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2012年7月

2012年7月31日 (火)

精神医療の実態に驚く―②

 「精神科は今日も、やりたい放題」のP.12には次のように書いてある。精神を医学と結びつける考え方は1818年なのだそうだ。それまでは病気という認識がなかったのだという。

 「要するに大多数の目から見て異質であり、社会的に好ましくないものを規定し、隔離するというのが考え方の基本として存在してきた。その呼び名が狂人であったり、変人であったり、天才であったものが『精神病者』に変わったに過ぎない。」

 前回私が書いた川原の義次などはまさに変人であった。しかし、誰に迷惑をかけるでもなくホームレスとして自活していた。

 昔から天才と気違いは紙一重というが、天才的行為は時には狂気に見えるからだ。

 さらに続けて、次のように書いている。「つまり精神医学であろうと心理学であろうと、その発祥と起源をたどれば優生学という概念にたどりつく。」

 自分は優秀であるとし、変である他の人を「なぜかれらは劣っているのか」ということを学問として規定したいがために精神医学が発生したという。

  「その目的は人を救うという点ではなく、人を矯正、洗脳し、問題行動を示すものを排除しようとするものであった。」

 そして民族差別(ナチスのユダヤ人虐殺は象徴的であるし、日本でも戦前は中国人や朝鮮人を差別した。またアメリカでは黒人や東洋人差別は有名である)、部落差別、政治犯や反逆者扱いがある。戦前には天皇や軍部に異を唱える者や公害事件と戦う人や権利や社会運動など全てがそうした扱いを受けた。

 著者は、「現代精神医学においても変わらず、措置入院、医療保護入院、大量の薬物投与、保護室による拘束、電気痙攣療法、患者会や家族会の構成など」と述べている。(P.13)

 こうしたことが可能なのは外見からの行動や言動にもとづく主観的な受け止め方をするからである。

 1990年代辺りから精神医学は大きく変わってきたと言われる。精神症状を「脳の異常」としてとらえようとするようになった。それは脳を調べる機械が進歩したことによるところが大きい。

 しかし著者は次のように指摘する。「そもそも『脳の異常』というが、精神医学においていまだに疾患の原因は科学的に分かっていない。薬物の効果についても同様である。今ある疾患理論、薬物理論というのは全て2012年現在でも仮説である。」

 だから精神医学、精神疾患はすべて医者の主観にもとづく作られた病気なのだという。

向精神薬 抗うつ剤 製薬医療、医学の犯罪③

http://www.youtube.com/watch?v=GgMH7rVSKrs

向精神薬 抗うつ剤 製薬医療、医学の犯罪④

http://www.youtube.com/watch?v=gk6oJ7Y8wMo&feature=relmfu

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2012年7月30日 (月)

三宅宏美選手の快挙と朝日新聞のいい加減な報道態度

 29日の朝、新聞を取ると、一面の見出しに「三宅が銀 重量挙げ」と踊っていた。三宅選手が重量挙げで銀メダルと獲得したことを報じるもので五輪マークの前でジャークを成功させた姿が写っていた。

 それを見て私は素晴らしい快挙だと思った。それは期待をしていなかったことの裏返しでもある。サンデーモーニングで張本氏がやはり期待してませんでしたと言っていたがそれが多くの人の気持であったろう。

 いつものようにウオーキングに行く道すがら中日新聞が入っている家で見出しが見えたが、やはり朝日と同じように一面に三宅選手の銀を報じていた。

 伯父の三宅義信氏が金メダル2個で、父親はオリンピックに1回しか出ていないが銅メダルというメダリストの重圧をはねのけての銀メダルであった。私が感心するのは15歳から自分の意思で重量挙げを始めて、3回オリンピックに出場し、その度に順位を上げて今回は北京の6位から銀メダルになったということである。 その努力が素晴らしいと思う。

 彼女自身「チキンハートで・・・」と言っているが、今回のロンドンにはきっと期するところがあったのであろう。気持ちを強くもって渾身の力を振り絞ったに違いない。心からおめでとうと言ってあげたい。

 その快挙を報じる朝日新聞には、どこを探しても重量挙げなどの結果を知らせる記事はなかった。サンデーモーニングで初めて金メダルは中国の王選手で銅メダルは北朝鮮の選手であることとか金メダルの選手との得点差を知ったのである。

 朝日新聞は、なぜこういう大事なことを報道しないのであろうか。読者が知りたいのは三宅選手の銀メダルだけでなく、金メダルや銅メダルは誰かということも得点も知りたいのだ。

 いくら高校野球の時期と重なってスポーツ記事が多くなるとはいえ、大事なことを知らせないのはもっての外である。朝日新聞には失望をした。

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2012年7月29日 (日)

精神医療の実態に驚く―①―

日本には現在323万人の人が精神科関係に通院しているという。この統計は2009年のものであるが、つい最近NHKニュースでも使っていた。しかし、3年もたっているから実際はもっと増えているのではないかと思う。

 経済誌ダイヤモンドが「新型うつ」の特集をやっているし、少し前にはAERAも新型うつが増加していると取りあげていた。

 日本の精神科関係の患者はずっと増加の一途である。私の周りにもいろいろな病名の患者がたくさんいる。

 私が子どものころはいわゆる「気違い」とか「変人」とか言われる人がいないではなかったが、その数はごくわずかであった。

 私が住んでいた新宮市には有名な変人がいた。彼は熊野川の橋の下近辺に住んでいて今でいうホームレスだった。身体は大きかったが大変おとなしく、ぼろ布をパッチワークのようにつなぎ合わせた着物を着ていた。街を歩いてゴミ箱をあさり食べ物を手に入れていた。人々は「川原の義次」とか「よっしゃん」と親しみを込めて呼んでいた。

 彼がどうしてホームレスになったのか誰も知らなかったと思う。おとなしいので精神疾患があるとは思われてなかったと思う。

 もし、彼が今精神科に行けばおそらく何らかの病名を付けられて患者扱いにされるであろう。

 私が最近読んだ「精神科は今日も、やりたい放題」(内海聡著、三五館刊)という本を読んで、精神科の患者数が増加しているのは精神科医と向精神薬や抗うつ剤を作る製薬会社の共謀だと知った。

 インターネットで調べてみると内海聡医師に対する真向からの批判もあった。だが、調べていて大変重大な発見をした。それはこの本に書かれている内容を裏付けるような動画があったことだ。

 動画は多分アメリカのテレビの映像だと思われるのだが、41回に分かれてYuotubeにアップロードされている。1回分は7分~10分程度である。

 「精神科は今日も、やりたい放題」の中からいくつか紹介するつもりだが、まず、この動画を見て頂きたいと思う。医学の犯罪とまで言い切って告発をしているのだ。

※以下は、最初の2つである。

向精神薬、抗鬱剤、製薬医療、医学の犯罪1

http://www.youtube.com/watch?v=vOM_EiIo6GY&feature=related

向精神薬、抗鬱剤、製薬医療、医学の犯罪2

http://www.youtube.com/watch?v=u6NNhx0I7lg&feature=relmfu

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2012年7月28日 (土)

マスコミも取り上げだした脱原発デモ

 7月26日のNHKクローズアップ現代では、脱原発の首相官邸包囲デモを取り上げた。最初300人から始まって17万人に達し、その後も10万人も集まっていることや日本各地に広がりだしたこと、何よりも普通の市民が集まっていることで、これまで無視して来たマスコミも無視できなくなったようだ。

 デモに集まる人は、ツイッターやインターネットや口コミで知って来るのだ。特にツイッターによるリアルタイムのつぶやきが効果大であるようだ。それで勤め帰りの人も行ってみようかと思うようだ。

 これまで無関心でいた人が行動を起こし始めたのは素晴らしいと思う。何をやっても駄目だと諦めていた人が目覚めだしたのだ。

 継続をすることが大事だとNHKのコメンテーターは指摘していたが、7月29日の国会包囲お成功させたいものだ。

 以下に東京新聞の社説を引用する。新聞読むなら東京新聞と言われているくらいだ。

 毎週金曜日の夕方、首相官邸と国会議事堂前は数万人の群衆で埋め尽くされる。原発再稼働に反対する抗議行動。「人々の声」をどう考えたらいいのか。

 小雨が降って、夏とは思えぬほど冷え込んだ七月二十日。霞が関周辺の路上は夕方から人々が集まり始めた。高齢者や母子連れ、働き盛りの若者たち。身に着けたTシャツや小物、手製のプラカードには反原発運動のシンボルである鮮やかな黄色が目立つ。

 午後六時。スピーカーから「再稼働反対」のシュプレヒコールが鳴り響く。開始の合図だった。

◆淡々と冷静な女性たち

 抗議行動は四月に数百人で始まった。いま街頭に繰り出す人の波は名古屋、京都、大阪、広島など全国に広がっている。七月十六日、東京・代々木公園で開かれた集会・デモには猛暑の中、十七万人(主催者発表)が集まった。

 膨れ上がる参加者の人数とは対照的に、多くの人々は拍子抜けするほど冷静だ。歩道の石垣に腰を下ろしていた中年の女性が言った。「こういう運動で原発が止まるとは思わない。でも、いま声を上げなきゃと思って」。暗がりの中、黙って掲げた手製の電光式プラカードには「NO NUKES(核はごめんだ)」という文字が光る。

 代々木公園で「原発、いますぐやめろ」というコールが響いた。すると、年配の女性は「“やめろ”って言ったって、そう簡単にやめられるもんじゃないわよ」と独り言のようにつぶやいた。

 スピーカーの声はずっと叫んでいた。だが、彼女たちは激せず、あくまで淡々としている。

 日本で大規模な街頭デモが繰り広げられるのは、一九七〇年の安保反対闘争以来である。首相官邸前に限れば、六〇年の安保闘争以来、ほぼ五十年ぶりになる。どこが違うのか。

◆政治の主役は政治家か

 かつてのデモは暴力的な行動を伴った。警察・機動隊の阻止線を突破する。それが目標であり「戦い」だった。

 だが今回は、まったく異なる。官邸周辺を歩き、声を出す。黙ってプラカードを掲げる。白い風船をかざす。風船は新党日本の田中康夫衆院議員が現場で配り始め、シンボルになった。そして午後八時になると整然と帰って行く。

 代々木公園で女の子を連れた母親はこう言った。「私は最近までワーキングプアで、忙しくて声を出す暇もなかった。上のほうで政治やってる人たちは何してるの。市民を中心に考えてほしい。子どもの将来が心配です」

 年配女性は「私たちはもう、どうなってもいいけど、若い人がかわいそう。長いものに巻かれろじゃなくて、個人一人一人が声を出さなければいけない。今日はそう思って来たんです」と応じた。

 官邸や国会議事堂前に集まるのは、こういう人たちである。

 かつて六〇年安保闘争の最中、岸信介首相は「私には“声なき声”が聞こえる」と言って騒然とした国会周辺のデモを無視した。

 いま「声なき声」の人々は声を出し始めた。収束しない福島原発事故の怖さ、今後も長く続く被災者の苦しみ、福島だけでなく首都圏や東北にも広がる放射能汚染。そうした現実を肌で感じて抗議の輪に加わっている。

