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2012年10月

2012年10月31日 (水)

第22回橘座公演「春雨や雷蔵独演会」

 年に2回、春と秋に開催される愛知産業工業高等学校の橘座公演が楽しみで案内を頂いたので出かけた。

 案内の葉書には「春雨や雷蔵」とあったが、私はその名前を知らなかった。テレビでも新聞でもこれまでに見たことがなかったのだ。落語家は400名以上いるといわれるから知らない人がいても無理はない。

 橘座公演は開場まえより並ぶので用心をして早めに行ったら、この日は雨なのですでに開場していてかなりの客が入っていた。持っていった本を読みながら13時の開演を待った。

 意外にも開演時にも席は少し残っていた。”春雨や”をやはり知らない人がいるのだと思った。

 前座は古今亭半輔という若手で、なんでも介護士から落語家になったのだと自己紹介していた。元気のよい話し方で有名な「初天神」を演じた。

 ◎初天神の落語http://www.niji.or.jp/home/dingo/rakugo2/hatsutenjin.html

 春雨や雷蔵の第1席は、「天災」でこれも以前に聞いたことがある古典落語だ。心学の先生と八五郎のやり取りが面白い落語である。人生の教訓にもなっている。あらすじは下記で見られる。

 http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/05/post_ba6c.html

 中入り後は俗曲で桧山うめ吉が三味線を弾きながら歌った。彼女の日本髪は自分の髪の毛で、自分で毎日結うのだそうだ。人間文化財みたいな人だ。私は都都逸は分かるが、小唄、端唄、新内などの違いを知らない。調べてみたら次のように書いてあった。

 「日本音楽の分類用語明治初年の新造語で,雅楽に対して民謡端唄長唄,義太夫などの三味線音楽や,流行歌(はやりうた),箏曲など庶民の音楽を指した。明治中期以降は,寄席で演じる音曲代名詞となった。代表曲は《深川》《奴さん》《大津絵》《かっぽれ》など。1950年代になって,端唄,うた沢,小唄など小歌曲の総称として,放送局が便宜的に用いたこともある。」

 うめ吉は可愛い声で小唄や端唄を歌った。最後に瓜と茄子の踊りを踊った。寄席での「うめ吉」は下記で見られる。

 http://www.youtube.com/watch?v=cVkt6h5Te0E

 春雨やの2席目は、「寝床」であった。大店の主人が大の浄瑠璃好きで、語るのをだれかに聴いてもらうためにご馳走を用意して長屋の者を集める。しかし、ひどい声なので誰も聴きに来たくない。それでも番頭に何とか集めさせたが・・・・というこれも有名な落語である。

 Youtubeで今は亡き桂枝雀の寝床をたっぷりと見ることができる。

 http://www.youtube.com/watch?v=1fQ_nl1Y-HU

 ちなみに春雨や雷蔵は下記で芸歴などを見ることができる。何度か賞を受賞している。

 http://www.geikyo.com/profile/profile_detail.php?id=70

 春雨や 雷蔵

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2012年10月30日 (火)

アライアンス・フランセーズ愛知の製菓コンクール

 フランスといえばフランス料理とワインとケーキということだろうか。アライアンス・フランセーズ愛知フランス協会主催の製菓コンクールがあった。参観もできるというので出かけた。

 コンクール作品出品者は8名、その他に自主的な出品や審査委員長の出品もあった。審査は日本人の田中パティシエ、館長、職員二人で行われた。ケーキを切ってそれを見た目、味わい、匂いなどで審査するようであった。水のコップを傍らに置いてケーキを味わって行くのは大変だろうと思った。

 審査の協議が行われている間に、参加者はケーキを頂いた。予め入場の時に抽選券をもらい、その番号のケーキを貰えることになっていた。

 私は4-1で、ただ一つ、日本の汁椀に入った和風のケーキが当った。それはチョコレートを柔らかくしてピンポン玉2個ぐらいの大きさの団子状にしたものであった。チョコレートをそれだけ食べるのはかなりしんどいと思ったが、その作品は、第2位を獲得した。ユニークさとソフトな味わいが評価されたようであった。

 その後、余ったケーキを食べてよいということで、私はマスカットがのっかった見た目のよいケーキを頂いた。1/6に切ってあるのでかなり大きく食べるのが大変であった。友達と来ている人はシェアしあっていたが、私は1人なので仕方なく自分だけで食べた。そのケーキは、見た目がよいこととスポンジが評価され第3位であった。

 第1位はチョコレートで周りを覆ったケーキでスポンジの部分にもチョコレートをあしらってあった。そのケーキを作ったのは男性であった。5千円の商品券と田中パティシエの講習券をゲットした。

 今回のケーキはチョコレートをあしらったケーキということのようでどのケーキにもチョコレートが使ってあった。

 ケーキは6等分されていたが、私は大きすぎると感じた。10等分ぐらいにして味わう種類を多くした方がよいと思った。

 参加作品はいずれもアイディアを凝らしたものであった。製菓コンクールというものは初めて見たが大変興味深いものであった。 

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2012年10月29日 (月)

ビッグイシューとホームレス

 おけらさんのblogにあった「ニュース深掘り」にビッグイシューのことが出ていた。それによると、ビッグイシューはもともとは1991年にイギリスで創刊されたものだという。私は、ホームレスの生活を助ける手段の一つとして日本で作られたと思っていたがそうではなかった。

 日本で創刊されたのは2003年だそうだ。大阪には1万人以上のホームレスがいて日本で一番多いという。ビッグイシューはその大阪で始まったのだ。大阪府の外郭団体の金を借りて始めた。

 販売を始めるときは、10冊を無料で渡している。始めたときは1冊を200円で売り、ホームレスに110円渡していたから最初の4年間は大赤字であった。2007年10月から300円にしたので単年度黒字になったという。ただし、累積赤字は残っているそうだ。

 現在は1冊300円でその内160円が販売者の収入になるのだ。大阪のホームレスを何とかしたいと佐野さんという人が始められたのだそうだ。

 ビッグイシューは書店には売ってなくて路上販売だけである。私も栄の中区役所の前で販売員を見かけることがあり、買ったことがある。

 最初は、19人の販売員で、それが16都市151人となり、10号まで行けるか心配であったが、今月で200号となるそうだ。1363人登録をし、160人が卒業をした。

  厚生労働省はホームレスは減っているというが、それは路上生活者を対象に調査しているからでネットカフェなどを利用する若者は数に入っていない。ホームレスがどれだけいるか誰にも分からないのだという。

 佐野さんは、ホームレスの数がそれだけいるか調べるだけでは駄目で、予備軍はは引きこもりが70万人、ニートもそれにはいるという。そういう人たちが路上に出る前に引き留める方策が必要で、仕事を作ることが大事だが、政治だけでなく民間もどうすればよいかを考えてほしいという。

 ビッグイシュー基金URL:

 http://www.bigissue.or.jp/about/outline.html

 

 

 

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2012年10月28日 (日)

中国の反日デモ暴徒化は長年の反日教育

 尖閣列島の国有化を引き金に中国の各地で反日デモが起こり、日本のスーパーや百貨店が襲撃され、商品が略奪されたり、トヨタ、ソニー、パナソニックなどの工場が襲撃され破壊されたのは記憶に新しい。

 24日の朝日新聞は、一面と11面を使い、「反日教育 若者を染める」という見出しで、暴徒化した原因を中国の長年にわたる反日教育にあると指摘している。

 この記事では、西安のデモで、日本車のカローラに乗っていた李建利さんの頭を滅多打ちにし、さらに何台もの自動車を破壊した蔡容疑者を取り上げている。

 彼は河南省南陽の出身で、小さい時から抗日ドラマや映画を見て育ち、小学校の頃は抗日ごっこをして「日本鬼子をやっつけろ」と叫んで遊んでいたという。小学校も5年でやめ左官の見習いなどで僅かな収入を得ていたそうだ。

 母親の楊水蘭さんは、「学校では日本人は悪いと教わり、テレビをつければドラマの多くが抗日もの。反日感情を持つなというのが酷だ。」と話している。

 中国では、抗日ドラマが量産されていて、昨年だけでも、12シリーズ、計396回が新たに制作されたという。この23日に全国放送されたテレビ局の半数の21局が抗日ドラマを放映したという。

 9月に西安で反日デモを組織した男性は、学校の歴史教材やテレビの抗日ドラマ、メディアの宣伝で「反日、イコール愛国」という世界観が植え付けられたと話した。

 農村部ではこうした一方的な愛国教育や抗日ドラマの思想に染められる若者が圧倒的に多いという。だから「愛国無罪」などと叫ぶのだ。

 山東省でイオンを襲った若者も、深圳で日本車を破壊した若者も、蔡容疑者と同じように貧しい農村から来た出稼ぎの労働者が大半であったという。中国メディアは彼らが暴徒化した動機を「給料が安いなどの現実の不満を吐き出し、私憤を晴らした」と分析しているそうだ。

 確かにそういう面があるだろう。だからと言って、当局が暴動を放置してやりたい放題にさせたり、ところによっては援助したりしてよい訳がない。「愛国無罪」つまり反日は愛国だから愛国は無罪という論理は筋が通らない論理である。

 経済発展を遂げ世界に冠たる国になったのだ。国際理解を深め国際親善を奨励するような教育こそ力を入れるべきであろう。

 勘ぐれば、中国政府は国民の不満をそらすために反日教育を執拗にやっているに違いない。日本はアメリカによって爆撃で壊滅的打撃を受けた。しかし、反米教育は行われたことがない。中国も正しい歴史認識は必要だが、誤った反日意識を煽るのは間違っている。即刻改めるべきである。

 言ってみれば、蔡容疑者も権力の犠牲者なのだ。スケープゴートなのだ。

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2012年10月27日 (土)

石原東京都知事の無責任な都政投げ出し

 石原東京都知事が突然辞任を表明した。任期は2015年まであるにも関わらずである。かねてより取りざたされていた新党を結成し、国政復帰をするためだ。新党は立ち上げれ日本党を解散して作るというが、いずれにしろ自民党と同じである。

 彼は、今期の都知事になる前にもあまりやる気がないと言っていた。それにも関わらず結局知事選挙に出て当選をした。東京都民は彼を知事に選んだからである。

 東京にオリンピックを誘致すると言いながら、知事を放り出して国政に乗り出すのだ。石原氏は都政にはやり残したことはないと言っているが、無責任も甚だしい。

 そんなことにお構いなく国政に向かうのは、彼の右翼的言動が受け入れられ当選は間違いないと踏んだからであろう。比例区で出るというから、当選するに違いない。東京都知事選と同じく、ミーハー的な連中が投票するであろう。

 石原氏は橋下維新との提携を期待しているし、橋下維新の会は早速エールを送った。兼ねてから両者は話し合いを重ねてきたというから、多少の不一致はあったとしても協力していくものと思われる。東と西で右翼ナショナリズムが手をつなげば一定の効果を上げるであろう。

石原氏は、26日、「消費税とか原発などは些細な問題」と述べた。国民の命に関わる原発や生活に密接につながる消費税が些細な問題であろうか。平気でそう言い切る石原氏の些細でない大事とは・・・・?

