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2012年3月

2012年3月31日 (土)

突然忘却症候群?

 以前に神隠しがよく起こることを書いたが、最近気が付いたのは、「突然忘却」が起きるということだ。

  つい先日も、道を歩いていて、街路樹の白いコブシのような花が咲いているのを見つけた。時期的にいって、また、花の大きさからも、コブシだろうと思ったのだが、ひょっとして「・・・・・」かも知れないと思った。

 そのとき、「・・・・・」に入るべき花の名がどうしても思い出せなかったのだ。花のイメージやコブシとの相似性などは思い浮かぶのだが、花の名がどうしても思い出せなかった。

  次の日、ふとしたときに「ああ、あれはモクレンだ!」と思い出した。このようなことは頻繁に起きる。英語でも単語が思い出せないことがよくある。知っているのに思い出せないのだ。そして2日ぐらいして急に思い出すのだ。

  最初の頃は人の名前が思い出せなかったが、誰にでもあることだとあまり気にしないでいた。今では名前を聞いても1週間もすると忘れてしまう。また、有名なタレントの名でも思い出せないことがよくある。

  先日はこんなこともあった。買い物に行くとき、買ったばかりの電子辞書を持って出かけたのだが、買い物をしてから買い物袋の底に入れて帰った。帰宅して電子辞書を・・・・と思ったが、どこを探してもないのだ。

  ありそうなところを何度も探したが見当らなかった。辞書を入れておいた袋はからのままあるのだ。何と不思議なこともあるものだと思った。念には念を入れて探し、ひょっとして・・・・と英語会話の袋を見たら、そこに入っていた。無意識のうちにその袋へ入れたらしかった。

 3万円もする買ったばかりの辞書を紛失したと思い一時は蒼くなったが。出てきたのでほっとしたのは言うまでもない。

  借りたものを返すために、忘れてはいけないと思ってテーブルの上に置いたまではよかったが、忘れて出かけたということも時々起きる。

  何かの行動をするときに、突然にその直前の行動を忘れてしまうのだ。私はこうした行動に「突然忘却症候群」と名付けることにした。

  心配しているのは、認知症との関わりである。あのレーガン元アメリカ大統領やサッチャー元イギリス首相さえ認知症になったからだ。だから、おかしいなと思うことには気を付けているのだが。

 

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2012年3月30日 (金)

工事の挨拶もなく、道路を塞ぎ門前に車を止める住友林業の新築

 我が家の近所で新築工事が行われている。大きなクレーン車や運搬車など工事関係の車が出入りし、道路を塞いでいる。昨日は、自転車で外に出ようとしたが、車庫の前に大きなトラックが停車していて出ることができなかった。

  工事の現場に行って、何とかしてくれと言ったら、ガードマンが出てきて運転手に車を動かすように言った。それで何とか外に出ることができた。にわか雨が降り出した最中のことで迷惑なこと甚だしかった。

  新築工事をやっているのは、住友林業である。しかし、これまでに工事をやるから迷惑をかけるという挨拶は一度もなかった。普通公共工事でも工事の前には挨拶がある。ましてや個人の住宅の工事なら必ず挨拶があるはずだ。

  私の家の場合、浴室とトイレの改装をしたが、何も迷惑をかけることはなかったが、隣近所にはちゃんと挨拶をして回った。関係がない裏の通りの家にも念のために挨拶をした。

  今回は道路を塞いで通行もままならず、その上外に出る出入り口まで塞がれてしまったのだ。

  住友林業とはどんな会社か知らないが、住友という名称からみると旧財閥系の大きな会社であろう。普段は売る不動産はないかというチラシが頻繁に入る。この辺りでビジネスをしている会社だと思う。その会社が地域に迷惑をかけ知らん顔なのだ。驚くべきことである。そんな会社を誰が信用するであろうか。

 

 

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2012年3月29日 (木)

名古屋大学オープンレクチャーに参加して

 3月23日の午後、名古屋大学のオープンレクチャーがあった。今年が第1回ということだ。まず、全体会が野依記念学術交流館カンファレンス・ホールであり、名古屋大学についての説明を受けた。

  それから7つの分科会に分かれてレクチャーを受けるのであった。私は「脳の柔らかさの話」を聞きたかったのだが、申し込んだときすぐに満員になったので、次に聞きたい「廃熱から電気を生み出す材料の話」にした。

  分科会場はそれぞれの教室まで行かなければならないので、学生が2人案内をしてくれた。あいにくの雨の中を歩いた。名古屋大学の東のキャンパスを歩くのは初めてで、とても興味深く、いろいろな形の建物を見ながらまるでキャンパスツアーだと思った。

  東から西まで歩いて会場に着いた。中に入ると講師の竹内恒博先生が準備をして待っていた。14ページの色刷りのレジメが配られたが、見ても何のことかさっぱりわからなかった。

  受講者は、小学校6年生らしい男の子1人、若い女性や中年の女性も数人いた。男性も若い人から高齢者まで幅広くいた。

  竹内先生は、プロジェクターを使って説明を始めた。「熱電材料とは熱電現象を利用して、電力と熱を相互に変換する材料である」と定義を話した。そして、熱電現象について3つあると言った。

①ゼーベック効果  温度差により熱起電力が発生する

②ぺルティエ効果  異なる2種類の金属からなる回路に電流を流すことにより、 

             接合部分に発熱と吸熱が生じる

③トムソン効果    電流により熱エネルギーが運ばれる

 

 ゼーベック効果について、電子には座席の数があって、座席の数と電子数は材料で決定されるということや電子が座席に座る確率の分布が温度に依存していることを詳しく説明した。

 

 私には非常に理解が困難なことであったが、聞いていた。実際に手で触れるだけで電流が流れる様子や熱吸収と発熱が同時に起きるのを体感できる簡単な装置を回してくれたので感じはわかった。

  実用化されている熱電変換システムは稼働部がないので、メンテナンスフリーであることや小型化が容易であるという利点があるが、エネルギー変換効率が低いので熱電発電の利用は限定されているそうだ。

  ◎熱電発電素子利用例

 シチズンの時計(10万円以上)、アメリカの熱電蚊取り器、熱発電鍋

  ◎ペルティエ素子の実用例

  業務用小型冷蔵庫、中国のウオータークーラー、ワインセラーなど

   熱電発電で廃熱を利用できるようにすれば大変大きな効果が期待できる

  発電所の熱、様々な電気機器使用時の熱、工場での熱、自動車の熱などすべて廃棄されているがそれらを使えるようにするのである。

  それには、安価で、環境に優しく、高性能な熱電材料、熱電デバイス、熱電システムを作り出すことが強く求められているという。

  しかし、問題点がいくつかある。

 ①エネルギー変換効率が低い

 ②材料が非常に高価で有害

 それらを克服する研究がされている。その概要を話されたが難しかった。

  新しい熱電発電素子には、直線型素子、フレキシブル素子、パイプ型素子、ヒートパイプ装着型素子、薄膜状素子などがあり、それぞれに適した使用方法が考えられている。

  日本にいくらでもある温泉の利用の温泉発電システム、アメリカやドイツで進む自動車排熱利用、廃棄物焼却炉の廃熱利用の熱電発電、ZTに頼らない熱電発電システム

  2040年までに廃熱で利用できるものは利用できるようにしたいというロードマップが作られている。しかしながら、この分野への研究費が非常に少なくて困っているそうだ。

 私は、原子力発電に膨大な金が独占的に使われてきたが、いったいどのくらいあればよいのかと質問したら、ほんのわずかを回してもらえたらよいと言った。

  今、再生可能エネルギーの開発と利用が急がれているが、この分野への研究開発費が非常に少ないのは、原子力ムラが独占しているからである。一刻も早くその状態を改めて再生可能エネルギー方面へ金を出すことが大事だ。

  この講義を聞いて、もし、私たちの生活のあらゆるところに存在する廃熱を利用できればクリーンなエネルギーが得られ、地球環境を守ることができることを知った。

 先日取り上げた池上彰さんの番組では、この分野については一言も触れなかった。彼が話したのは、バイオエタノール、メタンハイドレード、海藻からの油、ミドリムシからのジェット油だけであった。

  繰り返すが、廃熱利用のシステム開発は原子力発電に代わる電気を得る可能性があるのだ。

  竹内先生は、大変誠実に次々と出る質問にすべて答えられ、さらにemailアドレスを教えて下さり、いつでも質問して下さいと言われた。素晴らしい研究者である。政府や電力会社はこういう研究者にこそ研究費を出すべきである。そして1日も早い実用化を目指してほしい。

 

 

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2012年3月28日 (水)

大阪市職員の「選挙関与文書」は捏造だった!

 3月27日の朝日新聞朝刊を見て驚いた。大阪市交通局の非常勤嘱託職員が、平松前市長の後援会への参加を職員労働組合が市職員に徹底させる文書を捏造していたというのだ。

  この文書は、「大阪維新の会」の市議に渡され、それをもとに市議は2月の市議会で「労組の選挙活動への関与が裏付けられた」として市側を追及した。

  捏造した男性職員は、約1800人分の人事データを無断で引出し、「知人・友人紹介カード配布回収リスト」や「非協力組合員は今後不利益になる」など労組が前市長の選挙活動に関与しているかのような文書を付けて架空の文書を作成した。

  この市議会での追及を踏まえて、橋下市長は、労組の政治活動について全庁的な調査を指示した。その調査が思想調査にまで踏み込んだ人権無視のものであったので問題となった。

  この一連の動きから分かることは、橋下市長と維新の会は、計画的に労組を弾圧しようとしていることだ。市職員の中にスパイを潜り込ませ、その情報をもとにあることないことをでっち上げて、労組の動きを封じ、弾圧しようとしているのだ。

  橋下市長は弁護士だけに法律をかいくぐる道をよく知っているから始末が悪い。しかし、この事実が判明した以上、労組は、法廷闘争に持ち込むなどして、徹底的に反撃し、橋下市長の恐ろしさを天下に明らかにしなければならない。

  先日の府立高校での橋下市長の友人だという校長による、国歌斉唱チェックといい、教員を言いなりに服従させようとするファッショ的な府教育条例といい、恐ろしいことが大阪で起きていることに目を開くべきである。

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2012年3月27日 (火)

遅咲きだけど見事に咲いたシクラメン

 3月10日のblogで、夏越しのシクラメンがつぼみをつけたことを書いた。そのシクラメンが見事に花を咲かせて今盛りである。

  シクラメンと言えば、普通は10月の末頃には花をつけて店に並ぶ。やっと花を咲かせたシクラメンも、3年前の11月に買ったものだ。翌年の4月の終わりまで花を咲かせた。そして夏を越し、秋にはまた花を咲かせてくれた。

  ただ、このシーズンは、非常に遅くて、3月に入ってつぼみをつけ始めたのであった。私の予想では、咲き始めが遅いので多分6月ぐらいまでは花が咲くのではないかと期待している。

  白いシクラメンの方は、4つつぼみを付けただけだし、もう一つの赤いシクラメンは葉は見事だが相変わらずつぼみは一つもない。

  以前は夏を越させることができなかったが、3鉢でも夏を越したことは嬉しい。さて、今年の夏は越せるのかどうか。シクラメンのみ知ることである。

 インターネットで調べると、夏越しのシクラメンが花をつける確率は50%ぐらいだとか。また、夏越しには方法が2つあって、継続して育てる方法と休眠させる方法があるようだ。休眠させた場合花をつけるのが遅いという。

  休眠させるには、水を与えず鉢のまま乾燥させ、9月ごろに鉢を替えて植え替えるのだという。我が家のはこのやり方であった。

 休眠させずに夏を越させるには、4月中旬ぐらいに今より少し大きめの鉢に植え替えをするのだそうだ。5月に入ってからでは遅いという。花が咲いていてもよいから葉が10ぐらい残っているのを使うそうだ。

  鉢は素焼きの方がよい。市販のシクラメン用の土を使えば手軽だという。球根が1/3ぐらい見えるように植える。植えたら球根を避けて土に水をかけるのだそうだ。そして、午前中に日があたるようなところに置くとよいようだ。

 

Photo

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2012年3月26日 (月)

ドイツZDF制作,戦慄の福島第一原発のドキュメント―必見です!

