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2013年2月

2013年2月28日 (木)

勤めていた頃に書いた「罰考」―③―

 次に、精神的な苦痛を与えることについて書きます。これもいろいろなやり方があります。ほっぺたに墨やマジックペンでしるしを書くとか、首から看板を下げさせるというのはよく行われていました。

 子どもの楽しみを奪うのは効き目があるのでよく行われます。例えば、体育の授業を受けさせないというのは効き目があります。でも、子どもの好きでない科目では逆効果です。ある先生は、ことあるごとに子どもに顔を洗わせ、くどくどとお説教をしていました。それは効き目があるようで、その先生が担任したクラスは、その日のうちに子どもたちがしゅんとなってしまったものでした。

 特別な宿題をいっぱいやらせるとか、居残り勉強をさせるとかいうのもよくやられます。ただ、ある時間にやり残した課題を残ってやらせることは、これは当然のことで罰とは切り離して考えなければならないと思います。そうでなければ仕事の遅い子はほったらかしにするよりほかありません。

 勤め始めたばかりのころ、忘れ物をしたこどもの対策として取りに帰らせるのが一番だと言われていました。教頭や校長もそう言っていました。しかし、交通状況の悪い都会では事故が起きると大変ですがら行われなくなりました。

 説教をくどくどと長くするのは精神的な打撃を与えることになるでしょう。授業を受けさせないというのは学習権の侵害になりますからできません。給食を食べさせないというのも給食費を払っているのですから駄目です。

 体罰や精神的罰もいけないとなると罰というのはやれないことになります。罰がないと子どもたちは言うことをきかないのは目に見えています。大声で怒鳴ると一瞬子どもたちは静かになります。それは怒鳴り声の背後に何か罰をするかもしれないということを感じるからにほかなりません。

 ところで、罰がないことによって、子どもたちが自分勝手な行動をするなら、いっそのこと罰を与えていうことを聞かせた方がよいという考えも成り立ちます。私自身絶えずその考えて葛藤してきました。子どもたちに罰を与えてでもやるべきことはきちんとやらせる方が教育的なのではないか?いつも自問自答しながら、やれるところまでやってみようと挑戦してきたのです。

 私は、罰をしないと決めてそれを実践してきました。これまで最高のクラスは先生がいてもいなくても決まりよくやれるクラスでした。そういうクラスにはよいリーダーがいました。

 私は清掃の時間は必ず子どもたちと一緒にやりました。授業では子どもたちの発言の内容を瞬時に見分けて褒めたり取り上げたりしました。

 計算や漢字を覚えることは全員ができるようにしました。一輪車や3年生で習うリコーダーは1年の間で全員ができるようにしました。そうすることで子どもたちは自信を持てるようになるのです。

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2013年2月27日 (水)

勤めている頃に書いた「罰考」―②―

 「体罰はいけない」は学校教育法にも明記されているとおりですが、どの範囲を体罰というのかは論の分かれるところだと思います。例えば、立たせる場合、教室の外ではいけないが、中ならある程度はよいと言われています。

 ある程度とはどの程度なのかはあいまいですが、「苦痛を与えない程度」だそうです。しかし、これもあいまいな話で、苦痛というのはかなり主観的な側面がありますから、その程度を「時間にして何分まで」というように決めることは不可能です。第一、苦痛を伴わないのでは罰にはなりません。

 走らせることはどうかというと、心肺機能を発達させるとか、脳を刺激するなどの効果がありますから、一概にいけないとはいえないようにも思われます。正座でもそうです。脳を刺激して姿勢をよくします。とすれば悪いとは言えないようにも思われます。

 もっとも今の子は正座をしたことがありませんから、数分でもダウンするかも知れません。とすれば、体罰ということになるのでしょうか。

 頭をこつん、ほっぺたをきゅっ、などは体罰とは言えないように思えますが、人によっては体罰だと考えるでしょう。

 では、漢字を**回書くとか、計算を**問やるというのは体罰にならないかというと、これも程度問題だと思います。夜の12時までもかかってしまうというような出し方は問題があると思います。

 逆に、掃除をさぼったからもう一度やり直しをさせるというのは、体罰にも罰にもならないと思います。なぜなら、果たすべき仕事に責任を持たせるということになるからです。

 体罰は、やられた方は「いやだ」とか「痛い」とか感じますし、やった方にはなにがしかの溜飲を下げる働きが感じられますから、よく使われるのでしょう。実際子どもたちが言うことを聞かないときは、ぶん殴ってやりたい衝動にかられます。私も若いときには叩いたものでした。子どもの方は1回叩かれただけでも、それ以上に叩かれたと感じるのか、その頃の教え子たちは、「先生には良く叩かれた」などと言います。

 体罰はよいか悪いかと聞かれれば、私は、するべきではないと答えます。少なくとも今の自分は体罰を避けるべく努力をしています。これには相当の努力が必要です。頭がカリカリして、胃がきりきり痛む思いをします。安月給でこんな思いをして割にあわないなあと思うこともあります。

 それでもじっと我慢をして、体罰をしないようにしているのは、いつも言うように、人間として「言葉で分かる子になって欲しいからです。自分も弱いので、暴力は否定したいのです。お互いに暴力を用いることなく、言葉で話し合うことのできる人が増えることが大切だと考えます。それが安全で平和な世界を作る基だと思うからです。

                     ―つづく―

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2013年2月26日 (火)

勤めている頃に書いた「罰・考」

 昔、まだ勤めている頃、生徒や保護者を対象に書いた「罰・考」という、罰についての考えを述べた文章が出てきた。ちょうど時期に適っているので再録することにした。

 法則1. 罰は身体的または精神的な苦痛をともなわないと効果がない。

 これは鉄則だと思います。罰が効果をもつためには、なんらかの苦しみを与えなければ効き目がありません。

 そのために昔からよく行われてきたのが「体罰」です。

 「体罰」にはいろいろあります。

 ○叩く・・・・・頭、顔、尻、体、腕、手、足など。

 ○つねる・・・頬、腕、体、手、足、尻など。

 ○引っ張る・・髪、耳、手など。

 ○蹴飛ばす・・体、足、尻など。

 ○その他・・・立たせる、座らせる、走らせる、物を持たせる、作業させるなど。

 しかし、一口に叩くといっても、やり方や程度はさまざまです。戦争前は、叩くことは当たり前でした。「鉄拳制裁」とか、「精神注入棒」という言葉がありました。叩かれてコブができるくらいのことはふつうのことでした。先生がいくら叩いても、今のように文句をいう人はいませんでした。それどころか、叩く先生の方が厳しくてよい先生だと思われていました。

 小学校3年のとき、私の担任は男の宇井先生で大変こわがられていました。あだ名はおんチャボ、隣の組は女の宇井先生であだ名はめんチャボした。このめんチャボの先生が大変怖く、ことあるごとに教檀の前に並ばされて竹の根の棒で頭を叩かれていました。その光景を今も覚えています。

 私が教員になってからでも、親からは「どんどん叩いてやってください」とよく言われたものです。

 体罰、体罰とやかましくいうようになったのは、管理教育の弊害が言われ出した頃からのようで、まだ最近のように思います。(この文章は1988年のもの)

 いじめ、非行、登校拒否などが問題になりり始めた頃から体罰問題もクローズアップされてきました。しかし、子どもの扱いかたも同時に難しくなってきたように思います。なぜなら、子ども自体も以前に比べると複雑になってきているからです。そうした子どもをいったいどのようにして躾けたらよいのか、誰も正解をもっていないように思います。

                   ―つづく―

 

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2013年2月25日 (月)

外来語は物事を単純化してしまうという指摘

 昨日取り上げた井上やすしさんの「日本語教室」(新潮新書)の28ページで、「外来語は物事を単純化してしまう」と述べている。

 日本語にはいったいどのくらい外来語があるのか、手元に外来語辞典がないので分からないし、インターネットで調べたが分からなかった。中でも英語由来の外来語は和製英語も含めて一番多いだろうと想像される。多分20000以上あるのではないだろうか?

 新聞を見ると、やたら英語由来の外来語が目につく。2月24日の朝日新聞朝刊一面だけで、以下のようである。

 TPP,センシティビティ、ミサイル、フォーラム、USTR,トラック、サッカー、シェールガス、コラム、メヂア、vote×board、テーマ、プラス・シー、コンテナ、リサイクル、ジャージー、プリペイド、マネー、スポーツ、TV,ラジオ、チョコレート、アンケート、シャワー、ゴルフ、ジャパン・イズ・バック、アジア、アベノミクス、モダン、ライフ、マスター、ベストセラー、ノミネート、プレッテル、フィールドワーク、ベース、ペーパークラフト、

 中でも一番難解なのが「センシティビティ」である。かっこして、1回目には(重要項目)としてあり、2回目には(すぐには関税を撤廃しにくい品目)と注が付いている。

 つまりこの単語は二つの意味に使われているということだが、それを一語のセンシティビティで表しているのだ。

 井上さんはP.29で、次のような例を挙げている。

 「このたんすにをリフォームした大津市の骨とう店」という新聞記事の見出しを、骨とう店でリフォームということはないでしょうに(笑)と書いている。文章を書く専門の新聞記者でさえ、このありさまだと嘆く。

 それに続く説明が大事で、「リフォームはたくさんの意味があります。再生とか、改良とか、仕立て直しとか、改築、増築、改装。僕は英語はよく知りませんけど、外国の、たとえば英語を使う人たちにリフォームと言っても分からないでしょう。

 これは日本独特の使い方ですから。つまり、日本語では、再生とか、改良とか、仕立て直し、改築、増築、改装と、たくさん言葉があって、それぞれに微妙に違います。その違いを全部無視してリフォームにしてしまう。

 一見便利なようですが、今まで言い分けてきた日本人の脳の働き、正確さをいうのを、リフォームの一言で、非常に単純にしてしまうのです。こういうことが積み重なっていくと、悲劇的なことが起こるのではないでしょうか。」