 民主党のだらしなさに飽き飽きした人たちが、反動的に彼ら保守右翼を支持する動きが出てきたことで、80歳の老骨に鞭打ってと言いながら出てくるのだ。

 彼らがどのくらいの勢力になるのかは、今のところでは分からないが、安倍自民党と言い、憲法を改悪しようという勢力が過半数を占めた場合大変なことになると恐怖感を覚える。

 選挙民は政党や候補者の言説をよく確かめて慎重に投票すべきである。耳触りのよいキャッチフレーズに惑わされないことが大事である。

 

 

 

 

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2012年10月26日 (金)

おかしな、おかしなドタバタNHK朝の連続テレビ小説「純と愛」

 NHK朝の連続テレビ小説「純と愛」を見ているが、これまでのNHKにはないドタバタドラマである。作者は遊川和彦である。

 主人公の狩野愛は、お客様に笑顔で帰ってもらえるホテルを作ることが夢である。石垣島にある祖父が作ったホテルのようなものが理想なのだ。彼女は祖父を尊敬し、何か困ったことがあると「おじい、どうしたらいいの」と心で問いかける。

 もう一人の主人公、愛は双子であったがその弟が病気で亡くなり、以後人の本性を見ることができるというオカルト的な能力を持つ。しかし、そのために正業に就くことができない。

 ホテルに純が就職した日、愛は純に出会い、以後愛のいるところに現れる。そして純はトラブルがあると愛に助けを求める。

 純が働くオオサキホテルは大崎社長はゴルフと女性にうつつを抜かしている。宿泊部長米田は事なかれ主義でこれが経営をやれるのかと疑いたくなるような人物である。総支配人はくしゃみばかりをしている。女性の上司桐野はいつも笑顔がなく冷たくて仕事の鬼である。

 そん中で純はいろいろとトラブルを巻き起こす。純は言葉遣いがホテルの接客係とは思えないような乱暴な今の若者言葉である。気性も激しくて父親とはそりが合わない。その父親は頑固なホテル経営者で、純の兄弟も自分勝手な行動をしている。その間に挟まって優しそうな母親だけ右往左往している。

 純が巻き起こすトラブルは普通なら解雇ものだが、何故か首がつながっている。本当にどこから見ても脈絡のないドタバタ劇で、そこに愛という不思議な青年が絡んでありえない超能力を発揮するのだ。

 イケメンのフロントのしつこい誘いを断って、いつしか純と愛は接近する。ドタバタ喜劇ならまだ許せるが、真面目そうなドタバタであり、大人のファンタジーを狙っているというがとてもそんなものではない。

 今朝のシーンは超豪邸の愛の家で両親に会う場面であった。父親も母親も弁護士だが父親は母親に頭が上がらない。母親は子どもたちを自分の思いのままに強圧的に教育しようとしてきたようだ。なんとも理解しがたい人物像ばかりだ。

 「ゲゲゲの女房」は最近では一番であった。次が「カーネーション」。やはり実話にもとづく方がよさそうだ。「おひさま」や前回の「梅ちゃん先生」もまあまあ見るに耐えた。そこへいくと、「純と愛」は最低ではないのかと思う。

 今更ドラマの描き方を変えよとは言えないし、これからどうなるのか知らないが嫌々見るより仕方がないか。

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2012年10月25日 (木)

レクチャー「日本酒とワインの比較」を聞く―④―

 参考資料をもとに続きを書く。

 「麹」についてである。麹とは、麹菌というカビを蒸した米に人工的に繁殖させたものである。このカビは「酵素」のかたまりである。カビと聞くと、例えば正月に残った餅を放置してカビさせることがある。青や赤のカビが生えた餅を水に入れて置いてぜんざいなどにしたものである。蜜柑もよくカビるがこれは食べられない。

 だからカビと聞くと嫌なイメージが湧くが、酒を造る「麹」は極めて有用なものなのだ。それなくして酒は造れないのだから。

 「酵素」とは何か。人間は生まれながらに3000種以上の酵素をもっているそうだ。唾液に含まれる消化酵素は誰でも知っている。食物をかみ砕いたとき混ざって体内に吸収しやすくなるのだ。

 では、日本酒の麹菌から作られた酵素は次の二つが主なものである。

①米を溶かす液化酵素

②できたデンプンをブドウ糖に変える糖化酵素

 米を溶かす酵素の力が強ければ、よく溶けて、味のボリュームが上がるという。デンプンをブドウ糖に変える酵素が弱いと酒がうまくできないという。そこで「どういう日本酒にしたいか」という設計図のもとに、酵素のバランス、ちから加減を設計して造るのだ。

 麹の造り方は

①精米する

②米洗って水を吸わせて蒸す

③蒸した米を「室」(むろ)に入れ、温度と湿度をコントロールする。室温は30度。そこで麹菌を蒸した米に定着させる。

④最初の24時間は、そのまま保温保湿で過ごさせる。24時間後米の温度は36度ぐらいになる。

⑤最終的に約30時間かけて43度を目指すという。

 このようにして麹を造るのだが、菌を定着させてから、かける時間によって造られる酵素の比率が違ってくるのだそうだ。それによって質、量の違いができ、味や香りが異なってくるのだという。酒造会社によって違いが出るのはそのためである。

 日本酒には、「酒造好適米」が認定されているし、同じ米を使っても精米歩合が異なる。それで品種、精米歩合によっても麹の中身に違いが出る。

 日本伝統食品の祖、麹は遣唐使が持ち帰ったと思われるという。700年ごろの書物に麹が現れるという。「糖」は米偏に唐で表す。

 ところで、中国の麹と日本の麹は似て非なるものだという。日本に伝わってから、日本の民族性、気候風土が加味されて変化し、進化を遂げたものだ。

 中国の麹は米を洗わずそのまま麹へ誘導するが、日本では、米を磨き、洗い、蒸す。そこに大きな違いがある。

  萬乗酒造 http://kuheiji.co.jp/index.html

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2012年10月24日 (水)

レクチャー「日本酒とワインの比較」を聞く―③―

 これから書くことは、レクチャーで話されたことではなく、参考資料として配られた資料に基づくものである。

 レクチャーの後出された質問、「日本酒が世界に普及しない理由は何か」の答えとして、ニコラス准教授は、「麹」の存在をその一つにあげていたことは先回書いたとおりである。

 ここで「麹」について、資料をもとに紹介したい。

 日本酒もワインも「醸造酒」という枠でくくれば同じ仲間と言える。しかし、製造方法からみると全く違っている。日本酒の原料は米、水、麹、酵母であり、ワインの原料は葡萄、酵母である。

 もう少し詳しくいうと、日本酒は、米(澱粉)を麹(カビ)の力で糖化しブドウ糖の液体にし、それに酒酵母を加えて発酵させてアルコールを造ったものである。(糖化と発酵は並行して行われるという)つまり、「並行発酵」である。

 ワインはブドウ糖に酵母が作用して発酵させアルコールを造ったもので、単発酵(糖化させる過程がない)である。だから西洋人は、麹カビのことを知らないのだ。

 日本酒を造るには、米を麹の力を借りて糖化させるプロセスが必要なのである。これは大変な作業だが、利点としては、米は持ち運びができるのでどこでも酒を造ることができることだ。

 麹とは、麹菌というカビを蒸した米に繁殖させたもので酵素のかたまりである。この酵素の力で澱粉をブドウ糖に変えるのである。日本酒のでき具合は麹の出来具合で決まるのである。

 ワインの場合、葡萄をつぶしてジュースにし、酵母が加われば発酵が始まるのだ。ただ、葡萄がないとワインを造れない。だから葡萄畑の近くで造られるのだ。

 では、麹とは何か?

                        ―つづく―

 

 

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2012年10月23日 (火)

レクチャー、「日本酒とワインの比較」を聞く―②―

 江戸時代、日本酒は畿内の京都と兵庫で造られ、江戸や地方に運ばれた。畿内で酒が造られたのは、富裕層が酒に金をかけ、上等な酒を造るようになったからだ。それ以前、室町時代に奈良の寺でろ過、火入れなどの新しい技術が開発されて、保存や長距離輸送ができるようになったのだ。それに加えて樽廻船により海上輸送が盛んとなったことも関係している。畿内の酒が江戸に行くので「下り酒」と言われている。

 明治時代になって酒造りは産業化した。そして鉄道という交通手段により日本中に広まった。酒は米とよい水があればどこででも造ることができるので全国に普及した。しかし、現在でも京都と兵庫で45%もの酒を造っている。

 ワインは酒と違い、葡萄がないと作れない。フランスのボルドーはワインの生産地として有名であるが、ここはもともとは沼地であった。それを改良して農地にしたのだ。葡萄の適地であったからではなく、政治的に決められたものであった。

 イギリスでは気候から葡萄を作ることができない。ボルドーで造られたワインは船でイギリスに輸出された。そして北欧へと広がっていった。

 ワインと酒の共通点は、どちらも交通手段と消費地である。ワインは船とイギリス、酒は船と江戸、という訳だ。

 ところで、ニコラス准教授は、次の飲み方について二つのフレーズを示した。

  ①食べながら飲む

  ②飲みながら食べる

 さて、どちらがワインでどちらが酒かわかるだろうか。しばらく考えてみてほしい。

 彼は、ワインにはソムリエがいるが日本酒にはソムリエがいないと指摘した。そして日本酒にもソムリエがあった方がいいのではないかと言った。ソムリエがいないのは、日本食と関係があるのかもしれないといい、例えば蕎麦屋とかウナギ屋とか特定の食事を扱う店が多いことをあげた。

 酒とワインは影響し合って飲み方が変化してきたという。ワインのように酒を飲んだり、酒のようにワインを飲むということがあるという。日本酒にもワインを意識して造られたものが出てきた。

 さて、先ほどの宿題はどうだろうか。

①はワインで、②は酒である。

 酒は肴と一緒に飲まれ、最後にご飯となる。日本人が酒を飲んだ後ラーメン屋などに行くのは西洋人には驚きだという。ワインは食事と共にあり、パンとも出される。

 昨日の、コメントに書いたのだが、「酒なくて なんでおのれが 桜かな」は、古典落語「長屋の花見」や「寄合酒」に出てくる川柳だが、江戸っ子(当時の日本人)の酒の飲み方をよく表している。寄り集まって賑やかに歌や手拍子や踊りで飲むのが日本酒という一面がある。もちろん茶道の懐石に供される酒はその反対の静のものである。

 ワインはというと、何か教養を必要とする雰囲気がある。特にフランス料理の場合はその感じが強い。だからソムリエにアドバイスを・・・・となるのだろう。

 レクチャーの後、日本酒の試飲があり、緑区の九平治酒造のワインを意識した大吟醸酒と原酒が出された。大吟醸はさすがにいい味がした。

 私は、日本は世界に冠たる「発酵文化」をもっているとニコラス氏に話した。酒、味噌、醤油、各種漬物、納豆、酢、なれ寿司、麹、酒粕・・・・それらは日本人の健康に大いに貢献している。