 友人二人が送ってくれた福島第一原発事故に関する動画をやっと見た。見終わって戦慄を覚えた。原発の安全神話のために不都合なことを隠し、反対者を抹殺して来たということにたいしてだ。この動画によるドキュメントは、ドイツZDFが制作したもので「フクシマのうそ」という題名だ。見終わってこのblogでも是非紹介すべきだと思った。

  動画には、ナカ・ユキテルという福島原発で仕事をしている会社の社長が始めと最後に登場する。そして日本が破滅するかもしれないという怖れを話し警鐘を鳴らしている。

  菅元首相もインタビューに答えて、東電が取った隠蔽について告発をしている。この動画では、菅元首相は原子力ムラによって辞任に追い込まれたと指摘している。確かにその通りだと思う。菅元首相在任中は、週刊誌や新聞などのマスコミが菅氏は無能だと書きたて続け辞めざるを得ない状況に追い込んだ。

  それに対して、野田首相については、菅元首相と同じ消費税増税を唱えているのにマスコミの対応はゆるやかである。考えられる理由は、野田首相が原発を再稼働させようとしていることだ。菅氏はいち早く脱原発を言ったために首を飛ばされた。原子力ムラの逆鱗に触れたのだ。

  取材班はアメリカに飛び、福島原発を建設しメンテナンスを行ってきたジェネラルエレクトリックで働いていたケイ・スガオカ氏の証言を得ている。それによると、彼らは1989年に福島原発の大きな亀裂を発見したばかりか、蒸気乾燥機が逆に設置されていることを見つけたのだ。

 それを東電に報告したが、東電は「黙っておれ」と言って完全に隠蔽したのだ。スガオカ氏は職を奪われることをおそれて、その後10年間黙していた。そして、退職したのを機会に告発に踏み切ったのだという。

  それを当時の佐藤栄佐久福島県知事が見つけ、大変なことだと政府に対処を申し入れたが、抹殺されてしまった。そればかりか知事自身を抹消しようと動き、あらぬ嫌疑をかけて辞職に追い込んだ。彼は無罪を勝ち取ったが部下には自殺者や未遂で意識不明の人が出た。私も、この動画を見るまでは、佐藤栄佐久氏を悪い奴だと思っていた。だが、自民党知事なのに原発に関しては国民の立場に立っていたのだった。

  とにかく原子力発電推進のために、安全神話を守るために、政府や東電はできることは何でもやったのである。菅元首相もそのことを話している。その力は恐るべきものだという。

 しかし、福島第一原発は、大地震とそれによる大津波で叩きのめされた。石原都知事は「天罰だ」と言ったが、この動画を見て、天罰は原子力ムラに対して与えられたのだと思った。

  事故後も東電と保安院は不都合な情報は隠し続けた。それについても菅氏は証言をしている。

  レポーターは、現在の福島原発の安全について万全かと東電幹部に問うているが、幹部は返答に窮している。

  福島第一原発が非常に危険で、日本を破滅させ世界にも大影響を与えることを怖れていると結んでいる。

  この動画を是非多くの人に見て欲しいと思う。URLは、

http://www.dailymotion.com/video/xpisys_yyyzdf-yyyyyyy_news

 

 

 

 

 

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2012年3月25日 (日)

季節の移ろいを感じるこの頃

 春分が過ぎて何となく春めいてきた。暦の上ではとっくに春なのだが、体が感じる春は、やはいり昔から言うとおり、暑さ寒さも彼岸までなのかもしれない。

 ウオーキングに出かけるとき、まだ外は暗くて星が出ているが、帰宅するときは夜が明けている。うす暗闇の中で山崎川の桜の木を見たら、枝の先につぼみが膨らんでいた。土佐の高知では桜の開花が観察されたとテレビで1輪の花を映していた。

 桜に先駆けて白い花をつける雪柳も、一つ二つと花を見せ始めた。すぐに一斉に開花するに違いない。

 我が家の坪庭の大王グミは、1月のある日一気に葉を落としたのだが、もう葉がついて日に日に葉を広げている。今年は梅が遅いというが、近所の梅ももうすぐ満開だ。季節は少しずつ動いている。

 22日の朝日新聞「天声人語」では、「欧米人がもっぱら季節の盛りを愛でるのに対して、日本人は『先触れ』に敏感だとされる」と書いていた。先日も書いたように、由紀さおりさんは「小さい秋」を歌う時、季節の移ろいを思い浮かべると語っていた。誰かさんが見つける小さい秋・・・・・今なら「小さい春」であるが、かつての日本人なら誰でもいくらでも見つけることができた。それを楽しむのであった。

 古の昔、志貴皇子は、「石(いわ)ばしる垂水の上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかも」(万葉集巻八)と歌った。万葉の歌ながらとても分かりやすい歌である。大宮人は春の野辺に出て春を探し歌に詠んで楽しんでいたのだ。

 地震や大津波にあった東北地方にも、台風で被害にあった南紀の里にも、やがて早蕨が萌え出でるに違いない。被災地の人々はは、きっと格別の思いで1年目の春を迎えるのであろう。

 私たち日本人は、おそらく古より季節の移ろいを愛でるDNAを受け継いできたのだ。これは欧米人にはない特別の感性である。四季の変化のはっきりした島国の中で長い間に育まれて来たのだ。

 この前も少し触れたが、今の若者や子どもたちはどうなのかと少し気になる。パソコンや携帯電話やゲームなどで、自然に触れる機会が少なくなった環境で、欧米化しているのではないかと憂うるのだ。

  願わくば、赤ん坊のときから自然に親しんで素晴らしい感性を育ててほしいものだ。

撮影(1998) by きょう

 

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2012年3月24日 (土)

またぞろ囃し立て始めた”株相場”

 この1週間ぐらいの間の週刊誌や大衆経済誌は一斉に株式関係の記事を載せ、好相場到来と囃し始めた。日経平均12000円も!・・・・とか、今からでも遅くない、乗り遅れるなとか言っている。大方は、「今買うならこの100銘柄・・・」式のもので、銘柄を推奨している。

  ある週刊誌などは1か月ほど前には、日経平均7000円も!と言っていたのに、舌の根も乾かないうちに、平気で逆のことを言っているのだ。

  確かにこの間アメリカのニューヨークのダウは上昇を続けたし、日経平均も上昇を続けた。あのギリシャに端を発したヨーロッパの金融危機が一段落したことやアメリカの経済に好転の兆しがみられることなどが主な理由である。

  日経平均の場合、為替が83円から84円をつけて、円高がちょっと一息ついたことも歓迎されている。

  エコノミストやアナリストなど経済評論家は、それぞれいろいろな見通しを述べているのだが、週刊誌などは、都合のよいものをホットトピックとして取り上げるから、正反対の記事が出ることになるのであろう。

 為替について言えば、藤巻健史氏は、前から円安論者であるが、浜矩子同志社大学教授は、円高は50円まで進むかも?と言っていた。

  株式市場関係のアナリストたちも、見方はそれぞれであるが、ここに来て株価上昇を言い始めたのである。

 ところが書店にそうした雑誌が並び始めたところで、先週後半はダウが続落し始めた。ヨーロッパの金融はやはり不安定で、次はポルトガルが心配だと言い、さらに中国経済も不安材料が出てきたなどと言っている。

  一喜一憂とはまさにこのことで、日経のモーニングサテライトや新聞を見るだけで、毎日コロッコロッと見方が変わっているのがよく分かる。評論家はいったいいくらぐらいもらっているのか知らないが、「言うだけタダ」という感覚なのであろう。

  サブプライム問題に端を発したリーマンショック以来、私は、そうしたエコノミストやアナリストの言うことを一切信じないことにしている。

 大局的には、ヨーロッパ金融問題にしろ、インドや中国などの経済は影響するわけだが、個々の相場の動きはそれこそ恣意的なものでサイコロを振るようなものだと思うのだ。当たるか当たらないかは運次第なのである。運だというのはアメリカのノーベル経済学賞受賞者の(名前を忘れた)が言ったことである。

 

 株相場(または個々の株価)が上昇するか下降するかは誰にも分から無いのである。分かったら儲かって仕方がないであろう。だから昔から相場には手を出すなと言われているのだ。自分の運に自信がある人か自己責任の人だけやればよい。

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2012年3月23日 (金)

アメリカの無差別爆撃に憤りと新たにする―NHKスペシャルを見て―

 NHKスペシャル「東京大空襲―583枚の写真」を見た。戦後67年もたって東京が空襲された時の記録写真が583枚も発見されたというのだ。文京区のある民家の押し入れから見つかったというのだが、どうしてそこにあったのか、どうしてこれまで気がつかなかったのかは不明のようだ。

  とにかくこの写真が発見されたということは素晴らしいことだ。被害者である日本の側から撮影された貴重な記録だからだ。撮影したのは、プロの東方という写真集団で、軍の許可のもとに撮影されたものだ。

  プロが撮影したので、いろいろな角度から撮られていて当時の悲惨な被害の様子がよく分かる。

  番組では、爆撃された現場にいた人たちを探し出して写真を見せ、生々しい証言を得ている。67年にもなるので当時10歳から15歳ぐらいの運よく生き残った人たちばかりだ。

  3月10日の東京大空襲はよく知られているが、空襲は1944年の11月から空襲が始まっている。アメリカが空襲したのは、荏原とか原宿とかの民家が集まっていたところも含まれている。また、銀座も浅草も壊滅した。

  NHKはアメリカの資料を手に入れて、東京空襲をアメリカ側からも裏打ちしている。それによると、アメリカは東京都の1.4倍もある広大なユタ州の土地に日本の民家そっくりなものを建て、どうしたら速く燃えるかの実験を繰り返したのだという。

  アメリカは、最初から無差別爆撃を計画していたのだ。3月の東京大空襲では220機のB-29が320トンもの爆弾や焼夷弾をばら撒いた。彼らはそれをカーペット・ボミング(ジュウタン爆撃)と呼んだ。ターゲットは、軍事工場などだけではなかったのだ。

  3月10日の大空襲以後空襲は激しくなり、5月26日には、3月10日の倍の爆弾や焼夷弾を投下したという。5月末までに東京の半分が消失したのだ。

  私は、南紀新宮に住んでいたが、あんな僻地の小さな町にさえも焼夷弾をばら撒いて市街地を焼いて行った。私はその光景を忘れることができない。防空壕の入口からB-29が焼夷弾をばら撒くのを見ていたのだ。夜空に赤く光る焼夷弾がきれいであった。その後火災が起きて焔や煙で夜空が赤く染まっていった。

  東京の空襲はそんなものではなかったのだ。どんなにか恐ろしいことであったかと思う。そして、アメリカは無慈悲にも、東京だけでなく、名古屋も大阪も日本中の市や町を無差別に爆撃したのだ。

  B-29で何度も出撃した元パイロットは、まるで原爆の跡のように何もなくなったと証言している。

  日本が広島・長崎の原爆だけでなく、原爆に等しい悲惨な無差別爆撃を受けながら、アメリカに一度も抗議をしていないのはどういうことか。ナチスのホロコストをアメリカは糾弾してワシントンにはホロコスト博物館まで造っている。そのアメリカが日本に対してホロコストをしたのだ。

  583枚の貴重な写真はその動かせない証拠の一つである。

(C)NHK

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2012年3月22日 (木)