 人々の街頭行動は原発再稼働だけでなく、政治のあり方をも問うている。政治とは何か。あれこれと考えるより、次の憲法前文を読んだほうが早い。

 「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」

 憲法は国政を「国民の信託による」と記している。だがいつの間にか、人々の間に「政治は政治家や政党がするもの」であるかのような思い込みが広がってしまった。私たち新聞もそうだ。政治面に登場するのは、ほとんどが政治家や政党の話である。

 政治の主役は国民であるはずなのに、代理人にすぎない政治家が主役であるかのような錯覚が広がった。街頭に立つ人々は本末転倒に目を覚まし「再稼働反対」のスローガンに託して、異議申し立てをしているように見える。

◆国民の声が届かぬ官邸

 象徴的な場面があった。七月二十日夕、鳩山由紀夫元首相が官邸前に現れ、こうスピーチした。

 「私はかつて官邸の中にいたが、いつか国民の声が届かなくなっていた。これから官房長官に会って、みなさんの声を伝えます」

 人気取りと批判するのはやさしい。だが、人々が元首相を街頭に引っ張り出したといえないか。主役が代理人を使う。それは本来、政治のあるべき姿でもある。声が届けば、政治は変わる。

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2012年7月27日 (金)

なでしこジャパン予選リーグ突破へ先ず1勝。でも、後半は期待外れ。

 ロンドンオリンピックは今日開幕するが、それに先駆けてサッカーが始まった。なでしこジャパンとカナダの試合はトップを切るもので何とか見たいと思った。でも、夜中の12時からの放送なので録画をすることにした。

 ただ録画をした場合は、試合結果を知らないで見ることが大事である。結果が分かってしまったら臨場感がなくおもしろくないからだ。私は早寝早起きだから起きたらすぐに見ればよいと腹をくくって、いつもの通り9時に寝床に入った。

 夜中に目が覚めたので、トイレに起きたら12時半であった。ぼつぼつ試合が始まるかと思いテレビを見ることにした。テレビをつけたらニュースをやっていた。おかしい、確か12時から放送としてあったが・・・・?と思って新聞で調べたら、1時から試合開始であった。

 選手が入場するところから放送された。カナダの選手と並んで立つと日本選手は子どもみたいに背が低かった。それでもワールドカップで優勝したのだから大したものだと思い、今回も活躍を期待した。

 日本のキックオフで始まったが、初めのうちは芝になれないからかパスを受けるミスが目だった。それでも15分ぐらいすると動きがよくなったと感じた。

 なでしこジャパンは連係プレイで攻めた。身体の大きいカナダに負けていなかった。ボールの支配は日本の方が勝っているようであった。

 最初のゴールは、テレビで何度もやっているように、沢選手→大野選手→川澄選手とつないで見事なゴールであった。特に、大野選手のボールを後ろに転がしたのが凄いと思った。川澄宅選手は本来なら大野選手の位置にいたのだがシフトが変わったのが当ったようであった。

 前半の終わり近くのゴールも見事であった。キャプテンの宮間がカナダの背が高い選手に囲まれてヘディングを成功させたのだ。アナウンサーは最初オウンゴールではと言っていたし、私にもオウンゴールのように見えた。でもリプレイを見るときちんと決まっていた。キャプテンになった宮間が得点をしたのはよかったと思った。

 前半の終わり近くにはカナダの選手には疲れがみえていたので後半に期待をした。

 カナダのキックオフで後半が始まり、しばらくして日本に大チャンスが来た。ゴールが決まったかと思ったが、飛び込んできたカナダの選手が見事に弾き返した。それからわずかなすきを突かれてカナダに得点を許してしまった。

 カナダの監督は、後半戦で決めると言っていたそうだが、その通りに後半はカナダにつきも行ったのかと思いながら見ていた。

 なでしこジャパンはよく頑張っていたがあと1点がどうしても入らなかった。守りに入らずに得点をしてほしいと思って見ていたが最後までゴールを割れなかった。

 勝つには勝ったが後半戦は悔いの残る試合運びであった。でも、勝ち点3を取ったのでまずはよかった。

 心配された沢選手もよい動きをしてチームを引っ張っていたし、若手も控えているので楽しみである。次のスエーデン戦は相性がいいなどと思わないで全力で得点をたたき出してほしいものだ。

 

  

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2012年7月26日 (木)

私のカードマジックのblogへのある反応

 私が6月に書いた「記憶力との戦い―すぐ忘れてしまうカードマジックのやりかた」というblogについて、次のようなコメントを書いたblogがあった。大変ありがたいことである。 

 『私が手品を教わったプロマジッシャンの考えは人前でやれるには1つの手品に最低3ヶ月掛かる。マニュピレーションなどは3年以上要する。ですから某ブログのように2年足らずではカードばかり習ったとしても10種類前後である。60以上とはビックリ仰天である。布団の中でも頭で手順を追っているとも言われていた。私の師では考えられない。なぜなら自宅での練習は厳禁なのです。それは自己流が身に付いてしまうからです。』

 この方の考えでは、

①マジックを人前で見せられるようにするには最低でも3か月必要。

②マニュピレーションなら3年は必要。

だからたった2年足らずでカードマジックを60種類も覚えられるはずがない。

 この方が言われるのは、どんなマジックでも完全に自家薬篭中のものにしてからでなければ人に見せてはいけないということである。つまり、完璧主義なのだ。確かに十分に練習をしてから自信をもって人に見せることは大事である。しかし、私が覚えたのは、テクニックの要らない、手順さえ覚えれば子どもでもやれるようなカードマジックである。

 私が復習をするのに、頭の中でイメージトレーニングをしていることについて、「自宅での練習は厳禁だ」と言っておられる。自宅で練習禁止、イメージトレーニングもいけないとなるとどうやって練習をするのかと言いたい。人前でやるにはそれだけの練習が必要だと言っているのに矛盾している。さらにこの方はカードマジックとそれ以外のマジックを混同しておられる節がある。

 もう1つ大事なことは、カードマジックでものすごいテクニックを必要とするものがあるが、例えばファンカードやカードプロダクションなどの技術はそれこそ若いときに毎日何時間も練習をし、マスターしてからも毎日の練習が必要だと言われる。

 プロの前田氏やKila氏のようなマジシャンが見せるクロスアップのカードマジックも同じである。そんなことは百も承知である。

 しかしながら、マジックの幅は広く、一説ではカードマジックだけで4万種類以上とも言われる。その中には先ほども述べたようにテクニック不要で、知らない人がアッと驚く優れたカードマジックもたくさんあるのだ。それもいけないとなるといったいどうすればいいのかと問いたい。

 マジックの楽しみ方も人それぞれである。マジックをやる人はみんな猛練習を要するということになればマジックはそれに耐えられるごく一部の人の独占物になってしまう。アマチュアはこの方のようなストイックな考え方は排すべきである。楽しく楽しめばよいのだ。

 自己流でいいではないか。コンテストに出るわけでもないのだから。絵手紙流に言えば「下手でいい。下手がいい」はちょっと言い過ぎいたか?

 私が言いたかったことは、カードマジックはピンからキリまであるから自分に適したのを選んで覚えれば高齢者でも覚えられますよということなのだ。

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2012年7月25日 (水)

強引なオスプレイの岩国搬入は既成事実作り

 地元の強い反対を押し切って岩国基地にオスプレイが搬入された。いつでも飛びたてる状態で置かれている。

 オスプレイの安全性についてはこれまでの事故のいきさつから疑問が多くだされている。アメリカの元高官はモーイングサテライトだったと思うが「数十分の一秒の操作ミス」が事故につながると指摘していた。何でもモロッコで墜落したときプロペラの向きを変えるボタン操作で数十分の1の誤差があったと言っていたのだ。それを聞いて私はぞっとした。

 北島選手の平泳ぎなど水泳競技では100分の1秒を争う。1秒を100に分けて計測できるということだ。でも、オスプレイの場合は運転操作時間である。仮に1/2秒でも大変である。

 時速百キロの自動車は1秒間に28mほど進む。それでも運転には気を付けるよう指導されている。オスプレイは時速何キロか知らないが、競技のような操作タイムが事故につながるというのは恐ろしいことだ。

 政府は安全性を確認すると言っている。8月までに出そろう新たな事故調査報告で安全性が確認されない限り飛行を控えるというが信用はできない。森本防衛庁長官はアメリカ側の事故情報を分析する専門家チームを発足させると言ったが、そのメンバーにも疑問が呈されている。

 要するにアリバイ作りだというのである。その前例がある。大飯原発再稼働だ。保安院は安全だと確認したと言ったが、福島事故の原因調査もできていない段階でこれまでの安全基準に基づくものであった。

 まだあった。核持ち込みの秘密文書である。あれも見事に国民を欺いたものであった。

 野田首相は、日米関係を重視してオスプレイの配備を認める方向だというが、日米関係重視で自民党政権以来戦後70年安保条約のもとずっとアメリカの言いなりになってきた。アメリカのやりたい放題である。

 今も沖縄は基地の中にあり、主権が制限され、アメリカの言うがままである。そこへオスプレイを配備するというのだ。

 どうして日本の国民の意を汲んだ要求をアメリカに突きつけられないのだろう。独立国家なら対等であるはずだ。

 原発と違ってオスプレイの事故は起きる確率が高いと睨んでいる。もし、事故が発生したとき政府はどう釈明するつもりなのであろうか。

 オスプレイを安易に配置するべきだはない。絶対に反対である。

※オスプレイの危険を指摘する番組

http://www.youtube.com/watch?v=a40kSHHRD1c

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2012年7月24日 (火)

今夏初めて蝉の声を聞く

 7月23日朝、いつものようにウオーキングに出かけた。出発時刻はやや遅く5時半だった。昨日までの雨が上がり、天気予報では今週はよい天気が続くということであった。

 この朝は涼しくて気持ちよく歩くことができた。コースは石川橋から山崎川に出て後は川沿いに瑞穂運動場まで歩くのだ。競技場のスタジアムの前にある橋までが前半で橋を渡ると反対側の道を戻って行く。

 橋を渡って水のある小公園まで来たら急に蝉の声が聞こえた。アブラゼミのようだ。この夏初めて聞く蝉の声であった。鳴き声を文字に表そうとしたがうまく表せない。ギシギシ?ギーギー?など試みたがやはりジージーかなと思ったりした。でも、ジージーでも適切ではない。

 しばらく歩いて行くと、また別のところで蝉が鳴いていた。それからは進んでいくと桜の並木に沿ってあちらこちらで蝉が鳴いていた。前日に歩いたときは全くきかなかったので、私は蝉の初鳴きだと思った。

 それで歩きながら柄にもなく一句をひねり始めた。「ジージーと鳴く初セミや・・・」が浮かんだが、下句が続かない。「初セミがジージーと鳴く・・・」どうしても鳴き声と初セミを入れたかった。普段は俳句など全く読まないのでできるわけがなかった。

 改めて芭蕉や蕪村や一茶は大したものだと思いながら歩いた。蝉の声は途切れることなく聞こえた。一斉に日を決めて鳴きはじめたのが不思議であった。2日前に香流川近辺に住む友人がくれたハガキには蝉の声を聞き孫と楽しんでいますと書いてあった。あちらではすでに鳴きはじめていたのだ。

 頭の中で句をひねり回しながら歩いた。ふと、「ジージーと鳴く初セミを歩く朝」という句が浮かんだ。「を」によって至る所蝉の声を聞くことをイメージできないか・・・・と思った。

