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2013年5月

2013年5月31日 (金)

またまた大暴落の日経平均―アベノミクスに引導!

 5月30日の東京株式市場は朝の開始から450円ほど下げたり、270円ほどまで戻したりとおかしな動きをしていた。ニュースの説明では、前日のヨーロッパ株式市場のの軒並みの下落と100円台まで進んだ円高を嫌気してということであった。

 午後は外に出たので、帰宅後調べたら、何と前日比-737円の13589円で引けていた。後場はずっと下げ続けたようだ。NHKニュースによると、23日以来2000円以上も下落し、5月始めの水準にまで戻ってしまったという。

 夕刊には、やはり欧州市場の軒並みの下落と100円台まで進んだ円高が原因と書いてあった。一時は東証一部上場企業の9割の株価が値下がりしたと書いてあるが、夕刊では終値までの様子は分からない。インターネットで調べたら、値上がり銘柄は62銘柄、値下がり銘柄は1640銘柄であった。

 「米国の金融緩和が縮小されるとの警戒感から、投資家がリスクを避ける姿勢を強めている」との見方がある。と解説してあっるが、この解説は朝のモーニングサテライトで前日の米国市場が102$下げたときに使われた説明と同じである。

 「米国の経済指標は堅調な内容が続いているため、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融市場にお金を流し込む緩和策を縮小させるという観測が広がっている。」と、夕刊には書いている。

 それも関係がないとは言えないが、週間誌が書いたようにアメリカのヘッジファンドが日本株の暴落を仕掛けて来ているというのが当たっているように思う。それはとりもなおさず、アベノミクスの終焉を示唆するものだ。しかし、インターネットなどで調べてみても日本では、まだ誰もそれに言及してはいない。推察するに、今、アベノミクスの破綻に言及するのはマスコミにとってはタブーだからだ。

  円安の進行で電力、石油関係、小麦粉などが値上がりをしてパンやうどんなどの関連した商品も値上がりをしている。安倍政権が目指す2%の物価値上げは達成しそうな感じである。

 その一方で給料は一部大手企業以外は、上がっておらず、生活は苦しくなる方向である。アベノミクスの第3の矢と言われる成長戦略がどうなるかが問題だと言われるが、ウオール街では懐疑的であると言われる。だから、日本株を売り込んできたのであろう。

 中国も政府系シンクタンクの経済専門家は、「アベノミクスの本質は、金融による経済回復で、実体経済の根本的な改善には無益」とし、金融政策に依存した日本経済の回復が「長続きしないことを株価暴落が宣告した」と断じたいう。

 明日から6月に入り、週刊ポストなどが予測するように6月大暴落に向かうのかどうか予断を許さない状況になってきた。機械のおかげと言った麻生財務相も気が気ではないと思うのだが。

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2013年5月30日 (木)

おかしくないか?麻生財務相の言葉遣い―株乱高下は機械のおかげ

 5月23日の東京株式市場の株価の大暴落をきっかけに、次の日も、その次の日も株価は乱高下を続けた。これらの一連の動きに関連して、麻生財務相は、28日の閣議後の記者会見で、次のように述べた。

 「一日でこれだけ乱高下するのは機械のおかげ」と。

 高速の株の売買注文を自動的に繰り返す手法が乱高下の原因だとの見方を示した。(朝日新聞28日夕刊)

 この記事を読んだとき、「機械のおかげ?」はおかしくないかと思った。普通、日本語では”おかげ”というとき、何か良いことがあった場合の使う。

 伊勢におかげ横丁というのがあり大変賑わっている。このおかげ横丁のおかげはいうまでもなくお伊勢さん(伊勢神宮)の御利益を指す。

 「彼のアドバイスのおかげでよい就職口が見つかった」「この新型機械のおかげで不良品が出なくなった」「新幹線のおかげで速く東京に着く」・・・など、いつでもよいことがある場合に使われる。「おかげ」の代わりに「せい」を入れてみるとおかしいことがよく分かる。

 これが悪いことであれば、「せい」を使う。「人のせいにするな」「古い器械のせいで不良品が続出だ」「あいつのせいでこの縁談は破談だ」・・・。「お伊勢さんのせいで商売繁盛です」とは言わない。

 これを麻生財務相の発言に当てはめると、「機械のおかげ」は、機械がよいことをしたから株価の乱高下が起きたということになる。もし、麻生大臣が「株価の乱高下は有難いことだ。おかげで安倍政権も安泰だ」と考えての発言なら全然おかしくない。

 でも、そうとはとれないように思うのだ。本当は「機械のせいで株価が乱高下する」と言いたかったと思うのだ。

 麻生氏と言えば、首相時代にもおかしな発言をして物議をかもしたことがあった。この程度の誤用なら政局に影響はないが、副総理・財務相たる者言葉遣いをきちんとしていただきたいものだ。

 アベノミクスのおかげで株価が上昇してきたと言われていたが、ここに来てアベノミクスのせいで株価が大暴落する!(週刊ポストや週刊現代)と騒がれ出した。

 橋下氏のように「朝日新聞の誤報のせいで・・・」などと言わないように、自分の発言には責任を持っていただきたいと思う。

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2013年5月29日 (水)

我が家の可愛いドクダミの花

 我が家の裏にある坪庭や玄関脇などに、今年もドクダミが白い花をいっぱい咲かせた。ドクダミの花はなかなか可愛いものである。

妻が花を摘んで小さな花瓶に挿したがなかなか可憐である。濃い緑の葉と白い花びら、中心の突き出たものが何ともよい。

 ここまで書いて、Wikipediaで調べたら、何と白い部分は花びらではなく、総苞というのだそうだ。突き出た部分にいっぱいついている0.1mmぐらいの黄色いものが花だそうだ。花弁も咢もなく、雄蕊と雌蕊だけだという。

 この年まで全く知らなかった。白いのが花びらだと信じ込んでいたのであった。そういえば、私の大好きなハナミズキも、花びらのように見えるのは実は花びらではないのだ。それとよく似ている。

 ついでに調べたことを並べると、正式には藪草と書くらしい。別名魚腥草、地獄蕎麦ともいうそうだ。

 ドクダミという如何にも毒々しい名前はどういう由来か知りたかったが、毒矯み(ドクタミ→毒を抑える)から来ているそうだ。古くは之布岐と言われていた。

 あの独特の匂いから、中国語でも魚腥草というが、魚の生臭い匂いを意味し、ベトナム語ではサウザブカー(魚の野菜)、英語ではfish mint,fish herbなどというそうだ。魚臭いと感じるのであろう。

 子どもの頃山へ遊びに行くと、ドクダミの在り処はすぐに分かった。独特の匂いが強いからである。

 加熱すると臭みが弱くなるという。それで日本では天ぷらなどにして食するという。そこで我が家でも、昨晩妻が天ぷらにして食べてみたら、意外といい山菜であった。

 ベトナムでは、魚の野菜という通り、魚料理には欠かせない香草なのだそうだ。もっともベトナムのドクダミは日本のほどは臭みが強くないそうだ。

 生薬として乾燥させて十薬(重薬)といい、日本薬局方にも記載されている。それで思い出したが、子どものころは「十薬」と言っていた。ドクダミとは言わなかった。利尿作用があり動脈硬化に効くそうだ。

 ドクダミ茶にして引用するといい。

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2013年5月28日 (火)

1週間でコロッと変わった週刊現代の株の予測

 週明けの27日月曜日、株式市場はどのような値動きを見せるか注目されていた。私も興味深く見ていたら、予想以上の安値で始まった。9時50分ごろには、580円安い1427円をつけた。

 その後は医者に行ったので分からなかったが、午後帰宅して見に行ったら、-380円前後の動きをしていた。これで3日連続で大きな変動や暴落があったことになる。終わってみれば今年2番目の480円もの下げであった。

 朝のニュースで、NHKのコメンテーターは、これからも乱高下が続くかも知れないと言っていた。その通りとなった。

 同じ27日の新聞に出た、週刊現代と週刊ポストの見出しを見て驚いた。週刊現代は「米国発凄い大暴落がやってくる、アベノミクス大ピンチに早く逃げよ」と書いてあった。週刊ポストも、「株価大暴落、運命の6月がやってくるー背筋が凍った5月23日、だがこれは悪夢の序章に過ぎない」という大見出しである。

 週刊現代は、前号で夏には日経平均2万円!急げと書いたし、週間ポストも株が上がると勧めていた。1日にしてコロッと見方を変える週刊誌の無節操さに驚くばかりだ。

 私の友人は、27日に来た手紙に次のように書いていた。「5月23日の東京株式市場は、ご存じのように、前日の終値に比して1143円28銭の暴落でした。金融・財政を通して金をばら撒き、架空の景気の良さを演出し、円安→輸出増大→景気高揚をうたって、それをアベノミクスとマスコミは持ち上げていました。

 ところが、安倍首相の思惑は意外に早く、その馬脚を現したように思われます。長期金利の急騰に端を発し、株価の暴落をもたらしました。この先のさらなる経過を見なければなりませんが、もともとアベノミクスが我々年金生活者の生活をよくすることはありませんでした。一部の大企業とそれに結びついているお金持ちには良かったのでして、庶民の生活には無縁のことでした。」

 NHKの記者が解説していたが、今回の暴落は長期金利が1%になったことが主原因で、中国のPMIが下落したことは後付けに過ぎないと言っていたが、私もそうだと思う。それをきっかけにアメリカのヘッジファンドが利益確定の大量の売りを浴びせてきたのだ。

 そういう意味では、週刊現代が言うように、これが始まりというのは当たりそうに思う。そうなると安倍政権は大きな痛手を蒙るであろう。アベノミクスはバブルを作っただけだと有権者が気づくことは自民党にとって一番怖いことなのだ。

 さて、夏には日経2万円か、それとも逆の大暴落か?当たるも八卦、当たらぬも八卦である。

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2013年5月27日 (月)

脳梗塞に劇的に効く薬―NHKためしてガッテン22日放送

 高齢になると心筋梗塞や脳梗塞などが大変心配になる。先だっては天海祐希が若いのに心筋梗塞で舞台を降板して話題になった。街を歩いていると、杖を持った高齢者をよく見かける。脳梗塞を患ったのかなあと思う。

 22日のNHKためしてガッテンは、脳梗塞を取り上げた。年間20万人が発症し、5年以内に亡くなる人が40%、寝たきりや介助が必要な人が20%にもなるとか。杖をついて出かけられる人は幸せな人だ。

 この脳梗塞にはt-PAという特効薬があり、劇的によくなるというのだが、ただ難点があり、発症後4時間半以内に使用しないと駄目だという。4時間半は大変厳しい数字である。以前は3時間だったから多少改善されたそうだ。

 そういう訳で、t-PAが使えたケースは、僅か20万人中、1万人ほどだというのだ。この薬は、脳に詰まった血栓を溶かし、血流を復活させる力があり、大変よく効くそうだ。

 4時間半という制限があるのは、血流が長く途絶えると血管に傷がつき、その時点でt-PAを使うと、傷ついたところから出血してしまうなどのリスクがあるのだという。

 脳梗塞の症状には、半身麻痺、倒れる、ろれつが回らないなどがあるが、それ以外にも、舌や手先のしびれ、足のしびれ、吐き気、肩こり、脱力感、異常な眠気などがあるという。

 だから、大事なことは、こうした症状が現れたらすぐに医者に行くことだというのだ。そのためには、友人や家族などに早く気付いてもらうことが肝心である。

 イギリスでは、FASTというキャンペーンをやって、t-PAの使用者数を年間2000人から13000人に増やすことができたそうだ。FはFace(顔の麻痺)、AはArm(腕の麻痺)、SはSpeach(ろれつが回らない)、TはTime(時間)を指す。

 ガッテン流FASTは、朝起きたら、目をつぶり、両手の掌を上むけて腕を肩の高さまで上げ、「今日もイイー天気、ココロも晴れ晴れ」と数回繰り返すといいというのだ。

 腕に異常があると下がって来るそうだ。「イイーは」笑顔であり、「ココロもはればれ」はラリルレロのろれつを調べるのだ。

 脳梗塞の場合、何より早期に気付き、医者に行くことが助かる道なのだ。さて、そうはいっても実際自分の身に起きたら実行できるかな?