 白玉の歯に染み透る酒は静かに飲むべかりけり(牧水)

 

 

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2012年10月22日 (月)

レクチャー、「日本酒とワインの比較」を聞く―①―

 日本酒とワインを比較し、共通点と相違点についてのレクチャーを聞いた。主催は、アリアンス・フランセーズ愛知フランス協会であった。

 この協会の館長がまだ日本に来たばかりで、日本語を学習したいというので、愛知国際プラザの日本語教室の学習者となり、たまたま私が担当したのだ。

 彼が21日に「日本酒、日本固有の酒」というテーマでレクチャーがあるからよかったら来ないかというので出かけた。

 講師は、名古屋大学の准教授で、まだ若いニコラス・ボメールというフランス人であった。彼は、博士論文で日本酒を取り上げたのだという。この分野における日本酒に最もよく通じたフランス人だといえよう。

 彼が日本酒と出会ったのは、2002年に会津であったそうだ。日本酒に魅せられてワインとの比較研究をすることにしたのだ。ヨーロッパでは酒の製造方法を知らないので、日本酒はアルコールが強いと思われているそうだ。

 安土桃山時代に日本に来たフランシスコ・ザビエルは、日本には葡萄がないので米のワインを飲むと記しているそうだ。酒を米のワインと定義し、飲み方はワインと同じであると書いている。また、ワインのかわりにミサで使ったこともあるという。

 ワインも日本酒も宗教と関わりがあり、普及に連れて文化となった。ワインはメソポタミヤに起源をもち、ギリシャではディオニソス、ギリシャ語のシンポジウムは饗宴を意味し、ワインが使われた。ローマではバッカスと変わったが、豊穣、生殖などを象徴した。ローマ時代には全地中海へ広がった。

 イエスキリストは、カナの奇跡で水をワインに変えた。また最後の晩餐ではワインが使われている。ワインはキリストの血でありキリスト教とは切り離せないものである。修道院では葡萄畑があり葡萄が栽培されている。

 やがてヨーロッパ中に広がった。そして今やワインは世界規模に広がっている。

 日本酒は、もともとは中国の揚子江あたりから作り方が伝わったものである。神道と結びつき神々へ奉納された。

 稲作が行われる日本では、米を原料に酒が造られたが、水、米、発酵により奇跡の飲料として、神事、結婚式、祭り・・・・などで使われている。しかし、儀式だけでなく、喜びの飲料でもあるのだ。日本酒は日本の酒という意味である。日本だけで造られた。

 ヨーロッパでは斜面に葡萄畑が広がり、美しい風景となっているが、日本では稲田だけで地味である。

 ワインと酒は文化の中心にある。フランス人1人年に160リットルのワインを消費ししている。日本酒が最も多く造られたのは1930年ごろでアルコール飲料の80%を占めた。

 彼は質問に答えて、日本酒がワインのように普及していないのは、一つには麹を使って造ることであり、もう一つは、日本が世界に進出してまだ歴史が浅いことも関係していると言った。

                 ―つづく―

 

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2012年10月21日 (日)

TEDより、「A MAGIC TALE 素敵なマジックの話」

 毎回TEDの面白いスピーチを取り上げているNHKスーパープレゼンテーションでは今回は「A MAGIC TALE 素敵なマジックの話」を放映した。スピーカーはマルコ・テンペストというマジシャンでテクノ・イリュージョニストと呼ばれている。

 彼はもともと優秀なマジシャンであったが、あるとき、パソコンとマジックを結合することを思いついた。すぐにアップルのジョブズ氏に、「もし、最新のパソコンをくれるなら最高のマジックを提供します」と手紙を書いたらジョブス氏からPCが届いた。それを使って彼は新しいマジックを創造したのだ。

 彼はそれを「拡張現実」(augumented reality)と呼び、現実とCGを結合したものだという。We all want to share augumennted reallityと言っている。

 プレゼンテーションは、会場にPC,カメラ、投影機などを持ち込み、彼が作り出した映像とマジックを見せながら話した。映像はスクリーン上だけでなく、空間にも出現する。

 さて、彼のスピーチである。

 マジックの観客の関心はトリックのタネにあるが、マジックの興味はそれだけではなく、欺かれることを楽しむのだという。欺かれる(decieve)ことを楽しむには疑いを一時保留するのだ。

 彼は、詩人コール・リッジの次の言葉を引用している。

「真実らしさを持たせて、読者を信じようとする心を引出し、その結果、束の間の詩的信仰が成り立つのだ」

 詩や小説や映画などと同じで、どんな舞台芸能も虚構を信じなければ成り立たないと述べる。拡張現実もただの最新技術(テクノロジー)であり、手品も器用な技を披露しているだけだ。それでも人は信じるのだ。架空の世界に入る、つまり、架空に感情移入をする。だから手品も成り立つのである。

 かの有名なマジシャン、ロベール・ウーダンは、手品師を語り手と考え、「手品師は曲芸師というより、役者なのだ」と言ったことを紹介し、マルコは、手品はお芝居であり、一つひとつの手品はお話なのだ。だから、ハッピーエンドが必要なのだと言う。

 手品はひねり(twist)のある物語(story)だという。デ・ボーノを引き、「脳はパターンの総合装置である。」と言い、だから、観客はまんまと騙されるのだという。

 手品の基本は、注意をそらすことである。客は論理的な推理をするように仕向けられ、裏をかかれる。手品はジョークに似ている。聞き手の予想を裏切って、見事に裏切るオチをつけて笑わせる。論理を超越した結末に新たな見方を与えられ、驚き、それを笑いで示す。

 面白い話は聞き手の一歩先を行くものだ。人間の脳は出来事を感情と結びつけて考える。腑に落ちる構成を自然に組み立てる。そして他者にも伝えたがる。今やテクノロジーでそれが可能だ。ツールとして、ツイッター、facebook・・・などがある。

 人間は、物事を比喩的に捉え、妄想も混ぜ、人生を脳内で脚色する。お話が自分を形成し、時には自分を変えてくれる。その上人のつながりも深まる。楽しい話なら笑顔になる。

 手品(magic)は楽しいもので、人々を笑顔にし、人とのつながりを深めるものだといいうことだと思われる。彼は、現代の最先端のテクノロジーを使い、現実のものと結合して「拡張現実」という新しいマジックの世界を作り出した。

 最後に彼が披露したのは、お客から借りた3台のスマートフォンを使って、会場のPC,カメラ、そして別室のアシスタントと瞬時にトリックを作り出し、スマートフォンを操りながら、驚くべきマジックを見せることであった。

 私の感想は、確かにテクノロジーを使ってマジックを従来のアナログのマジックと結合することは素晴らしいが、テクノロジーの部分は、何でもできてしまうから、人々は「なーんだ、コンピューターで作ったのか。」と、冷めてみてしまうのではないかと思う。実際、毎日のテレビでCGを駆使したマジックのような映像をコマーシャルなどで見せられている。私たちは慣れっこになってしまっているのだ。

 そんな中でアナログな従来のマジックはかえって輝きを増すのではないかと思うのである。

 下記のURLで詳細を見ることができる。

 http://www.nhk.or.jp/superpresentation/backnumber/121015.html

 

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2012年10月20日 (土)

新手の詐欺?

 先日の夕方のことである。電話がかかってきたので取ったら、大阪からだという。会社名を「???アライアンス」と名乗った。そして電話に出たのが私(当人)であるかどうかを尋ねてきた。

 私が本人だと言うと、「怪しいものではありません。監督庁(政府の機関の名を言ったが忘れた)の許可を得て電話をしています。何かに投資をしろとか買いなさいとか言うことではありません。」と、政府のお墨付きがある様なことをいった。

 引き続いて、「あなたが住んでいる愛知県では玉○○(聞き取れなかった)と言う会社が100名の方に特別の割引(無料と言ったかもいしれない)で家を建てるキャンペーンをしています。貴方はそれに見事に当選しました。」と言い、急に声の調子が高くなって「おめでとうございます」と言った。

 そこまで聞いて、私は「おめでたいのはそっちだ」と言ってガチャンと電話を切った。切った。切った後でしまったと思った。もっと詳しく聞いておけばよかったと思ったのだ。そうすれば適切な情報を提供できるからだ。

 1か月ぐらい以前にも、政府官庁の許可を得ているという会社から、詐欺行為に気を付けるようにという電話があったことがある。

 そのときも何でわざわざ警告の代行をしているのか、どうやって利益を得ているのか不思議であったが、警告だったのでそのまま承った。

 今回の電話はそれと関係があるのかどうか定かではないが、安心をさせて置いて改めて電話をするという巧妙なやり方かも知れない。

 電話番号は、06-758-7431であるが、インターネットで調べたら、該当の番号は不明だと出た。

 とにかくおかしな電話には出ないことが大事だが、知人かも知れないと思って出たのが間違いであった。

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2012年10月19日 (金)

第9回人生の達人のための音楽会を聴く

 「人生の達人のための音楽会」という凄いタイトルの音楽会を聴きに行った。今回は9回目だという。最初チラシを貰ったとき「えっつ?!」と思った。これは真面目なのかユーモアなのか、それとも? 「俺のような人生の不器用な生き方をしている者はお断りじゃないの?」と思った。

 いったい”人生の達人”というのはどういう人のことをいうのだろう。その定義が知りたいものだ。

 演奏は「NPOとうかいマスターズオーケストラ」という団体でNPOをいうのも珍しい。マスターズというのは要するに熟年者という意味であろう。友人がこのオーケストラに参加したので存在を知ったのだ。

 コンサートは、10月15日(月)に、伏見のザ・コンサートホール(電気文化会館地下)で開かれた。開場時刻よりかなり早く着いたので本を読みながら待っていると、予定より5分早く開場してくれた。

 私は、通路のすぐ後ろの真ん中に席を取った。自由席でなければプラチナ席であろう。私の1つおいて左となりの男性は、私との間に荷物を置いた。1つおいて右隣の婦人は私との間に荷物を置いた。きっと後から来る知人のために席を取っておくのであろうと思っていた。ところがコンサートが終わるまで荷物が置かれたままであった。

 先にも書いたようにプラテチナ席である。会場は一杯になったし、隅に座っている人もいるのだ。当然荷物は自分の膝に置くべきである。私はとんだ人生の達人がいるものだと呆れた。

 観客は人生の達人と思しき人たちばかりであった。聞こえてくる話は楽譜の話などで音楽関係の人も多いようであった。

 指揮は山田純名古屋芸術大学大学院教授であった。

 曲目は、

①シューベルト交響曲第3番D200ニ長調 シューベルト18歳の時の作品であるという。この曲の初演はシューベルト(31歳で亡くなった)没後50年もたってからだそうだ。

