP推進や原発推進や消費税値上げなどには関与しない。

 しかし、都議選の結果は、7月の参議院選挙で、与党の自民党と公明党の勝利を予想させるものであった。

 もし参議院選挙でも同じ結果が出るなら、憲法改悪、TPP、原発推進、消費税値上げ、設備投資減税などが一気に進められるであろう。はやくも今朝のモーニングサテライトでは参議院選挙後に衆目が集まっていると指摘した。与党の勝利を当然のこととしているのである。

 そんな中で暗闇の中の1点の灯りは、野党の中で共産党が17議席を獲得したことである。みんなの党は7議席を獲得して躍進したが、維新の会と共に野党というよりも補完勢力である。他の野党がみな議席を得られなかった中でただ一つ議席を伸ばしたのだ。

 もし野党が全滅していたら自民党はますます図にのってやりたい放題であろう。共産党は戦前から一貫して反戦平和を貫き数多の迫害をものともせず頑張ってきた。その揺らぎの無さは見事である。

 憲法改悪、原発推進、TPP推進、消費税値上げ、大企業だけ潤うアベノミクスなど、日本の未来に暗雲が垂れ込める中で、そうした動きを阻止する野党が無い現状で共産党に期待する票が集まったに違いない。

 民主党の凋落は、サッカーでいえば、オウンゴールの連続で負けたようなものである。折角政権をとりながら、国民の期待を裏切って、完全にそっぽを向かれてしまったのだ。

 自民党は4年前にその悲哀を味わったはずだが、圧勝したことでそれを忘れてしまったようである。しかし、驕ってやりたい放題にするならばまた次の選挙で痛い目に遭うかもしれないのだ。民主党の敗北を夢他人事と思うべきではない。

 そのことを心して、せめて憲法改悪やTPP参加、原発推進はやらないでほしい。

 

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2013年6月24日 (月)

とんでもない自民党改憲案―①―

 7月に行われる参議院選挙の大きな争点の一つは、憲法問題である。安倍首相は就任当初から、憲法を変えることに執念を燃やしてきた。そして姑息にも憲法を変えやすくするためにまず96条を変えると言っている。

 外堀を埋めて、一気に本丸へ攻め込もうという作戦である。そして自民党は憲法改正草案を発表した。

 それはとんでもない改憲案である。

 現行憲法の前文「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動・・・・主権が国民に存することを宣言・・・・」となっているのを、日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を頂く国家・・・・」と変えるという。

 「国民が主権者である」という一番大事な部分を省き、「天皇を頂く」とし、現行憲法第1条で、天皇は日本国の象徴となっているのを日本国の「元首」だと改めている。

 国民が選挙で国会議員を選び政治を行うという大事な文言を、長い歴史と文化を持つという当たり前のことに替えて、国民が主人公であるという主権在民を省くという暴挙なのだ。

 さらに第3条の天皇の国事行為には「内閣の助言と承認」が必要となっているのを「内閣の進言」に替えている。「承認」では天皇に失礼だというのだ。主権者を天皇に戻そうという意図が隠されている。

 「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する・・・」という崇高な文が前文から削除されている。

 そして最も重要な項目の一つである第9条の「・・・・陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。くにの交戦権はこれを認めない。」という、世界遺産ともいうべき世界に誇る条文が削除されて次のようにかわるのだ。

 「自衛権の発動を妨げるものではない。」「内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。」「国防軍は・・・国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動・・・・を行うことができる。」

 国防軍設置を明記して、集団的自衛権を行使し米国の戦争にも参戦が可能となる。国防軍は世界のどこかで戦争が起きれば、自衛のためでなくても米軍などと戦争に向かうことになるのだ。

 その時戦争に狩り出されるのは我々の子や子孫である若い世代である。しかも下層の者が命を落とす前線に行くことになる。それが戦争のならいである。また靖国神社に祀ることが復活しよう。

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2013年6月23日 (日)

スタンフォードの自分を変える教室を読んで―⑥―瞑想の仕方

 たった3分間の瞑想の練習をしただけでも注意力と自制心が向上するという研究があるそうだ。11時間後には脳に変化が現れたという。

 集中力を持続したり、気が散るのを無視したり、衝動を抑制したりするのに重要な領域の神経間の連絡が増加していた。

 また、別の研究では、瞑想を8週間続けたところ、日常生活で自己認識の度合いが向上し、脳で自己認識をつかさどる部分の灰白質が増加しているのが分かったという。(P.51)

 こうした脳の変化が起きるのは、瞑想によって前頭前皮質への血流が増えるからだ。ということで、次のような瞑想の仕方を述べている。

 呼吸に意識を集中して瞑想をするのが簡単で効果的であるという。

①椅子に姿勢よく座るか、畳に座布団を敷いて胡坐をかく。両手は膝の上に置く。そわそわ気をとられないようにすることが大事。

②呼吸に意識を集中する。眼を閉じるか、どこか1点を見つめる。心のなかで「吸って」「吐いて」と言いながら呼吸する。気が散りだしたら意識を呼吸に戻す。そのことが前頭前皮質を活性化させ、脳の中枢のストレスや欲求を鎮めるのだという。

③数分経ったら「吸って」「吐いて」をいうのをやめて、呼吸している感覚だけに集中する。自己コントロールだけでなく、自己認識のトレーニングになるという。

④1日5分から始めて、毎日10分から15分やるとよい。(P.53)

 第2章では意志力を扱っているが、瞑想は意志力のために体の状態を整えるのに、簡単で効果的な方法であり、「心拍変動」も上昇させると書いている。

 また、ゆっくりと呼吸をする効果についても書いている。意志力をてきめんに高めるには、呼吸を1分間に4回から6回にすることだという。(1回に10秒から15秒)

 呼吸をゆっくりにすると、前頭前皮質が活性化し、心拍変動も上昇するというのだ。この方法を数分間やると、気分が落ち着いてコントロールできるようになるという。

 ゆっくりと息を吐くことに意識を集中するとよい。完全に息を吐けば自然に吸い込まれるのである。この練習を定期的に行えば、ストレスに強くなり、意志力の保有量も増えることが研究でわかっているそうだ。(P.75)

 この本では触れていないが、呼吸は一般には腹式呼吸が良いと言われている。歌を歌うとき、スポーツをするとき、腹式呼吸である。座禅をやったことがないので分からないが、呼吸は腹式であろう。そしてゆっくりと息を吐くことに意識を向けるのだと思う。

 この本では、第1章で「瞑想」について述べ、第2章では改めて呼吸法について述べているが、私は、瞑想においてもゆっくりとした呼吸を行えばいいと考える。どうせ呼吸に意識を集中して瞑想するのであるから、ゆっくり呼吸も同時に心がければ効果が倍増すると思うし、決して不自然ではないのだ。

 また、瞑想や呼吸法は布団の上に横臥していても可能だから、夜中に目が覚めて眠れないときなどにやれば有効ではないかと思う。

 実際自己催眠法では、横臥して両腕に意識を持って行って、腕が温かくなったと暗示をかける方法がとられる。共通したところがあるように思う。

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2013年6月22日 (土)

スタンフォードの自分を変える教室を読んで―⑤―脳を鍛える

 この10年の間に神経科学者たちが発見したところによると、脳は経験したことを見事に学んで身について身につけるという。

 毎日数学をやれば、数学に強い脳になり、心配ごとばかりしていれば、心配しやすい脳になる。繰り返し集中すれば、集中しやすい脳になるというのだ。

 繰り返し行うことで、そのことに対処しやすくなるだけでなく、脳自体が変化していく。筋トレのように、脳の一部の灰白質が増強されるのだという。(P.49)

 ジャグリングを習っている人の場合、脳のなかで動く物体を追う領域の灰白質が増加する。脳の領域間の連絡も密になり、情報をより速く共有できるようになる。

 スポーツにしろ、芸事にしろ、練習が大事だと言われるが、脳の働きの強化と考えれば、なぜ大事なのかがよく理解できる。

 しかし、それだけでなく、脳を鍛えることによって、自己コントロールを強化することができる、という科学的な証拠が増えてきているという。

 簡単でいい方法は、「瞑想」だという。神経科学者の発見によると、瞑想によって、脳が瞑想に慣れるだけでなく、注意力、集中力、ストレス管理、衝動の抑制、自己認識といった自己コントロールのさまざまなスキルが向上するそうだ。

 定期的に瞑想を行う人は、前頭前皮質や自己認識のために役立つ領域の灰白質が増加するという。(P.51)

 日本では禅で瞑想が行われるが、禅僧の脳はきっと素晴らしい発達をしているに違いない。またインドではヨガで瞑想が行われるが同じことが言えるであろう。私の推測では、禅の瞑想はヨガから取り入れたのだと思う。インドの古代からの智慧は大したものだと思う。

 瞑想→脳を鍛える→灰白質の増強→自己コントロールスキルの向上・・・・という図式になるのであろうか。

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2013年6月21日 (金)

室井佑月氏の指摘はもっともである。拍手!!