 私はこれを読んだとき、衝撃を受けた。私自身何の気もなくリフォームという言葉を使ってきたからだ。

 家の改造をしたとき、服の仕立て直しをしたとき、店やが改装したとき・・・・全部リフォームですましてきた。昔からある日本の言葉をなぜ使わなくなったのだろう。この文章を読んで初めて反省をした。

 日本語には、英語では表せない、日本の文化にもとづく言葉があるのだ。それを英語に単純化してしまうことの恐さを再認識すべきである。

 私が、就職したての頃、レポートに英語由来の外来語をたくさん使ったことがある。そのとき上司にたしなめられたことを思い出す。大学を出たばかりで、外来語を使うと教養があるという錯覚に陥っていたのだ。

 しかし、時がたつにつれてマスコミには外来語(特に英語)が溢れて行った。

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2013年2月24日 (日)

日本語の母音

 BOOKOFFでたまたま井上ひさしが著した「日本語教室」(新潮新書)をつけて買ってきた。井上さんが母校の上智大学で行った4回の連続講義をそのまま文字化したものである。受講者が面白いと思ったところで(笑)というものも入っている。読みやすくて興味深い本である。

 「日本と日本語、母語と脳の関係、カタカナ語の弊害、東北弁標準語説、やまとことばの強み、駄洒落の快感・・・・」(本の帯)など、彼一流の皮肉やユーモアがあってスーッと読めた。

 私は、外国人に日本語を教えているので日本語には当然関心がある。参考になるところもいろいろあった。その中から母音関係をとりあげる。

 日本語の母音(vowel)はアイウエオの五つしかないことは誰でも知っているところだと思う。世界の言語では、母音の数はまちまちで、この本で例として書いてあるのは、次のようである。

 米語→32、英語→31、(何故か米語の方が1つ多い。maryの発音は英語ではメリーだが米語ではメアリーとなるときの、エアがそれなのだという)

 一番少ないのは、アラビア語の3つである。フランス語13、スペイン語5、で同じラテン語系でも違いがあるのだ。ハワイ語も5、トルコ語は8だそうだ。

 日本語は「ン」以外の音は必ず母音で終わる。インドネシア語など東南アジアの語も同じだとは知らなかった。

 アイウエオを発音するとき、アは口を大きく開けて明るく発音される。しかし、音が作られる場所はイが一番入口で、イエアオウの順に奥になっていくのだという。だからアは3番目ということになる。

 ウは一番奥で出されるので、相当力を入れないと駄目だという。苦しむときは「うー」とか「うっ」とか発音される。「あー」とか「いー」とかで苦しみは表現できない。

 「住友銀行」のように「す」で始まる音は音が出てくるときに途中で消えてしまうので、どんな名優でも舞台では客席に届かないそうだ。だから井上さんは脚本を書くとき、そういう配慮もするのだ。銀行の名を使う時はいつも三菱銀行にするという。「イ」が3つ入っているからよくとどくのだそうだ。

 ふだん母音などに気を使ったことは一度もないが、脚本家はそういうことまで気を付けていることを知り感心した。

 私の合唱団の指揮者は、常々、「語頭に気を付けるように。特に子音のk、h、s、n、t・・など」と言われる。歌っていて子音(consonant)がはっきり発音されないと言葉が聞こえないのだという。日本語は語気が弱く発音されるからさもありなんと思う。

 日本語教室 (新潮新書)

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2013年2月23日 (土)

元気な星崎保育園の子たち―マジックに眼が輝く

 おべんとう箱のIさん、Oさん、Hさんと4人で星崎保育園にマジックのボランティアに行った。Iさんはもう一人の女性とお琴の合奏も披露した。

 この日は1月、2月に生まれた子たちの誕生会であった。園児たち全員の他に保護者も20名ぐらい参観に来ていた。

 最初に誕生日の子の紹介があった。4歳児、5歳児、6歳児の誕生日の子たちが10名いた。担任の先生がひとりひとりの成長ぶりを話した。それから素敵な誕生日の歌をみんなで歌った。

 次に、誕生日の子たちが一番自慢できることを披露した。鉄棒に片手でぶら下がるとか、竹馬に乗るとか、前転とかだが、中には側転を演じる子もいて驚いた。

 その後4月から小学校に入る子たちが歌を6曲ぐらい歌った。

 それからゲストの出演で、お琴の演奏は「雛祭り」と「春の歌」であった。2人とも和服で演奏した。琴の音色はとてもいいものであった。

 琴の後はマジックであった。私は1番初めにやらさせてもらった。驚いたのは2歳ぐらいの子から年長組までみんなが一斉に注目したことであった。

 最初に簡単な丸い色の移動をやったが、みんなが「えっつ?」「えっつ?」と言って驚いていた。

 赤、青、黄の3本ロープも子どもたちに話しかけながらやったが、最後に1つに結ばれると大きな声が上がった。真っ白なカードから、象、犬、牛の絵が現れるものも大変に受けた。

 紙に書いたスプーン曲げも園児にサインをしてもらってその紙を上げた。3本リングの時は、何人かの園児から「それ見たことある」と声が出た。きっとテレビで見たのだろう。構わずに演じたら不思議そうに真剣に見ていた。先生たちも不思議だといいながら見ていた。

 最後は風船の貫通をやった。中に針が十字に交差して刺さっているのを見せたので、とても不思議そうであった。風船が割れることもなく無事に終わった。

 2番手はIさんで、シルクの消失と出現や薔薇カードを演じたが、これも大好評であった。

 3番手のHさんは、シルクから出したおめでとうの久寿玉割りから入り非常に喜ばれた。火を燃やした後パンを出し、そのあときれいな取り出しを滝のように流して華麗さに目を見張っていた。

 最後はOさんで、ロープ奇術を2つ演じたあと、自分で考案したマジックを演じた。バネ花のプロダクションのあと、いろいろな色のテープをこれでもかこれでもかというほど出し、さいごにペンギンを出して、卵からシルクを出したので大喜びであった。

 最初に書いたように、保育園児がこれほど集中して見てくれるとは思わなかったので大変やりがいがあった。

 終わった後、それぞれの教室に行って給食をふるまってもらった。薄い味付けの健康的でおいしい給食であった。

 私は4歳児の教室に行ったが、大歓迎で人懐っこくて、食べている間いろいいろと話しかけてきて楽しく食べられた。「おじさんの年は幾つ?」と聞くので、当てさせたら、いろいろと言っていたが、一番上が34歳だった。それで34歳ということにした。

 給食のときに、紐とリングのマジックと鎖とリングのマジックを見せてあげ、触らせてあげた。みんな触るのが嬉しがった。「マジックを覚えたい」という子たちや、紐の手品を見せてくれる子もいた。

 元気で反応の良いとてもいい子たちであった。

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2013年2月22日 (金)

春の柑橘類のおいしい時期となった!

 秋から冬の温州ミカン系のシーズンは昨年で終わったが、店には今でも多くのミカンが出回っている。保存法が進歩して新鮮さを保てるようになったからであろう。味は酸味が抜けて甘みがあるが私は酸味が少し残っている方だすきである。

 2月に入ってからは、いろいろな柑橘類が出始めた。最初に出てきたのは伊予柑だと思うのだが、ポンカンも早かった。伊予柑は香りが良いのが特徴だ。味も独特のものがある。ポンカンは甘いがタネが多いのが欠点である。

 戦後笠置シズ子が歌った買い物ブギにポンカンが出てきて、当時、どんなミカンかと思ったことを思い出す。

 デコポンやはるみが出てきて、ハッサクも出回っている。甘夏はまだだが、先日Yさんの畑で採れた甘夏をいただいた。酸っぱいが甘みが包まれていてしゃきっとしていた。

 子どもの頃は夏蜜柑があった。夏蜜柑が植えられている畑に行って下に落ちたミカンをもらってきたものであった。酸っぱいから塩をつけてたべた。ときには重曹をつけて泡を吹かせて食べたこともある。

 この時期、いろいろな柑橘類が出回るので、温州系のミカンは買わない。中でも一番好きなのは、デコポンである。甘くて種が少なく、ふくろごと食べられるのがよい。

 英語会話のトピックスでミカンを話題にしたら、Hさんが「私はデコポンを食べたことがない」と言ったのでびっくりした。「どうして?」と尋ねたら、「形がごつごつしているから・・・」と答えた。「おいしいからお勧めです」と話した。

 デコポンはポンカンと清見の交配でできたもので、熊本県でつくられたものが広がったのだ。2年ぐらい前から産地が増えてきたので有難い。

 今日デコポンを買いに行ってなかったので蒲郡産はるみを買ったら、びっくりするほどおいしかった。インターネットで調べたら、何とはるみもデコポンと同じく、ポンカンと清見の掛け合わせだという。同じ交配なのにどうして形や大きさの違うものができたのかそれを知りたいと思った。

 下に柑橘の出自を書いておく。

 ◎ポンカン→インドスンダラ地方原産の亜熱帯植物。

 ◎清見→早生温州にトロビタオレンジを掛け合わせた。

 ◎伊予柑→山口県の穴門(あなと)ミカンを愛媛に持って来て伊予柑とした。

 ◎甘夏→大分県の川見豊氏の夏橙園で発見された夏蜜柑の枝変わり。

 ◎温州ミカン→中国浙江省の温州府からの小粒のミカンが鹿児島県長島で突然変異をしたもの。日本生まれである。

 ※上がデコポン、下がはるみ

       

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2013年2月21日 (木)

お勧めの本―「原発のコスト」(大島堅一著、岩波新書)

 「原発のコスト―エネルギー転換への視点」(大島堅一著、岩波新書)は2012年度の大仏次郎論壇賞を受賞した書籍である。

 昨年この本のことを朝日新聞で知り、探したが、売っていたのは丸善書店(丸栄百貨店内)ぐらいであった。岩波新書自体を置いている書店が殆どないのだ。

 この本には原発のコストについて詳細に書いてある。原発のコストというとき、原子力発電所で電力を作るのに直接要する費用、つまり「発電原価」を思い浮かべるが、著者はそれは重要ではないという。

