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2012年7月24日 (火)

今夏初めて蝉の声を聞く

 7月23日朝、いつものようにウオーキングに出かけた。出発時刻はやや遅く5時半だった。昨日までの雨が上がり、天気予報では今週はよい天気が続くということであった。

 この朝は涼しくて気持ちよく歩くことができた。コースは石川橋から山崎川に出て後は川沿いに瑞穂運動場まで歩くのだ。競技場のスタジアムの前にある橋までが前半で橋を渡ると反対側の道を戻って行く。

 橋を渡って水のある小公園まで来たら急に蝉の声が聞こえた。アブラゼミのようだ。この夏初めて聞く蝉の声であった。鳴き声を文字に表そうとしたがうまく表せない。ギシギシ?ギーギー?など試みたがやはりジージーかなと思ったりした。でも、ジージーでも適切ではない。

 しばらく歩いて行くと、また別のところで蝉が鳴いていた。それからは進んでいくと桜の並木に沿ってあちらこちらで蝉が鳴いていた。前日に歩いたときは全くきかなかったので、私は蝉の初鳴きだと思った。

 それで歩きながら柄にもなく一句をひねり始めた。「ジージーと鳴く初セミや・・・」が浮かんだが、下句が続かない。「初セミがジージーと鳴く・・・」どうしても鳴き声と初セミを入れたかった。普段は俳句など全く読まないのでできるわけがなかった。

 改めて芭蕉や蕪村や一茶は大したものだと思いながら歩いた。蝉の声は途切れることなく聞こえた。一斉に日を決めて鳴きはじめたのが不思議であった。2日前に香流川近辺に住む友人がくれたハガキには蝉の声を聞き孫と楽しんでいますと書いてあった。あちらではすでに鳴きはじめていたのだ。

 頭の中で句をひねり回しながら歩いた。ふと、「ジージーと鳴く初セミを歩く朝」という句が浮かんだ。「を」によって至る所蝉の声を聞くことをイメージできないか・・・・と思った。

 山崎川を離れて住宅地に入っても道すがら蝉の声がしており、我が家の近くに来ると今度はシャーシャーとうるさくクマゼミが鳴いていた。家の近所では蝉は鳴いていなかった。庭に出て調べてみたら蝉の抜け殻がいくつか木に付いていた。羽化することはしたようだがどこかに飛んで行ったのだろうか。

 ゆくところジージーとセミ鳴きはじむ

 明日辺りは我が家の庭でもやかましく鳴くのであろうか。

 我が庭に蝉の待たるる暑さかな

 暑い日差しに蝉が鳴くとうるさいと思われるが無ければなしで淋しいものである。

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コメント

 蝉の鳴き声をオノマトベで表すのは大変難しいと感じました。宮沢賢治ならどう表すのかと思いました。夏の終わりにツクツクボウシが鳴かなくたって久しいので残念です。

投稿: らら | 2012年7月24日 (火) 14時12分

タイでは鶏が歩き回っているのですね。蝉もいるのですか。ヤモリが鳴くのは知りませんでした。名古屋はこれから暑さ本番です。

投稿: らら | 2012年7月24日 (火) 14時08分

アブラセミの名前の由来は油を熱した時にでる撥ねる音がこのせみの鳴き声に似ているからついたものだとは恥ずかしながら最近知りました。そのジリジリ鳴く音を「閑けさや岩にしみいる蝉の声」と却って蝉の鳴き声は静けさを感じさせると逆説的に詠んだ芭蕉の感性の素晴らしさはさすが俳聖です。もっとも芭蕉が聞いた蝉の声はあぶらぜみ、にいにいぜみ、はたまたひぐらしなのではと諸説あるそうです。確かに蝉はうるさいけれどいないと淋しい夏の風物詩です。

投稿: Toshi | 2012年7月24日 (火) 09時40分

季節の便りありがとう。
暑ければセミは鳴くものと思っていましたが、ここではいつだったかほんの一瞬、聞いたことがあっただけです。
最近散歩で、朝の音と、朝のにおいを感ずるようになりました。音で一番多いのは鶏の鳴き声。放し飼いの鶏が歩き回っています。草むらにすだく虫の声、これはわずかです。山鳩に似たポッポーという鳥の声。これはすごくきれいです。鳴き声歩競うために飼っている人もいます。ときどきひときわ高くトッケー(大型のヤモリで文字通りトッケーと鳴きます)の声も聞こえます。
匂いは表現しにくいですが、しめっぽい初春のにおいや、初めてタイに来てかいだ 懐かしいにおいを感じます。
今から散歩に出ますが蝉の声を感じながら歩こうと思います。、

投稿: Ninja | 2012年7月24日 (火) 06時30分

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