詳しくはhttp://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20130522.html

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2013年5月26日 (日)

大橋巨泉氏がいいことを言っている

 週刊現代6月1日号の「今週の遺言」で大橋巨泉氏が大変いいことを言っている。

 まず、「戦争とは、爺さんたちが始め、おっさんたちが命令し、若者が死んでゆく」と書いている。東条英機らA級戦犯たちが戦争を始め、戦場で死んだのは多くの若者たちであった。しかし、不幸なことに日本の国土でも、アメリカのB29による空爆で広島、長崎だけでなく、日本中の都市が焼かれ、破壊されるという事態となって戦争は終わった。

 巨泉氏が言いたいのは、若者が真っ先に駆り出されるのだから、若者よ、そのことを心しろということであろう。

 続いて、自民党の高市早苗政調会長の発言、「村山談話の”侵略”には違和感を覚える。靖国参拝は国のために命を捧げた人々に敬意を表する当然の行為」に触れて、「君は間違っているんだよ。英霊は必ずしも愛国心から命を落としたんじゃない。赤紙を受けて無理やり戦地に行かされた人も多いんだ」と述べている。

 「もっと言えば、靖国に祀られているA級戦犯の愚かな戦略で、多くの同胞の命が奪われた。死地に向かわせた者と、そのために命を落とした人が一緒に祀られているなんて、オカシイと思わないか。」と明快に述べている。

 あの戦争のとき、自分からお国のために命を捧げた兵士、あるいは息子を戦地に送り出した母は極めて少数であった。

 「戦争で儲かるのは、悪い人だけだ。だから『戦争をできないようにした』現憲法は正しい。世界に誇る名法である。早苗ちゃん、若者を戦地に送るような女性になってはいけない。」と書く。

 「今憲法を変えようとしている人々は、自分たちの思い通りに国を動かそうとしているのだ。」と述べ96条を変える安倍政権や維新の会の動きを批判している。

 私は、巨泉氏の考え、憂いはまっとうであると思う。熟年以上は戦争に行くことはないが、若者や子どもたち、子孫のためにも、将来にわたって戦争に狩り出されることのない平和な日本を守りたいものだ。

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2013年5月25日 (土)

三浦雄一郎さんの80歳エベレスト登頂―日常の鍛錬に驚嘆

 三浦雄一郎さんが80歳7か月でのエベレスト登頂を成功させ、最高齢登頂の記録を打ち立てた。素晴らしい快挙で心から拍手を送りたい。

 NHKのニュースで、エベレストで世界最高度でのお茶会とか、すき焼きなどを楽しんでいる姿を見て、心のゆとりを感じた。がむしゃらに頂上を目指すのではなく、食事などを楽しみながらの挑戦が感動を呼ぶ。

 三浦さんは、70歳、75歳、そして今回と3度目のエベレスト登頂だという。しかも、不整脈の手術を克服して登られたのだ。娘さんへの電話で、体調は今回が一番良いと話しておられた。そこまでの体調を維持するのが大変であったと思う。

 24日朝7時のNHKニュースによると、三浦さんは、日頃体を鍛えておられたが、何と足首に4kgの錘を付け、鉄アレイなどを入れた20Kg~25kgのバッグを背中にしょって、毎日渋谷近辺を3時間ほど歩くのだという。

 信じられないトレーニングである。私など毎朝1時間、ただ歩くだけで、時々弱気が顔をもたげる。帰宅してから僅か6分程度のストレッチも苦痛なときがある。健康のために仕方なしにやっているという感じだ。

 街へ出かけるとき、バッグや手提げに3kgぐらい入っていると重いなあと嫌になる。20kgのバッグを背負うなど論外である。しかも、3時間も歩くのだ。

 それだけの努力をされるので、背筋力は40歳だそうだ。その他の数値も若いと鹿屋体育大学の教授が話していた。

 人がやれそうにないことをやり遂げる人は人並み外れた努力をされるのだと感心した。凡人は凡人なりに、刺激を受けて頑張るしかない。

 三浦雄一郎さん、本当にエベレスト登頂成功おめでとうございます。

 三浦雄一郎さん、史上最高齢でのエベレスト登頂成功

 

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2013年5月24日 (金)

アベノミックスバブルはじけた?23日の株大暴落

 23日の東京株式市場は、終わってみれば前日比-1143円の大暴落であった。午前中11時前までは前日比+315円前後で推移したから、その上下差は1765円と大変なものであった。

 一時高騰して高値をどんどん更新していたのに急落をし始めて大暴落で引けたのだ。何でも、中国のPMI(5月の中国製造業購買担当者景気指数)が4.6と予想より弱かったのが第一の原因で、先物で売り込まれたのだという。

 それにつられて韓国の株式市場も大幅反落となったという。中国の上海と香港市場も同様に大幅反落となったそうだ。

 また、大証の夜間日経平均先物取引では、さらに600円安の13990円と14000円すら割り込んでしまった。為替が1$101円台になったのが嫌気されたという。

 それにしても何という大暴落であろうか。23日朝のモーニングサテライトでは、コメンテーターは、15500円から15650円と予想していたから大外れである。専門家でさえ一気にこれほどの暴落があるとは予想できなかったのだ。

 日経平均が1日に1000円以上も暴落するのは、00年4月17日に1426円安でITバブルがはじけて以来13年ぶりだという。過去11番目の大きさだ。

 ただ中国のPMIが悪かったというだけでこれほども下げるとは理解しかねる。さらに不思議なのは、23日の朝日新聞夕刊には、どこにも暴落のことが出ていないのだ。(翌日朝刊1面トップに出た)「

 今週の週刊現代では、「夏までに日経平均は2万円!」とアベノミクス効果を大宣伝している。NHKニュースのコメントでは、これまで円安や株上のスピードが速すぎたと言っていた。だから利益確定の売りが一気に出たというのだ。

 エコノミストやアナリストはいつも適当に理由を後付けをして体裁を繕う。兼ねてからアベノミクスの危うさが一部の経済関係専門家から指摘されていたが、それが現実のものとなった感がある。(朝日新聞も「アベノミクス危うさ露呈」と解説)

 これからまだまだ株(日経平均)は上がるのか、それとも下がって行くのか。神のみぞ知るである。(評論家やエコノミストは年末に向けて上がると予測するが)

 ただ、週刊現代の指摘するところでは、このまま株が下がると7月21日の参議院選挙で自民党に不利になるので安倍首相はなりふり構わず株価をあげようとするという。だから2万円もあり得るというのだが・・・・!?

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2013年5月23日 (木)

カラオケで高得点をするには

 以前に取り上げたことがあると思うのだが、関西テレビの探偵ナイトスクープで、「うちのおばあちゃんは唄がうまくないのに愛唱歌でのカラオケの採点では高得点をします」というのがあった。その一家は母親も娘も音楽ができ、歌もうまいのだが、なぜかおばあちゃんと同じ歌を歌うと、カラオケ採点ではおばあちゃんに負けてしまうという。

 いろいろやってみた結果、おばあちゃんは丁寧に歌っているようだという結論だったと思う。

 テレビ番組で、カラオケで高得点を競うものがある。歌がうまいからと言って高得点をするとは限らず、歌手が自分の持ち歌を歌っても高得点になるとは限らないようだ。

 図書館で「声のふしぎ百科」(丸善出版、鈴木誠史著)という本を見つけて借りてきた。その本に「カラオケ採点機で高得点を上げる法」という項目があった。

 私は69歳からカラオケが好きになり、ときどきカラオケに行くが、採点機能は使わない。

 今のカラオケにはいろいろな機能がついていて、原曲に沿って歌えるようにガイドグラフがついていて案内してくれるものとか、消費カロリーがでるものとか、好きな機能を選べるようになっている。私は消費カロリー表示機能を使う。理由は、カロリーが高い数値ほど腹式呼吸がしっかりしていると聞いたからだ。

 先日たまたま知人に誘われて初めてのカラオケ店に行ったら、私の行きつけの店と同じDAMのカラオケであったが、来ている人たちは、カラオケ採点機能を使っていた。中にはその機能でよい得点をすべくノートに記録をして練習している人もいた。

 私は、カラオケ採点機能での得点は80点ぐらいだったように思う。聞くところによると全国のカラオケ店で点数を競って得点ランキングまでできているそうだ。

 私は採点は嫌いだから使わないのだが、「高得点を上げる法」という項目には興味を覚えて読んでみた。

 いろいろと採点機能の仕組みについて説明がしてあるが、難しくて理解できない。ただ、結論は次のようなものである。

①できるだけスローな曲を選ぶこと。

②上手に歌おうとせずに、音程とテンポを重視すること。

 最初に書いた探偵ナイトスクープの結果ともほぼ一致する。ゆっくりした曲を丁寧に歌うとよいということだ。いくら情感たっぷりに歌っても、耳で聴いてうまいと思っても、高得点にはならないのだ。

 この本の結論は、「遊びと割り切って」楽しんで・・・ということであった。

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2013年5月22日 (水)

TPPの「JSDS条項」は憲法の上に来る恐ろしいもの

 最近何故かTPPのことをマスコミは報道しなくなった。国民の関心をそらすためであろうか。

 先日、名古屋市中区役所ホールで、愛知県弁護士会と名古屋市が主催する憲法週間関連記念行事シンポジュウムがあり、第一部の講演を聞いた。

 講師は、孫崎享氏であった。元ウズベキスタン大使、防衛大学教授などをやられ、現在は評論家をしておられる。先だって、国会で「孫崎をNHKには出すな」と民主党から自民党に移った大西議員から攻撃された人である。

 そのためかどうか「NHKからはお呼びがかからなくなった」と冗談を言っていた。

 孫崎氏の話の中で特に印象に残ったのは、TPPについて触れられたことであった。彼は、講演の初めの方で、「今日は憲法の話なのだが、その前にどうしても触れておきたいことがある。それはTPPだ。」と話された。

 その話によると、TPPは憲法に関係ないどころか、大いに関係があるのだと分かった。

 TPPには、以前にもblogで取り上げたが、ISDS条項というのがある。それは、国の慣習、伝統、文化、法律などが、TPP加盟の外国の投資家や企業にとって自由貿易の阻害要因となり、そのため彼らが不利益を被ったとみなされた場合、国際投資家紛争解決センターという第三者機関(アメリカにある)に訴えられて、投資行為が妨げられたかどうかという一点だけで裁定される。裁判所と違い上訴権はないから決定がすべてである。

 そうなった場合、食品添加物や遺伝子組み換え食品などを厳しく規制しているものがアメリカの企業のやりたい放題になる。それだけでなく、日本の法規の上に来るので最高裁判決も覆され、憲法の規定すら無視されることになるという。

 孫崎氏の指摘はそこにあるのだ。だから憲法と大いに関係があり、弁護士会がTPPを取り上げていないのが不思議でならないと話した。

 私も孫崎氏の指摘によって、そう言えばそうだ!と初めて知ったのである。

 「神州の泉」というblogで知ったのだが、小野寺光一という人は、TPPのことを「Total Prizon Program」(日本国民虜囚計画)だと射ているようだ。言い得て妙であると感心した。

 以前にも書いたように、韓国ではアメリカとのFTAにより、薬に関して国内法が改訂される事態が起きている。中国、韓国、台湾、香港はTPPに参加しないが賢明な判断だといえよう。

 ○神州の泉→TPPの危険性を詳しく説明している。

 http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2013/03/post-4f1f.html

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2013年5月21日 (火)

橋下大阪市長はそんなにも暇なの?

