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2013年1月

2013年1月31日 (木)

「しゃべり力」という力

 昨日は27日の朝日新聞から「○○力」について取り上げた。一日前の26日のbeの「お金のミカタ」という欄に「『おしゃべり力』を身につけて人生を豊かに」ということを金子由紀子さんが書いている。

 行きつけの喫茶店で、金子さんはおしゃべりに花を咲かせる中高年女性の会話が耳に入ってくるそうだ。話題は多岐にわたっていて、ご近所の噂から芸能人の噂話、最近の政治に関する意見までさまざまだという。

 こういうおしゃべりを「たかがおしゃべりとあなどるなかれ。「おしゃべり力」は、実は社会共有の財産なのだ。」と書いている。

 「おしゃべりの題材の中には自治体の担当部署には見えづらい、地域の重要な問題が含まれていることもしばばあるようだ」という。それが行政に反映されるなどよい動きにつながる可能性を指摘する。

 「おしゃべり力」は、個人の生活をも豊かにする。なにしろ金がかからない。人間関係を円滑にし、人々をつなぎ、最高のレジャーだという。買い物をするにも、道を聞くにも、「おしゃべり力」が高いと得をすると述べる。

 「一文の得にもならないかに見える『おしゃべり力』だが、実はやはり、見えないところで私たちの暮らしを豊かに、安心できるものにしている。」と書いている。

 私は、自分では常々「おしゃべり力」が弱いと感じていて、「おしゃべり力」が旺盛な人を羨ましく思っている。

 もっとも、「おしゃべり力」をどう定義するかということもあるが、ここでは日常生活での日常会話の「おしゃべり力」ということにすると、私は弱いことになる。

 知人の女性の中にとりわけ「おしゃべり力」の高い人が何人もいる。概して女性はおしゃべりなのだが、その中でもとりわけ「おしゃべり力」に秀でているのだ。

 どこかで初めて会った人にでも気楽に声を掛けたり、見知らぬ人が多い会合でも場の雰囲気を和ませたりする。

 私が羨ましいと思う「おしゃべり力」に、「冗談」がある。ダジャレやジョークがポンポンと口をついて出る人がいる。私は落語が好きだから、どうしたら冗談が言えるのか気を付けて学ぼうとしているのだが、なかなか実践できない。

 ただ、「おしゃべり力」があり過ぎるのは、過ぎたるは及ばざるが如しでいけない。そういうおしゃべりな人は、得てして自分だけが喋って喋って喋り捲り、他の人に話す機会を与えない。中には電話で一方的に喋り相手を聴くだけにしてしまう人もいる。

 結婚式の挨拶は短いに越したことはないと言われる。長々と話すのは聞いている方がうんざりするが、会合などで延々と話す人がいる。そういう人は自分の話に酔っているのだとしか思えない。

 おしゃべりは楽しくていいものだが、相手や周りの人のことも思いやって、話すべきだと思う。二人ならキャッチボール、3人以上ならバレーボールのように貰ったら必ず返すことが大事である。

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2013年1月30日 (水)

地方自治体教職員や警察官の早期退職問題

 国家公務員の給与削減法案に準じて地方公務員も退職金が減額されることになった。その実施が3月からとなる愛知県、埼玉県、佐賀県などでは教職員や警察官に大量の早期退職者が出ることになった。

 警察官の場合は余り問題にされていないようだが、教員については問題視されている。それは警察官と違い教員は直接児童・生徒と関係するからである。

 1年で一番大事な学年末の3月を残して、2月一杯で退職されたら、児童・生徒の成績処理や卒業式などの行事にも大きな影響が出る。しかし、それを知りながら敢えて退職を決意するのは、一か月の差で退職金が150万円も少なくなるからだ。3月を勤めて月給を貰ったとしても100万円余りの違いになるのだ。

 不思議でならないのは、どうして実施時期を1か月を延ばすことができなかったのかということである。大村愛知県知事は、「公務員の給与体系は民間準拠。筋を通して制度改革をやる。少なくとも年度内に施行しないと県民目線から見ておかしいのではと言われる」と力説した。

 教職員の場合は、戦前は聖職者と言われ、薄給にも甘んじてきたところがある。仕事柄金に拘るのは恥ずかしいことだし、まさか早期に辞めることはないだろうとたかを食ってきたところがあるのではないか。

 教職員とて人間である。ましてやたった1か月のことで100万円も損をするとなれば早期退職をするのは当然ではないか。これは行政の責任である。来年度の4月実施をすべきであったのだ。

 ここに来て早期退職をする教員へのバッシングが始まっているが、それはお門違いである。佐賀県は、退職後講師として再雇用をすることで解決しようとしているがそれが妥当な線である。

 埼玉県も同じような方向を考えていると聞く。ところが愛知県は、自己都合で辞めた者を再雇用することはないという立場である。

 同じ公務員でも警察官は問題にならなくて教員だけは倫理の問題として扱おうというのはおかしい。

 該当者全員を2月退職にして、3月に再雇用をするというのが最良の解決法だと思うが如何であろう。ただ、事務手続き上は仕事がふえて大変ではあるが。

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2013年1月29日 (火)

「○○力」というタイトルの本が溢れている

 以前から本の広告や書店に「○○力」というタイトルがついた本をよく見かけると思っていた。やはり誰でもそう感じていたらしく、朝日新聞1月27日の「ニュースの本棚」欄に「あふれる『○○力』」という記事が載った。書評を書いたのは、早稲田大学非常勤講師の巻の智和という人だ。

 それによると「○○力」のブームはまだ続いているとしている。「○○力」小史という表が付いている。それによると、次のようである。

 1996年 中央教育審議会から「生きる力」が出された。私が勤めていた終わりの頃

       だ。

 1998年 老人力(赤瀬川原平 筑摩書房) これが始まりではないかという。

       恋愛力(雑誌ananの特集)

 2003年 「人間力戦略研究会」(内閣府)

 2006年 社会人基礎力(経済産業省)

 2007年 鈍感力(渡辺淳 集英社)

       伝える力(池上彰 PHPビジネス新書)

 2008年 悩む力(姜尚中 集英社新書)

 2012年 聞く力(阿川佐和子 文春新書) この年のベストセラー1位だそうだ。

 この他にも、「断る力」(勝間和代)「榊原式スピード思考力」(榊原英資)

 「マネー力」(大前研一)「読まない力」(養老孟司)「決断力」(羽生善治)・・・・など

 たくさんある。

 こうした傾向について、筆者は「『○○力』が」次々と生まれ、世の中に広がることは、今まで漫然と見過ごされてきたさまざまな事柄が『実はこれってコントロール出来るものなんですよ』と書き換えられていくことなのではないか。」と指摘している。

 さらに「かつて世の人々に共有されていた生き方や働き方についての『定番』が揺らぎ、人々は自らの力で、人生のさまざまの局面をサバイバルして行かねばならなくなった。そのような変化の対応物が世に溢れる『○○力』なのだ」

 「このとき、人生における失敗は『○○力』を高められなかった個々人の責任になる。」

 一方で、「今何が揺らぎ、何が新たに作り直されようとしているのかをまさに示しているのだと考えられないか」と述べている。

 HOW TO本は具体的に何かの事柄、スキルについてやり方や上達法を伝授したものだが、「○○力」は生き方について教えるもののようだ。

 戦前は先輩とか地域社会が生き方について指導したのであったが、戦後は経済成長とともに地域社会が崩れたり、核家族化が進行したりしてそういうことはなくなった。

 経済成長が突然のバブル崩壊で終わりその後の失われた20年の間に労働環境が大きく変わり、終身雇用の正社員がどんどん減少し、派遣社員などの不安定な雇用が増加して行った。それは自民党政権時代に作られたものであった。そうした中で「○○力」のような本が出されるようになったのだ。

 そういう意味では、自己責任で生きなければならない時代になったのだと言える。ところで私はこの手の本を1冊も読んだことがない。読みたいとも思わない。

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2013年1月28日 (月)

えっ?「ネガポ」―初めて知った、でも、ちょっといい言葉!

 「ネガポ」という言葉を初めて知った。主婦の友社から「ネガポ辞典」というのが刊行されているらしいが、1月26日の朝日新聞beを読むまでは知らなかった。

 ネガポというのは、ネガティブ(否定的)な言葉をポジティブ(肯定的)に言い換えるのだそうだ。

 朝日新聞デジタルのウェブサイトで12月下旬にアンケートで調査した結果が載っている。それによると次のようである。

 第1位 いい加減→おおらか (彼は仕事がいい加減だ→彼はおおらかで多少のミ

      スは大目に見てくれる)

 第2位 気が多い→好奇心旺盛 (彼女は気が多くて信じられない。本命は誰なん

      だ?→自分の周りの人に人一倍、好奇心をもてるってステキだ)

 第3位 付き合いが悪い→「NO!」と言える。(気が進まないものは、嫌なものは嫌

      とキッパリ断ることができる)

 第4位 飽きっぽい→切り替えが早い (今取り組んでいる事柄から次の事柄へ関

      心を移すのが早い。少しでも気になることがあれば、ためらわずに挑戦で

     きる)

 第5位 退屈→平穏無事 (何もすることがないのは人生で一番幸せな時かもしれ

      ない。面白いことを見つけに行く準備はもうできている)

 物事にはすべて両面がある。だから片面からネガチブに見えることでも見方を変えればポジチブな見方ができる。そこに目を付けてそれをコトバ化したのが素晴らしいし、面白い。

 世の中を生きていくのに、ネガチブ思考ではなくポジティブ思考で・・・とはよく言われることである。昔から「禍福はあざなえる縄のごとし」と言われる。似たような中国の故事に「人間万事塞翁が馬」というのもある。

 不幸のように、人に強いダメージを与えることでも、それが次の幸につながることもあるし、悪いことばかりでなく、その後にはきっとよいこともあるということを教えているのだ。

 このネガポ辞典は、蠣崎明香莉さん(20)と荻野侚子さん(20)という二人の札幌大学生が作ったのだそうだ。蠣崎さんが自分の体験から、どうせ同じことをするなら、前向きになれる言葉を選ぶようにすれば、生きる自信がつくはずだと思いついたのだという。

 ネガポ辞典は主婦の友社から出版されて5万部も売れているということだ。公式サイトは http://ameblo.jp/negapo210/

 ちなみに、6位以下は、

 頭が固い→芯が強い    失敗→成功への架け橋   1匹狼→自主性がある

 空気が読めない→周りに流されない   往生際が悪い→粘り強い

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2013年1月27日 (日)

取り戻すのは古い自民党政治だ!