 山崎川を離れて住宅地に入っても道すがら蝉の声がしており、我が家の近くに来ると今度はシャーシャーとうるさくクマゼミが鳴いていた。家の近所では蝉は鳴いていなかった。庭に出て調べてみたら蝉の抜け殻がいくつか木に付いていた。羽化することはしたようだがどこかに飛んで行ったのだろうか。

 ゆくところジージーとセミ鳴きはじむ

 明日辺りは我が家の庭でもやかましく鳴くのであろうか。

 我が庭に蝉の待たるる暑さかな

 暑い日差しに蝉が鳴くとうるさいと思われるが無ければなしで淋しいものである。

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2012年7月23日 (月)

興味深かった「おどりマンダラ・祈り

 名古屋市芸術創造センターで7月21日夜、舞踊のパフォーマンスがあった。愛知芸術文化協会の20周年記念の公演で、「おどりマンダラ・祈り」というテーマであった。知人のSさんから入場券を頂いたので見に行った。

 この公演は、2部に分かれていて1部では、「人は何を踊ってきたか―美しき身ぶりに託した喜びと悲しみ」2部は、「ボレロ・祈り―ジャンルを超えてつなぐ祈りの輪」であった。

 マジックの例会の日だったので、終わるとすぐに栄に出て夕食を済ませた。6時開場であったが、芸創センターには17時20分ぐらいに着いてしまった。でも、もう30人余り並んでいた。

 ホールに入ると、左手10列目中央より通路側に座った。前の人に邪魔されず舞台がよく見えた。ホールは満員になった。子どもから高齢者まで男女幅の広い観客であった。それはこの日の舞踊が日本舞踊からジャズダンスまで多岐にわたっているからだと思った。

 一部は、柝の音と鼓の音が響いて日本舞踊の義太夫「二人三番叟」が始まった。大きな松を背景に日の丸烏帽子を被った五條流の2人のめでたい踊りだ。

 次は長唄「老松」で金屏風を背に扇を使って花柳朱実さんが踊った。これも御祝儀の踊りだという。

 3番目も日本舞踊で稲垣流の4人が常磐津「松の名所」というこれもめでたい踊りであった。4人が出入りをして変化があった。

 4番眼はガラリと変わってバレーで松原芙佐子振り付けの「フローラル・ファンタジー」というものであった。子どもにも親しみやすいバレーであった。

 5番目は、モダンダンスで野々村明子作・振り付けの「星に誓う」で、寝転んだり、バック転や前転をしたり、バレーとは違った身体の使い方が眼をひいた。

 6番目はジャズダンス。三代真央ジャズ舞踊団の「祭」で、祭りの法被を着て踊ったがジャズというより日本的なイメージで意外であった。

 7番目は、関山三喜夫舞踊団の「祈り」と題してのモダンダンスであった。モダンダンスはバレーのような様式美にはこだわらない動きだ。

 一部最後は、テアトル・ド・バレーカンパニーの「シンフォニー イン ダブルA」で優美な踊りであった。

 圧巻は第2部で、あの有名なラベルの「ボレロ」に合わせていろいろなダンサーが黒い服装でメドレーで踊るのだ。

 ボレロは同じメロディが違う楽器で繰り返し演奏されるので、それを使ったというのはいいアイディアだと思った。

 全員がアルミのパラソルを持って舞台の前面を左右から出てきて歩いて行くパフォーマンスから始まり、終わりも同じものであった。

 バレー→モダンダンス→日本舞踊→インド舞踊→石田巳賀さんの舞台挿花(赤い花をビニールパラソルに挿す)→バレー→モダンダンス→ジャズダンスと続き、それぞれのジャンルがどんな振り付けをするかとても興味深かった。日本舞踊が一番難しいと思われるが、ボレロのリズムに合わせた動きで新しいものを見つけたのではないかと思う。

 一部、2部通して日本舞踊からジャズダンスやインド舞踊まで様々な踊りが見られたことや2部のようなコラボがとてもよかった。

愛知芸術文化協会創立20周年記念事業・おどりマンダラ

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2012年7月22日 (日)

朝日が取り上げた首相官邸包囲デモ

 7月19日の朝日新聞15面に「金曜の夜、官邸前で」というタイトルで慶応大学教授小熊英二教授へのインタビューと高橋純子記者のルポを大きく掲載した。

 参加者から、「東京新聞に負けてるよ」と言われたからかどうか、珍しいことである。

 ルポによると、13日午後6時前、首相官邸に通じる歩道は高さ1m余のパイプ柵で囲われていた。車道にはきちょうめんに縦列駐車された大型輸送車の「塀」もできている。地下鉄でやってきた小熊さんが驚いた。「ここまでやるのか」。「今回は一人も車道には出さない」警察の意思を感じる。

 おけらさんのルポと全く共通する。この警備に対して主催者側も警察と一体になっている印象だというのもおけらさんの指摘と同じだ。参加者の中には警察の異常な警備に憤慨した人もいた。

 ところで、小熊教授は、官邸包囲デモに参加したのは3回目だそうだ。研究者としてデモを分析するのが目的なのであろう。

 彼の分析はこうである。「60年安保(※私は大学生であった)は組織労働者や学生が中心。68年は基本的には学生だけでした。組織動員以外では大学生しか自由時間がない時代です。しかし、今では、雇用形態や労働時間で自由がきく層が大きく増えた。もちろんそれは、自由だけれども飢えて死ぬのも自由だという、マルクスのいう二重の意味での『自由』ですが」

 「60年安保は所得倍増計画を打ち出せば事態は収まった。(※池田勇人さんだったなあ)68年も経済は上昇期で、就職したら運動も終わり。しかし、今回は状況が違う。構造的な不満や政治不信は簡単には収まりません」

 日本には、アメリカのウオール街占拠やエジプトなどの政権打倒とは違うものがあるという。「首相でもない。六本木ヒルズ族でもない。そこに原発事故があって見えてきたのが、政界・官界・財界の複合体だった。我々を無視して決定し、我々の安全を守る気もなく、内輪で既得権を得ている連中だ、と映っているのでしょう。『再稼働反対』という声には『日本のあり方』全体への抗議が込められていると思います」

 首相官邸包囲デモは、当初300人程度から出発し、回ごとに参加者が増え、13日の代々木公園集会では17万人に達した。この運動はただ一つ「脱原発」「原発再稼働反対」である。それ以外の幟を立てたり叫ぶことはできない。

 しかし、脱原発を叫ぶ裏には、小熊教授が指摘するように、多くの国民のやりきれなさがあることは間違いないと思われる。民主党に託した政権交代への期待はは見事に裏切られ、原発問題を通して政界・財界・官界の癒着もあらわになった。安全神話が崩壊しただけでなく、国民は何が真実かを見ることができるようになったのだ。

 朝日の見出しは、「政官財から無視される怒り、再稼働で臨界点に達した」とある。臨界点にきた国民の怒りはいったいどこへ向かうのであろう。今、大きな転換点に来ているのかもしれない。

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2012年7月21日 (土)

期待外れ、NHK爆問学問アンチエイジングはどこまで可能か―②―

 7月18日のNHK爆問学問はアンチエイジングについてアメリカの最新の事情を紹介するというので期待をしていたら見事にはずれた。

 もともとアンチエイジングという考え方はアメリカ生まれで、如何にもアメリカらしい発想である。アメリカでは、「老化は治療可能な病気」と位置付けているのだそうだ。 

 ニューヨークでアンチエイジングを売り物にし、これまでに2万人もの人にアンチエイジングの処置をしてきたという医師は、半年勉強しなかったら15年ぐらい遅れてしまうと語っていた。アメリカではそれぐらいアンチエイジングへの関心が医師や一般の人の間で高いということであろう。

 最先端の技術の一つが自分の血液から血小板を取り出し、それで作ったものを顔に注射器で注入するというものだ。自分のものだから拒否反応などの心配はおこらない。この施術で美しい張りのある顔を維持できるという。

 その2は、男性ホルモンのテストステロン入りのクリームを一日おきに腕などに塗布するというものだ。全米100人の美魔女の1人が説明していた。その他に、自分の女性ホルモンを培養して作った錠剤を飲んでいるのだそうだ。自分のだから安心して飲めると言っていた。

 こうしたアンチエイジングにいったいどのくらいの費用がかかるのかを知りたかったがそれには触れなかった。

 日本では、名古屋大学の研究者が乳歯の幹細胞から取り出したものを培養して注射をすると麻痺したネズミの足が回復したという。また、東京理科大学では毛の幹細胞から取り出したものをネズミに植えて黒い毛を生えさせた。

 長寿遺伝子を操作してアンチエイジング細胞を作るというアメリカの研究者は200歳まで生きることができるようになるかもしれないと話していた。

 老化は自然現象であり生きとし生けるものすべてに絶対に避けられないことだと思うのだが、それに抗して”病気”だから”治療可能”と捉えるアメリカの研究者の存在はどう考えたらよいのだろう。

 QLO(Quolity of  life)を保って少しでも長生きをしたいというのは人間の願望には違いない。それに医学が応えようとしているのだがどこかに金儲けがちらついているように思う。

 アンチエイジングや美容整形は人の欲望に付け入った金儲けビジネス結託しやすいから気を付けなければならない。

 老化は遅かれ早かれ誰にもくるもので生活習慣と大きい関係があるからそちらに注意して自分に合った方法を見出すことが大事であろう。

 

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2012年7月20日 (金)

自然エネルギーへの転換をしよう―ファム・ズイ・ヒエンベトナム元原研所長

 以下のインタビューは、2012年4月30日のもので、話している人はファム・ズイ・ヒエン元ベトナム原子力研究所長。(1937年5月生まれ。74歳)大変傾聴に値するものなのでおけらさんのblogから転載。

 ダラトの原子力研究所は1963年から67年まで機能しましたが、その後は情勢が危険になり、アメリカが研究所から資材を持ち去りました。1975年の南ベトナム解放後に接収し、設備を更新・拡張しました。
 
 私は1959年から63年までモスクワ大学で原子物理学を学びました。この原子力研究所で1981年から91年まで所長をつとめました。福島の原発事故のあと、ベトナムが日本から原発を購入することを決めたことに国民は不安を感じています。
 
 もし国民の意見を聞く投票をすれば70%から80%の国民が反対するでしょう。知識人に限れば反対の比率はさらに高くなります。私はこの10年間、原発の
建設には「時期尚早である」として反対し続けて来ました。私は、日本で同じように原発導入に異議を唱えた仁科博士や湯川博士を尊敬しています。


 私が反対を唱えている理由の第一は、ベトナムが日本に比べても、近代社会の規律で訓練されていないことです。市内を走行するオートバイを見れば一目瞭然です。当然、交通事故も多発しています。食品も安全ではありません。財産を略奪する強盗や泥棒事件も多く、まだ法治国家とはいえません。まず規律ある社会をつくることが先決です.。
 
 第二の理由は、原子力の専門家がいないことです。原子力発電に携わる人はできても、原発の知識をもっている人がいません。ベトナムでは一つのプロジェクトで大体20%が個人のポケットや口座に入ってなくなります。原発は1基70~80億ドルします。アメリカで建設された原発は2基で140億ドルでした。ロシアの原発は1基100億ドルです。1%がふところに消えるだけでも膨大な金額になります。
 規律、法律、知識がなく、あるのは利権の追求だけです。これが反対の第二の理由です。
 