 「おけらの いつかは青空 脱原発」を覗いたら、面白い記事があった。それは橋下大阪市長が、今回の慰安婦問題、米軍風俗利用の勧めに関連して、どれだけの回数をツイットしたかということを丹念に調べたものである。

 大変面白い、貴重なデータだと思うので利用させてもらことにした。以下、引用。

 《橋下氏は、翌日の早朝からこれを書いている17日夜まで、170本以上のツイッターを発信しています。14日は57本、15日は59本と異常な数です。

 14日は反響を大きくすることを意図してか、早朝から以下のように分刻みにつぶやいています。午前6時台から8時台のあいだだけでも、6時21分、25分、27分、32分、33分、39分、46分、53分、55分、7時04分、11分、14分、16分、22分、24分、27分、41分、43分、8時23分、30分、33分、36分、39分、46分というように、自らの「慰安婦」発言問題に関連して24本も発信しています。
 14日の午後は職員なら勤務時間である午後3時過ぎから再び「慰安婦」問題についてツイッターを2、3分間隔で3時57分までに13本も速射しています。14日は午後11時58分の送信で終わっていますが、日付が変わっただけで、15日は午前0時3分から48分まで12回、8時19分から9時37分まで15回も打ち続けています。そして午前11時41分から再開し、11時51分まで5回、夜も含めると1日で59回という具合です。
 これだけの頻度でツイッターを打ち続けるのはずいぶん時間と労力を要します。今回の発言内容は大阪市が世界の嫌われ者になるというマイナスの影響はありますが、大阪市政にとってはプラスの寄与はなにもありません。公人としての市長に職務専念義務があるとすれば、橋下氏の言動とそれに費やした時間は重大な専念義務違反にあたります。
 橋下氏のツイッターの多くは朝と夜に打たれていますが、普通なら執務時間にあたる時間帯に出したものもかなりの数に上ります。職員が同じことをすれば、おそらく橋下氏なら懲戒処分にするところです。
 この間の橋下氏のツイッターは、初めは反響を計算して煽るために、後には批判に対する火消しのために乱発されたと推測されます。いずれにせよ、じっくり考える間もないほど早撃ちするとボロが出ます。そして、あれこれ言いつのるほど、お粗末な品性、感性、知性のほどが否応なくさらけ出されます。
 謝罪も撤回もせずに、ツイッターで恥知らずの言い訳を繰り返していると、ついには政治生命までツイエターということになりかねません。
自ら起こして大きな国際問題に発展した今回の事件では、どうやらそうなりそうな感じがします。》
 大阪市長という仕事は、それほどにも暇なのであろうか。特別職だから勝手なことをしてもよいというのであろうか。公職者であり、一つの政党の代表なのだから、それにふさわしい行動をしてもらいたい。
 
 橋下大阪市長は、職員の公務中の行動について厳しく制限をしている。自らの行動についても同じ厳しさで臨むべきである。

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2013年5月20日 (月)

「入院したら給付金、保証が一生続く終身型保険」より「貯金」

 5月18日の朝日新聞「青be」に、一面の大きな広告が目についた。それは「医療保険+ガン保障に先進医療保障もついて、一生涯保障!」というものであった。

 その同じbeの「お金のミカタ」という早川幸子さんの連載記事は、「入院したら給付金、保障が一生続終身型の保険」というタイトルであった。

 興味を覚えて読んでみた。このタイプの医療保険は、毎月支払う保険料が一定額で、一生保障が続く安心感から人気があるのだという。しかし、国の医療制度が変化している中で、「一生安心」には疑問符がつくと書いている。

 推計では、昨年は約124万5千人が死亡し、その85%の100万人以上が病院で死亡していることになるという。国立社会保障・人口問題研究所の推計では2040年には、死亡者が165万人に増える。これは高齢者が増え続けるからだ。

 そのため現在のように、85%が病院で亡くなるという状況には対応できなくなると思われる。だから、国は医師の往診や訪問看護を広げることを目指している。今後、高齢者に対する医療は、入院治療ではなく、診療所や中小病院を中心とする在宅医療が中心となる可能性が高いという。

 そこで問題になるのは、現在多くの人が加入している「入院給付金、保障が一生」という民間医療保険である。この保険は、入院を前提にしており、入院しなければ給付金は貰えないのだ。

 高齢者の場合、手術を伴わない入院が多い。また、民間医療保険で認められている入院先は、医療法で定められた病院や診療所で、介護施設は給付の対象外なのだ。在宅療養ではもちろん貰えない。

 そういう訳で、「老後の医療費に備えて」加入したはずの保険が、いざという時に使えない恐れがあるというのだ。だから若いときに加入すれば保険料が安いが、慎重に検討すべしとアドバイスしている。

 高齢になって頼りになるのは、入院や手術をしない限り受け取れない保険金ではなく、何にでも使える「預貯金」だという。

 健康保険には、高額医療払い戻し制度があり、一般的な収入の人は、1か月の入院費が仮に100万円かかっても、自己負担額は9万円程度。70歳以上は更に負担が減るから、保険料分を貯金をしておけば賄える額だという。

 私と妻は、老後の医療を心配して、勤めているときに民間医療保険に入っていたが、バブル崩壊後に保険会社が倒産してしまった。そのときかなりの損をして、それ以来保険には入っていない。

 終戦後のことだが、私の母は戦前から入っていた簡易保険がインフレによってパアになってしまった。それからは母は保険には入ろうとはしなかった。生活を地味にして貯金をし、それで老後の医療は賄うことができた。

 確か経済評論家の荻原博子氏も保険より現金と言っていたと記憶する。

 

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2013年5月19日 (日)

お上りさん東京へ行く⑪―日本の良さを実感

 フランスへ行って来て、そのあと東京へ行った。共に世界に名を知られた一国の首都である。しかし、人口はパリが名古屋市とほぼ同じの223万人程度であるが、東京23区の人口は900万人だからかなりの違いがある。

 パリでは、観光名所はどこへ行っても大変な混雑だったが、東京も新宿とかアメ横とか浅草など、ところによっては大混雑である。

 ただ、パリの場合はどこへ行っても、スリやひったくりに遭わないよう用心していなければならない。白人の場合はいいのかも知れないが、東洋人は目立つから狙われやすい。

 現にルーブル美術館ではウエストポーチを開けられたし、一緒に行ったOさんは地下鉄駅で財布を盗られそうになった。地下鉄を待つときは壁にくっついていたし、地下鉄の中ではお互いにガードし合った。どこに悪い奴がいるか分からないから気が緩められない。

 東京では、もちろん大混雑の中、油断をしてはならないが、パリほどの緊張はいらない。だいたい人の流れや様子から安全を判断できた。

 安全に旅行できることは、大事なことである。それに日本はレストランが安くておいしいところ、高級なレストランと値段もいろいろあり、料理の種類もバラエティに富んでいて豊富である。

 土産物にしても、お菓子類にしても、ビールや酒類にしても、とにかく品数が多く値打ちなのが多い。

 パリでは、ビールは2種類、キャンディ類も種類が少ない。コンビニはなくスーパーも数が少ない。

 何よりもよいのは、日本人の「おもてなしの心」である。レストランや店屋やデパートにしても大変親切なところが多い。

 東京で、意外だったのはのは、電車で席を譲られたことである。さりげなく立って席を譲ってもらったことが5,6度あったと思う。

 今円安に向かっていて、外国からの観光客などを呼び寄せるのにチャンスである。日本の良さを大いに宣伝して外国人に日本を楽しんでもらいたいものである。

 ○皇居前広場

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○谷中銀座の竹細工店で

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○上野不忍池

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○三菱一号館中庭

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2013年5月18日 (土)

国谷裕子キャスターに聞きたい

 5月16日のNHKクローズアップ現代では、「密着!新人警察官教育、不祥事多発を防げ」と題して、警察の不祥事が多発している危機感から新人警察官の教育をどのように行っているかを取り上げていた。

 密着したのは大阪府警であった。警察学校では、規律を高めるということできびきびした行動や大きな声で即座に応答することなどが重視されていた。新人警察官たちはぴりぴりとして指導警察官のいうことを聞いていた。

 指導教官は、「お前ら・・」と言って指導をしていた。「お前ら嫌なら辞めて行っていいんだぞ・・・」などと言っていた。つまり昔の軍隊のような指導が行われているようで、それについていけなければ慰留はしない方針でやっているそうだ。

 実際新人警察官の1割は耐えられなくて辞めているというのだ。その映像を見て、私は、戦後67年経って今なお旧態然とした戦前の軍隊教育のような教育が行われているのを知り唖然とした。

 規律を守らせ、保つためには、何が何でも理屈抜きで命令に従わせることが大事だと考えているようなのだ。そうすることで不祥事を減らせると考えているのだ。しかし、不祥事は増える一方である。ということは、そういうやり方では駄目なのだ。

 警察官は確かにきびきびとした行動が大事な面がある。そこは一般のサラリーマンとは違う。しかし、だからと言って何から何まで厳しければよいというものではなかろう。

 私が国谷裕子キャスターに聞きたいのは、そういう映像を見ても彼女は何の疑問も抱かなかったのかということである。もっとソフトで、理詰めで、納得させられるような指導をできないものかとは感じなかったのであろうか。

 昨年から体罰問題が何度も大きく取り上げられたが、何度もということは、一度や二度取り上げられても、相変わらず体罰が行われているということだ。教育の現場でも、昔ながらの体罰による指導が行われているということだが、教育現場でそうなのだから警察では当たり前ということなのかも知れない。

 私は、体罰的な、形だけの厳しさを要求するのではなく、心から理解をして行動に移せるような指導こそ大事であると思うのである。それには辛抱強さが必要だし、粘り強さも要求される。体罰とか、それに近い指導は短兵急なものである。そしてうわべだけの服従を作り出すだけである。いわゆる面従腹背である。

 退職した警官の証言があったが、交番などの警官の勤務態度は非常にルーズなものだということだ。警察学校で幾ら形だけの厳しい指導をしても、現場に立てばいい加減な人間に戻っているということである。だから警察官の不祥事は減らないのだ。

 コメンテーターの大学教授が言っていたが、形での厳しい指導に耐えかねて辞めて行った人の中にも、別の面から見ればよい資質を持った人があったかもしれないということだ。

 警察庁は、警察官の指導法の抜本的な見直しを考えるべきであろう。

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2013年5月17日 (金)