 インターネットで次の記事を見つけた。大変もっともな指摘だと思った。

室井佑月氏 「ずいぶん舐められたもんだ」と憤る

 福島第一原発事故から2年過ぎた今でも、地元に戻ることのできない避難者たち。彼らの避難先の一部では、地元住民との不和が浮かび上がっているが、作家の室井佑月氏は、その矛先は違う場所にあると言及する。
*  *  *
 5月24日付の毎日新聞に、「共生遮る誤解の連鎖」という記事が載っていた。福島第一原発事故後、多くの避難者を受け入れているいわき市の現状だ。いわき市民と避難者との軋轢(あつれき)は、悪化の一途を辿っているという。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20130524ddm010040016000c.html
 もともといた住民が、市に苦情を送った件数は今年2月で約390件。苦情の具体的な内容は、「賠償金をもらっている避難者で、働いていない人もいる。一方、いわき市民は賠償も少額で、みんな働いている。公園や道路、公共施設などは避難者も使っているのに、税金が公平に取られないのはおかしい。住民が増えたため、スーパーや病院が混雑している。避難者は医療費が無料になっているのも混雑の一因ではないか」というものだった。

 べつに良い子ぶるわけじゃないけど、避難者と、もともといる住民、どっちの気持ちもわかる。あたしが避難者だったら、べつにここに来たくて来たんではない、賠償金なんてどうでもいいから、事故前の生活に戻してくれよ、そう思う。

 地元民からしたら、いついつまでにこうするという期限もない中、避難してきた人たちに対し、徐々に心の余裕がなくなっていくのも当たり前な気がする。

 そうなんだよ。結局さ、国が、「いついつまでに、こうする」と明言できないから悪いんだ。いや、意見は出てきているらしい。が、遅いし、弱い。わざとかもね。ほら、年金問題も、放射能汚染食品の話も、おなじようにして国民vs.国民の争いに持っていったじゃん。

 年金問題は、若者vs.年寄りに、放射能汚染食品は、消費者vs.生産者に。国民同士が揉めると、問題の根本、どこが腐っていたからこういう問題になったのか、という部分が誤魔化(ごまか)される。本物の加害者は責任逃れをする。

 どうか、いわき市の地元民と、いわきに逃げた避難者は、喧嘩しないで欲しい。怒りや不満のぶつけ先を、間違わないで欲しい。なぜ、こういうことになったのか。それを考えれば、いわきの地元民も、避難者も、怒りの矛先は一つじゃないか。もちろん、あなたたちだけじゃない。あなたたちの後ろには大勢の人間がいる。

 そうそう、毎日新聞に、「共生遮る誤解の連鎖」という記事が載った日、朝日新聞にはこんな記事が出ていた。「自民公約 あいまい」という記事だ。

 自民党は参議院選の公約の原案をまとめた。憲法改正の姿勢を目立たせず、原発再稼働も、消費税にも触れない、あいまいな公約にしたそうだ。沖縄の基地問題もはっきりしないしな。

 うちら国民はずいぶん舐められたもんだ。はっきりさせると、それに伴う弊害があるもんね。責任問題とかさ。んでもって、最後は国民同士を喧嘩させ、いろいろ誤魔化す作戦か。

※週刊朝日 2013年6月14日号

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2013年6月20日 (木)

スタンフォードの自分を変える教室を読んで―④―「選択」

 「スタンフォードの自分を変える教室」を読んでいて、P.44の「心理学者なら知っている通り、私たちは殆どの選択を無意識に行っており、なぜそうするのかという理由などろくに認識してもいなければ、どういう結果を招くかなど考えもしません。それどころか選択を行っている自覚すらないこともしょっちゅうです。」というくだりを読んで、「選択」について気づかされた。

 改めて自分の行動を注意深く観察してみると、ほとんどの瞬間に無意識のうちに何らかの選択をしていることが分かった。

 朝布団の中で目覚めると、今何時ごろだろうか枕元の時計を見ようと選択する。しかし、周りが少し明るいと見なくてもよいと選択する。すぐに起きるべきかどうか頭の中で葛藤する。もう少し後でもいいではないかという自分といやすぐに起きた方がいいと言いう自分が選択を迫る。

 そして起きるという決断の選択をする。起きたらスリッパを履くという選択をし、先ず非常持ち出しバッグのところに行き、携帯電話とキーなどのパス入れを取り出す選択をする。

 次にドアを開ける選択をし、すぐにトイレに行くかライトを先につけるかを選択する。新聞が来ているかどうかを確認し、来ていれば取りに行くという選択をする・・・。

 本当はもっといろいろな選択を行っていると思うのだが、思いついたものでもいろいろな選択をしているものだ。

 再び本に戻って、「ある研究では、『食べ物関する決断を1日に何回ぐらい行っていると思いますか』と尋ねました。実験における回答は、平均で14回でした。しかし、こんどは同じ人たちに記録をとってもらったところ、結果は平均で227回にもなったのです。つまり、この人たちは200回以上もの選択を無意識のうちに行っていたことになります。

 食べ物に関する選択だけでこれほどの数なのです。ですから、コントロールすべきことを認識すらしていなかったら、自己コントロールなどできるはずがありません。」と書いている。(P.45)

 私たちの脳は、瞬間瞬間に次々と「取捨選択」をしているのだ。それもほとんどは無意識のうちに。選択ということに気づいていなかったが、それに気づいて面白いと感じるようになった。

 これは全ての生物にいえることだと思う。ただ、人間の場合は、選択を意識化することで、自己コントロールが可能であるということだと思うのだが、スタンフォード大経営学部教授ババ・シヴは「人は気が散っているときほど誘惑に負けやすい」という研究結果を発表していると紹介している。これは日常体験的にもうなずけることである。

 「自己コントロールを強化するには、まず自己認識力を高める必要があります。ですから、意識力のチャレンジに関する選択を行うときには、そのことをはっきり意識するのが大事です。」(P.46)と述べている。

 その日に行った選択を振り返ってみることで、いい加減な選択が減って、意志力がアップすると言っている。

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2013年6月19日 (水)

「~したほうがよい」と「~するほうがよい」の違い

 先週の日本語クラスで、学習者から「『~した方がいい』と『~する方がいい』とはどう違うのか?」という質問があった。外国人の学習者には、「雨が降りそうだから、傘を持って行った方がいい」と過去形を使うのが分からないというのだ。

 私たち日本人は、ふだんの日常生活の中で何の躊躇もなく使い分けている言葉である。質問されて「えっつ?」と一瞬詰まったのも事実である。

 私は「大変いい質問です。」と言って、しばらく考えた。どう説明すれば初級レベルの学習者に分かってもらえるのかと思ったのだ。

 私は、「~したほうがいい」と過去形でいう場合は少し強調した言い方になると説明をした。

 帰宅してからインターネットで調べてみようと思って調べた。すると全く同じ質問が「教えてGOO 」に出ていることが分かった。

 ベストアンサーは、次のものであった。

 「教師と学習者のための日本語文型辞典」(くろしお出版、1998年、P.522)によりますと、「するほうがいい「と「したほうがいい」は、ともに、よいと思われることを述べて聞き手に忠告やアドバイスをするときに使い、大きな違いはないが、聞き手に強く勧めるときは「たほうがいい」を使うことが多い、とのことです。