 第三は、原発がきわめて高価であることです。
 
 第四は、2020年から2030年までの10年間に原発を10基も建設しようとしていることです。原発はオートバイや自動車とは異なります。0基も建設して管理できると考えているとしたらあきれたことです。

 ベトナムテレビで原発建設をめぐる討論番組があり、私と貿易省の高官が出席しました。。高官は、原発は絶対安全だと言うだけでした。これは全くのごまかしです。私はさまざまな理由をあげて反対を唱えました。原発の輸出や輸入にはごまかしが満ちています。

 フクシマ原発の事故から一周年を迎えるにあたってニューヨーク・タイムズが私に電話でインタビューしました。日本人のアジア支局長でした。私の意見はニューヨーク・タイムズに掲載されました。
 
 そのさい、「なぜ福島の事故の原因もわかっていないのに、日本はベトナムに原発を売り込むのか?」との私の問いかけに、日本の銀行家が答えていましたー「もし日本が売り込まなければ、他の国が売り込むからです」
 
 5月6日に日本の原発がすべて止まるかどうか、期待して待ちます。止まれば、日本の原発輸出にも影響するでしょう。(注:実際は全く影響していない)

 福島の原発事故から100日が過ぎた2011年6月に私は菅首相に手紙を出して、日本がベトナムに原発を輸出するのを10年間延期するように提案しました。その間に知識を吸収し、規律を確立することを見極めることが大切で、あわてる必要はないと訴えました。
 そしてその間に日本から効率的な電力消費のノウハウを教えるよう要求しました。ベトナムは電力の浪費が世界一です。1キロ・ワット時の電力消費で生産する商品はフィリピンやインドネシアの半分です。ベトナムのGDPはこれらの国の半分です。
 
 私の菅首相あての手紙はインターネットのサイトに日本語で掲載されました。

 日本の中小の経営者がこの10年間に自然エネルギー開発を促進することを期待しています。ドイツに加えて、フランスの大統領選挙でフランスの政策が変化し、日本がこれに加われば、自然エネルギー開発の流れができると期待しています。
 中国の原発は南部に集中しています。ベトナムの国境から50キロのところにあります。冬には中国大陸からベトナムに風が吹き込みます。ここで事故が起きれば、ハノイが全滅します。北京ではありません。
 
 私は3月11日の福島の事故のあと、放射能の流れを追跡しました。
ベトナムでは4月10日が放射能のもっとも高くなった日でした。沖縄、台湾、フィリピンからベトナム、そしてマレーシアに放射能は流れました。


 ニントゥアン省のロシアの原発建設で数千人がロシア語を学び、日本の原発建設では数千人が日本語を学ぶことになります。異なる言語に加え、ロシアと日本の原発の構造の違いにも苦しめられます。

 私は最近、セシウム137による土壌汚染に関する論文をまとめました。近く発表する予定です。

 昨年末に韓国で原発の安全に関する国際会議が開かれて、ベトナムから首相と科学技術大臣が出席しました。帰国して記者に質問されて、科学技術大臣は、原発建設を2年間、遅らせる必要があると語りました。当然、これは首相の意向だと思います。
 
 2020年にはベトナムは原発を持っていないことになります。私は10年前から原発建設延期を主張してきましたが、聞く耳を持たない政府も徐々に変化して、私のこれまでの主張に注意を払ようになってきました。徐々にですが、政府の態度にも変化が見られます。

 私は原発建設の延期を主張しているのであり、原発建設をやめよとは言っていません。

 しかし、福島原発の事故以降は、原発建設から自然エネルギー開発への転換を望む声が強くなっています。日本とベトナムが国民レベルで協力し、アジアが協力し、世界が協力すれば、世界から原発がなくすことも可能になると思います。

(終わり)
             

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2012年7月19日 (木)

「さようなら原発10万人集会」(代々木公園)に17万人も!

 大江健三郎氏らが呼び掛けた7月16日の東京代々木公園での脱原発10万人集会は17万人も集まったという。さすがにNHKも無視できず報じたし、翌日の朝日新聞も1面に写真を載せ、社会面で「脱原発 うねり沸騰」と見出しをつけ、参加者のインタビューを載せた。

 警視庁も2万人ということはできなかったとみえ、じぶしぶ7万5000人としたようだ。この集会が梅雨末期の暑い日差しの中で行われたのにインターネットで知った人たちが続々と集まったというから凄い。

 河野元衆議院議長も認めるように日本でもツイッターやFacebookやblogなどの力が発揮され出したようだ。時期にちなんでネットでは、「アジサイ革命」などと言われているようだ。アジサイは小さい花がたくさん集まって大きな株を作るからまさに言い得て妙である。

 朝日新聞によると、

 坂本龍一氏は、冒頭で「かが電気のためになんで命をさらさないといけないのでしょうか。子どもを守りましょう。日本の国土を守りましょう」と挨拶をした。

 大江健三郎氏は「私たちは侮辱の中に生きている。政府のもくろみを打倒さなければならないし、それは確実に打倒しうる。原発の恐怖と侮辱の外に出て、自由に生きることを皆さんを前にして心から信じる。しっかりやり続けましょう」と訴えた。

 瀬戸内寂聴さんは、「冥途の土産にみなさんの集まった姿を見たかった。たとえ空しいと思う時があっても、それにめげないで頑張って行きましょう」と挨拶した。

 先日のNHKテレビの徹底討論エネルギー問題で、寺島実郎氏などは「世界の中で日本の原発技術を維持するためには原発は必要だと述べた。しかし、脱原発でも完全に廃炉にするまでには、安全に核を処理する技術の研究と開発は急務であり、それを推進すべきである。

 以下のYoutubeサイトに7月16日の代々木公園の集会がUPLOADされている。

 山本太郎さんの空からの実況

 http://www.youtube.com/watch?v=qwDkWCB5RYQ

 神田香織さんのトーク

 http://www.youtube.com/watch?v=-WgEcdq3GNU

 7.16集会とデモ

 http://www.youtube.com/watch?v=kkNou3TGU4g

 http://www.youtube.com/watch?v=kfqL-FO6FkU

 「たねまきジャーナル」から

  http://blogs.yahoo.co.jp/okerastage/9268108.html

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2012年7月18日 (水)

LEDシーリングに取り換える

 我が家のリビングの天井に付けてある、蛍光灯が4本入ったシーリングライトの蛍光灯が立て続けに切れた。

 2本は買い置きで取り付けたが、一本買わなくてはと思い、新瑞橋のエイデンへ出かけた。丁度ディスカウントセールの最後の日であった。買う前に、ふとLEDランプはどうなっているだろうと思い売り場に見に行った。

 たくさんのLEDシーリングが展示してあったが、皆目分からないので店員を呼んでいろいろ説明をしてもらった。

 値段は1万5000円ぐらいから5万円近くまでさまざまであった。安いのは白色光だけだとか、明るさが調節できないとかが関係しているようだった。また使用電力も36Wから100Wを超えるものまであった。

 いろいろ見ているとシャープの製品でリモコンで色が3色に変わり、しかも周りの明るさに応じて明るさが変化するというのが目に留まった。価格は24800円としてあった。6畳用だが8畳でも使えるようであった。使用電力は一番少ない36Wであった。

 面白いと思ったのは、20歳なら8畳、40歳なら6畳という目安であったことだ。どいうことかと尋ねたら、年齢が若いと明るく感じるのだと言った。私のような高齢者には向かないのかと思った。8畳用は3万円ほどする。迷ってその時は買うのはやめにした。

 2日後また新瑞橋の店に行ったら、価格は32800円になっていた。店員を呼んで聞いたらセールが終わったからだと言った。セールの価格で売らないのかと聞いたら、次のセールになるとそうなるかも知れないと言った。それで諦めた。

 次の日、高辻シャンピアのエイデンに電話をして尋ねたら、展示品ならあるということであった。それで見るだけと思って出かけた。

 高辻店は新瑞橋店より大きいので展示品もずっと豊富であった。見ていると新瑞橋で売っていた6畳用にまだセールの値札が付いていた。店員を呼んで話を聞いた。電話に出た若い女店員であった。

 展示品には22000円の札が付いていた。値段の交渉をすると、展示品は2万円、そうでない方は22800円にすると言った。どちらにしようか迷った。店員の話では展示品には説明書が付いていないという。それで通常の製品にした。

 もう一声まからないかと聞いたら、22000円ならと言ったのでそれで決定した。

 自分で取り付けられればよいがもしできないと2800円かかると言った。新瑞橋の店では2100円と言っていたのに・・・・と思ったが、自分でやってみることにした。

 家に帰り早速古い器具を取り外しにかかったら、何と古い器具なので電線に直結していいた。仕方がないのでエイデンに電話をしたら別の店員が出て2100円でやれると言った。次の日朝一で取り付けに来てくれた。

 LEDシーリングは、小さなLEDランプが円状にならべてあるのだ。直接見るとまぶしいがカバーを付けると丁度良くなる。6畳用でいいか心配したのは無用であった。リモコンで最大の10にすると結構明るいのだ。普通は8ぐらいで十分である。

 明りの色は暖色から寒色までスムーズに変わるし、明るさも自由に変えられる。エコの設定もできるし、タイマーさえ付いている。ちなみに機種はシャープDL-C303Vである。

 インターネットで価格を見たら、最安は17500円であった。なんてこった!

 ELM DL-C303V の製品画像

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2012年7月17日 (火)

TEDスーパープレゼンテーション「死後のデジタルライフ}

 7月2日のNHKEテレでアダム・オストロウさんのスーパー・プレゼンテーションが放映された。演題は「死後のデジタルライフ(邦訳)」であった。

 インターネットの発達により今やCLOUDには膨大な情報が蓄積されている。映像、blog、twitter, facebookなどなどである。昔はせいぜい日記、アルバムが文書の形で残されるだけであったのとは大違いである。

 これらはA Rich Digital Archive(記録集)となって、それを書いたりuploadした人たちが死んだ後も残って行く。人は必ず死ぬのだが記録は残る可能性が大だ。

 人が死んだあと記録集はどうなるのか。アメリカでは死後に遺言とか伝えたいことをblogの続きに書いてもらう人がいるという。

 死後にその人の残したCLOUDの記録で故人を偲ぶという集まりをする人たちもいるそうだ。

 また、ifidie-netのように、人間はいつ死ぬか分からないからgo to before it too lateと呼びかけているものもあるそうだ。言い残したいことをfacebbokに残すサービスだという。

 今やデジタルの技術も進んで、その人の残したCLOUDにあるすべてのデータを分析してdigital personaというバーチャルのロボットに人格として残すことも可能になるということだ。驚くべきデジタル時代の到来が目前に迫っているのだ。

 What will you leave behind(死後に何を残すか)が問われているのだ。それは結局difinition of life(生きるとは何か)ということになるのだという。

 私は毎日思いつくままにblogを書いているが、それは削除しない限りおそらく死後も残って行くのであろう。日本語を外国語に翻訳する技術がさらに進めば外国で読まれるようになるかもしれない。いったいどうなるのだろうと想像すると恐ろしい様な気がしないでもない。

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2012年7月16日 (月)

