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2013年4月 8日 (月)

「ご飯とめし」はどうちがう?杉浦日向子の「江戸塾」から

 BOOK OFFで、杉浦日向子の「江戸塾」という文庫本を見つけた。面白そうなので買ってきた。宮部みゆき、北方謙三、山崎洋子、田中優子、石川英輔の面々との対談集である。

 その中で、杉浦日向子は、江戸時代についての該博な知識を披露している。私が知らないことが殆どなので大変興味深く読んだ。

 杉浦は江戸時代についていろいろな文献を何度も読んだと言っている。彼女は以前NHKの「お江戸でござる」にレギュラーとして出演していたが、その当時から江戸についてよく知っている人だと感心していた。若くして亡くなったのは大変惜しまれる。

 冒頭は「ご飯と飯(めし)はどう違う」だ。私などは子どもの頃から、丁寧な言い方が「ご飯」でぶっきらぼうな言い方が「飯」だと思っていた。映画などで「おい、飯」と茶碗を突き出すシーンは大抵労働者とか庶民であった。

 昔は「一膳飯屋」という大衆食堂があって、肉体労働者などが利用していた。子どもの頃大きな弁当箱に米の飯をてんこ盛りにして梅干しで食べている土方を目にしていたが、「飯」がふさわしいと思った。

 この本によると、炊き立ての銀シャリだけがご飯で、それ以外はすべて飯だそうだ。昔は今と違ってお櫃があってご飯をお櫃にいれていた。昼も夜も食べるのだが「ご飯」と言ってた。夕方遊んでいると、「ご飯だよ」と呼ばれたものだ。

 しかし、冷えたものは全て「飯」に降格なのだそうだ。また、マツタケのような高級な具が入っていても、みんな「飯」なのだという。でも、現在は「マツタケめし」とは言わず、「マツタケごはん」と言っている。寿司は今でも「すし飯」だ。「すしごはん」とは言わない。

 江戸っ子は毎日銀シャリを食べていたというのだから驚いた。当時米を作る農村では米を食べるのは1年に何回あったろう。ハレの日の食べ物であった。それを毎日食していたとは。

 江戸には米を搗く春米屋(つきごめや)があったのだそうだ。白米を食べていたので江戸っ子には脚気が多かったという。江戸病みとか江戸患いといったのだそうだ。

 江戸の水は鉄分などを含んでいて紅茶色だったという。それを煮沸したり、濾過をして使っていたのだ。濾過をするのが大変だったから甕単位で水を買って使っていたのだという。江戸の生活も大変だったようだ。

 ところでご飯は七輪を使い回しして炊いていたという。こういうところにも今では考えられない近所とのつながりがあったことが分かる。

 

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