 その他にもいろいろな見方を述べる人がいた。

①「たほうがいい」は、完了形で相手に寄り添った表現。「するほうがいい」は一般的・客観的な表現である。

②「ご注文の方、以上でよろしかったでしょうか」と同じで、語感を和らげる。」ただ、私は「よろしかったでしょうか」という言い方にはいつも違和感を覚える。

③「したほうがいい」は「特定の他者に対する提案」で「するほうがいい」は、「一般的に望ましいと思われることがらの提示」

 「ご飯はよく噛んで食べた方がいい」は相手を慮っての表現だが、「ご飯はよく噛んで食べる方がいい」は、一般的、客観的な表現になる。

 ①の人と③の人は同じ考え方であることが分かる。

 外国人に日本語を教えると、我々がふだん気づかないことに気づかされることがある。

 A「憲法は変えた方がいい」 B「憲法は変える方がいい」

 A「TPPは参加した方がいい」 B「TPPは参加する方がいい」

 安倍首相は勿論Aだが、本心は「変えるべき」「参加すべき」である。私はいずれにも「NO!」である。

 

  

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2013年6月18日 (火)

90歳のスーパーレディ

 6月14日に放送された「探偵ナイトスクープ」で、広島県のスーパーおばあちゃんを取り上げていた。私はおばあちゃんと言いたくないのだが、番組でそう言っていたので使った。

 66歳の娘さんの依頼で取り上げられたものだ。その内容は、「クロールで25m完泳したい。できれば背泳ぎでも。」という母親の願いを実現するために助けて欲しいというものであった。

 この女性は89歳で初めて水泳を覚え、クロールができるようになったが、どうしても20mぐらいで足をついてしまって25mプールの最後までつけないというのだ。

 現在90歳の終わりで、この8月が来ると91歳になるという。映像で見ると大変若々しいおばあさんで、70歳の後半ぐらいにしか見えない。毎朝起きるとすぐに化粧をするそうできれいである。この女性は浜田峯子さんという。

 おしゃれで下着も赤やピンクを着用するという。さらに驚いたことに、今でも自分で自動車を運転して遠くの街のレストランへ行くのだそうだ。そういう女性だから話し方もしっかりしていて歳を感じさせない。ご主人は89歳で亡くなったのだが、それ以後は自由な生活を満喫しているそうだ。

 行きつけのスイミングプールへ行って、竹田探偵がサポートして泳いでもらった。何とクロールは1回で25m泳ぎ切ってしまった。みんなの声援があったからであろう。

 それで次の願いである、25mを背泳ぎで泳ぐというのに挑戦をしたが、こちらは簡単ではない。17mぐらいで進まなくなった。コーチの話では足の使い方が良くないからだという。それで特訓が始まった。

 そしていよいよ25mに挑戦の時が来た。コーチや探偵などの励ましで見事に25mを泳ぎ切った。浜田峯子さんはとても嬉しそうであった。

 90歳になって初めてのことに挑戦するというチャレンジ精神と好奇心が素晴らしい。これからも好奇心をもって新しいことに挑戦したいと話していた。

 水泳の後娘さんとその夫を車に乗せて帰ったというから驚くべきことだ。車の運転もまだまだ大丈夫だと言っていたそうだ。

 人それぞれの生き方があるが、高齢になっても浜田さんのようにいつまでも若い気持ちとチャレンジ精神をなくさないようにしたいものだと思った。

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2013年6月17日 (月)

スタンフォードの自分を変える教室―③―脳にある二つの自己

 「神経学者のなかには、私たちの脳は一つしかないが心は二つある、というひとさえいるほどです―あるいは、私たちの心のなかには二つの自己が存在するのだと。つまり、一方の自己が衝動のままに行動して目先の欲求を満たそうとするいっぽう、もう一方の自己は衝動を抑えて欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従って行動します」(P.39)そして、意志力の問題とはこのことなのだという。

 どうして脳がこのようになるのかというと、人類の進化の中で脳が大きくなったが、中身が変わったのではなく、原始的な脳にあった衝動と本能のシステムがすでに存在するところへ、自己コントロールのシステムが付け加えられたのだという。

   昔サバイバルのために役立った原始的な本能のために食べ過ぎて健康を損ねたり、ギャンブルで金をつかいはたしから過去の遺物だと思うのはよくない。原始的な自己を完全になくすという考えは間違いだという。

 脳への損傷でそのような本能を失った人びとに関する医学的研究の結果を見れば、人間の持つ原始的な恐れや欲望が、健康や幸福、さらには自己コントロールにとって、どれほど重要であるかがわかる。(P.42)

 神経経済学者たちは、自己コントロールのシステムとサバイバル本能は、必ずしも相反するものではないことを発見したという。

 欲望を失えば憂鬱になり、恐怖を感じなくなれば危険から身を守れなくなる。意志力のチャレンジで成功することは、そうした原始的な本能に抗うのではなく、むしろ利用できるようになることだというのだ。(P.42)

 原始からの脳にある本能的、衝動的な部分と進化の過程で獲得してきた前頭前皮質が両々相俟って私たち人間の判断や行動に関わってくるのだ。

 人間の素晴らしい能力は自己コントロールともう1つ自己認識も備わっている。自己認識なくしては、自己コントロールのシステムなど使い物にならない。意志力を要する決断を下すときには、自分自身でしっかりとそれを認識していなければならないからだ。しかし自己認識は容易ではないと「選択」の例をあげる。

  

 

 

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2013年6月16日 (日)

スタンフォードの自分を変える教室を読んで―②―意志力

 健康心理学者ケリー・マクゴニカルさんが著した「スタンフォードの自分を変える教室」を読み終えた。神崎朗子さんの翻訳は大変こなれた日本語でいいのだが、アメリカ人特有と思われる、例を引きながらの非常に詳細な書き方は、かえって理解を妨げる部分もあった。

 10章からなるこの本は、説明、マイクロスコープという「自分の観察」、意志力の実験という実際に自分でやってみる課題があって、最後に要点のまとめがあり、その後に、その章のまとめが1ページあるという大変親切なものである。

 第3章までは、すんなりと読むことができたが、第4章の「罪のライセンス」は難解であった。でも、全体を通して実際に役に立そうなヒントがたくさんあり、参考になる。

 第1章で、意志力を「やる力」「やらない力」「望む力」からなると言っている。やる力、やらない力は「自己コントロール」の二つの側面を表していているが、意志力はそれにもう1つの力である「望む力」が必要なのだという。この3つの力を駆使して目標を達成する力が意志力である。(P.30)

 タバコやクリヤランスセールで試されるのは誘惑に負けない「やらない力」であり、今日やるべきことを明日に伸ばす場面で問われるのは「やる力」だという。しかし、自制心を発揮するには、肝心な時に自分にとって大事なモチベーションを思い出す必要がある。それが「望む力」であると説明する。

 人類は意志力を備えた脳を手に入れることができた。人類とは意志力を持つ存在と定義できそうだ。なのになぜ、こうした力をうまく使いこなせないのか、ということで脳の中を覗いてみようという。

 現代の私たちがもっている意志力は、太古から人間たちが仲間とうまく付き合い、親やパートナーとしてやっていくために、必要に迫られて身につけた能力である。人類が進化する中で前頭前皮質が発達し、脳の他の領域との連携もよくなった。前頭前皮質は大きくなるにつれ、新しいコントロール機能が増えた。

 注意を払うこと、考えること、感じることまでもコントロールする機能だ。これによって人間は行動をコントロールできるようになった。前頭前皮質の役割は、脳に―つまり、あなたに―やるべきことをやるように仕向けることだと、スタンフォード大の神経生理学者ロバート・サポルスキーは言っているそうだ。

