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2012年10月12日 (金)

NHK 日中外交はこうして始まった」を見て

 今年は日中国交正常化40周年である。先日NHKで放送された「日中外交はこうして始まった」を録画で見た。最初に日中の関係を改善するために力を尽くしたのが、高崎達之助元経済審議庁長官であった。彼は1955年にアジアの貿易拡大を目指すアジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開かれた出席した。

 その時、中国から来ていた周恩来首相に会議のない日に華僑の住宅で密かに会った。高崎は「貴国の共産主義は好きではない。私は資本主義で行く」とはっきりと述べた。そして周恩来との信頼関係を築いた。

 そしてLT貿易の協定を結んだ。

 鳩山内閣で大臣を務めた高崎は中国との関係改善を目指して行動をしたのだ。貿易ができるところとは、中国でもどことでもやると言っていた。当時中国と日本が貿易をすることに反対していたアメリカを無視してやろうとしたのが凄い。

 もう1つ感心したのは、彼が「日本は中国を加害者である」と言ったことである。彼は満州重工業開発の総裁としてで日本がやったことを見て中国をひどい目に会わせていると知っていたのだ。

 ※高崎達之助の事績については

http://new22nozawa.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-16e9.html

 番組では、高崎達之助の後を受け継いで日中関係に力を尽くした人として古井喜実元厚生大臣を取り上げた。彼は親中派と言われながら、LT貿易が期限切れの後「覚書協定」を交わした。その後、田中角栄の日中国交正常化交渉では事前交渉を行った。

 1972年の日中国交正常化交渉の宴席で、田中角栄は「日本は過去において中国に大きな迷惑をかけたことをお詫びする」と言った。この時中国側の客はみなざわめいたという。迷惑をかけたというのはスカートを触って御免なさいという程度のものだというのだ。

 そこで次の日、大平外務大臣は万里の長城に行くとき、中国の姫外相と同じ車に乗り、「個人としては中国を侵略したと思っている。正常化は命を懸けてやりたい」と言ったという。それに姫外相は心を動かされたそうだ。

 高崎達之助の加害者意識、大平元外相の侵略者意識、田中角栄の迷惑意識、この認識の違いに驚いた。田中角栄は日中国交正常化の当事者として歴史に名を残すであろうが、もし、あの時「日本は中国を侵略したこ深く反省をし、心から詫びる」と言っていたら日中の関係は別の次元のよい関係になっていたであろうと思う。余りにもいい加減な歴史認識に愕然とした。

 周恩来は尖閣列島問題には触れないと言っていたのを、田中角栄は突然それを持ち出して周恩来を唖然とさせた。

 高崎は日中国交正常化を見ないで亡くなっている。

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コメント

 本当にそうですね。これから先をみてお互いの利益を考えて平和に付き合っていきたいものです。

中国と日本の関係が正常化して企業もどんどん中国の労働力で安い品物を作り売っていますが、尖閣問題で果たしていつまでも中国の安い労働力にたより製品を作っていけるのか不安に思います。先人の努力を無駄にしないような行動を今後していってほしいものです。

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