 原子力発電発のコストには、この他にさまざまなコストがかかっている。それが重要なのだと指摘するのだ。

 ①福島第一原発による直接の被害のコスト―被害を受けた住民、原発で処理に働く人の被爆、農林水産業など福島経済への打撃など。

 ②それらの被害を保障する費用

 ③事故とは別にかかってくる費用―これまで原発推進に投入された膨大な税金、原発終了後の大量の使用済み核燃料の処理・処分、原発の施設の保護や廃棄の費用など。

 こうした問題について、第1章から第3章までで扱われている。こういうコストは電力会社が直接発電のために使っているコストではなく、第三者が払うコストであるので「社会的コスト」というのだそうだ。

 原発のコストには、電力会社が直接払っていない、第三者の負担になっているコストも含めなければならないという。

 これらのコストが発生し、膨れ上がって行ったのは、「原子力ムラ」という排他的な利益集団が、意思決定を握り、原発を推し進めて来たことが原因だとして、第4章で取り上げている。

 第5章では、脱原発を進めるには何が大事かを述べている。原子力発電なしで電力を確保できるのか、経済に悪影響を及ぼさないのか、再生可能エネルギーは高くつくのではないか、どうしたら普及できるのか・・・・。

 原発こそが膨大なコストをかけさせているのだから、原子力をなくすコストより便益があるはずだと述べている。再生可能エネルギーの普及によって脱原発は可能であると断言している。

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2013年2月20日 (水)

マスコミが報じないが、ベトナムでは原発予定地の作業が進んでいるそうだ

 「おけらの いつかは青空 脱原発」のblogに出ていた、マスコミが報じないニュースです。それを転載します。
 
おけらが直接友人から聞いた話です。メデイアを通してではなく、実際にベトナムで見てきたことです。
 日本がベトナムに原発輸出をすすめていることは既にご承知と思います。おけらの友人のOさんは、おけらの高校時代の同級生で、あれから40年以上付いたり離れたりはあっても付き合い続けている親友のひとり、といっていいでしょう。
 
 彼女はベトナムの子どもたちの里親活動を長年続けています。日本円で1年間に4万円あれば、ベトナムの子ども一人の生活費(育英費)になるそうで高校教師をしながら、その資金援助をしてきたわけです。
 Oさんは昨年ベトナムの里子たちに会いに行きました。そのついでに、せっかくだからと原発予定地まで足を伸ばしたそうです。
 予定地に行くと、なんとそこには日本企業の人たちがたくさん居て、既にボーリング調査が始まっていたんだそうです。
 おけらもほかの友人もびっくりしました。そこまで事態が進んでいるとは!
 
 Oさんたちが、普通の日本人のおばさんたちで、ことさら反原発運動家のようにも
見えなかったのか、本当は入ってはいけないところまで入れてくれて、いろいろ話を聞かせてくれたとか。
 
 Oさんたちがびっくりしたのは、日本とそっくりのやりかたで予定地が買い取られていたことで、(貧しい)ベトナムの人たちに「適当な代替地」(と言っても対して遠く離れていない地域で、一度事故が起これば立ち入り禁止になること必定の場所・原発から2キロしか離れていない)を提供して、農地を取り上げていたというわけです。
 原発の危険性なんてどれだけ知らせているのか。知らせているはずはないですね。
 Oさんの話をきいた別の友人が、「一体日本で起こっていることをベトナムの人たちは知っているのかしら。知っていればこんな時期に原発を国民は日本から入れないわよね」と言います。
 ベトナムに言論や報道の自由がある、と思い込んでいるからこその疑問です。Oさんは「ネットをつかってそんなことを書いただけで身の危険を感じるような国なのよ」と言いましたが、にわかに信じられない顔をしている友人でした。悲しいけれど、それが実態。
 政府に盾を突くような言動はできない国・ベトナムで、原発導入は危険、なんて言えないのですが、意外と日本人はそのことを知らない。結局弱い人々がかの国でも辛い思いをするのです。
 
 今日おけらは金曜デモでマイクをとり、「日本で一番倫理観と想像力の欠如した人間を総理大臣にしてしまった私たちの悲劇」を語りました。まだマイクでみんなに訴えられる私たちにはベトナムより少しばかり自由がある、ということも事実でしょう。
 
 中国と長年紛争を抱えているベトナムが、原発を単なるエネルギー源導入のためとして捉えているのではなく、核兵器を持ち、中国に対抗する力とすることを考えていることは明確です。
 本当ならベトナムの人たちと私たちが手を組んで、海を超えた連帯で原発ノーの運動を展開したいものです。それは夢でしょうか。

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2013年2月19日 (火)

株価が上がって喜ぶのは?―アベノミクスの正体―

 このところ、円安傾向にともない株価が上昇、「アベノミクス効果」とはやされている。しかし、以前にも紹介したように丁度上がる時期に来ていたのだという見方があり、私はそれを支持する。

 以下、「リーマン・ショック損を取り戻した市場 株価は騰がるが格差はどうなる」(日刊ゲンダイ2013/2/15)を参考にして書く。


 「連日、大商いに沸いている東証は、きのう(14日)も売買高が2兆円を突破。10日連続の2兆円突破で、これは08年以来のことだ。」

 その通りで株式市場はアメリカのダウとは異なった動きを示し沸き立っている感じだ。それで、甘利経済再生相は「平均株価が2000円以上上がって、企業の含み益が38兆円増えた」と自画自賛。「期末までには1万3000円を目指して頑張る」と言った。期末は3月25日である。

 「現職の経済閣僚が、株価を誘導するような発言をするなんて、信じられません。普通ならあり得ない話です。それを批判しないマスコミもどうかしている。メディアも市場も感覚がマヒしているのではないか。そのくらい、この相場は狂っていると感じます」とジャーナリストの斎藤貴男氏はコメントしたそうだ。)

 今こそリーマンショックでの損失を取り戻す好機だと期待で胸を膨らませているのだ。そこにあるのは、冷静な投資判断ではなく、「乗り遅れるな」という熱狂である。塩漬けにしていた株を今なら清算し、儲けられるかもしれないのだ。

日刊ゲンダイは、「なにしろ、日本市場では夏まで確実に株価は騰(あ)がるのだ。」と書いているが、そんなものは当てにはできない。しかし、次の点は同感である。

 「アベノミクスとは、要するに自民党の選挙対策です。株価を上げて好景気を演出する。それで高い支持率を保てる。夏の参院選まで、この調子で行くのでしょう。そうすれば、消費税増税の根拠になる4―6月期のGDPも底上げされる。選挙に勝ち、晴れて増税できる環境が整えば一石二鳥。そのために煽(あお)りに煽っているわけで、無理やりつくった偽装相場みたいなものです」(経済評論家・広瀬嘉夫氏)


 短期決戦の鉄火場相場にはちがいないから、マネーゲームに目を血走らせている連中が、今の狂乱相場をつくっているのは確かであろう。
 「株が上がれば、世間はアベノミクスでデフレ脱却、インフレ到来と勘違いする。」まさにそういう感じである。そこへもってマスコミも「アベノミクス」のお蔭だと「エエジャナイカ」気分で煽っている。


 大企業は、円安効果に加えて株価があがるから、その分、利益は出るし、含み益も膨らむ。業績が良くなった訳でもないのにこの決算期は好決算の企業が増えている。
 しかし、これが現実の景気にどう影響してくるのか。とりわけ個人の暮らしはどうなるのか。こちらは安倍バブルとまったく別の問題である。
 ゲンダイは、◆庶民にとってはインフレもバブルもいい迷惑でしかない◆と指摘する。

 マスコミが報じたように、安倍首相は12日、経団連の米倉会長ら経済3団体のトップを集めて、労働者の賃金引き上げを要請した。しかし、経営者側は聞く耳を持たない。円安の恩恵で今後はさらに利益拡大が確実視されている自動車業界でさえ、大手7社がすべてベア見送りを決めたくらいだ。


 経済評論家の荻原博子氏の次のコメントを紹介している。

 「企業が賃上げするわけがない共産主義国ではないのだから、首相が給料アップを迫ったところで、無理ですよ。企業は損得で動いているわけですからね。
 それに安倍首相がどこまで本気で労働者の給料を上げようと思っているのかも疑問です。本当に賃上げの必要性を感じているのであれば、アベノミクスの3本目の矢である成長戦略をなぜ、すぐ示さないのか。6月なんて悠長すぎる。
 アベノミクスが実体経済に火を付けるかは成長戦略次第です。成長分野に資金が集まり、働く人手が足りないくらいの状況をつくらなければ真の景気回復にはならないのです。それを急がず、口先で賃上げを要請するだけでは、ただのパフォーマンスでしかありません」

 この後のゲンダイの記事は鋭く問題点を指摘している。
 「荻原博子氏の指摘通り、安倍は本気じゃないのだろう。賃上げ要求だなんて、アリバイ的に言っているだけだ。本当に給料を上げて、個人の可処分所得を増やし、それで個人消費に火を付けて、景気を本格回復に向かわせようとしているのなら、景気を落ち込ませる消費税増税なんて絶対にしない。生活保護のカットもしない。」
 その通りで、消費税増税や生活保護費のカットなどするはずがないのだ。選挙を意識したパフォーマンスで、「給料を上げろ」と言っているだけなのだ。
 ゲンダイのまともな記事は続く。

 「もっと言うと、企業は給料を抑えるからこそ、インフレ分が利益になる。利益が上がるから株も上がる。給料を上げたら、その分、利益が減ってしまう。だから、絶対に給料を上げようとしない。

アベノミクスとは株価を上げることが目標だから、「賃上げ要求」も口先だけということになる。」

 株高もインフレも低所得の生活を強いられている庶民にとっては、迷惑以外の何物でもない。、アベノミクスの危険な本性を知るべきである。
 次の広瀬嘉夫氏の指摘も的を得ている。