 前頭前皮質は、3つの部分に分かれていて、右がやらない力、左がやる力、中央のやや下の部分が望む力で目標や欲求を記録する場所である。(P.35~37)

 ※前頭前皮質とはWIKIPEDIAより

 前頭前皮質(ぜんとうぜんひしつ、:Prefrontal cortexPFC)は、にある前頭葉前側の領域で、一次運動野前運動野の前に存在する。細胞構築学的観点から、前頭前皮質は (前運動野の無顆粒 (agranular) 細胞層と違い) 内顆粒層 (internal granular layer) Ⅳ層の存在する領域として定義される。

前頭前皮質は、内顆粒層Ⅳ層の存在する領域
と定義されています。↓解説
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E9%A0%AD%E5%89%8D%E7%9A%AE%E...
前頭前野は、主に働きからの分類の名称。
http://web.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/manabi17/mm17-45.html

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2013年6月15日 (土)

日本プロ野球のよく飛ぶボール問題

 日本プロ野球機構が今年は反発力の強いボールを使用していたことを隠していたことで問題になっている。コミッショナーの加藤良三氏は、統一球の仕様変更への関与を否定する会見をして、「知らなかった」「不祥事とは思っていない」と発言をした。

 この件でNPB事務局へは抗議の電話が鳴り続け、メールでも4000通もの意見が寄せられたという。

 今年はボールがよく飛ぶということは前から言われていた。ホームランの数も増えたし、得点の多い試合も増えた。

 バッターにはよく飛ぶのは有難いであろうが、ピッチャーにはたまったものではない。これまでなら抑えることができたであろうケースで打たれ、敗戦するということもあったに違いない。

 観ている方としては乱打戦は面白い。でも、それも度を超すと興ざめである。ましてや統一球の反発力が上がったことが原因でそれが隠されていたということになれば何おか況やである。

 スポーツは正々堂々とやるべきものであるとはいつもい言われることであり、高校野球の宣誓では「スポーツマン精神にのっとり、正々堂々と闘います」と言われる。

 日本プロ野球機構はどうして隠そうとしたのか、なぜこの時期になって発表したのか。不可解なとこばかりである。しかも、ボールを一手に製造するミズノには箝口令を敷いていたというのだ。

 統一球にはコミッショナーの加藤良三というサインが印刷されている。それはハンコを押したのと同じである。それほど権威があるボールの仕様を変更したのにコミッショナーは知らぬ、存ぜぬとはこれでは誰も納得しない。

 選手は成績によって次の年以降の収入に関係が生じる。良く打ったバッターは収入が上がり、苦労をしたピッチャーは収入が下がるということになるであろう。

 仕様を変える必要があるのなら変えるのはいいが堂々と公表すべきであった。コミッショナーは説明をして辞任すべきである。新聞にはコミッショナーのなり手がいないと書いてあったが本当だろうか?2400万円もの年収があるんだよ!

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2013年6月14日 (金)

アベノミクス大崩壊、週刊誌予測大当たり

 6月13日の東京証券市場の日経平均は、寄り付き後から下がり続け、後場一時持ち直すかに見えたが結局-843円の12445円で引けた。これは5月23日の第一段の大下げに続くものであった。円高も94円台まで進んだ。

 緩和後の円の値下がり分が消えて緩和効果は剥がれ落ち、株の下落に歯止めがかからなくなっている。

 NHKや新聞の解説では、アメリカのニューヨーク市場で、米国の量的緩和策が早期に縮小するのではないかという観測が強まり、円買いと株売りが進んだのがきっかけとなったという。金融緩和を米国が縮小すれば、株式市場への投資も減ると見られ株が売られ、比較的安全と見られる円相場などに投資資金を移す動きが強まったというのだ。

 安倍政権は、株式市場の暴落や為替の円高に表面上は平静を装っているが、内心は穏やかであるはずがない。急きょ企業の設備投資の促す減税をやると言った。6月10日にはそれを好感して600円ほど日経が上昇したが、次の日からすぐに再び不穏な動きに転じた。そして13日は843円もの暴落となったのである。

 これはアベノミクスやクロダノミクスと言われる金融緩和に頼る経済の回復が失敗に終わったことを示す。結局アメリカのヘッジファンドを儲けさせただけであったのだ。うまく利用されたとしか言いようがない。

 12日のクローズアップ現代では、ヘッジファンドが如何に巧みに円安、株高を引っ張り見事逃げ切ったかを伝えていた。

私に言わせればヘッジファンドはグローバルな仕手筋である。横文字でヘッジファンドというからかっこよく聞こえるが、実体は仕手なのだ。

 グローバル化の時代、世界の投資家は虎視眈々として金儲けを狙っているのだ。それがリーマンショックを引き起こしたのだが、あのときヘッジファンドは批判されながら、不死鳥のように、再び日本市場をターゲットにして一稼ぎをしたのだ。

 5月23日以来の下げはリーマンショックのときよりひどいと思う。短期間で暴落し、動きが荒っぽい。

 浜矩子同志社大教授は、アベノミクスではなくアホノミクスといい、最近出した本の中で、山高ければ谷深しと書き、今回の暴落を示唆している。週刊現代は1週間で株式市場の予測を180度転換し、株の値下がりが続くとした。週刊ポストは6月危機を予言していたがその通りになったと得意げである。

 エコノミストの武者陵司氏は、4月末に「100年に一度の波が来た」という本を出し、週刊現代では日経4万円も・・・とコメントしたそうだが、姿をくらましているという。

 朝日新聞などマスコミもアベノミクスを囃して大いに煽ってきたが、この円高と株安には当惑しているに違いない。だが、参議院選挙を来月に控えて真っ向からアベノミクス批判はできないであろう。

 国民は冷静に判断をして対応しなければならない。

 

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2013年6月13日 (木)

こなれた翻訳で読める「スタンフォードの自分を変える教室」―①―

  以前にNHKのスーパープレゼンテーションで、アメリカスタンフォード大学のケリー・マクゴニカルという心理学者のプレゼンテーションを聞いて、もっと詳しく知りたいと思っていた。

 娘の家に行ったとき、彼女が書いた「スタンフォードの自分を変える教室」が置いてあったので借りてきて読み始めた。この本はマクゴニカル氏がスタンフォードで実践していることを書いたものである。神崎朗子さんの翻訳が大変読みやすい。

 彼女がやっているのは、「意志力の科学」という講座で、スタンフォード大学生涯教育プログラムの公開講座である。

 「この講座では、心理学、経済学、神経科学、医学の各分野から、事故コントロールに関する最新の見解を取り上げ、『どうしたら悪い習慣を捨てて健康的な習慣を身につけられるか』『物事をぐずぐずと先延ばししないようになれるか』また、『集中すべき物事を決め、ストレスと上手に付き合うにはどうしたらよいか』を説明します。

 そして、『私たちはなぜ誘惑に負けてしまうのか』『どういしたら誘惑に打ち勝つ強さを身につけられるのか』を解き明かしていきます。

 また、自己コントロールの限界を理解することの重要性を説き、『意志力を鍛えるための最適な方法』を紹介します。」(P.16)

 この本は、『もっとも優れた科学的な見解」と、「講座で行った実践的なエクササイズ」を融合したものだと書いている。まだ、第3章まで読んだだけであるが、そのことがよく分かる。

 彼女のスタンフォードでのレクチャー4週間後のアンケートでは、97%の受講生が、自分自身の行動を以前よりもよく理解できるようになったと感じ、84%の受講生が、授業で学んだ方法のおかげで、以前より意志力が強くなったと回答しているそうだ。(P.17)講座終了時には、「人生を変える授業だった」という感想が寄せられたという。

 イントロダクションには、「自分を変える教室にようこそ」と書いてあり、「―意志力を磨けば、人生が変わる」と小見出しが付けてある。

 そうなのだ。「意志力」、これがキーワードである。意志力とは何かという説明があり、それを磨く方法が述べられる。

 世の中のHOW TOものの本は、目標設定と達成するにはどうすべきかを説いているがそれではだめだという。「やるべきことはわかっているはずなのに、なぜいつまでもやらないのか」を理解させてくれる本はほとんどないという。

 「自己コントロールを強化するための最も良いい方法は、自分がどのように、そしてなぜ自制心を失ってしまうのかを理解することだ」と彼女は考えているというのだ。(P.20) 

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2013年6月12日 (水)

首相夫人昭恵さんが原発反対!