お上りさん東京へ行く⑩―便利なマナカ

 東京へ行く前に、娘からマナカを買ってくると便利だと言われた。それで出発当日の朝地下鉄名古屋駅の駅長室で説明を聞いてからマナカを買った。落としても再発行できるように記名式にした。

 東京に着いてJRや私鉄などに乗るとき大変便利であった。金属が付いていると受け付けない場合があると説明書に書いてあったので、初めはパス入れから出してタッチしていたが、2日めにパス入れに入れたままタッチしたら問題はなかった。

 第一日目に京王バスに乗るとき、運転手にマナカが使えるかと尋ねたら、使えないと言った。ところが3日めにためしてみたら使えた。運転手に聞かずにためして見ればよかったと後悔した。

 東京内を移動するのにマナカはワンタッチでいいし、残額も出るので本当に便利であった。乗り継ぎも乗り換えもいちいち切符を買う手間が省けた。

 婿が京王線のチャージができる自販機でやり方を教えてくれた。領収書や履歴の印刷もできるので感心したが、履歴を印刷しようと思うと素早く操作しなければならなかった。

 名古屋に帰ってから地下鉄新瑞橋駅の機械で履歴をやったら非常に簡単であった。操作別にボタンがあって分かりやすいのだ。

 名古屋に戻ってからは使う機会はないがコンビニ等でも使えるというからいいと思う。東京でスイカを買ったというNさんに名古屋でも使えるよと教えてあげたら喜んでいた。全国で使えるようになったのは3月中旬からだが本当に便利になったものだ。

 ただ、近鉄では使えないというので、名古屋から近鉄が出ているのにどうして使えないのかと思う。

 ○マナカのホームページ http://www.manaca.jp/index.html

 

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2013年5月16日 (木)

人権を守る弁護士失格―橋下氏の慰安婦問題発言、米軍への風俗店利用の勧め

 橋下維新の会共同代表が、従軍慰安婦問題に関して「銃弾が飛び交う中で走って行くときに、どこかで休息をさせてあげようと思ったら、慰安婦制度は必要」(13.5.13)などと記者団に発言し、それに対して、維新の会共同代表の石原氏が「軍と売春はつきもので、歴史の原理。戦時中は売春婦を取り持つ施設を作る商売があった。」「お金を儲ける安易な手段として売春は昔からあった」などと述べて、橋下氏をかばった。

 さらに沖縄の米軍基地を訪問した際、司令官に、「米軍の街中での犯罪が問題になっている。独身の若い男のストレス発散はどうしているのか」と質問した。それに答えて司令官は「ジムやスキューバだ」と言った。橋下氏は「風俗は行かないのか」と尋ねると、「禁止している」と答えたという。(朝日新聞5.15)

橋本氏は、「法律の範囲内で認められている中で、性的なエネルギーを合法的に解消できる場所は日本にある訳だから、もっと真正面からそういうところ(風俗業)を活用してもらわないと、海兵隊の猛者の性的なエネルギーをきちんとコントロールできないじゃないですか。もっと活用してほしい」と司令官に言ったのだ。

 いやしくも大阪府知事をやり、大阪市長を務め、しかも、弁護士である。その橋下氏がこのような恥ずべき行動をとったということは非常に残念である。政治家や弁護士としての資質を問われて然るべきだと考える。

 この一連の言動について、朝日新聞によると、維新の会の中からは批判は出ていないという。また、安倍政権内では戸惑いが見られるが正面からの批判はないようだ。

 NHKテレビで真っ向から批判したのは共産党書記長と民主党の海江田委員長だけであった。

 米国防総省は、「我々の方針や価値観、法律に反する。いかなる問題であれ、買春によって解決しようとは考えていない。馬鹿げている」と話したというが、当然のことである。

 慰安婦問題でも、アメリカはキリスト教の国であり、日本政府が「コムフォト・ウーマン」と訳しているのに対し、欧米では「セックス・スレイブ」と言っているそうだ。欧米の考え方の方がまともだと思う。

 第二次世界大戦以前はともかくとして、戦後は人権について憲法にも明記され、ことあるごとに人権問題が重視されてきた。戦後67年余、未だに橋下氏、石原氏のような人権無視の政治家が闊歩していることは恥ずかしいことだ。これはそういう人物を選んだ有権者の責任でもある。

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2013年5月15日 (水)

お上りさん東京へ行く⑨―Cafe1894、切符騒動

 クラコレ展を見た後、美術館に隣接している「Cafe1894」に入った。このCafeは三菱創業当時銀行営業室として使われていたものだそうだ。天井が高くてシックな雰囲気である。このCafeは最近の日経新聞読者アンケートで第3位に入ったほどの人気だという。

 しばらく待って座席に案内された。ここでも美術展関連のスペシャルメニューがあち、それを選んだ。写真のようなもので、ケーキに好みに応じてエスプレッソをかけて食べるという変わった食べ方であった。エスプレッソの苦味がよかった。

 ゆっくりと味わいながら、東京最後の時間を過ごした。このゴールデンウイークは本当に充実していた。旅行をするということは非日常的な時間を過ごすことだ。婿という良いガイドがいて、楽しく心豊かな時間をもてた。

 Cafeを出ると娘たちと別れて東京駅に向かった。丸の内南口から入ったが、東京駅は休日の夕方で大変な混雑であった。改札脇の案内所で切符を見せて中に入った。どこもかしこも人、人、人で、人が行き来していた。それで指定券を買った方がよいと思った。

 弁当を買うために地下へ行ったが弁当を売るところは歩けないぐらい混んでいた。何とか弁当を買った。

 構内の切符売り場へ行って指定席を買った。指定券が6千円もすると言った。そんなはずがないと言ったが、間違いないというので買った。ところが、改札で気が付くと特急券が2枚あった。つまり、名古屋で帰りの切符も買ってあったので、特急券も付いていることを忘れていたのだ。

 乗車時間が迫っているので、慌てて売り場に戻った。妻の切符も見せる必要があるので出すように言った。しかし、名古屋で買ったはずの切符がなかった。ハンドバックの中をひっくり返して探してもなかった。あるのは使用済みの切符だけであった。

 仕方がないので、先ほど買った切符を払い戻してもらい、改めて私の指定券(1300円)と妻の切符を11000円で買った。

 このゴタゴタで1時間以上遅れてしまった。19時半ごろののぞみに乗車した。折角の楽しかった東京旅行が最後に大変不愉快なものになってしまった。乗車してからも切符を探したが、やはり使用済みの切符しかなかった。

 静岡近辺まで来たとき、ふと手にした使用済み切符に疑問を感じた。どうして使用済みの切符が全部あるのかという疑問だ。切符は行きに東京駅で回収されてなけらばならないはずだ。しかも、東京駅では、まず、特急券だけ回収され、普通券は別の改札で回収されるのだ。それが全部残っている!

 未使用がないということは、そちらが回収されてしまったのだ。ところで不思議なことがまだあった。それは帰りに東京駅丸の内南口改札を通るとき、妻は使用済みの切符で通って来たことだ。どうして使用済みで通れたのか?

 私は、車掌室に行って疑問に思ったことを話した。車掌は3人いたが、すぐに調べると言った。列車電話で東京駅に電話を入れていた。行きに東京駅を出た時刻を知りたいと言った。丁度デジカメで丸の内北口の写真を撮ってあったので、そのデータでどの改札を出たのか、何時ごろ出たのかが分かった。

 いろいろ調べてくれたが、名古屋まで時間が短いので十分に調べられないから名古屋駅で申告をしてくれと言った。車掌の方からも連絡をしておくということであった。

 名古屋駅に20時53分に着くと、料金精算所に行ったら、車掌からの連絡が通じていた。名古屋駅では東京駅へ電話をして調べてもらった。

 ずいぶん時間が経った。「1時間も待っているがまだ分からないのか」と聞いたら、「もう少し待ってほしい」ということで待った。疲れている上に立ちっぱなしで更に疲れた。1時間10分待って、ようやく「東京駅でそれらしい未使用切符が見つかりました。返金します」と言って返してくれた。それで疲れが軽減した。

 どうしてこういうことになったのかは推定でしかない。妻が未使用切符を渡したのだろうと思われるが、その切符を特急券改札口と普通券改札口で2度も回収されたのが不思議である。その上使用済み切符で帰りに入れたのも不思議だ。いくらゴールデンウイークで混雑していたとはいえ、あり得ないことだ。車掌も「駅員はプロですから見逃すはずがない」と言っていた。

 結局、金券ショップでちょっと安い切符を買ったので、改札は自動ではなく、駅員に見せて通るのでこういうことが起こったのだ。婿は、これからは正規の切符を買った方がいいですよと言っていた。

 もし、使用済み切符のことに気が付かなければ、11000円損をするところであった。1時間10分待ったことと帰宅が3時間ぐらい遅れたことはどうしようもなかった。でも、東京旅行に思い出を添えたと思えばいいことだ。

○美術館入口

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○Cafe待合室から中を写す

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○Cafeの高い天井

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○クラコレ展記念のメニュー

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○美術館入口に並ぶ

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2013年5月14日 (火)

お上りさん東京へ行く⑧―クラコレ展、

 音声ガイドを借りてクラコレ展会場に入った。三菱美術館は素敵な展示室であった。三菱1号館の建物は古いビルを復元して建てられたと聞いたが、建物のそれぞれの部屋が展示室になっていて、順番に見て回れるようになっている。

 説明によると、大富豪のクラーク夫妻が、1910年から1950ねんの間に欧米で収集したコレクションだ。所蔵品の中でも、30点以上にのぼるオーギュスト・ルノワールの油彩画は、世界中の印象派愛好家が一度は見たいと憧れる大変貴重なコレクションだそうだ。

 その他に、ピサロ、シスレー、モネ、などの印象派の絵画も驚くべき質の高さを誇っているという。それはクロード夫妻の審美眼の高いことを証明しているのだ。

 音声ガイドのよると、コロー(ルイーズ・アルデュラン)、ミレー(羊飼いの少女)などモネやルノワール以前の画家は、室内で絵を描いたのだという。このことは初めて知ったので驚いた。写真機の無かった時代にどうやって記憶を辿ったのかと思う。それとも想像をして描いたのであろうか。

 それに対してモネは戸外に出て自然の光を大事にして描いたのだ。それは画期的なことであったと思う。

 モネの「エトルタの断崖」はフランスでも見たと思うのだが、解説によると、モネはこの海岸をよく写生したようだ。

 ポスターになっているのは、ルノワールの「劇場の桟敷席音楽会にて」である。パリのオランジェリー美術館でルノワールの裸婦を見たとき、魅入られたが、クラコレ展の最後の部屋にあった彼の恋人(後の奥さん)を描いたという「金髪の浴女」も女性の内面までも描いているようで美しい画だと思った。

 クラコレ展には予想外に多くの作品が展示されていた。クラーク夫妻がこんなにもたくさんの絵画を収集したことに驚いた。途中廊下で庭を見ながら休憩をした。

 音声ガイドには黒柳徹子さんの特別チャンネルがあり、クラークコレクションの魅力などについて語っていた。ろれつが回らない感じの喋り方で彼女もそろそろ引退した方がいいのでは?と感じた。それに番号を押してもうまく聴けないところが66と77の2か所あり残念であった。