目に見えるよう箱物に使われた

 3月13日に再放送されたNHKスペシャル「原発マネー」を録画で見た。原発マネーとは、「電源三法交付金」「寄付金」「核燃料税」などを指すと言っていた。

 NHKのアンケートによると、原発がある44の自治体のうち脱原発は8自治体だけだという。12の自治体は原発を続けるといい、今は判断できないと答えた自治体が20であた。その理由は、原発があるから金がもらえるがその金が貴重な財源なのだという。福島第2原発のある楢葉町では、町の財政は100%原発依存だと町長が話した。

 各自治体に配られた原発マネーは、3兆1127億円にも上るという。新潟県の柏崎町は一番多く、3000億円もらったそうだ。

 そうした金は殆どが地域振興の名の下に公共施設に使うことに限定された。それで自治体では次々に箱物を造っていったのだ。それは箱物なら誰の目にも見えるし、実感できるからだという。

 ところが箱物には維持費がかかる。それで苦しむ自治体が出てきた。交付金が減って行くからである。そこで原発を使っている間はもらえる長期発展対策交付金に名目を変えてもらった。

 30年後の平成15年には、使途を拡大してもらった。また、電力会社からの寄付金がシークレットマネーとしてもらえた。電力会社はその金を電気料金に上乗せして捻出したのだという。36自治体の326件に寄付された金は1641億1967万円になるそうだ。

 青森県は一番多くて470億円にもなった。電気事業連合会が集めた金がむつ小河原産業振興財団を通して186億円が県下の町村に配られた。

 それは青森県では、原発推進派の北村知事の当選を確実にするために、反対運動を抑え込むために配られたのだという。

 昨日のblogで私は、池上彰さんは大事なことを言わないと批判した。原発を推進するために政府や電力会社や大企業が行ってきたことは、安全神話の構築と流布、そして原発を設置する自治体へ膨大な金を交付することであった。原発推進オンリーで他の自然エネルギーによる発電は無視されたのである。池上さんは一番大事なそのことに触れなかったのである。

 今回のNHKスペシャル「原発マネー」は、その点でよく踏み込んだと拍手を送りたい。

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2012年3月21日 (水)

池上彰さんが言わなかったこと、ひょっとして言えなかった?

 3月10日に放映された「池上彰スペシャル 世界が変わった日」を録画で見た。ワンマンショーの解説は確かに分かりやすい。テレビ各局で引っ張りだこになるはずだと思った。

  原子力発電に代わるエネルギーとしてアイスランドの地熱発電のレポートは大変興味深かった。アイスランドは氷山もある名前の通りの国のようだが、発電を火力から地熱に切り替え、水力と両方で電気の需要を賄っている。また地熱発電によってできた湯を、2400kmにもなるパイプラインで、国中の98%の家庭に供給している。水は氷山を溶かした水から得ているというし、まさに自然利用である。

  地熱は地下2500mもボーリングをして、そこにある温泉から取り出しているのだが、蒸気は発電に使われ、発電して湯になったものは家庭で使われるだけでなく、地下にも還元されるから、地下水がなくなる心配はないらしい。

  もう一つ驚いたことは、発電の機械が三菱や東芝などの日本製であることだ。世界の地熱発電の機械の70%は日本製であるという。

  日本は火山国で、温泉も全国に散らばっている。アイスランドと同じようにやれそうなものだ。しかも、発電設備はお手の物である。それなのに地熱発電は総発電量のわずか0.3%しか占めていないのだという。

  池上さんはそこに注目せよと言っているのだ。ただ、彼の説明の中で気になったことがあった。それは日本で地熱発電がやられない理由である。

  彼は、次の3点を挙げた。

○地熱発電には初期コストがかかる。

○温泉町の反対がある。

○国立公園の規制がある。

  この中で初期コストとは、ボーリングをするのに金がかかるということである。それはボーリングを10本、20本としなければならないからだという。アイスランドでは28本掘ったという。

  ただ、穴を掘ってしまえば、あとはそれほど金はかからない。水蒸気がどんどんと出てくるのを利用するだけだと話した。

  ここで池上さんは、大事なことを言わなかった。それは日本で自然エネルギー発電に費用が向けられなかったのは、「原子力発電」を推進するためであったということだ。原子力発電のために何兆円もの金が使われ、52基の発電機を持つに至った。その陰で太陽光、風力、波、地熱などの発電にはほとんど目を向けなかったのである。このことは、以前にサンデーモーニングで河野元衆議院議長も指摘していた。

  理由は、原子力発電に比べてコストがかかりすぎるということであった。しかし、福島第一原発の事故によってそれは嘘であったことがはっきりした。原発は大変な金くいの厄介なものであることが万人の目にばれたのである。

  池上さんほどの人なら、その事実を知らないはずがない。それなのに原発推進が自然エネルギー開発を遅らせた一番の原因であると言わなかったのだ。私は売れっ子池上さんも東電には弱いのだと思った。

  その点河野さんは、18日のサンデーモーニングでも、野田首相は菅さんのように脱原発と言ったらどうかと言っているから立派である。

  池上ファンは日本中にいると思うが、彼の言うことを丸呑みしてはいけませんよ。自分の頭で考えて判断することが大事です。

【フジテレビ】報道局・情報制作局の総力取材による 「東日本大震災」の5つの特別番組を、3日間連続で放送 2012年3月9日(金)、10日(土)、11日(日)

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2012年3月20日 (火)

福島県佐藤知事の福島宣言を支持しましょう

 おけらさんのblogで知りました。それで転載致しました。
 
 以下、前文はおけらさんのものです。
3/11の福島県知事の「ふくしま宣言」。

 

いま日本中を駆け巡っておおきな反響をよんでいます。

 

ぜひご友人にも広めてください。

 

福島に止まらず、全国でもこのような動きを願っている人一人ひとりが電子署名で
 
意思表示をする、というものです。

各都道府県の脱原発社会を支持する声がどれだけ強いものか示すことにより、
それぞれの知事に「ふくしま宣言」と同じ公約を誓い、原子力に脅かされることの
ない国にしていくよう働きかけていくことができます。
力を合わせれば、世論は聞き届けられます。
 

 

 

「ふくしま宣言」への支持を表明する個人的な誓いに、ぜひご協力を!
http://www.avaaz.org/jp/fukushima_declaration_pledge_mf/?cl=1664626853&v=13289

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
3.11ふくしま復興の誓い2012「ふくしま宣言」


 2011年3月11日午後2時46分。
 あの日、あの時を迎えるまで、このふくしまの姿を誰が想像できたでしょうか。
 大地震、大津波は、多くの尊い命と穏やかだった私たちの暮らしを、非情にも
奪い去りました。
 
 
 原子力災害は、美しいふくしまを一変させました。
 さらに、風評被害は、地域の活力を奪い、私たちの心までも深く傷つけました。
 この1年、福島県民は、深い悲しみや悔しさを抱えながら、ある人は、住み慣
れた土地を追われ、ある人は、少しでも元の暮らしを取り戻そうと汗を流し、ま
たある人は、家族離ればなれの生活を選びました。そして、見えない放射線へ
の不安とも闘いながら、それぞれが必死に毎日を生き抜いてきました。
 
 これほど厳しい状況にあっても、取り乱すことなく、地域のきずなを大事にしな
がら、一生懸命頑張っている県民の皆さんを、私は誇りに思っております。200
万県民一人一人の努力と温かい心に、深く敬意を表します。
 全国、そして世界の皆さん、これまでの、心のこもった数え切れない御支援に、
福島県民は大いに助けられ、励まされ、勇気をいただきました。改めて、心より
感謝を申し上げます。
 
 皆さんの支えと県民の努力があって、このふくしまにも、今ようやく復興の芽が
出始めました。
 
 この小さな芽を、私たちみんなの手で、しっかりと大きく育てたい。そして、やが
て大きくなったその木の下に、笑顔あふれる子どもたちが集まる、そうしたふくし
まを、私は創っていきたいと考えています。
 
 地震・津波という自然災害に始まり、原子力災害さらには風評被害、人類がこ
れまで経験したことのない、このような多重の災害が、なぜ起きてしまったのか、
私たちはしっかりと考えなければなりません。
「自然の脅威に対する十分な備えができていたか。」
「科学技術の力を過大に評価していなかったか。」
「原子力を扱うことの難しさと正面から向き合ってきただろうか…。」
 これらの問いの中に、未来への大切な教訓があるはずです。
 
 私たちは、科学技術の力を過信することなく、自然の持つ力の大きさをもう一度
しっかりと心に刻み、全ての人が安心して暮らせる社会づくりを進めていきます。
 
 そして、二度とこのようなことが起きないよう、県内の原子力発電所を全て廃炉
とすることを求めながら、再生可能エネルギーを推進し、原子力に頼らずに、発展
し続けていくことができる社会を目指します。
 
 今、全世界の人がFUKUSHIMAを見つめています。私たちは、地域の発展と地球
環境の保持が両立できる新しい社会の在り方を、さらに、そこに暮らす人々が共
に支え合い、地域の文化や誇りをつないでいくことの大切さを、復興していく自ら
の姿をもって、世界に示してまいります。
 
 ふくしまが選んだ道は、決して平坦な道ではありませんが、県民は、すでに前を
向いて立ち上がり、歩き始めています。県民が心を一つにして、この困難に立ち向かってまいります。
 「私たちは必ず、美しいふるさとふくしまを取り戻します。
 私たちは必ず、活力と笑顔あふれるふくしまを築いていきます。
 そして私たちは、このふくしま復興の姿を世界へ、未来へと伝えます。」
 災害発生から1年を迎えた本日、これを「ふくしま宣言」として、全世界の皆さん
にお誓いいたします。

  2012年3月11日 福島県知事 佐藤雄平

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2012年3月19日 (月)

欧米での由紀さおりさんのヒット―日本語の音と表現の豊かさ―

 歌手の由紀さおりさんがアメリカのジャズバンドのピンク・マルティーニと組んで歌った1969というアルバムが欧米で大ヒットした。収録された曲の中で全米ヒットチャート第1位になったものもある。

  それで先日NHKのクローズアップ現代でも取り上げられて、その秘密が探られた。

  由紀さおりさんとそれを発掘したトーマス・ローダーディールさんを結びつけたのは、偶然であった。たまたまローダーディールさんが、ポートランドのレコード店で由紀さおりさんの「夜明けのスキャット」のジャケットを見てデザインに惹かれて手に取ってみたのが始まりだ。そのレコードを聴いて由紀さんの透明感のある歌を素晴らしいと感じ、カバーした。それを知った由紀さんのスタッフからの働き掛けで一緒にアルバムを作ることになったようだ。

 彼は、「夜明けのスキャット」を編曲するとき、キーを下げて、スローテンポにしたのだという。その方が歌の魅力を引き出せると考えたのだ。

  このアルバムには、1969年のヒット曲が収録され「ブルーライトヨコハマ」やアメリカの「パフ」などカバー曲も入っている。

  ニューヨークでコンサートを聴いた人やCDを買ったアメリカのファンの声が紹介された。日本語が心地よく響いたとか自然の風景が浮かんだなどの声があった。ローダーディールさんは浮世絵の世界が漂う感覚だと表現していた。

  何人かの研究者などが、コメントしていた。その一人、秋岡陽さんは、西洋のメロディに日本語を載せると英語やドイツ語に比べて載せられる言葉が少なくなるという制約があるのだという。例えば「パフ」の中の5小節には英語では11語載るが日本語では4つしか載らないという。