 「経営者も、今の株高が見せかけだけということを分かっている。本音の部分ではアベノミクスを信用していないのです。
 本当に景気が良くなる確信があれば、設備投資もするし、雇用も増やしますよ。今のところ、社員の年収アップを決めた大企業は、社長が安倍政権で産業競争力会議のメンバーを務めるローソンだけなのだから、マンガみたいな話です。
 14日に昨年10―12月期のGDPが発表されましたが、3期連続のマイナス成長でした。実質で年率マイナス0・4%です。この数字がすべてを物語っている。円安は昨年10月から始まっていたのに、実体経済はまだ冷え切っている。どれだけ株価が上がろうが、庶民生活にはまったく関係がない。アベノミクスで潤うのは、大企業と資産家だけなのです」(広瀬嘉夫氏=前出)
 株価は上がるが、それと同時に、持つ者と持たざる者の格差は、どんどん広がっていく。それがアベノミクスということだ。

 「円安によって輸入価格が高騰し、生活コストが上がる。しかし、給料は増えず、待っているのは増税地獄。アベノミクスによって、庶民生活がますます苦しくなるのは確実です。こうなるのは、総選挙で自民党を圧勝させた時点で分かっていた。自民党は人よりコンクリートだし、庶民よりも大企業だからです。国民は、程なく、自民党政権に戻った意味を思い知ることになるでしょうね」(斎藤貴男氏=前出)



◆自民党政権に戻したことを悔やんでも遅い◆とゲンダイは書く。できることは、参議院選挙で自民党・公明党、維新を阻止することしかないのだ。

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2013年2月18日 (月)

うどんは茹で方や調理の仕方でかなり味が変わるものなのだ

 鍋をしたときに、最後にうどんを入れて食べた。そのとき、「このうどんえらい柔らかいな」と感じたので、妻にそう言ったら、「これ、讃岐うどんよ」と言った。「讃岐うどん?こんな伊勢うどんより柔らかいのが?」と私は言った。

 妻が、「そうよ。これがうどんの袋」と言って見せてくれた。見ると確かに讃岐うどんと書いてある。販売者は、「讃岐うどん坊」でサンヨーフーズ株式会社となっていた。

 袋の表には「四国直送、本場讃岐ー讃岐うどん5食用」と記載してある。念のためにインターネットで調べたら、確かにこの会社は存在した。(香川県坂出市林田町番屋前4285-323)袋の記載と住所は同じであった。

 讃岐うどんには私は思い出があるのだ。それは、40年ぐらい前に職場の旅行で四国へ行ったとき、高松の栗林公園に行った。公園に入る前に、昼食を摂ろうということになった。でもどこの店がいいのか分からない。それで私が通りかかった人に尋ねたのだ。するとその人は,栗林公園入口の前の辺りにある讃岐うどんの店がいいと教えてくれた。

 その店で食べた讃岐うどんが、私たちの初めての讃岐うどんとの出会いであった。独特の腰の強さは私たちを満足させてくれた。それまで食べていた名古屋のうどんとは全く違っていたのだ。

 それ以来私は讃岐うどんをまた食べてみたいと思っていたが、名古屋では食べる機会がなかった。しかし、名古屋にも讃岐うどんの店が栄と金山にできたので食べに行った。

 今では讃岐うどんは全国区となり、名古屋でも格安の讃岐うどんの店が滝子や金山駅などにできている。どこでも共通しているのは腰の強さである。

 ところがサンヨーフーズの讃岐うどんは、私が期待した腰の強さがなかった。袋には「美味しさ長持ちロングライフ麺」と赤い字で書いてある。どうして柔らかいうどんになったのかと思った。

 それでインターネットで調べて初めに書いたホームページを見つけた。問い合わせ欄があったので、そのフォームを使って苦情を書いた。

 すると会社から返事が来た。

 弊社茹でうどんは冷凍うどんと違い(冷凍うどんは澱粉が多く入ってます)小麦粉に水、添加物(塩、アルコール、乳酸、乳酸ナトリウム等)を配合し、製造しております。
 
 弊社の茹でうどんを冷凍庫に入れますと麺に含まれています水分が凍って氷になり、次に解凍しますと麺の中の氷が解け、麺のグルテン(コシ)を切ってしまい、柔らかくなり、短麺にもなってしまします。
その為、常温で保存出来るように製造しております。
 生麺を湯がいてすぐ食すうどんには到底かないませんが、沸騰したお湯に茹でうどんを入れて頂き、浮き上がるまで箸を入れないで下さい。浮き上がったら軽く箸で混ぜて頂き、お好みの固さで食して下さい。
 せっかくですので生うどんと茹でうどんを少々ですがお送りさせて頂きますので比較してみて下さい。
 
  どうやら妻が冷凍保存をしたことが第一原因で、次は、鍋をしたときに入れたので私が食べるときは煮えすぎになっていたのだと思う。
 別に品物が欲しくてmailをしたわけではないのだが、親切にも同じものが生うどんと一緒に送られてきた。それで教えて頂いた通りにして食べたら、5食入りの方は多少柔らかい感じはあったが、おいしく食べられた。生めんの方はまだ食していない。
 次の昼食に「炒めうどん」にして食べたがおいしかった。大学生の頃、下宿先で「満州うどん」というのを作ってくれたが、今でいう炒めうどんのことである。当時はうどんを炒めて食べることは珍しい時代であった。

 うどんや蕎麦などは昔から「早く食べないと伸びるよ」と言われる。私も妻からよく注意されるが、なかなか微妙なところがあると改めて知った。

 ちなみに「5食入り讃岐うどん」は、スーパーで200円から売っている。1食40円なので手頃である。

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2013年2月17日 (日)

「南京玉すだれ」の形の作り方がどこにもないのが不思議

 「南京玉すだれ」という芸がある。竹で編んだ筆巻きのようなものを使って、歌いながらいろいろな形を作っていくというものである。

   ア サテ サテ 

   サテも南京玉すだれ ちょいと伸ばせば

   浦島太郎の 魚釣り竿にさも似たり

 と唄って、釣り竿状に伸ばすのだ。

   魚釣り竿が お目に留まれば 元へと直す

   ア サテ サテ 

   サテも南京玉すだれ ちょいとひねって ちょいと伸ばせば

   富士のお山は日本一

 ここで富士の形を作ってみせる。

 ユーモアに溢れた面白い芸である。

 この南京玉すだれは、発祥が合掌造りで有名な富山県の五箇山だという。ここには、「こきりこ節」という民謡がある。小学校の音楽の教科書にも採用されている有名な唄である。その伴奏に使われたのが「ささら」という楽器だ。この「ささら」を使っての「網竹踊り」が南京玉すだれの原型である。

 平安時代に伴奏として使われてきた「ささら」が、江戸時代に独立して一つの芸となった。旅芸人や富山の薬売りが客寄せとして道端で歌ったのが南京玉すだれだと言われる

 「南京玉すだれ」の呼称は、放浪芸人が口上の中で、「唐人阿蘭陀南京無双玉すだれ」と言っていたのが、いつのまにか省略されて南京玉すだれとなったのだ。だから、中国の南京とは何の関係もないのである。(南京玉すだれ入門 花丘奈果著 鳥影社刊)

 この鳥影社の本は南京玉すだれと腹話術について書いてあるが、中には唄と写真が載っているだけで、どこにも南京玉すだれの形の作り方の説明がない問いまことに間の抜けた、人を馬鹿にした本である。それなのに名古屋市の図書館には4冊も購入されている。 

 南京玉すだれの「形の作り方」を知りたいと思って、インターネットでいろいろ調べたがyoutubeにも演技の動画はたくさんあるが、形の作り方の動画はない。また、書籍にも作り方が載っているのはない。

 富山県立図書館が南京玉すだれの文献調査をしたPDFがあるが、それによると「形の作り方」についてはどの文献にもないそうだ。

 南京玉すだれのような有名な芸は何も秘密にする必要もないはずだがどうして形の作り方を紹介しないのか不思議でならない。

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2013年2月16日 (土)

杞憂に終わってホッとした耳と鼻の症状

 昨年の終わりごろから左の鼻にちょっとした出血が見られることが続いていた。以前にも鼻からの出血があることがあったが、数日で治っていた。ところが今回は続いているので心配をした。

 その上、10日ほど前から右の耳の中で何かの拍子にガサッという音が出るようになった。特に床に就くころにひどかった。それに右耳の下あたりの首筋が痛くなった。

 それで一度耳鼻科へ行った方がよいと決断をし、桜山の耳鼻科へ行った。それまで行っていた瑞穂区の耳鼻科は非常に混むので新しいところに行ってみようと思ったのだ。

 耳鼻科があると思ったところへ行ったら、皮膚・泌尿器科に代わっていた。どこへ行ったのか分からないので探しながら帰った。帰宅してインターネットの耳鼻科ナビで調べたら、元のままであった。

 電話をしたら最近新築をして転居したと言った。場所を聞くと、何と帰りに通ってきた道沿いであった。改めて行くと分からないはずであった。外観がアパートのように見えるのだ。それにTakagi Clinicとだけ書いてあるので気づかなかったのだ。 

 中に入って驚いた。ここも凄い混雑で待合室には立っている人もいた。耳鼻科はどうしてこんなにもはやるのだろうと思った。 

 仕方がないので備え付けの文芸春秋を読みながら診察を待った。2時間近く待たされてやっと呼ばれた。

 診察室に入ると椅子に腰を掛け耳の奥を覗いた。「鼓膜のところにちっちゃな耳垢があるから吸い取りましょう」と言って取ってく見せてれた。音がしなくなったので原因は1mmぐらいの耳垢だったことが判明した。