 安倍政権は、3本の矢に例えたアベノミクスで矢継ぎ早に政策を打ち出している。大変スピード感があり「なかなかやるな」という印象を与えるが、中身はというと、一言で言えば「古い自民党政治を取り戻す」ことだ。

 選挙中のスローガンとして、自民党は「取り戻そう、日本」を掲げたが、取り戻す日本の内容がここに来てはっきりとしてきた。

 NHKは自民・公明が決定した2013年度税制改正大綱について、ニュースとして淡々と伝えた。我が家は朝日新聞しか取っていないので他のマスコミがどう伝えたかは知らない。

 25日の「天声人語」は、朝日なりに皮肉が利いていた。まず、「自民党の電光石火の『先祖がえり』を目の当たりにしたと書いた。私が感じた通り古い自民党政治に戻ったというのだ。

 続いて「早手回しの復古は、経済再生の手順に鮮明だ」と念を押している。「厳しい財政下で脱デフレをいそぐにあたり、産業界と公共事業への深い『理解』がのぞく」と書いている。

 深い理解とはちょっと皮肉ったのだろうが、もっとはっきりと大企業と公共事業の名目で絵の大盤振る舞いのばら撒きと書いて欲しかった。企業にはいろいろな形での減税を用意した。

 また、自動車産業界の意向を汲んで自動車取得税が廃止される。その一方で自動車重量税は「特定財源」として道路をどんどん造ることにするようだ。「受益者負担の性格を明確化するため、税収について道路の維持管理・更新の財源として位置付ける」と明記した。自民党の議員は「読めば道路特定財源だよな」と言ったそうだ。

 巧みに抜け道を潜り込ませるのは他にもある。富裕層への増税を打ち出しながら他方で「孫への教育資金としてひとり1500万円まで贈与できる」とした。1500万円を贈与できるのはかなりの大金持ちである。

 一方私のような年金生活者や低所得層は踏んだり蹴ったりである。消費税の増税でまともに影響を受ける。公明党が主張した軽減税率は捨て置かれた。非正規社員が35%にもなり、収入の不安定な人が増えているし、年金にしても減額されたり、介護保険料や国民健康保険料が増額するなどで苦しい状態だ。

さらに生活保護費の支給額が削減される。増え続ける生活保護受給者に困ってのことだ。これをみても安倍政権が弱者には目もくれない冷血政権(今年は蛇年だった・・・)だということが分かる。減らすべきは「政党交付金」や議員定数であろう。

 週刊誌に小泉政権で格差を作ったあの竹中平蔵氏がまた復活したと批判している人がいた。正社員が減りフリーターや派遣社員やアルバイターが増加した原因を作ったのを忘れてはいけない。

 アベノミクス以外にも安倍政権が古い日本を取り戻そうとしているのは教育改革である。「教育再生実行会議」というのが始動した。安倍首相が「経済再生に並ぶ最重要課題」と位置付けているのだ。委員には安倍首相の考えを推進する右寄り保守の人を揃えている。

 参議院選挙が終わると一気に動き出せるよう今は静かに準備をする段階である。

 道路族、建設族、教育族など族議員が続々と大手を振って予算という金に群がる構図が見えて来る。それが安倍政権の「取り戻す日本」の姿である。

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2013年1月26日 (土)

名古屋市大病院で前立腺生検

 前開きの寝巻で待っていたら、10時15分ごろ、看護師がストレッチャーを引いて迎えに来た。帰りはストレチャーに乗って来るのだと思った。11階の泌尿器の検査室に入った。3段の階段を上って手術椅子に座った。

 手術を担当する医者が来て「30分ぐらいで終わります」と言った。担当医と違う人だったので「違う先生がやるのですか」と聞いたら、「日によって検査の医師が決まっていて一日に何人もやります」と答えた。それなら安心かと思った。

 医者が隣の部屋に行くと看護師が「30分から1時間ぐらいです」と言ったので、「えっつ、1時間も?」と言ったら、「普通は30分ぐらいです」と言った。

 先ず、医者によって点滴が腕にセットされた。続いて右腕に血圧計がセットされた。手術中時々測るのだそうだ。それからパンツを脱がされた。看護師が○を上に向けて腹にテープで固定した。

 医者が「肛門付近を消毒します」と言って消毒した。「股を広げます」と言って操作をすると足を載せている台が動き股が広がった。「肛門にちょっと太い器具を入れます。痛いかも知れません」と言って、筒のような物を差し込んだ。ちょっと痛かったがそれより便意を催したのが困った。でも、器具が収まったら便意も収まった。

 空気を入れて膨らませているようでモニターには直腸の内部が映っていた。しばらく様子を探って、医者が「麻酔をします。痛いですよ」と言った。麻酔を打つときは痛いものだ。右側、左側と麻酔を何か所かに打った。その度に痛かった。

 医者が「音がしますが驚かないで下さい」と言って、パンと鳴らした。細胞を採取するときに鳴るらしかった。

 医者が「刺しますよ」と言って太い筒の先に15cmぐらいの長い錐のようなものがついた器具を手にして刺した。壁の時計を見たら10時35分であった。刺したときは麻酔がしてあるのに嫌な痛みが走った。「痛い!」と言ったら「麻酔がしてあっても痛みます」と言った。

 モニターで見ながら針を刺して「パン!」と音を立てた。モニターに白い線が走った。それを右側5回、左側5回やったのだ。モニターを見ることができるのだが素人には画像は読み取れなかった。天皇も前立腺検査をしたがきっと静かに手術を受けられたのだろうと思った。こちらは凡人だから痛いときは痛いと言った。

 「終わりましたよ」と言ったとき、時計は10時38分ぐらいを指していた。「10分ぐらいでしたね」と言うと、医者は「麻酔の方が時間がかかるかもしれませんね」と言った。結局準備も含めて30分であった。

 天皇でもこのような格好をさせられたのだと想像して「天皇もこういうふうにやったのでしょうね?」と話したら、「そうでしょうね」と医者が答えた。

 前立腺肥大がないか尋ねたら「計算してみないと分かりませんが少し大きいようです」と言った。前立腺肥大もPSA値に関係があるのだ。

 帰りはストレッチャーではなく車椅子であった。立ち上がって車椅子に乗り、迎えに来た看護師に押してもらって部屋に戻った。「車椅子に乗るのは初めてですよ」と話した。今後歩けなくなって車椅子で押してもらうのは御免だと思いながら。

 病室に戻ると1時間の安静でベッドに横になった。点滴は5時間付けていなければならない。1時間ぐらいして小便がしたくなったので備え付けてあった尿瓶にした。かなり出たが異常はないようであった。そこへ看護師が来て安静は終わりと告げ、点滴を移動式に切り替えてから尿瓶を持って行った。

 昼食は部屋で摂った。午後2時にガーゼがはずされた。点滴は意外に時間がかかって4時15分ごろはずされた。その日は後はやることがなくテレビを見たり、電話をしたりして9時に就寝した。翌朝までよく眠れた。

 10時の退院時刻までやることもないのでカードマジックの復習をして過ごした。尿の調子も普通であった。

 家に帰って風呂に入りくつろいだ。ところが、3時過ぎにトイレに行ったら真っ赤な血尿が出て、更に1時間後にはもっと多く出た。驚いて市大病院に電話をしたら泌尿器科の看護師が「後からでも血尿がでます。水分を多く取ってください。尿が出れば大丈夫です。もし、困ったときはいつでも来て下さい」と言った。それでちょっと安心をした。

 それからインターネットで調べたら、大変親切な詳しい説明がありホッとした。一週間も経ってから出血することもあるのだそうだ。太い針を腕に1cmぐらい突き刺したらどうなるか分かるでしょうと書いてあった。自然に止まるのを待つのだそうだ。ただ、自転車には1週間ぐらい乗ってはいけないそうだ。

 ※詳しい説明のアドレス

 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1367387343

 

 23日の朝食

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2013年1月25日 (金)

前立腺生検で名古屋市大病院に入院

 先だってPSAの値がやや高かったことを書いた。それで「生検」を勧められ1月21日から23日まで2泊3日の入院をして「生検」を受けた。

 21日は「混むから30分ほど早く来るように」という電話があり、早めに出かけたが、別に混んではいなかった。

 初めての名古屋市立大学病院入院であった。建物は新しく建設されたり、リニューアルしたりで全く不案内であった。教えてもらった通りに行くと4台のエレベーターがあった。それで12階まで行ったが、どこにナースステーションがあるのか分からなかった。案内板もなく通りかかった人の後を行ったらあった。

 後で病棟を歩き回ったとき、北と南に分かれていてそれぞれが迷路の様な病棟だと思った。そのことを看護師さんに話したらそう思うと言っていた。

 入院当日はオリエンテーションと血圧や体温を測るぐらいで何もすることがなかった。なぜ前日から入院するのか・・・?と思った。

 4人部屋で、八事日赤のときと同じような造りであったが、シャワートイレが備わっているのがよかった。同室の人とはカーテンで仕切られていて顔を合わせることはなかった。

 廊下にあるユニバーサルトイレは、掌をかざすと開閉する自動であった。広くて使いやすかったが、最初入った時に「自動で閉まりますから、出るときは触れないでください」と書いてあったので、そのまま立っていたらいつまでも閉まらなかった。「出るときは触れないでください。自動でしまります」と書いてあれば分かりやすいのだ。そのことを看護師さんに伝えたらその通りですねと言った。

 やることがないから、持って行った本を読んだり、カードマジックの復習をしたりして過ごした。カードマジックは長い間復習していなかったのでほとんど忘れていた。

 夜は「NHKニュース」や「クローズアップ現代」や「鶴瓶の家族に乾杯」を見て9時に寝た。消灯時刻は10時だがいつもの習慣を守った。

 その夜はときどきうつらうつらとする時があったが朝6時20分ごろに起床した。歯を磨いていたら看護師さんが来て「今から浣腸です」と言った。前日に浣腸は何時ごろかと聞いた時は分からないと言っていたのにいきなりで驚いた。

 ベッドの上で横になりお尻に注射器のようなものを突っ込まれて浣腸をされた。5分ぐらい我慢するようにと言われたが、我慢できるものではない。すぐにトイレに飛び込んだ。便意がものすごく我慢できずにしてしまった。水のようなものがたくさん出て最後に便が少し出た。いつもの朝の量と比べるとずっと少なかった。