警備と称してデモ規制を強化

 首相官邸を包囲するデモは13日の金曜日も行われた。翌日の朝日新聞は社会面で取り上げたが、警視庁の警備についてはふれていない。

 サンデーモーニングでは、前衆議院議長の河野氏が、「マスコミもどうしたらいいか迷っているようですね。ツイッターなどで一般市民が集まってくるのはこれまでと違う。」と述べた。浅井信夫氏は「それだけ政府が危機感を増しているということでしょう。」と言った。関口司会者は、「警備が前週強化されている。」というにとどまった。

 映像としては、すごい数の警察官が鉄柵を手でしっかりと押さえている様子が映された。

 結局、警視庁のデモ弾圧的な大量動員やデモへの対処についてはマスコミは伝えていないのだ。

 その点について、おけらさんは自身のblogで詳細にレポートしている。一部を抜き出し紹介する。

「警察の警備強化に目に余るものがありました。

『警察による警備強化ではなく、むしろ、車道開放でデモの安全をはかれるようするべき』と考えます。
 昨日のありさまをお知らせいたします。私たちは霞ヶ関駅下車、歩いて国会議事堂横に5時40分頃に到着しました。
 まず、霞ヶ関駅を出ると、そこに動員されているおびただしい警官たち、警官輸送車の数に驚かされました。霞ヶ関周辺はまだ時間が早かったためもあり、まるで警察の集会状態でした。先週7月6日までの「のどかな」風景が一変していました。
 気づくと、警官がスクラム組んで、それ以上進めないようにブロックしている・・そこに私たちはいました。参加者たちの中には「車道を通せ!」と叫ぶ人たち、「(ブロックしていたのじゃ)かえって危ないじゃないか!」と当然の要望を叫ぶ方々があり、当然のことながら不満と不安が渦巻く、殺気立ったムードになりました。
  
 車道は警察車が、歩道の横すぐの車道に隙間なく何十台と縦に連なり、その先頭に街宣車のような警察車の上に若い女性警官がマイクを握りっぱなしで「多数の参加者の安全のために警察が警備しています。警察の指示に従って、安全を確保してください」といったことを繰り返しています。
 まだ6時前なので「再稼働反対」の声をあげていません。
まるで女性警察官が集会のリーダーのようでした。

 周りを見渡すと、私たちは、太い縄で固定された鉄柵に前と横を囲まれ、その上に10人以上の警官のブロックに抑えらていて一歩も前に出られない状態となっていることがわかりました。
 
一説には「警察から警備増大を受け入れないなら、次からデモはできないぞ」という脅しがあったらしい、と言われています。真相はどうなのでしょう。

 昨日の警察の警備は完全に過剰です。
むしろ先週までのあり方のほうがどれだけ安全だったか。
これは、おそらく参加者すべての了解だと思います。」

 詳細は、以下のURL:

http://blogs.yahoo.co.jp/okerastage/9248814.html

 

 

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2012年7月15日 (日)

内閣府パブリックコメントに意見を送った

 先日のblogで紹介した内閣府のパブリックコメントに意見を送った。下記のアドレスをクリックすると次のページが現れる。

 https://form.cao.go.jp/aec/opinion-0027.html

内閣府ホーム > 内閣府共通意見等登録システム

「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する御意見の募集(パブリックコメント)

 意見の要約(100字以内)のボックスに次のように書いた。

原子力発電は完全に廃棄すべきです。再生可能エネルギーを開発し、
それで電力を賄うように転換するべきです。

 その下に意見を書くボックスがあり、2500字以内で書くことができる。私は次のように書いた。

 福島第1原発の大事故で原発が如何に危険であるかを世界に示しました。ドイツもついに脱原発に踏み切りました。原発はもともと人間が制御できないものなのです。それなのに安全神話を作り上げて国民を騙し続けて来ました。

 ところがこの期になっても野田政権は大飯原発を再稼働させ、さらに他の原発の稼働を模索しています。とんでもないことです。今度日本のどこかの原発で事故が起きたら世界中に放射性物質が拡散するでしょう。その時になって「想定外」と言っては遅いのです。最悪の事態を想定し原発は廃棄すべきなのです。

 そして原発への費用を再生可能エネルギーの再発利用に振り向けるべきです。日本にはその技術と能力があるのです。科学者は金がないのでなかなかやれないだけだと言っています。

 太陽熱、地熱、風力、波浪、中小河川の水、廃棄されている熱の再利用など発電できる資源は日本には溢れています。脱原発をしてすぐに再生可能エネルギーの活用に向かうべきです。

 ※パブリックコメントの締め切りは、7月31日である。

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2012年7月14日 (土)

電気代月500円以下とは!信じられない節電主婦

 おけらさんのblogで紹介されていた下記のURLの記事を見たら非常に驚いた。この記事は東京新聞の電子版に載っているもので、東京都あきる野市の主婦が毎月500円程度の電気代で生活をしているということである。

 この主婦は、まだ32歳と若く37歳の夫と娘(5歳)長男(2歳)の4人暮らしである。東京新聞が記事にしたきっかけは、同紙への「節電で月の電気代は500円程度」という投稿である。投稿に興味をもった記者が取材したのだ。投稿に取材をするということがあるのは初めて知った。

 冷蔵庫を昨年10月に被災地に寄付して使わなくなったら電気代が500円ほどになったのだとか。洗濯機ももちろん使わず、昔ながらの洗濯い板で洗っている。掃除はほうきと雑巾だそうだ。

 テレビは夫が見るときだけで、あとは押し入れに入れておくという徹底ぶりである。待機電力をなくすためにコンセントからこまめに抜くという。

 この記事を読んで戦時中から戦争直後の生活を思い出した。戦時中は灯火管制で2燭の豆電球に覆いをつけてそれ1つでビクビクと夜を過ごした。電気製品は他にはラジオだけであった。当時は定額制の電気料金であったが、おそらく電力会社の丸儲けであっただろう。

 戦後もしばらくは電球が60Wの白熱灯で後はラジオとアイロンぐらいであった。よく停電があったがやはり電力会社は丸儲けであったと思う。

 件の主婦は戦後と同じ生活をしている訳だ。でも、便利さに慣れてしまった身には清水の舞台から飛び降りるぐらいの覚悟が要るであろう。見上げたものだ。

 家庭用の電力が利益の90%以上占める電力会社にとって各家庭が本気になって節電に取り組めば困るであろう。電気を使わない日を決めて一斉に実施したら面白いのではないか。

 詳しくは下記のURL:をクリック。

 http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2012070102000078.html

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2012年7月13日 (金)

NHK爆問学問「アンチエイジング」を見て

 7月11日の夜、NHKの爆問学問を見た。「アンチエイジング」というテーマにひかれてであった。

 この番組は、2週続きで、今週は君島十和子さんと今売出し中の南雲医師が素材であった。

 君島十和子さんは今年46歳だが超美魔女という触れ込みであった。確かに美しい。その美しさを保つためにどんなことをやっているのかを3か条にまとめてあった。

 第一は、紫外線を徹底的に排除することである。そのために彼女は外出前には腕や顔などに紫外線対策のクリームを刷り込み、さらに腕にはアームカバーを着用する。サングラスは大きめのを掛ける。日傘はいつも欠かさない。凄いと思ったのは歩くときにできるだけ日陰を選んで歩くことだ。

 洗濯物を干すのは外で干す量を最小限にし、サンバイザーを被って短時間で干す。紫外線は活性酸素を発生させるからきをつけるのだ。

 第二は、抗酸化である。外出から帰ると抗酸化スプレーを顔などに吹き付ける。これも活性酸素対策である。

 第三は、シワ対策である。夜寝るときは首が前に倒れないように首の後ろにタオルを当てる。机で本を読むときはひじにタオルを当てて色素沈着を防ぐのだという。

 座ると時の姿勢も真っ直ぐである。また、毎朝皮付きリンゴ半分と人参2本と皮付きレモン半分、生姜一かけらをミックスしたジュースを作って飲んでいるそうだ。

 君島十和子さんは美と若さを保つためには大変な努力をしているということがわかった。おそらく番組で紹介されなかった秘策もやっているに違いない。

 もう一人の南雲医師は、57歳で還暦近くなのに自称20歳は若く見えるという。38歳の時にそれまでの食べたい放題飲み放題の生活と決別し、今の体型を作り出したのだそうだ。

 著作にも書いているが、4か条のことを実行している。

 第一は、一日1食で主として夕食に食べる。朝はグレープフルーツなどを皮ごとジュースにして飲む。

 第ニは、温めない。いつも冷水のシャワーで、タオルなどでこすって洗わない。手でなでるだけ。

 第三は、スポーツをしない。腹をへこめて大股のウオーキングで歩く。

 第四は、食べたらすぐ寝る。10時から午前2時までの成長ホルモン分泌のゴールデンタイムは睡眠中。朝は4時ごろには起きる。

 以上、二人の年齢より若く見える容姿を保つ人を実例として、同じようにやればアンチエイジングになるのかどうかは何とも言えないと思った。たまたま二人はうまくいっているのかもしれないからだ。

 参考にして試してみるのはよいであろう。

 世の中にはアンチエイジングに否定的な研究者もいる。その一人、分子生物学者福岡伸一さんも参加していた。

 7月18日(水)は、アンチエイジング最先端を行くアメリカをレポートしたものだそうだ。そちらの方に興味がある。

 

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2012年7月12日 (木)

健康食品やサプルメントは効くのか?

 特定保健用食品(トクホ)は5月に1000品目に達したという。トクホは、科学的な試験で健康の維持に役立つ効果が認められた食品で、消費者庁が許可するものだ。その他にも健康食品と呼ばれるものや栄養機能食品(ビタミン剤)などもある。

 毎日の新聞やテレビの広告、インターネットで一番目に触れるのは、こういった健康食品で、昔からあるのは青汁だがクロレラもかなり古い。何とかニンニク、ウコンなどというのもある。プロポリスとかDHAとかヒアルロン酸とかグルコミン酸とかとにかく枚挙にいとまがない。

 製造している会社でいえば、小林製薬のような薬品会社からサントリーのような飲料会社まである。やれ黒ゴマがいいのとか、黒酢ニンニクがいいのとか、サメのグルコミン酸がいいのとか新聞1ページの大宣伝をしている。

 私の知人で母親が八千草薫の宣伝する「皇潤」を長年飲んでいるがあんなもの高いだけで効かないと言っていた。

 私はビタミン類を毎日飲んでいる。ビタミンB,C,Eは活性酸素除去によいと言われる。ミネラルはミネラルを補うため、ブルーべり―アイは目にいいと聞き、アホエンは無料だから・・・と結構マニアであると自分でも思う。

 でも、これらのサプルメントを飲んでいても効能があると感じられたことは一度もない。例えばブルーベリーアイは目にいいといい、会社は宣伝のために体験記を毎回掲載しているが、私は実感はなにもないのに勝手に思い込んでいるのだと思っている。