 11日の朝日新聞34面の記事を見て驚いた。安倍首相夫人の昭恵さんが、原発輸出政策に「心が痛む」と講演で発言したというのだ。

 以下は記事の全文である。

 「安倍首相の妻昭恵さんがNPO法人主催の講演で、安倍政権が推進する原発輸出について、『私は原発反対なので非常に心が痛む』と語った。原発輸出を成長戦略の柱に位置づけ、次々とトップセールスでまとめていく夫の姿勢に、妻が疑問を投げかけた。

 地域活性化に取り組むNPO法人『ふるさとテレビ』が6日国会内で開いたセミナーで語った。同法人のホームページに掲載された動画では、昭恵さんは、『(原発は)日本の大事な技術だ』と前置きしたうえで、『原発に使っているお金の一部を新しいエネルギー開発に使い、日本発のクリーンエネルギーを海外に売り込んだらもっといい』と提案。

 『私は家庭内野党。周りの人は(首相が)権力を持つとだんだん言えなくなってくる。少しは嫌なことも言ってあげた方がいい」とも語った。

 首相は原発の輸出に向けて中東諸国やインドとの原子力協定交渉を加速。7日の日仏首脳会談では核燃料サイクルなどで協力することを確認している。」

 同じ11日の一面には、朝日新聞が8日~9日に実施した全国定例世論調査の結果が報じられている。

 安倍政権が成長戦略の第3弾に「原子力発電の活用」を盛り込んだことを受け、経済成長のために原発を積極的に利用する方針の是非を聞いたのだ。

 反対が59%、賛成が27%であった。

 成長戦略にある「安全と認められた原発の再稼働」も明記したが、停止中の原発の運転再開についても、

 反対58%、賛成28%であった。

 私はもっと多くの人が原発に反対し、原発輸出にも反対をしてほしいと思っている。福島原発事故でのっぴきならない状況になるということが分かったからだ。それでドイツなどはいち早く原発の危険性に気付いて原発をやめたのであった。

 原発は決して安全ではないし、コストがかからない発電でもないのだ。廃炉までの長い時間とコストを考えるととんでもない金食い虫なのだ。それに一旦事故が起きるとその国だけでなく、地球的な災厄を引き起こす。

 首相夫人の昭恵さんが言うように、原発のための金をそれに代わるクリーンなエネルギーの開発に使って世界に売り出すべきなのだ。日本にはその技術があるし、人材もあると言われる。

 財界が目先の利益を追って危険極まりない原発を続け、あろうことか外国にも売るというのだ。その先頭に立って得意げに旗を振っているのが安倍首相である。

 その奥さんが原発反対とはっきりと語ったということは見上げたものである。これからも節を曲げずに原発反対を唱え続けて欲しい。

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2013年6月11日 (火)

安倍さん、国民に嘘をついてはいけませんよ

 7日のblogで安倍首相が発表した”成長戦略”で「10年間で一人当たりの国民総所得(GNI)を150万円増やす」とぶち上げたことを取り上げて批判した。それは個々の人の収入を増やすということではないということに騙されてはいけないという意味であった。

 首相が150万円増やすと約束した1人当たり国民総所得(GNI)は、企業のもうけが含まれ、家庭の年収とは別物である。企業がもうけをため込めば給料は上がらない。事実これまでも企業は内部留保を積み上げてきたが、それを給料アップには使わなかったので給料は上がらなかったのだ。

 企業の内部留保は、2009年には258.8兆円(みずほ総合研究所)だったという。 別のところでは安倍政権になってからでも、10兆円以上の内部留保が増えたと言っている。

 企業がいくら内部留保を積み上げても、それが給料に回されない限り社員の給料は上がらないのだ。

 安倍首相は、驚いたことに、8日の東京都内での街頭演説で、「私たちは10年間で平均年収を150万円増やす」と訴えたそうだ。(9日朝日朝刊)

 都議選に向けた初遊説で6か所を回り、4か所では「平均年収」「収入」「年収」を150万円増やすと言った。これらは単語は変わっても、個々の家庭の収入を意味する。しかし、成長戦略ではそんなことはどこにも書いてないのだ。

 これでは意図的に国民を騙したとしか言いようがない。一国の首相が国民の前で演説をし堂々と言ったことなのだ。もし、騙したのでないというのなら、これこそが成長戦略の公約ということになる。

 歌舞伎なら「さあ、さあ、さあ・・・」と迫る場面である。安倍さん、いったいどちらが本当なのですか?

 国会がしっかりしていれば国会で大問題にすべきことであるが、国会が開会中なのに野党が取り上げたという話を聞かないのはどうしたことか。日本の政治はどこまで堕落したのであろう。

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2013年6月10日 (月)

時の記念日

 今日は時の記念日である。でも、時の記念日ということを意識させられることは戦後なくなったように思う。久しぶりに意識したのは、昨日の天声人語を読んだからである。

 私が子どもの頃は、6月10日が来ると毎年「時の記念日」であると言われ、時間を大切にするように教えられたものである。時の記念日は、天智天皇が皇太子時代に漏刻を作り、天皇になってから漏刻を整備したといわれることにちなんだものだ。天智10年4月25日がグレゴリオ暦で6月10日に当たることからこの日が時の記念日とされたという。

 戦後は余り触れなくなったのは、私の推察では小学校で日本歴史や修身を教えることを、GHQ(占領軍総司令部)によって禁止されたことと関係があるように思う。

 時間について最近感じることは二つある。1つは誰でも年を取ると感じることだが、時間が経つのが大変速いということである。光陰矢の如し、朝に紅顔の美少年、夕べには白骨となるなど中国の古諺は時の速さを的確に表現している。

 小学校を卒業する頃までは時間は長く感じられたが、それ以後は年々短くなるばかりで、60歳、70歳と過ぎてくるとどんどんと加速する。

 そのことと関連があるのかどうか、二つ目は時間がないと感じることである。退職して生計のために働くことがなくなり、趣味やボランティアなどやりたいことに時間を使うようになった。毎日はたっぷり時間があるはずである。ところが何故か時間がないと感じるのだ。

 勤めていた頃は、毎朝決まった時刻に出勤し、夕方までみっちりと働き、さらに帰宅後も抱えてきた仕事をやるという毎日であった。それなのに釣りに出かけたり、映画やコンサートに行ったり、旅行に行ったりしたし、研究会に参加をして本も読み研究をした。新聞も読んだし、テレビも見た。いくつかの趣味ももっていた。

 ところが退職後は、釣りはやめてしまったし、映画にもあまり行かなくなった。新聞も昔ほどは読まなくなった。見たいテレビは録画をしておくが、たまる一方でなかなか見る時間がない。24時間という時間は昔も今も同じである。それなのに時間がないと感じるのは年を取って体力や気力が衰えてきた証なのであろうか。

 毎朝4時半前後には起床し、夕方9時前には就床することにしている。その間の16時間ほどが動ける時間である。その中で、やることが決まっているのはウオーキングが1時間、洗顔トイレ入浴などが1時間程度、食事が80分前後、朝の連続テレビ15分、語学番組40分といったところである。それにこの3年半はblogを書くのに1時間余りとられるようになった。

 最近はアクティヴな女性が多いから私が関係するクラブやボランティアの女性はみなたくさんの趣味を持ち、フィットネスクラブに通い、家事をこなしている人ばかりである。そのエネルギーには感心するばかりだ。どうやって時間を編み出しているのだろうと思う。