  作曲家の山田耕作さんは、1+1=1だと表現したそうだ。つまり、西洋のメロディー+日本語でどこにもない音楽を作るのだと言ったそうだ。

  限られた言葉で詩を作るので言葉の一つ一つが大切にされるのだ。

 重野純さんは、日本語の母音に注目した。日本語は母音の多い言葉で、英語のI love you.は母音が3つだが、「私はあなたを愛しています」には15の母音が含まれると例をあげた。ちなみに中国語では4つである。この母音の部分を歌う時に微妙に変化させてきれいな響きにしているというのだ。

  音声を分析した城生さんは、由紀さんの母音には「フォルマント」というものが普通の人より2倍多いのが響きをよくしていると言っていた。

  アメリカから来た詩人で日本語が堪能なアーサー・ビナードさんは、「言葉の向こうにある世界を日本語でうまく表現する」ことで、外国人にもイメージが浮かび、それが聴く人の心を打つのだと言った。海とか風とか空とか自然がイメージされるのはそういうことなのだという。

  私は、日本語には細かい情景や感情を表現する語彙がたくさんあるし、日本人は自然と共に生活して、自然と触れ合って喜びや悲しみを感じきた。例えば日本人なら虫の音を愛するがアメリカ人には単なる雑音にした聞こえないといわれる。また、短い言葉で深い表現をする短歌や俳諧の文芸の伝統も持つ。つまり、日本語のもつ奥深い表現力、そして言外の言などや余韻を大切にすることなどが大きな力になっていると思うのだ。

  由紀さんがいみじくも言っていたが、「小さい秋」を歌う時、季節の移ろいを思い浮かべるという。誰かさんが見つけた小さい秋・・・・これは日本人なら人それぞれにいくつでも見つけることができるのだ。(これを書いていてふと思ったのだが、最近の子どもたちはそういう力を衰えさせてはいないだろうか?ということだ。)

 その他に重野さんの言うように、母音が多い言語であることも大事な点であると思う。私は、大学生のころから、ドイツの歌曲、例えば「野ばら」を原語で歌う時と日本語で歌う時には、大きな違いがあるのではないかと思っていた。先日、シニアコーラスであるグループが「野ばら」や「埴生の宿」をドイツ語と日本語で歌ったとき注意して聴いたが、やはり言葉の響きがかなり影響していることに気付いた。

 アメリカ人が日本語歌の響きを心地よく聴いたのは母音が多い言語であることが大きく作用したと思う。

  その他にこれまでどれだけの歌手が欧米で日本語で歌ったのだろうかと思った。おそらく殆どが英語で歌ったのではないだろうか。番組で指摘していたが、これまではアメリカで歌う時にはアメリカ人を見て歌っていた。どうしたら受け入れてもらえるだろうかという姿勢であった。由紀さんは日本語で堂々と日本の感情をぶつけて歌った。それによってアメリカ人に日本語のよさを気づいてもらうことができたというのだ。

 私たちがアメリカ人の歌手の歌を聴くとき英語で聴くし、ラテンの歌手が歌う歌はスペイン語で聴く。シャンソンはフランス語でカンツォーネはイタリア語で聴く。それで違和感はないのだ。外国人に対しても日本の歌を日本語で歌って聴かせるということが大事だということだ。 

 由紀さおりさんの日本語の歌のヒットは多くのことを考えさせてくれた。

http://www.barks.jp/news/?id=1000073956

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2012年3月18日 (日)

巨人の金権体質また暴露

 15日の朝日新聞朝刊の一面トップ記事は、バーナーが「巨人、6選手に契約金36億円」で、見出しが、「球界申し合わせ超過」となっていた。NHKが何も報じないところをみると、これは朝日新聞のスクープなのかもしれない。

  新人選手の契約金についてのプロ12球団の申し合わせで、新人契約金の最高標準額が1億円+出来高払い5000万円だそうだ。ところが巨人の6選手が申し合わせを超える金額で契約をしていたというものだ。

  6選手は、阿部慎之助選手(2000年に10億円)、野間口貴彦選手(2004年に7億円)、高橋由伸選手1997年6億5000万円、上原浩治選手(1998年5億円+功労金1億2千万円)、岡智宏選手(1998年5億円+功労金7000万円)、内海哲也選手(2003年2億5千万円)だという。

  これに対して巨人関係者は、「標準額は07年までは上限ではなく、超えても構わないというのがプロ野球全体の理解のはず、ルール違反ではない。」と話している。

  朝日新聞16日の一面トップ記事は、「巨人、入団前に現金」であった。2日続けて巨人のルール破りを報じた。

  それによると、巨人は、2004年ドラフトの自由獲得枠でシダックスから入団した野間口貴彦選手に対し、入団前に毎月30万円、合計で210万円を渡していたというのだ。この費用は、巨人軍の「特別スカウト活動費」といして支出されたという。

  巨人は、強い巨人を維持するために金に物を言わせて来た姿がうかがえるとしている。「球界の盟主として、勝たないといけないという意識が強すぎた。それが金で獲得することに向かわせた」と巨人関係者が述べたという。

  有力選手獲得競争が激化したのは、1993年に逆指名が導入されたからで、このために画策したのが、渡辺恒雄読売新聞会長(当時巨人オーナー)と西武の堤義明オーナーだという。

  ところで今回明らかになったことについて、広島の松田オーナー、楽天の星野監督、ソフトバンクの王会長などは、理解を示す発言をしている。それに対して朝日新聞編集委員の西村欣也氏は、「ドラフト制度を根幹から揺るがす巨人の行為はけっして許されるものではない」と述べている。

 スポーツジャーナリストの二宮清純氏は、「マネーゲームによって、球界から秩序とモラルが失われた」と批判している。

  巨人の実質支配者である渡辺恒雄氏は、ワンマンぶりを発揮して、しばしば物議を醸してきた。この巨人の体質は、簡単には改まらないであろう。

 スポーツの世界は、フェアであるべきはずだが、それは建前で、そうでないことをまたも暴露したといえる。

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2012年3月17日 (土)

被災地の瓦礫処理

 被災地の瓦礫処理について、野田首相は各自治体に分担してもらおうと動いている。瓦礫処理はどうあるべきかについては考えがまとまらないが、おけらさんのblogに下記のような記事が紹介されていた。考える上で参考になると思い、転載することにした。筆者は、田中康夫氏と思われます。
 
笑止千万!「みんなの力で瓦礫処理」

 

 ◆日刊ゲンダイ

 「みんなの力で、がれき処理 災害廃棄物の広域処理をすすめよう 環境省」。

 数千万円の税金を投じた政府広報が昨日6日付「朝日新聞」に出稿されました。 

それも見開き2面を丸々用いたカラー全面広告です。

 “笑止千万”です。何故って、環境省発表の阪神・淡路大震災の瓦礫は2000万トン。

 東日本大震災は2300万トン。即ち岩手・宮城・福島3県に及ぶ後者は、被災面積当たりの瓦礫(がれき)分量は相対的に少ないのです。

 「静岡や大阪等の遠隔地が受け入れるべきは『フクシマ』から移住を望む被災者。

 岩手や宮城から公金投入で運送費とCO2を拡散し、瓦礫を遠隔地へ運ぶのは利権に他ならず。良い意味での地産地消で高台造成に用いるべき。高濃度汚染地帯の瓦礫&土壌は『フクシマ』原発周囲を永久処分場とすべき」。

 「『広域処理』なる一億総懺悔・大政翼賛の『絆』を国民に強要する面々こそ、地元首長の発言を虚心坦懐に傾聴せよ!」。

 ツイッターで数日前に連続投稿した僕は、その中で戸羽太・陸前高田市長、伊達勝身・岩泉町長、両名の“慧眼”発言も紹介しました。

 「現行の処理場のキャパシティーを考えれば、全ての瓦礫が片付くまでに3年は掛かる。そこで陸前高田市内に瓦礫処理専門のプラントを作れば、自分達の判断で今の何倍ものスピードで処理が出来る。国と県に相談したら、門前払いで断られました」。

 「現場からは納得出来ない事が多々有る。山にしておいて10年、20年掛けて片付けた方が地元に金が落ち、雇用も発生する。元々、使ってない土地が一杯あり、処理されなくても困らないのに、税金を青天井に使って全国に運び出す必要がどこに有るのか?」。

 阪神・淡路大震災以前から、産業廃棄物も一般廃棄物も「持ち出さない・持ち込ませない」の域内処理を自治体に行政指導してきた政府は何故、豹変したのでしょう? 因(ちな)みに東京都に搬入予定の瓦礫処理を受け入れる元請け企業は、東京電力が95.5%の株式を保有する東京臨海リサイクルパワーです。

これぞ産廃利権! 仙谷由人氏と共に東電から献金を受け(朝日新聞1面既報)、父君が北関東の産廃業界で重鎮の枝野幸男氏、同じく東電が重用する細野豪志氏に「李下に冠を正さず」の警句を捧げねば、と僕が慨嘆する所以です。

「復興を進めるために、乗り越えなければならない『壁』がある。」と件の全面広告には大書きされています。呵々。乗り越えるべき「壁」は、「業界の利権が第一。」と信じて疑わぬ「政治主導」の胡散臭さではありますまいか?!


http://www.nippon-dream.com/?p=7297

 
 陸前高田市のように、地元にプラントを造って自分立ちでやった方が早いと国や県に相談したら門前払いをくったという。ひどい仕打ちである。仮に時間がかかっても、地元処理だと地元に金が落ち雇用も発生するということなら、その方がよいと思う。
 
 驚いたのは、どうやら産廃利権がからんでいるらしいことだ。枝野大臣の父親が関東産廃業界の重鎮とは知らなかった。京都まで搬入する業者が東電の会社だというのも知らなかった。
 
 復興には、多くの利権がからみ鵜の目鷹の目で狙っているとは以前から指摘されてきたことだ。ここは公明正大に地元の利益を考えてやってもらいたい。

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2012年3月16日 (金)

それ見たことか、醜態をさらす減税日本

 減税日本が、河村名古屋市長の奇策で名古屋市議会の第1党になって1年が過ぎた。

 13日の中日新聞によると、減税日本は、この一年間でほとんど成果をあげる活動をしていないという。質問をしていない議員も3人いるそうだ。みなが議員1年生ばかりなので議会活動について指導する人もいないからだという。だから市役所の部署の役人にもバカにされて適当にあしらわれているという。

 私は1年前に減税日本が大勝したとき、1年生議員ばかりで、しかも、減税だけを叫んで当選したことに大きな危惧を持ち警鐘を鳴らした。1年たってみると予想通りの無様さだ。

 そこへ持ってきて、中村孝太郎市議会議長の除名である。そもそも中村議員が議長になるとき、減税日本では、年長者だからという理由で彼を選んだのだ。その議長も就任したての頃は、議長の失言で辞任騒ぎになったことがあった。その時に辞めるべきであったと河村市長はいう。

 それが辞めずに、ここに来て議長を続けると言って、1977年から続いている議長は1年という慣例を破ったのだ。

中村議長の言い分は、「まだ改革したいことがある」である。しかし、何をどう改革したいのか不明である。野党などからは、議長として必ずしも適格ではなかったという指摘がされている。

 そんな人物が議長を続けるというのだ。彼が議長をやりたいのは、一般議員より330万円歳費が多く貰えることや議長には公用車があることや議長室があること、また園遊会などに招かれるのでいい気分になれることなどがあると言われている。

 彼の場合、普通なら絶対に議長になれない1年生議員でありながら、たまたま幸運だけで議長になれたのだ。そして呉服屋のオヤジであったころとは、環境が激変したのだ。それで舞い上がったに違いない。

 減税日本では、他にも金城議員が離党したし、まだ他にもいると言われる。減税日本に投票した人たちは、この辺で目覚めて欲しい。また、大阪維新の会に投票した人にも同じことを言いたい。俄か仕立ては所詮化けの皮がはがれるのだと。