 残念ながら、自分で飲まない場合と飲んだ場合を比較して体験できないので証明できないのだ。

 以前テレビでサプルメント大好き人間を取り上げていたが、その人は54種類のサプルメントを毎日摂取していると言っていた。でも、効果については言っていなかった。

 だから効くか効かないかは信じるか信じないかの違いだと思う。ちょうど薬の効能試験のときの偽薬・プラシーボと同じである。効くと思えば効く人もあるということだ。

 以下は、朝日新聞からトクホについての引用。

 「日本健康・栄養食品協会によると2011年度のトクホ市場は約5200億円。「おなかの調子を整える食品」や「血圧が高めの方の食品」、「骨の健康が気になる方の食品」といった分野で、1000品目以上のトクホが生まれた。キリンの特定保健用食品部の矢吹昭部長は「新しい分野のトクホが生まれれば、さらにヒット商品につながる可能性もあり、企業も研究を続けている」と話す。

 東京都が09年に行った福祉保健基礎調査によると、健康食品を使用したことのある人は約62%。健康食品のイメージについては約26%が「病気の予防や治療につながる」と回答した。明確な根拠もないまま効果をうたう怪しい健康食品もあるなかで、トクホは商品を選択する際の判断材料となっている。

 だが、国立健康・栄養研究所の梅垣敬三情報センター長は「トクホは科学的な根拠のある優れた製品だが、あくまでも食品。薬のような効果・効能はない。トクホさえ利用していれば健康になれるというものではない。正しく利用することが大切」と話す。」

 

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2012年7月11日 (水)

原発事故は人災は当然の結論だ―国会事故調最終報告―

 東京電力福島第一原発事故を検証する国会調査委員会の最終報告書が5日出された。サンデーモーニングの映像で見るとかなりの大部の冊子3冊である。

 この報告の重要な点は「原発事故は人災である」と結論付けたことである。「人々の命と社会を守るという責任感の欠如があったとして、過去の安全対策や事故対応を厳しく批判した。それによって「安全神話」が突き崩されたのである。

 東京電力は事故を「想定外」として一貫して責任を逃れようとしてきた。それについて、「想定外ではなく、責任を免れることはできない」と、地震、津波、過酷事故のいずれの対策も、東電や原子力安全・保安院が危険性を認識しながら対策を先送りしてきたことを問題視している。

 福島第一原発の建設当時から、工事に当たったGEの技術者から問題点を通告されていたのに、ずっと無視して来たことは昨年書いた。それ以外にも、何度も科学者などから危険性を指摘され、共産党の国会議員が国会で追及したのに安全であると言い逃れて対策を放置してきたのだ。

 例えば地震対策には800億円が必要だと見積もりながら、東電は利益優先で、実施は一部のみにとどまった。保安院もそれを黙認したのだ。

 また、原子力委員会や保安院は、自らの責任で安全性の調査をぜずに、事業者に任せてそのいうとおりにした。両者は結託して安全対策を怠ったのである。

 さらに、「国際水準を無視」して、対策が遅れた。以前にもblogで取り上げたように、欧米では2重、3重の安全対策が取られているのに、日本では地震のみを考慮しただけで、欧米のような機器の故障などの「内部事象」や地震、津波、洪水などの「外部事象」、テロのような「人為事象」は対象がとされたのだ。

 日本の原子力発電は、正力松太郎と中曽根康弘が推進したその当初から、安全神話を懸命に構築し、それにより国民を騙し続けて来たのだ。その中心にいたのは自民党だから、自民党の責任は重大である。

 サンデーモーニングでは、岸井氏が人災となると刑事事件となる可能性を免れないと指摘したのに対し、寺島氏は「だからもっと慎重な判断をすべきだった」と頓馬なことを述べた。

 当然人災として東電や原子力委員会や保安院などの関係者の刑事責任が追及されるべきである。

 今大飯原発が再稼働し、さらに他の原発の稼働も検討されている。しかし、国会事故調査委員会が結論付けたように安全性について様々な問題点があることがはっきりした。野田首相は何を根拠に安全だと認めたのか。従来の基準ではまた人災が起きるのだ。その時認識不足でしたと責任を認めても遅いのだ。

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「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する国の意見募集

 政府は「エネルギー・環境に関する選択肢」に対する意見(パブリックコメント)を募集している。

◆概要:
 6月29日、政府の「エネルギー・環境会議」から「エネルギー・環境に関する選択肢」が提示された。
 2030年までの日本の原発のあり方が、以下の3つシナリオで示されている。それを元に、今まさにこれからの日本の未来が決められようとしているのだ。

「原発ゼロシナリオ」・・・唯一の脱原発シナリオ
「原発15シナリオ」・・・原発増やせるシナリオ
「原発20-25シナリオ」・・・原発どんどん進めるシナリオ

http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html

もちろん私たちの選択肢は原発ゼロしかない!それを反映させよう。

★パブリックコメントの送り方:締め切りは7月31日。もうすぐだ。急ごう!!

 下記のページからオンラインで送信、またはFAX、郵送のフォームをダウン
ロードでる。

 「エネルギー環境会議」http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html
 フォーム直接リンク http://bit.ly/pubcmnt

 ●書き方は
こちら
http://publiccomment.wordpress.com/  #genpatsu #eshift

 ★加えて、全国11箇所で、「意見聴取会」が開催される。こちらにも参加し、あなたの意見を直接伝えよう!
・さいたま市 7/14 (申込〆切 7/11)
・仙台市 7/15 (申込〆切 7/11)
・名古屋市 7/16 (申込〆切 7/11 17時) 下記で受付

  http://kokumingiron.jp/

 以下の都市で開催予定
札幌市、福島市、大阪市、富山市、広島市、高松市、福岡市、那覇市
詳細はこちら: 
http://kokumingiron.jp/

 ◆パブコメ(パブリックコメント)とは:
パブコメは、私たちが脱原発社会や持続可能社会を選びたいという意見や意思を政府に伝えていくための公的な手続き。上記シナリオのうちどれを選ぶかと、その理由や提案を、書こう。ひとりでも多くの国民の声を、今、届けよう!あなたの声が、日本の未来を決めるのだ。

◆選択肢について:
 選択肢のパッケージでは、省エネが不十分、再生可能エネルギーの導入が不十分など問題もある。追加の意見も加えて出そう!

・もっと省エネルギーの取り組みを進めてください。
・もっと自然エネルギーを推進してください。
・地域分散型のエネルギー供給を進めるよう、電力システムを改革してください。 
など。

◆呼びかけ:「原発ゼロ・パブコメの会」
この「国民的議論」に一つでも多くの声を届けるために集まった、団体や
ネットワークを超えた市民の実行委員会。

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2012年7月 9日 (月)

主催者発表と警察調べ―人数の大差はなぜ?

 6月29日の首相官邸を取り囲むデモは、これまでにない参加者で主催者発表では20万人と言われる。それに対して、警視庁調べでは17000人で、主催者発表の1/10にも満たない。

 こうしたことは昔から当たり前にことで、メーデーでも反戦デモ集会でも賃上げ集会でもいつも警察の調べでは、主催者発表よりはるかに少ないということが多かった。

 今回の首相官邸を取り囲むデモは、毎週金曜日に行われているが、最初は100名あまりの参加者であった。それが回を重ねるごとに増加して行き、6月23日には4500人(主催者発表)まで増えた。それでもマスコミは無視をして報道しなかった。

 しかし、29日の参加者数を見てさすがに報道しないわけにはいかないと感じたのかやっと報道したが、それが最初に述べた数である。

 これについて「日刊ゲンダイ」は、「官邸デモ参加者 異常な数の開きは『視力の差』?と題して疑問を呈している。

 あまりにも差が多すぎるのでネット上では怒りの声が渦巻いていると書いている。「原発再稼働反対」「野田やめろ」のシュプレヒコールはまるで地鳴りのようだったと書いている。この空前絶後のスケールにも、テレビ局の中には小さめに報じたところもあり、相変わらずマスコミの規制がかかっていることをうかがわせる。

 警察は、実は正確に数えてはいないし、正しい数字を発表する気もないと指摘している。目視で全体の数の概略を割り出しているのだという。その辺は朝日新聞は単位面積にだいたい8人だから面積倍をして概算していると書いていた。

 そもそもマスコミは「警視庁調べ」と報じているが、警視庁は1度も数字を”発表”していない。あくまで記者クラブが警備部に取材して、勝手に報道したものなのだそうだ。

 体制側の当局が過少に見積もるのは、古今東西共通のことだと喝破している。ジャーナリストの田中龍作氏によると、「警察はいつも開始直後の6時ごろにカウントしている」という。

 しかし、参加者は8時にかけてどんどん増えるのだ。朝日新聞は主催者はそれも含めてカウントしていると書いてあった。

 カウントする時刻によって差が出るのは当然と言えば当然である。けれども、マスコミも警察もとにかく過小評価を意図していることは間違いない。

 日刊ゲンダイの当該記事

 
http://gendai.net/articles/view/syakai/137430

 

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2012年7月 8日 (日)

アメリカの富裕層の中に増税派もいる!

 7月5日の朝日新聞朝刊に面白い記事を見つけた。「カオスの深淵」―立ちすくむ税金という特集記事の中だ。

 アメリカには、「私たちからもっと税金を取るべきだ」と訴える金持ちがいるというのだ。

 アメリカ1%の金持ちと99%の貧者と言われるくらい貧富の格差が激しい。もっとも本当の極貧は4000万人余りといわれるから、あとは中間層なのかも知れないが、その中間層と大金持ちとの差が余りにもひどいのだ。それなのにブッシュ大統領は富裕層への減税をした。

 アメリカでは、資本主義経済の牙城であるウオール街を占拠するという運動が起こりかなり続いた。富裕層への反発である。

 その富裕層の中にももっと課税をするべきだという意見の人がいるというので驚いた。例に上がっていたのは、ニューヨークで書籍編集の仕事をしているソフィー・バーゲンさん(24歳)だ。彼女は1%の富裕層に育ったのだという。それなのにアメリカの裕福な家庭で育った18歳から35歳の人でつくる「リソース・ジェネレーション」のメンバーで、富裕層への課税強化の考えを広げるワークショップを開いている。また、ウオール街占拠運動にも参加したそうだ。

 彼女は富裕層に育ちながら富裕層には富の独占に無自覚な人が少なくないと感じているそうだ。「恵まれて育ったのだから、税金で社会に貢献するのは当然です」と話す。

 もう一人の例は、シアトルの企業家ニック・ハナウアーさん(54歳)である。彼は「富裕層減税がビジネスを生んで雇用を増やす話なんてでたらめだ」という。企業家は簡単には人を雇わない。大きな需要が見込めるときに、初めて増やす。大きな需要を作り出すのは、分厚い中間層だ。

「だから金持ちから税金を集め、中間層を育てた方が、経済は活性化する」と言う。富裕層課税は社会を守るコストだというのである。

 もちろん富裕層課税強化を支持する富裕層は少数派だという。しかし、富裕層の中にももっと課税すればよいと考える人がいて、それを訴えて行動する人がいることが凄い。

 日本ではそういう金持ちを聞いたことはない。鳩山兄弟は最近また週刊誌を賑わしている。それぞれ42億円もの大金と土地などを母親から贈与されたというのだ。母親はまるで打ち出の小槌をもっているみたいに次々を金を出しては息子たちにやっている。しかし、鳩山さんが首相で富裕層課税は言っていない。

 もう一人の大金持ち宰相であった麻生氏も同じだ。日本は、彼らのような大金持ちを首相にもったのが大変な不幸であった。

 消費税の増税は弱者への逆進性が非常に強い。富裕層にとっては蟻が噛むほどの痛みも感じないであろう。今こそ富裕層の増税をすべきなのだ。そして消費税増税は取りさげるべきである。