 人生の残りの時間が秒読みになってきた。さて、時間とどう付き合えばよいのか。

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2013年6月 9日 (日)

大変勉強になった「フランス絵画300年プーシキン美術館展」―②

 第3章 19世紀後半―印象主義、ポスト印象主義

 市民社会の成熟と共に価値観が多様化していくなかで、国の組織であるアカデミーとサロンを中心とする画壇の構造に対する不満が一気に噴出した。その旗手となったのがルノワールを始めとする印象派。

 印象主義→戸外で習作を描いてアトリエで仕上げるというそれまでの風景画の作法に反して、印象主義の画家たちは、刻々と変化する光に包まれた一瞬の印象を、その場で素早く書き留めようとした。

 代表はルノワールとモネである。ルノワールの風景画は「セーヌの水浴」だけで、この絵はフランスで見たように思うのだが。この展覧会第一の目玉は、ルノワールの「ジャンヌ・サマリーの肖像」である。ポスターにも使われている彼の肖像画の傑作だそうだ。

 モネの作品は、「ひだまりのライラック」である。

 ポスト印象主義→かたちや空間表現を重視したセザンヌ、色彩の強烈な力を探究したゴッホ、内面の表現を目指したゴーギャンなど印象主義を乗り越えようと、それぞれのやり方で独自に突き詰めた画家たち。

 ゴッホの「医師レーの像」、セザンヌの「水浴」、ゴーギャンの「エイアハ・オヒパ」

 第4章は20世紀ーフォービズム、キュビスム、エコール・ド・パリで、20世紀前半は革新的な絵画運動が集中した時代。その端緒となったのが1903年にパリで始まった「秋のサロン(サロン・ドートンヌ)」で、マティスらによる強烈な色彩と大胆なタッチの作品のコーナーがまるで野獣(フォーヴ)の檻にいるようだと嘲笑されたという。

 フォーヴィズム→ゴッホやゴーギャンの内面的な表現や色遣いを参考にして、より主観的な感覚を色彩に委ねて表現したマティスたち。マティスの「カラー・アイリス・ミモザ」

 キュビスム→3次元のものを平面に描くという根本的な問題を突き詰めて考えたのがピカソらキュビスムの画家たち。ものを複数の視点からのイメージに分解して平面上に組み立てていくやり方は、ルネッサンスから続く一つの視点からの空間表現をくつがえした。

 ピカソの作品は「扇子を持つ女」にその片鱗を窺うことができる。

 エコール・フォ・パリ→パリの多様な美術動向に刺激を受け、モンパルナス周辺に集まった外国人を中心とする前衛的な作家たちの総称。統一的な理論や様式を持たない個性派揃いであった。

 アンリ・ルソー「詩人に霊感を与えるミューズ」はマリー・ローランサンと恋人の詩人を描いたもの。マリー・ローランサン「女の顔」、キスリング「少女の顔」、シャガール「ノクターン」など。

 プーシキン美術館はイワン・ツヴェータエフモスクワ大学芸術学部長が1894年に呼びかけ、公的資金を使わず、民間からの寄付を募って造られ、1912年に開館したものだという。

 そこに集められているフランス絵画の数々は、女帝エカテリーナやシチューキンとモロゾフという二人の大富豪が蒐集したものをもとにしている。

 私は4月にフランスに行き、ルーブル、オランジェリー、オルフェの美術館でフランス絵画を中心にたっぷり見て来た。また、5月に東京で「ダヴィンチ展」と「クラークコレクション展」を見て、フランス絵画などをたくさん見た。

 以前にボストン美術館やニューヨークの美術館、イギリスの美術館などで、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、ピサロ、ドガ、モネ、ルノワールなどの作品をたくさん見た。特にモネやルノワールやセザンヌなどの作品はこれまでに随分見たことになる。

 改めて歴史を辿ってみてみると、フランスは世界に誇る画家たちを排出していることに驚く。この美術展はフランス絵画についておさらいをする意味でもお勧めである。

 名古屋の後は確か横浜で開催だと思う。

 (解説部分は美術館で配布の作品解説による)

ゴッホ 医師レー

モネ ひだまりのライラック

ルソー 詩人に霊感を与えるミューズ

ドガ バレーの稽古

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2013年6月 8日 (土)

許せない復興予算の流用

 「東日本大震災の復興予算で2千億円が付いた雇用対策事業のうち、約1千億円が被災地以外で使われていることが分かった。被災地以外の38都道府県で雇われた約65000人のうち、被災者は3%しかおらず、被災者以外が97%を占める。

 『ウミガメ保護観察』や『ご当地アイドルのイベント』など震災と関係のない仕事ばかりで、大切なこようでも復興予算のずさんな使われ方が続いている。」

 上記は6月3日の朝日新聞一面トップ記事のリードである。私たちは、復興税なるものを払っており、その額は今後さらに増えることになっている。復興予算はそうした納税者の税金で賄われているのだ。

 復興税の使い道は、東日本大震災の被災者救援対策に特化して使われていると思っていたのに、とんでもないまちがいであったようだ。

 自治体が復興予算で進めた雇用の中身を見ると、安倍首相のおひざ元の山口県では、「ゆるキャラ『ちょるる』によるPR隊」「『ツールド・しものせき』コースの草刈、清掃」である。お隣の三重県は、「インターネットや携帯電話の安全な利用を呼び掛けるリーフレットの作成」だ。愛媛県は「飲食店などのガイドブック作成」とある。

 山口県は、1100人を雇用したが被災者はたった1人、宮崎県は870人のうち1人、徳島県は340人、大分県は870人をこようしたが、被災者は0だという。

 地方官僚はどうしてこういうことを平気でやれるのであろう。その無神経ぶりには呆れるばかりである。

 そもそもこうしたずさんな金の使い方を許しているのは、厚生労働省が雇用する対象を広げているからだ。「避難している被災者を優先して雇用」としながら、一方で「震災などの影響による失業者」とも書き、被災者以外でも雇えるようにしたからだという。

 さらに大事なことは、「どう使うかは、都道府県の自由」とし、どれだけ被災者を雇用したかも把握せず、流用が問題になった後も放置していたということである。

 被災地ではまだ漁業などの地域産業の再生が進まず、将来の雇用を生み出すための対策が必要だという。そういうところにこそ予算を使い対応すべきなのだ。

 朝日新聞5日朝刊では、「復興予算の流用、納税者への裏切りだ」という社説を載せた。政府や地方自治体がやりたい放題のいい加減な税金の使い方には納税者である我々の怒りは天をつくばかりだ。

 

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2013年6月 7日 (金)

アベノミクス第3の矢「成長戦略」に強烈なパンチ

 安倍首相は5日アベノミクスの中核に位置付ける「成長戦略」を発表した。ところがその講演の最中に東京株式市場は急落を始め、一時は600円も下げたという。終値は前日比518円安となり13014円となった。

 第3弾の中身が乏しいことへの失望売りだという。結局日本銀行が過去最大の金融緩和を始めた4月上旬の株価水準に逆戻りしたのだ。

 これはアベノミクスに対する痛烈な批判のパンチである。「民間投資を70兆円」「インフラ輸出を30兆円に」「外資の対日直接投資を35兆円に倍増」など成長戦略には大きな目標が並ぶ。しかし、達成のための具体的にどんな政策を進めるかが十分に示されなかった。

 安倍首相は断固やりぬくと言葉だけは勇ましい。だがその足元を市場に見透かされた形だ。

 7月に参議院選挙を控えて選挙目当てに調子のよいことを並べた。その一つ、「国民総所得(GNI)を10年後に1人あたり150万円に増やす」がある。かつての池田首相の「所得倍増」論を思い出させる。

 しかし、GNIは池田元首相の所得倍増とは違うのだ。150万円増と聞くと国民一人当たりの年収が150万円増えるかのように聞こえる。これは国民に錯覚を起こさせるマジックワードである。