 ピサロの「ポントワーズ付近のオワーズ川」は静かな川面へのリフレクションとキャンバスの半分以上を占める雲の動きがよかった。ジェームス・ティソの「菊」は画面いっぱいの菊の花の中に若い女性が埋もれて仕事をしているのだが見事であった。

 ボストンへ行ったとき、ボストン美術館へは行ったが、クラーク美術館のことは知らなかった。日本にはあまり知られていないと書いてあったが、この機会によく知られることになった。

 私は、パリの美術館でもルノワールの作品をたくさん見たが、今回さらに知られざる名作を見ることができて、並んだ甲斐があった。

 このクラコレは、5月26日までである。

 

カミーユ・コロー
《ルイーズ・アルデュアン》
1831年 油彩/カンヴァスピエール=オーギュスト・ルノワール
《劇場の桟敷席(音楽会にて)》
1880年 油彩/カンヴァス

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2013年5月13日 (月)

お上りさん東京へ行く⑦―小岩井農場フレミナール、三菱美術館

 東京最終日は、前日に岩崎記念館に行ったとき、丸の内ビルにある小岩井農場フレミナールを予約したので先ずそこへ行った。

 その後三菱美術館でやっている「クラコレ展」を見ることにして、婿は入場券を買いに行き、私たちは東京駅でコインロッカーを探した。

 東京駅に行くと大変な混雑をしていた。子どもの日で天気もよいからである。案内所でコインロッカーの様子を聞いたら、「今日は地下のロッカーも全部詰まってますから一階は無理でしょう」ということであった。それでも念のために空いているロッカーを探した。小さいロッカーが1つ空いていたが、とても入らない。ロッカーは随分あるのだがどれも使用中であった。

 そのうち当てにしていた地下の手荷物預かりが預かりを中止するというアナウンスが聞こえた。仕方がないのでスーツケースを転がして丸ビルへ向かった。丸ビル近くのロッカーも全部使われていた。

 5階の小岩井フレミナールへ着くと、何人か待っている人たちがいた。私たちは予約なのでその旨を告げて呼ばれるまで待った。荷物は店で預かってくれた。

 婿が来て、美術館は列ができていて20分待ちなので券は買わずに来たと言った。仕方がないから食事をしながらどうするか考えることにした。

 予約の席はJR丸の内口が良く見えるところを取ってあった。料理の注文は、メインンを1つ取ってそれにデザートや飲み物などのセットを選んで追加するのであった。各自が好きな物を注文した。妻と娘はオムレツで私はオムライスにした。フランスでオムレツを食べたからだ。1300円ぐらいであった。追加は均一で840円であった。

 小岩井農場の直営なので、当然そこでとれた物を調理してあるのだ。なかなか人気があるようだった。ゆっくりと味わいながら食べた。おいしかった。

 レストランを出てエスカレーターで降りて行くとクラッシックのピアノとフルートのコラボの演奏が聞こえてきた。連休中は丸の内各所で無料のミニコンサートが開かれているのだ。

 結局並んでもよいからクラコレ展を見ることにした。というのは今を見逃すとアメリカのボストンまで行かなければ見ることができないからだ。

 宣伝文句は、「三つの奇跡」で、

①極めて貴重なコレクションが日本に来る奇跡

   (クラーク美術館の増改築によって日本初上陸)

②クラーク夫妻がひときわ質の高い作品を収集できた奇跡

   (大富豪夫妻の優れた審美眼によって集められた宝石箱のような作品群)

③日本人が貴重なコレクションを眼にしていない奇跡

   (日本からはるか遠くのクラーク美術館でしか見ることができなかった)

 三菱美術館へ行くと、行列ができていて、20分待ちとなっていた。三菱一号館の中庭は樹木があり、Cafeがあり洒落た空間を作っていた。しかも、この日はクラッシックのコンサートが開かれていて、その音楽が木立の間から聞こえて待つのも退屈しなかった。

 しばらくすると列は館内に入った。日差しが暑いので館内で並ぶようになっているのだ。20分弱でチケット売り場に来た。荷物を預けて中に入った。

古岩井農場フレミナール

 http://r.gnavi.co.jp/g763321/

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2013年5月12日 (日)

お上りさん東京へ行く⑥―根津から不忍の池、岩崎記念館

 変わったCafeでコーヒーブレイクをしたあと、へび道を不忍の池方面へ歩いた。上野方面から根津、谷中へ来る人たちもいた。

 臨江寺、本壽寺の前を通り、言問通へ出た。時間は16時20分ごろで目的地の岩崎記念館へ行って見学できるか心配であった。池の端に森鴎外の旧居跡があり鴎外ホテルになっていた。

 上野動物園が見えて来た。道をまたいでモノレールが走っていた。動物園は大変な混みようであった。左手に上野精養軒があった。普通の大きさのレストランだと想像していたが、大きなビルディングだったので驚いた。ハヤシライスでこんな大きなビルの店になるとは。

 不忍の池周辺は勿論数多の人が行き来していた。池には枯れた葦だろうか、一面につくつくと覆っていた。水上音楽堂ではジャズの演奏をしていた。

 池の端1の交差点を渡り、くるっと回って岩崎記念館の入り口に着いた。16時50分になっていた。ところが入口には、みどりの日に関連して18時まで延長し、しかも、入場無料と書いてあった。思わず「ラッキー」と言ってしまった。はるばる歩いて来て諦めていたのに見られるからだ。

 長いアプローチを上って行くと、白っぽい記念館が現れた。向かって右側は工事中なのが残念であった。建物入口に「しばらくお待ちください」という看板が出ていた。係りの人に「待つのですか」と尋ねたら、看板を取り去って、「今から待つ必要はありません。どうぞ」と言った。これもラッキーであった。

 靴をビニール袋に入れて中に入ると行列ができていた。係りの指示に従って2階から見て回った。どの部屋も天井が高い洋室で壁紙が特殊な豪華なもので作られていた。作り方も説明してあった。手間と金がかかる贅沢な物であった。

 室内の写真は禁止されていたのが残念であった。部屋の壁紙の作り方はおなじであったが、色やデザインは違っていた。来客と共にする食堂は狭かったのが意外であった。2階のバルコニーからは西洋庭園と日本家屋とその前の和風の庭が見られた。西洋庭園は当時の走りで、それ以後この庭園を真似て造られるようになったようだ。

 1階に降りて日本家屋へ行った。和室にCafeがあったのでそこで一休みした。客は次々に来ていた。私たちは白玉ぜんざいを食べた。妻が桜煎餅を見つけて買った。家に戻ってから食べたら、桜に匂いがしておいしいかった。婿は壁紙で作った栞セット(2枚入り)を千円で買って喜んでいた。

 西洋庭園に出ると、小岩井農場の物品を売っていたブースが終わったところであった。婿は買いたかったのにと言って残念がった。そこで婿は丸ビルに小岩井農場のレストランを教えてもらってすぐに翌日の予約をした。それで最後の日はもう一度丸の内に行くことに決まった。

 私はこの邸宅は岩崎弥太郎によって建てられたと思っていたが長男の久彌が建てたのであった。(下記参照)

《参考》

 旧岩崎邸庭園は1896年(明治29年)に岩崎彌太郎の長男で三菱第3代社長の久彌の本邸として造てられました。往時は約1万5,000坪の敷地に、20棟もの建物が並んでいました。現在は3分の1の敷地となり、現存するのは 洋館・撞球室・和館の3棟です。木造2階建・地下室付きの洋館は、鹿鳴館の建築家として有名な英国人ジョサイア・コンドルの設計で近代日本住宅を代表する西洋木造建築です。館内の随所に見事 なジャコビアン様式の装飾が施されていて、同時期に多く建てられた西洋建築にはない繊細なデザインが、往事のままの雰囲気を漂わせています。

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2013年5月11日 (土)

お上りさん東京へ行く⑤―谷中、根津界隈

 第3日めは、婿たちの勧めで、まだ行ったことがない谷中界隈へ行った。山手線の日暮里駅で降りて、少し階段を上がると、左手が谷中墓地で、右手が谷中銀座方面につながっている。私たちは谷中銀座方面へ歩いた。

 広い道に出たところに日蓮宗の本行寺があった。その近くに軽食あづま家というのがありそこに入った。ガイドブックに出ていて、創業当時からほぼ変わらない店内は温かみがあり、シャンデリアが素敵だと書いてあったからだ。お勧めは餡蜜ソフトクリームで680円なのでそれを注文した。白玉団子、餡、たっぷりのソフトクリームでおいしかった。丁度昼時で店内は満席であった。レトロな店でおかみさんが気さくな人であった。

 店を出ると、お寺や店を見ながら歩いた。この辺りは日蓮宗のお寺が続いた。ツツジが盛りできれいであった。娘が佃煮中野家で小魚の佃煮などを買ってくれた。これはおいしかった。

 「夕日だんだん」というところに来ると石段があって、前方の谷中銀座に向かってさがっていた。この坂の上からの夕日の眺めがよいということだ。「日暮里」というのは「日暮れの里」ということかと思ったが、どこかの店には「日暮らしの里」と書いてあった。どちらの意味なのかは知らない。

 天気が良いので石段から下は人々で埋まっていた。道端にダイハツミゼットを停めて商売をしている人がいた。ミゼットは珍しいのでカメラに収めた。

 道の両側には手焼きせんべい店とか竹細工店とか手作りパン屋とかレストランとかいろんな店があり、人々が集まっていた。谷中や上野辺りの無料の地図を置いてあるところがあり、それをもらった。谷中の地図はこの後にも違うのが置いてあり、3種類手に入れた。

 谷中銀座を出たところで左へ直角に曲がって、角の雑貨店で妻が手ごろな衣服を探して買った。店の人はハンカチをおまけにくれた。こういうところを歩くのは妻にはよいようであった。

 そこからは上野方面へ向け歩く道だ。谷中コーヒーという古ぼけた店があり、通りがかりの人が「これが本物の谷中コーヒーだ」と言っていたから、古くからの店のようだ。

 その近くを左折して岡倉天心公園へ向けて歩いた。途中に「茶の間」という変わった店があった。畳座敷に女性が二人いて、手ぬぐいとかちょっとした品を少しだけ置いてあった。婿が小さな陶器製の猫や小鳥に眼を付けた。

 若い太った女性にそれを買うといって2つ1000円にしてもらった。作家はどんな人か尋ねたら、「デパートに出しているデザイナーだけど有名ではないみたい。その人が片手間に作っているの」と言った。そこへ背が高いかっこいいサイクリニストが来た。すると女性は「この人がそうよ」と言った。

 デザイナーで山本寛斎をよく知っていると言った。無名ではないようであった。女性が「今の話聞いてた?」と言ったら、苦笑いして「聞いたよ」と言った。婿はその人と写真を撮って喜んでいた。「茶の間」のこの女性は快活で人懐こく楽しい人であった。

 岡倉天心公園は小さな庭のようなもので、天心が日本美術院を建てた跡であった。

 谷中小学校の方へ行く途中に地蔵が祀ってあった。根津がアメリカ軍に爆撃され、一帯が焼けて580人ほどの犠牲者を出したのだそうだ。改めてアメリカの無差別爆撃に怒りを覚えた。安倍首相は、人道に反するジュネーブ条約違反の日本への無差別爆撃に対してはノーコメントなのだ。中国や韓国のように厳しい抗議をすべきだと思った。