②C.シュターミッツヴィオラ協奏曲Op.1 ニ長調 1775年ごろに作曲されたこの曲は彼の代表作だそうだ。ヴィオラは林徹也マエストローラ音楽院院長であった。

③モーツアルト交響曲41番ジュピターK.551 ハ長調 32歳の時作曲した最後の交響曲。イギリスの興行師ザロモンが、ローマ神話の天空神にちなんでつけたものという。

 楽団員は総勢50名余でこじんまりとしていた。私は楽器は何もできないので分からないが、よくまとまって楽しく聴くことができた。

 次回は、第10回目を2013年4月7日(日)午後、しらかわホールで開催予定という。

 

 

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2012年10月18日 (木)

ケアパートナーズでマジック・ボランティア

 10月15日(月)に南区の日本碍子ホールの近くにあるケアパートナーズ笠寺という介護デイサービスの施設に名古屋華マジカルグループから行った。総勢4人で、うち1人は音楽を担当した。

 早めに着いたので準備をしてしばらく談笑して過ごした。音楽のHさんは、マジックのベテランだが、今回は歌を歌うということであった。自分で作ったというカラオケとマイクやアンプのセットを用意していた。カラオケも装置をセットしなければならないから大変だと言っていた。

 会場はどこでもそうだが食事もできる大きい部屋で椅子が横に幅広く並べてあり、50人ぐらいの人が座っていた。私は、横幅が広いからもう少し縦に並べるとよいのでは・・・と言ったが、Hさんは大丈夫でしょうと言った。それで両サイドの人が見やすいよう中央向けに並べてもらった。

 担当の人が早めに始めてもいいかと聞いたので、準備はできているからいつでもいいと答え、予定より5分早く始めた。結果的にはそれがよかったのだ。10分ぐらいと言っていた人が20分もかけ、結局マジックだけで20分もオーバーしてしまったからだ。音楽のHさんには大変迷惑をおかけした。

 最初に演じたのはNさんで、80歳より高齢だと思うのだが、お得意のロープマジックやシルク、絵本が出るマジックなどを観客にも手伝ってもらって演じた。東山千栄子そっくりなNさんは、ゆっくりとゆったりと観客の呼吸に合った演技をして大変好評であった。

 次は、私で、椅子を用意して時にはその上に登って観客によく見えるように配慮して演じた。ロープ、カード、シルク、そしてリングを演じた。カードの絵が出現したり、ロープがつながったり、リングが脱着したりするのを見て声をあげて不思議がっていた。

 トリは、Tさんで、紐にくっつくリングや花を出すマジックなどをやり、最後はお得意の「赤ずきんちゃん」の物語をマジックにしたものであった。これは彼女のオリジナルで読み聞かせをしているだけに観客を見ながら上手に演じた。最後のところで鉄砲の音を出すよう頼まれてクラッカーを鳴らしたのだが、凄い音で私自身もびっくりした。

 マジックのあとはHさんが用意した歌詞カードを配って歌った。元音楽教師だけあって堂々とした歌唱であった。

 曲目は、「赤いハンカチ」、ニコライの鐘」、「リンゴの唄」、「憧れのハワイ航路」、そして私の知らない曲の5曲であった。往年のヒット曲ばかりであった。私も声を張り上げて後ろで歌った。

 演技の途中、職員の方たちがいろいろと利用者の皆さんが集中できるように、楽しめるように気を配って下さった。観客の反応も大変良く、楽しく演じることができた。

 終わって控室でお茶を飲んでいたら、利用者の岩田さんという男性が車椅子に乗って職員ときた。とてもよかったからお礼を言いたいということであった。話すのは難しそうであったが、Tさんが手を握ってあげると涙を流していた。

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2012年10月17日 (水)

昭和生涯教育センター祭りでコンサート

 先週の15日(土)に昭和生涯教育センターで開かれたセンター祭りに参加して、女声コーラスのスイートポテトとジョイントコンサートを開いた。

 午前10時半から、まず、スイートポテトが歌った。スイートポテトは30年以上の歴史がある子r-ラスグループで、指揮者の奥田先生も代わっていない長寿グループである。今年はカーキ色のユニフォームを作り、張り切っていた。

 アカペラで「さくら」を歌いきれいな歌声を響かせた。その他に

 合唱組曲「ぎんいろ時間」より、「じかん」と「さよならのテープ」を歌った。

 3番目は、ラジオ歌謡の「花の街」

 4番、「鞠と殿様」

 最後は、手拍子を入れて、調子が良い「今日にありがとう」

 今年は、昨年にもまして声がよく出ていたし、きれいにハモっていた。「さくら」、「花の街」、「今日にありがとう」などは印象に残った。

http://twitsound.jp/musics/tshvhFLwE

 全員合唱は、秋らしく「紅葉」であった。

 10分ほど休んで、我が昭和男爵コーラスが出演した。仕事の関係で休んだ人などをのぞいて13名が歌った。それぞれに団員が曲名紹介を行った。毎年やっていて好評のものだ。

①昔なつかしい、よく親しまれている「山小屋の灯」、

②ロシア民謡に詩を付けた「山のロザリア」。これらは2部合唱で歌った。 

③若山牧水有名な短歌3首に古関裕而が作曲し大ヒットした「白鳥の歌」を2部合唱した。

④最後は、今回初めて4部合唱に挑戦し、磯部俶が作曲した室生犀星の「ふるさと」を歌った。人数が少ない上に4部合唱なので練習の時からずいぶん苦労をした。まだまだ発展途上であるが、とりあえず現時点のものを聴いてもらったのだった。

全員合唱は、「見上げてごらん」を会場の皆さんと歌った。

 昭和男爵コーラスも6年目を迎え、来年は男声合唱曲「からまつ」や「砂山」も練習することになっている。コンサーと終了後指揮者から厳しい注文が出された。

 下記のURLをクリックすると「白鳥の歌」が聴ける。(2013年1月24日まで)

 http://twitsound.jp/musics/ts6GnbfZ0

 

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2012年10月16日 (火)

楽しいひと時、「一宮マジックフェスチバル」

 10月14日(日)に「一宮マジックフェスチバル」が一宮市民会館であった。主催は、一宮マジッククラブである。春に名大マジッククラブの発表会を見に行ったとき、たまたま私の前に並んでいた女性と話をしたら、一宮マジッククラブの会長の小川さんと言った。そのとき、発表会をやると言っていたので観に行ってみたいと思っていた。何とか都合をつけて行くことができた。

名鉄の一宮行急行に乗れたので、思ったより早く一宮に着いた。改札のところにダイソーがあったのでエッツと思ったが覗いた。外に出ると、バス乗り場があったが名鉄バスだった。乗務員に市バスの乗り場を尋ねたら反対側だと言った。  そちらに行くと、そこは名鉄バスのターミナルであった。仕方がないので係りの人に聞いたら、市バスは出たばかりで1時間ぐらい待たなければならないと言った。名鉄バスでも行けるというのでバスに乗った。両郷町口ということろで降りて、そこの果物屋で道を聞いて歩くこと10分やっと市民会館に着いた。    マジックショーは、何と大ホールを使ってやるのだと分かり大変驚いた。12時10分ごろだったのに既に30人ぐらい並んでいた。会場に入るとだんだんと人が増え、名古屋華マジカルグループの連中も4人来た。

 13時に開会した。第一部は7人で、出演者は男性ばかりであった。レインボーと題して、レインボーレコードのマジックから始まった。上手に演じていた。

 2番は、ファンタジーと題してスチックを巧みに操っていた。学生はスチックをよくやるが一般の人でやるのは珍しいと思った。

 3番は、トルコ帽で、私もトルコ帽を持っているのでどう演じるか興味津々で見た。トルコ帽からタマゴ以外に長いシルクなどやバネ花などを出して工夫が見られた。

 4番は、安来節。我がクラブのNさんもやったので、これも楽しみであった。全く違った演技でいろいろなやり方があるのだと感心をした。

 5番は、カップ&グラスで私も持っているカッププロダクションに独自の演じ方を加えて演じていた。

 6番は、黒田節の踊りと如意独楽で、和服を来て独楽を巧みに操ってフローティングさせていた。最後は般若の面を素早く着けた。

 7番は、バルーンミステリーでバルーンを貫通させ、中にシルクを出したのがミステリアスであった。

 15分の休憩の後、8番目はゲストで鹿児島から来たというプロが中国の変面を軽快に演じて観客の喝采を浴びた。京劇由来のマスク早変わりだが日本一という紹介通りであった。また、テーブルのフローティングも巧みに演じた。

 9番は、中華セイロで照明にキラキラと映えるセイロから、シルクやたくさんの果物など目いっぱいに取りだしていた。

 10番は、似合うかなと題して、ネクタイのようなものを使ったマジックで初めてみるものであった。ボールを出すマジックもやった。

 11番は、シルク物語で、シルクを使ったマジックの数々を演じ、最後はファウンテンシルクから大きなエンディング幕を取り出した。

 12番は、アラカルトで復活や花の取り出しや伸びる花などを組み合わせて上手に演じたが、何でもクラブの最長老だということであった。

 最後は、小川会長がアシスタントを2人使って、シルクからハトを巧みに取り出した。取り出したハトをぺしゃんこにしたり、消したり、出現させたりした。全部で6羽のハトを使ってさすがは会長だと思わせた。

 舞台の背景には、さまざまな動く模様を写し出し、音楽はリズム感のある若い人の物を使っていた。

 全員が何種類かのマジックを組み合わせて演じた。

 ケーンや吹雪や投げて出すシルクなど何人かの人が似たようなものを取り入れていたのがちょっと残念な気がした。

 結局最後の会長が紅一点であった。年齢の高い会員が多いということであったが、それだけに見ごたえのある演技であった。

 出かける前に、ベテランの細田さんに一宮マジックを見に行くことを話したら、是非行ってらっしゃい。なかなかいいマジックショウをやるからと言っていた。名古屋華マジッククラブから行った6人もみなよかった、楽しかった、勉強になったと言っていた。

 

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2012年10月15日 (月)

高齢者の誤嚥と誤嚥性肺炎と胃ろう

 「平穏死という選択」には、高齢者がよく誤嚥を起こすこと、それが原因で誤嚥性肺炎になることがしばしばだという。医者は誤嚥性肺炎を治療すると、次は患者を消化器外科に回して胃ろうを付けさせるというのがお決まりのルートだと書いている。

 しかし、著者の石飛医師はそのやり方に疑問を呈するのだ。「胃ろうの是非を考える」という項目では、高齢者が食べられなくなったら必ず胃ろうが必要か考えようと言っている。

 高齢者に誤嚥性肺炎が多いのは、高齢になると身体の反射機能が低下し、気管の出入り口を蓋している喉頭蓋が飲みこむときにしまらなくなる。それで気管に入ってしまい誤嚥となる。それが原因で誤嚥性の肺炎をおこしてしまうのだ。

 健康なときは異物が気管に入ってもむせて喀出できるが、高齢になって反射機能が低下するとそれもうまくいかなくなるのだ。特に認知症の場合は中枢機能の低下が伴うから余計に困難になる。(P.47)