 GNIは家庭の収入ではないのだ。日本国民や企業が1年間に国内外で作り出した付加価値(もうけ)の総額で、それを人口で割った数値である。企業のもうけも入ったいるのだ。だから企業がもうけをためこんでしまえば、給料は上がらないのだ。

 1人当たりのGNIが上がっても、物価が上がれば生活は楽にならない。(朝日新聞)

 安倍首相は、「頑張って働く人たちの手取りをふやすことだ。つまり、家計が潤うこと。その1点です」と述べたそうだが、私たちは誤魔化されてはならない。

 田中秀明明治大学大学院教授は、成長戦略について、「残念ながら従来型の域を出ない。歴代政権がこれまで幾度となく戦略をだしており、それと類似では同じ轍を踏むだけだ」(朝日新聞投稿)と指摘している。

 他にも成長戦略はこれまで幾度となくだされてきたが成功しなかったと指摘する専門家がいる。

 

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2013年6月 6日 (木)

大変勉強になった「フランス絵画300年プーシキン美術館展」―①

 4月26日から、6月23日まで日本全国のトップを切って開催されている「フランス絵画300年プーシキン美術館展」をやっと見て来た。朝日新聞社が主催なので毎日の紙上にプーシキン展の囲みが載る。それで見たいと思っていたのだ。

 500円で音声ガイドを借りて聞きながら回った。東京で美術展を見たとき音声ガイドがよかったのでまた借りることにした。

 予想以上に分かりやすい、よい美術展であった。その理由は、フランス絵画の歴史を彩る様々な様式や芸術運動を、時代に沿って4章で構成してあるからだ。

 第1章 17世紀~18世紀 古典主義、ロココで、最初の部屋は、古典主義から始まる。17世紀に入ると芸術家になるための教育機関として、それまでの中世の徒弟制度に代わりアカデミーが誕生。芸術家たちはそこで技術や知識を学び、アカデミーが主催するサロンに入選して評価されることを目標とするようになった。

 古典主義→古典作品をお手本に明晰か秩序だった表現をめざす。私はクロード・ロランのギリシャ神話にもとづいた「アポロとマルシアスのいる風景」がいいと思った。

 ロコロ→華やかな宮廷文化の趣味を反映して、自由奔放で優美軽快な画風が好まれるようになった。私が気に入ったのは、ジャン・パティスト・サンテールの「蝋燭の前の少女」だ。きめ細かく描かれて蝋燭の光を見事にとらえている。

 第2章は、19世紀後半 新古典主義、ロマン主義、自然主義

 フランス革命や産業革命という大きな社会構造の変化を受けて、絵画を楽しむ層も王侯貴族から市民階級に移る。描かれるテーマはより親しみやすい身近なものへ、そして絵のサイズも飾りやすい小さなものへ変わって行った。

 新古典主義→市民階級は、享楽的なロココ趣味を否定して、古典古代の美術への回帰を求めた。ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルの「聖杯の前の聖母」はその代表のようだ。バリャチャンスの「侯爵夫人の肖像」は緻密に描かれている。

 自然主義→綿密な自然観察にもとづいて森の風景を写生したコローやミレー。ミレーの「薪を集める少女たち」は小品だがよい。

 ロマン主義→理性や秩序を尊重する新古典主義に対し、個人の感情を描き出そうとした。ドラクロワの「難破して」がロマン主義の典型的なモティーフとして取り上げられている。

     (文章は解説をもとに作成)(写真はインターネットから)

 

アモリ人を打ち破るヨシヤ

 

聖杯の前の聖母

蝋燭の前の少女

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2013年6月 5日 (水)

続々値上がり―ほくそ笑む安倍首相

 4日の朝日新聞は、「食品値上げ止まらぬ」と報じた。たしか昨日のNHKニュースでも値上げについて報じていた。

 カツオ節、パンなどの値上げが相次いでいて、原料高や円安が理由だという。カツオは日本近海で獲れると思っていたら、輸入もしているとは知らなかった。世界的な需要増と円安が重なって輸入価格が上がったというのだ。そういえばツナ缶も値上げだ。

 小麦粉が家庭用2%~6%も値上がりになる。パンは山崎が値上げをし、フジパンも値上げを発表した。食用油、オリーブ油20%、ゴマ油10%と値上げされた。

 紙も、トイレットペーパーやティッシュを10%~15%値上げ、パソコンの印刷用紙も値上げだ。

 建設資材も木材や釘、セメント、アスファルトなどが値上げである。

 タイヤも値上げは当然として、贅沢品も値上げだ。ルイヴィトン20%、ティファニー宝飾品10%前後、ジャガールクルト(時計)も上がった。Appleの製品も上がった。

 電気料金、ガス料金は4か月連続、ガソリン、重油なども値上がり。音を上げたのがイカ釣り漁船だ。

  レジ袋などのポリエチレンも値上げした。夏にパソコンも値上げ予定だという。

 電気料金やガソリンやガス料金が上がると、関連した製品が値上がりをよぎなくされるからこれからも値上がりが続く。

 こうした値上がりで音を上げるのは消費者である一般庶民だ。ところが2%の物価上昇を宣言した安倍首相はほくそ笑んでいるに違いない。アベノミクスで円安になり、期待通り物価が上がり始めたからだ。

 アベノミクスは世界で初めての壮大な実験だと言われている。この先経済がどうなるのか予測がつかないのだ。目先の株価さえ5月23日以来の大暴落を誰も予測できなかったのを見ても明らかである。

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2013年6月 4日 (火)

見た目が若い人は、血管年齢も若い―おはよう日本―

 6月3日のNHKおはよう日本、「今朝のクローズアップ」で「めざせ、アンチエイジング―見た目が若い人は、血管年齢も若い」という特集を放送した。

 内容はタイトルの通りで、シンプルであった。愛媛大学医学部が昨年に発表した研究を取り上げたものであった。ちなみに愛媛大学医学部はこの分野で最先端を行くのだそうだ。

 詳しく知りたいと思い、インターネットで検索してみたが、それ以上のことは見つからなかったので残念である。

 番組では、高齢の女性が見た目と血管年齢を調べてもらう様子を放映した。女性の写真を撮り、それを予め用意してある顔のデータと突き合わせる。そして、その人の見た目の年齢を割り出す。

 その女性は、見た目が67歳と出てびっくりしていた。実年齢は何と93歳だということであった。確かに若く見えたが、80は超えていると思っていた。血管年齢は74歳であった。

 別の例では、70歳の男性だったと思うが、見た目が80歳近く、血管年齢も実年齢より年を取っていた。

 愛媛大学医学部の研究では、実際の年齢より見た目が老けている人は、血管が老化し、動脈硬化の進行している可能性が高いという。見た目と血管の相関性があることが分かったというのだ。

 愛媛大学医学部では、この検査を希望者にやってくれるそうだ。若く見えるのは嬉しいことだ。実年齢より若く見えるよう心掛けたいと思う。

 先だって、厚生労働省が健康のためにどのぐらいの運動をするとよいかという目安を示した。それによると頑張って長時間、きつい運動ををする必要はなく、歩くとか日常の家事でもいいからこまめに体を動かすことを勧めている。

 身体活動量が多い者や、運動をよく行っている者は、総死亡、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗鬆症、結腸がんなどの罹患率や死亡率が低いこと、また、身体活動や運動が、メンタルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすことが認められている。更に高齢者においても歩行など日常生活における身体活動が、寝たきりや死亡を減少させる効果のあることが示されている1,2,4,5)。
 
 生活習慣病の予防などの効果は、身体活動量(「身体活動の強さ」×「行った時間」の合計)の増加に従って上昇する3)。長期的には10分程度の歩行を1日に数回行なう程度でも健康上の効果が期待できる。家事、庭仕事、通勤のための歩行などの日常生活活動、余暇に行なう趣味・レジャー活動や運動・スポーツなど、全ての身体活動が健康に欠かせないものと考えられるようになっている。

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2013年6月 3日 (月)