 もう1つの鼻の出血は、鼻を覗くなり「空気の乾燥による出血ですね。マスクをするとよいでしょう」と言って、出血止めの薬も処方してくれた。

 耳鳴りについて質問があり、あると答えたら、「念のために聴力検査をしましょう」と言った。聴力検査はいろいろな周波数の小さな音をレシーバーで聴くのだ。

 結果を見て、「低い音は年相応ですが、高い音は若い人並です」と言った。耳鳴りは昔中国蘇州の寒山寺に行ったときに、耳元でいきなり鐘を突かれたことを話した。それが原因かも知れないが古いことなので薬では治せないと言った。馴れてしまっているので治療はしなくていいと話した。

 結局2時間半かかったが、何事もなくてホッとした。それにしても耳鼻科はどこへ行っても患者で溢れていると思った。

 耳鼻科の熱帯魚と珍しい花

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2013年2月15日 (金)

毎週金曜日の脱原発総理官邸前デモ

 毎週金曜日に、夕方6時から8時まで、総理官邸前で原発反対・脱原発のデモが行われている。当初300人から出発したデモだが、次第に参加者が増えて、昨年の7月に大飯原発再稼働反対のデモは、20万人が総理官邸前や国会議事堂周辺を埋め尽くした。

 それまではマスコミは冷ややかであったが、さすがに無視できなくなり、その様子を報道した。更に、最初は「何やら外で音がしているようですね」と言っていた野田首相も、デモの代表たち(反原発首都圏連合)との面会を受け入れた。

 その後も総理官邸前デモは、毎週金曜日に続いて行われている。主催者の1人野間易通氏は、火を絶やさないように続けることが大事だと語っている。

 このデモの原則は次のようである。

○毎週金曜日、午後6時~8時に開催。8時になったらすぐ終了。

○場所は、総理官邸前および国会議事堂周辺。

○テーマは、反原発、脱原発。(それ以外のスローガンは禁止)

○スピーチは1人1分以内。(当初は3分であったが、希望者が多くなり1分に制限。)

○組織や反原発以外の旗やプラカードは立てない。

○勧誘のビラを配らない。

 こうすることによって、誰でもいつでも気楽に参加できるようになったのだ。楽器や思い思いのプラカードや旗や身なりを工夫して楽しく参加している人が多い。

 これだけの脱原発の思いが、昨年末の衆議院議員選挙に反映されなかったのは残念であるが、大きな争点にならなかったし、投票行動に結びつくのは一気にはいかないと分析されている。

 今日は金曜日。今夜も6時から総理官邸前デモが行われる。参加できないのが残念である。

 この「総理官邸前デモ」については、次の動画が詳しく伝えている。

 http://www.youtube.com/watch?v=zB7kvVqnDTc

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2013年2月14日 (木)

北朝鮮の核実験と原発事故の危険はどちらも同じ

 北朝鮮が12日、「3回目の地下核実験を成功裏に実施した」と発表した。それによると「小型化軽量化した原子爆弾を使った」そうである。

 それを受けて国連安全保障理事会は、「過去3回の制裁決議に対する重大な違反」と強い非難声明を出した。日本政府も独自の制裁を決定した。また、オバマ米大統領も「北朝鮮の核兵器と弾道ミサイル計画は、米国の安全保障上の脅威だ」と強く非難した。今回は中国も慎重姿勢を転換すると言われる。

 ミサイルの弾頭に装備して、他国を攻撃する目的での、北朝鮮の地下核実験は、もとより厳しく非難されなけらばならない。アメリカなど核兵器保有国は増加していて北朝鮮もその中に加わったことを世界に誇示している。

 しかし、それによって世界の核危機がさらに強まったということである。世界の終末時計は、昨年1月に福島原発事故も影響して「5分前」になったが、今回の北朝鮮の核実験でどうなるのであろうか。

 核実験は、人為的に核爆発を起こさせるのであるから、危険度は高いのは当然である。しかし、日本だけでも54基もあり、世界には437基あると言われる。これまでウクライナのチェルノブイリ、アメリカのスリーマイル島、そして福島第一原発で原発事故があり、世界中を震撼させた。

 福島第一原発では、4基の設備がメルトダウンなどの重大な事故を起こし、放射能が気流に乗り拡散し、海流に乗って大洋に広がった。

 チェルノブイリの場合は、短い期間で石棺で覆って放射能を閉じ込めた。だが、福島原発の場合は、メルトダウンした状況さえつかめてなく、もし、次に大地震か何かがあれば大変なことになるのだ。

 地震国の日本では、いつどこで大地震が起き、大津波が発生するか分からない。最近の調査によると、発電所に下に活断層があると言われることろもいくつか見つかっている。

 自然災害によって原子力発電所の大事故が起きれば、それは世界のどこであっても放射能が地球を回り、人間だけでなく、動物も植物も全てが放射能に汚染され取り返しがつかないことになる。

 放射能は洗っても、火で焼いても、化学薬品を加えても、何をしてもなくならない厄介なものである。

 地球上にある原子力発電所が出した、あるいはこれからこれから出される放射性廃棄物は処理の方法さえ見つかっていない。「トイレのないマンション」と評されるゆえんである。糞尿の場合は活用の仕方がいくらでもあり、役に立つが、放射性廃棄物は地球上の全てに何十万年も害を与え続けるのだ。

 核は地球破滅の危険物であるという認識を人類は共有しなければならない。ところが、ここに至っても未だに必要だとか害は少ないと公言している人たちがいる。

 核兵器も原発も、核を使用するものは全て地球破滅の武器になるということを肝の命じるべきである。

 

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2013年2月13日 (水)

「中国語はじめの一歩」から―中国語は積み木(ブロック)?

 「中国語はじめの一歩」(木村英樹著、ちくま新書)という本をBOOK OFFで見つけて面白そうなので買ってきた。読んでみたら予想にたがわずいい本であった。

 「はじめの一歩」という題名だが、内容は全くの初心者から、ある程度勉強した者まで参考になる。説明が大学の授業形式で、その上分かりやすいのがいい。

 その中から、興味深かったのを取り上げた。第1章の17ページ前後に、中国語は積み木(ブロック)と考えると分かりやすいと書いてある。

「中国語は、一言で言えば、さまざまな色や形をした無数の硬い積み木(ブロック)の集合です。そこでは、意味を持つひとつひとつのことばが、あたかも硬質のブロックのように、どれも硬くて形の変わらない固形体をなしています。

 ブロックには、ひとつひとつに意味のラベルが貼り付けてあります。そのたくさんのブロックの中から例えば《ワタシ》、《アナタ》、《愛スル》と記されているブロックを選び出し、《ワタシ》《愛する》《アナタ》の順に並べ替えればそれだけで「私があなたを愛している」という意味になり、《アナタ》《愛する》《ワタシ》と並べ替えれば、それだけで「あなたが私を愛している」という意味になる;中国語とはおおまかに言えば、そんなイメージで捉えることができる言語なのです。」

 中国語は、格変化という形態の変化が起こらない言語なのだ。これが英語だとそうはいかない。

 I love you.   You love me.のように、主格なら「I」、目的格なら「me」というように格の変化が起きる。

 日本語も格変化は持たない言語だが、その代わり、「が」や「を」などの助詞によって主格や目的格を示すようになっている。

 私(は)あなた(を)愛する。 あなた(は)私(を)愛する。

 ただ、日本語は助詞で格を示すので、「愛する、私は、あなたを」のように語順が入れ替わっても意味は通じるという利点がある。

 中国語では、「我愛你」、「你愛我」 (你niは”あなた”だが2人称はこれと您ningしかない)

 他(彼)を使うと、我愛他、他愛我、你愛他、他愛你、となる。著者がいう積み木たる由縁である。気を付けるのは、SVO(主語、述語、目的語)という語順が英語と同じだということである。

 私が子どもの頃、中国人を「チャンコロ」と呼んでバカにしたことがあった。その時中国人を真似るのに「ワタシ、ニホン、クル」、「アナタ、ホン、ヨム」のような助詞抜きの言い方をしたものだった。今思うとこの言い方は、中国語なら少しも不思議なことではないのだ。

 ※この本は1996年初版。AMAZONなどで85円からある。BOOK OFFで350円。

中国語はじめの一歩 (ちくま新書)

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2013年2月12日 (火)

オールジャパン・マジシャンズ・フェスチバルin御園座

 「オールジャパン・マジック・フェスチバル in 御園座」という凄いタイトルのマジックショーが、建国記念日に名古屋の御園座で開催された。

 新聞によると、御園座は近く解体され、積水ハウスが買い取りマンションと劇場に建て直されるという。松平健と川中美幸のショーの間の休みの1日を貰ってマジックショーをやることになったのであった。御園座のような名古屋きっての劇場ではマジックショーはやらないらしいがそれが実現したのだ。

 いったいどんなマジックショーになるのか興味津々で、当日は開演2時間15分前には会場の入り口に並んだ。それでも既に30人ぐらい並んでいた。私から券を買ってくれた人はみなマジックには関係がない人たちばかりであった。当日券の人も含めて12人の人に券を買ってもらったので、その人たちのためにもと思って早めに並んだのであった。12時半ごろにはかなり長い列ができていた。入口には「満員御礼」と書いた札が立っていた。

 13時15分に開場したので、ラッシュして会場の右側の前の方に行った。会場の花道に挟まれた部分は15列まで指定席であった。花道の外側の席を確保した。

 マジックショーは第1部と第2部に分かれていて、16名の出演であった。全国から優秀なマジシャンを集めたということであった。

 舞台は黒幕の背景にアーチ型の大きな飾り幕が下がっていた。

 第1部では、イリュージョンの「夢の中から」や鳩とゾンビの「夢へのいざない」、シャボンを使った「A Big Dream in Small Hand」、花道のせり上がりから始まった「浮世絵」が印象に残った。ハト出しは見事であったが、ゾンビはちょっとくどい感じがした。「浮世絵」は衣装を始めとして改良のあとが見られ、演技にも大舞台を意識したものが感じられた。

 第2部の幕開きは、タップダンスショーで、若者たちが元気よくタップを踏んでいた。SKE48が出ればもっとよかったかも?

