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2012年1月 2日 (月)

日本の正月は気持ちが切り替わる良い時間だ

 私は、子どもの頃から正月が好きである。それは一年の始まりとして、前の年の気分を切り替えて新しい気持ちになれるからだ。

  これまでの人生の中でいろいろな正月があった。戦争中の暗い正月、戦後のひもじい正月、家庭を持ってからの子供の成長を喜ぶ正月・・・・・。

  子供の頃の正月は一年で一番のハレの日で、晴着を着せてもらい、僅かながらお年玉をもらった。国民学校では一月一日は正月の式があり、その後隊列を組んで速玉神社まで初詣にでかけた。

 学校から帰ると、近くの刈り後の田んぼで凧揚げをしたり、路地に集まって羽根つきをしたりと遊びに興じた。子供心に華やいだ楽しい気分になった。

 B29が夜となく昼となく上空を飛ぶようになると正月の気分はなくなった。もちろん遊ぶことすらできなかった。

 戦後は食糧難であったが、幸いにも農業をしていた母方の祖父が餅を送ってくれた。貴重な餅で有難かった。

 5年生の頃からは、百人一首を覚えて友人たちと夢中になったものだ。

  中学になると、朝早く起きて神倉神社に行き、頼朝が寄付をしたという急な石段を上ってごと引き岩という巨岩のところで遠く太平洋を望んで初日の出を見た。とてもすがすがしい気分になったものだ。

  勤め始めた頃は、まだ新年の式があり、子どもたちは紅白の饅頭をもらった。その後職員室でスルメを魚に酒を飲んだ。その習慣も自動車が普及してくるとなくなった。

  結婚して、子どもが成長する間、妻は年末の25日ごろからおせち料理を作り、正月には家族でそれを食べるのが楽しみであった。私は、お屠蘇が好きで必ず用意をする。

  子供たちが独立すると妻はおせち料理に前ほど力を入れなくなった。それでも何品かのお決まりのものは用意をする。そして子どもたちと共に過ごす。

  この正月も娘夫婦たちと正月を祝った。娘がだて巻を作り、婿が栗きんとんをつくってくれた。とてもおいしかった。売るときっと売れるよ・・・と、妻がお世辞とも本気ともつかない褒め方をした。

  大晦日に探し回って買ったお屠蘇を頂いて元日を寿いだ。

 

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コメント

 正月も今日で終わりです。時間が過ぎるのは本当に速いです。光陰矢の如しとはよく言ったものです。

投稿: らら | 2012年1月 3日 (火) 08時51分

お正月は本当に1年間のけじめになります。春・夏
・秋・冬と季節の花を楽しみに友人たちと誘い合わせて出かけた時期もありましたが、だんだん年を重ねると遠い所に行きたくなくなり身近の家族や友人がとても大切に思われますね。今日もあぁ・・年が明けて2日目だったわ、と思っていました。

投稿: fumiko | 2012年1月 2日 (月) 21時05分

 正月もすっかりかわりましたね。しめ飾りもクリスマス・リースのようなのが主流です。我が家は、今年は昔風のしめ縄にしました。
 我が家のおせちも昔風です。正月2日間、外出はしませんでした。

投稿: らら | 2012年1月 2日 (月) 17時58分

お正月の原風景を楽しませていただきました。原風景と言うからにはその多くが近頃のお正月では見かけることが少なくなり、我々世代の思い出の中にのみ存在しているということでしょうか。昨日は恒例の初詣で猿投神社にでかけました。道中、フロントに正月飾りを施した車は殆どありませんでした。また晴着を着て参拝する若い女性もめっきり少なくなりました。午後は運動のため自宅周辺を歩きました。各家々の玄関には蜜柑付きの立派なしめ縄は皆無で、とてもシンプルなものが申し訳程度に飾ってあるのが殆どでした。
もちろん外でお正月らしい遊びに興ずる子供も見かけませんでした。小学唱歌にあるお正月という歌はとても今の時代に合わなくなりました。そう言えば年賀状の総量も毎年減少の一途だそうです。一抹の淋しさを
感じます。


投稿: Toshi | 2012年1月 2日 (月) 08時57分

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