 朝は絶食でお茶か水だけはOKであったのでお茶を飲んだ。8時ごろにまた便所に行きたくなったので行ったら水のようなものばかり出た。私は食後にも便をする癖があるのでお茶をたくさん飲んだ。そのせいか9時半ごろにまたトイレに行きたくなった。今度は残っていた便が出たので良かったと思った。

 10時15分ごろに小便をして出てくると看護師さんが「今から処置室に行きます」と呼びに来た。

 ※病院食について

  入院中に4回の食事を食べたがいずれも薄味でも上手に味付けがしてあった。でも、70歳ぐらいの女性が「とても食べられないくらいまずい。何か持って来て」と家に電話をしていた。先入観でまずいと思っているのかもしれないと感じた。私は味わって食べる方なので一向に気にならない。

 なお、帰宅後体重を測ったら61kgで1.7kg減っていた。

               ―つづく―

 

 

21日 夕食

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 22日術後の昼食

Cimg5076 22日夕食

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2013年1月24日 (木)

電気製品の買い替え―安倍さんを側面援護になってしまった

 25年ぐらい使ていた日立の食器乾燥機は蓋が割れて、食器を入れるところもところどころこわれていた。ずいぶん辛抱をして使ってきたものだ。

 ダイソンの掃除機は65000円ぐらいで買ったと思うのだが、こちらは買ってから5年にもならないのに操作ボタンが働かず、したがって強でしか使えない状態であった。その上使っているとキューンと高い音が出て、ネルルがそれに反応をしてしゃべるのだ。直しに出すとおそらく2万円以上かかると思って買い替えることにした。(ダイソンは2度買ったが壊れやすい)

 暮れの30日に娘や婿たちとエディオンシャンピアに行って皆で相談をして機種を決めた。

 食器乾燥機はサイズが小さいのしか選べないので必然的にZOJIRUSIのものになった。7800円で買った。蓋が開けやすいので使いやすい。

 電気掃除機は、紙パック式は安いが維持費がかかると思い、サイクロン~選んだ。日立の掃除機がコンパクトでヘッドが動き使いやすそうだったのでそれに決めた。家に持って帰り使ったみたらみなが確かに使いやすいと言った。妻も軽くてよく吸い込むのでいいと喜んでいる。

 ガス暖房機がこの2年ぐらい調子が良くなくて、ぼつぼつ買い替えなくてはいけないと思っていたが、だましだまし使って来た。買ってから15年にもなるのだ。

 先日ガス器具屋に行って説明を聞いたら、東邦瓦斯の「速暖」というのがよいようであった。値段もシンプルなのが19800円と手ごろである。その他にシャープのクラスタープラズマ付のが36800円、S-プラズマ付も同じ値段であった。

 昨日、エディオンに行ったついでに見たら、そこにも同じものが置いてあった。値段はプラズマクラスター付が41600円とかなり高かった。しかも、ズバリ!の値札が付いていた。私は「ガス器具屋と比べると高いね」と言ったら、「ガス器具屋はいくらですか?それと同じ値段にします」と言って調べに行った。

 戻ってきて「同じ値段でどうですか」と言った。しばらく考え、家に電話をして妻の意見も聞いてそれを買うことにした。

 次の日の朝、箱から取り出してセッティングした。よく暖まるし、エコ運転とか除菌とかがついている高い方を買ってよかったと思っている。これで生きている間は多分大丈夫だろう。

 娘が言っていたが、電気製品などの買い替えは一度にかたまってくるというのは本当だと感じた。まだもう1つ買い替えが待っているのでいずれ近いうちにと思っている。ところでこの買い物でGDPをどれだけか押し上げるのに貢献したと思うのだが・・・・?安倍さんを助けちゃったなあ。

 

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2013年1月23日 (水)

水野青波書展で見たサミエル・ウルマンの詩、「青春」

 15日に中区役所にあるギャラリーへ展覧会を見にいって、たまたま見た「ようこそ せいはの部屋へ」 水野青波書展 で、サミエル・ウルマンの詩を書いてあるのを見た。

 この詩の一部については、以前にtoshiさんがコメントに引用してあった。今回そおの全文を書にしてあるのを読んで感銘を受けた。

 帰宅してインターネットで調べたらこの詩を紹介してあるサイトがたくさんあった。それでコピーをさせてもらった。

 

青  春

サミエル・ウルマン

岡田義夫    訳

 青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。

 優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。

 年を重ねただけで人は老いない。

 理想を失う時に初めて老いがくる。

 歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。

 苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

 年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

 曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽仰、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味

人は信念と共に若く
人は自信と共に若く
希望ある限り若く 
   疑惑と共に老ゆる
恐怖と共に老ゆる
失望と共に老い朽ちる

 大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。

 これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れば、この時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。

YOUTH

 Youth is not a time of life-it is a state of mind; it is a temper of the will,a quality of imagination, a vigor of the emotions, a predominance of courage over timidity, of the appetite for adventure over love ease.

 No body grows only by merely living a number of years; peoples grow old only by deserting their ideals. Years wrinkle the skin, but to give up enthusiasm wrinkles the soul. Worry, doubt ,self-distrust, fear and despair-these are the long ,long years that bow the head and turn the growing spirit back to dust.

 Whether seventy or sixteen, there is in every being's heart the love of wonder, the sweet amazement at the stars and the starlike things and thoughts, the undoubted challenge of events, the unfailling childlike appetite for what next, and the joy and the game of life.

you are yang as your faith, as old as doubt ;
as young as your self-confidence, as old as your fear;
as young as your hope, as old as your despair.

 So long as your heart receives messages of beauty, cheer, courage, grandeur and power from the earth, from man and from the Infinite so long as your young.

 When the wires are all down and all the central place of your heart is covered with the snows of pessimism and the ice of cynicism, then you are grown old indeed and may God have mercy on your soul.

 ※この詩の説明  http://home.h03.itscom.net/abe0005/ikoi/seishunn/seishunn.htm

※言葉の意味
怯懦(きょうだ) :臆病で気の弱いこと 
孤疑(こぎ)   :疑ってためらうこと 
星辰(せいしん) :星のこと、辰は天体のこと
欽仰(きんぎょう):つつしみあおぐこと

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2013年1月22日 (火)

石原維新代表と安倍首相の危険な企み―参院選で勝って「改憲」

 18日、朝日新聞朝刊の囲み記事に、石原慎太郎日本維新の会代表が、「憲法だけは変えよう」と自民党総裁選前に安倍首相に呼びかけていたと書いてあった。

 かねてから石原氏は、現行憲法はアメリカによって与えられたのだから廃止して新しい憲法を作るべきだと発言していた。

 先の衆議院議員選挙で自民党が大勝し、日本維新の会もかなりの議席をとり、衆議院では憲法改定への足掛かりを作った。今年の夏の参議院議員選挙で改憲勢力が2/3以上を占めれば、憲法を変えることが現実的となるのだ。

 石原氏は維新の会の党国会議員団役員会の挨拶で「今年は正念場。参院選を相当、力を入れてやると日本も大きく変わる。年内にも(憲法改正)のつもりでやろう」と述べたそうだ。

 石原代表の発言の通りで、もし、自民党と日本維新の会が参議院で2/3を制すればすぐにでも改憲が可能となる。安倍首相は改憲に意欲を燃やしていて、オバマ大統領との会談では手土産に「集団自衛権の見直し」を持っていくぐらいだから反対のはずがない。

 ただ、安倍首相は、石原代表と違い、参議院選挙が終わるまでは安全運転を心がけるから不利を招くような動きは封じるはずだ。勝利を得れば待ってましたとばかりに一気に改憲に動くに違いない。

 今度の参議院議員選挙は衆議院選挙のときと同じく、マントの下に隠された「改憲」を見抜いて投票すべきである。私は平和憲法は守り抜かなければ子孫や世界の平和を大事にする人たちに申し訳が立たないと思っている。

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2013年1月21日 (月)

兄弟姉妹が集まり新年会

 親がいた頃は新年は親の家で集まったが、亡くなってからはレストランで集まり新年会をしている。

 昨年に引き続き、今年もローズコートホテルの比翼に集まった。この和食レストランは地下鉄上前津駅1番出口の上にあり、交通の便がよく、その上雰囲気と料理がよいし、費用もリーズナブルである。

 日曜日の昼で予約をしたときは、空席は8名しかなくぎりぎりで間に合った。料理は当日でも大丈夫だということであったが、一応予約をしておいた。「睦月 比翼情趣」というので、メインは肉と魚から選択できた。予定の時間に全員が集まり、それぞれ好みのメインの料理を注文した。私は魚を選んだ。

 先ずビールで乾杯をした。最初に出たのは写真のように、大きな皿にちょっとしたものが8点のっていた。

 お品書きによると、「金彩ほうろく盛り」というもので、蟹味噌豆腐、雪菜土佐浸し、紅白絹田巻き、ジャコ天 青唐、蟹太巻き、イカチーズ 青のり、きんとん寒天、鶏団子煮 すだれ麩 いんげん 山椒、であった。

 お椀が 里芋真丈で、湯葉、手毬麩、軸菜、柚子

 お造りが 三種盛でマグロ、タイ、スズキ?

