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2012年11月22日 (木)

名古屋オルガンの秋・ブランチコンサート2012・11・21

 名古屋オルガンの秋実行委員会主催のブランチコンサートが、愛知県芸術劇場コンサートホールで11月21日(水)に開かれた。今年最後のブランチコンサートであった。

 タイトルは、「パイプオルガンと2本のトランペットの華麗なる世界」であった。前から期待をして楽しみにしていたが、幸い退院後であったので聴きに行くことができた。

 開場時刻10分前についたが、40人ぐらい並んでいた。すぐに当日券を買って並んだ。そこへ高校の同期のTさんが友だちとやってきた。彼女も吉田さんのオルガンのファンになったのだ。しばらく話をしていたら定刻に開場した。

 中に入るといつもの通り2階を目指した。いいことに前列から2列目の中央が空いていた。1つおいて左に頭の薄い男性が座っていた。

 10時半に吉田文さんと二人のトランぺッターが登場した。トランぺッターの1人は西洋人で、ウーヴェ・コミシュケさんとプログラムに書いてあった。もう一人は武内安幸愛知県立芸術大学音楽部教授であった。

 最初の演奏は、ヘンデルの「王宮の花火の音楽」からであった。同じメロディが交互に現れる序曲をトランペットで演奏した。後でトランペットの紹介があり、そのトランペットは普通私たちが見るピストン3本のものとは違うもので、ドイツとオーストリアで使用されているものだそうだ。

 第2楽章の「プレー」では楽器が変わった。ホルンのような巻いた楽器でコルノ・ダ・カッチャというのだそうだ。静かな音域で演奏され、オルガンとよく合っていた。Ⅲは平和、Ⅳは歓喜でトランペットがきれいに響いた。

 2曲目はオルガンソロで、ヨハン・セバスチャン・バッハの「愛するイエスよ、我らはここにあり」で、説明では、最初フルートの音、次いでクラリネットの音になるが、愛知県芸術劇場コンサートホールのパイプオルガンは国内で一番きれいなクラリネットの音をだすと話した。それで注意深く聴いた。

 3曲目は、リクエストに応えたもので、同じバッハの「小フーガ ト短調」で同じメロディが繰り返されるおなじみの曲である。

 その後、武内教授よりトランペットの説明があった。武内教授のトランペットの一つは日本にはたった一つしかないものだという話であった。

 4曲目は、武内教授のトランペットソロで、ヘンリー・パーセルの「トランペットとオルガンのための組曲」からⅡ.マーチとⅢ.メヌエットとシチリアーノが演奏された。初めて聴く曲であったが楽しく聴かせてもらった。

 5曲目は演奏順が6番と入れ替わり、ウーヴェ・コミシュケさんのトランペットソロでトリステン・ぺピのエヴォカティオンという小品だがいい曲であった。

 6曲目は、オルガンソロで、バッハの讃美歌「目覚めよ呼ぶ声あり」であった。

 最後の7曲目は、ヴィバルディの協奏曲「2本のコルノ・ダ・カッチャのための編曲」で、コミシュケさんが金色の、武内さんが銀色の楽器で演奏をした。Ⅰ.アレグロ、Ⅱ.ラルゲット。Ⅲ.アレグロと最後の曲らしくよい選曲であった。

 その後アンコールはないものと思っていたら、素敵な曲を演奏してくれた。題名の紹介がなかったので帰るとき聞きにいったら、係りの人が「知らないから知りたかったら電話して」と言っていた。

 今日の演奏会は、期待にたがわずとてもよい演奏会で、トランペットがオルガンとどうコラボするのか興味津々であったが、素晴らしく合っていたので感心した。多分3本の異なるトランペットを取り替えながらの演奏で、高い音、中くらいの音、低い音とそれぞれがよく調和していた。そして改めてオルガンの凄さを認識した。

 残念であったのは、左の席の男性で、最初は一つ空けて座っていたのに始まる前に私の隣に移って座った。その男性は、演奏を聴くとき、まるで氷のように固まって聴いていた。ずいぶん変わった人だと思っていた。

 私はボールペンで、プログラムに、音を立てないようそっとメモをしながら、聴いていた。3曲目の途中で、彼はいきなり、「ごそごそと動いたり、ボールペンをカチカチやらないでほいしい」と言った。私は、音をたてないようにしていたのだが、それでも彼には気に入らなかったみたいだ。私は、「ちょっとメモをしたいのです」と言ったが、それきりメモはやめた。

 これまでの人生で聴き方を注意されたのは初めてであったので考えながら聴くはめになってしまった。4曲目からは左隣が気になって20%ぐらいは興をそがれてしまった。

 クラッシク音楽のコンサートでは、日本人はだいたい固くなって聴く人が多いと、以前にどこかに書いてあったのを読んだ記憶がある。それに対し、西洋人は体で反応しながら聴くのだという。

 私は、クラッシックはオーストリアで1回コンサートに行っただけだから、その真偽のほどは知らない。

 それにしても、氷のように固まって聴く必要があるのか大いに疑問をもった。音を立てずにちょっとメモをする動作も気になるというのは異常だと思うのだ。

 私の右隣の人は、アンケートを書きながら聴いていたが、私には別段気にならなかった。気になったのは、後ろで演奏中に大きな咳が聞こえたときぐらいだ。でも、生理現象だからそこは大目にみるべきでる。

 前にも書いたが、邦楽の演奏会では結構周りがごそごそと動いたり、話し声が聞こえたりすることが多い。それもほどほどに願いたいが、クラッシクももう少しリラックスして聴く方がよいのではないか。

 以前にも書いたが、コンサートホールのスピーカーは本当に質が悪い。音のシアターなのに不思議でならない。せっかく吉田さんがマイクを握って説明をしてくださるのだが、聞き取れない部分が多い。芸術劇場には何とか改善をしてほしいものだ。

 なお、聴きもらした方は、11月25日(日曜日)午後3時半から、カトリック五反城教会(地下鉄東山線「岩塚駅」下車2番出口、徒歩5分)で聴くことができる。教会で聴くとまた違った味わいがあるのではないかと思う。入場は無料(お志)である。

「パイプオルガンと合唱と聖歌によるクリスマスのお話」

 12月23日(日曜日)14時:30分開演、 カトリック南山教会大聖堂 入場無料

  地下鉄 鶴舞線「杁中駅」下車

 

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コメント

 こちらは気を付けながらメモしたのであって、自分の聴き方が最高みたいな寛容のなさは辟易です。

ブログを読ませていたくだけで、当日の素晴らしい
音楽が響いてくるような気分になりました。まだまだ私たちのあまり馴染みのない作曲家の美しい音楽がたくさんあるように思いました。それにしてもその程度で苦言を呈する人がいるとは、不愉快なことですね。私も以前、同じ芸文で後ろに座っている人からみえないから、もう少し体を動かすように言われたことがあります。普通の状態で坐っていたので文句を言われる筋合いはない(確かに坐高は高いですが)ので、一瞬、自分が動けと言いたくなりましたが、見苦しい言い合いになるのも大人げないので止めました。特にシニアの中には些細なことで切れたり、立腹する人が多くなったそうです。そんな老人にだけはならないよう自戒したいとも思います。


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