 富裕層に生まれ、育ったということは、運がよかっただけなのだ。それに事業などで金を儲けられたのも強運のおかげだ。ソフィー・バーゲンさんがいうように、税金で社会に貢献するのは当然だと考えるべきだ。

 ウオール街に巣喰う飽くなきマネー亡者のようなのは世界中どこにでもいるが、そういう連中からこそたっぷりと税金を取ればよいのである。

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2012年7月 7日 (土)

風の画家 中島潔展を見る

 松坂屋美術館で、風の画家中島潔展を見て来た。想像と違い大変規模の大きい展覧会でびっくりした。1960年代の作品から、2010年ごろまでの作品が、いろいろなジャンルにわたって展示してあった。

 中島潔の絵は,必ず人物、しかも童女が多く、その童女が赤ん坊を背負っていたり、傍には可愛い犬がいるのが目立った。童謡を描いたのはNKHのみんなの歌で親しまたものであろうか。古い良き時代を思い出させる絵で私のような年代には懐かしい。

 この展覧会の目玉は、京都の清水寺の成就院の襖絵である。中島潔は彼の絵画人生の集大成として襖絵を描き奉納したのだという。1200年の伝統を持つ清水寺は当初襖絵にそぐわないと思ったようだが、その絵を見て彼の描く絵は観音様に通じるものがあるとして受け入れた。

 46枚の襖絵は四月末に成就院で公開された。それが今回松坂屋美術館に来たのだ。

 成就院の襖絵のメインは、金子みすずの代表的な詩の一つである「大漁」をテーマに描かれた。大きな4面の襖にカツオほどもある鰯の群れが描かれていて女性がその中にいる。これは彼の終生のテーマである「命の無常と輝き」を表現したものだ。5年かけて描き続けて来たといわれる。

 私は最初魚が鰯とはわからなかった。それは余りにも大きいからだ。鰯は目玉に特徴があるがなぜか白いままで省かれていた。目玉を描くと見る人に煩わしさを与えると思ったのであろうか。それとも鰯の哀しみを表現したのであろうか。

    朝焼小焼だ
    大漁だ
    大羽鰮(いわし)の
    大漁だ。

    浜は祭りの
    ようだけど
    海のなかでは
    何萬(まん)の
    鰮のとむらい
    するだろう

 襖絵には、源氏物語をテーマにした独特のディフォルメの絵巻がある。これも見事なものである。

 私が特に好きなのは、金子みすずの詩につけた絵である。詩の世界をうまく表している。それから「風の女」。なぜかどれも憂愁の眼つきをしているが耽美的な絵である。

 この絵画展は、下記で7月22日まで公開中である。

 http://www.matsuzakaya.co.jp/nagoya/museum/2012nakashimakiyoshi/

 

丸善丸の内で中島潔「金子みすゞ」展

 中島潔の絵はgoogleで「中島潔 画像」で検索すると見られる。

https://www.google.co.jp/search?q=中島潔4&hl=ja&prmd=imvns&tbm=isch&tbo=u&source=univ&sa=X&ei=v2_3T-GOJ4GemQWfuYysBQ&sqi=2&ved=0CFYQsAQ

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2012年7月 6日 (金)

本屋大賞受賞作「舟を編む」を読んで

 2012年度の本屋大賞が「舟を編む」(三浦しをん作・光文社刊)に決まったというニュースを新聞で見てからかなり時間が流れた。読んでみたいと思っていたが果たせないでいた。たまたま知人が読み終わったのをくれたので読むことができた。

 この小説の書き始めの部分が面白く、すぐに惹きつけられた。荒木という人物が登場するところで、彼が子どもの頃から言葉に興味を持っていたという設定で、犬という単語について書いてあった。犬はそこにいても”いぬ”とかお巡りさんのことをイヌというとか犬死のような無駄という使い方もあるなど。

 この荒木という辞書編集者が中心で物語が展開するのかと思っていたら、定年で辞める荒木が後任に探した、馬締という男が中心になって大渡海という大きな辞書を編集して行くのであった。馬締を見つけるエピソードも面白かった。

 大渡海という辞書は玄武書房の辞書編集部が作る辞書で、もともとは荒木という前任編集者が元大学教授の松本先生とたてたプロジェクトであった。

 馬締はそれを任されて、非常勤になった荒木や松本先生と辞書を作って行くのだ。その他に古くからいる佐々木という有能な女性、そして西岡。

 23万語の見出しを持つこの辞書は完成するまでに15年もの歳月を要する。その間に荒木の周りで起きた幾つかのエピソードを交えて興味をひくように展開される。

 辞書を作るのは、言葉に興味と関心を持つ、忍耐強い人間でないと務まらないようだ。松本先生は、食事の間もテレビを見ながら聞こえてくる言葉に注意してメモを取っている。絶えず言葉と使われ方をチェックするのだ。

 馬締は大変な書物好きで、借りていたボロアパートに空き室ができると、そこを書庫にしてしまうほどの蔵書家である。

 明治時代に大玄海を作った大槻文彦はたった一人であの大辞典を作り上げたのだという。玄武書房も西岡という編集部員が社内で配転になってからは馬締と佐々木で大渡海の編集を進めることにいなる。ずっと後になって岸辺という女性が配属されるまでは。 

 辞書はできてしまえば売れるようだが、それまでの時間と費用が大変だ。そのため学習国語辞典や「字玄」という中辞典の改定とかキャラクターグッズの事典を作らされたりして、本命の大渡海の編集が遅れていく。

 それでも馬締たちは用例採集カードをせっせと作ったり、辞書の編纂を手伝って書いてもらう専門の学者100名ほどとの連絡などを進めていく。

 辞書に使う紙は、製紙会社に特注するということは知らなかった。これだといえる紙が出来上がるまで製紙会社と連携をして粘り強く紙を作っていくのだ。

 校正の仕事は特に大変なようだ。5校までやるのだという。そのために1校から5校まで編集用のカードと付き合わせていくのだ。そのときは学生アルバイトを100名も雇ってやってもらうのだ。

 辞書編集部の建物は古い洋館で、中は戸棚と机で占められ、風も通らないぐらいである。戸棚には編集用のカードのファイルなどがぎっしりと詰まっている。机の上は試し印刷の紙やカードなどで山積みになっている。

 日本語は、「あ行」から「さ行」までの分量が多いこと、「や行」「わ行」「ら行」辺りは少ないことは知らなかった。しりとりをするときに「ら」で終わる言葉を言うと勝ちやすいことは知っていたが。

 辞書に採用することばを用例カードにして、採用するかどうか書いておくことや単語の説明をどういう文で書くのかなども知らなかった。また、用例を古典などから探して来るのだが、専門の学者が書いたものを削って辞書としての統一した文体にすることも大変だと思った。

 私は、現役の頃、ある出版社の依頼で小学国語辞書の一部の項目の執筆をしたことがある。いろいろと調べて文章にしたものを編集部でまたチェックをして文体も整えて行くことまでは知らなかった。

 「舟を編む」という変わった題名は、それからは辞書作りの物語だというヒントはどこからも出てこない。P.26にその説明が出ている。

 「『辞書は、言葉の海を渡る舟だ』魂の根幹を吐露する思いで、荒木は告げた。『人は辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かび上がる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠としたおおうなばらを前にたたずむほかないだろう」

 『海をわたるにふさわしい舟を編む』松本先生はが静かに言った。」 

 とてもよい題名だと納得した。これは辞書を作ることを書いた小説の題名だと聞いたとき、いったい辞書を作る過程をどのようにして小説にしたのであろうかと興味を抱いた。想像したのは、辞書が出来上がるまでを詳しく描くのだろうということであった。

 しかし、その予想は見事に裏切られた。その間に馬締の恋愛、岸辺の恋愛などを織り込んで、辞書作りのさまざまなエピソードをつないであった。最後まで惹きつけられる構成であった。

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2012年7月 5日 (木)

医療と死について考える―⑥―ポックリ願望について

 同期の会など久しぶりに友人や知人と食事をして旧交を温める会をもつと、話題は自然に健康問題や死のことになる。これは60歳を過ぎてからそういう傾向になったと記憶する。

 死ぬときどのような死に方が望ましいかというと、誰もが「ポックリ死にたい」という。ポックリと死ぬのは誰にとっても一番の望みということのようだ。

 東京の巣鴨に萬頂山高岩寺という寺があり、ご本尊は延命地蔵である。この地蔵は本当はポックリ地蔵だが世にはばかって延命と称していると書いてあるblogがあった。

 この地蔵(秘仏なので隠されている)を拝むとポックリと死ぬことができるというので高齢者に人気があり、地蔵はポックリ地蔵と呼ばれている。 高齢者が延命祈願でお参りに来るとは考えにくいから、やはりピンピン・コロリをお願いに来るのだろう。いつの間にか口コミでポックリ地蔵に変わってしまったというのが真相ではないだろうか。高齢者の人気を集めるので若者が揶揄したものだという説もある。

 境内に聖観音の石像が安置してある。洗い観音と呼ばれ、この像を布に水をつけて洗い、それで自分の身体の悪い部分を拭くと効き目があると言われる。

 2年前に東京へ行ったとき、巣鴨を見に訪れたが、境内は高齢者でごった返していて、洗い観音に近づくこともできない。妻は布を買って列に並んだが、私にはそんな気はないので商店街を見て歩いて時間をつぶした。30分ぐらいしてやっと観音さんに触れられたようである。

 それほどまでに高齢者に人気があるとげ抜き地蔵だが、いったい地蔵さんにお参りした人のどのくらいがポックリと死ねたのであろうか?天神様の場合はお礼参りというのがあり、お礼の絵馬が掛けられるから少しは分かるだろう。ポックリ地蔵の場合は、お礼に来ることがありえないから不明のまま信じられているということだ。

 私はまだ読んだことがないが、「ポックリ信仰」という書物もあるらしい。ポックリ信仰は各地に広がっていることが分かる。

 ポックリのご利益を授けるのは、お寺にある如来や地蔵や菩薩や観音である。神様がポックリのご利益を与えるのは聞いたことがない。

 そもそも仏教の開祖である釈迦はポックリ信仰は説かなかった。偶像である如来や観音や地蔵などは、はるか時代を下がったところで作り出されたものだからだ。

 それはともかく、偶像を拝んでポックリのご利益があるというのは、鰯の頭を信じるようなものである。信じることは自由だから何を信じても構わない。それで願いがかなうというのなら信じる人は幸せと言うべきである。

 巣鴨のとげ抜き地蔵の場合は、一番のご利益を受けるのは巣鴨商店街である。参詣の高齢者が引きも切らないので、副次的に商店街は大繁盛をしている。

 万が一の希望を持って高齢者が商店街が潤うほど集まるというのは、健康で長生きして、病気になったとしても長患いをせず、誰にも迷惑をかけないで安らかに死にたいという切なる願いがあるからだ。

 高齢者が一番心配するのは、病気になって長く患うことである。そして終末には苦しむことなく逝きたいと願うのだ。現代は、医療が発達し、延命治療によって命を延ばすことが可能になったが、一方で医療機器につながれて、ベッドの上で助かるかどうかも分からない治療というものを受けることは大変な苦しみでもある。だから神頼みならぬ仏頼みをするのである。