 私のコーラスグループにいた歯科医の伊藤さんは、誤嚥を予防するのに、舌を思い切り突き出したり、引っ込めたりすることをやるとよいと言っていた。これは歌を歌う場合も舌を柔らかくするので指揮者も勧めていた。それで私は風呂に入る度に実践している。それでもときどき誤嚥をすることがあるが。

 この本に、芦花特別養護ホームでの実例が紹介されている。松永さんという人が奥さんの胃ろうを断って自分で食事の世話をするのことにしたのだ。

 最初の日のことだ。彼は両手で奥さんの頬を優しく撫でて、ときどきぱちぱちと叩いて目をさまさせる。それから人差し指で奥さんの口の中をマッサージして、唇の周りの筋肉、頬の筋肉、舌の筋肉を優しく刺激する。この口腔マッサージには、唾液の分泌を促し、咀嚼、嚥下の動きをスムーズにする効果がある。

 しばらくすると、奥さんは松永さんの指を吸いはじめる。そこで用意していたお茶ゼリーをスプーンで口に入れてあげる。奥さんの喉がうごいてゼリーが食道まで入っていったのだ。

 このとき、後ろで一斉に拍手がわきあがった。見ていた看護師、介護士、管理栄養士、歯科衛生士など多くに職員がその様子を見ていたのだ。

 医師が口から食べさせることは無理だと言っていたのに、本当に食べさせることができるのかとかたずをのんで見ていたのだ。みんなの目にうっすらと涙が浮かんでいたという。

 松永さんは言う。「朝、無理に起こさない。目を覚まして、食べたがったら食べさせる。欲しがらなかったら無理には食べさせない。お腹が空いたら食べる。もし食べたくない日が続いて、それで最期を迎えるのであれば、それが寿命だ。」

 芦花特養では、松永さんのそんな姿勢に学んで職員が変わったという。

 奥さんはそれから1年半生きたそうだ。その間食べていたのは、1日平均ゼリー食2パック(約600キロカロリー)だけであったという。

 亡くなるとき、食べなくなって、眠っている時間が多くなり、眠って眠って約10日後に永遠の眠りについた。

 松永さんは、「食べたかったら食べさせる。それでいいんですよ。空腹は最高のスパイスですよ」と言っていたそうだ。

 「生きる力があればお腹が空く。お腹が空けば食べる。それが本当に本人を尊重することなのだ」と石飛医師や職員は教わったと言っている。(P.47~48)

 私はこれは大切なことだと思う。私の母も最後の頃を特別養護ホームで過ごしたからよく分かるが、自分で食べられなくなると介護士が手助けして食べさせる。介護士は責任上どうしても何とか食べさせようと忙しい中でも努力する。

 自分の親ならもうこの辺でいいだろうと止めるかもしれないが、他人の場合は既定の量は食べさせたいと思うだろう。その判断が難しいところだ。

 母は、誤嚥性肺炎にもならず、したがって胃ろうをつけることもなく亡くなった。その意味では幸せであったといえる。

 松永さんの奥さんは、食べなくなって眠って、眠って亡くなったと書いてあるが、それが自然の摂理に従った死に方だと思う。

 前にも書いたが私の養父はやはり自ら食べなくなって1週間静かに眠って亡くなった。大往生であった。養母の場合もそれに近い自然な亡くなり方であった。昔は自宅で終末を迎えたので自然死(平穏死)が可能であったのだと言える。

 

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2012年10月14日 (日)

原子力規制委員会が、傍聴者やメディアを監視するため公安警察を要請

特高のようなことが行われているのに驚き!!

  ―以下は転載―

 

 東京の杉原浩司(福島原発事故緊急会議/緑の党 Greens Japan)です。

原子力規制委員会の会議に、原子力規制庁の要請に基づいて麻布署の
公安警察が入り込み、傍聴者とメディアを監視していることが明らかにな
りました。

  規制庁、規制委員会の市民蔑視の姿勢は恐るべきレベルに達しています。
人事の見直しは最低限の要求です。OurPlanet-TVの白石草さんのメール
を転送します。動画などをぜひご覧ください。また、規制庁への抗議・要請
にもご協力ください。[転送・転載歓迎/重複失礼]

【抗議・要請先】
→ 原子力規制庁 政策評価・広聴広報課 委員会室
(TEL)03-5114-2114  (FAX)03-5114-2173  (E-mail)nra-bocho@nsr.go.jp

------------------------------------------

みなさま 

OurPlanetTVの白石です。
原子力規制委員会の会議に公安警察が入っていた問題について
動画と記事を掲載しました。

ちなみに、先週金曜の政府交渉で、委員長に要請文が届いてなかった件に
ついても質問していますが、そちらもヒドいです。

==================================
    原子力規制委員会~公安警察に委員会監視を要請   
      http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1453
==================================
先月9月19日に発足した原子力規制委員会が、委員会の傍聴者やメディアを
監視するために、警察を要請していたことが10日わかった。
 
委員会の傍聴者やメディアを監視していたのは、麻布警察所の公安警察。
原子力委員会が開催される13階会議室の一番後ろの出口付近に待機し、
取材に来ているメディアや傍聴者を確認しては逐一メモをし、時折、廊下に
出て無線で内容を報告していた。
 
委員会10分ほど前に、傍聴者の数人が警察が監視していることに気づき、
「あなたは誰ですか?何をしているのですか?」と詰め寄ったところ、
「規制庁の要請で来ている。それ以上、話す必要もない」と回答。
OurPlanetTVに対して、撮影をやめるように声を荒げた。市民は「何のための
警戒なのか」「一般市民の知る権利を侵害してる」と廊下まで出るように求めたが、
警察は「自信を持って仕事をしている」と応酬し、一時、押し問答となった。
 
 委員会の監視に警察を要請していたことに関して、原子力規制委員会の田中俊一
委員長は会見で、「委員会で声を聞くまでは、全然知りませんでした」と回答。
 
 原子力規制庁の森本英香次長は「庁舎内の秩序維持という観点から、警察署に
対して警備を依頼しているのは事実」とし、制服を着用しない公安警察である理
由については、

 「制服で入っていただくことが、むしろ威圧を与えるようなことを、僕の直感的には
そう思いますので、そういうことがないように、最低限の警備という形で取り組んで
いくのがいい」と説明した。
 
 傍聴者の監視問題では今年7月、当時の原子力・安全保安院が、関西電力大飯
原発(福井県)の断層調査をめぐる専門家会議の傍聴希望者の情報を警察に提
供した可能性が指摘され、その後、保安院の森山善範原子力災害対策監が記
者会見で、警察から詳細な説明を差し控えるよう要請を受けたことを明らかにし
た経緯がある。しかし、会議室内部に警察が入り、市民を監視した例はなかった。
 
 森本次長は「保安院の時にどうだったのかは、知らないが、規制委員会はじまって
試行錯誤している状態で平穏な会議の維持ができれば柔軟に対応したい」と話した。
 
 「日本の公安警察」の著者でジャーナリストの青木理さんは、「規制庁が警察に警
備を要請し、公安警察が情報を収集しているとしたら気持ち悪い話だ。規制庁の
モラルが問われる。

 規制庁のトップが、池田克彦元警視総監であることとも関係がある可能性が高い
のではないか」と指摘している。

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2012年10月13日 (土)

映画「最強のふたり」を観て

 フランス映画「最強のふたり」がいいと聞いたので観に行った。この映画は新聞の広告によると、フランスを始め各国で最高の観客動員をしていると書いてあった。そういうこともあって一度見てみたいと思ったのだ。

 映画館は混雑して希望の時間の券が買えないと聞いていたので1時間早めに行ったが、券は5番目であったので拍子抜けした。とりあえず、コーヒーを買ってCafeで持って行った本を読んだ。

 この映画のストーリーは単純である。全身麻痺だがとんでもない大富豪とスラムの黒人が出会って互いに友情をはぐくむというもので実話だそうだ。

 映画が始まったが、最初は高速道路で縫うようにして車を飛ばす黒人ドライバーと隣に座った白人の様子であったが、二人は駆け引きをしているようであった。そのうちにパトカーに追いかけられ、ストップをさせられた。急病人を運んでいると嘘をついて逃れるのだが、なんのことか皆目分からないシーンから始まった。

 この車実はマゼラティ・クワトロポルテというイタリアの超高級車である。フィリップに雇われたある日ドリスはカバーを掛けられているそれを見つけて、外出はそれにしようというのだ。

 運転をしていた黒人はドリスといい、スラム街に住んでいたが養親から追い出される。そして大富豪の白人フィリップの介護人募集に応募するのだ。このシーンも分かりにくい。結局なぜかドリスはフィリップに採用されるのだ。

 フィリップは、ハンググライダー事故で首から下が完全にマヒをしている。それは映画の中で明らかになる。フィリップは介護人を雇うのだが1週間と持った介護人はいないという。フィリップはその事故で投げやりになり、我がままになっているので新しい介護人を雇っても長続きはしないのだ。

 フィリップは自分で金ならいくらでもあるというぐらいで、宮殿のような超豪華な屋敷に住み、ドリスはバス付の豪華な2部屋をあてがわれる。そしてフィリップの入浴や着替え、マッサージ、その上肛門から大便を掻き出すことまでやらされる。

 ドリスは粗野で言葉づかいも態度もよくない。私はフランス語が全く分からないのでどんな言い方をしているのか分からない。字幕をたよりである。ただドリスは飾らないあけっぴろげの率直な物言いと態度で接していく。

  フィリップのビジネスは分からないが絵画を買うシーンから画商かなとも思う。クラッシック音楽とりわけバロックが好きである。オペラにドリスを連れて行くが、ドリスには全く縁のない音楽である。辺り構わずしゃべって顰蹙をかうごらいだ。彼が好きなのはアース・ウインド・アンド・ファイアのようなリズム感のある踊れる音楽だ。

 フィリップの面白くもない誕生会の日、バロックの室内楽団の演奏を聴くが、そのうちにドリスは踊れる音楽がいいと言って、レコーダーであのアース・ウインド・アンド・ファイアと大音響で鳴らし踊り始める。すると取り澄ましていた周りの人も踊り出す。フィリップはそれを楽しそうに眺めるのだ。

 どこから見ても一見全く合わない二人だが、フィリップは次第に心を開いていくのだ。

 フリップは最愛の妻を亡くしているのだが、文通をしている女性がいた。フィリップが相手の女性の年齢も容姿も分からないまま詩的な手紙を口述するフィリップを見てもどかしく思い、ドリスはその女性とフィリップを会せようとする。そしていろいろと女性について調べるように仕向ける。女性と会う約束ができるのだが、約束のところに女性は現れなかった。

 この後ドリスはフィリップは自家用ジェット機でハンググライダー場まで行く。飛行場まで行くドライブが映画の冒頭のシーンとつながるのだが分かり難い。

 ハンググライダーを拒否していたドリスも無理やり乗せられてその素晴らしさを知る。フィリップも久々に風に乗って空を舞い喜ぶ。

 ドリスはそれまでお屋敷に引きこもっていたフィリップをドライブやグライダーなど外に連れて行き、生きている喜びを取り戻させるのだ。

 そんなことがあってある日、ドリスの弟がやってくる。何にか問題があるようだが、ドリスはフィリップには理解できないという。それでフィリップはドリスを解雇することにする。この辺は分かり難い。