 メイン料理は 魚が、「鱈」三昧で蕪蒸し、真子旨煮、雲子豆腐、

 ご飯、赤出汁、香の物

 デザートは、お汁粉に塩昆布と小梅がついていた。

 兄弟姉妹なので屈託のない話をいろいろとしながら食べて飲んだ。いつのまにか2時間半ほど時間が過ぎていた。

 我々高齢者には料理の量は十分であった。見た目も味も良くて幸せな気分になれた。

 比翼の仲居さんはきれいな人ばかりで、しかも変わっていない。妹の亭主が「きっと待遇がいいからだろう」と言ったので、確かめてみたら、いい人ばかりで働きやすいのだという答えであった。仲居が変わらないというのは大事なことだと思う。

 その後は大須観音へ行こうということになった。弟の嫁は大須観音を知らないというので好都合であった。大須万松寺通りは若い人で賑わっていた。両側の店をみながら歩いた。

 帰りは東仁王門通りを通ることにした。入口のところにある玉泉庵というアラレなどの専門店で3袋1000円でアラレを干菓子を買った。

 仁王門通りは人通りが少なく店も活気が感じられない店が多かった。どうしてこんなに違いが出るのか不思議であった。

 上前津近くのコメダに入ったらほぼ満員であった。珈琲を飲んでしばらくしゃべって別れた。

 末の妹は「こうして会えるうちが華だから」と言っていたがその通りで、皆がまだ元気だからやれるのだ。みんな年金生活だがデフレのお蔭だと妹の亭主が言った。

 アベノミクスでインフレになり、来年消費税が8%になると気楽にやれなくなるかも知れないと話し合った。そうならないことを願っている。 

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2013年1月20日 (日)

指揮者イタイ・タルガムのリーダー論

 毎週月曜日夜にEテレで放送される「スーパープレゼンテーション」はいつ見ても興味深い。これはTEDトークからPICKUPしたものである。これまでにも何度か取り上げたが、今回は「優れたリーダー」についてプレゼンをした、イスラエルの指揮者イタイ・タルガムの「Lead Like The Great Conductor」を取り上げる。

 彼は優れたオーケストラ指揮者であると同時に、経営コンサルタントとしても世界各地の一流企業から呼ばれて活躍している。

 彼は実在したオーケストラ指揮者の指揮振りをビデオで見せて話を進める。

 最初に取り上げたのは、クライバーがウイーンフィルのニューイヤーコンサートでラデツキー行進曲を振った映像であった。ウイーンの謹厳な聴衆をリラックスさせ楽しく聴かせている。指揮者自身も楽しそうに指揮している。

 指揮者は、カオスから秩序を作り出すのであって、物語を作って行くのだという。演奏者だけでなく、楽器を作った人やホールを作った人など全てにそれぞれの物語があり、それが重なり合うのが醍醐味だという。

 次に紹介したのは、ムーティで、ドンジョバンニを指揮するところであった。彼の指揮は支配するやり方だという。身振りは大きく分かりやすい。明確だが威圧的だという。彼は作曲者モーツアルトに対して責任を持って振っていると説明した。

 ムーティはスカラ座の700名からついていけないと言われて指揮者を辞任したそうだ。一方的に使われるだけでは楽団員が成長できないと言われたのだ。イタイ・タルガムは「独裁的だったのが良くない」と評した。

 3番目はシュトラウスで、彼は30歳の時指揮者の10箇条を作ったが、その1は「汗をかくのはダメ」 その4は「トロンボーン奏者を見るな」であった。どういうことかというと「干渉しないのが一番いい」ということなのだそうだ。

 楽譜通りに演奏せよとか、解釈をすることも支配的なやり方になると話した。

 次は、カラヤンの映像が紹介された。手を柔らかく動かし目を閉じて指揮をしている。TEDの会場でイタイ・タルガムは実際にムーティ流の振り方とカラヤン流の振り方で「拍手」をさせたが、カラヤン流では拍手はバラバラになった。ベルリンフィルのメンバーでも分かり難いそうだ。

 カラヤンは「オーケストラに明確な指示をするのはよくない。お互いの音を聴くという大切なことを忘れるから」と考えていた。カラヤンの頭の中を想像して演奏しろということだが、精神的な支配になるという。

 ここでもう一度クライバーの映像を出した。そして、クライバーは指示をしていない。自由な余地を残している。指示がなくても自分がすることが分かっているのだ。楽団員は演奏に参加して創り上げて行っている。一番いいやり方だという。

 指揮者のクライバーは、楽団員が自分なりの表現をできる空気をつくっている。そうすることで自由に、楽しく、自信を持って演奏できる。支配、被支配ではなく、共同で最高のものを作るということだ。共同作業に内容が加われば意味が生まれるのだ。

 最後は、イタイ・タルガムの恩師であるバーンスタインの映像であった。彼はいつも意味を中心に考えていたという。音楽がバーンスタインの表情に現れている。演奏者が語り手となってそこにいる者みなが物語に聞き入るのだ。

 今日の話を総合すれば”動かず”に”動かす”ことができるのだと結論ずけた。

 秘蔵のものといって見せた最後の映像は、バーンスタインが顔の表情だけで指揮をしているもので大変驚いた。

 伊藤譲氏のまとめは、これからのリーダーは中央管理型からボトムアップ型に向かうべきであろうということであった。

 独裁型のリーダーは政治の世界だけでなく企業においてもその他の社会においても民主主義とは相いれないものだ。やはり構成員の自由な発想があり、衆知を集めてともに作り上げて行くというリーダーシップが望ましい。

http://www.ted.com/talks/lang/ja/itay_talgam_lead_like_the_great_conductors.html

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2013年1月19日 (土)

不気味な市長独断の教育行政

 橋下大阪市長は、かねてから教育行政を地方自治体首長の思い通りに動くようにすべきだとして、教育条例を作るなどしてきた。

 今回大阪市立桜宮高校のバスケット部顧問の体罰問題を受けて、同校での体育科への入試の廃止と定員120名の普通科への振り分けをすると言明した。体罰体質が解決していないからだというのが理由だ。

 さらにエスカレートして、桜宮高校の教員の総入れ替えと全市立高校の府への移管をすると言い出した。

 高校の入試は、目の前まで迫っている。これまで桜宮高校の体育関係の科への入試のために準備を続けてきた中学生は定員120名の何倍もいるはずだ。市長の方針で彼らの努力が水泡に帰すのだ。

 「涙が出ました。体育科に行きたいから勉強めちゃくちゃ頑張ったのに」とか「桜宮でスポーツ科学を学びたい人がいる。なんで子どもたちが我慢をしなきゃならないのか」など、苦情や反発が巻き起こっているという。それは当然すぎることである。

 大阪市立中学の校長会は、「生徒、保護者に不安と動揺を与える」として、入試を求める緊急要望書を市教委に提出したら、橋下市長は「そんな校長は要らない」と一蹴したという。

 大阪市では市長はそんなに強権を持っているのであろうか。教育条例によって市長思い通りの行政ができるようになったのか。そうだとすれば恐ろしいことである。

 体罰をした教師はもちろんいけないが、市長が一存で入試を取りやめるというのはそれ以上にひどい仕打ちではないか。入試を目指して頑張ってきた何の罪もない生徒の進路を市長の一存で変えさせてしまうのだ。生徒の人生に大きな変更を与えるものになるかもしれないのだ。

 体罰の原因を早急に徹底的に追及しながら、再発防止策を講じて、よりよい教育へと向かわせることを進めることが今求められるのだ。

 入試の廃止や教員の総入れ替えや市立高校の府立への移管で終わる問題ではない。それこそが責任をうやむやにするものであると知るべきである。大阪市民も教員も立ち上がってほしい。

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2013年1月18日 (金)

小出助教の原発についての話から

 小出助教が「ラジオフォーラム」に出演して話された中から大事だと思ったところをピックアップする。

 民主党は2030年代に原発をゼロにすると、10年サバを読んできめたのに(つまり2039年末)閣議決定できないままに終わった。情けないが、自民はもっとひどい。国民に苦難が続くのだ。

 「今までと違う原発ならいい」と安倍首相は言うが、原発は改良するのは当たり前、1号機から改良された2,3号機になった。しかし、原発が核分裂で放射能を生み出す原理は同じで、原発として同じ(=また事故が起こる)なのだ。

  使用済み燃料は六ヶ所村で満杯である。自民党のやり方について、小出先生は、原発をやると使用済み燃料=放射能が残るのはみんな知っている。でも、いつか、誰かが何とかしてくれると思ている。しかし、これまでのところ科学の力で何も出来なかった。今後も処理する可能性はなく、そうなら自分で処理できない毒物を作るのは止めるべきなのに、自民、財界は金を儲けたくてやっていて、簡単に止められないのだ。

 福島原発の現状、新聞、テレビのニュースで報じられなくなり、何となくマシになっていると世間は思っているが、これについて、一番の問題はメルトダウンした燃料である。

 その処理には優秀なロボットが当たると言うが、そんなものはまだないのだ。日本以外の原発国は開発してきたが、そんなロボットも今回の事故では役に立たないほど、福島事故は大変な事故なのだ。アメリカもフランスもこんな事故を想定していなかったのだ。

 事故から2年になり、今の福島原発の現状、1~3号機は運転中に炉心は融け落ちて、4号機は検査で止まっている。火力発電なら事故現場を見ることが出来るのだが、原発ではだめだ。

 事故を想定せず、測定器の配置もなく、通常運転時の測定器も次々壊れて、何がどうなっているか一切不明。ロボットも壊れて戻ってこない。人間は現場に行けないのが原発なのだ。

 今も水で冷やしているが、トラブルが多い上に放射能汚染水のタンクだらけである。それでも「やるしかない」。核分裂生成物が出来てると発熱するのでとにかく冷やさないとダメ。冷やすしかない。水を使うと大量の汚染水がたまるが止めるわけにはいかないのだ。

 汚染水の処理は出来ず、使用済み燃料の処理も出来ない。汚染の正体は核分裂の放射能で、これが融けたところに水をかけたら汚染される。放射能を消す技術はなく、どこかに残るのだ。

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2013年1月17日 (木)

シッペと牛殺し―子どもの頃の罰―

 先日から始まったNHK大河ドラマ「八重の桜」を見ていたら、殿様の松平容保が訓練を観戦しているところで、八重が木に登って見ていたのを見つかり、お咎めを受ける場面があった。

 八重は殿様の前で、西田敏行が演じる家老の西郷頼母から「しっぺいにする」と言われる。それを聞いて私は久しぶりに「シッペ」を思い出して懐かしく思った。

 私が子どもの頃、シッペは日常茶飯に行われていた。子ども同士の間でも、時には学校の先生からもシッペをされることがあった。

 人差し指のシッペや人差し指と中指の2本でやるシッペもあった。当然2本指のシッペの方が痛い。またやる場所として、手の甲や下腕にやる場合と上腕にやる場合があったが、確か上腕の方が効き目があったと記憶する。

 シッペも人によって上手な人と対して痛くない人がいた。子ども同士は遊びの中でゲームに負けた方がシッペを受けるのだが、先生や大人が子供にやる場合は罰としてやるのでやられる方はちじみ上がったものだ。

 強くやられると、2本の指の跡が赤くついたものであった。だから時には真似だけで許してもらえる場合もあった。

 シッペの他に「牛殺し」というのがあった。親指と中指で輪を作り中指で額をはねるのだ。これは牛を殺すとき牛の額を槌で殴って殺したことからきたのであるが、名前の通りとても痛いもの子どもは恐れていた。

