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2012年9月 2日 (日)

人生の終焉もかくありたいもの

 毎朝ウオーキングをしている山崎川の道端に下の写真のようなトウモロコシが1本立っている。

 今年の4月だったかにトウモロコシが30cmほどに育っているのを見つけたが、その後ぐんぐんと背が高くなった。子どもの頃、忍者についての話を聞いたとき、忍者はトウモロコシを植えて育つとき毎日それを飛び越す練習をするのだということであった。

 トウモロコシは最初は背が低いので容易に飛び越せる。しかし、育つのが速いので飛び越す練習には丁度よいというのだ。

 確かに山崎川のトウモロコシも毎日ぐんぐん育ち、すぐに私の背より高くなってしまった。

 そしてある日気が付くと実をつけていた。実がまだ小さいときに誰かがいたずらで1つもぎ取って捨ててあった。 

 それでもトウモロコシは元気よく青々とした葉をつけて3つ、4つの実を大きくさせていた。

 その後は誰にもいたずらされることなく、今年の猛暑の中もものともせずそこに立っていた。

 8月も終わりに近づきさすがのトウモロコシも元気がなくなってきた。そして葉が茶色くなり枯れ始めた。

 その姿を見て、トウモロコシももう水や養分を吸い上げる力がなくなってきたのだなあと感じた。やがてさらに枯れていき、立ち枯れとなるのであろうと思った。

 そう思いながらトウモロコシは自然に死を迎えているのだと思った。水をすいあげる力、養分を摂る力が自然に衰えていくのだ。それが自然の姿である。

 かえりみて人間はどうか。最後の段階が来てもあの手この手で生を延ばそうと試みる。点滴はまだよいとして、鼻からの経管栄養、経静脈栄養さらには胃瘻、腸瘻など様々な現代医学の治療が試みられる。

 それはやってもらう本人にとって決して楽なものではない。ただ生かされているだけなのだ。

 植物も動物もそういう手当は一切しないから自然の摂理に従って生を終わる。トウモロコシは今そのことを私たちに教えてくれているのだ。生の終焉を迎えるときはかくありたいと思う。

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コメント

 おっしゃる通りですね。生命力がなくなったら無理に生きていても幸せではありません。動物は本能的に死期を知ります。人間だけです。無理に命を長らえさせようとするのは。

 同感です。
 私は「奇形児が多く生まれるのは、流産すべき子供を流産させずに留めてしまうからではないか。」と聞いたときに、名大教授が、「医学というものは自然に逆らうことをすることなのですよ。」と言われ、その時から医学不信になっています。
 私の祖父は、明治中期の医者でした。夜中の急患で、「結核で血を吐いている、すぐ来てくれ。」と言うのに「すぐ行っても何もできない。3日待って生きていたらまた呼びに来なさい。」と言って返したそうです。
 昔の医者は人の生死をよく知っていたと思います。生命力のあるうちは生きることができる、生命力がなくなったら、生きていても決して幸せではないことも。

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