 谷中小学校のところから、狭い曲がりくねった道になり、ヘビ道というようだ。その途中にカバンなどを売る店があり、その角を入ったところの「千駄木空間」という家で「文学ユニット『明宵座』」というのが、「誰かとおしゃべりしたい夜」と題して展示会をしていた。ユニットは二人の女性で、一人がお話を作り、一人が絵を描くようであった。かわいい素敵な絵や物語であった。婿はその人たちとおしゃべりしていた。

 そのすぐ近くに、何ともおんぼろの間口の狭い家があり、よく見るとCafeのようで、中に女性が1人いた。婿はそこでコーヒーを飲もうと言って中に入った。

 壁の片側は一面が青く海の中のような色で塗ってあった。話を聞くと、その女性は建築会社のデザイナーで、日曜日と祝日だけ店を開くのだそうだ。ベニヤや木の板を使って作ったカウンター周りは自分たちでやったのだという。テーブルも椅子も不揃いでおんぼろの物を使っていた。トイレに入ったが、入り口は体を横にしてやっと入れた。

 店の名が変わっていて、地面の上に幅20cmぐらいの小さな石版がおいてあり、「爬虫類両生類研究所8喫茶分室」と書いてあった。彼女の話によると、子どもの頃から爬虫類という漢字の形が好きで、それでこの名前をつけたのだという。研究所とは何の関係もないのだ。

 コーヒーはゆっくりと時間をかけて淹れてくれた。外を通る人はけげんそうに中を覗いて通り過ぎて行った。でも、私たちがいたので一人の女性は思い切って入って来た。

 「茶の間」といい、このCafeといい、「千駄木空間」といい、とんでもないような店に出会い、会話を楽しむことができたのはよかった。

○軽食喫茶みどり家とおかみ

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○餡蜜ソフトクリーム

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○ツツジがきれい

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○珍しいミゼット

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○夕日だんだんの石段(向こうは谷中銀座)

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○爬虫類両生類研究所8喫茶分室(椅子の下に看板)

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2013年5月10日 (金)

お上りさん東京へ行く④―新装なった歌舞伎座で観劇

 新装なった歌舞伎座の5月公演初日を見に行った。婿がインターネットで探して夜の部を予約してくれたのだ。帰宅時間の関係で本当は昼の部の第二部がよかったのだが、満席であった。

 第三部は午後6時開演で、開場は5時半だということであった。それでまず予約しておいた弁当を取りに行って、歌舞伎座の前で待った。一幕見というところに並んでいる人たちがいた。一幕を立見席で見るのであろうかと思った。

 開場予定の5時近くになってもまだ前の部の人たちが出てこなかった。出てきたのは30分ごろであった。40分過ぎにやっと入場できた。プログラムがもらえると思っていたら何もくれなかった。

 私たちの席は1階の右側最後列であった。でも、両側にある桟敷席と舞台からの距離は変わりなかった。座席は一等席が25000円で、私たちは2等席で15000円であった。ロビーでイヤホンガイドを借りた。700円であった。

 最後列なので座席の後ろに荷物を置くことができて便利であった。荷物を置くと場内を見に行った。舞台前から見ると3階席まであった。座席は全て赤色で座席の間はゆとりが感じられた。桟敷席には扉があり、机があって、お茶が用意されていた。

 トイレを探したら、地下だと言った。階段を下りて行くと随分と深かった。トイレに入ると隣の男性が、「歌舞伎座はサービスが悪い。トイレは遠いし、外で長い間待たせるし。」と怒って話しかけて来た。

 開場から開演まで15分あまりなので館内を見ることができない。ロビーは狭く御園座と変わりがない。入口に藤純子と菊之助の奥さんが立って挨拶をしていた。

 土産物売り場に行って大急ぎで土産物を探した。どれも「歌舞伎座」の字やロゴが入っているだけで値段が高かった。

 6時になり劇が始まった。初めは「梶原平三誉石切り」であった。鎌倉の鶴岡八幡宮の社前が舞台である。ステージ一杯に中村吉衛門の平三と家来、尾上菊五郎の大庭と家来たちが横に並んでいた。きらびやかである。大庭の家来の俣野(又五郎)は赤ら顔に緑の衣装で目立っていた。名刀を売りに来る六郎太夫は歌六でその娘梢は中村芝雀であった。

 この出し物はハッピイエンドで、しかも、舞台一面に並んで動きは少ないが、きらびやかなので春の演じ物にふさわしい。私には演技のことは分からないが、イヤホンガイドを借りたのでその説明で理解が深まった。

 幕間が30分で、その間にせわしく弁当を食べなければならない。館内のレストランは2日前の17時までに予約をしなければならないので間に合わなかったのだ。最初は座席で食べるのはどうかと思ったが、他の人たちもそうしていたし、何よりも時間が少ないので弁当でよかった。

 地下のトイレに行くときに、藤純子とすれ違った。背が高くてきれいであった。地下に行くには、エスカレーターもあることが分かった。

 後半は、「京鹿子娘二人道成寺」で、藤純子の息子の尾上菊之助が白拍子、坂東玉三郎がその影の白拍子を演じた。舞台には道成寺の大きな鐘が下がっていて、所化(坊主)たちがずらりと並んで登場し、まず客をリラックスさせるセリフを言った。そして花道からせりあがって白拍子の花子が出てきた。

 その後もう一人の花子(実は影)が現れて鐘を拝ませてほしいという。所化たちは舞を奉納するならと言って認める。女人禁制なので男の踊りを踊る。二人の花子はつぎつぎと艶やかな舞を披露する。最後に形相が変わり鐘に飛び込む。花子は熊野詣での僧安珍を焼き殺した清姫の霊であった。

 二人の舞の共演は一緒に、交互に、1時間も続いた。大変だと思ったが素晴らしかった。終わったら9時近くであった。新装の歌舞伎座で伝統の歌舞伎を見ることができて満足した。

 

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2013年5月 9日 (木)

お上りさん東京へ行く③―上野公園、レオナルド・ダヴィンチ展

 2日めは婿の案内で上野公園へ行った。婿は東京の地理や食べ物に詳しく素晴らしいガイドである。

 上野駅で降りると、休日で好天なので大変な混雑であった。押し出されるようにして外へ出るとそこが上野公園であった。東京文化会館があった。すぐそばに国立西洋美術館があり、「ラファエロ展」をやっていた。国立美術館には働いていた頃来たことがある。

 上野公園は木がたくさんあり新緑が光に輝いていた。それを楽しむ人々が続々と歩いていた。スタバともう1つのコーヒー店は木造の洒落た建物だったので意外であった。人が並んでいたのでコーヒーは飲まなかった。

 しばらくすると上野動物園の入口があり、子ども連れで賑わっていた。その右手の方に目指す東京都美術館の茶色の建物があった。前の広場に球状の大きな鏡があったのでそれに映った写真を撮った。

 中に入るとロッカーに荷物を預けて身軽にした。館内にはたくさんの人がいた。「レオナルド・ダ・ヴィンチ展天才の肖像」は4月23日から6月30日まで開催されている。入場料は1500円であった。会場入口で音声ガイドを500円で借りた。

 音声ガイドは、小さな写真の載ったシートの、該当の写真か番号に、太いペン状のもので触れると説明が流れるという優れものである。前日見たテレビで、浅草では外国人向けに、この方式の音声ガイドを使っていて、大変好評であると言っていた。最先端の情報機器である。音声ナビゲーターは、唐沢寿明と松阪桃李が担当していた。

 ダヴィンチ展は、イタリアのミラノのドゥオモの西にある「アンブロージアーナ図書館・絵画館から作品をもってきたものである。その美術館は1607年に、ミラノ大司教フェデリーコ・ボッロメオが創設したものである。そこには同大司教が個人収集した美術品やその後収集したり寄贈された数多くの作品を所蔵している。その中からレオナルド・ダ・ヴィンチに関係があるもが公開されたのだ。

 ダ・ヴィンチのデッサンや構想図など画家としての作品だけでなく、建築や幾何や人体解剖など幅広い分野に興味を持っていたダ・ヴィンチの天才振りをうかがい知ることができるものがたくさん展示されていた。

 さらに彼に直接的に、間接的に影響を受けた画家たちの作品も紹介されていた。ダ・ヴィンチ自身の作品の目玉は「音楽家の肖像」であった。

 私にとって興味深かったのは、ルーブル博物館にあるダ・ヴィンチの作品を模写して、それを拡大し、背景に風景を付け加えた「洗礼者聖ヨハネ」であった。ルーブルの本物は女性的に描かれているがこの作品はやや男っぽく描かれていた。

 ベルナルディーノ・ルイーニの「聖家族と洗礼者ヨハネ」も元の画に人物を付け加えて描かれている。

 多くの画家がレオナルド・ダ・ヴィンチからデッサン、構図、描画法や光の扱いなど学んでいることがよく分かった。

 会場を出ると、入口に並んでいる人の長い列があって、日本でも列ができることがあるのだと知った。

 その後、館内にあるCafeでダ・ヴィンチ展にちなんだ特別のエスプレッソ入りのものを食べた。とてもおいしかった。

 美術館を出てから、この日のハイライトである新装なった歌舞伎座へ向かった。銀座で降りて外に出ると歩行者天国であった。大変な人出であったが、なぜかみなせかせかと歩いていた。

 妻や娘は鳩居堂に入り買い物をした。私は買うものはないので外に出て歩行者天国を眺めていた。

○上野公園に来た人々

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○ダヴィンチ展限定メニュー

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○ダヴィンチ展限定メニュー実物(エスプレッソをかけて食べる)

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○ロダンの作品(上部に考える人)

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○銀座の歩行者天国

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2013年5月 8日 (水)

お上りさん東京へ行く②―ダブルデッカーズ、皇居前など

 食事が済むと新丸ビルと丸ビルの間の行幸通りを歩いて馬場先門のお濠に出た。白鳥が一羽いたが大変人懐こくてこちらに向かってきた。餌が欲しいのかも知れないと思った。羽を広げてパフォーマンスをしてくれた。

 道路脇に赤いダブルデッカーズ(2階建てバス)が停まっていた。妻があのバスに乗りたいと言ったのでそちらへ行った。そこへ赤いバスがやってきた。見ると「無料巡回バス」と書いてあった。運転手にダブルデッカーズの受付場所を聞いたら、丸ビルの近くで、行けば分かると言った。それで巡回バスに乗った。

 この無料バスは、丸の内側と八重洲口側出発の2コースあり、大手企業の近くを巡回しているようだ。八重洲口からは日本橋まで行くことができる。

 三菱ビルの前で降りた。空はよく晴れていたので乗ることにし、ダブルデッカーズの受付に行った。コースは3コースあり、国会議事堂コース、浅草、スカイツリーコース、東京タワー、ベイブリッジコースだ。私たちはベイブリッジコースにした。50分で1700円だった。

 出発までの時間、丸ビルを見に行った。丸ビルは新丸ビルと違い華やかさはなかった。ショッピングモルを見て回った。

 時間が来たので、ダブルデッカーズに乗った。全員2階の屋根なし席だそうで、一番前の席が屋根があり見晴らしが良くてよさそうだと分かった。私たちは9番で真ん中辺だった。

 1時45分にバスが動き出した。お濠のところを走ると白鳥がいた。名前はロボットだと言った。たった1羽だそうだから、あの人懐こい白鳥だと思った。最初の見どころは東京タワーである。遠くに見えていたタワーが近くなり、すぐ足元を走った。エッフェル塔と比べると、東京タワーはかなり見劣りがした。