 こうした罰も今なら体罰に相当するのであろうが、昔は体罰だなどというものは一人もいなかった。

 シッペは会津藩では「什の掟」というのがあり、その中に出てくる。以下引用する。

  同じ町に住む六歳から九歳までの藩士の子供たちは、十人前後で集まりをつくっていた。この集まりのことを会津藩では「什 (じゅう)」と呼び、そのうちの年長者が一人什長(座長)となった。

 毎日順番に、什の仲間のいずれかの家に集まり、什長が次のような「お話」を一つひとつみんなに申し聞かせ、すべてのお話が終わると、昨日から今日にかけて「お話」に背いた者がいなかったかどうかの反省会を行った。

一、年長者(としうえのひと)の言ふことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言(うそ)を言ふことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいぢめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人(おんな)と言葉を交へてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです

 これで見ると、昔からいじめがあったことが分かる。それを防ぐために毎日反省をしたというのだが、いじめがはびこる現代の学校などで取入れたらどうだろう。

 この掟に反した場合、罰として

①無念 「無念でありました」と言う。

②しっぺい 手の甲か掌にシッペをする。

③絶交 

④その他 手あぶり、雪埋め  

http://www.nisshinkan.jp/about/juu

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2013年1月16日 (水)

諏訪屋本店での新年会で食べた「蕎麦と牡蠣フライ定食」

 清水さんの家でやっているマジックの同好会の新年会を檀渓通の西にある諏訪屋本店で持った。新年会と言ってもそれぞれが好きな物を注文して食べるというものだ。

 日曜日の昼なので、店は大変混んでいて、少し待たされた。テーブル席は4人ずつなので、2つのテーブルに分かれて座らなければならなかった。

 私のテーブルの人は、蕎麦とカキフライの定食を注文した。Iさんだけはイクラ丼と蕎麦の定食にした。

 オーダーをすると、イクラ丼と蕎麦の定食が最初に来た。大きな木製の椀にイクラ丼が盛ってあった。

 しばらくして蕎麦と牡蠣フライが来た。蕎麦はザル蕎麦とかけ蕎麦から選ぶことができ、私はかけ蕎麦を選んだ。

 長い板の上にはチリレンゲにのせた牡蠣フライが置いてあり、左側には海苔巻のおにぎりが2個と海苔なしのおにぎが1個のっていた。右にはカボチャとタマゴ巻がのっていた。カボチャは葉っぱの彫刻がしてあった。

 どんぶりには大根などのサラダがあり、蕎麦のどんぶりが並んでいた。中央に茶わん蒸しがついていた。

 蕎麦のつゆはよい味で、とろろをトッピングした蕎麦は柔らかく、さすがは蕎麦で名を売った店だけあると思った。

 牡蠣フライは揚げたてなので熱くておいしかった。とんかつソース、トマトケチャップ、マヨネーズの3種のソースが付けてあった。つまり3つの味で楽しめるという訳だ。

 私たちは歓談しながらゆっくりと味わった。久しぶりに行った諏訪屋であった。Iさんは初めてだと言っていたので驚いた。

 最初木の板だと思っていた台は気が付いたら陶器であった。木目調なのでわからなかったのだ。持ってみたら重かった。

 この定食は1560円であった。おいしかったが高いと感じるか値打ちと感じるかはその人次第だろう。

 出るときたくさんの人が待っていたから相変わらず人気があるようだ。

 

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2013年1月15日 (火)

桜ノ宮高校ラグビー部顧問の体罰事件

 つい最近まで、テレビも新聞も大阪市立桜ノ宮高校バスケット部の顧問の体罰について連日報道をしていた。それほど大きな衝撃があったということであろう。

 同高校では、事件後アンケート調査をしたにもかかわらず、すぐにはその集計をせず、校長もかばうようなあいまいな発言を繰り返していた。マスコミの報道に押されてか校長の発言や教育委員会の態度も変わって行った。

 12日の朝日新聞によると、顧問は教育委員会の聞き取りに対し、「強いクラブにするには体罰は必要」「叩くことでよい方向に向かう生徒もいる」と話したという。

 桜ノ宮高校では、バレー部の顧問も体罰をして処分されていたが、懲りずに再び体罰を繰り返している。その顧問も「体罰で生徒が良い方向に向かう実感があったため」と説明しているそうだ。

 学校教育法では体罰は禁止されていて、ずっと以前から体罰問題は繰り返し議論されてきた。多くの場合は荒れる学校での生徒の生活指導の場で体罰がおこなわれたのであった。

 体罰は理由の如何を問わずやってはいけないというのが共通理解のはずである。それなのに部活動で強くするためには体罰が必要として行われ、周囲もそれを黙認してきたことが理解できない。

 同じ日の朝日新聞で、桑田真澄さんが、体罰は「もっとも恥ずべき卑怯な行為」と断じている。彼は、体罰は「絶対に仕返しをされない」という上下関係の構図で起きると言っている。その通りである。

 また「殴ってうまくなるなら誰でもプロ選手になれる」と言っている。単純に言えばそういうことになる。「指導者が怠けているからだ」とも言っているが、私は自分の指導能力の不十分さを体罰で補おうとしているのだと考える。

 かつて星野中日監督は金や物を選手の目の前にぶら下げてやる気を出させたと言われたことがあった。そのやり方もよいとはいえないが、暴力に訴えるよりは被害がないだけましだ。

 今回の事件は、不幸にも前途有為な生徒を自殺に追い込んでしまった。本当に残念なことである。2009年に桑田氏が大学院論文を書くためにプロ野球選手と東京六大学の野球部員にアンケートをして調べたそうだ。

 指導者から体罰を受けたが、中学で45%、高校で46%、先輩から体罰を受けたは、中学で36%、高校で51%で、意外に少ないと感じたという。

 文部科学省もやっと調査を始めるようだが厳密に調べてもらいたいと思う。そして2度とこのような不幸なことが起きないようにしてもらいたい。

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2013年1月14日 (月)

アメリカのThe New York Times が、社説で安倍首相を批判

  アメリカのThe New York Timesが、1月3日に安倍首相を批判する社説を掲載した。アメリカの有力紙がこのような社説を掲載するのは異例のことである。憲法を改悪し、国防軍を作ろうという安倍政権が世界からは厳しい目で見られているのだ。

 直接的には、安倍首相が12月31日に産経新聞のインタビューで語った二つの談話の見直しである。(ニューヨークタイムズは安倍首相を右翼だと書いている。)

 1つは、村山談話の見直しであり、もう1つは、従軍慰安婦もんだいでの河野談話の見直しである。

 村山談話では、日本の植民地支配と侵略に「心からのお詫び」を述べ、歴代の政権が継承して来たものである。河野談話ではアジアやヨーロッパなどの女性を軍の慰安所で性の相手として提供したことを認めて謝罪をしたものであった。それを慰安婦の「強制連行」は資料がないとして否定したのだ。

 こうした動きは、韓国、中国、フィリピンなど近隣諸国を激怒させるだろうと警告している。

 Few relationships are as important to stability in Asia as the one between Japan and South Korea. Yet Japan’s new prime minister, Shinzo Abe, seems inclined to start his tenure with a serious mistake that would inflame tensions with South Korea and make cooperation harder. He has signaled that he might seek to revise Japan’s apologies for its World War II aggression, including one for using Koreans and other women as sex slaves.

  In 1993, Japan finally acknowledged that the Japanese military had raped and enslaved thousands of Asian and European women in army brothels, and offered its first full apology for those atrocities. A broader apology by Prime Minister Tomiichi Murayama in 1995 conceded that “through its colonial rule and invasion,”Japan had caused “tremendous damage and suffering to the people of many countries, particularly to those of Asian nations.”

 In an interview with the Sankei Shimbun newspaper, Mr. Abe, a right-wing nationalist, was quoted by Reuters on Monday as saying he wants to replace the 1995 apology with an unspecified “forward looking statement.” He said that his previous administration, in 2006-7, had found no evidence that the women who served as sex slaves to Japan’s wartime military had, in fact, been coerced. However, at a news conference last week, the chief cabinet secretary, Yoshihide Suga, said that Mr. Abe would uphold the 1995 apology but hinted he may revise the 1993 statement.

 It is not clear how Mr. Abe, the leader of the Liberal Democratic Party of Japan, might modify the apologies, but he has previously made no secret of his desire to rewrite his country’s wartime history. Any attempt to deny the crimes and dilute the apologies will outrage South Korea, as well as China and the Philippines, which suffered under Japan’s brutal wartime rule.

 Mr. Abe’s shameful impulses could threaten critical cooperation in the region on issues like North Korea’s nuclear weapons program. Such revisionism is an embarrassment to a country that should be focused on improving its long-stagnant economy, not whitewashing the past.

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2013年1月13日 (日)

第7回名古屋中国春節祭

 今年初めての日本語教室に行ったら、「第7回名古屋春節祭」のチラシが置いてあった。これまでにも春節祭があるのを知っていたが、なかなか見に行く暇がなかった。この日は日本語ボランティアが終わった後暇があったので出かけた。

 場所は、松坂屋の前の久屋広場であった。矢場町で降りればすぐだが栄で降りたので歩いて行った。会場には一杯の人が集まっていた。

 ステージでは、雑技団のショーをやっていた。呉橋雑技団というグループだった。最後の演技は、8mの高さに椅子を積んでいき、その上で逆立ちなどをする「高椅子」というものであった。見事であった。

 13時半からは民謡と端唄であった。蟹江尾八会が出演した。前半のアンサンブルは何と「年の初め」「ふるさと」「隅田川」「上を向いて歩こう」など小学唱歌やポピュラーソングの三味線による合奏であったので驚いた。

 後半は、子どもが「尾鷲節」や「ドンパン節」を歌い、若い人2人が「ソーラン節」や沖縄民謡の「芭蕉布」を歌った。

 14時からは、中国の茉莉花合奏団のニ胡やモンゴルの馬頭琴の演奏があった。中国やモンゴルの有名な曲を演奏した。立って見ていたので座れないかと探したrあ丁度ステージの段があいたのでそこに座ってほっとした。

 14時半からは、福祉大学付属高校太鼓部の和太鼓演奏で、「大河」、「秩父・・・」、奥三河の太鼓をやった。この高校は21年連続で愛知県代表になっているそうで、勇壮な太鼓が素晴らしかった。