  名古屋市議会では今日、16日に全会一致で議長不信任案を可決するという。また、それでも応じない場合は、辞職勧告決議をするという。それにしても不信任が可決されても辞めさせられないというのは理解に苦しむ。議長は1度なってしまえば4年間は安泰というのだ。でも、不祥事があって不信任にしても辞めさせられないというのはどういうことなのだろう。何とも不可解なことである。議会の民主主義が戦後70年近くなっても確立されていないとは呆れて物が言えない。

写真:副議長選挙の開票作業を見守る名古屋市議会の中村孝太郎議長=24日午後、名古屋市中区、小川智撮影

 

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2012年3月15日 (木)

怖い監視 牙を剥いた橋下教育行政

 14日朝の中日新聞から引用する。

  「橋下徹大阪市長の友人で民間人校長として採用された大阪府立和泉高(岸和田市)の中原徹校長が、卒業式の君が代斉唱の際、教職員の口の動きを見て実際に歌っているかを「監視」していたことが13日、府教育委員会などへの取材で分かった。

  府教委は式後、校長に歌わなかったことを認めた教員1人の処分を検討している。

  府教委などによると、中原校長は2日の卒業式で、教頭らと共に、君が代斉唱で約60人の教職員が起立したのを確認し、口の動きを点検。口が動いていなかったと判断した3人の教員を校長室に呼んで確認したところ、うち1人が歌っていなかったことを認めた、としている。」

   卒業式の最中に、校長が教員たちの口の動きをそれとなく監視したというのだ。この様子はテレビのニュースでも放映された。その時の校長の目の動きは何とも気味の悪いものであった。

   この校長は橋下市長の友人だというが、自分の推し進めようとしている翼賛体制の教育行政の先棒を担ぐ人間を校長や教頭などに据えて教員の監視をしようということがはっきりと証明された。

 教員を5段階で評価し、必ず誰かが最低のランクに評定されるというから救いはない。いくら頑張っても嫌われたら終わりだ。しかも、最低ランクが2年続くと首を切られるというのだから恐ろしい。まるで恐怖政治である。

 橋下市長は、嫌だったら違う市長を選んで違う条例を作ればよいとうそぶいた。その通りではある。しかし、朝日新聞によると、橋下市長を支持する人は60%以上いるようだ。それで自信を深めているのだ。常に監視されている状態でよい教育ができると思っている人がそんなにもいることに恐怖を感じる。

  まだ、何もやらないパンパカパーンのノック知事の方がよかった。

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2012年3月14日 (水)

大便が詰まり2時間半の苦闘

 先週の土曜日の朝のことだ。雨が降っていたのでウオーキングには行かなかった。新聞を読んでいたら、6時5分ごろ便意を催した。トイレに入り便座に座った。

  便は出そうな感じなのだが固そうで詰まっていた。こういうことはこれまでにもよくあった。最初は出にくいのだが、いったん出ると一気にストンと出てしまう。その気持ちのよいことといったらない。長さ60cmぐらいのがつながって出るのだから。

  この時もそれをイメージして出るのを待っていた。でも、一向に出なくてなんだか肛門の辺りで詰まっている感じであった。時間は過ぎていくが状態は変わらない。肛門のところに何かを挟んだ感じだ。

  まず、水を飲むことにして200ccほど飲んだ。肛門の周りに触れると大きな膨らみがあった。相当便が溜まっているようであった。指に紙を当てて揉んでみた。痛いような便が出そうな実に嫌な感じであった。

 仕方がないので歩いて刺激を与えることにした。部屋の中をぐるぐると歩いたり、ひざを曲げたりした。それでもどうにもならない。医者に行くことも考えたが、それは最後の手段だと思った。

  母が高齢になったとき、便が出なくて掻き出してもらったことを思い出した。それで自分でやってみようと思った。その時は1時間ぐらい経っていた。台所に薄いビニールの使い捨て手袋があるのでそれを手にはめた。

  おそるおそる指を突っ込んでみると、便が一杯詰まっているのが分かった。指で掻き出そうとしたが、うまく掻き出せなかった。自分ではやりにくいのだろうと思ったが家人を起こすのは嫌だから自分で試みた。

  シャワートイレの湯で刺激したり、揉んだり、指を入れたりしていると嬉しいことにやっと出そうになった。思い切り力んだ。もうどうなってもよいと思った。ところがいきむのを休んだのがいけなかったのかもう少しというところで止まってしまった。

  つぎの便意を待って今度は休まずにいきんだ。肛門が痛かったが構わずいきんだ。すると、便が少し出た。多分30cmぐらいであろうか。7時半ごろになっていた。それでほっとしたが、まだ肛門の周りは膨らんだままであった。

  残りの便を出してしまわなければならない。それにこの日はボランティアに行く日だ。何としても出してしまわなければと思った。いつもなら妻を起こして朝食の準備をしてもらうのだが、それは諦めた。

  また、歩いたり、水を飲んだり、揉んでみたりいろいろやったが、出なかった。そこでもう一度手袋をはめることにした。新しい手袋を取ってきて手にはめてお尻に指を入れ掻き出そうとした。

  それがよかったのか、また便意を催し、残りの便が出たようであった。肛門の内外は痛かった。でも、何とか出たので嬉しかった。8時半近くになっていた。

 それから備え付けの痔の座薬を持って来て挿入した。肛門の中腫れていて、ところどころに豆粒のような膨らみがあった。また、肛門の周りにも粒粒ができていた。急性の痔になったに違いないと思った。

  痔の薬を常備してあるのは以前に痔で手術をしたことがあるので用心のためであった。それが役立った。

  日本語ボランティアを休んではいけないと思い、いつもの通りに出かけたが、歩き出すと体中が疲労困憊しているのが分かった。歩くのがやっとという感じであった。それでも歩いて地下鉄まで行った。

  座って教えている間は尻がいたいぐらいでまだよかったが、終わって帰るときはまた疲労困憊を感じた。帰宅してすぐに寝た。夜は早めに床に就いたが翌朝は7時ごろまで寝ていた。それほど疲れていたということだ。

  その後は、便は順調で、腫れも引いてきた感じだが用心第一だ。念のためにインターネットで調べてみたら「排便障害」ということが分かった。いろいろな原因があるようだ。また、いつも排便障害で悩んでいる人のblogもあった。それで私も参考になればと思って恥ずかしいことをblogにすることにしたのだ。

 

 

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2012年3月13日 (火)

3.11明日につなげる大集会・さようなら原発in愛知

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 3月11日、東日本大震災から1周年の日、朝から青空のよい天気であった。前日の土曜日にインターネットで探した「3.11明日につなげる大集会・さようなら原発in愛知」に出かけた

  11時からと書いてあったので、食事をすませると大急ぎで駅まで歩いた。11時前に久屋公園に着くと周囲にテント張りのブースが並んでいた。広場には人は100人ぐらいしかいなかった。少々がっかりした。

  仕方がないのでブースを見て回った。野菜、東北の菓子、歌声、書店、アメリカンドッグ、焼きそばなどの店もあった。なぜか焼きとりの店では、山盛りの焼き鳥を次々に焼いていた。あんなに作って売れるのか余計な心配をした。

  11時になるとアトラクションがはじまった。EST,明日につなげる愛知歌声、ホーリースモーキーなどのパフォーマンスがステージで行われた。人は相変わらず少なかった。ステージには興味がないので、公園の石に腰かけたり、ときどき立って歩き回ったりした。知った顔は1人もいなかった。

  11時半ごろ、旧知のNさんに声を掛けられた。久しぶりであった。Nさんは1時に始まると言ったのでびっくりした。慌ててきたのは失敗であった。

  12時ごろ、Hさんに会った。そのすぐ後Sさんに会った。それで3人目であった。人は少しずつ増えていた。私はそのまま公園にいた。そのうちプログラムを配る人が回ってきてプログラムをくれた。見ると1時30分開会と書いてあるではないか。11時に来てまだ1時間も先であった。

  1時ごろから人がどんどん来始めた。それと共に食べ物のブースには行列ができ始めた。焼き鳥のブースを見に行くと、あんなにあった焼き鳥が売れてしまい追加を焼いていた。どうやら焼き鳥が一番の人気で、次いで焼きそばやおでんが人気のようであった。

  開会近くなったのでステージの近くに移動した。すると同じ研究会のF君が声をかけてきた。帽子に風船の飾りをつけてプラカードを持っていた。瀬戸からはるばるやってきたのだ。

  1時20分ごろには会場はいっぱいの人になり、開会のメッセージが読み上げられた。1時半からビッグフラッグが手渡しで広げられた。さようなら原発のメッセージや絵が描いてあるようであった。幅が20m長さが30mあまりということであった。上空にはCBCのヘリコプターが旋回して写真を撮った。また会がチャーターしたセスナも旋回して写真を撮った。

  私も写真を撮ったが何が書いてあるかは分からなかった。1時50分ごろから俳優で作家の松田みゆきさんと中根佳子さんの対談形式の話があった。松田さんはあの故松田優作さんの奥さんだと話した。芸能界で原発反対でやっているのは女性では私一人だけだと言った。原発反対の気持ちの人はいてもそれをはっきり言うことが憚れる雰囲気があるのだそうだ。山本太郎さんが芸能界で干されたのは有名である。しかし、松田さんはそんなことは意に介さないと言った。

  自分は3.11を境に変わったと話した。そして子どもたちのために未来のために行動しなければならないと決意したと話した。自分の子どもたちも支持してくれていると言った。また、ロックの会というの発起人のひとりで全国に広めたいと話した。(ロックの会については、後の資料参照)松田さんの話のあと、被災地から武藤類子さん始め3名のメッセージが読み上げられた。

  あの2時46分、参加者たちは東北の方角を向いて黙とうを捧げた。それが終わると、栄から矢場町方面と東新町YWCAまでとの2方向へのデモ行進をした。私は矢場町まで歩いた。

 新聞によるとこの日の参加者は5000名と書いてあった。原発を廃止し自然エネルギー発電に向かうべきだと痛切に思う。

資料: 徳永エリさんのblogから、一部を引用する。

「ロックの会」と言っても、音楽仲間の集いや音楽イベントではありません。3・1 1以降、原発の問題、人権の問題、再生可能エネルギーの問題、対岸の火事ではなく 自分の問題として、子どもたちの未来のためにも日本全体が一つのパワーになってあ る意味「日本再生」への道を歩まなければならないのです。しかし、長い事続いてき た悪しきシステムや、利権、権力、想像以上にものすごく大きな壁が立ちはだかって いる事に気付かされる事が多々あります。多くの、日本の国を大切に考えている人た ちが集まり、仲間になり、パワーになる。そんな目標を持って集まっている会でし た。」

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2012年3月12日 (月)

ヒューマン、なぜ人間になれたのか 「こうしてお金が生まれた」を見て

 原始共産社会はその日暮らしで狩猟と採集で食料を得ていた。そこでは食糧を平等に分かち合うのが原則であった。乏しい食糧だからこそみんなが生きるためにできた生活の知恵だともいえる。その形を今も残している民族が世界にはいくつか存在する。

  アフリカのカメルーンの奥地にバカ族という部族がいる。この部族は道路沿いに住む人たちとさらに奥地に住む人たちとでは、生活への考え方が違うという。奥地に住む人たちは、平等に分かち合う生活をよしとしているが、道路沿いの人たちには貨幣経済が入り込んできて金を稼ごうという人が出てきているのだ。

 平等に分かち合う部族ではそれを破ることは人々からさげずまれる。だからみんなで共同生活を大事にする。ところが金を欲しいと勝手な行動をする人が出てくるとその人は自己中心的な生活するようになる。その結果富を持つ人とそうでない人ができる。バカ族にその過程を見ることができるというのだ。