 フィリップは、次の介護人を雇うが全く面白くなく顔剃らずに引きこもってしまう。そこでドリスが呼び戻される。そのとき、ドリスは一計を案じてフィリップをきれいな海岸に連れて行く。そこのレストランで素敵な人が来るから待つように言ってドリスはサヨナラをする。

 現れたのはあの文通をしていた女性である。何とも小憎いセッティングである。

 映画は、フィリップは再婚をして2人の子どもをもうけ、ドリスは結婚をして3人の子をもうけ、会社の社長をしている。二人は今も固い友情で結ばれているというサブタイトルが流れて終わる。

 単純なテーマをいくつかのエピソードで結んで描いてある。分かり難いところもあるが、コミカルな軽いタッチで作られているので楽しめる。1つ忘れていたが、ドリスはフィリップにときどきマリファナを吸わせる。日本では違法であるが、フィリップは苦しみを忘れる瞬間をもてるのだ。

 この映画は、オマール・スイというドリス役の好演で面白く出来上がっていると思う。彼はコメディアンだそうだが適役である。

 ※名古屋ではミリオン座で上映中。

 

 最強のふたりのポスター

 

 

 

 

 

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2012年10月12日 (金)

NHK 日中外交はこうして始まった」を見て

 今年は日中国交正常化40周年である。先日NHKで放送された「日中外交はこうして始まった」を録画で見た。最初に日中の関係を改善するために力を尽くしたのが、高崎達之助元経済審議庁長官であった。彼は1955年にアジアの貿易拡大を目指すアジア・アフリカ会議がインドネシアのバンドンで開かれた出席した。

 その時、中国から来ていた周恩来首相に会議のない日に華僑の住宅で密かに会った。高崎は「貴国の共産主義は好きではない。私は資本主義で行く」とはっきりと述べた。そして周恩来との信頼関係を築いた。

 そしてLT貿易の協定を結んだ。

 鳩山内閣で大臣を務めた高崎は中国との関係改善を目指して行動をしたのだ。貿易ができるところとは、中国でもどことでもやると言っていた。当時中国と日本が貿易をすることに反対していたアメリカを無視してやろうとしたのが凄い。

 もう1つ感心したのは、彼が「日本は中国を加害者である」と言ったことである。彼は満州重工業開発の総裁としてで日本がやったことを見て中国をひどい目に会わせていると知っていたのだ。

 ※高崎達之助の事績については

http://new22nozawa.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-16e9.html

 番組では、高崎達之助の後を受け継いで日中関係に力を尽くした人として古井喜実元厚生大臣を取り上げた。彼は親中派と言われながら、LT貿易が期限切れの後「覚書協定」を交わした。その後、田中角栄の日中国交正常化交渉では事前交渉を行った。

 1972年の日中国交正常化交渉の宴席で、田中角栄は「日本は過去において中国に大きな迷惑をかけたことをお詫びする」と言った。この時中国側の客はみなざわめいたという。迷惑をかけたというのはスカートを触って御免なさいという程度のものだというのだ。

 そこで次の日、大平外務大臣は万里の長城に行くとき、中国の姫外相と同じ車に乗り、「個人としては中国を侵略したと思っている。正常化は命を懸けてやりたい」と言ったという。それに姫外相は心を動かされたそうだ。

 高崎達之助の加害者意識、大平元外相の侵略者意識、田中角栄の迷惑意識、この認識の違いに驚いた。田中角栄は日中国交正常化の当事者として歴史に名を残すであろうが、もし、あの時「日本は中国を侵略したこ深く反省をし、心から詫びる」と言っていたら日中の関係は別の次元のよい関係になっていたであろうと思う。余りにもいい加減な歴史認識に愕然とした。

 周恩来は尖閣列島問題には触れないと言っていたのを、田中角栄は突然それを持ち出して周恩来を唖然とさせた。

 高崎は日中国交正常化を見ないで亡くなっている。

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2012年10月11日 (木)

facebookに加わったが・・・・・

 つい先日、facebookの利用者が10億人を突破したと報じられた。その後に私もfacebookに登録をした。友人のなかにfacebookは面白いというのがいてずいぶん前から気にはなっていたが、なかなかやってみようというまでにはならなかった。1つは本名で登録するので、ちょっと怖いような気持ちもあったのだ。

 まず、本で概略の知識を得ようと本屋に行った。facebook関係の本は何種類かあることが分かったが、どれが良いのか分からない。そこで値段とも相談して「これ1冊で完全理解facebook」(980円)という雑誌状の本を買った。

 それを読んでみたが「これ1冊で完全理解」には程遠かった。そこで何はともあれ先ず登録だと思って登録をした。写真を用意して、本名で登録するとよいと書いてあったのでそうした。

 登録すると、いろいろな人が表示された。写真のある人、ない人、イラストの人など様々で、出身校や地域などが書いてあった。おそらく私のプロフィールからそれに近そうな人を選び出したに違いない。

 右の方に「友達になる」というボタンがある。それをクリックすると友達の申し込みになるようであった。数10人の名前を見たが1人として知っている人はいなかった。

 結局、登録はしたけれど後はどうすればよいのかさっぱりわからなかった。数日してcafe vitaに行ったとき、そのことを話したら、「まず友達を作ること」とアドバイスをしてくれた。

 そのとき、マスターのtsukishiroさんが私のを探そうとして、私の名前を検索したら、驚いたことに同姓同名が予想以上にあったので驚いた。でも、なぜか私自身はヒットしなかった。あれこれやってやっとヒットさせて彼の友達に加えてもらった。

 パソコン専門家の加藤さんも友達に加えてくれたので、まず、CAFE VITAの人が友達ということになった。家に帰ってからスタジオVITAの野村先生を見つけたので早速友達を申し込んだ。という訳で今のところ「友達」はVITA関係だけである。

 新聞によると、あのチュニジアで始まったアラブの春もfacebookが大きな役割を果たしたというが、いったいどのようにして拡散したのだろうか。私には想像もつかない。

 これからもっと勉強をしなければと思う。

 

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2012年10月10日 (水)

「除染、そして、イグネは切り倒された」(NHKスペシャル)を見て

 福島第一原発事故から1年7か月。NHKでは「除染、そして、イグネは切り倒された」を放映した。

 放射能汚染は、目に見えない、匂わない、そして溜まり、移動し、消せないという厄介なものだ。だから除染といっても、放射能をゼロにすることではない。その実態をNHKスペシャルは改めて伝えた。

 福島県南相馬市は20キロの避難地域に隣接している計画避難地区で、そのうちの深野(ふこうの)地区を取り上げていた。毎日役所の広報車が各地の放射線量を知らせて回っているが、2.6ms/hとか2.3ms/hとか高い値である。割合低いところでも1.6ms/h前後だそうだ。

 人体に影響がないとされるのは、0.23ms/h以下だそうだから非常に高い測定値である。市では最初に石神小学校の除染から始め、通学路の除染をしたが、通学路の除染は1時間に10m程度しかできない大変な作業であった。

 政府は、除染→仮置き場→中間貯蔵施設→県外の最終処分場という計画であるが、仮置き場設置だけでとん挫をし、7か月も除染は進まなかった。地区に汚染した土や植物などを溜めておくことに住民が不安を感じたからである。

 国は他の場所で除染の実験をして、ガイドラインを作って、それをもとに除染を進めようとした。しかし、実際に除染をやってみると、ガイドライン通りには行かないことが判明した。

 除染は民家の屋根の高圧洗浄から行われるが、瓦によっては殆ど効果がなく、手でふき取るのが一番よいと分かったという。それには膨大な費用と手間がかかる。しかし、国は一度決めたガイドラインを改めようとはしないのだ。ここに官庁の硬直性がみられる。

 深野(ふこうの)地区は風が強いところで、どの家も高いイグネという防風林に囲まれている。そこに住む門馬さん宅は家には放射能が少ないが、防風林の放射能が高い。それでついに大事な防風林を切り倒すことにした。また、住宅の手塩にかけた庭も壊してしまった。

 その土地から離れて住むことができない以上やむを得ない措置であったが、その補償を東電に求めたら、木を切り倒すことは認めていないので補償はできないとにべもなく断られた。

 政府は、東電に除染費用を負担させると言っているが、どこまでやれるのか定かではなく、税金で補わなければならなくなるかもしれないと言っていた。

 福島県は森林の占める面積が大きいので、森林の除染もしなければならないが、それはさらに難しい仕事である。

 福島第一原発の事故による除染だけを取ってみても向こうどれだけの苦しみが続くか予測もつかないのだ。この上もし、第一原発でさらなる放射能漏れがあったらいったいどうなるのであろうと思うとぞっとする。

 もっと恐ろしいのは、南海トラフの大地震でどこかの原発が事故を起こし、放射能をまき散らすことだ。政府や経団連などはそんなことはありえないからと原発を稼働させる方向だが、何とも恐ろしいことである。

 その後ろにはアメリカがプッシュしていると言われる。アメリカは他所の国のことだと安易に構え、自国の原子力に付随した儲けだけを考えているに違いない。

 しかし、そうした動きに屈しないで原発ゼロを目指すべきである。門馬さんが「自分の子どもを連れて体験に来てもらいたい」と言っていたが、東電や経団連や政府の関係者は子や孫を連れて現地に行ってもらいたい。

 

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2012年10月 9日 (火)

「平穏死」という選択―幻冬舎ルネッサンス新書から―

 以前に「大往生したけりゃ医者にかかわるな」(幻冬舎新書)を買って読み、大変参考になった。それ以来自然死に関心をもつようになった。

 最近、同じ幻冬舎から「『平穏死』という選択」(石飛幸三著、ルネッサンス新書)という本が出版された。新聞広告で、先の本の中村仁一医師が推薦しているので買うことにした。

 まだ、読み始めたばかりだが、最初のページに「安らかに死ねない時代」という見出しで、その理由が書いてある。

 腹部に穴を開けて管を入れ栄養を摂る「胃ろう」という処置をされた人が全国に30万人とも40万人とも言われるほどいるのだそうだ。NHKでは確か40万人と言っていた。

 アンケートによると、ほとんどの人は寿命が来てもう先がないと分かったら、胃瘻のような延命治療は要らないと答えている。これは朝日新聞の記事にも同じ結果が書いてあり、以前に取り上げたことがある。

 「それなのに、認知症の高齢者が誤嚥性肺炎を起こすと、判で押したように胃ろうを勧められます。もはや口から食べられない状態だと判断され、認知症高齢者の場合、約7割の方に胃ろうがつけられています。自然な天命を待つのではなく、人工的に栄養を摂取させられて、生かされるのです。

 こんな国は、我が国だけです。

 その措置が本人のためになるのか、人生の終末期に、そのような”治療”が必要なのか、一番よく分かるのは医師のはずです。どうしてこのようなことになってしまったのでしょうか。」(P.18)