 15時からは、江蘇省演芸集団舞踏団の踊りと、四川省自貢川劇団の「変面」でこの日一番期待したものであった。

 幕開き10頭ぐらいの中国の獅子が出てきて威勢よく走り回った。赤と黄色で大きな口の獅子がめでたく舞った。真近に見たのは初めてであった。

  「北京的味道」は素晴らしく、男性だけの「奏王点兵」はアクロバットも入ってとてもよかった。

 「変面」は金きらの衣装を着た女性が動き回りながら次つぎに面を変えた。何でも中国政府が秘密を守るようにさせているものだそうで、世界無形遺産に申請中だそうだ。マジックのショーで「変面」を見たことがあるが本場の変面は実に鮮やかでいったい何回面を変えたのか数えられないくらいであった。素顔を出したり、観客をステージに上げたりして目の前で変えていた。

 最後は「年々有余」という踊りで、中国語では「余」と「魚」の発音が同じなので青色の衣装に鱗のキラキラを付けたもので踊った。腰や体をくねらせる優雅な踊りであった。「有余」とはゆとりがあるということでおめでたいことなのである。

 15時半まで見て、会場にある小さな店を見て回った。肉まんや油条や餃子や豚など中国らしい食べ物を売っていた。私は油条(イオウテャオ)を1本100円で買ったがものすごく油っこかった。

 春節祭は14日まで開かれている。

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2013年1月12日 (土)

河野洋平元衆議院議長の見識

 12月24日の毎日新聞に、河野洋平氏が寄稿して、「憲法9条と核兵器廃絶の初志を忘れずに」と述べている。

 先の衆議院選挙で自民党が圧勝したが、その選挙を通じて安倍自民党総裁が憲法改悪と国防軍の設置旗印に掲げて戦ったことや石原氏が核武装を唱えたことへの警鐘をならしたのである。自民党や維新の会など右翼勢力が大きく進出したのに対し、自民党リベラルは相対的に小さくなってしまった。そんな中で河野洋平元衆議院議長の発言は重要である。

 氏は次のように言う。「・・・日本の核武装を考えるべきだ、集団的自衛権行使の憲法解釈を変えるべきだ、憲法を改正して自衛隊を国防軍とすべきだという主張もある。しかし、我が国には核攻撃の惨禍に見舞われた経験を世界の人々に知らせる使命があり、核兵器廃絶を先頭に立って訴えるという初志を忘れるべきでないと考える。」

 核軍縮は世界の主流であり、第一核兵器は使いようがないと述べ、「国際社会における発言力は核兵器の保有によってのみ生まれてくるものではない。歴史に対する洞察をもち、弱い立場の国々の側に立ち、ビジョンを示すソフトパワーを軽視してはならない。憲法で『戦争放棄』を明確にしていることは、我が国のソフトパワーの重要な源の一つだ。」

 憲法で集団的自衛権を行使を認めていないと表明することは各国に認められてきたことである。それがPKOで外国に出かけた自衛隊が信用される源泉にもなっている。

 「広島・長崎を経験した我が国は、核兵器の使用が市民にとって非人道的な行為だと知っている。昨年の福島第一原発の事故では、放射性物質の拡散が環境問題として如何に深刻か身に染みて分かった。」だからスイスやノルウェーが進めている核兵器の非合法化に我が国も積極的に参加すべきだと言っている。

 本当に河野洋平氏が指摘する通りである。安倍首相が進めようとしている方向は日本が世界の目指す方向と逆行している危険なものである。自民党の中に河野氏のようなリベラルのブレーキが働くことを切に望むものである。

 

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2013年1月11日 (金)

インターネットの血圧測定の説明は人によってどうしてちがうの?

 9日のNHKためしてガッテンは「血圧測定の凄腕伝授」であった。私は11月中旬にソケイヘルニアの手術をして以後、なぜか血圧が少し高くなってしまった。測り方は変わらないのだが高いのだ。でも、測りなおすと低くなるのでそのままにしている。

 ためしてガッテンによると、家庭用の血圧測定器で測るとき、100%間違った測り方をしていると、恐ろしいことを言っていた。では、どういう測り方が良いのかと見ていたのだがいつの間にか眠ってしまい、気が付いたら番組の終わりであった。

 それでインターネットで検索したが、放送直後なのでまだアップロードしていなかった。仕方がないので、インターネットにある血圧測定法の説明をいろいろ調べてみた。驚いたことに、人によって血圧の説明が違うのだ。

 共通していたのは、測る腕のカフの位置を心臓の高さにすることぐらいであった。私は椅子に腰かけて食卓の上に手を置き、左手の上腕にカフを巻いて測っている。腕を心臓の高さに調節するにはタオルを使うとよいという説明をしているのもあった。

 中には、何度も測るとよいとか、1日に何度も測り平均を出すとよいという説明もあった。

 また、正常血圧の範囲であるが、これもバラバラで、140mmHg~85mmHg、135~80、130~80などさまざまだった。私は135mmHg~85mmHg未満が正常だと思っていたが、試してガッテンでは130mmHg~85mmHg未満を正常としていた。

 調べてみたら、どうやら一昨年ぐらいにそのように基準値が変わったようだ。

 ところで、ためしてガッテンが取り上げた測り方だが、上腕だけで測ると下肢の動脈硬化などが見逃される心配があるという。通常足の血圧は高く出るのだそうだ。ところが動脈硬化で詰まるとその先は血圧が低くなる。

 Aさんは自分で測って正常血圧であったが、医者で足の血圧を測って低かったので、全身の高血圧や動脈硬化の存在が分かったのだという。

 しかし、足の血圧を測ることは一般ではできない。では、どうすればよいかというと、両腕の血圧を測るというやり方である。

 血圧の測り方は、

①小便を出しておく。

②心臓の高さに合わせる。

③測る前に1分~2分心を落ち着ける。

ことが大事である。

 両腕の血圧を測ったら、その差をみる。差が10%以上あるとよくないという。片方が血圧150の場合、他方が133のような場合である。この場合は、「末しょう動脈疾患」が疑われるそうだ。

 また、片方の上下の血圧差が60以上はやはりよくないのだそうだ。

 詳しくは、下記を参照:

   http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20130109.html

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2013年1月10日 (木)

緊急経済対策で防衛装備の拡充はおかしい

 1月9日の朝日新聞トップ記事は、「経済対策で防衛装備ー1805億円を補正要求」という見出しであった。

 防衛省は今年度の補正予算案の緊急経済対策として、1805億円を要求し、地対空誘導弾PACミサイルの購入やF15戦闘機の性能向上のための改修といった防衛装備品の整備を盛り込んだ。

 補正の要求総額は2124億円で、1回の補正としては過去最大である。安倍政権の防衛予算の拡大方針のもと財務省は満額を認める見通しだという。

 緊急経済対策として防衛装備を拡充する緊急性があるのか。防衛省は、「7~8割以上は国内企業向けに発注される見通しだ」としている。しかし、これがもし民主党政権時代に出されたら自民党は真っ向から反対をしたはずだ。

 安倍政権は東日本大震災の復興も緊急の課題として掲げているが、野党時代は反対に次ぐ反対で民主党政権の足を引っ張ってきたのではなかったか。

 それがここにきて衆議院で2/3を超す圧倒的な議席を得たので例え参議院で否決されても何でもやれるとばかりにやりたい放題である。

 自民党の中からは、「予算委員会で野党から『何が緊急経済対策だ』と言ってくる。野党の追及を想定して理論武装をするように。」と注文をつけたという。

 緊急経済対策という名目で、今年度の補正予算案は国と地方負担を合わせた事業費ベースで13.1兆円、新年度に実施する事業などを含めた緊急経済対策は総額20兆円にもなる。

 これらの金は国債の発行によって賄うのだが、すでに国と地方の借金は1000兆円にもなっている。それなのに際限なく借金を増やそうというのだ。

 もともとこの膨大な借金を作ってきたのは誰あろう、自民党であったのだ。(10年間は公明党も加担した)借金を増やして経済対策を講じてきてもデフレはどうにもならなかった。それについての反省は何一つない。

 どさくさに紛れて防衛予算を増やし、緊急経済対策という美名のもとに防衛装備の拡充をするのだ。一方で社会福祉関係予算を減らすと言っている。防衛に使う金を社会保障に回せば消費を増やし、経済対策になるではないか。

 野党には、国会で厳しく追及をしてもらいたい。

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2013年1月 9日 (水)

大好きな,パティ・ページのテネシーワルツ

 テネシーワルツで有名なパティ・ページが1月1日に亡くなった。85歳であった。テネシーワルツのレコードは1000万枚という驚異的な売り上げだったという。そんなにも売れていたということは彼女の訃報で知った。

 私が若い頃、江利チエミがカバーをして、これも大変にヒットした。当時は今と違って、ヒット曲は長い間歌われたからいつの間にか覚えてしまった。

 江利チエミのカバー曲もいいが、やはり本家のパティ・ページの歌がよい。いつか歌いたいと思っていたが、歌えるようになったのは70歳近くになってカラオケを始めてからだ。それまでは聴くだけであった。

 パティ・ページのテネシーワルツには、いろいろなバージョンがあって、後半のキーが高くなるものや後半も同じもの、さらには多重録音版もある。亡くなったときニュースで流れていたのは多重録音版であった。あの当時ひとりで合唱をするなど凄いと思った。彼女が多重録音による1人合唱を初めて行い注目されたのであった。

 カラオケに入っているのは、残念ながらというか、後半が高くなるもので、私には前半は気持ちよく歌えるのだが、後半は苦しい。それでも合唱で少しは鍛えたので最初の頃よりは高い部分も歌えるようにはなった。

 1000万枚も売れた曲だから世界中にこの歌が好きな人がいる訳で、私の知り合いの外国人たちも好きだという人が多い。それはこの曲のメロディが良いからだと思うのだ。

 テネシーワルツの歌詞は、単純でエッ?と思うような内容である。恋人とテネシーワルツを踊っているとき、たまたま友人と出会い、彼に紹介したら、踊っている間に恋人を取られてしまうのだ。後でテネシーワルツを聴くたびに失ったものの大きさに気づき後悔しきり・・・・というものだ。

 一目惚れということがあるが、それにしてもダンスの間に他の女の誘惑に負けるような軽薄な男なんかさっさと諦めろ・・・・と言いたい。このように歌の内容はstupidであるが、きれいなメロディーに魅了されるのだ。これで歌詞がよければいうことなしである。