  小麦や米などを栽培する農耕社会になって貨幣のようなものができた。それは場所によって麦であったり、米であったり、塩であったり、ときには羊であったりした。

  ところが古代ギリシャのアテナイでは、銀貨が作られた。その信用を保証するのは純度99%であったという。その銀貨が広範囲で使用された。しかし、アテナイの銀鉱山は100年で掘りつくされアテナイは衰えた。

  しかし、その後の銀貨が使われる長い間に銀貨の純度がだんだん下がって行き、しまいには2%の銀貨が使われるようになった。人間は貨幣を交換の仲介手段として使うことで人間になったともいえるのだ。

 番組では面白い研究を紹介していた。それは、株のトレーダーの脳をMRIで調べたものだ。脳には腹側線条帯というところがあり、快楽中枢になっているという。トレーダーが多額の金を儲けようとするとその部分の働きが活発になったそうだ。きっとパチンコでも玉がジャラジャラ出てくるとその部分が活発になるに違いない。

  人間の脳には儲けることに喜びを感じる仕組みがあることがわかる。だからヘッジファンドのように飽くなき儲けの追求に走る連中がなくならないのだ。リーマンショックの原因もまさにそういうところにあった。そして今も実体のない金を動かして儲けようと蠢いている人たちがいる。

  ところが面白いのは、この快楽中枢は別の反応も示すことが分かったというのだ。それは1人に80$を与え、別の人に30$を与えておいて、50$を金額が少ない人に与えて同じ80$にしたとき、最初に80$もらっていた人の快楽中枢の働きが急激に上がったというのだ。この実験で人間には公平を喜ぶシステムがあり、分かち合う心があることが分かったのだ。

  分かち合う心は長い原始時代に培われたものなのかも知れない。それを受け継いできているのだろう。

  これは人間にとって救いである。もし、腹側線条帯の快楽中枢が金儲けにだけ反応するものであれば、際限なき欲望に毒されてしまう。しかし、同じ部位が分かち合う心にも喜びを強く感じるからだ。

  東日本大震災でも、世界中からいろいろな形で救援が入ったし、物資、金、労働などで援助が入った。これは人間の分かち合う心が強く働いたからであると思う。

  限りある地球の資源を現在の人たちで消費してしまうのではなく、将来の人たちにも残すことが大事である。それにはGDPばかりを追うのはやめることだ。

バカ族の家(写真3)

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2012年3月11日 (日)

東日本大震災1周年

 東日本大震災から1年が過ぎました。先日NHKで放映された各地の地震と津波の様子を見ましたが、改めて震度7の地震とそれによって引き起こされた大津波のすざましさを確認しました。

 とは言っても、私自身はその場にいた訳ではなく、映像による間接的なものです。私の大地震の体験は、子どもの頃の東海大地震とその次の南海大地震、そして福井大地震です。今でもその時の様子をまざまざと思い浮かべることができます。でも、震度7の東日本大震災の比ではありませんし、津波の経験はありません。

 NHKで放映された映像は、各地で地震や津波の最中に撮られたものです。それだけに生々しい映像で、恐ろしさが迫ってきましたし、映像によっては涙なしには見られないものもたくさんありました。

 指定された避難所に向かいながらそこで命を奪われた人、介護施設の収容者を誘導しながら亡くなった人、防災無線で避難を叫び続けながら亡くなった人・・・・。自動車を運転していて流された人・・・・。

 地震が起きる前の平和な普段の様子とあの時刻を境に事態が急変する様子も映されました。

今はデジタルカメラでも動画を撮れるので多くの貴重な映像が撮れたのです。

 東日本大震災では、まだ行方不明の方が3155人いらっしゃいます。海上保安庁なども捜索を続けています。死者は15854人にものぼります。避難者も34万3935人おられます。家族離散が32%、仕事のない方が4割だそうです。

 命をなくされた方々には心からご冥福をお祈りします。また、家や家財などの財産をなくすなどの被害を受けられた方々には早い復興の手が差し伸べられることを願っております。

 昨年の3月11日以来、テレビや新聞などで政府の対応を見てきましたが、民主党も自民党・公明党も国会では足の引っ張り合いばかりが目立ち、肝心の対策が一向に進まずイライラさせられました。また、初期の対策について菅前首相はさまざまな会議を作りましたが、その議事録は作られず、録音すらされなかったという無責任ぶりがあらわになりまし。最近になって慌てて聞き取り調査をしてお茶を濁していますが、何とも情けないことです。

 今回の東日本大震災のきわだつ特徴は、大津波による壊滅的被害であり、中でも福島第一原発の事故でした。

 福島第一原発の4号機が最大30km以内の避難ですみ、首都圏の避難を免れたのは、偶然が重なった幸運によるものだと先日の朝日新聞が報じました。

 偶然にしろ最悪の事態が免れたことは有難いことですが、今後また大地震が襲わないとも限りません。人によっては将来10万年も原発のお守りをしなければならないという人もいます。

 原子力発電は、いい加減な安全神話で塗り固められたものであったことがはっきりしました。原子力委員会の斑目委員長でさえ原子力行政の不備を認めざるを得ませんでした。

 海に囲まれた島国日本は地震国です。そして今、東京直下型大地震の危険性が指摘されています。その他にも従来の東海大地震や併合型の東南海大地震などもいつ起こってもおかしくないと言われています。

 この上どこかで大地震が起きたらお手上げになるのは目に見えています。災害が起きないうちに手を打っておくべきです。がれき処理、雇用対策、原発処理、農地や市街地、住居の復興など政治に託された課題は山積しています。

 日本沈没がフィクションで終わることを願っています。

3.11に関係する名古屋の集会そ検索しましたら、次のものがヒットしました。

栄の久屋公園で11時からです。東京ではいろいろと各地で開かれるようです。

http://311aichi.net/

参考:東京では

: http://blogs.yahoo.co.jp/okerastage/8171655.html

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2012年3月10日 (土)

やっとつぼみを付けたシクラメン

 我が家には、夏を越したシクラメンの鉢が3つある。そのうちの2つの鉢で花のつぼみが出てきた。

  毎年11月ごろになると、シクラメンを室内用に買ってきて4月の終わりか5月の初めまで花を楽しむ。シクラメンは育てやすくて花の時期が長いので好きである。前にも書いたことがあるが、1番安い鉢を買ってきてそれを立派に育てるのが楽しみなのだ。

  でも、咲き終わったシクラメンに夏を越させて冬にまた花を咲かせるのは大変難しく4年前まではいつも枯らしていた。それが3年前に夏越しに成功し、その冬に花を咲かせることができた。それ以来夏を越させることができるようになった。

  昨年は暑い夏であったが、室内に入れて夏をこさせたので何とか越すことができたが、鉢植えを替えたにもかかわらず、茎がまばらで小さな葉っぱしかつかなかった。

  それでも肥料をやって見守っていた。葉ばかりが茂り一向に花のつぼみをつける気配がなかった。それが3月に入ってやっとつぼみをつけ始めたのだ。

  シクラメンはある程度葉っぱが付かないと花をつけないようだ。赤い花の鉢はたくさんのつぼみをつけた。白い花の方は2つか3つ程度である。これから増えるのを期待している。

  昨年買ったミニ・シクラメンはここに来て弱り始めた。シクラメンは4月いっぱいまで持てば上手な世話をしたことになると言われる。でも、夏を越した鉢に期待をしている。いったい何月まで咲いてくれるであろうか。

 

 

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2012年3月 9日 (金)

縁のつながりを辿る

 「縁」という言葉がある。日本人にはとても馴染の深い言葉だ。合縁奇縁とか無縁仏とか縁者とか縁日や縁起などの熟語もあり、もともとは仏教から出た言葉だ。

  タイやスリランカなどの仏教国にもきっとあるのだろうが、知らない。中国語には縁分というのがある。

  私たちは無縁の人というのはないはずで、生まれること自体が縁の始まりで有縁なのだ。生まれて以後死ぬまでまず無縁はあり得ない。仮に縁者が1人もいなくなって孤独死をしたとしても、最後は誰かが関わってくる。それも縁なのだ。

  人生で最高の縁は恋人や結婚相手に恵まれることであろう。結婚式ではよく「縁の紐で結ばれて・・・それでも何らかの理由で縁を切る人もたくさんいて、離婚率が上がっているという。

  人生はすべからく縁が生じたり切れたりの連続だと思う。神経細胞がシナプスによってネットワークを作っていくイメージだろうか。

  私はいくつかの趣味を持っているが、それぞれに縁のつながりがある。その一つマジックを通して考えてみる。

  今私が所属する名古屋華マジカルグループに加入するには、一つの大きな縁があった。それは同じグループのMさんとの出会いだ。中川区70周年記念の第九に応募して、最初の日に、練習会場の中川区役所を探して歩いているときに、たまたまMさんが話しかけて来たのがきっかけだ。

 しかし、それだけではMさんと知り合うことはない。私がいた昭和男爵コーラスにSさんという人がいて、その人とMさんが古い知り合いであったのだ。その関係で3人で話すようになり、たまたまMさんもSさんも私も帰りの地下鉄が同じなので一緒に帰ることもあったのだ。

  中川第九には昭和男爵コーラスの指揮者が関係していて、第九を強く勧めてくれたので第九に参加することになったのだ。だからコーラスに入っていなければ、また指揮者の紹介がなければ、Mさんと知り合うことはなかったことになる。

  コーラスに入ったのは、昭和生涯学習センターで「50歳からの男声合唱隊」という主催講座があったからだ。それがなければ、そして自分が講座を受けてみようという気にならなければ、Mさんとは無縁であったのだ。

  合唱講座に入る気になったのは、カラオケをやり始めて少しでも声が出るようにしたいと思ったからだ。私はもともとカラオケが大嫌いであったのだが、それを無理やり誘ってくれたOさんがいたのだ。Oさんとの縁は、彼が我が昭和英語会話クラブに入ってきたからできた。

  このように縁のつながりの元を辿っていくと、あちらこちらにつながっていることが分かる。そのどの一つが欠けていても、後の縁にはつながらないのだ。

  ところで、元に戻して、Mさんと知り合って地下鉄で一緒に帰るとき、Mさんは名古屋華マジカルグループのことを話し、私に入らないかと言った。名古屋華マジカルグループは結成後まだ3か月の頃であった。私は退職後マジックをやめていたが、覗くだけ覗いてみようと例会に出かけた。よさそうなクラブなのでその場で入ることに決めたのだ。

  ところで、もし私にマジックの経験がなければ、そのクラブに入っていなかったであろう。マジックを習い始めたのは、43歳ごろからで、それもひょんな縁からであった。ある日近所に住む手品で有名なSさんと文房具屋で会い、マジックを習いたかったらいつでも来てと誘われたのがきっかけである。

  このようにマジックという趣味をとってみても、様々な縁があり人とのつながりがあることが分かる。マジッククラブに入ったことで多くの新しい人と知り合ったし、ボランティアを通して1度だけの縁ではあるが、多くの人と触れ合うことができた。

  私たちは「縁」によって生きているのだということができる。この地球に生まれたのも、日本人として生まれたのも、全ては縁である。毎日縁につながっており、新しい縁につながり、時には縁が切れる。まるで神経細胞である。

 東日本大震災後「絆」という語がいろいろな場面で使われているが、「絆」は強い縁のつながりを象徴している。この「縁」を大事にして生きていきたいものである。「悪縁」だけは御免蒙って。

 

 

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2012年3月 8日 (木)

シニアパワー発揮の第4回シニアコーラス交歓発表会

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 3月6日に第4回市民会館シニアコーラス交歓発表会が金山のオーロラホールで開かれた。名古屋市内だけでなく、県内や一部他県からの参加もあり、全部で27のグループが集まった。参加グループは年々増えており、今年は最大であったという。

