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2013年3月13日 (水)

原発事故で線引きの矛盾―その③―

 さらに、福島原発から10kmの、浪江町で家に帰れない方のお話です。浪江町→相馬市に避難された根本さんです。水野さんのところに来られました。一時帰宅を5回やり、線量は1月25日に3.8マイクロ、車から降りてアラームがあり、ご主人が速く済ませろと言われました。この値、33ミリシーベルト/年、許容量の3倍です。周囲も片付けられず、3・11のままの家。雨漏りはしないが、中を片付けるのも無理で、瓦礫の処理も出来ないのです。

 根本さんは、3・11は家におられて、原発情報は何もなく、海岸に近い浪江は津波に会い、学校に避難ということがわかったのみでした。中には、原発大丈夫かという人もいて、原発の津波への備えは甘かったのです。

 12日に区長から避難せよと言ってきました。原発が危ないが、2,3日で帰れると、身の回りの物を持ち、動物もそのままおいて逃げたのです。雪が降ってきました。これは原発の爆発でした。逃げ遅れた人もいて、爆発で地鳴りがして、雪が降ったようにみえたのは爆発した建屋の残骸で、知らずに触った人もいたのです。

 根本さんは、最初は浪江町に避難して、飯舘村に近いところでした。飯舘村は線量が高く、そこの避難所(幼稚園~学校、中心地)に分かれて21000人のうち8000人避難。役場も臨時の避難でした。しかし情報がなく、建物の外に出てしまい、ペットを連れた人は犬の散歩もしたのです。お孫さんは外へ出て遊んでおり、友達と再会できてはしゃいだのです。避難所では毛布をかぶり、そこでは騒げないので、外に行くのは当然なのです。

 配られるスープも屋外に並び、テントの前で味噌汁などを配り、行列をつくっていました。セシウムの雨が降っているなどと知る由もなかったのです。色も匂いもないのですから。後からセシウムが降ったことを知ったのです。1軒に20人も避難して、沢の水でご飯をたいて、被曝したのです。健康データについては、浪江町は県から言われてやったのです。本来国のやるべきものを、血液検査は、弘前大学の先生が子供たちの血液を見ましたが、結果はまだです。

 このとき、SPEEDIの情報があったら、ここへは避難しなかったのです。東電は、浪江町に、原発が危ないといわなかった。菅総理が、ネットで避難するようにといい、町長がネットでそれを知りました。でも、防災無線は電源なしで使えず、根本さんたちは、羽をもがれた鳥であったのです。電話回線も通じず、誰がどこにかけたかもわからないのです。

 伝達する方法はいくらでもあったのに、地震で塀の倒れたところがあり、1時間で帰れるのを3,4時間かかたのです。東電は自転車などで伝達すべきなのに、やらなかったのです。

 浪江町で、津波で瓦礫に埋もれた車に生存した人もいて、役場の人、橋の段差も埋めて、本当に活躍しました。家の流された職員もいましたが、消防団員も活躍し、車の戸を叩く音がしても、暗くて、良く分からないのです。どこに誰がいるか分からず、雪も降ったので、明日一番に助けることにとなりました。役場の人は翌日助けようとしたら、原発の爆発で危なくなりました。しかしその場所は線量が小さく助けられたのに、助けられなかったのです。心を病む人もいるのです。

 津波被害だけなら助かったのに、原発で見捨てられた。風評被害もあり、絶望的なものです。

 根本さんは、広い敷地で、補償は難しく、東電の補償は43万円!家屋敷全部。田んぼも畑も含めて何百坪を、1回たったの43万円。50万円ないと物置も買えないのです。生まれ育った夫もガッカリ。東電の人はいったいいつ畑に入って評価したのか?東電は現地調査はしていない。太陽光発電もしているのに、何も評価していないのです。

 つらい経験をして、他の地域の人に、大飯の人に手紙を出しました。根本さんは、農協の人に聞きと、農薬は中和する薬も開発しないといけないのに、放射能を中和する方法もないのです。それでも原発は安全として推進してきた。

 元の土に戻るのは、下手したら何万年かかる。暮らしも、自然も破壊されます。原発再稼動の前にそれを考えよと、話を聞いてほしいと、商工会議部に手紙を出したのに反応なしなのです。教訓を学べなかったら、未来はないのです。

 ちなみに、東京で、震災による駐車場の崩壊で、設計した一級建築士4人が書類送検、刑事責任が問われるのは初めてです。警視庁が送検して、4人のうち1人は責任を認めていますが、他の3人は否認です(小坂のスタジオから上田さんの報告でした)。

 リスナーより、走れメロスのように伝達する手段はあった、東電の無責任に呆れた、責任の所在も認めないこの国に未来はあるのかという意見もありました。被災者の意見を生かすべきなのに、再稼動を画策している。政治家にこの悲惨な現状を見せるべきなのです。SPEEDIの情報なしでこの始末、しかしSPDDEIは参考情報に格下げ、誰も責任を問われていないのです(先のように、駐車場の事故は責任が問われているのです)。防災は地域の責任なのです。

 私も、今日はラジオに向かって何回怒鳴ろうかと思いました。この内容、例により、私に無断でいくらでも広げてください。そして、安倍総理にこの惨状を見させるべきです!日本を、これ以上破滅させてはいけません!

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