 その理由を延命治療法が進歩したのに、法律が延命治療法がなかった時代のままで、延命治療をしないと、「不作為の殺人」になることを医師は恐れているのだという。

 老化に伴う病態も病気と同じように考えられて、病院に回されて病気と同じように扱われ、高齢者は自然な形での最期を迎えられなくなっていると書いている。(P.19)

 医学の進歩が逆に人間を苦しめる結果になっている。それが日本の実情なのだ。私の知人の家族にも高齢で胃ろうを施されて生かされている例がある。本人も家族も大変な負担である。もし、法律を変えなければならないのなら早急に改正してもらいたいと思う。

 

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2012年10月 8日 (月)

隣地の草を調べて盗人萩にくっつかれた

 住宅を取り壊して更地となった隣地が自然状態になったことは以前に書いた。ふと思いたって、いったい何種類ぐらいの植物があるのか調べようと隣地にカメラを持って入った。

 カメラで1種類ずつ撮影をしていった。僅か7か月ほどの間に完全に小さな野原となってしまったのだから自然の生命力には感心をする。カメラに収めた植物を数えたら26種類あった。ただ、これらの草は夏から秋の草であるから、春になると別の草花が出てくるに違いない。

 そのうちで私が名前を知っているのは、エノコログサ、ニスビトハギ、イノコヅチ、オヒシバ、メヒシバ、ドクダミ、ヒメジオン?、程度である。背丈が1.5mぐらいもある草は何というのか知りたいが調べ方を知らない。

 これらの草や花をカメラに収めて家に入ろうとして気が付いたら、ジーンズの両足に盗人萩の実がびっしりと付いていた。私は、子どもの頃山野を遊びまわったから秋に盗人萩がくっつくことを知っていた。友達の服にこっそりと付けてニヤニヤしたこともあった。

 でも、人生でこんなにたくさんくっついたのは初めてであった。それを取ろうとしたのだが、強力にくっついて簡単には取れない。ヘラのようなものでこそいでみてもだめであった。いろいろ試して結局1つひとつ取るより仕方がないと諦めた。

 ズボンを脱いでステテコになってやりはじめたのだが、ふと気が付くと、ステテコにいっぱいくっついていた。何のことはない、捨ててはずの実がステテコにくっついたのだ。

 仕方がないのでステテコの実を取ってステテコをたくしあげ、ズボンの実を剥がして行った。30分近くかかったであろうか。面倒な仕事であった。外でやったので暑くて汗をかいた。

 いったいヌスビトハギはどこにあったのか確認に行ったら、実がほとんどなくなったのが生えていた。思い出した。前に萩に似た花だと思っていたのがヌスビトハギだったのだ。

 ピンクの可愛い萩そっくりの花であったが、実がこんな強力接着力のあるものになるとは知らなかった。

 隣地にはイノコヅチもいくつかあるが、こちらはまだくっつかなかった。子どもの頃戦争ごっこなどをやったが、イノコヅチを勲章みたいに胸にくっつけたものである。

 ヌスビトハギもイノコヅチも植物の知恵で他の動物などにくっついて運んでもらい種を増やすのだ。いったい誰がそんな知恵を授けたのだろうと思う。自然の不思議である。

 Wikipediaによると、世界には400種類、日本にはたった9種類だそうだ。ヌスビトハギという奇妙な名は、牧野富太郎博士によると、古来泥棒は音を立てないよう足の外側だけを地面にくっつけて歩いたそうでその足跡に似ているのだという。

 俗にひっつき虫ともいうがくっつき虫という地方もある。くっついてもあまり困ることはないと書いてあったが、今回のように大量にくっつかれると大いに迷惑である。

妻に、「お金がどんどんくっつくといいのだが・・・」と言ったら、「女の人がくっつくかもよ。」と言った。「可愛い女の人がくっつくなら歓迎だ。」と答えた。

 ゲンを担ぐ人なら、よいように、悪いようにいろいろと受け取るのだろうが私はゲンは担がない。

 

 

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2012年10月 7日 (日)

素晴らしい三好初生(はつみ)喜寿記念書画展

 近所の清水さんの紹介で「三好初生喜寿記念書画展・筆と遊びて」を見に行ってきた。この方は我が家の割合近くの方だということでパンフレットを頂いたが、素敵な書や絵の作品が載っていた。でも、私は近所にこういう方がいるのは全く知らなかった。

 土曜日の日本語教室の後、伏見の電気文化会館5Fにあるギャラリーまで回った。会場の受付のところに年配の女性がいて応対をしておられた。その方がご本人だとは全然知らなかった。というのは、「初生」という名から「ハツオ」と読んで、てっきり男性だと思っていたのだ。

 だからその女性はきっと奥さんだろうと勝手に思っていた。一通り見て会場の中央にある椅子で一休みをして、テーブルにある画集を手に取って眺めた。最後の方のページを見たら、女性の写真が載っていて「ハツミ」と仮名が付けてあった。それでようやくあの女性がご本人なのだと気がついた。

 会場の作品は、かな、漢字、俳画と3種類あった。書で漢字と仮名をやる人は余りみない。もちろんどの書家でも両方やるのだろうが、展覧会に出品するのはどちらか得意な方である。

 作品を拝見して感じたのは、書体は漢字も仮名もしっかりした線と筆づかいの堂々たるもので、日展でも出すことができる、どちらかというとオーソドックスなものであった。が、作品に自由な心が看取された。

 パンフレットを頂いたとき、「筆と遊びて」というタイトルに惹かれたが、確かにそういうところが感じられた。

 私が注目したのは、

①和歌を三首1枚の紙に書き、大きい字で1首、他の2首を小さめの字で書くというやりかた。

②俳句と漢詩を一つに収めるやりかた。

③最初の1行を大きく書き、あとの2行を小さく書くやりかた。

④がらりと書体を変えて書いたほのぼのとした俳句。

など、遊び心が感じられたのである。

 伝統的な技法と書体を用いながら、捉われない発想で書く作品が多くて、それが素晴らしいと思った。まさに「筆と遊びて」である。

 頂いた作品集の後書きに、3人の師が、「とるにたらない私の感性を大切に思って下さり、定石にとらわれない自由な制作を奨励して下さいました。それが私の書画生活を楽しいもの、やめられないものにしました。」と書いておられる。よい師に恵まれたというべきである。

 俳画の方は、40代から始められたようだが、2冊も俳画集を出版しておられる。自作の俳句を添えて俳画にしておられる。私が気に入ったのは、曾良の俳句と栗を描いたもの、玉葱と空豆、壺と鰯などだ。

その他に、雅号を使用していないところもいいと思った。本名の「初生」を使ってサインしてあった。雅号を使うかどうかは当人の勝手だが私はあまり好きではない。

 喜寿を記念してこのような個展をできるのを羨ましく思いながら見た。そしてこのような芸術家・文化人がご近所にいらっしゃったことを知らなかった自分を恥じた。

 家に帰って作品集を妻に見せたら、「なーに、三好先生じゃないの!娘が小学校の頃習字を教えてもらったのよ。」と言ったのでなお驚いた。

 この個展は本日7日まで、伏見の電気文化会館5Fでやっている。

 

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2012年10月 6日 (土)

昭和男爵コーラスコンサートは10月13日(土)に開催

 私が所属する「昭和男爵コーラス」は、10月13日(土)に女性コーラスグループのスイートポテトとジョイントコンサートを開催する。場所は、昭和生涯教育センター3階の視聴覚室である。

 10月13日、14日の両日は昭和生涯教育センターのセンター祭りで、センターを拠点に活動しているいろいろなグループが展示や発表などで参加をする。音楽ではコーラスの他にハーモニカとか歌う会などがあるようだ。

 我が昭和男爵コーラスは、昭和生涯学習センターの主催講座「50歳からの男声コーラス隊」の修了者有志で2007年8月に結成された。だから丁度5年余経過したことになる。

 最初はそれこそただ2部に分かれて歌うだけのコーラスであったが、加藤佳代子先生と創始者のピアニスト藤井民子先生のご指導で少しずつ前に進み始めた。

 これまでに藤井先生や団員に亡くなる人が出たり、離れる人があったりしたが、入って来る人もあって合唱団は存続している。

 これまでに歌った曲は50曲ほどにもなろうかと思う。ポピュラーな2部合唱曲を歌ってきたが、今年は男声合唱曲にも挑戦している。室生犀星の「ふるさと」に磯部俶が作曲したものや「砂山」などである。今度のコンサートでは、「ふるさと」を歌うことになっている。

 この曲は男声合唱らしい4部のとてもいい曲だが、いかにせんとても難しい。だからまだ出来上がった訳ではないが一応今の段階を聴いていただくということになっている。他には「白鳥」や「山小屋の灯」「山のロザリオ」などを予定している。

 昭和男爵コーラスは、年々少しずつ進歩をしてきていると自分でも感じられる。だんだんとハモるのが楽しくなってきたのだ。

 共演するスイート・ポテトは30年以上の歴史を持つ女声コーラスである。

 当日は、スイート・ポテトが10時半から11時、昭和男爵コーラスが11時10分から11時40分ぐらいまでとなっている。

 どちらも平均年齢は高いが、気持ちはヤングである。是非聴きに来て頂きたいと思っている。

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2012年10月 5日 (金)

インターネットの便利さを改めて感じる

 昨日の朝早く電話が鳴り、近所のSさんからパソコンのモニター画面におかしなメッセージが出て困っているという。電話で話を聞いたが「lunchi time」だとか「¥」だとか訳の分からないことをいう。無理もない。高齢の女性で英語も分からないのだ。

 この女性は70歳過ぎてからPCを覚えた方なのだが、ワードを使って文書などを作るのは素晴らしい技術をものにされた。しかし、トラブルには対処できないのは仕方がない。とにかくこの目で確かめないとと思いその家に出かけた。

 メッセージは英語で書いてあって、Microsoftの警告であった。「Runtime error」としてあった。英語の文を読んだがアプリケーションの発行元に相談をしろと書いてあった。

 私はこういうメッセージを見るのは初めてだし、偉そうなことをいっていてもパソコンは素人の域を出ていない。ただ長年いじっているだけである。どうしようかと考えたが、ふとインターネットで調べてみようと思った。というのはGoogleで必要な言葉を入れて検索をし解決法が見つかったことが何度かあったからだ。

 検索窓に「Runtime」と入れたら、すぐにいくつかヒットした。Runtimeというのは一つではないようであった。最初に見たのはInternet Explorerに関係をしたもので、今回のものには当てはまらなかった。

 それで、そもそもRuntimeとは何かを調べることにした。すぐにヒットした。

ランタイム エラーは、プログラムの正確な動作を妨げる、ソフトウェアまたはハードウェアの問題です。ランタイム エラーにより、使用しているファイルの情報が失われたり、ファイルにエラーが発生して (ファイルが壊れて) そのファイルが使用できなくなったり、機能を使用できなくなったりする可能性があります。STOP エラーと違い、ランタイム エラーは通常は Windows またはプログラムの動作を停止させる原因にはなりません。