 彼女の曲は他にも歌えるのがあるのだが、残念なことにカラオケには配信されていない。

 

 

 

 

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2013年1月 8日 (火)

今度はよさそうな予感、NHK大河ドラマ「八重の桜」

 NHKの大河ドラマ「平清盛」は、結局最後まで面白くなかった。「遊びをせむとやうまれけむ」という歌とメロディが頻繁に現れたが、何を象徴しているのかは分からずじまいで、あのメロディーを聴くと不快にさえなった。最終回の視聴率も12%余と振るわなかった。

 朝の連続テレビ小説「純と愛」も相変わらずのドタバタ劇で全然面白くない。新年になって大正区の安ホテルに場面が変わったが、今度は世捨て人の集まりという設定だ。期待がもてそうにない。

 一昨日始まったNHKの大河ドラマ「八重の桜」は、初回を見ただけだが、「平清盛」のニの舞にはならないだろうという予感はする。

 幕末から明治を生き抜いた会津藩士の娘山本八重の人生を描くわけだ。ジャンヌダークと言われ、後にはナイチンゲールにも例えられた人物だというので興味が湧く。

 脚本作者は、連続テレビ小説で「ゲゲゲの女房」を手がけた山本むつみさんだ。NHKは平清盛のようにはならないようにとハラハラしているそうだが、滑り出しは視聴率21.4%と好調である。

 主演の山本八重を演じる綾瀬はるかの鉄砲を構えたきりっとした姿も、これまでのイメージとは違って意気込みを感じさせる。

 そもそも会津を取り上げたのは、福島原発問題と関係があるとみている。幕末から明治維新へかけての激動の時代を東日本大震災後の復興と重ねて元気づけ、希望を見出そうという腹に違いない。

 ドラマはアメリカの南北戦争からスタートしたが、考えてみればある意味での最初のグローバルな時代であったということだ。あの後黒船がやってきて歴史は大きく転換した。震災前後の世界もリーマンショック以降、ギリシャ問題に至るまで経済問題でぎくしゃくとし、問題はグローバル化している。

 日本の政治状況も大きな岐路に立っている。そのように考えると時宜を得たものだと思う。山本さんはきっと今の日本の状況とも関連させて考えさせるような作品に仕上げていくものと期待をしている。

 山本さんは、毎回何か一つ心に訴えるものを提供したいと言っていた。私が第1回で心に残ったのは、「ならぬものはならぬのです」という言葉であった。

 福島原発で原発安全神話が砕かれ、これまでの政府が国民を騙してきたことが明らかになった。この原発の危険性に目をつぶり、原発を推進しようという自民党・公明党連立の安倍政権に対し、「ならぬものはならぬものです」とはっきりということが大事である。

 もう1つは、憲法改悪の動きである。これにも「ならぬものはならぬものです」ときっぱりと言おうではないか。

 

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2013年1月 7日 (月)

衆愚を作るテレビ

 友人がこんなことを書いて送ってきた。

 「年末になって、テレビの放映は、バカ騒ぎをしているので、テレビをつけたり消したりしています。公器であるテレビが、このように阿呆な内容を流し続けていいのか!と思うことしきりです。

 衆愚政治を作る基が、テレビの放映内容にあるのではないかと思います。マスメディアの要職にある人は、私がとても入れそうもない難しい大学とか大学院、あるいは外国の大学へ留学されている方々です。それなのになぜ日常放映されているような低劣な番組を作り続けるのでしょうか。マスメディアは、よってたかって日本国民を馬鹿にしよう、あるいは低劣にしようと努めているようです。それが体制安泰につながると見ているのでしょうね。

 日本に閉塞感があるとか、未来がないとか、よく言われます。これはマスメディアを始めとする、さまざまな体制護持派が、自己の存続を図るために、見えぬ鎖で国民をしばっているからだと思います。

 マスメディアの中にも、勇気ある良心的記者や編集者がほんの少しいますが、大勢を御するところまでは行っていません。

 見方によっては、捉え方は違うのでしょうが、まだ、江戸時代の方が民衆に自由があったのかもしれません。江戸時代には一揆が各地で起きていました。しかし、今は江戸時代のような、打ちこわし、米屋や金融機関、役所に入って訴えるなどという激しい大衆行動は殆どありません。

 マスメディア、教育の国家統制によって、国民は去勢されてしまった感があります。私も去勢されてしまって、激しい体制打破のエネルギーはなくなってしまったようです。こん畜生、俺も金玉を抜かれてしまっているのか!と舌打ちする始末です。情けない話です。」

 日本にテレビのチャンネルがいくつあるのか知りませんが、デジタルテレビがNHK総合、Eテレとあり、メ~テレ、東海、CBC,中京、愛知と5つある。その他にNHKBSが2局あり、地デジ各局がBS放送もやっているからかなりの数になる。

 それらの局は24時間、電力事情もお構いなく番組を流し続けているのだ。その番組たるや殆どは出演者が大声を出してバカ騒ぎをする、いわば出演者が楽しんでいる番組であり、内容たるやろくなものがなく、啓蒙的な番組は少ない。

 「テレビは見てはいけない」という本があるが、ずっと昔にもテレビの害を研究したアメリカの学者の本があった。日米の学者がテレビの害悪を研究しているが、一向に改まらない。

 これはまさしく政治などへの関心そらし、刹那の楽しみだけを追いかける、衆愚の民を作る巧妙な仕掛けだと思うのだ。政治への無関心だけならまだいいが、暴力事件を起こしたり、いじめの多発の原因にもなっていると指摘されている。

 ヒトラーは、「嘘も百回つけば真実となる」と名言を吐いたが、テレビ番組の内容を見る限り、別の意味でその教訓が生きていると思われる。

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2013年1月 6日 (日)

名古屋華マジカルグループ新年会

 名古屋華マジカルグループの新年会が名古屋市女性会館で盛大に開かれた。結成5年半で会員も増えて、小学校から90歳近くの高齢者までがいる。こういうマジックグループは珍しいと会長が挨拶で述べていた。

 創設当時小学生であったI君は、今では高校生だ。昨年の関西奇術連合のコンテストで技術賞を獲得した。それに続くかと思われる中学生、小学生もいる。新年会には小学生のIさんだけが参加していた。

 会は昼食会から始まった。ワリゴのおかずの種類が豊富でいろいろな味を楽しめた。量も多いので食べきれない人もいたようだが、私はもったいないので全部食べた。

 昼食を取ながら、各自が抱負などを話した。それぞれマジックに対する抱負や関わり方などを話していた。

 昼食後は、会場の並べ方を変えて、それぞれがマジックを披露した。今年は予想外の素晴らしいマジックが次々と演じられた。

 松本から来たOさんの踊りを交えた創作的和妻、副会長のチャップリンに扮したマジックもよかった。ベテランのOさんの南京玉すだれには驚いた。彼女にそんな芸があるとは全く想像外であった。

 妖艶な装いのKさんは、成長の跡が著しく、新作をものにしていた。登山家でもあるOさんは、いつものように元気いっぱいのお金を使ったマジックを披露し楽しませた。

 小学生のIさんは、覚えたばかりのカードマジックを上手に演じて拍手をもらっていた。これからが楽しみである。ー

 ゲストのF氏は、4本リングや4つ玉などを巧みに演じてさすがの腕前であった。特別会員のIさんは、Ipodを使ったマジックを見せて新しいマジックの可能性を見せてもらえた。ゲストでは、Hさんのジュースの色変わりがとても不思議がられていた。

 その他にもそれぞれが楽しいマジックを演じて終了したのは4時40分ごろであった。いつもお手伝いをしてくださるHさんは、「とっても楽しく見させて頂きました」と話していた。

 マジックは数知れないぐらいあるし、自分が知らないマジックもいっぱいあるので見ることは楽しい。マジッククラブの新年会はエンターテイメントに溢れている。

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2013年1月 5日 (土)

手抜き除染 横行―朝日新聞の調査

 1月4日の朝日新聞朝刊トップ記事は、「手抜き除染 横行」「回収した土、川に投棄」であった。昨年の12月11~18日にかけて、記者4人が計130時間にわたり現場を見て回ったのだという。

 その結果、福島第一原発周辺の除染作業で、取り除いた土や枝葉、洗浄に使った水の一部を現場周辺の川などに捨てる「手抜き除染」が横行していることが分かったという。作業員20人から、ゼネコンや下請け会社側の指示で投棄したという証言を得たそうだ。

 環境省から受注したのは、ゼネコンの共同企業体(JV)で、楢葉町が前田建設工業や大日本土木などで受注金額188億円、飯館村が大成建設など77億円、川内村が大林組など43億円、田村市が鹿島など33億円だという。

 環境省が元請と契約した作業ルールでは、はぎ取った土や落ち葉は全て袋に入れて回収し、飛散しないように管理しなければならない。

 住宅の屋根や壁は手で拭き取るかブラシでこする。高圧洗浄機は汚染した水が飛散するから雨樋などごく一部にしか使わない。洗浄に使った水は回収する。

 放射能は水で洗っても水が汚染するだけでなくならないのだ。土や枝葉ももちろん放射能はなくならない。だから川などに流すと放射能が拡散する。それで保管場所を決めて保管するのだ。

 放射能がどのくらい厄介なものか、放射能は移動するだけで、何十万年もの間絶対に消失しないことは誰でも知っているところである。それなのに手抜きをして放射能を拡散しているのはとんでもない背信行為である。

 作業員たちは、「作業ルール通りにやればとても終わらない」と言っているそうだ。作業の前と後で線量計で放射能を測定することも手抜きでやられているので除染がどこまで徹底されたか把握するのは難しいという。

 巨額の税金を使ってやる事業なのに、手抜き作業で利益をむさぼろうというのは言語道断である。いったい福島の原発周辺の住民の安全をどう考えているのだろう。

 安倍首相は福島を訪れたが、こういう実態こそ視察すべきであった。福島でのうのうと原発推進を語っていたが、なんという能天気さかと呆れるばかりだ。脱原発は、除染1つをとっても必須の課題であることを再認識すべきである。

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2013年1月 4日 (金)

ダイ3回NHK紅白歌合戦を見て

 大晦日の夜のNHK紅白歌合戦は、国民的番組と言えるかもしれない。でも、私はいつの頃からか関心が薄らいで特に見ようとは思わない。

 今年はこれまでで一番長時間の放送だそうで、7時15分から始まり、休憩もなく第2部へと進んだ。夕食後家族がダイニングの小さなテレビで紅白を見始めたので私も見るともなしに見た。