 我が昭和男爵コーラスも第1回から連続参加をしている。出演順は抽選で決められる。昨年は終わりから3番目であったが、今年は籤運よく一番籤を引いたので3番目を選んだ。昨年は最後の方になると残っている聴衆が少なく淋しい思いをしたからだ。

 会場には8時半集合なので、家を朝の7時50分ぐらいに出たが、あいにくの雨であった。参加グループが多いので、控室は舞台のすぐ裏の105号室で小さな部屋であった。先生やピアニストはずっと廊下でスタンバイしていた。

  舞台リハーサルはたった4分なので、台に上って立ち位置を決めただけであった。声を出す練習は幸いにも予定より早く、10時15分ぐらいに呼びに来たのでよかった。プルニエホールの舞台裏でキーボードを使って声を出して歌った。指揮者からは最後の駄目出しがあった。

  12時丁度に開会した。私たちの前には上野コールエコーと白川Aのグループが歌った。白河Aは鯱城学園高年大学のOBで64名もの大きな合唱団で、男子は白の上着、女性はカーキ色のコスチュームで揃えていた。

  私の知人の話では、私たちが黑の礼服で舞台に出ると会場は一気に静まったそうだ。最初の2部合唱の「山の煙」というきれいなメロディーの曲であった。次が、「夕やけこやけ」という男声合唱曲であった。我ながらによく歌えたと思ったが、指揮者が胸の前で拍手をしてくれたのでよかったのだと知った。昭和生涯学習センターの人も見に来てくれて「とっても良かった。特に夕やけこやけは素晴らしかった」と言ってくれた。

  3曲目は、「東京ヴギウギ」で振りをつけて歌った。すぐに会場から手拍子が沸き起こったが、そのためリズムがくるってしまったようだ。でも、陽気に楽しく会場を巻き込むことができた。

  https://picasaweb.google.com/rara840/gjigzI?feat=email#5716991982802283746 

 歌い「終わると解散をして、それぞれが会場に行き他のグループの歌うのを聴いた。同じ昭和生涯学習センターを拠点にしている女声のスイートポテトも早い5番目できれいな声で歌った。

  最大のグループは、銀の鈴合唱団で、総勢99名が参加したという。このグループは市内5、県内、三重などのグループの合同だという。男性はたった3名であった。銀の鈴西三河も大きな合同グループで74名だが男性はたった4名であった。

  どの合唱団も、一グループ当たり8分の持ち時間の中で、それぞれ良い曲を選んで懸命に歌ったので、聴いていて楽しかった。中には春日井男声合唱団、男声合唱を楽しむ会などのように入場料を取って発表するグループも参加していた。男声合唱団は他にも「梢」とか「昴」とかレベルが高い合唱団があった。

  最高齢者は、「新老人の会かがやき」の98歳の女性であった。このグループにはもう一人93歳の女性もいた。

  毎年派手なパフォーマンスを入れて歌うのが「加木屋混声合唱団ポポロ」で今年は東北地方民謡を歌い、花笠踊りで笠に電飾をつけてまといを振るって踊った。

  今年はなぜかカーキ色のコスチュームが目立った。参加者は圧倒的に女性であった。男女とも高齢になっても、いつまでも元気で溌剌と声を出して歌う姿は素晴らしい。まさに高年パワー全開であった。シルバーコーラスはとてもよい企画であると思う。来年が待ち遠しい。企画し主催した「名古屋市文化振興事業団「中京大学文化市民会館」に敬意を表したい。

  河村市長にも覗きに来てほしかったなあ。シニアシチズンの生きがいを奪わんといてチョーヨ。

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2012年3月 7日 (水)

みんなで楽しんだカードマジック

 先日、一八という東警察の前にある古いうどん屋で夕食を食べた。お客は高齢の男性1人で閑散としていた。ビールを注文して、ビールに付けて出される4品のものを肴にビールを飲みながら店主夫婦や客と談笑していた。

  話題がマジックになったとき、客が、「カードマジックを見たことがないから見たい」と言った。ちょうどカードを持っていたので、「私が見せてあげましょう。」と言って、ビールを飲むのをやめて、カードを取り出し、開いているテーブルにマットを敷いた。

  私は、まず「家来を連れて」をやろうと思った。マットにKを3枚並べてそれぞれに2枚ずつ普通のカードを添えた。「王様にはそれぞれ2人の家来が護衛についています。」と言った。それらの4組のカードを全部裏返しにした。

  このマジックはここからが面白いのだ。客に「どのカードを表に向けますか?指を指してください。」と言った。1つの山を指さしたのでそれを表向きにした。つづいて「それをどの山に載せますか?」と聞いて、客が指した山に載せた。

  マットにはあと2つの山が裏向きに残っているので、今度は店主にどれを表向きにするかを聞き、それをもう1つの山に載せた。そして表向きの2つの山のどれにどれを載せるかを聞いてその通りにした。

  このマジックは、この次の手順も面白いのだ。左手に持ったカード(パケットという)から2枚ずつ右手に取って、それをそのまま置くか裏返して置くかを客に決めてもらうのだ。

  まず、奥さんに決めてもらいその通りに置いた。そのようにして客や店主や奥さんに順に決めてもらって置いていった。

  そのパケットを左手に持ち、2つの山に分けて行った。そして家来が見えている山を裏返してもう一方に載せてスプレッドすると、Kだけが表向きになって現れた。みんなはとても不思議そうであった。

  不思議がっているうちに、私はKを4枚セットした。次に見せたのは、デック(一束のカードのこと)を2つに分け、更に分けて4つにするのだ。それを客や店主にやってもらった。次に1つのパケットを取って見本を見せ、あとの3つのパケットを同じようにやるように教えて、3人にやってもらった。

  それで完了である。「みなさんのパワーを下さい。」と言ってパワーもらった。「では、一人ずつ順にどれでも好きな山の一番上を表にしてください。」と言った。1人が開けるとKが出たのでびっくりした。次も次もみなKであった。これも大成功。

  どうなっているのだろうなどと不思議がっている間にもう1度Kをセットした。今度のマジックは、駅前のキャッスル・プラザ地下にある「はてな」というマジックバーのオーナーのプロマジシャン、くるわさんに教えてもらったものであった。

  くるわさんはプロだから毎晩店でカードマジックを見せている。当然凄いテクニックを使ったマジックが多い。でも、テクニックの要らないマジックも混ぜて見せているのだ。見る方はすべてがテクニックを駆使してやっていると思い込んでいる。これは心理学的に正しい現象だ。

  私はデックから5枚を並べると、1枚を指さしてもらった。それを脇にのけ、そのそばに残りの4枚から1枚を表向きにしてそのカードの隣に置いた。次いでカードをマットに置いていきストップを掛けてもらった。そのパケットを3つに分けて置いた。

  一人ずつカードを開けてもらうと、全てKであった。それでまたまたびっくり。ビールを飲む暇もなかった。それで最後にとても簡単な手順で4枚のKを出すマジックを見せた。

  どのマジックもみなKが出現するので驚きの連続で皆さんに堪能してもらった。客はいいものを見せてもらったと言って喜んで帰って行った。

 新しく発見したことがある。その場にいた人全部に参加してもらって全員参加でやったことがよかったということだ。普通カードを見せるとき、テクニックのすごいマジシャンでも1人を相手にしてやっている。それはそれでよいのだが、その場にいる3人なり4人なりの人全部がどのマジックにも参加して楽しむというのだよいことが分かった。

  また、このやり方でやると、客はみな驚いてテンションがあがるので、注意力が散漫になり、次のセットがやりやすいということも分かった。

  店主は、楽しませてもらったお礼にと言って、蕎麦のエビ天とかまぼこを2つに増やしてサービスしてくれた。このうどん屋の手打ち蕎麦はとても良い味の逸品であった。

 

 

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2012年3月 6日 (火)

人類はどこまで愚かなのか、国防費の増加競争

 3月5日の朝日新聞朝刊のトップ記事は、「中国国防費『公表の1.7倍』」であった。昨年度分について、中国軍シンクタンク(中国国際戦略学会)の現役少将が2月に北京を訪れた外国の防衛当局者との非公開の会合で明らかにしたという。それによると、軍事関連経費などを加えると、昨年の実際の国防予算は、公表額の1.7倍に相当するということである。

  同志社大学の浅野亮教授の昨年の試算では、実際の国防費は公表額の1.5倍~2倍だという。英国の国際戦略研究所の試算では公表額の3倍になるという。

  公表額だけみれば、アメリカはダントツで、6983億$、第2位が中国の1194億$(推計)イギリスが596億$、フランスが593億$、ロシアが意外に低く第5位の587億$、日本は第6位の545億$である。

  アメリカでも核兵器開発費は軍事費に含まれていないと中国は指摘している。それにしてもロシアがあれだけ広い国土を有しながら中国の半額とは驚いた。

  この記事を読んで、ぱっと頭に浮かんだのは、何と愚かな競争かということであった。世界の警察を勝手に自任しているアメリカは、イラクやアフガンに軍を送って膨大な国防費を使っているがそれは自ら招いたことである。

  しかし、中国はというといくら経済成長がはなばなしいとはいえ、13億の人口を抱え、沿岸部の発展地域と内陸の農村地域とでは格差が甚だしく、1割程度の富裕層以外はまだ貧しくて不満を抱えている。

  それなのに空母を1.6兆円で建造したり、新しい戦闘機を製造したり、国防費は毎年増えているのだ。

  日本でも、アメリカへの思いやり予算や自衛隊の装備費などで莫大な金を支出している。

  もし、そういう部分につぎ込む金が不要なら、アメリカの99%の人や4300万人といわれる貧困層はどれほど助かるか知れない。

 中国は社会主義を標ぼうしていて、本来なら人民の生活が優先して保障されるはずなのに、実態は逆である。

  日本も同じである。軍事費に金を使わなければ消費税を上げる必要は全くないはずだし、ワーキング・プアが出るわけがないだろう。

  国防費に金を使うことで関連産業に金が回るとかGDPを押し上げるということができるという考えがあると思うが、その金で他の産業を育成したり、雇用を増やしたり、消費を刺激すればよいのだ。

  人類は、原始共産制を抜けてから、富の偏在と権力者の出現により、戦争に明け暮れてきた。そのために計り知れない命と金が無駄に使われた。

  人類以外の動物でそういう馬鹿げたことをしている動物はいない。異種間の弱肉強食はあるにせよ、それは自然の摂理の範囲内である。

  人間だけが、武器を発達させ、同じ人間同士で殺戮を繰り返し、せっかく築いた文化や生活を破壊しあってきたのだ。そして今なお軍事拡大競争から抜けられないでいる。何とも愚かなことかと思う。

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2012年3月 5日 (月)

スタジオVITA5周年記念パーティでマジック

 3月4日の日曜日、午前にスタジオVITAの5周年の会があった。そのアトラクションとして、マジックを頼まれたことは先日書いた。

  約束の10時半に隣のCAFE VITAへ行き出番を待った。子どもたちの発表などが終わりスタジオに呼ばれた。控えの部屋で若干の準備をした。そのとき1回目の神隠しにあった。確かに用意したはずの「おめでとうございます」の紙がないのだ。いくら探しても出てこなかった。(不思議なことにこの紙は家に帰って片づけをしたら出てきたのだ)

  仕方がないので、最初にやるそのマジックをやめるしかなかった。会場には、子どもの他にお母さんたちが集まっていた。手品を生で見たことがある人に手を挙げてもらったら数人だけであったので嬉しかった。「手品でも何でも生で見るといいものですよ。」と話した。

 簡単なロープマジックから始めた。出入りなどで最初ざわついていた会場が集中し始めた。反応をしてくれる子どもがいた。とても賢いことを言うので、「すごいなあ。将来はノーベル賞だね。」と大げさに褒めた。三色ロープをやると「オオッツ!」とどよめいた。