 都市高速を走ってベイブリッジを渡った。それからお台場の周辺を見ながら走った。遠くにスカイツリーが見えるところがあった。風がものすごく強くて髪の毛がなびいていた。

 私はイヤホーンガイドを借りて時々それを聞いた。英語と中国語と韓国語であったが、ほとんどは音楽で説明は要所で簡単にあるだけだった。日本語ガイドはスピーカーから絶え間なく流れていた。 

 バスは築地市場の周辺を回って銀座の方へ向かった。ちょうど歌舞伎座の前で止まったとき、写真を撮った。次の日の夜の歌舞伎見物が楽しみであった。

 銀座の時計台などを眺めて走り、日比谷公園や二重橋付近を通って、出発場所に戻った。所要時間は50分もなかった。この乗車中妻はすぐに眠ろうとするので時々ひじをつついて起こしていた。

 パリへ行ったとき、やはりダブルデッカーズの観光バスを見かけた。外から見ると恰好よくて乗ってみたいと感じるが、実際に乗ってみると、風は強く受けるし、途中下車はないし、もう一度乗りたいとは思わない。妻は、はとバスと間違えたと言っていた。

 その後、歩いて二重橋を見に行った。途中三菱1号館ビルのところに美術館があり、「クラコレ展」をやっていた。見ようかと思ったが、やめにした。最後の日に見たのでその日にやめておいてよかった。

 美術館の前は中庭になっていて素敵な空間であった。フランス風のCafeが幾つかあった。珈琲を飲もうと言ったが、妻がここでは飲まないと言うので庭を通って外に出た。そこにビルの中のレストランがあったが、客待ちがあったのでやめにした。

 お濠を渡って行くと広い芝生があり、松が点在していた。道のわきに機動隊の車が停めてあり、警官がたくさんいた。パリでもエリーゼ宮の近くで同じような光景を見たが、違いは日本の警官は銃を持っていないことであった。

 二重橋近くまでいくと玉砂利であった。ここへ来たのは大学生の時以来であった。映画で見た、終戦の時多くの人たちがここにあつまって泣いていた光景を思い出した。

 新宿へ4時ごろまでに行かなければならないので、駅に戻り手荷物を取って中央線に乗った。

○お濠のアヒル、ロボット君

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○東京タワーCimg6147

○馬場先門皇居前松と芝生

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○二重橋と隅櫓

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○ダブルデッカーズ

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2013年5月 7日 (火)

お上りさん、東京へ行く①―改装の駅舎を見て新丸ビルで昼食

 東京に住んでいる娘夫婦から、ゴールデンウイークに東京へ来ないかと誘われて東京へ出かけた。テレビなどでは、今年は東京へ行く人が多いという予測が出されていた。でも、スカイツリーや浅草へは行かないのでいいだろうと思った。

 金券ショップで東京まで往復の切符を買った。1人20000円弱だから500円ほど安くなるだけだ。いつも金券ショップで買っているのだが今年はこの切符がもとでトラブルに巻き込まれることなったのだ。(それについては最後に書く予定)

 さて、行きの列車は自由席にした。駅員に席はあるかと尋ねたら、客が少ないから大丈夫だと言った。8時53分ののぞみにした。駅員が言った通り席はたくさんあった。名古屋駅のいいところは、どの列車も同じホームに来ることだ。だから混んでいれば次のにすることが容易なのだ。

 途中、世界遺産になる富士山が見られると思っていたら近づくにつれ雲が多くなり白く光るてっぺんが一瞬見えただけでがっかりした。

 東京駅に着いたのは、10時33分。手荷物を地下のグランスタの近くにある手荷物預かり所付近のコインロッカーに入れた。たくさんあるコインロッカーだが空いていたのは3つぐらいで運がよかった。中が400円であった。ちなみに手荷物預かり所は500円だ。

 その後グランスタを見て、よいレストランがないので、丸の内北口から出た。ドームの写真を撮り、外へ出ると改装した丸の内駅舎の美しいレンガの建物が見られた。学生の頃見て以来であった。

 新丸ビルへ行こうと思ったがどれなのか分からず、小さい子を連れて通りがかったご婦人に聞いたら、目の前のビルだと教えてくれた。「何しろお上りさんなので」と言うと、その人も「私もお上りさんですよ。今日は孫と新丸ビルへ行くのです」と言って笑っていた。ビルの入り口には「新丸ビル」と書いてあった。

 新丸ビルのレストラン一覧で天ぷらやを選んでエスカレーターで5階に上がった。いろいろなレストランを見ながら行ったら、酢重ダイニングという和食の店があり、入り口の見本によさそうなのがあったのでそこに入ることにした。

 ただ、お勧めのおばんざい定食(1200円)は女性だけと書いてあった。店員に妻がこれにして私のを入れ替えてもいいか尋ねたらOKだと言ったので中に入った。居酒屋風の作りであった。

 おばんざい定食は、写真のように9種類の品があり、その上ヒジキの煮物や漬物や赤だしが付いていて大変ヘルシーでおいしかった。昼時なので客がどんどん入って来た。

 新丸ビルには地下、5階、6階、7階にレストラン街があり、全国からの名店が集まっているとガイドブックには書いてあった。名古屋駅前では見られないレストランが多いと感じた。さすがに東京でどの店も混んでいた。

 昼食後は、店を見ながら下に降りた。やはり名古屋とは違った雰囲気があった。

○東京駅丸の内北口

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○新丸ビル5階レストラン街

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○おばんざい定食

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○盛り合わせ定食

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○新装なった東京駅丸の内駅舎

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2013年5月 6日 (月)

週刊ポストに変節ぶりを批判された朝日新聞

 4月30日の朝日新聞に週刊ポストが出した広告に、「安倍晋三と朝日新聞の不適切な蜜月」という見出しが目に入った。それを見て私は「やはりそうか!」と思った。

 私は幼少の頃よりの朝日新聞読者である。名古屋では中日新聞が圧倒的にシェアを占めるが、朝日を購読してきた。その私が朝日新聞の記事に違和感を覚えたのは東日本大震災後しばらくしてからである。ネットでは中日系の東京新聞の記事がよいと評価され始めていた。その点については以前にblogで取り上げたことがある。

 安倍政権ができてから、アベノミクスに始まり、消費税増税、TPPや憲法改定、国防軍創設、衆議院議員選挙区割り、教育改革・・・・などさまざまな重要な政策が次々に提起されてきた。

 そうした重要案件に関して、朝日新聞の記事の取り上げ方は何とも生ぬるいものを感じていた。かつては朝日は自民党政権に批判的だとか、左寄りだとか、週刊誌からことあるごとに攻撃の対象にされてきた。それが今度は安倍政権よりというのだ。それで内容を確かめるために書店に行って週刊ポストを買ってきた。

 週刊ポストによると、「えっ、これが同じ新聞!?」という小見出しで、第一次安倍内閣の時の安倍批判ぶりを例としていくつか挙げ、それが第二次安倍政権でどのように変化したかを書いている。

 ”安倍首相の施政演説には「施政方針演説、さあ、仕事をしよう」と社説でエールをおくった。

 4月5日には、「安倍首相が大規模な財政出動と金融緩和の『アベノミクス』を打ち出し、環太平洋経済連携協定(TPP)交渉参加に道を開くなど、次々に手を繰り出した。首相の持論である『戦後レジームからの脱却』をひとまず封印し、最大の懸案だった経済再生に集中的に取り組んできた姿勢は評価できる」とべた褒めである。”とポスト誌は書いている。

 ”朝日新聞は、「記者行動基準」に、「記者は真実を追及し、あらゆる権力を監視して不正と闘う」という基本姿勢を掲げている。「権力の監視」はメディアの重要な役割だが3大紙でそれを明記しているのは朝日新聞だけだ。

 だからこそ、大メディアがこぞって安倍礼賛へとなびく中で、自民党政権に一貫して批判的な姿勢を取ってきた朝日まで変質したとは、権力監視機構としての大新聞の終わりを意味しているようにも思えてくる。”と厳しく批判している。

 もともと憲法改正を社論としている読売新聞や産経新聞ならいざ知らず、朝日新聞が憲法改正問題にも尻が引けた姿勢でいるのはおかしいとも書いている。

 戦前に、新聞はみな大政翼賛へと取り込まれてしまい、あの忌まわしい戦争に突き進んだ。その反省の下に戦後は「ウオッチドッグ」(市民の側の番犬)としての役割を果たすべく努力して来たのではなかったか。それが「権力の飼い犬」となってしまってはいったい誰が正しい情報を提供できるのか。

 飼い犬となったもう1つの重大な証拠をポスト誌は指摘している。それは、安倍氏が自民党総裁になった時、朝日新聞木村社長と極秘会談をし、安倍氏にかつての朝日と自民党の不和を詫びたというのだ。

 その上完全な関係修復をするために、安倍批判の急先鋒の若宮敬文主筆を入れ替えた。朝日の論調ががらりと変わったのは彼が退職してからであるという。私も読者として確かにそうだと納得した。

 さらに2月7日には、帝国ホテルの中華レストランで社長が安倍首相と会食をしたという。朝日新聞社は社長や政治部長が総理大臣を接待するようになったのか、と書いている。こうしたことは欧米ではありえないことだと指摘する。

 週刊ポストは、「読者は”変節”を見抜いている」と書くが、その通りである。私の知人でも他紙に乗り換えた人がいるし、私も乗り換えを考慮中だ。

 新聞社も読者がいてなんぼだから、この際、一度朝日をやめて見たらどうであろう?そうすれば反省するかもしれない。週刊ポストの5.17号はヒット作である。

 

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2013年5月 5日 (日)

タイの興味深い慣習―女の子も剃髪し仏教の修行

 タイに住む友人から手紙が来ました。その手紙に興味深いことが書いてありました。それで無断で転載しました。

 4月13日からタイの正月で、街に出かけようと思いましたが、市民の広場で市民のファッションショーがあるだけで、興味もなく、疲れるのでついにどこへも出かけずに終わりました。

 (タイなど旧暦の四月に正月の国があるのですね。どんな気分なのか想像がつきません。)

 4月一日、息子がブアットしました。字引を見ると「剃髪する」と書いてあります。お寺が4月1日から11日までの11日間の日程で参加者を募ったようです。集団剃髪です。

 タイでは、男子は生涯に一度、必ず剃髪をします。剃髪をしてお寺で修行するのです。期間は1か月というのが多いですが、期間のきまりはありません。忙しい人は3日間でもいいそうです。「3日坊主」です。

 今回の参加者は約60人。10歳から大きいのは高校生までいました。内容は詳しくは分かりませんが、寝食を共にしてお経をとなえたり、托鉢を実践したり、行儀作法なども習うようです。

 初日は、午前中かかって髪を剃りました。午後は黄色い衣の贈呈がありました。両親はそれに参加するのですが、私は疲れたので参加しませんでした。

 5日の朝、バスターミナルまで托鉢に来ました。お供えをあげに出たのですが、娘がいつ通ったのか分かりませんでした。8日にはお寺に托鉢に行きました。

                     ―以上―

 タイは仏教国ということは知っていましたが、剃髪をして修行するということはしりませんでした。手紙には頭を丸めてカーキ色の僧衣をまとった写真が載っていました。

 タイへ行った時も手を合わせて挨拶をしてくれましたし、先日、タイ国際航空を利用したときも、女性の客室乗務員が手を合わせて挨拶をしてくれました。そういう習慣は子どもの頃お寺に入ることとも関係ありそうです。

 この慣習は、希望者だけなのかどうか分かりません。タイは仏教信者が何%なのかとか、憲法で信教の自由は認められているのかという疑問がでました。

 同じ仏教国でも日本とタイでは大きく違うことが興味深いです。

○タイでは肥満の僧侶が増えている?