 第2部は、よい出し物が多かった。関西奇術連合のイリュージョン、「なにわのダンディズム」もよかったし、地元の将魔の「イリュージョンマジック」は、大掛かりなものも含めて4つも演じたので驚いた。これらのイリュージョンは箱などから人が出現、消失、交換するものであった。

 女性の「江戸の華」は司会者が言った通りの華やかで素晴らしいマジックであった。

 マスクが変わる「masquerade」は中国の変面とは別のもので大変よかった。私個人としては、「Shangiri-la」の3本リングが勉強になった。演じ方が工夫されていた。

 拍手が多かったのは、名古屋の天平のジャグリングで見事なテクニックでほぼ完ぺきな演技であった。

 最後の「青海波に桜散る」は和傘をこれでもかというほど出し、最後に大変大きな赤い和傘を出して驚かせてた。

 和傘のプロダクションは2つあり、どちらも見事な出し方をしていたし、ファウンテンフラワーも3つあったがこれは仕方がないことだ。御園座のような大舞台でマジックをやるには、イリュージョンとか長尺シルクや大きな花を使ったものや傘を使った派手な大掛かりなものが良いと思った。カードや玉などは見難くていけない。

 私の席はサイドの7列目であったがそれでもはっきりと見えないものもあった。指定席でも後ろの方は同じであっただろうと思う。

 司会はダジャレを頻繁に使っていたが、ちょっとくどいと思った。舞台の準備が整うまでの間を持たせなければならないので大変だと理解はするが。

 ゲストの紹介をしていたが、一般の観客にはどうでもよいことである。また、どういう訳か舞台や会場が煙っていたのが気になった。スポットライトを当てても効果が薄く煙が目ざわりであった。

 初めての大劇場でのマジックショーで主催者は大変なご苦労であったと察する。周りの観客の反応から見ると、最後の御園座公演は観客は満足をしていたと感じた。

 

 

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2013年2月11日 (月)

3年間、毎年咲くシクラメン、咲かない水仙

 私はシクラメンが好きなことは何度か書いた。今真っ赤なシクラメンが見事に咲いているし、真っ白なシクラメンも1月の終わりごろからやっと咲き始めた。これらのスクラメンは3年間毎年見事な花を付けてくれている。

 一方、Kさんから貰った越前水仙はなぜか咲かない。この3年間緑の葉が伸びるだけである。

 シクラメンは30年ほど前から毎年育てているが、自分の家で夏を過ごして咲くようになったのは3年前からである。それまでは夏を越させることができず、11月になると新しいシクラメンを買ってきて、翌年の4月末か5月初めまで持たせていた。

 シクラメンは4月いっぱいまで咲かせると育てるのが上手だということを以前に聞いたことがある。だからまあまあいい方かと思っていた。でも、何とか夏を越させたいと思っていた。

 夏の間は日陰に鉢をおいて、水をやらないのがよいと聞いたことがあり、そうやって見てもうまくいかなかった。部屋の中に置いて夏を過ごさせるようになってから咲いてくれるようになった。

 インターネットで調べると、6月ごろに土を替えるとよいと書いてあったが、昨年はサボってそのままにしておいたが咲いてくれた。庭の鉢に植えて夏を越した花が小さなシクラメンも今咲いている。

 ところで不思議でならないのは、越前水仙である。同じ球根の植物なのに葉が増えるだけで花が咲かないのだ。Kさんは肥料のやり過ぎじゃないかというのだが、肥料は殆どやっていない。

 越前水仙といえば福井県の越前岬が有名で海岸沿いの山地に今頃は黄色いきれいな花を咲かせている。寒さにも強いのだが我が家の庭では何故か咲かないのである。

 シクラメンは今年は花が終わったら土を替えて手入れをしようと思っている。

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2013年2月10日 (日)

深刻な中国の大気汚染だが日本も襲われるのは困る

 このところ新聞やテレビや週刊誌で中国北京の大気汚染がよく報道される。8日の朝もたまたまチャンネルを切り替えていたら、みのもんたの番組で中国の大気汚染と日本の関係を取り上げていた。

 北京の映像が映し出されたが、それを見ると四日市公害が騒がれた頃の状況よりひどいように見える。視界50mなどという日もあるようだ。

 マスクをして歩いている人の姿もあったがおそらく気休めであろう。なぜなら普通のマスクでは効き目がないからだ。

 今、問題になっているのはPM2.5という大気中の微粒子である。花粉の1/12だということで、この中には車の排気ガスや工場の排煙などからの硫酸や酢酸などが含まれている。

 それを呼吸の時に吸い込むと鼻では防御できず、肺にまで入り、気管支炎や喘息などを起こしたり、血液中に取り込まれて病気を起こすという。

 吸い込まないようにするには、インフルエンザなどの細菌を防御できる高性能のマスクをすることと室内にいることだそうだ。

 大型電器店では空気清浄機が売れているという。また、福岡では高性能マスクが売り切れたそうだ。

 北京の人たちが付けているマスクは普通のマスクだと思われる。だから効き目はない。

 中国からの大気は2月10日、11日に日本に流れてくると言われる。危険なのは3月から6月の間で、その間に黄砂が来る時期があるので黄砂にくっついてくることも予想されると言っていた。

 中国の大気汚染が日本にも流れてくるというのは困ったことだ。大気汚染は原発の放射能と違いその元を絶てばなくすことができるのだ。中国政府はなぜ放置しているのであろうか。

 北京と言えば中国の首都で、政府機関があるところだ。習近平主席たち要人はどう過ごしているのだろう?日本製の高性能空気清浄器を備えて室内で過ごしているのであろうか。

 日本は公害問題の先進国だから、その経験を伝え、公害除去の設備を売り込んだらよいと思うのだが、日本政府や企業はどうしているのだろう。

 8日の日経新聞によると、中国ではパナソニックやシャープやダイキンの空気清浄器が販売好調だそうだ。前年同期比で3倍も売れているらしい。

 中国メーカーの空気清浄器のシェアは減少しているという。やはり日本製品の品質が買われているのだ。その先進技術を中国に盗られないようにすべきである。

 中国の大気汚染は朝鮮半島には行かないようだから、韓国政府と共同で中国政府に対策を訴えるわけにはいかないのが残念である。しかし、日本政府も強力に中国政府に対策を迫るべきである。

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2013年2月 9日 (土)

何とかならないの?2時間待たされて5分―名古屋市大病院予約診療

 PSA生検の結果を聞くために名古屋市立大学病院に行った。15時から15時半の予約となっていたので、早めの14時45分ごろに病院に着くように行った。

 受付の後採尿をして診察を待った。持って行った本を読みながら順番が来るのを待った。一向に待っている人の数が減らない。観察をしていたら午後は一人の医師でやっていることが分かった。道理で診察に時間がかかる訳であった。八事日赤の方がはるかに効率よくやっている。

 近くで待っている人の中にはしびれを切らして、あとどのくらいかを聞きにいく人も何人かいた。私も本を読んでいたがいつ呼ばれるか分からないのでいらいらしながら時々モニターを見ていた。1時間経っても1時間半経っても全然よばれる気配はなかった。

 トイレに行きたいと思ったが、ひょっとしてモニターに出るといけないと思い我慢をした。やっと呼ばれたのは5時近くであった。それか診察室の前でまた待った。私の前の人は15分ぐらいかかっていた。

 診察室に入ると初めての医師がいた。すぐに結果が告げられた。嬉しいことに前立腺ガンの心配はないということであった。

 私は入院前の採血の結果が気になったので尋ねたら、2.835だということであった。成人健康診査の時のPSAが4.29であったので、大幅に下がっていたことになる。

 それでも医師は「値が低くてもガンのこともありますから生検をやってよかったのです」と言った。私は、「PSA検査の採血のときは自転車で行かない方がいいでしょうね?」と尋ねたら、そうだということであった。やはり、自転車で行くとPSA値が高くなる場合があることがこの日も確認できた。

 2時間も待たされて疲れ切っていたが、結果がよかったので、文句を言うのはやめた。尿検査や血液検査のデータや結果の診断書をもらって診察室を出た。たった5分であった。

 予約でやるのだからもう少し待ち時間を少なくする工夫ができないものかと思った。待っている間の不安な気持ちは何とも嫌なものであるから待ち時間の短縮を考えて欲しいと思う。

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2013年2月 8日 (金)

別格本山・八事山興正寺のあこぎなやり方―朝日新聞スクープ

 八事興正寺といえば真言宗別格本山、愛知県で一番古い五重塔があり、大きな山が自然公園のようになっていて市民にも親しまれている。

 2月5日の朝日新聞によると、その興正寺が僧籍のない、言わば素人同然のアルバイトを使って通夜などをやらせていたというのだ。

 アルバイト僧?はハローワークやチラシなどで募集したのだという。急ごしらえの素人だから真言宗のお経だけは唱えられるようにしたのだろう。「わからない作法は省略して」お茶をにごしたそうだ。

 中には見習いとは知らず、興正寺に布施と寄付金を合わせて200万円を払った人もいるという。その女性は「妹は成仏できたのか。随分バカにしている。謝罪してほしい」と怒っているという。信者を金儲けの対象としか考えていない、詐欺のような寺の行為である。

 見習いの男性は、「興正寺から、見習いと言うなと釘をさされた。遺体の枕もとで枕経や通夜を1人で担当した」と話しているという。作法が分からないので寺に相談したが聞き入れられなかったので納骨の作法を省いたそうだ。

 興正寺の梅村正昭住職は、「一人前になっていない者を我々の中で見習いと呼んでいるだけ。対外的には正僧侶だ。」と述べている。しかし、見習いは総本山の高野山には僧籍として登録されていない。

 また、「未熟ではない。経典や儀式については2年間修行させ、檀信徒の対応を学ぶために外に出している。見習いからひとりでできると確認を取っている」と真っ向から否定をしている。

