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2012年11月17日 (土)

鼠蹊部ヘルニア入院記―①―

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 数年前から鼠蹊部が膨らんでいるのが気になっていた。脱腸であることは分かっていた。なぜならこれまでに3回も脱腸の手術をしているからだ。5歳ぐらいの幼少時に右を手術し、38歳頃に左を手術し、6年前ぐらい前にまた右を手術したのだ。

 どうにも気になるので思い切って前にも手術をしてもらった第二日赤病医院に出かけた。思った通り鼠蹊部ヘルニア(脱腸)で、手術をした方がよいと勧められた。ほうっておくとだんだん穴が大きくなり、そこから腸が出て戻らなくなると大変なことになると言われた。それで手術を決断した。

 でも、左右にあるのでどちらかを選ばなくてはならない。もちろん両方同時にやれないことはないと言ったが、それは大変だという。それで見たところ大きそうな左をまず手術してもらうことにした。

 手術の日はその時に決まった。鼠蹊部ヘルニアの手術日は週回と決まっているそうで1か月ぐらい先の予約であった。前回は手術日の翌日に退院できたが、今回は翌々日だと言った。1日遅くなったのだ。

 その日は、10ページぐらいの鼠蹊部ヘルニアについての詳細な説明書をもらった。いわゆるインフォームドコンセプトというやつに違いない。それから血液の採血をし、心電図やレントゲンの撮影もあった。

 10月24日の2回目の診察で入院の打ち合わせをした。前回の手術のときに比べて大変書類の数が多くなっているのに驚いた。1つにはうるさい患者が増えて病院が予防線を張るようになったものと思われる。アンケートは数ページに及び、こんなことまで必要か?と思われることまで細かく質問してあった。

 あとで分かったのだが、このアンケート用紙は退院時に返却され、もし次に入院するときがあればそのまま使えるということであった。

 11月13日の入院日が来た。手術前日の朝10時ごろに来るように言われていたが少し早めに病院に着いた。八事日赤は最近改築されたようで病棟も新しくなっていた。

 部屋は4人の共同部屋であった。ただカーテンで仕切られているので顔を見合すことはなくて済むようになっていた。以前と比べて個別化し孤立化していた。以前はカーテンはあっても必要な時以外は開けっ放しで同室の人と挨拶をしたり、話をしたり、差し入れを分けたりしたものであった。今は、「秋深し隣は何をする人ぞ」である。

 私の手術の予定は、翌日の午後4時からだと告げられた。そんなくらいなら何も前日から入院しなくても、当日の朝でもよいではないかと思った。というのは入院をしても何もすることがないのである。しいて言えば、下の毛を剃ることと就寝時に下剤を飲むことだけなのだ。

 下の毛を剃るのはこれまでは看護師がやっていたが、今回は使い捨て電動剃刀をくれて自分で剃るのであった。風呂場でやったが初めての経験であった。かなりの量の毛が排水口に溜まった。部屋に戻って看護師が点検をしたらまだ不十分ということで結局もう一度剃ってくれた。

 この日の昼と夜に病院食を食べた。昼は果物がついていた。ご飯は180gとあり、味は薄く最初はなじまなかったが、夕食のときは馴れた。野菜、魚などの考えられた献立で、1食はだいたい670キロカロリー前後だと洗い場に掲示してあった。どれも美味しく調理されていた。

 トイレ、洗面所、風呂は全て自動的に明りがついたり消えたりした。部屋の照明は明るさが調節できるものであった。テレビはカード式で冷蔵庫もテレビカードで使える仕組みであった。でも、冷蔵庫は1日240円分、テレビも1時間100円と安くはない。

 この日は、カードマジックの復習と読書に充てた。

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コメント

 有難ございます。今朝風呂に入りました。

大変でしたね。と言っても手術の記事はこれからなのでしょうが。
大事にしてください。

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