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2013年5月 4日 (土)

将来は「心配するな」というが―100歳までボケない習慣から―

 図書館で白沢卓二順天堂大教授の「40代から始める100歳までボケない習慣」という本を借りてきた。パラパラめくっていて次のような表題が目に止まった。「将来は『心配する』より『楽しみにする』」というのだ。まず、本文を引用・紹介する。

 「将来についてあんまり心配し過ぎるのもよくありません。心配し過ぎて、『心痛』になってしまっては、体を害するからです。

 問題に心を痛めて悩み続けると、ホルモンのコレチゾールが出っぱなしになり、脳にダメージを与えます。コレチゾールは脳内のさまざまな神経細胞と結合して死滅させていく、恐ろしい物質です。その影響を強く受けるのが、記憶をつかさどる『海馬』。海馬の細胞とコレチゾールが結合したまま放置されると細胞が死滅し、海馬の機能に障害がでます。

 人間の脳はストレスにとても弱いんです。ストレスの種を手放して脳を守ることは、大切なボケ防衛手段です。」(P.164)そして、「マイナスは水に流して、プラス思考で、自分を褒めてやり、もっといいことがあるよう日々、新しい一歩を踏み出す。それがボケずに100歳までを手に入れる秘訣です」と書いている。(P.165)

 それは個人の生き方としてはその通りだろうと納得がいくが、ふと考えた。先日、中国の若者に「”蟻族”というのを知っていますか?」と聞かれた。利権に群がる連中のことかと頭に浮かんだが、違っていた。大学を出たけれど就職ができない連中のことを指すのだそうだ。中国には一杯いるのだという。

 では、日本は?というと、日本も同じである。就職活動を早めるようにと安倍首相が提案したが、それだけでは就職率が改善されるわけではない。若者の中には将来を不安に感じている人が増えていると言われる。

 若者でなくても、職探しをしてもなかなか仕事が見つからない中年、僅かな年金でそれも減らされる高齢者、介護問題が身に迫っている高齢者。老いも若きも今や将来への不安だらけである。

 そこへ自民党・公明党が圧勝して安倍政権が誕生したが、新たな不安が増幅してきた。

 アベノミクスで円安が進み、株高になったと囃されているが、その恩恵にあずかっているのは大企業や高所得者という一部のところだけである。マスコミは「成長戦略」という第3の矢がゴタゴタしていて的が定まってないと指摘している。

 憲法改悪、集団自衛権、国防軍創設、教育委員会や道徳教育を改めて文部科学省や首長の言いなりの行政を進める、TPP参加によりがらりと変わるであろう日本人の生活の近未来、原子力発電再開や原発事故の廃棄物処理や廃炉処理への不安、消費税の増税、年金の減少、介護施設の圧倒的な不足、南海トラフでの大地震や津波とそれに伴う大災害・・・・もう枚挙にいとまがないくらいだ。

 民主党政権も頼りなかったが、それにとって代わった安倍政権も右へ右へと舵をとるばかりで、自分の思いだけを実現しようと必死で、肝心の国民生活のことは忘れられている。

 我々日本人は高度成長がぐらつくころから、長い間不安な、将来の希望のない生活を送ってきた。民主党政権になり、あの東北大震災以後は「政治の劣化」と言われるようになった。安倍内閣の支持率は70%を超えていると言われるが、私は劣化は相変わらず進んでいると思っている。

 そんな中で「将来を心配するな」と言われても無理というものである。100歳まで生きたければ何も考えずに成り行きに任せるべしということであろうか。100歳まで生きても楽しみはないとすれば、ピンピンコロリを巣鴨地蔵に頼むことしかないということか。

 

 

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2013年5月 3日 (金)

憲法を軽々しく変える状態にすべきではない―憲法記念日に思う

 安倍首相は憲法96条を変えて改憲をしやすくしようと考えている。これには維新の会も賛成しているから参議院選挙が終わればすぐにでもできると思っているようだ。

 現在の改正の手続きでは国会議員と国民の過半数の賛成では変えられないよう厳しいものになっている。それを改めて、国会議員と国民の過半数で変えられるようにしようというのだ。

 これについては改憲論者の小林節慶応大学教授でさえ強く批判している。その理由は、憲法を憲法でなくしてしまうからだという。

 憲法は軽々に変えるべきものではないというのだ。現在の憲法が各議院の2/3以上の賛成がなければ変えられないようにしているのは、憲法が普通の法律とは違うものだからである。

 世界の国々を見ても憲法を改めるには厳しい制限をしている。アメリカは大変に厳しくて、上下両院のそれぞれの2/3以上の賛成に加えて、50州の3/4から各州別に同意を取り付けて初めて改正が可能になるのだという。世界には、改憲要件を変えるための憲法改正が行われたとことはないという。

 もともとここに眼を付けたのは、弁護士でもある橋下大阪市長である。憲法9条だと反発が強いだろうから、まず、外堀を埋めようという姑息な発想である。憲法改正の発議をしやすくするだけですよ・・・と国民を安心させてから本格的な憲法改正をしようというのだ。実際日本商工会議所の研究会では、単なる手続き問題と軽くあしらわれたという。

 小林教授の次の指摘が重要である。

 「憲法というのは、日本の法体系の中で唯一、国民が権力者を縛ることができるしくみです。権力者が判断を誤って暴走することがないよう、国民がブレーキをかけるためのものです。だから99条で天皇や閣僚、国会議員、公務員に憲法尊重・擁護義務を課しているのです。

 これを立憲主義というのです。憲法を分かっていない人たちが憲法を破壊しようとしているのです」

 そういえば、教員になったとき、憲法に違反しない宣誓をしたことを思い出した。

 この立憲主義は、朝日新聞28日の「ニュースの本棚」によると、「ジョン・ロック以来の立憲主義思想は、国家は諸個人が自由を守るために設立した人為的な存在に過ぎず、その国家を憲法によって縛ろうとするものだ」と、阪口正二郎一橋大学教授はいう。

 そして、自民党の憲法改正草案は、「固有の歴史や伝統を有する『日本』を強調し、国民はそうした日本を守り支える存在と位置づけられている。国家が主役で国民は脇役である」と指摘する。従来の国民が主人であるという理念と逆のものになっているのだ。

 この考え方で行くと、国防軍創設も容易であり、徴兵制度の復活も簡単である。国を守る国民の義務として戦前のように強制されるのだ。

 多数決でも変えられない理由はなぜ正当化できるのであろうか。そのたとえとして阪口教授はホメロスの「オデッセイア」に登場する魔女セイレンの誘惑に抗したオデッセイアの話を紹介している。

 「セイレンの誘惑から部下と自分自身を守るために彼は自分の身体をマストに縛り付けた。自分が非理性的な行動をとりそうな場合、あらかじめ自己の行動の幅を狭めておくことは合理的だ」というのである。

 憲法の場合、この縛りは2/3という議決である。今安倍首相や橋下維新の会代表らによってこのハードルを変えようと企まれているが、たかが改正手続きなどと軽く考えては大変なことになると知るべきである。

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2013年5月 2日 (木)

けなげに咲くシクラメン、満開のツツジ、可愛いポピー

 気温は三寒四温だが、今年は花の咲くのがどの花も早いようだ。桜は例年より1週間早かったし、藤も早いと聞く。牡丹を見に行った知人の話ではもう終わりかけていたそうだ。テレビによるとツツジの開花も10日早いと言っていた。

 我が家のツツジは満開となって見事な花を咲かせている。近所に大きなツツジの木があるがそこも屋根から道路まで花を咲かせている。

 我が家の入口に、ぽつんと1本、小さなポピーが咲いていた。きっとどこからか種がとんできたのであろう。可愛いものである。

 隣との境の地面には、妻が貰ってきた小さな花が咲き始めた。紫色のちっちゃな花だ。

 玄関脇に置いてあるシクラメンはこの頃になって見事な花を付けているので驚いた。部屋の中のシクラメンは11月ごろから咲いてきたので今はもう終わりかけている。それが順当なシクラメンの花の命だと思うのだ。

 ところが外の鉢のシクラメンは、3月終わりごろまでは花がぼつぼつであったが、4月になって俄然咲き誇った。これらのシクラメンも我が家で越夏をしたものだ。花が遅いと咲きそろうのも遅くなるのであろうか。シクラメンが終わる時期に咲いているのは珍しいし、嬉しい。

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2013年5月 1日 (水)

米国主要紙からも批判された安倍首相の歴史認識

 麻生副総理を始め閣僚の靖国参拝に加えて、超党派国会議員168名の靖国参拝が、関係する中国や韓国の強い反発だけでなく、アメリカの主要紙からも批判されている。

 28日の朝日新聞は、「歴史認識、日米関係に影」という見出しで取り上げている。また、サンデーモーニングでも岸井氏が同じことを話していた。

 安倍首相が国会での答弁で、「侵略の定義は国際的にも定まっていない」と述べたことに対して、ウオールストリート・ジャーナルは、27日付の社説で、「安倍氏の恥ずべき発言によって日本は外国での友人を持てなくなる」と手厳しい批判をした。

 また、これまで社説で安倍政権を一貫して評価してきたワシントン・ポストも「今回の発言は経済政策などの成果を台無しにしかねない」と批判して、「安倍氏は歴史を直視することができない。中国や韓国の怒りは理解できる」とした。(朝日新聞)

 安倍首相の右傾化の言動については、彼が首相になってからアメリカでも懸念されてきたが、靖国問題で一気に加速したのだ。安倍首相自身は、参拝をせず真榊奉納で問題化を回避したつもりであったのだろうが、閣僚の参拝や国会議員大挙参拝を当然の行為と擁護し、さらに侵略問題について否定的な発言をしたことで”盟友”アメリカからも危惧されることになったのだ。

 アメリカでは、オバマ大統領が黙っていることに対して、「ホワイトハウスは、こうした問題は日米同盟を傷つけると明言すべきだ」(ジャーナリスト、ピーター・エニス史のような意見が出始めたという。

 サンデーモーニングで、元衆議院議長の河野洋平氏が「これまで長い間築いてきた中国や韓国との関係をどうして今になって壊すような言動をするのか」と批判していた。つづけて「日本が中国や韓国を侵略したという歴史は明白であるからそこから始めるべきだ」という趣旨のことを述べた。私は河野氏の発言はまっとうであると評価する。

 自民党が圧勝し、安倍政権誕生したことにより、国会議員の中にも歴史認識において直視できない連中が増えていることを残念だし危険だと思う。

 彼らは靖国参拝を国内問題だし、私的な行為だと矮小化しているが、現実に中国や韓国との関係を悪化させ、さらに米国からも批判される事態を真剣に受け止めて改めるべきだと考える。

 今大事なことは、中国や韓国との関係を改善し北朝鮮問題などに対処することである。私は対ロ、対中、対韓の領土問題については、日本の主張を確固として貫くべきだと考えている。しかし、その解決への入り口でつまずくような行為はしてはならない。

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