  シルクを次々に出す三角錐はそれほど受けなかった。でも、紫のシルクを一瞬で一連のシルクに変えるマジックはどよめきが起こった。出たシルクをバッグに入れてチェンジをするのも大きな声が上がった。

 薔薇カードでは、胸に入れたシルクで色を変えると大きな声の反応があった。みんなが集中していることがよく分かった。

 次のウサギではエルムズレイを失敗しやり直しをしたが、真っ白いカードにウサギが現れると不思議がっていた。

 お話をしながらのサル・カニは子供がよく反応してくれた。紐とリングはとても不思議そうであった。大きい子どもに改めをしてもらたら普通の紐なのに・・・と首をかしげていた。

  その次の新聞に切り抜きで、カードの操作を誤って失敗をしてしまった。すぐにやりなおしたがまたも失敗した。家にかえってから調べたら境目のカードの見間違いであった。不注意の単純ミスであったが、それにしても2度も失敗するとは。これが第2の神隠しであった。

  リングとロープでは、野村先生に出てもらって子どもにも手伝ってもらった。ロープがリングから外れるとオオッツと大きな反応があった。

  首の長いウサギをやるとき、どうして首が長いか尋ねたら、キリンウサギだと言う子がいた。「違うよ。首を長くして待っていたから首が長くなったのだよ。」と話した。最初は、裏向きにして子どもに切ってもらった。首が離れてしまったので大変なことをしてくれたねというジェスチャーをした。

  今度は表向きにして切ると見事にくっついた。何人かの子供や大人にやってもらったが、とても不思議そうであった。終わってからお母さんたちが、首の長いウサギはとても不思議だったと言っていた。

  最後に先生がまだいいと言ったので、特別に矢印の方向で遊んだ。自分が予想する方向と違うのでとても興味をもって参加していた。

 スタジオVITAの観客は、生のマジックを見るのが初めてという人が殆どだったので、大変反応が大きくて、声もたびたび上がってやりやすかった。終わってから、お母さんたちが、緊張したでしょうと聞いたので、反応がよく集中してくれたからとてもやりやすかったと答えた。

  デジタル時代でCGで幾らでも不思議が作られるが、アナログ手品の生の不思議に触れることが大切だと改めて思った。

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2012年3月 4日 (日)

記憶力との戦い―カードマジック―

 40過ぎてマジックを教えてもらったことは以前にも書いたことがある。師匠の清水先生は、道具マジックが得意な人だったので、道具を使ったマジックばかりを習った。師匠と同じマジッククラブ、NAMCには、大矢先生というクローズアップの専門家がいて、当然カードマジックもお手の物であったが、師匠は「カードは見るだけ」を貫いた。

  NATCでは、道具の清水、カードの大矢と呼ばれ、双璧であったそうだ。大矢先生も近所に住んでおられたのだが、どういう訳か直接知り合う機会がなかった。

  その大矢先生と数年前に知り合うこととなった。近所のマジック研究会で一緒になったのが縁であった。当然、カードマジックである。それで私もカードマジックを覚えることになった。

 大矢先生のカードは、テクニックを使うものではなく、高齢者でもできる手順のあるマジックであった。その上共に楽しむという演じ方を強調しておられる。

  それまでカードマジックは難しいと思っていたのだが、易しいマジックがたくさんあることに気付いた。それで2010年の8月に思い切ってカードマジックに挑戦する決心をした。その辺についてはその頃のblogで書いた記憶がある。

  その時にカードマジックを覚えるのは、記憶力との戦いだと思った。それで衰えた記憶力で覚えるには、時々確かめるための復習が大事だと考えた。

  最初からたくさん覚えるのは無理だから、まず3つか4つを目標にした。大矢先生に教えてもらった「どれかなどれかな」とか、「1から10のカードで何枚移動したかを当てる」ものなどであった。

  それらができるようになると、目標を7つか8つにした。次は、10種類に設定した。我が名古屋華マジカルグループでも、カードマジシャンのHさんが、「ジェニミツイン」や「4枚のA」や「天海ムーブ」などを教えてくれたし、S先生も「水と油」などをレクチャーしてくれた。

  その他に図書館の本などで易しいカードマジックを探した。「端のカードを覚えて」とか「4枚のAの出現」「選んだカードの出現」などがある。

  そのようにして15種類になり、20種類になり・・・と増えて行った。しかし、数が増えると復習が大変である。ときどき復習を延ばしていると忘れてしまうのだ。それと数が増えると手順が混同することがあり、それが失敗する原因になったこともある。

  種類が増えてくると、13枚のカードだけでやれるマジックがあることが分かった。それで13枚でやれるカードマジックを集めた。最初は、8つであったが、それが10になり、13になりと増えて行った。16種まで行ってもういいと思っていたら、最近20種類まで来た。

  それを「百円トランプ13枚で誰でもやれる20のカードマジック」にまとめた。その中には、プロの「くるわさん」に教えてもらったものもある。また、自分で改案したものも2つある。1つは中国の古いマジック「蘇賦牧羊」を元にしたものだ。

  テクニックの不要なマジックだが、人に見せると不思議がってくれる。テクニックのマジックは素晴らしいと思うが、プロでもテクニックのないカードマジックをやっている。プロがやると、上手に決まっているという先入観で見るから、簡単なマジックでも凄いと思ってしまうのだ。

  今では50種類余りに増えたが、その一方で手順を忘れるのもあるから、キープするのが難しい。復習しかないのだ。

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2012年3月 3日 (土)

何とかならないものか?のさばるカラス

 我が家のゴミもついにカラスにやられた。

  昨日のゴミの日、8時半過ぎに突然電話のベルが鳴った。誰だろうと思い番号を見ると、市内番号だったので受話器を取った。聞き覚えのない女性の声だった。何かの勧誘かと思ったら、お向かいの奥さんであった。「ゴミを出しに出たらお宅のゴミがカラスに荒らされていますよ。」と言った。お礼を言いながら驚いて受話器を下した。

 外は生憎の雨が降り出していた。仕方がないので玄関の戸を開けると、ゴミが道路に散乱しているのが見えた。妻が大きな袋を出してくれたので火挟みと箒を持って出た。

 カラスは二つある袋のうち一つを突き破ってゴミをあさってあった。それらを一つ一つ火挟みで挟んで袋に入れたが、ゴミは空き箱や紙類が殆どで食べ物らしものはなかった。いったい何のために?と思った。

 近くの電柱でカラスが「カア」と鳴いた。まるで嘲笑っているように聞こえた。癪だがどうしようもない。雨に濡れながらゴミを袋に入れた。

  1年ぐらい前から、この近辺でカラスが急増した。それは町内のある人が毎朝道路に餌をばらまくのでカラスやハトやスズメが食べに来るのであった。半年ぐらい餌まきが続いたが、いつのまにか見なくなったと思っていた。

 ハトやスズメは来なくなったが、カラスは居座ってしまった。冬でも朝4時ごろからカラスが大きな声でカア、カア、と喚いている。

 先日は、近所の独身者のアパートのゴミがさばかれて道路中に散乱していた。そういうこともあって、近所でもネットを備え付けてゴミに被せる人が増えてきた。

 我が家では、これまでネコにやられたことはあったが、カラスにやられたことはなかった。それがとうとうやられてしまったのである。

 いったいカラスは食べ物をあさるのか面白半分にはるのかどっちだろうと思う。近所にはおよそ20羽近くのカラスがいて、カアカアとうるさく飛び回っている。どこでどうやって餌を手に入れているのかは謎である。

  こういうカラスの害は、どこに言えばよいのであろう?保健所だろうか。何とかしてほしいものだ。

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2012年3月 2日 (金)

素晴らしい日本の音声合成技術

 29日のクローズアップ現代は興味深かった。日本の音声合成技術のことを取り上げていた。世界の先端を行っているようだ。

  初音ミクというバーチャルのキャラクターがアメリカなどでも大人気で、ニューヨークの会場で初音ミクが歌うのをみんながライトを振り回して大騒ぎで聴いている様子が映された。

  CGで作られたバーチャルキャラクターが、立体で目の前に現れるのも凄い技術だと思うが、初音ミクが人間のように自然に歌うのが素晴らしい。

  初音ミクはソフトを買えば誰でも簡単に歌を歌わせることができるらしい。それをYuotube で発表して人気を得ている若者もいると聞く。

 先だってカラオケに行ったら初音ミクの歌があった。ママさんたちに話したら知らないという。カラオケ喫茶は高齢者が行くから知られていないようだ。

 人間の音声合成は、楽器の音と違って大変難しいのだという。それを自然な声にした技術が素晴らしい。演歌の微妙なこぶしもそれを真似させることで見事に歌っていた。

 音声合成技術を医療方面で役立てる研究も紹介されていた。筋萎縮の病気で声が出せなくなる人の音声を録音しておいてそれを元にその人の声が自然に聞こえるようにするのだ。イギリスのエディンバラ大学に日本の研究者が招かれて開発している。

 喉頭がんで音声を失った人は下あごに器械を当ててしゃべることができるが、コンピューターがしゃべるような不自然な音である。それを自然な声にする研究もすすんでいるという。

 そうした自然の人の声を作るには、たった10分間の録音があればよいのだという。それをもとにその人の声を合成できるのだ。

 また200人の人の協力で音声データを作り、どのような人の声でも合成できるようにする研究も紹介されていた。

 楽器に関しては、ずっと以前からシンセサイザーとか電子ピアノのように様々な楽器の音で演奏できるようになった。喜多郎のように専門の音楽家もいる。

 近い将来は、外国語の音声翻訳でも自分の声でできるようになるらしい。そうなると外国語会話の勉強は不要になるのだろう。

  私の知人のYさんはその日が早く来ることを望んでいる。

下記のURLをクリックすると、音声が出る。

http://www.youtube.com/watch?v=ILSMAAAjms8

http://www.youtube.com/watch?v=MGt25mv4-2Q

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2012年3月 1日 (木)

隣家の取り壊し家―具なども全て捨て去る―

 先日から隣家の取り壊しが始まった。この家は戦後に建てられたのだが、持ち主が大工だったので良い材料としっかりした建て方でできていた。その後住んでいた子ども夫婦もよく手入れをし、外壁を替えたり内装を替えたりしていた。また、庭木も毎年剪定を頼んでいた。

 夫婦には娘が1人いたが、東京方面に嫁いで行った。その後奥さんが早く亡くなり、主人が1人で暮らしていたが、病気で亡くなった。

 残された娘は時々戻ってきていたが、昨年末に処分することを決断した。隣家なので仲介業者が買わないかと打診してきたが、到底買う余裕がない。そのうちに売れたことがわかった。

 そして数日前から解体が始まった。驚いたのは、家財道具を運び出す様子がなかったことだ。ある日突然解体業者が来たのである。

 業者は庭木を取り払い、立派な庭石も産業廃棄物の車で捨てに行った。機械でやるので半日もかからなかった。

 庭には布団などが山と積まれた。家具も一部が放り出された。ピアノなどの大きな家具は中古業者が処分するのかも知れない。

 要するに、全てを解体業者に任せたようだ。手入れをした庭木もまだ使える家具も布団なども全部ゴミとなってしまった。

 遠く離れている子どもにすれば、いちいち戻ってきて家具などを売る払うのも面倒であったのだろう。

 その話を東京にいる娘に話したら、「他人事じゃないよ。うちもそのうちそうなるんだよ。」と言った。まさしくその通りである。

 昨年から断・捨・離をしなくてはと思いながら、まだ手がついていない。我が家の財産は、ゼロから築き上げたものだが、他人にとってはゴミでしかないのだ。タンザニアのバッサ族は別としてもフィリピンなどなら欲しい人が一杯いるであろうに。

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