  ランタイム エラーは、互換性のない 2 つのソフトウェア プログラムを実行している場合や、コンピュータのメモリに問題がある場合、またはコンピュータが悪意のあるソフトウェアに感染している場合に発生します。ランタイム エラーが発生し続ける場合は、次のトラブルシューティングの手順を実行してください。」

 とあった。それで元のメセージを再度チェックして¥ルートの中にgizumoと書いてあったのでそれを手掛かりに「Runtime error gizumo」で調べたらぴったりの解決法が説明してあった。

 そもそも今回のトラブルの原因は、前日にflash playerを最新版にアップデートしたことで起こったようであった。ソフト同士喧嘩をしたものらしい。

 flash playerを新しくしたのは、Craving ExplorerでYoutubeの画面が真っ暗になるからであった。Craving Explorerを「1.50.1」の最新バージョンにするとYoutube画面が真っ暗になって見られない現象が数々報告されていた。私もSさんも同じ経験をしたのであった。

 パソコンのトラブルはいろんな場面で起きるが素人には訳が分からない。そうしたとき、インターネットで調べられるのは大変ありがたいことである。

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2012年10月 4日 (木)

中国の著名作曲家、呂遠さんの素敵な言葉

 8月28日に放送されたNHK「テレビで中国語」をようやく聞いた。その最後の方で日本と中国の橋渡しをした人が紹介されていて、今回は中国の有名な作曲家の呂遠さんであった。

 彼は、日本の数々の素晴らしい歌を中国語に翻訳して紹介したことで知られている。(私は初めて知ったのだが)千昌夫の「北国の春」はその一つで、1979年に中国に紹介した。一例として民謡ソーラン節や「四季の歌」なども紹介している。

 丁度文化大革命が1978年に終わった後で、人々はきれいなメロディーと歌詞に飢えていた。そのとき呂遠さんは千昌夫の「北国の春」を聴いて心をうたれたのだ。すぐに中国語に翻訳をしたのだが、日本語の歌詞をそのまま中国語にするのではなく、中国人が受け入れやすいように歌詞に工夫を凝らしたという。

 日本語の詩にも韻が見られるが、中国語の場合それはもっとはっきりしたものがいる。それで詩の心を失わないように気を付けながら中国語の歌詞をつけたのだ。彼は歌の本質を見失わないことが大事だと言っている。

 彼の説明によると、「白樺碧空南風」というところは、「亭々白樺悠々碧空微微南来風」と形容詞の「亭々」「悠々」「微微」を入れて柔らかく表現をした。

 呂遠さんは、日中音楽祭を開催してきた。そこで日本人は日本語で、中国人は中国語で一緒に同じ歌を歌うことは素晴らしいと言っている。

 彼は心の交流の価値が大事だと言っている。心が通じ合うこと、共通の人間性、変わらぬ人間性を強調したいという。

 尖閣列島問題を端緒として日本と中国の間が険悪になっているが、彼は今どんな心境であろうか。きっと今の状況を憂えているに違いないと思う。彼が言うような心の通じ合いが大事で文化の交流はそれに寄与するところ大だと思うのだ。

 ちなみに「北国の春」中国語バージョンは、テレサ・テンが歌うものもあるが私は蒋大為が歌う呂遠バージョンが好きである。

 

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2012年10月 3日 (水)

どうせすぐ解散なのに内閣改造が必要か?

 民主党の代表選挙を受けて第3次野田内閣が発足した。野田首相が政権の座について実に3度目の改造内閣である。

 目先には自民党・公明党からせっつかれている衆議院の解散が控えている。第3次野田内閣はそれまでの短い命なのだ。それなのに内閣の改造をやる必要があったのか大いに疑問である。

 新聞によると、衆議院での過半数を維持するために党内事情を優先させた人事だという。大臣や副大臣のポストを与えて選挙に有利に働くように願ってのことのようだ。

 田中真紀子元外相が文部科学大臣に起用されたが、彼女は外務大臣のときに問題発言をして辞任に追い込まれた。野田内閣の広告塔だというが彼女自身次の総選挙は危ないと漏らしているそうだから、喜んでいるのは田中真紀子であろう。

 大臣というポストは誰にでもやれるとみえて、今回の新任大臣の多くはお門違いの人だと新聞が指摘している。本来なら大臣を変えずに継続性をもって国政に当たるべきだと思うのだが、何という大臣のポストの軽さかと嘆かわしく思う。

 民主党はもともと政治主導を唱えてきたが結局それも羊頭であった。何もなしえないままに官僚主導になってしまい、今回の改造で更に官僚を喜ばせることになった。

 重要な赤字国債処理法案や一票の格差是正や税と社会保障の一体改革もやれそうにない。この際さっさと衆議院の解散をして国民の信を問うべきである。

 パソコンでもトラブルが起きるとリセットするとよくなることがあるが、今度の解散はリセットではなくリカバリに匹敵するものだ。いたずらに解散を引き延ばすのは、政治の停滞を招くだけでなく、税金の無駄遣いである。

 

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2012年10月 2日 (火)

中国政府とメディアは正しく伝えるべき―日本は安全な国だ―

 中国に住む中国人友人はSKYPEで話すとき、尖閣列島問題でいつも「日本にいる中国人は大丈夫か?」とか、「戦争にならないか」と心配をして私に尋ねる。中国では日本は危険な国だとマスコミで報じているらしかった。

 10月1日の朝日新聞を見てやはり思った通りであることがわかった。「日本の治安 中国で懸念」という見出しで、中国市民の間で、「日本は安全ではない」というイメージが広がっていることを取り上げていた。

 中国メディアは、連日のように日本の「反中」の動きを報道しているという。そのため国慶節の中国では、8日間の長期休暇になり旅行へ出かける人が増加するが、日本への旅行をキャンセルする人は5万人規模だというのだ。

 中国政府は日本への旅行の安全に注意を促し、旅行社には慎重に扱うように呼びかけている。

 中国でのマスメディアの報道を見ていると、「今の日本は危険」だというイメージを植え付けられるのは無理がないという。「日本の右翼分子が日中関係を破壊しようとしている」と非難しているそうだ。

 福岡の中国総領事館への発煙筒投げ入れ、大阪の総領事館への墨汁入りペットボトル投げ込みなどを報道しているという。

 また、国営の中央テレビは、海上自衛隊の装備やオスプレイの配備などや中国軍との軍事力の比較などを詳しく報じているという。

 中国ではこの時とばかり、尖閣問題を刺激的に取扱い、国民を誤った愛国へと導こうとしているようだ。国連では中国外相が「日本は日清戦争のときに尖閣列島を盗み取った」と盗人と呼ばわりをした。歴史的事実を捻じ曲げて盗人と世界に向けて言うこの態度こそ大嘘つきのすることである。

 そもそも日本で反中行動をしているのはほんの数百名の連中である。それをあたかも日本人の大多数が反中であるかのような報道をするのはデマゴギーも甚だしい。マスコミの取るべき態度ではない。

 日本では中国で起きた日本のスーパーや料理店や自動車会社への破壊、略奪行為に眉をひそめてはいるが、それを非難する対抗的なデモや集会は行われていない。日本に居住する中国人は安全に生活をしている。

 私の日本語クラスでも、普段と変わりなく中国人に接して、親切に日本語を教えている。日本人は、中国人をやっつけろ、いじめてやれなどとは誰も思っていない。日本に来る中国人には親切に応対をする。日本にはおもてなしの心があるのだ。

 日本人は、あの忌まわしい日中戦争を反省し乗り越えて、戦後70年近く平和を愛して来たのだ。中国政府はその事実を冷静に見て中国人民に伝えるべきである。

 

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2012年10月 1日 (月)

NHKスペシャル「天才芸術家草間弥生」を見て

 28日夜に放映されたNHKスペシャル「天才芸術家 草間彌生世界中にブーム到来」を録画で見た。小柄な81歳の芸術家はアトリエで毎日作品の制作を続けている。その様子とイギリスのテート美術館やニューヨークでのブランドの売出しなどの光景が放送された。

 驚いたのは草間さんがアトリエの近くにある精神病院の病室で暮らしていることであった。ときどき頭がおかしくなって自殺したいという気持ちが生じるのだという。草間さんが幻覚・幻聴に襲われるようになったのは学生時代だった。

 心を落ち着かせる薬を服用しながら毎日新しい作品を制作しているのだ。彼女の言葉によると、作品は毎日湧き出てくるのだそうだ。アトリエに置いた大きなキャンバスの上に助手の助けを借りながら、赤や青や黄や緑などの原色を使って線や模様を描いて行くのだ。まさに湧き出るという感じである。

 私が草間彌生さんの作品を初めてみたのは、2年前の愛知トリエンナーレの時であった。トリエンナーレでは世界中から数多くの芸術家たちが出品をしたが、抽象的な現代美術展なので訳が分からない作品が多くあった。

 そんな中で草間彌生さんの水玉模様の作品は一目見て引き込まれた。会場には大きな立体的な作品や壁にかけた作品などがあったと思うのだが、どれも引き付けられるものばかりで、私は何度も会場を巡った記憶がある。

 しかし、彼女が世界的に注目されている作家だとは知らなかった。そして、今度NHKスペシャルで紹介された草間さんを見て、やっと何者であるかを知ったのだ。

 草間さんの作品は今世界にブームを引き起こしているのだそうで、イギリスの展覧会を皮切りに世界12か国を巡回するということであった。大変な人気で作品もどんどん売れているらしい。

 1点3000万円ぐらいから数億円という話だが、他にグッズがいろいいろ作られていてブランド化されて世界中に売り出されているのだ。

 現在アトリエの近くに草間彌生美術館を建築中だという。彼女の願いは歴史に残る芸術家になることで自分が気に入った作品をそこに集めるのだそうだ。

 それだけ稼ぎがあるのならマンションを建てて住まうこともできるのだが、精神病院の一室が住まいでそれで安心して暮らせるみたいである。

 彼女の作品の独創性、素敵な水玉模様の数々、サイケリックな平面作品、ユニークな立体作品等彼女でなければできない作品群は、彼女の他の人とは違う脳の働きから来ているのだと思われる。

 昔から天才と狂気は紙一重と言われるが、画家にしろ音楽家にしろ天才をほしいままにした人に中に狂気の一面が見られることは知られたことである。

 芸術は爆発だと言った岡本太郎の特異な作品、あのモーツアルトでさえ狂気の一面があったのだ。

 つまり天才的な作品を残す脳はどこかの回路が常人とは違っているのだと思う。名前は忘れたが現代の音楽家で頭の中に音楽が溢れてくると言ったのを聞いたことがある。

 草間彌生さんも溢れるタイプの脳を持った天才に違いない。彼女自身も自分を天才と認め、歴史に残る作品を死ぬまで作りたいと言っていた。

 健康に留意をして世界中に草間芸術を広めて頂きたくことを願っている。

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