古賀誠元自民党幹事長を見直す

 この前の衆議院議員選挙の前から、私は憲法を変えるか変えないかが最大の隠れた争点だと指摘してきた。参議院選挙を7月に控えて、憲法を変えようとする安倍政権は、参議院での2/3以上を目指している。

 安倍政権の側は、まず、憲法96条を改めることで憲法改定へのハードルを下げることを狙っている。非常に姑息な手段であり、これには改憲派の憲法学者でさえ反対を唱えている。そして憲法学者たちは「96条の会」を結成して96条の改悪に反対を始めた。

 これは当然のことで、改憲のための国会議員2/3の賛成という縛りを、普通の法律と同じ1/2にしようというのだから、憲法が憲法でなくなるのだ。

 自民党の中には、現行憲法を守ろうというリベラル派は姿を消してしまったのか、マスコミが報じないのか、96条を変える動きばかりが取り上げられている。

 そんな中で、元自民党幹事長古賀誠氏が、96条の改憲には大反対と言っていることを知り、驚くと共に嬉しくなった。

 古賀氏といえば、全国遺族会会長として、毎年靖国参拝をしてきた人物である。私はその点に関して嫌な奴だと思ってきた。ところが今回彼が憲法について語った内容を知って彼を見直した。

 古賀氏は、「現行憲法の平和主義、主権在民、基本的人権という崇高な精神は尊重しなければならない。中でも平和主義は『世界遺産』である。」と述べている。憲法を世界遺産にしようと言ったのは確か爆笑問題の太田さんであったと思うが、そのくらい世界に誇るべきものだというのだ。

 中でも現行憲法の要である、「平和主義、主権在民、基本的人権」の3本の柱にういて守るべき財産だと指摘していることは見上げたものである。

 私が小学校の頃、新憲法の発布と施行があり、「新しい憲法」という小冊子を貰って憲法について教えてもらったことを思い出す。今でも忘れられないのは、当時新制高校を卒業して代用教員として来ていた正木、谷田、水本という3人の先生のことである。

 憲法発布の記念式典が高等学校の運動場で開かれたとき、彼らは「民主主義って何だろう?」と話していたのだ。

 この3人はその後それぞれ民主主義を理解した立派な教師となられたが、最初はそんなものであった。彼らも「新しい憲法」を勉強して私たちにその基本の精神を教えてくれたのであった。

 話をもとに戻して、古賀氏は、「憲法は我が国の最高法規だから、他の法律と扱う基準が違うのは当然で、96条の改悪は絶対にやってはならない。」と言っている。「今日の日本があるのは、平和憲法が根底に強く存在していたからだということを忘れてはならない。」と語っている。「平和主義は世界遺産だ」というのだ。

 古賀氏の父親は、彼が2歳の時レイテ沖の戦いで戦死したという。母親は必死で子どもを育て、その背中を見て、彼は「戦争は嫌だ。2度と起こしてはならない。」と思ったという。それが古賀氏の政治家としての原点だという。

 彼は自衛隊をイラクに派遣することに反対をし、採決の議場を退場したそうだ。「平和を脅かすようなことをしてはならない、と戦争を知らない世代に眼に見える形で示したかったからだ。」と話している。

 残念ながら、古賀氏は先回の選挙の時政界から引退してしまった。今の自民党に彼のような政治家がいなくなって、みんな96条改定、国防軍設置、天皇元首、基本的人権制限などで旗を振っている。

 小野寺防衛相は、アジア安保会議で「日本の右傾化は誤解」と言ったそうだが、誤解などと言えたものではない。まさに右へ向けようとしているのだ。

 

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2013年6月 2日 (日)

クローズアップ現代「これが顔認証技術だ」を見て戦慄

 29日のNHKクローズアップ現代は、「これが顔認証技術だ!個人情報が流出?」であった。

 顔とか掌とか指を使って、特定の個人を認証する技術は、すでにいろいろなところで実用化されている。私自身も銀行口座で掌認証を使っているのがある。ただ、簡単には認証してくれず、まどろっこしい思いをするから好きではない。

 顔の場合もっと認証が難しいだろうと思っていたが、今の技術は大変進んでいることを知った。

 変装をしても本人を特定するし、年齢を重ねても特定できるのだ。若いときの写真をもとにしても年を取ってからの本人を判定できるのだという。

 百貨店などでは、カメラを商品売り場に設置し、それをもとに、ある商品がどの年齢層によく買われているかを分析しているそうだ。今の技術では、性別、年齢もほぼ確実に当てられるのだ。

 恐ろしいと思ったのは、ブラジルのケースだ。サッカーワールドカップが開催されるブラジルでは、サッカー競技場での観客の騒ぎをおそれて、ビデオカメラを何十台も設置し、それで観客を写す。その画像はハイビジョンより鮮明で1人ひとりの顔がはっきりと映っている。それを予め登録してある写真と照合することで騒ぎを起こした人を特定するのだという。

 また、運転免許証の提示の代わりに、顔写真から自動車のナンバーを割り出し、所有者を特定し、交通違反の取り締まりをしているという。

 もっと恐ろしいのは、アメリカのケースで、スマートフォンで写した人物の写真をインターネットで照合し、たったの3秒でその人物を特定し、社会保険番号までわかってしまったというのだ。

 テロや犯罪防止に顔認証技術が役立つということで採用されているのだが、使いようによってはとんでもないことになるのだ。

 日本でも国民番号制が導入されることが決まった。しかし、先のアメリカの例を見ると、どこかで誰かに撮られた写真から、自分の大事な情報がキャッチされるという怖れがあることが分かった。

 今やどこへ行っても隠しカメラがあって、絶えず知らない間に顔写真を撮られている。それをもとに個人情報が明らかにされるおそれが多分にあるのだ。情報技術の発達によって大変な時代になったと知り戦慄を覚えた。

 

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2013年6月 1日 (土)

橋下大阪市長の政治生命を救った公明党はおかしいぞ!

 旧日本軍の慰安婦などをめぐる一連の発言で批判が高まっている橋下大阪市長に対し、大阪市議会の野党会派が提出した問責決議案は、30日夜の本会議で否決された。

 最初は公明党も賛成して可決されると言われていたが、橋本市長が、決議案が可決されれば市長を辞職して、参議院選挙と同日に出直し市長選挙を行いそれに打って出ると言ったので、公明党はビビッてしまったのであった。

 もともと公明党の支持母体である創価学会婦人部を中心に橋下氏の発言には反発が強いので、公明党は29日には問責決議案に賛成する意向を固めていた。

 それが急に反対に回ったのは、参議院選挙と同日の市長選を避けるためと説明した。公明党は大阪市議会で維新の会と協調路線をとってきた。だから反対に回ったとしてもおかしくはない。

 残念なのは、公明党には橋下大阪市長の従軍慰安婦をめぐる発言や沖縄米軍司令官に米軍兵士の風俗利用を勧めたなどの政治責任を追及できていないことだ。公明党は「橋下市長に対し猛省と責任を促す決議案」を提出したが、それはあくまでも体裁を繕うためである。

 本当に責任追及をする気があるなら、自民、民主、共産各党の決議案に賛成をして反省の色が見えない橋下市長に鉄槌を食わせるべきであったのだ。

 橋下大阪市長は、外国人特派員協会で釈明の記者会見をした。「3時間もあったが、繰り返しが多くて、1時間で十分。最終的には何も言ってない」「責任回避で印象が悪くなった」「彼は論点を変えている。橋下は誠意のない謝罪だ」「日本の参議院選向けのパフォーマンス」などなど外国人記者たちの反応は大変冷ややかなものであった。

 彼はアメリカを訪問する予定であったが、受け入れてもらえず断念せざるを得なかった。彼の発言とその後の行動は、国際関係さえも悪くしてしまったのだ。大阪議会は当然問責を議決すべきであった。

 今回は公明党が救いの手を差し伸べて橋下維新の会共同代表に貸しを作ったことになる。何とも選挙民を愚弄した行動ではないか。

 

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