 さらに「興正寺として依頼を受け、出家者として行かせている。見習いを派遣された檀家の心情など考えたことはない」と答えている。

 興正寺は全然悪いことだと思ってもいないと言っているのだ。世間の常識と寺の常識はかい離しているということなのか。

 元見習いの男性は、失業中京都のハローワークのパソコンで、興正寺の僧侶見習い募集の求人を見つけた。正社員で高卒以上なら経験不問。月給は13万円~15万円。寺内の雑務で受付や販売など幅広い業務、僧侶の資格取得への研修」と書いてあったそうだ。

 こうして集まった見習いの8割は1年未満で辞めたという。応募してくる方も臨時の仕事として来るのであろう。唄のようにお経を上げれば済むと気楽に考えているのだと思われる。

 興正寺ではどんな研修をさせているのかと疑わしく思う。おそらくその場しのぎの使い方をしているのであろう。

 私には初詣で興正寺に行ったときに見た、若い僧?の姿が目に浮かぶ。マイクを持って機械的に「○○様、○歳、家内安全、無病息災」と願い事を読み上げていく姿がである。きっと見習いがやっていたのであろう。

 寺や坊主の堕落が叫ばれて久しいが、葬式仏教である限り改まらないであろう。弘法大師はどう見ているのであろうか。

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2013年2月 7日 (木)

田中原子力規制委員会委員長は世界最高の安全基準を目指すと述べたが

 田中原子力規制委員会委員長は6日の国会で「世界最高レベルの安全基準を目指す」と述べた。しかし、それには大きな?マークがつく。

 朝日放送のニュースキャストで古賀茂明氏が大阪府市エネルギー戦略会議での決定内容を説明した。それによると、

 原発のコストが安いということについて、国は原子力8.9円、石炭、ガス10円ほど、太陽光12円、風力13円(おそらく1kw/hrあたり)といっているがそれはデタラメで、原発のコストは11~17円になるという。それは安全対策、電源交付金、そして事故が起こった際の賠償、除染を入れたらそうなるというのだ。さらに事故の賠償をいれたら何千円!にもなるという。

 一方、再生可能エネルギーを進めれば多くの雇用を生み、経済を活性化させるという。

 (私のコメント:それなら再生可能エネルギーの開発と推進に力を入れるべきなのに、政府も経済界もなぜ原子力発電に拘るのだろうか。これまで1955年から58年間膨大な費用を原子力発電に投入してきたが、その費用の半分でも再生可能エネルギーに使えば安全で地球にやさしいエネルギーが開発できたはずである。)

 
 また、原発のリスクであるが、原子力規制委が安全対策を出したけれども、それは専門家が見たら、世界の笑いものだそうだ。報告書は数十~数百ページもあるが、国際基準に合わせたら、安全問題だけで1万ページを越える報告書が必要になり、さらにそのチェックにも1万ページの報告書が要ると言うのだ。

 活断層について、日本では12万年として、それを40万年に広げるかどうかで大騒ぎしたが、アメリカでは180万年、しかも周囲320kmの活断層が問題になり、地すべりももちろんアウトである。だから日本でアメリカの基準を当てはめると、全ての原発がダメになる。(日本では世界の地震の1/10が集中している。その上魚から基準の2540倍のセシウム検出し、さらにアメリカにも福島の放射能が来ている。だから原発は危険極まりないのだ)。

 もし、田中委員長のいう世界最高の安全基準を目指すことが本当なら日本に原子力発電所は造れないということになるのだが、その点をどう説明するのであろうか。

 古賀さんたちが作った決定は、橋下大阪市長と松井大阪府知事に提案されるが、維新の会は原発を認める方向であり、果たして受け入れられるかどうかしっかりと見つめたい。

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2013年2月 6日 (水)

郷土民謡東海大会

 民謡をやっているSさんから「郷土民謡東海大会」というのがあると聞いて出かけた。金山の日本特殊陶業市民会館ビレッジホールで開催された。

 午前10時半の開演であったが、12時半ごろ会場に入った。この催しは初めてであった。入口でもらったプログラムを見ると、コンクールであった。第37回と書いてあったから長い歴史があるコンクールだ。

 オープニングは大合唱で、二部混声合唱「こきりこ」を歌うとしてあった。いったい民謡の合唱がどんなものになるのか聞きたいと思ったが、遅く出かけたので聴きそびれてしまった。

 午前中には団体コンクールやジュニアのコンクールが行われたようだ。幼児の部、小学校低学年の部、小学校高学年から中学の部に分かれていた。

 休憩の後、12時55分からは、表彰式とコンクールの結果発表があった。見ても仕方がないのでもう少し遅く来ればよかったと後悔した。

 午後1時15分からは第3部で、先ず80歳以上の部のコンクールであった。中には介助者が付き添って出てくる人もあったが、皆さんしっかりと唄われて、さすがに年季が入っていると思った。80歳以上とは思えない若々しい人もいた。

 宇和島さんさ、吾野機織唄、稗搗節、設楽さんさ、宮津節、越中おわら節、磯原節、酒屋節、美濃紙漉き唄、船こぎ渡し唄、新川松阪、コツコツ節、筑後酒造り唄など多彩であった。

 7名入賞というので、プログラムに○を付けながら聴いた。歌う時間は短い人が多かったが中には長い人もいた。予定より10分早く終わった。

 次は、70歳から79歳の部のコンクールで入賞は半数の11名としてあった。七之助節、新庄節、天竜下れば、津軽三下り、米山甚句、宇和島さんさ、岡崎五万石、新潟松阪、宮津節、おんばい節、人形甚句、酒屋仕込み唄、南部酒屋酛摺唄、坂田甚句、秋田酒屋酛摺唄、薩摩義士の唄、筑後伊勢音頭、勝浦節、木曽節、さんさ時雨、秋田大黒舞などであった。

 皆さんはコンクールなので緊張されたかもしれないが、朗々と歌われたので感心した。民謡は仕事唄や労働唄が多く、その多彩さを聴くことができたのがよかった。

 その後、会主のうたごえで、斎(いわい)千龍さんが「郡上さのさ」を、蟹江尾八(びはち)さんが「置賜しょうがいな」を唄ったが、さすがに指導者だけのことはあると感じた。

 それから65歳以下で高校生まで下がって行くのだが、残念ながら用があるので帰った。

 このコンクールは、名古屋市近辺にある10の民謡グループが合同で行っているのだと知った。愛知県知事賞、名古屋市長賞、中日新聞社賞、テレビ愛知賞など6つの賞があり大規模なものだ。

 ただ感心しないのは、中央の一番良い席を3列も空席にして、そこに審査員が3人座っていたことだ。それほどにしなければ審査ができないのか疑問である。

 席は入れ替わるからいつもどこかに空席があるとはいえ、隣の女性が荷物を置いていたのには驚いた。荷物は膝に置くべきであろう。

 観客も出演者も高齢の人が多く、しかも、女性が多かった。若い人にも興味を持ってもらうことが大事だと思った。

 会場のロビーには、近県の特産品の売り場もあったが、安いと言っていたが決して安くはなかった。

 三味線関係の店も出ていて、1棹70万円のものも売っていた。きっと音色のよい三味線なのだろう。

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2013年2月 5日 (火)

アベノミクスで円安・株高になったのではない

 マスコミはアベノミクスを囃し立て騒がしい。2月1日の朝日新聞でもアベノミクスで円安・株高が続いていると書いてあった。

 ところが、1月31日のテレビ愛知「モーニングサテライト」に出演した若林栄四氏の説が正しいとすると、アベノミクスがなくても円安・株高のトレンドにあったことになる。

 番組では、若林氏は、これまでにも円高や株安などを言い当てた人だと紹介された。キャスターが「どうして当たるのですか」と尋ねたら、「それはずーっと研究をしているからですよ」と答えていた。

 若林氏の見るところでは、74円の円高が底で、そこからは円安に入ったのだそうだ。2011年10月の75円53銭と2012年2月の76円03銭のダブルボトムで円高相場は終わったというのだ。理由は、ほぼ完ぺきな黄金分割の日柄を踏んだ相場だからだという。黄金分割やチャートについて説明があったが私の理解を超えた。

 しかし、その指摘の通りに円安・株高に動いていることは確かである。ところが世間ではそれをアベノミクス効果だと宣伝しているのが問題だと思う。

 たまたまアベノミクスが引き金になったかもしれないが、いずれはトレンドが変わることになっていただけなのだ。それをアベノミクスの手柄のように言うのはおかしいと言わざるを得ない。安倍首相は「運が良かった」だけなのだ。

 若林氏によると、曲折はあるものの、円安方向は変わらず、121円を目指すという。また、株高も同じでこれから5年ぐらいは株高をエンジョイできるという話である。

 円安によって企業業績が回復する兆しが見えてきている。企業は長期の円高により耐性を強めていたから円安になると一気に利益が拡大することになる。問題は勤労者など一般の人々がそのおこぼれにあずかれるかどうかである。アベノミクスは企業の業績が上がれば働く人の給料にもよい影響があるとしているが、果たしてそうであろうか。

 企業は内部留保を高めるだけで容易には給与に反映させないという見方がある。そうなれば企業だけが儲かって一般国民は消費税増税もあり苦しめられるだけとなろう。

 

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2013年2月 4日 (月)

名雪審議官の情報漏えい事件は氷山の一角

【原子力規制委員会に猛抗議を!~】

「いつかは青空 脱原発」からの転載です。

  サンデーモーニングでもこの問題を取り上げていました。相も変わらぬ「原子力ムラ」のひどさを指摘していました。

 「原子力ムラ」の変わらぬ体質を露呈させる事件が発覚しました。原子力規制委員会は2月1日(金)夕方、「緊急会見」を開き、事務方である原子力規制庁の「ナンバー3」、地震・津波担当の名雪(なゆき)哲夫審議官を、日本原子力発電(原電)敦賀原発の断層調査の報告書原案を有識者評価会合前に原電に渡していたとして、訓告処分にしたと発表しました。規制委は名雪氏を更迭、同日付で出身官庁の文部科学省に出向させました。
なんとも大甘の「処分」です。