 しかし、俗にいうではないか。「ほっとけ、ほっとけ」と。仏はほっとけなのだ。最後は仏に頼るのではなく、ほっとけが最良の道なのだ。延命治療に頼らず、仏にも頼らず、自然に死を迎えるのが自然の道理なのだ。

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2012年7月 4日 (水)

医療と死について考える―⑤―自然死こそ本来の死

 自然死について中村医師は、次のように述べている。

 「『自然死』は、いわゆる”餓死”ですが、その実体は次のようなものです。

『餓死』・・・・・・・・・・脳内にモルヒネ様物質が分泌される

『脱水』・・・・・・・・・・意識レベルが下がる

『酸欠状態』・・・・・・脳内にモルヒネ様物質が分泌される

『炭酸ガス貯溜』・・・麻酔作用あり」(P.49)

 餓死というと、何か悲惨な印象を受ける。よく新聞では生活困難のために孤立死をしたとか餓死したとか報道されるようになった。それは何とも言えず哀れな状況を想像する。

 しかし、自然死の場合の「餓死」およびそれに伴って起きる「脱水」は違うのだという。命の火が消えかかっているのだから、腹も減らないし、喉も渇かない(P.64)という。

 人間の体は大部分が水であり、水がなければ生きていけないし、エネルギーを供給する食べ物も必要である。けれども生命力が衰えてくるとその必要がなくなるのだ。

 1年生の草花を見るとよく分かるが、枯れてくると水をやっても無駄である。もう受け付けなくなるのだ。それは人間でも動物でも同じだと考えられる。

 そして大事なのは、「餓死」では脳内にモルヒネ様の物質が分泌され、よい気持ちになって、幸せムードになることだ。「脱水」は、血液が濃く煮詰まることで、意識のレベルが下がって、ぼんやりした状態になる(P.64)と述べている。

 また、「酸欠状態」については、次のように書いている。「それから死に際になると、呼吸状態も悪くなります。呼吸というのは、酸素を取り入れて、体内にできた炭酸ガスを放出するということです。それが充分にできなくなるということは、酸素不足、酸欠状態になること、もう一つは炭酸ガスが排出されずに体内に溜まることを意味します。酸欠状態では脳内にモルヒネ様物質が分泌されると言われます。」(P.65)

 炭酸ガスには麻酔作用があるそうだ。柔道の選手が絞め技で落とされたとき、異口同音に気持ち良かったと言っているのはその証拠だという。私が子どもの頃近所の学生がよく「落としたろうか?気持ちいいぞ。」と言っていたのを思い出す。

 死に際は、何も医療措置をしなければ、夢うつつの、気持ちのいい、穏やかな状態になるのだ、それが自然の仕組みなのだという。医療が発達しなかった以前(おそらく40年ほど前までは)は誰でも自宅で自然に死んでいき、家族はその姿を見ることができたのだ。

 動物は死の姿を誰にも見せないようだが、人間は看取ってもらう。それについて中村医師は、看取ってもらうのではなく、看取らせることが大事だと説く。人生の最期にやるべきことは、看取らせることだというのだ。(P.92)

 「『看取らせる』場合は、本人の決心、希望以外に、『信念』と『覚悟』が必要になります。それは『死ぬ』という自然の営みの、本来あるべき姿を周囲に見せると同時に、『自然死』を見たことのない医療関係者を教育する先兵となるということです。」(P.91)と指摘している。

 願わくば花の下にて春死なん その望月の如月の頃

という歌を残して希望通りに死んだ西行だが、中村医師は断食であろうと推察している。私もそのように考える。それでなければぴったりと行くわけがない。

 岐阜県揖斐川町の横蔵寺には、即身成仏をした妙心法師のミイラがある。37歳ぐらいの若さで修行の一環として断食をし37日で亡くなったと言われる。大変な意思が必要であったであろうが、おそらく苦しみはなく死んだのではなかろうかと思う。

 昔の人は、死というものを身近に見て来たから賢明な人は死がどういうものかを知っていたのだと思うのだ。

 象は死ぬ姿を人に見せないというが、野良猫だって都会に多いカラスだって雀だってその死体を見ることはない。おそらく死期を悟ったらどこかでひっそりと死ぬのだと思う。動物にはそういう予知能力があるのだと思う。

 中村仁一医師の自然死の勧めが説得力があるのは、 300例近くの自然死を見て来たというデータに裏付けられているからだ。朝日新聞の「胃瘻」特集にあった、胃瘻をやめた母親が穏やかに亡くなったと書いてあったのが心に残る。

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2012年7月 3日 (火)

医療と死について考える―④―終末期の胃瘻について

 老化は避けられない、死も必ずやってくる。老化に伴って身体に様々な支障や不具合が現れ、それがひどいときには、医者にかかることになる。脳卒中や心臓麻痺などで入院しなければいけない状況になれば手を尽くした医療が施される。

 食べられなくなった場合、経鼻チューブ栄養補給や中心静脈栄養補給や胃瘻という方法で人工的に栄養が補給される。その中で胃瘻が一番簡単で患者の負担も少ないのでこの方法取られることが多いそうだ。

 胃瘻は腹に穴を開けて胃まで直接管を通して流動食や水などを入れる。不要になれば閉じることもできる。そのためか現在日本中に40万人もの胃瘻をつけた患者がいるといわれる。

 中には胃瘻によって食事ができるように回復する例もあるそうだが、やってみないとわからないそうある。厚生労働省の調査では、900名の高齢者の中で、胃瘻にしてから外せるほど回復した人は6.5%だったそうだ。(6月28日朝日新聞)

 また、意識もなく寝たきりで長く生きる高齢者が増加し、本人も望まない延命治療ではないかと悩む医師や家族も多いという。NHKでは、4年間も延命した例を取り上げていた。

 中村医師は、胃瘻をつけて家族で面倒を見るならともかく、介護施設に任せるのなららやるべきでないと言っている。その通りだと思う。

 朝日新聞と日本老年医学会の共同調査では、回答した1000人の医師の51%が過去1年以内に人工栄養を中止したり、差し控えたりした経験があったそうだ。中止は22%、差し控えは48%だった。(6月28日朝日新聞)

 6月29日の朝日新聞は、胃瘻について引き続き取り上げた。それによると、

 ◎人工栄養の中止や差し控えを検討する際の問題点

  患者・家族の認識不足   53%

  医者の認識不足       34%

  医療施設側の人材不足   32%

  医療施設側の時間不足   30%

  診療報酬などの制度面   22%

  特に問題なし          14%

 ◎人工栄養の中止や導入をめぐる最近の変化について

  変化なし                  55%

  差し控えが増えた            22%

  患者側から差し控え要求が増えた  21%   

  患者側から中止要求が増えた     4%

  中止が増えた               2%

 私は、もし自分が終末期になった場合、胃瘻はしてほしくないと考えている。その時は自然に死んでいきたいと思う。

                          ―つづくー    

 

 

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2012年7月 2日 (月)

凄いね!首相官邸包囲20万人!!

 毎週金曜日に行われていた首相官邸を取り囲む原発反対のデモは29日の時は20万人(主催者発表)に達したという。

 その前の週の22日には、45000人も集まったが、マスコミは無視をした。それで、広瀬隆さんたちは、自分たちでヘリコプターを飛ばして自主的に報道しようと計画をした。それについては29日にこのblogでも緊急に取り上げた。

 山本太郎さんの実況放送は以下のURLで見られる。

 http://www.youtube.com/watch?v=brZhRKXMD_g&feature=related

 さすがに今回無視できなくなったのか、一部テレビや新聞でも取り上げた。しかし、NHKはだんまりであった。

 朝日新聞は一面に写真入りで報じた。サンデーモーニングでは、首相官邸を取り巻く群衆について映像を入れて報じた。民主党議員、自民党議員、志位共産党委員長など超党派の政治家の顔も映っていた。

 田中秀征氏はどうしてマスコミは取り上げないのかと言っていた。それに対して毎日新聞の岸井氏は、デモが少なくなったからなどと分からない弁明をしていた。

 今回のデモは、コメンテーターの目方説子氏が言っていたように、原発に危機感を抱くようになった市民が自主的に集まったもので、労組などの動員ではなかった。ツイッターやインターネットなどでの呼びかけに応じて集まったのだ。

 外国では、アラブの春やアメリカのウオール街占拠のようにインターネットが大きな力となったが、日本では無理かと思っていたら実現したのだ。素晴らしいことである。

 金曜日に首相官邸を取り囲むデモは、最初は100人余りからスタートしたようだ。それがぐんぐんと増加して今回の規模になったのだ。Youtubeには、いろいろな人がデモの様子をアップロードしている。下記のURLから入ると、見ることができるので是非覗いて欲しい。

 http://www.youtube.com/watch?v=DBJpfddEuoU&feature=related

 

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2012年7月 1日 (日)

死と医療について考える―③―老いを病にすりかえない

 中村医師は、次のように書いています。

 「本来、年寄は、どこか具合が悪いのが正常なのです。不具合のほとんどは老化がらみですから、医者にかかって薬を飲んだところで、すっかり良くなるわけではありません。昔の年寄のように、年を取ればこんなものと諦めることが必要なのです。

 ところが、『年のせい』を認めようとはせず、『老い』を『病』にすり替えます。なぜなら『老い』は一方通行で、その先には『死』がありますが、病気なら回復が期待できますから。」(P.6)

 私も高齢者となって日を追うごとに歳をとっている。健康をどのように定義するのかは知らないが、完全な健康でないことは確かである。緑内障や白内障という眼の病気(老化?)を持っているし、耳も少し聴きづらくなった気がする。

 でも、自立をして好きな趣味やボランティア活動などに出掛けているし、晩酌も欠かしたことがない。その点は有難いことだと思っている。

 中村医師が言うように、年を取るということは老化であり、どこか具合がわるくなるのは避けられないのだ。

 私はシクラメンが好きでいつも育てていることは前にも書いたことがある。そのシクラメンだが、11月初めごろから3月までは次々と花を咲かせ、水や肥料も受け付ける。ところが、4月になると少しずつ弱り始めて肥料も効き目なく、水だけである。そして次第に花が落ちていってなくなってしまう。今は辛うじて残った葉っぱだけである。そのままにしておけば死んでしまう。

 老化というのは植物でも同じである。1年草を見ればよく分かることである。雑草はしまいには枯れて死んでしまうのだ。

 釈迦は人の苦を「生・老・病・死」としてそれを四苦と名付けた。苦は他にもあるが今は四苦を取り上げる。釈迦はこの四苦をどうしようもないものとして、つまりこの世に生まれたときから背負っているものとしてとらえ、それから離脱する心の持ち方を説いたのであった。その真実をしっかりと見て諦めることが大事だと説いたのだ。

 年をとるということは老化だからどうにもならないし、老化は病を伴うからこれも必然である。その先にある死はいうまでもない。

 ガンも老化が大きく関係していると言われるし、年寄に怖い肺炎も老化が関係している。脳卒中や心臓麻痺はいわずもがなである。

 ふだんから健康に気を付けていることは大事だが、いつどんな病気になるかもしれない。年をとるとその確率が高くなるということだ。昔から一病息災というが名言である。ニ病でも三病でも息災と諦めることが肝心であろう。

                                                             ―続く―

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