 第1部は若い人たちの歌が多かった。今年は演歌が少ないと聞いていたが水森かおりの演歌があった。驚いたのは彼女の衣装であった。一番を歌うと3mのドレスがだんだんと長くなり、それと共に水森かおりが高くなって行ったことだ。6.3mも伸びたらしい。桂由美のデザインだという。

 もともとこうした奇抜な衣装は小林幸子の売り物であったが、今回はどうして水森になったのだろう?婿は小林幸子が出られなくなったので譲り受けたのでは・・・と勘ぐっていたが。

 私は言いたいのは、水森かおりが歌った「ひとり長良川」という演歌とあの衣装が全然合わなかったということだ。もともと水森かおりはドレスで歌っていたからいいといえばいいのかも知れない。でも私には違和感があった。歌がどこかへ飛んで行ってしまったのだ。

 私がそこまで拘るのは、私の数少ない演歌ジャンルのカラオケ持ち歌の中で、水森かおりの曲が4曲あるのだ。一番新しいのは「ひとり長良川」のB面の「白川郷」である。カラオケのママが長良川より白川郷の方がいいよと勧めてくれたのだ。

 水森かおりの曲との出会いは、故郷での同窓会に出席した帰りに、熊野本宮神社で「熊野古道」と出会ったことだ。熊野古道がらみでそれを覚えたのであった。

 今回の紅白歌合戦ではディズニー関連の歌がメドレーで歌われ、ディズニーのキャラクターのユルキャラが次々に登場した。おかしいぞと感じたのは、NHKがまるででディズニーランドの宣伝をしているように思ったからだ。

 公共放送でコマーシャルには気を付けている筈のNHKが、オリエンタルランドの旗振りをしている!?ひょっとしてかなりの金を貰っているのでは?と勘ぐった。NHKの視聴料を払わないぞ!とクレイムが付くのではないかと思った。

 総合司会の有働アナウンサー、白組の嵐、紅組の堀北真希は出しゃばらずにやってよかった。(但し、2部は知らない)

 第1部を見たら寝る時間なので寝床に入った。第1部の名古屋地区の視聴率は37.9%で昨年より低かった。

 【第63回NHK紅白歌合戦】巨大なドレスで熱唱する水森かおり=31日、東京・渋谷のNHKホール(撮影・桐山弘太)

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2013年1月 3日 (木)

我が家のお節料理、Simple is the best!

 正月の2~3か月前からあちらこちらでおせち料理の宣伝が盛んとなる。新聞の折り込みチラシにもよく入るようになる。スーパーや百貨店などもお節料理の売り込みに必死の様相だ。

 1万円以下の物から10万円以上もするものまで値段も幅広いが料理の種類もいろいろである。最近は、和食の他に、西洋料理、中華料理やミックスまである。

 我が家ではお節料理は妻の手作りだ。以前は妻が暮れの25日頃から手の込んだお節料理を作っていたが年を取るに連れてやらなくなった。2年前から娘や婿も手伝うようになり、娘は出し巻を作り、婿はきんとんを作る。

 出し巻には赤エビをフードプロセッサーで砕いて入れて上手に作った。またきんとんは栗と鳴門金時を使ったのでとても良い味に仕上がった。

 黒豆は丹波篠山の豆を使って妻がふっくらと作った。私が子どもの頃、他所の家ではどこでもシワシワの黒豆を作っていた。私の母だけはふっくらとした黒豆を作っていた。私は、母は黒豆を作るのが下手だと思っていたが、実はそうではなかったということを知ったのはずっと後になってからであった。なお、丹波黒豆にも滋賀県産などがあることを知った。やはり京丹波の黒豆がいいと思う。

 数の子は大好きなので欠かせないが、柳橋卸売市場で不揃いの数の子を売っているのを見つけてそれを買った。不揃いというだけで安く買えたが味は変わりがなかった。

 田つくりも今年は値段の安い割に品質がよかったのでおいしいものができた。なますも昆布巻きも手作りである。結局でき合いを買ったものはワカサギの佃煮とイクラと蒲鉾くらいのものであった。千枚漬けはもらいものだ。

  今年の雑煮は澄まし汁に好みの数の餅、蒲鉾、ほうれん草、柚子、花鰹などを入れた。

 自家製のお節料理は、飴などを使わないので、自然な味付けにできるから好みの味になってよい。売っているお節に比べて大変地味であるが手製のものが良いと思う。

 大晦日の夕方に婿が百貨店に行ったら、おせち料理が半額になっていてサラリーマンの行列ができていたそうだ。売れ残るといけないので半額セールをするのだろうが、それに眼を付けて買いに行くのも抜け目がない。

 でも、おせち料理は買ったことがないので、的が外れているかも知れないが、例え上手でなくても手作りで作るのが最高だと思う。

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2013年1月 2日 (水)

初詣に八事興正寺に行って変わりように驚く

 今年の元日は、お屠蘇を頂きお節料理を食べてから、初詣に行きたいという婿に付き合った。昨年は近くの川原神社へ行ったのだが、今年はまだ行ったことがないという八事興正寺へ出かけた。

 地下鉄に乗るつもりで川名駅まで行ったら丁度電車が出た後であった。それで歩いて行くことにした。隼人池の畔に宝珠院というお寺があり、そこには我が先祖のひとりの墓がある。父の母方の先祖なのだがあの山内一豊につながるものだ。

 もともと清州にあったのだが寺の移転でこちらに移ったのだ。大変立派な墓である。そこにお参りをして興正寺へ行った。

 興正寺の境内に入って驚いた。景観がガラッと変わっていたのだ。以前は五重の塔から本殿に向かって広場がありすぐに行けたのだが、新しい建物が幾つか建っていた。右手には金ぴかの飾りをのせた大きな建物が造られていたし、本殿と結んで左側には宗務所が造られていた。

 参詣の人の長い列が続いていた。ずいぶん時間がかかりそうだと思ったが並ぶことにした。途中で餅つき大会をしていた。その脇でお茶を振舞っていたので熱いお茶をもらった。

 本殿では、ご祈祷を頼んだ人たちが座って、ご祈祷をしてもらっていたが、若い僧侶が銅鑼を叩いて「○○様、家内安全、交通安全、健康をお祈りします」と言うたったそれだけのもので、次々に進めていた。いったいいくらお布施を出して殿上に上ったのかしらないが下で自分でお参りしても変わりはないのにと思った。相変わらずゲンを担ぐ人が多いのだと思った。だから神様も仏様も成り立つのだが。

 前の若い女性は、「家内安全、学業成就、無病息災をお願いしたら欲張り過ぎかしら?」と連れの男性に話していた。新聞には五円玉が不足していると書いてあったので5円玉にしようかと思ったが、10円玉を投げた。そして型どおりに「家内安全、無病息災、交通安全、世界平和」と唱えた。

 賽銭を入れるところを見たら、ほとんどが10円玉と5円玉と1円玉ばかりであった。デフレのせいか、それとも収入が少ない人が多いからかと思った。元日の中日新聞の社説には、正社員でない人が1756万人になったと書いてあった。

 お寺に初詣に行くのは生涯で初めてであった。初詣と言えば神社と思い込んでいたのだ。でも、婿が「浅草寺に行く人もいっぱいいるよ。」と言ったので興正寺に行ったのだが、確かに天気が良かったこともあり、参詣人は引きも切らなかった。

 それにしても日本人はファジーな民族だと改めて思った。神様でも仏様でも何でもいいのだ。第一お寺の境内にお稲荷さんがあるくらいだ。

 初詣の一番の収穫は、八事興正寺の変貌を見たことであった。

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2013年1月 1日 (火)

2013年1月1日、今年はどんな年になるのだろう

 2013年が明けた。私は子どもの頃から新年が好きであった。戦争まえの正月は門松を、と言っても、小さな根付松を熨斗紙で巻いて家の入口の両側にくっつけた。そして一張羅の洋服を着せてもらった。昔はハレの日とケの日がはっきりと区別されていたから、正月やお祭りは大変うれしいものであった。

 戦争中と戦後は食糧もなかったし、正月どころではなかった。僅かに農家では餅つきができるぐらいであった。

 戦後も落ち着いてくると、正月には初日の出を見に行ったものだ。熊野古道の一つである神倉神社の、源頼朝が寄付したといういわれのある石段を登って、ごとびき岩というご神体の大きな岩のところから、はるか太平洋に上る朝日を眺めたものだ。とてもすがすがしい気分になった。その習慣は大学に入り故郷を離れるまで続いた。

 正月はいつも、その年がどんな年になるかと想像するのだが、結局は1年が終わってみないと分からないのだ。世の中には、占いを信じてそれに従う人もいるが、私は占いやゲン担ぎはしない。もし、占いの通りになったらそれは大変結構なことだ。しかし、まぐれに当たることがあっても、所詮は当たるも八卦、当たらないも八卦である。

 ただ、自分の希望を抱くことはできる。こんな年であってほしいということだ。初詣に社寺を訪れる人たちも希望を神仏に託して祈るのだ。

 私は、まず、この1年健康に過ごしたいと思う。そして日本だけでなく、世界の人々が平和に幸せに暮らせることを願う。でも、神仏に祈っても仕方のないことだ。世界のどの宗教も人々の祈りを受け入れた試しがない。

 ただ、一人一人が本当に世界の平和を想い、健康で安全な生活を想うなら、それが大きな力となるだろう。

 具体的には、日本の場合は、平和憲法を守ることだ。世界の紛争へのかかわりは集団自衛権のような軍事力ではなく、PKOのような平和的な参加が大事だ。

 日本では脱原発や自然の力を活用したエネルギーの開発に努力することが求められる。きっと世界も注目するであろう。

 2%のインフレターゲットが叫ばれ、公共事業を増やすことで、デフレから脱却し、経済成長を目指すと言っているが、それで底辺の人々の暮らしが良くなるとは信じがたい。どこかで破たんをしてハイパーインフレを招く恐れもあろう。

 大地震や大暴風のような自然災害はどうしようもないことだが、起こらないように願うしかない。

 夏には参議院選挙があるが、これは昨年末の衆議院議員選挙と同様に非常に大事な選挙となる。今度の結果で、向こう3年間の日本の運命が決まるのである。これは自然災害と違って人々の意思で決められることである。もし、憲法改悪勢力に参議院を握られたら大変なことになる。

 

 

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