断層調査:原電に原案漏えい 規制庁審議官を更迭(2/1、毎日)
http://mainichi.jp/select/news/20130202k0000m040127000c.html

敦賀・破砕帯の公表前文書、審議官が原電側に渡す(2/1、読売)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20130201-OYT1T01329.htm

原子力規制庁審議官が活断層内部資料漏らす 訓告処分に
(動画:2/1、FNNニュース)
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00239753.html

  原子力規制委員会は、事件が1月23日に発覚したのに公表を引き延ばし、2月1日(金)の夕方になって「緊急」記者会見を行いました。これは、この間相次いで行われた、防災指針、新安全設計基準、新安全基準の各骨子案とりまとめへの波及を避け、金曜夕方に公表することでメディアの扱いを弱め、翌日からの抗議(特に電話)の殺到を回避することを狙ったものであることは明白です。

また、責任を名雪氏個人に押し付け、組織としての関与や責任に蓋をしています。規制委員会、規制庁の度し難い隠ぺい・無責任体質を許すわけにはいきません。

  この漏えい事件を隠したまま行われた、この間の各骨子案のとりまとめは無効にすべきです。拙速なパブリックコメント(意見募集)も中止すべきです。まずは、この事件の真相を徹底究明(独立した調査団によって)し、他にも同様の行為がないかを調査し、規制委・規制庁に組織としての責任を取らせるべきです。

  また、「非はない」と開き直る日本原電の徹底調査と処分も行わせるべきでしょう。隠ぺいとごまかしにより収拾を図ることを見過ごすことは出来ません。

★ぜひ、規制委員会(規制庁)にあてて、強い抗議の声を集中してください。この週末にファックスやメールで。また週明け4日の月曜日にはぜひ電話で抗議を伝えてください。一人でも多くの声が届くことに意味があります。ツイッター等でもぜひ広めてください。

【規制委員会に猛抗議を!】
名雪審議官の情報漏えい事件を
 「うやむやにするな」 「真相究明を」「個人責任にするな」
 「パブコメ中止し、骨子案まとめやり直せ」
 「日本原電への調査、処分を行え」

◆広聴広報課
(FAX)03-5114-2175
(TEL:月曜以降)03-5114-2105
 規制委への質問・意見 https://www.nsr.go.jp/ssl/contact/

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2013年2月 3日 (日)

次々に明るみに出る体罰、暴力による選手指導

 桜宮高校バスケット部顧問の体罰が原因で生徒が自殺した問題を契機として、次々に体罰事件が明らかになった。

 この愛知でも県立豊川高校の陸上部の顧問による体罰が発覚した。また、ここにきて柔道女子日本代表の園田隆二監督とコーチの暴力やパワーハラスメントが明らかになり、同監督は辞任に追い込まれた。

 柔道女子の15人の選手の勇気ある行動が暴力の存在を明らかにしたのであった。園田監督は「叩いて強くなると思った」と述べているが、その認識が問題である。

 JOCの竹田恒和会長は、「氷山の一角、柔道だけじゃないでしょう」と話したという。おそらくスポーツ界全体に体罰による指導が蔓延しているものと思われる。

 体罰は戦前の日本では当たり前のことであった。その最たるものが軍隊で、階級の低い兵士は、上官にことあるごとに暴力を振るわれた。海軍には精神注入棒というのがあってそれで引っぱたかれた。

 学校でも例外ではなく、げんこつや平手打ちは常に行われた。また世間全体に暴力をよしとする風潮があった。

 イギリスのデーリー・テレグラフは、「20世紀初頭の軍隊的やり方が残っている」と指摘したそうだ。

 いったい、体罰や暴力による指導は日本だけのものであろうか。欧米などの国々では体罰による指導はないのであろうか。もし、日本に固有のものだとすると、暴力で強くするという指導は全く邪道である。

 オリンピックや世界選手権で活躍する強豪の外国選手が、暴力でない指導で力を発揮しているのだとすれば、日本の指導は恥ずべきことである。

 勝てばいい、勝つためには何でもありで、暴力を振るった指導がまかり通ったのであろうが、どう考えても非科学的なやり方である。どうして科学的な、合理的な指導で選手を強くできないのであろうか。それが不思議でならない。

 今度の事件がきっかけとなって、スポーツ界の指導が見直され、改善の方向に向かうと指摘するコメンテーターがいるが、是非そうあってほしいものだ。

 暴力指導が発覚したらそのチームは即出場停止処分にするべきである。

 

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2013年2月 2日 (土)

中国は食べ残し文化に警鐘

 中国では、食事に出された物を残すのがよいとされる文化がある。食べ残すことは十分に頂きましたということを意味するのだ。もし、きれいに食べてしまったらもてなす方は追加をして作らなければならない。

 似たような習慣はイギリスにもあり、ビールを飲むときは最後は少し残して終わるのだと聞いたことがある。

 日本では昔からもったいない精神があるから、幼少の頃から「残してはいけませんよ。」「きれいに食べなさい。」と躾けられて育つ。学校給食でも残さないで食べるよう指導される。

 フランスでは、スープや皿のソースをパンで拭ってきれいにするということを聞いたことがあるが、フランスへ行ったことがないので定かではない。

 それぞれ食文化の違いによってマナーにも違いがあるのは興味深いことである。

 中国では、経済の発展にともない豊かな層が拡大し、食べ方が一層贅沢になった。中でも役人を接待する宴では超高級料理が出され、その食べ残し量がはんぱでないのでテレビなどで問題にされている。元々食べ残すのをよしとする文化であるが、さすがに目に余るので、改めるようにとキャンペーンがされているそうだ。

 昨日のNHKテレビでは、きれいに食べることは「栄誉」だというキャンペーンのことを伝えていた。また、若者のグループが「残さず食べてお皿をピカピカにしよう」という「光皿運動」を始めたことを伝えていた。

 中国全体では、いまだに貧困な人々が多数を占めるわけで、食料も輸入に頼っているものもある。一部の富裕層が古来の食マナーをいいことに食べ残し、食いチラシをやっているのはよくないことだ。

 伝統文化だから正すことは難しいかもしれないが、日本のように「もったいない精神」を養うようにするとよいと思う。

 ノーベル平和賞を受賞したケニアのマルタイさんは、日本の「もったいない」を世界に紹介した。「もったいない」は日本の誇るべき世界遺産である。ユネスコも「もったいない」の普及に努めてほしいと思う。

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2013年2月 1日 (金)

安倍首相の所信表明と「深き憂国の念」

 安倍首相は、28日の国会での所信表明演説で「国家国民のために再びわが身を捧げんとする私の決意は、『深き憂国の念』にあります」と述べた。

 続けて、「危機的な状況にある我が国の現状を正していくために、なさなければならない使命があると信じるからです」と話した。

 その危機として次の4点を挙げた。

①日本経済の危機

②復興の危機

③外交・安全保障の危機

④教育の危機

 しかし、これらの危機を招いたのは戦後政治のほとんどを担ってきた自民党政権がもたらしたものではなかったのか。

 経済危機について、「デフレと円高の泥沼から抜け出せず、50兆円とも言われる莫大な国民の所得と産業の競争が失われ、どれだけ真面目に働いても暮らしがよくならない」状態を作り出したことへの反省がどこにも見られない。長期にわたる円高をもたらしたのも、自民党・公明党政権であったのだ。真面目に働こうにも給料が低く不安定な雇用状況を作り出したのはやはり新自由主義経済を掲げた自民党・公明党政権であった。それを忘れてもらっては困るのだ。

 復興の危機では、「32万人近くにも及ぶ方々が住み慣れた故郷に戻れないまま、遅々として進まない日が新本大震災の復興」というが、その原因の一つである福島第一原発事故についてはどこにも触れられていないのはどういう認識なのか呆れて物が言えない。

 原発の安全性について「安全神話」を強調し、どんな災害があっても大丈夫だとして若しやの事態への対策をおろそかにしてきたのが自民党であった。公明党もそれに加担をしたのだ。その反省が一言もなく、ましてや今後の脱原発についても無視しているというのはどういうことか。

 外交・安全保障の危機では、日米同盟を一層強化し、ASEAN諸国との関係を強化していくとしている。領土・領海・領空は断固として守り抜くことを宣言すると述べた。しかし、言葉の裏に憲法を改悪し、さらにはアルジェリアでの人質事件を契機にして自衛隊の海外派兵を目論んでいることが隠されていることに気付かねばならない。

 教育の危機では、「いじめが続発して、この国の歴史や伝統への誇りを失い、世界に伍していくべき学力の低下が危惧される。」と述べた。

 校内暴力やいじめが頻発するようになったのは今に始まったことではない。30年以上も前からのことなのだ。この間モンスターペアレントが出現し、いじめも増加の一途である。その間の政権は自民・公明であったのだ。

 また、学力が低下したというがその原因を作ったのは18年ほど以前の指導要領改訂で「ゆとり教育」が進められたことにある。

 歴史や伝統への誇りを失わせたのは日教組だと言いたいのであろうがそれは全く違う。安倍首相は何かというと日教組を誹謗するが、教員たちはみな正しい歴史認識を教え、よりよき日本の伝統を守り受け継ぐ努力を続けて来たのだ。夢や希望をもてない政治を貫いて来たのは自民党政権であったことへの反省をするのが先であろう。

 安倍首相は所信表明で「深き憂国の念」と述べたが、多くの国民、とりわけ戦争を嫌い、平和を愛し、憲法25条にあるような最低限度の文化的な生活を平穏に送りたいという庶民が抱く「深い憂国の念」はその対極にあるものだ。

 日本が集団自衛権を行使することや憲法を改悪することや行政の厳しい管理統制のもとに教育を位置付けることを深く憂慮するのである。

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